九話 人攫いし放題ですわ!
さてさて。そうして迎えた舞踏会当日。私は早速、キーブを飾り立てますわ。
「ああ、やっぱりあなた、とっても可愛いですわぁ……」
「……もうちょっと吹っ掛ければよかったかな」
キーブは複雑そうな顔してますけれど、最高級ドラゴン革のものを含めた装備一式をしっかり支給されてますから文句はあんまり言わなくってよ。ちょっぴりは言われてますけど、それは可愛いものですわね。おほほ。
「やっぱりあなた、瑠璃色が似合いますわね」
キーブのドレスは選ぶのに苦労しましたわ。だって彼、何でも似合うんですもの。ふんわりしたピンクも、華やかなシルバーも、よく似合いますのよ。もう、延々と着せ替え人形にしたいくらいですわ!
……けれど結局、瑠璃色のものにしましたわ。スカート部分には漆黒から濃紺、瑠璃色へと変わる薄布が何枚も重ねられていて、袖や裾のひらひらした具合と色合いが夜明けの海の人魚を思わせますわね。品が良くて、中々素敵な装いですのよ。
「さて、後は軽くお化粧すればいいとして……私も着替えなくてはね」
ちなみに今、私達、王都の宿屋に居ますわ。エルゼマリンから王都までは余裕を持つと二日かかる道ですものね。……けれど、ここがどこであろうと関係なくってよ! そう! 空間鞄の中に衣裳を適当に突っ込んでありますもの! 何百着だって持ち運び自由! 選び放題、ですわ!
ということで、とりあえず鞄から数着出したドレスの中で迷って、迷って……そうして一着に決めたところで、唐突に、ばたーん、とドアが開けられましてよ。
「ヴァイオリアー、これ、着方分かんねー」
「着替え中かもしれないのによくノックも無く入ってきますわねえ、あなた……」
まあチェスタですわ。こういう思慮の無いことをするのはチェスタですわ。ええ。
「着方が分からないって、どういうことですのよ……ああああ、ジャケットを着るのはタイを締めてからになさいなッ!」
ま、まあ、薬中チンピラも舞踏会会場付近に居るなら礼装しておいた方が無難ですから、しょうがなく、チェスタにも礼装させているのですけれど……予想以上の駄目っぷりですわねえ。ええ。あ、シャツのボタンが掛け違えられていてよ。まあチンピラが礼服着る機会なんてありませんものねえ……。
「タイはもう選びましたの?」
「タイって何? 魚? あれ美味いよなあ」
「ああ、もう私が選びますわぁ……」
こいつ、一応薬は抜いてあるはずなんですけれど大丈夫かしら。
「ん? これ、お前が着るやつ?」
私が空間鞄を漁ってタイを探し始めたら、チェスタはその間、鞄の外に出してあるドレスを眺め始めましたわ。
「ええ。それ、今日私が着るドレスでしてよ。ほら、あなたのタイはこっちですわ」
私のドレスは落ち着いた亜麻色のものにする予定ですの。少々お地味にしてみましたわ。仮面舞踏会ですし、あまり気合を入れすぎるのも躊躇われますもの。ただ、合わせるアクセサリーをどれにするかでまた少々悩んでおりますのよねえ……。
「いや、お前のは絶対こっちだろ。ほら」
けれど、チェスタは私の悩みなんかまるきり無視して、横に避けてあったドレスの中から一着抜き出して、突き出してきましたわ。赤の地に黒のレースのものですわね。キーブのドレスのような軽やかさは無くて、その分重厚な王道のドレスですわ。色が色なだけに派手ですし、胸元と肩が開いていますから余計に派手ですわ!
「お前が着るなら絶対こっちだろ。これ赤いし、お前、赤っぽいし」
「まあ、確かに瞳の色に合わせるのは定石ですけれど……これだと派手で、潜入には向かないんじゃなくって?」
私の瞳は赤色ですし、それに合わせてドレスを選ぶっていうのは悪くなくってよ。そうね。普段も私、赤色を好んで着ることも多いですけれど……。
「いや、目玉もだけど、お前、中身が赤っぽいじゃん」
……と思ってたら、チェスタがケラケラ笑いながらとんでもないこと言いましたわ! 大抵の人間は中身、赤くってよ! 逆に、赤くない人間っていますの? 斬った人間の中身が青かったら私、ちょっぴり嫌ですわぁ……。
「ほら、こっちのが似合うって! な? な?」
チェスタはすっかりご機嫌で、赤いドレスを私に合わせてはしゃいでますわ。でも、確かに赤のドレス、私に似合いますのよ。
そう。自分で言うのもアレですけれど、私、赤が似合いますわね。赤は炎の色で、血の色ですわ。派手で熱くて華やかな色。ええ。私、そういう色が似合いますのよね。それってきっと、私がそのようにあれと生きてきたからだとは思いますの。
そう。私、赤が好きですわ。だから、赤が似合う者であれ、と思って生きてきましたのよ。自分に似合う色って、ある程度は自分で決められるものじゃないかしら。望む自分であれ、と生きることで、案外そのあたりって変えられますのよね。だから私は、炎や血の色が似合うべくして似合うんだと思いますわ。
「でも、聖女を攫うのに、お派手なドレスというのもどうかと思いますのよねえ……」
けれど似合う似合わない以前に、今回は目立たず行動することが求められますのよ。だからこそ、私、亜麻色のお地味なドレスを選んだのですけれど……。
「そんなの気にすんなって! それこそお前に似合わねえって! コソコソやるよりゲラゲラ笑いながら建物に火ィ点けて全員皆殺しにする方がお前っぽい!」
なんだか、チェスタが満面の笑みでそんなことを言うものですから、少し、心が動いてしまいますわね。
そうね、赤くお派手なドレスを着ていたら、逆に目くらましになるかしら。まさか脱獄犯が真っ赤なドレスで舞踏会に来るなんて思いませんわよねえ。それに、会場に放火する時にはきっと、赤いドレスの裾を翻して駆け抜けた方が見栄えがしますわよね。
……そうね。私は、私らしく。それが一番ですわね。
「さあ、チェスタ。私のドレスはさておき、あなたのタイをどうにかしますわよ」
さて、私は鞄から適当にタイを見繕いますわ。チェスタのですから緑にしましたわ。葉っぱ色ですわ。薬中にお似合いの色ですわね。
それに……案外、チェスタには少し落ち着いた優しい色が似合いますのよね。薬中の癖に。
「はい、チェスタ。締めてあげるからこっちを向きなさいな」
「ん」
そしてタイの締め方なんて絶対に知らないであろうチェスタのタイを手早く結んでやって、一丁上がり、ですわ。ジャケット着せてみたら、まあ、それなりに見られるものになりましたわね。
「似合うか?」
「ま、悪くなくってよ」
さて、によによ嬉しそうなチェスタを部屋から追い出したら、私も着替えなくてはね。赤のドレスにするなら、アクセサリーはどれにしようかしら。……あら。ドレスを赤にすると決めたら、さっきより楽しくなって参りましたわ。面白いものね。おほほ。
*
それからキーブのお化粧と私のお化粧を手早く済ませましたわ。ま、どうせ仮面舞踏会ですから顔面の細かいところの出来はあまり関係なくってよ。雑で結構ですわ。
「ああ、お嬢さん達も準備できた?」
「ええ。よくってよ」
隣の部屋では既に準備ができていたらしいドランとジョヴァン、私達より先にこっちに戻ってきていたチェスタがのんびりしてましたわ。
ドランは黒の礼服を着ていますわね。なんてこたない、ごくありふれたデザインのものなのに、筋肉お化けが着ると途端に迫力が増しますわぁ……。一方のジョヴァンはグレーの礼服ですわね。濃い赤の花なんか襟に飾って、こちらはちょっぴりお洒落に揃えてありますわね。
「なあに、お嬢さん。そんなにマジマジと見つめちゃって。照れるね」
「あなた達ってそれなりに見目が整ってましたのねえ……」
ドランが元々それなりに男前なのは知ってましたのよ。ちゃんとした服を着るだけでここまでちゃんとして見えるとは思ってませんでしたけど。けれど何より、ジョヴァンが驚きですわぁ……。ぱさぱさした白髪に見えるような髪も、ちゃんと整えると艶やかな銀髪に化けますのねえ……。うーん、貴族だって言ってもまかり通りそうな姿でしてよ。
「普段から整えておけばよろしいのに」
「やぁだよ、めんどくさい」
技量と素質があるなら使えば良くってよ。勿体ないですわぁ……。
「俺は? 俺は? なあヴァイオリア、俺は?」
「はいはい、あなたもそこそこ見られる恰好になってますわよ」
それからチェスタもまあ、ボチボチですわ。理性がありそうな表情してれば、それなりの見た目してますものね。ええ。理性がありそうな表情さえしていれば!
「そろそろ出るか」
「そうね。それじゃあ楽しんで参りましょう」
……ということで、私達は早速、舞踏会へと赴きますのよ。目標は聖女様の誘拐! そして会場の爆破! ああ、楽しみですわね!
*
舞踏会の会場である『白薔薇館』は、最近貴族が貴族のために建てた建物ですわ。それだけあって、やはりというべきか、華やかですわね。
重厚な分厚い絨毯が敷かれて、高い天井には黄金とクリスタルを惜しみなく使ったシャンデリアが輝いて。そして奏でられる音楽は一流のものですわ。まあ、ここに客として集ってる連中は三流も多いのですけれど。それが仮面舞踏会の醍醐味ですものね。おほほ。
笑い声も囁きも音楽に混じり合って、こうした舞踏会特有の空気を生み出しますわ。ついでに軽めのお酒と品のいい軽食、そして『仮面』舞踏会というちょっとしたスリルが加われば、もう、言うこと無しですわねえ。
「さて、聖女を探すことにするか……」
……ま、私達は舞踏会を楽しみに来たわけじゃなくて、誘拐と爆破を楽しみに来た招かれざる客なのですけれど。でも偽造の身分証明書で会場に入れてしまいましたし、そこは諦めて頂きましょうね。いくら上品な恰好してたからって犯罪者の集団を会場に入れた以上は爆破されたって文句言えなくってよ。
「げっ。この中から聖女様を探せって? ……これは結構、骨が折れそうじゃないの」
……けれど、まあ、私達の目的を達成するのも、大変そうですわね。
何せ、ここは仮面舞踏会。顔面は隠れてますし、華やかなシャンデリアいくつかだけに明かりを頼って、わざと薄暗くしてあるわけですのよ。シャンデリアって華やかですけれど、然程明るくありませんのよねえ。こんな状況で聖女様を探すのは中々大変ですわぁ……。
「まあ、片っ端から攫えば多分当たりますわよ」
「そんなに攫ってどうするんだよ」
「優秀な人材なら、適当に野に放ってやるべきですわね。国王が死んだ後も国は続いていくんですもの。そうした国を引っ張っていく人材は積極的にこの会場から攫って行くべきですわ」
そういう知っている人材があれば鞄に突っ込んでいくつもりですわ。ま、要は、殺すのに惜しい奴はとっておく、ということですわね。
「あー、お嬢さん。優秀じゃない奴拾っちゃったらどうする?」
「売りますわ!」
それに、人間って結構高く売れますのよ! 貴族の令嬢だったりすると本当に高く売れますわ! ということで、ガンガン鞄に詰めていきますわよ! おほほほほ!
そこからは二人ずつに分かれて行動しますわ。私とジョヴァン、キーブとドラン、という組み合わせですわね。理由は簡単ですわ。キーブはどんなに可愛くたって男の子ですもの。歩く骸骨ことジョヴァンの隣なんかに立たせておいたら、ちょっと逞しい部分が目立ちますのよッ! その点、ドランは全身が筋肉ですものね。多少キーブが逞しくてもまるで気にならなくなりますのよ。やっぱりバランスって大切ですわぁ……。
「で、お嬢さん。どうやって聖女様を探す?」
「ああ、ある程度、目星はついていますの。どうせ白っぽいドレスを着てると思いますわ」
聖女という役割ですから、聖女様は白っぽい恰好だと思いますわ。聖女用の衣裳も白に金刺繍ですし、まあ、大方それに近い色合いのものを着てくるんじゃあないかしら。いくら仮面舞踏会といえども、完全に正体が分からないわけじゃあありませんし、聖女は常に聖女っぽく振る舞うことが求められますし。
……それに、あの聖女様だと、真っ赤とか真っ青とか、そういう派手なドレスを着る勇気なんかどうせ無くってよ。精々冒険して薄ピンク止まりですわ。ええ。
「じゃ、白っぽいご婦人を探す、ってことで……ってお嬢さん、ちょっとちょっと、どこ行くの」
「ええ! あそこに居るのはこの国きっての研究者ですわ! 捕まえますわ! ……あらっ! あそこに居るのは有能なのに次男なせいで家督を継げない商家の息子! 捕まえますわ!」
まあ、聖女様だけに注目するのも勿体なくってよ。とにかくたくさん攫えるだけ攫いますわ!
そうして私、空間鞄の中にたくさんの人を詰めましたの。研究者は特に優先的に攫いましたわ。何せ、この国を支える人達ですものね。私、優秀な人間は好きよ。
それから、庭師と駆け落ちしたい商家の娘だとか、王家に財産を巻き上げられた下級貴族とか、そういうのも攫いましたわ。こちらは革命を喜んでくれるはずですから生かしておいた方が得でしてよ。
そして残りは攫いませんわ。だってこの会場、ほとんどが貴族なんですもの。そしてこの国の貴族って腐敗しきった無能共ですわ。全員会場と共に爆発四散すればよくってよ。
会場の主だった場所は全て隈なく探しましたわ。そして攫うべき人間は攫いましたの。……けれど、聖女様が見つかりませんわね。
「……土壇場で欠席したのかしら?」
「いやぁ、そんな度胸、ある?」
「無いでしょうねえ……」
あの聖女様のことですから、出席ということで話が進んでしまった舞踏会を欠席するなんてこと、無いと思うのですけれど。うーん、となるとやっぱり、貴賓用の休憩室にずっとこもっているのかしら。ちょびっとくらいは会場に出てきてくれれば嬉しいんですけれど。
とりあえず、会場を離れて、休憩室や何かの方へと向かってみますわ。今日は満月ですから、月光ではっきりとした影が落ちるくらいの明るさですわね。……なので、よく見えますのよ。中庭で貴族の男女が乳繰り合っている様子が。まあ、仮面舞踏会って大方こんなモンですわ。
「貴賓向けの休憩室は上の階、かしらね」
中庭はほっといて、中庭脇の回廊をより
……ですから、その中でカツカツと規則正しくやってくる足音って、すごく、目立ちますのよ。
「ジョヴァン! こちらへ!」
「へ?」
靴音に聞き覚えがあった私は、咄嗟にジョヴァンを引き寄せて回廊の柱の陰に引っ込みましたわ。そのままジョヴァンを引き寄せておけば、傍目には私達も乳繰り合ってる貴族同士に見えるでしょうね。癪ですけど。
……そうしていると、ジョヴァンも状況を把握したらしく、より私を足音の主から隠すように動いてくれましたわ。如何にもキスでもしていそうな密着ぶりになりながらも、目はしっかりと、回廊の方へ向けられていますわね。
私もジョヴァンに隠れながらそっと窺ってみれば……案の定、金髪を揺らして颯爽と歩いていたのは、クリス・ベイ・クラリノ。貴族院の若き総裁、ですわ。
「……クリスですわね」
「ああ、貴族院の。……ちょいと急いでるみたいだったけど」
「ええ。ついでに、巻紙とペンを持っていましたわ。……嫌な予感がしますわね」
貴族が自ら持って運ぶ紙ですもの。余程重要な書類、と考えられますわ。そして、そんなものをこんな舞踏会の夜に持ち歩いている、となれば……目的は、絞られますわね。
「聖女様に何かの契約書へのサインを迫っている、とか?」
「ありそうですわねえ……」
……ま、どちらにせよ、後を追うしかありませんわ。私達はそっと、さりげなく、クリスの向かった方へ向かいますの。廊下は長いですから、ある程度離れていてもクリスが進んだ方向は分かりましてよ。
そうして後を追っていけば……クリスは、貴賓用の休憩室の、向かい側。そこへ、入っていきましたの。
「……どうする、お嬢さん。賭けに出る?」
「ええ、そうね」
あそこにクリスが入っていった以上、聖女様もあの部屋にいる可能性が高くってよ。なら、すぐさま突入するしかありませんわね!
「おっと、待った」
けれどもジョヴァンが私の腰に手を回してやんわり止めつつ……にやり、と笑いましてよ。
「どのみち、突入して聖女様を攫ったって、クリスにバレる。聖女様の生死はクリスにも分からない状態じゃなきゃいけない」
あ、ああー、そうでしたわ。……クリスも攫ってしまえたらいいのですけれど、流石にあいつを空間鞄に突っ込める自信はありませんわねえ。
「だから賭けに出るのはお嬢さんの役割じゃあない。もっと相応しい奴にやらせようじゃないの」
ジョヴァンはなんとも嬉しそうに笑うと、振り返って、言いました。
「出番だぜ、大将」
「ようやくか」
……するとそこには、ドランが居ましたのよ。いつの間に来たんですの、こいつ。
「キーブはどうしましたの?」
「ああ、キーブならダンスホールだ。引く手
まあ、そうですの? それは私もちょっと見たかったですわぁ……。
「ね、お嬢さん。聖女様とクリスの野郎が居る部屋に、突如として暴漢が襲撃してくる、ってんなら、筋書きもピッタリ。少なくとも麗しの淑女が突然襲い掛かってくるよりはね。……ってことでドラン。ここはお前の出番だと俺は思うんだけど、どお?」
「成程な。そういうことなら俺の出番だろう。ある程度のところでクリスを引き付けて部屋を出る。その隙にお前達が聖女を捕らえればいい」
それでしたら私かジョヴァンがその役目、かしら。キーブは不測の事態に備えて待機、ということになるかしらね。
「それはいいですけれど、ドラン。あなた、ツラが割れますわよ? よろしくて?」
「ああ、構わん。元々が犯罪者で、その上、脱獄囚だ。襲撃犯の名目が一つ増えたところでな」
あ、すごいですわ。汚れ切った奴ってこれ以上汚れるのに躊躇がありませんのね……。
「それに、お前の存在を表沙汰にするよりは、俺が表に出た方がいいだろう」
「ああ……それもそうですわねえ」
思うところが無いわけではありませんけれど、ドランがそう言うなら私もそれで構わなくってよ。……ところでドランって、元々は何の罪でムショに入れられていたのかしら。チェスタと違って薬をヤッてるわけでもなさそうですし、人を殺すのに躊躇はありませんけれど、バレるような下手を打つとも思えませんのよねえ。
……というか、ドランを捕まえてムショに入れるのって、罪状云々以前に、ものすごーく、難しいんじゃありませんこと? ドランなら大抵の兵士に勝てると思いますのよねえ。捕まりそうになったら捕まえようとしてくる兵士を殺して逃げる、ぐらいのことはできるはずですもの。よ、よく考えてみたらドランのムショ入りって、中々のミステリーなんじゃなくって!?
「準備はいいか」
「え、ええ。よくってよ」
けれど、今ドランのムショ入りについて考えている暇はありませんわね。今はただ、聖女誘拐に集中しなければなりませんわ。
「では、開けるぞ」
……そうして私とジョヴァンは柱の陰に隠れて、ドランがクリスの休憩室へ突入していくのを見守ることになりましたのよ。
恐らく、ドランは初手でクリスに襲い掛かったはず。それに対応できないクリスではありませんから、即座に戦闘開始、ですわね。鍔鳴りの音が聞こえてから一拍遅れて女の悲鳴が聞こえましたわ。ということは、聖女様もここに居るということでしょう。大当たり、でしてよ。
「待て! 逃がすか!」
そしてドランが部屋から出てきてすぐ、クリスも後を追いかけましたわ。……誘導ご苦労さま、といったところね。
……さて。あのクリス相手ですけれど、きっとドランは上手くやってくれますわね。何せあいつ、バケモン並みの身体強化の持ち主ですもの……。
「では私達は聖女様を頂くとしましょう」
ま、そういうわけで遠慮はナシですわ。私は空間鞄を片手に、うきうきと部屋に入って……。
「……他にも護衛が居るなんて、聞いてなくってよ」
……聖女様の傍に控える騎士三人を見つけちゃいましたのよ。ええ。……聞いてなくってよ!
こ、こんなところで泣き言なんざ言ってられませんわッ! 相手がまだ戸惑っている間だけが勝機! 即座に戦闘開始ですわ!
私はドレスの裾の中からミドルソード二振りを取り出して構えますわ。……対する相手は全員、礼服に剣、という出で立ちですわね。ここが舞踏会の会場でよかったですわぁ。ドレスコードを気にしてくださったおかげで、鎧がありませんもの。……つまり、雑にでも剣が当たれば殺せますわね。私の剣には私の血が仕込んでありますもの!
「ごめんあそばせッ!」
ということで、先手必勝。私、一気に距離を詰めて聖女の護衛の一人目を狙いますわ。狙う位置は脛。鎧があったら間違いなく防御されている場所ですけれど、礼服じゃあ剣から身を守るには不足ですわね。
……ただ、相手も流石に反応してきましたわ。聖女の護衛の騎士ともなれば、そこらのチンピラとはまるで違いますわねえ。しかも、相手は三人。一人に剣を防がれている間にもう二人が襲い掛かってきますのよ。……でも、私だって伊達に鍛えてませんわ。
一人目の剣を捌いて、二人目の剣を躱して……狙うのは三人目。ええ。ちゃーんと、ぶっ殺しますわよ。何のために剣を二振り用意してきたかって、こういう時のためですわ!
三人目の剣を警戒する余裕も手数も無くってよ。なら、簡単なことですわ。殺される前に殺せばいいのですわ! 剣を防ぐためではなくて、相手を殺すために、剣の一振りを使ってやりますの!
「おくたばりなさいましッ!」
普段ならば鎧兜に守られて、然程警戒しなくていい場所、それでいて、相手が咄嗟に動かせない場所……相手の左胸を、一気に貫きに参りますわ!
ドスッ、と鈍い音がして、私の剣がしっかり騎士の胸に刺さりますわね。心臓は外してますけれど、ま、悪くないアタリですわね。聖女様の悲鳴が上がりますけれど、それも私にとってはファンファーレ。やりましたわ。とりあえず一人、仕留めましたわね!
……けれど、まだあと二人、残ってますわ。どさくさに紛れて三人目は殺せましたけれど、しっかり体勢を立て直した二人の騎士、それもそこそこの腕前のを相手に、ものすごーく急いでる状況で戦う、ってのはあんまり嬉しくないですわねえ……。
「お嬢さん! こっち!」
そこへ突如飛んできたジョヴァンの声を聞いて、咄嗟に走りますわ。……部屋の出口へ向かえば、すぐ横にジョヴァンが居て……そして、私が部屋から走り出た直後に、ぐっ、と何かを引きましたのよ。きらり、と一筋光って見えるのは……金属線、かしら?
「うわああああ!」
「なっ、なんだ!?」
……金属線の片側はドア横の柱、脛当たりの高さに結んでありましたわ。それが急に引かれて張られたわけですから、当然、私を追いかけてきた騎士は足を引っかけますわねえ。
「いただきましたわ!」
そこを狙わない私じゃあなくってよ。舞台の上でのお上品な戦い方も嫌いではありませんけれど、あるもの全部使って戦うやり方も私の好みですもの。
コケた騎士の背中を刺してやって、残る一人がたたらを踏んだところに突っ込んでいってやりますわ。そして適当に肩口を斬ってやれば、そこから私の血が入り込んですぐ死にましたわ。あっ、私、やっぱり今日、赤いドレスを着てきて正解でしたわね。返り血が目立たなくって丁度いいですわぁ。おほほほほ。
「よし! お嬢さん! 聖女捕まえて脱出!」
「よくってよ!」
さて、こうなったらさっさと退却ですわ! 私は部屋に戻って、そこで悲鳴を上げるばかりの聖女様を鞄に突っ込みますわ! 更に、聖女様の前の机の上にあった契約書っぽいのも別の鞄に突っ込みますわ! 他に、部屋にめぼしいものがあればとりあえず突っ込んでおきますわ! はい! これで目標達成ですわね! 後は会場を爆破して脱出するだけですわーッ!
「こいつらの死体、どうする?」
「ああー……一応、部屋の中に放り込んどきますわ。よっこらしょっと」
……廊下にはみ出る形で騎士の死体があるのはよろしくありませんわね。適当に部屋の中に蹴り込んでドア閉めときますわ。血は絨毯に吸い取ってもらえますし、この薄暗い廊下なら目立たないってことで放置ですわ。流石にお掃除までしていく余裕は無くってよ! オサラバですわッ!
さて、聖女様を詰めた鞄を片手に、ドランを探しますわ。ドランを探して、キーブを回収して、脱出したらチェスタに合図をして会場を爆破、ですわね。
「ところでジョヴァン。あなた、いつの間にあんな罠、用意してたんですの?」
「あー、ドランが突っ込んでいったあたり? ま、エルゼマリンの裏通りじゃ、ああいうのが意外と有効でね。戦えない奴の、戦えないナリの嗜み、ってやつ?」
ジョヴァンは苦い顔をしてますけど、私は明るい顔をせざるを得ませんわねえ。私、ああいう戦い方、嫌いじゃなくってよ!
「本当ならもうちょっとばかり上等なのを出したかったんですがね。流石にさっきの今じゃ、仮ごしらえのお粗末なモンしか出せなかったってわけで……」
「十分ですわ。助かりましたもの」
ああいう不意の突き方って、実戦では本当に有効ですわねえ。つくづく、実感できますわぁ……。ああ、これだから戦うのって楽しいんですのよねえ。
「ところでジョヴァン。あなたもしかして、エルゼマリン中に罠を仕掛けているのかしら?」
「……それはナイショってことで、おひとつ」
あらそうですの? まあ、大方、前にチンピラに襲われて逃げてきた時も罠で対処してきたんだと思われますけど。折角ですから今度、エルゼマリンの路地裏を探してみようかしら。きっとあちこちに色々仕込んであるんでしょうねえ。楽しみですわ!
「……ところでドランはどこまで行っちまったのかね」
「ダンスホールが特に変わりないところを見るに、人気の無い方へ行ったんじゃなくって?」
さて、ちゃんと脱出するまでが誘拐ですもの。ちゃんとドランを回収しなくてはね。キーブはダンスホールの真ん中で色んな殿方の中心ですわ。流石ですわ。キーブ、大人気ですわ。
「ジョヴァン。あなたはキーブと一緒に居て頂戴」
「あー、はいはい。じゃ、俺は僭越ながらあちらの美しいお嬢さんにダンスのお誘いでもしてきますかね。ついでに少々、仕込みでもしとくとして……」
ジョヴァンはくつくつ笑いながら、キーブの方へ向かっていきましたわ。これでキーブの回収はできるでしょうから、やっぱり問題はドランですわねえ。さて、彼はクリスを引き付けて、どこまで行ってしまったのかしら。
……そう、思っていたら。
ぱぁん、と、派手な音が一発、響きましたの。
……私、今の音に、聞き覚えがありますの。何故、何故あの音が、ここでするんですの?
あの音は……フォルテシア家が開発していた武器……『銃』の音、ですわ!
私は即座に、銃声の聞こえた方へと走りますわ。場所は、中庭を挟んで向こう側の小ホール。さっきの銃声を聞きつけて、警備の兵もそちらへ向かっていますけれど、構ってられなくってよ!
私は走って、走って、小ホールに辿り着いて……。
「……そうか! 貴様、あの時の人狼か!」
私が見たのは、硝煙を上げる銃を構えたクリス。そして、クリスの前に倒れて、血を流しながらもじっとクリスを睨んでいるドラン。
……そしてそのドランに、狼の耳と尻尾が生えているところ。以上ですわ!