幕話 バカンスですわっ!
はい。ということで私達、ちょいと無人島でバカンスすることにしましたわ。
動機は単純でしてよ。どうも、ジョヴァンが私達全員分の貴族位を購入したあたりから、『急に稼いでいる連中』ってことで恨みを持つ奴らがボチボチ出てきたらしいんですの。まあ、貴族としては貴族位を買って新たに貴族になる新興貴族は目障りでしょうし、元々の貧民層からは単純な妬みがぶつけられますし、仕方ありませんわねえ。
ま、そういうわけで、ちょいと行方を晦ませて追跡を諦めさせてやった方がよろしいかしら、ということになって……ならいっそのこと全員で休暇を取ってしまえ、となって……今、私達は手頃な無人島を見つけたところですわ。
「エルゼマリン近郊にもボチボチいい島が残ってますのねえ」
エルゼマリンは港町で、かつ、貴族の別荘が多い町ですわ。そんなエルゼマリンから船で少し行くだけで到着するような位置の美しい島って、大抵は貴族の別荘地として購入されているのですけれど……この島はカンペキに無人島のようですわねえ。
砂は白く細かくサラサラとしていて、波打ち際は緑がかった青い海の色。そして遠くを見渡せば、深く青く、美しい海が周囲をぐるりと囲んでいて……こういう美しい島が残ってるモンですのねえ。
「そーね……まあ、こういう島が無人島なのにはワケがあるのよ、お嬢さん」
と思ったら、ジョヴァンがまるで幽霊でも出てくるみたいに横からヌッと出てきて笑いましたわ。
「こういう島が売れ残ってたらね……強力な魔物が住み着いている、ってコトなのよ」
「あらっ、余計に素敵ですわぁ」
「休暇中に狩りも楽しめるのか。至れり尽くせりだ」
「あーあ、ドランとお嬢さんはそう言うと思ってたぜ」
ジョヴァンは『やれやれ』みたいな顔してますけど、私とドランはわくわくのにこにこですわ! 貴族連中がこんなに美しい島の購入を躊躇うくらいですもの。きっとさぞかし歯ごたえのある魔物が棲んでいるのでしょうね! 楽しみですわ! 楽しみですわ!
「それに、キーブの魔法の練習台だって居た方がよくってよ。ね? キーブ」
「うん、まあ……別に、好き好んで戦いたいわけじゃないけど」
あらあら。そんなこと言ったって、きっとキーブは戦いたくなると思いますわ。新しい魔法を覚えたら、自分の力を確認したくなるモンですわ。
「なー、俺、そろそろ腹減ったんだけど」
「早くありませんこと? まあ……そういうことなら、もうお家を出しましょうか」
さて、チェスタにせっつかれましたし、私もそろそろ屋内で休憩したいところですし……別荘を建てましょうね!
最初にやるべきことは、建てる場所を決めることですわ。砂浜から歩いて少ししたあたりに開けた土地がありましたから、まずはそこに、巨大な四角い枠組みを空間鞄から出して設置しますわ。そうしたらその枠の中に、巨大スライムを一匹、ミッチリムッチリ詰めておきますわ。……スライムって元が水だからか、水平になりたがるんですの。そして、こういう巨大なスライムになればなるほど、自分の足元が水平じゃないのはちょっぴり腹立たしいらしくって、むにむにと地面を溶かして食べては水平な地面を作ってくれますのよねえ。建築現場でよく使われるスライムですわ。とってもいい子でしてよ!
さて、こうして巨大スライムが満足する水平な土地ができたら、そこで私は……空間鞄から、別荘を出して設置しましたわ。
……ええ。空間鞄から別荘を丸ごと、出しましたわ。これにて建築終了ですわ。
軍用の空間鞄なら、小ぶりな別荘くらい収納できますもの。こうして別荘を直接運んじゃうこともできますのよ。便利なモンですわぁ。
「なー、この別荘、どこから持ってきたんだよ」
「あー、これ? これね、貴族の土地を買い漁ってた時、ある貴族がね、『別荘をやるからもっと買値を高くしろ』って言ってきた割に、いざ別荘とやらを拝見しようとしたら『この別荘がある場所の土地だけは売らない。だからお前は別荘に足を踏み入れることはできない』とか言われちまって、ちょいとカチンと来たもんでね……」
「あー、それで鞄に別荘詰めて持って帰ってきたのかよ。おもしれー」
ジョヴァンは当時のやり取りを思い出してか、遠い目してますわね。でも私、その場面、ちょっぴり見たかったですわぁ……。
まあ、こうして無事、別荘も建ちましたし、早速バカンスと
別荘のリビングルームは、海に面した大きな窓があって、なんとも開放的な造りですわ。海の青さと空の青さがすぐ目に飛び込んできて、とっても素敵。
素焼きタイルの床と、白漆喰の壁が明るい印象ですわね。ええ、こういう海辺の別荘には丁度よくってよ。
「じゃ、飯食っていい?」
「お好きにどうぞ。じゃあ、キーブ。早速ですけれど、私達はケーキを焼きましょうか。手伝ってくれるかしら?」
「しょうがないなあ」
チェスタがテーブルに食事を並べて勝手に食べ始めたのを横目に、私とキーブは厨房へ向かいますわ! キーブと一緒にケーキを焼くの、楽しみにしてましたのよ! 目いっぱい張り切って作りますわよー!
今回、キーブと一緒に作るのは、素朴なケーキにしますわ。エルゼマリン近郊の森の中で採れた野生の木苺を煮て、それをバターケーキに混ぜ込んで焼こうと思いますの。キーブはお菓子作り初挑戦みたいですし、デコレーションケーキを作る技術は流石の私にもありませんし、このくらいが身の丈に合ってて丁度よくってよ。
バターをかき混ぜてたっぷりの空気を含ませたら、そこにお砂糖を加えて、卵も加えて、またよく混ぜて……この工程を私のお母様は『これもまた修業ですよ、ヴァイオリア』と仰っておられましたわね。ええ、バターを混ぜるのって、ちょっぴり力仕事なのですわ。私、小さい頃はケーキを作りながら身体強化魔法の調整を覚えましたのよ。懐かしいですわあ……。
「……これ、ヴァイオリアがお母さんと一緒に作ってた、っていうケーキ、だよね?」
「あら、覚えてましたの? ふふふ、そうですわ。小さい頃は木苺を摘んでは、お母様と一緒に厨房に立って、こういうケーキを焼いていましたのよ」
今日はキーブがバターを混ぜる係ですわね。彼、身体強化の魔法はあまり得意ではないようなのですけれど、風の魔法を使ってバターを上手く混ぜていますわ。中々、やりますわねえ……。
「……あのさ。ヴァイオリアの家族って、どういう人達?」
そして、ふと、キーブがそう聞いてきましたのよ。バターを混ぜる手を止めて、首を傾げて。
なので私も、琺瑯のお鍋で木苺を煮ていた手を止めて、答えますわ。
「そうね。お父様もお母様もお兄様も、大好きな自慢の家族ですわ」
「私のお父様とお母様は、それぞれに大きな商家の一人息子と一人娘。お互いに跡継ぎとしての教育を受けて、若くして素晴らしい才覚を発揮しておられましたの」
ということで、ケーキをオーブンに入れて、焼き上がるのを待つ間に、ちょいと私の家族のお話をさせてもらうことにしますわ。
「お父様の商家とお母様の商家は敵対関係でしたわ。……でも、商売敵の一人息子と一人娘が出会ってみたら、恋に落ちちゃったらしいんですの! それを機に『敵対するのも馬鹿らしいよね!』ってことで二つの商家が統合されましたのよ」
「へえ……そういうものなんだ。ええと、二人の気が、よっぽど合った、ってこと?」
「ええ。商家の跡取りとして教育を受けていた者同士、話が合ったらしいですわ。お母様は『私より賢い男が居た!』ってびっくりされたそうですし、お父様は『私より賢い女が居た!』ってびっくりされたそうですわよ。……まあ、後は、拳で語り合った時にピンときたらしいですわ」
「拳……あの、ねえ、ヴァイオリアの家って、皆ヴァイオリアみたいなかんじ?」
「似たもの家族とは言われますわねえ」
ついでに仲良し家族でもありますわ。毎年、魔物の多い地域へ小旅行に出かけて、そこで仲良く魔物狩りをして、美味しいドラゴンのお肉を頂くのが恒例の家族行事でしたのよ。私達の旅行先では魔物被害が減るということで専らの評判でしたわ。おほほほほ。
「まあ、そういうわけで、私が生まれて数年で貴族になったフォルテシア家ですけれど、その前はただ裕福なだけの商家でしたから。私、根っからの貴族ってわけじゃあありませんのよね」
「そうなんだ。……納得半分、意外半分、ってかんじ」
あ、あら、納得と意外さが半分半分、ですの? それどういうことですの? 貴族っぽいところと貴族っぽくないところが混ざっちゃってるってことですの?
それからケーキが焼き上がるまでの間、色々な話をしましたわ。
私が五歳の頃、お父様から弓を頂いたのが嬉しくて、ワイバーンを一人で狩りに行って怪我をしてしまった時の話。その時に私が仕留めたワイバーンでお母様が作ってくださったシチューがとっても美味しかった話。お兄様と一緒にエルゼマリンの裏通りでカツアゲされて、カツアゲし返した話。お父様が鉄鉱石の鉱山を貴族連中から上手く巻き上げた話。学園の武術大会の決勝戦が毎度毎度私とお兄様の
話すにつれて、私の中でも家族のことが思い出されますわ。そして、思い出すことってほとんど全部、笑い合っていた時のことばかりですのね。
……本当に、大好きな家族ですの。私のよき理解者であり、よき仲間であって、そして、たくさんの思い出がある、大切な大切な人達ですのよ。
「ヴァイオリアって、家族と仲、いいんだね」
「ええ。皆、大好きですわ」
ですから、屋敷が燃えたってお父様もお母様もお兄様もどこかに逃げ延びて生きておられるって信じていますし、私達の思い出がたくさん詰まった屋敷を燃やした王家の連中は皆殺しにしますのよ。
そう、改めて思うことができましたから、お話ししてみてよかったですわ。
さて。お話ししている間にケーキが焼けましたわ。金型からケーキをそっと出して、網の上で冷まして落ち着かせますわ。焼き立てほやほやのケーキはやわやわですから、ちょっと冷めてから切ってやらなきゃいけませんのよねえ。これもお母様に教わったことですわ。あ、これ、ケーキだけじゃなくてポヤポヤドラゴンのお肉とかでも言えることなんですのよ。あの手の魔物は死体が冷めてからの方が切りやすくってよ。おほほほほ。
「ケーキってこうやって作るんだね。こういうの初めてやった」
「ふふふ、人生何事も経験、ですわね」
オーブンでケーキが焼き上がるのを待っている時のわくわくした気分も、漂う甘い香りも、自分でケーキを焼いてみないと分かりませんものね。この感覚、キーブに教えることができてよかったですわ。
「なー、なんか美味そうな匂いするんだけど」
と、そこへチェスタがのそのそやってきましたわねえ。既に半分減ってるワインの瓶を片手にやってきたところ申し訳ないのですけれど、まだケーキは焼き立てほやほや。食べるのはもうちょっと後ですわ!
「煮た木苺の残りがありますから、それあげますわ。確かクラッカーが鞄に入っていますから、アレと一緒にお食べなさいな」
チェスタがケーキを覗き込んで『うまそー』ってやってるのを横目に、小皿へ木苺のジャムを取り分けてやりましたわ。チェスタは木苺のジャムの匂いを嗅いで、『うまそー』ってにこにこ帰っていきましたわ。チェスタって、案外甘党なのかしら……。
「さて。もうちょっとジャムが残ってますから、これを片付けて、お鍋を綺麗にしましょうね」
「洗う? 僕やるけど」
「洗うんじゃ、勿体なくってよ。折角の新鮮なジャムですもの」
キーブが覗き込んできたところで、私、空間鞄から新鮮な牛乳を取り出しますわ。
そして、木苺を煮たお鍋の中へ、牛乳を投入しますわ! 後はお砂糖でちょちょいとお味を調えて……。
「いちごミルク、ですわ! これ、美味しいんですのよ」
出来上がったピンク色の飲み物をカップに注いでキーブに渡すと、キーブったら目をほんのりきらきらさせて、カップを大切そうに抱えましたわ。あら可愛い。
「……おいしい」
更に、ちび、とカップの中身を飲んで、キーブったら、花が綻ぶような笑みを浮かべてますのよ! ああ、可愛いったらありゃーしませんわねっ!
「お母様と一緒に木苺のケーキを作った後は、お母様がこうやっていちごミルクを作ってくださって、それを二人で飲むのが楽しみでしたのよ」
厨房でお行儀悪く楽しむ背徳のお味、ですわね。甘酸っぱくてまろやかで、今飲んでもこれ、美味しくってよ。
「あらお嬢さん、イイコトしてるじゃないの。いいなー、いいなー、俺にも分けてくれたりする?」
「しょーがありませんわねえ……」
「へへへ、ありがとお嬢さん。偶にこういうの、欲しくなるのよねー」
それから厨房へやってきたジョヴァンにもいちごミルクを振る舞ってやりましたわ。木苺をたっぷり煮たおかげで、たっぷりできちゃいましたのよねえ、いちごミルク。
……あっ、でも、ジョヴァンにコレ、ビックリするほど似合わなくってよ!
「ところで、ドランはどうしてますの? さっきチェスタはおやつをタカりに来ましたけれど……」
「ん? 外で遊んでる」
ジョヴァンの言う『遊んでる』は間違いなく、『戦闘してる』でしょうね。ドランが浜辺で砂のお城をこしらえたり、貝殻を拾い集めたりしている様子なんて全く想像できなくってよ。
ちょいとリビングルームに戻って、窓から海の方を眺めていたら……銛とキラーマグロを手に戻ってくるドランの姿が見えましたわ。今夜はキラーマグロでディナーかしら。美味しいんですのよねえ、キラーマグロ……。
夕方。私達は浜辺に出て焚火を熾しましたわ。夕焼けに染まる空も海も、そしてぱちぱちと燃える火も、綺麗な赤色ですわ。影は長く黒く砂浜の上に伸びて、どこか郷愁を感じさせるような風景ですわねえ。
「切り分けたぞ。各自焼いて食え」
さて。そんな綺麗な夕焼けの浜辺で私達は……キラーマグロの身を焚火で炙って食べることにしましたわ! キラーマグロはちょいと固めですけど、軽く炙ると筋がトロリと蕩けて、とっても良いお味になりますのよねえ。うふふ……。
「キラーマグロと素手で戦うのは流石に厳しかったな。流石に銛を使った。どうも俺は水中戦に向いていないらしい」
「あー、水中で戦う時は身体強化の魔法のかけ方が変わりますのよねえ」
私も水中戦、ちょいと苦手ですわ。このバカンス中に磨いておこうかしら。いつ何時、どこでどう戦うことになるか分かりませんものね。備えあればなんとやら、ってところですわ!
「案外、水中戦はチェスタの方が上手いかもしれないな」
「えっ、チェスタって、泳ぐの得意なんですの?」
「あー、俺、小さい頃はもの作る工房で世話になってたんだけどよ、海で真珠採りとかもしてたんだぜ。結構いい小遣い稼ぎになるからさあ」
ああ、海辺の町のストリートチルドレンの仕事といったら、素潜りや荷運びですものね。それで、水の中の動きに慣れてる、ってことなら納得ですわ。
「それによー、そもそもドランは、水に沈むだろ」
「……まあそうだな」
そして何より、ドランは筋肉の塊ですから、水にガンガン沈みますわね。ええ。多分、ドランは水中で他の人がしなくていい苦労をする羽目になってますわ……。
「じゃ、明日は何、皆、泳ぐの? なら俺は寂しく浜辺で貝殻拾いでもしとこうかしら」
ジョヴァンは水に入る気が無いらしいですわ。まあ、そういうことなら貝殻拾いしながら蟹とでも戯れててくださいな。
「貝殻……あ、結構綺麗なの、落ちてるんだね」
キーブが拾い上げたのは、綺麗なピンク色の桜貝、ですわ。あら綺麗。そうねえ、貝殻拾いっていうのも、案外楽しいかもしれませんわ。明日からもバカンスはもう少し続きますけれど、折角ですから色々なことを試してみるのも悪くなくってよ!
……と、いうことで、キラーマグロを美味しく頂いて、デザートに私とキーブとで焼いた例のケーキも食べて、満足して……そこで。
星が見えてきた空を、すっ、と横切る大きな影が、一、二、三……あら、十もありますわねえ。
「……ドラゴンだな」
「ドラゴンですわねえ」
ええ。ドラゴンですわ。しっかりはっきり、ドラゴンでしたわ。しかも、ふと海の方を見てみたら、シーサーペントが跳ねて水飛沫を上げるのが見えましたわ。これはこの島、売れ残るワケですわねえ……。
「ひとまず、明日はドラゴン狩りか」
「それでディナーは焼きドラゴンですわ! 素敵! ね、キーブ! 一緒に行きましょうね!」
「しょうがないなあ、付き合ってあげてもいいけど……」
このバカンスの間に、ドラゴン狩りが楽しめるなんて! これは予想外の喜びですわねえ!
明日への期待が大いに高まったところで、今日のところはもう休むことにしますわ。キラーマグロの頭を別荘の前に飾っておけば大抵の魔物は寄ってきませんし、ドラゴンやシーサーペントは自分達の縄張りからどうせ出てこないでしょうし……。
何より、楽しみを一気に味わいつくしてしまっては勿体なくってよ! 折角のバカンスですもの、優雅にじっくり、余すことなく楽しみたいのですわ!
……ということで、その日はそのまま、寝ましたわ。波の音を枕に、なんだかいい夢を見て眠れましたの。
そして翌日から、ドラゴン狩りに、シーサーペント狩り、そして貝殻拾いや真珠採りなんかも楽しんで、思う存分、バカンスを満喫しましたの。とっても楽しかったですわ!
……もし、家族全員、再会することができたなら、その時は家族旅行の行き先として、こういう島を提案してみようかしら、なんて、思ってみたりも、しましたわ。
まあ、その日を実現させるためにも、バカンス明けには舞踏会でガンガン暴れてやりますわよ! ああ、なんだかやる気がガンガン出て参りましたわァー!