「よし、じゃあ船を接近させるぜ。ドラン、帆、動かしてくれる?」

「任せろ」

 さて、早速、標的の船に接近していきますわよ! 船ごと全てを奪ってやりますわ!

「うひゃひゃひゃひゃ、前が見えねえ!」

 だから、眼帯はせめて片っぽになさいなッ!


 帆桁に結び付けたロープの端に掴まって、振り子の要領で一気に船の外へ飛び出しますわ。そのまま相手の船に飛び移ったら、見張りだったらしい人間を蹴り倒して海へ落としますわよ!

「襲撃! 海賊の襲撃だ!」

 すぐに警鐘がガンガン鳴らされましたけれど、だから何ですの、ってお話ですわね。こちとら警鐘にビビるような肝っ玉してませんわよ。

 警鐘でやってきた増援もボンボン海に投げ落としていきますわ。こういう時、ちょいと掴んだだけでひょいひょい人間をぶん投げられる馬鹿力のドランと、とにかく躊躇いが無いチェスタって強いんですのよねえ……。私はドランとは違って、相手を倒す、という一手間が必要ですし、投げるにもちょいと頑張らなきゃいけませんのよ。うーん、ちょいと後れをとってますわぁ……。

 そうしている間にジョヴァンがおっかなびっくり、こっちの船に渡ってきましたわ。ロープで振り子のやつをジョヴァンもやったわけですけれど、まあ、ボチボチ如才なくできていてよ。まあ、これくらいはできないとエルゼマリンの裏通りじゃ生きていけませんものね。おほほほほ。


 そうしている間に、こっちの船に居た人間を全部海に放り込み終えましたわ。海に放り込まれた人間達は私達が元々乗っていた船になんとか這い上がってますわね。ま、所詮そこまでですわ。今からこっちの船にもう一度乗り移って船を奪い返す、なんて気概は無いようですわね!

「よし、これでいいか。船を出すぞ」

 更にドランが舵を切って船を離してしまえば、もう、この船は完全に私達のものですわね。ひとまず海賊行為が成功してよかったですわぁ。

「船の操縦は頼んだぜ、ドラン。俺は積み荷を確認してくる。お嬢さんもご一緒に、どーお?」

「ええ、よくってよ。チェスタ。あなたは……」

「もうキメていいか?」

 ……ええ。よくってよ! 元々チェスタは戦闘以外では仕事がありませんものね! 思う存分お薬とよろしくやってなさいなッ!


 さて、それから私達、船の中の積み荷を選んで空間鞄に詰めましたわ。かさばるばっかりでお金にならないような積み荷は適当にエルゼマリン近郊の浜辺に放置しておくことにしましょうね。そうしておけば、『海賊の所業』が人の目に分かりやすいですものねえ。おほほほ。

「さて、これをあと何度かやればいいか」

「そうねー、悪くない、悪くない。今回の儲けは中々のモンよ」

 さて、一旦海賊稼業が終わってみると、それなりのものになりましたわねえ。積み荷にあった白磁の食器類は上手く闇市で捌けばそれなりのお金になりそうですし、美味しそうなワインも樽でたくさん手に入りましたわ。これでいっぱい飲めますわ!

 それに、貴族向けらしい豪奢な織物や金銀宝石のたぐい、それから香水や何かも手に入りましたし、まあ、中々いい収穫でしたわ。どうやらこの船、貴族や富裕層向けの贅沢品を扱う商船だったようですわね。まあ、襲うには最高の船でしたわ!

「へへへへへ……地面が揺れてらあ……この世の終わりかなあ……」

「船の上ですもの、そりゃ揺れますわよ」

「星がきれーだなあ」

「確かに星は綺麗ですけれど、あなたちゃんと空見てますこと……?」

 ……まあ、薬中はさておき、このまま海賊続けてみると、とにかく儲かりそう、ですわねえ。貴族連中に嫌な思いをさせるだけじゃなくて、私達がいい思いもできるなんて、やっぱり海賊稼業は最高でしてよ!

「お嬢さん。そろそろ船室に入ってたら? ここはちょいと冷えるでしょ」

 まあ、確かに秋の夜の海は冷えましてよ。風も強いですものねえ。でも、これが爽快なんですの。

「もうちょっとここに居ますわ。チェスタじゃありませんけれど、星が綺麗なんですもの」

 明かりも無く、遮るものも無い、夜の海。これって、夜空を楽しむには最高の状況ですのよね。濃紺の空に、街では考えられないくらいの星が見えますわ。暗さに海と空の境もよく分からなくて、星空にぽんと投げ出されたような、そんな感覚ですの。これ、きっと他では味わえない感覚ですわ。

「あら、そ。なら風邪ひかないようにね」

 星空を見上げていたら、肩に何か掛けられましたわ。あら、これ、上等な毛織のショール、ですわねえ。色柄は暗くてよく分かりませんけれど、手触りがとってもいいのは分かりましてよ。

「あら、これどうしたんですの?」

「積み荷にあったやつ。ちなみに俺とお揃いね」

 見てみたら、ジョヴァンもショール巻いてましたわ。コートの襟の隙間を埋めるように、マフラーみたいに巻いてるみたいですわ。……お揃いだとなんか、ケチがつきますわねえ……。まあ、肩があったかくなりましたから、それはいいんですけど……。

 ま、しばらく星空を楽しんだら、ついでにワインも楽しみましたわ。ドランが『飲むか?』って樽持って誘いに来てくれましたの。当然飲みますわ。私飲んでも飲んでも酔いませんもの。任務に影響は全く無くってよ! 樽ワイン、いいお味でしたわ!

 ……ちなみに、ドランはショール、お揃いじゃありませんでしたけれど、チェスタはショールでぐるぐる巻きにされて船室に突っ込んでありましたわ。変に暴れて海に落ちたら大変ですものね。まあ、当の本人はぐるぐる巻きの状態で気持ちよさそうに寝てましたけど……。


 さて。朝になったらまた適当な海域をうろうろして、そして、また別の商船を見つけたら同じ要領で襲いましたわ。前回と違うところは、チェスタですわね。ええ、彼、ラリったまま海賊やりましたの。足元が覚束ない割にちゃんと戦えていたのが意外でしたわね。正気じゃない分、余計に攻撃的な戦い方になっていて、ボチボチ見ごたえがありましたわ。……まあ、戦い終わったところでぶっ倒れてましたけど……。

 そうして同じ要領で商船を襲いに襲って十日。たくさん用意しておいた空間鞄も容量に限界を迎えたところで、私達はようやく、地上に戻ってきましたわ。

「なんかまだ揺れてる気がするんだけど……何だよこれ、もしかして地面、揺れてる?」

「揺れてるのはあなたですわ」

 まあ、チェスタは陸酔いしてるみたいですけれど、他は元気ですわね。でも、それはそれとしても、久しぶりの陸ですもの。ちょいと嬉しくってよ。

 ……そして、久しぶりの陸で、更に嬉しくなるようなものを見つけちゃいましたわ。

 それは、掘ったばかりの通路を使って夜のエルゼマリンに戻ってきてすぐ、見つけましたの。

「あっ、クリスですわ! 隠れて頂戴な!」

 なんと、エルゼマリンに、居ましたわ。貴族院総裁の、クリス・ベイ・クラリノが! あの目立つ金髪頭は間違えようが無くってよ!


 ということで路地裏から覗き見ですわ! クリス・ベイ・クラリノは忙しいみたいで、路地裏の私達には気づいていませんわねえ。ここに脱獄囚が二人も居るのですけど。おほほほほ。

「おやおや。お貴族様の頂点がここに居るってことは、俺達の働きが実を結んだ、ってことかしら」

「だろうな。どうも、有事の対応をしているように見える」

 そう。クリス・ベイ・クラリノは、慌ただしく港を行き来しているんですの。そこで他の貴族や商人、船乗り達に何かを話しかけられてはそれに対処しつつ、兵士達ともやり取りをして……忙しそうですわねえ! 大方、海賊の被害を確認しているのでしょうけれど、こうも頻繁に船が襲われたんですもの! 被害も相当なものでしょうね! それの対応、お疲れ様ですわー! 

「うわ、あいつ、嫌そうな顔してんなあ……へへへ」

 そしてクリス・ベイ・クラリノは疲れた顔になんとも嫌そうな表情を浮かべて諸々対応してますわね! 大方、最新の海賊被害についての報告でも受けたんでしょうけれど! 何せ、私達が最後に襲ったでっかい船、あれ、クラリノ家の船だったらしいんですのよ! ええ! いい気味でしてよ! 大損害を前に頭抱えてらっしゃいな! おーほほほほほ!


 ……それから数日、クリス・ベイ・クラリノは大変だったようですわ。

 エルゼマリンの街でキーブが買っておいてくれた新聞には、連日の海賊被害について、一面大見出しで載っていましたの。そして当然、海賊被害にあった商船の持ち主達は大損害を受けた、ということで……その後処理やら、そもそものエルゼマリンの保安やらでてんやわんやだったそうですのよ。海賊を取り締まるための法律なんかもできたりして、まあ、国がボチボチ揺れましたわね。予想外でしたわぁ……。あら、でも、被害額を考えたら当然のことかしら。おほほほほ。

 更に、私達がそこら辺の浜辺に放置した積み荷の一部。アレ、大半がかさばる上に売り捌くのが面倒な食料品だったのですけど、それらが浜辺に放置されていたのを、エルゼマリンの裏通りやエルゼマリン近郊の村落に住む貧民達が見つけて……食べちゃったらしいんですのよね。

 まあ、具体的に誰が食べたかなんて調べようがありませんし、それらを一々取り締まることなんてできませんから、貴族達はさぞかし歯噛みしたことでしょう。それと同時に貧民はお腹いっぱいになって喜んでるらしいですわ。新聞の小見出しにも『義賊現る』なんて書いてありますわ。呑気なことですわねえ……。ここまで平和ボケしてると、むしろアッパレですわぁ……。

 まあ、おかげで貴族達は海賊を取り締まると民衆の反感を買う、というかわいそうな状況にありますわ。それでも貴族達は被害に遭っていますから、対策しないわけにはいかなくてよ。要は板挟みですわね。おほほほほ。

 ……まあ、こういうわけで、貴族達の中には海賊被害で没落した者も居たようですし、生き残った貴族達も、もうどこにもいない海賊を取り締まるために無駄な労力と費用を割いていますわ。

 そんなエルゼマリンの様子を見ながら飲むワインって最高ですわねえ! 勝利の美酒のお味、でしてよ! 或いは、他人の不幸は蜜の味、といったところかしら! おほほほほほ!


 


 私、それから数日間、地下に居ましたわ。そりゃそうですわ。海賊やったことで、エルゼマリンの街は警備が厚くなりましたのよ。ですから私とドランは特に、街をうろつけませんわね。チェスタはふらっと裏通りを歩くくらいはしているようですけれど、まあ、彼も脱獄囚じゃないにせよ、薬中ではありますものね、警戒は必要ですわ。ジョヴァンも同じく、裏通りの『ダスティローズ』とこのアジトとを行き来するだけの生活をしているようですわね。

 ……ですから今、外部とのやり取りはほとんど全てキーブにお任せ、なんですのよ。

 キーブでしたら顔が割れてませんわ。それに何より、美少女と見紛うほどの美少年ですわ。美しさはあらゆる罪を覆い隠しますの。当然、キーブが街を歩いていたって、悪党連中とつるんでる奴だなんて思われませんのよねえ。

「ただいま。パン買ってきたよ。あと、屋台の串焼きが美味しそうだったからそれね」

「ありがとう、キーブ! ああ、やっぱりあなたを海賊にしなくて正解でしたわぁ……」

 ということで、キーブが食料品の買い出しをしてくれてますの。……まあ、食料も、無いわけじゃ、ないのですけど。船の積み荷にあった食料も、手に入ってますけど。でも、船の食料ってつまり保存食で、たっぷり儲けた後に頂くにはちょいと、侘しいのですわぁ……。

「串焼きか。つまみに丁度いいな……飲むか」

 ……それに、ほら。私とドランは特に、外に出られませんもの。今、楽しみが食べることくらいしか無くってよッ! まだ私は刺繍やお茶や読書、それに毒物の摂取を楽しんでいますけれど、ドランは魔物狩りくらいしか趣味が無いもんですから、飲んで食べて寝て起きてまた飲む、みたいな生活ですわ。自堕落の極みですわねぇ……。

「パンは焼き立ての貰ってきたから、今食べちゃってよ」

「あらっ、嬉しいですわ! このクランベリーとチーズのパン、大好きなんですの!」

「……前そう言ってた気がしたからそれにした」

 まあ、私も食べることは当然、楽しみですわ! 特にこうやってキーブが可愛いことしてくれますもの! 最高ですわ! 

 ということで早速、焼き立てパンを頂きますわ。ああ、焼き立てのパンって、どうしてこうも魅力的な香りなのかしらね。たまりませんわぁ……。幸せですわぁ……。香ばしくってふわふわですわぁ……。

「……ヴァイオリア。食後、少し付き合え」

 キーブが運んできてくれた焼き立てパンに幸せを感じていたら、少しそわそわした様子でドランがそんなことを申し出てきましたわね。

「あら、また運動ですの? まあよくってよ」

 ……ドランの申し出は『運動』のお誘いですわ。一昨日から毎日やってますのよ。ええ。私としてもずっと地下に籠っていては運動不足になってしまいますもの。お誘いはありがたいですわね。


 ということで私達、地下水道の一角にやって参りましたわ。

「では準備はよろしくて?」

「ああ。いつでもいい」

「なら、この石が水に落ちた時に始めましょう」

 そして私、小石を適当に水道に投げ込んで……ぽちゃん、と音がした、その瞬間。

 私達、一気に肉薄して、お互いに拳だの脚だのを繰り出しましたのよ。

 ……ええ。まあ要は、殺さない程度に手加減しつつ、手合わせしてるのですわ。訓練だと思えばこれも必要なことですし、お遊びだと思ったって十分に楽しくってよ。こんな状況では出来る運動も限られますし、やる価値はありますわね。

 特に、ドランは常に無手で戦ってるわけですから、手合わせしてみると学ぶことがたくさんありますわ。私、ステゴロもボチボチ強いのですけど、やっぱりまだまだ足りない部分がたくさんございますの。それを実感できるから、ドランとの手合わせは楽しいのですわ!

「随分と、楽しそうだな!」

「ええ! 自分がグングン伸びていくのが分かりますもの! 楽しくないわけがなくってよッ!」

 自分に成長の余地があると分かることは楽しいことですわね。強い私がもっと強くなる。まだまだ強くなる。これを実感できるのですから、楽しくって仕方がないのですわ!

「そういうあなたも楽しそうですわね!」

「まあな」

 そしてドランも楽しそうですわ。飲んで寝て食べてる時とは打って変わって、目はギラギラしてますし、表情ももう、肉食獣みたいな笑顔ですわ。満面の笑みですけど怖いですわねえ。狂気じみていてよ。

 ……まあ、ドランも私と同じ部類の人間なのでしょうね。要は、戦うのが大好き、というたぐいの。ええ、私、戦うのは好きよ。命が持っていかれそうになる緊張感と、命を奪ってやれそうになる興奮。全身の筋肉も頭脳も、余すことなく自分を使い切る達成感。これらが合わさったら最高の娯楽になるのは当然のことですわね。

 ……そして、こうも遠慮なく手合わせできる相手って、とっても貴重ですわね。何といっても私、お兄様以外でこんなにも楽しく戦える相手は初めてですのよ! ふふ、これには私、大満足、ですわぁ……。


 ということで私達、散々殴り合って、散々蹴り合って、まあ、楽しく過ごしましたわ。いい汗掻きましたわねえ。今日もお風呂が気持ちよさそうですわぁ。最近は奪った積み荷の中にあった香油を贅沢に垂らして、お上品にお風呂を楽しんでいますのよ。おほほほほ。

 私とドランはさっきのステゴロ訓練の感想や分析なんかを互いに話しながらアジトへ戻りますわ。運動したらまた小腹が空いてきましたから、何かおやつでも食べようかしら、なんて考えて……。

「おーい、皆集まってる?」

 ……ただ、アジトに到着してすぐ、ジョヴァンがちょいと慌てながら入ってきましたのよ。


「どうした。何か問題でも起きたか?」

「いやいや。全ては順調よ。俺の腕に間違いはない。貴族は没落していってるし、領地の切り売りも順調。……ただ、落ち目の貴族の野郎から、ちょいと面白い話を聞いてね」

 面白い話、という割には、ジョヴァンは焦っているみたいですけれど。どういうことかしら。

「それがね……『商船が海賊にやられたせいで金が足りなくなった』っていう哀れなお貴族様から領地を切り売りしてもらってたんだけど。そしたら、そこで聞いちゃったのよ。……『大聖堂の介入の予定』を、ね」

 大聖堂の介入、というと……あ、読めましたわ。

「大方、貴族院が貴族にお薬が蔓延していることを憂えて、大聖堂の協力を取り付ける、みたいな話をしてますのね?」

「おおー、流石はお嬢さん。貴族なだけのことはある」

 ええ。フォルテシア家の教養があれば、このくらいは読めることですわ。

 商船の海賊被害については大聖堂の助けを借りる余地が無いでしょうし、そもそも大聖堂は『義賊』なんて呼ばれて民衆の味方のように扱われている海賊を取り締まることには賛成しないはず。

 なら、大聖堂の助けを借りる余地があるのはお薬の治療ぐらいですわ。ええ、大聖堂は公共の福祉に関する慈善事業をやってますし、治療のたぐいもやってますもの。お薬にかこつけて大聖堂の協力を得よう、っていうのはまあ、妥当なとこだと思いますわ。海賊被害で貴族院の手が回らなくなってる、ってのも含めて、大聖堂を頷かせるには丁度いい話題ですものねえ……。

「ついでに、多くの脱獄犯の手引きをした大罪人、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの捜索についても大聖堂に依頼したいみたいね」

 ……そ、そこまでは読めませんでしたわ! そうなんですのね!? 私、国の三大権力全てに捜索されることになりますのね!? 上等ですわーッ!

「ってことで、ぼちぼち大聖堂にも攻め入るいい機会かしら、って思うんだけど。どう?」

「……その前にチェスタにも分かるように説明してやれ」

 ……そうね。私には今ので十分に分かりますけれど、ドランとキーブにはもう少し説明が必要でしょうし、チェスタは何一つ理解してませんわ。ええ。チェスタは今、珍しくも寝起きなだけで素面しらふは素面なんですけれど、それでも駄目ですわ。理解できてませんわ。まあ薬中のオツムになんて最初から期待してませんわ!


「要は、この国の三本柱の内の二本、貴族院が大聖堂と手を組もうとしてる、ってことですのよ」

 ということで説明しますわ。私、こういうのも得意ですのよ。まあ、伊達に学園で首席生徒の座を保持してはおりませんの。おほほ。

「貴族院が大聖堂と手を組めば、貴族院は実質、民衆を動かすことができるようになりますの。そうなれば国家の基盤はより盤石となり、貴族の、貴族による、貴族のためだけの国家が出来上がっていきますわ」

 ある種、大聖堂を取り込むことは、貴族院の昔からの悲願ですの。王家と貴族院がズブズブの関係で楽しくやってるのは周知の事実ですけれど、そこに大聖堂まで加われば、いよいよこの国は貴族王族のためのもの、ってことになりますわね。

「貴族院が大聖堂と手を組みたい、ってことは、今はまだ、大聖堂って貴族院の味方じゃないんだ」

 キーブが納得したように頷いていますわ。まあ、そうですわね。大聖堂はこの国の中でも中立、どちらかといえば民衆寄りの反貴族、といった立場を取っていますわ。そうした立場の大聖堂があることで、この国は上手く均衡を保っているのですもの。そう。大聖堂って、本来、貴族院に取り込まれちゃいけない立場ですのよ。

「貴族院は、大聖堂にいくらか業務提携させたくらいで、大聖堂を取り込めるものなのか?」

 ……そう。だから、ドランの疑問通り、ですわ。大聖堂はどちらかといえば反貴族、という立場ですから、貴族院には与しないはずですわ。お薬の治療と、神に背いた大罪人の捕獲について大聖堂が手伝ったとしても、それだけですの。大聖堂が他の事柄でまで貴族院の味方をするわけはないのですわ。『手を組む』なんて、ありえなくってよ。……普通でしたら。

「ええと、皆、今の聖女様をご存じかしら?」

「あ、それは俺、知ってるぜ。女だろ?」

「まあ、聖女って言うくらいですから女ですわねぇ……」

「うん。で、なんか気の弱そうな奴」

 ……チェスタの『女だろ?』に呆れましたけれど、その後のには及第点をあげてもよくってよ。

「そうですわね。三年前に聖女選挙で最多得票した平民出身の少女。それが今の聖女様ですわ。ただ……中々の気弱なお方なんですのよねえ」

 聖女は民衆からの投票で選ばれますから、必ずしも貴族出身の人間がなるわけではありませんの。ただ……私に言わせれば、平民が人の上に立つのは難しくってよ。残酷なようですけれど、学がありませんし、胆力もありませんもの。少なくとも、今の聖女様については、そういう方に見えましたわねえ。そして実質、そうですわ。アレはないですわぁ……。

「大聖堂の最上位は聖女、ということになっていますけれど、高位の神官が聖女を支えていますわ。つまり実質、彼らが大聖堂のことを決めていますの。民衆に投票させる選挙で聖女を選んでいる以上、とんでもないバカ娘が選ばれる可能性もありますものね。……でも、それでも、大聖堂の最上位が聖女、という名目に変わりはなくってよ」

「ああー……よく分かんねえけど、つまり、聖女にサインとかさせたら大聖堂のこと、動かせちまうのか?」

「薬中にしては早い理解ですわね。その通りですわ」

 そう。今回の貴族院の狙いは、おそらく、聖女ですわ。

「そうよね? ジョヴァン」

「はいはい、その通り。……今回、情報をくれた落ち目の貴族野郎の情報によれば、どうも、建国祭の直後あたりの日程で、聖女様を直々に貴族院へ招いて会談を開くらしいぜ。つまり、そこで聖女様相手に色々契約しちゃって、大聖堂を貴族院の都合のいいように動かすつもり、ってこと」

 にやり、と笑ったジョヴァンに私も笑い返して……結論が出ましたわね。ええ。

「で、俺から提案なんだけど。……聖女様をそこで簒奪させていただく、ってのはいかが?」

 貴族院が狙っているというその聖女。こちらが手中に収めてしまうっていうのも面白いんじゃなくって?


「聖女さえ手に入れれば大聖堂を動かせる、というのは貴族院にとってだけの話じゃなくってよ。私達からしても同じことですわ。そして、大聖堂を動かせれば、この国の三本柱の内の一本を手中に収めることになりますの。私達に有利に働きますわね」

「国家を転覆させようとしているわけだからな。まあ、権力は欲しいところか。よし、俺は乗る」

 流石、ドランは思い切りが良くってよ。ムショに入ってただけのことはありますわね!

「まあ、実際にやるとなると……提案した俺が言うのもアレだけど、結構難しそうよね」

 一方で、言い出しっぺの割にジョヴァンは慎重派ですわねえ。まあ、彼、商人ですものね。理想と現実の間を埋めようとするのは嫌いじゃなくってよ。

「聖女様を誘拐して言うこと聞かせるにしても、貴族院は間違いなく動くぜ。むしろ、聖女救出って名目で大聖堂と提携するいい機会を与えることにもなっちまう」

 まあ、そうですわねえ。でもそれ、普通に誘拐した場合のお話でしてよ。

「ええ。ですから聖女様には死んで頂きましょう」

 こういう時は逆に考えるのですわ。誘拐したら取り戻されてしまう、というのならば、取り戻されないような誘拐の仕方を考えればよくってよ!

「……つまり、死んだように見せかけて攫ってくる、ということか」

 そしてやっぱりドランは判断が早いですわねえ。ジョヴァンと腐れ縁だからかしら。おほほ。

「ええ。死んだものと思われれば、貴族連中だって聖女を探しやしませんわ。貴族のせいで死んだ、なんてことになれば大聖堂と貴族院の仲を引き裂くこともできますわ。そして、遺言が聖女様の筆跡で残っていれば今後の大聖堂の方針も、ある程度操作できますわ!」

「あ、つまり攫って死んだことにして遺書書かせる、ってことね。てっきり、本当に殺すのかと」

「まあ、遺書さえ書かせれば本当に殺してもいいのですけれど」

 私、そこらへんに頓着はありませんわ。ガタガタ煩いようなら遺書を書かせた後で殺しますわ。……でも、特に煩くないなら、生かしておいても別に良くってよ。ええ。頓着はありませんの。


「なら、どう実行する? 聖女様を攫うにしても、どうやって攫ってくるのよ。それも、生死不明の状態にしながら攫ってこなきゃならない、ってんなら、相当に条件が厳しいぜ?」

「ええ、そこが悩みどころですのよねえ……うーん」

 そして、まだ悩むところが残ってますわ。そう。目的も、そこへ辿り着くまでの道筋も見えたわけですけれど、実行するとなると、難しくってよ。

 生きたまま、けれど傍目には死んだように見せかけて、それで攫ってくる……どうしましょう。

「攫うのは簡単だろ? ほら、空間鞄に生き物入れられるようになったんじゃねえの?」

「まあ、そこは簡単ですのよ。鞄に人間詰めて帰ってくりゃいい話ですもの。けれど、それができる状況にするのは難しくってよ」

 そう。私達、人間を担いで逃げる、なんてことをしなくても、鞄に詰めてこっそり去れば済むわけですから、そこんとこは大分簡単ですのよ。……けれど、それでも難しいんですのよねえー。

「貴族院の連中と聖女の会談、なんてところに突入したら、流石に負けますわ。数が数ですもの」

「いや、でもこっちにはドランが居るじゃねーか! な! 余裕だろ!」

「いや……少なくとも、真正面から突撃するのは、得策ではない、だろうな」

「あ、ドランがそう言うってことは、マジでヤベえんだな……へー……」

 ……チェスタのヤバさの基準って、ドランなんですのね。まあ、賢明な判断だと思いますわ。

「私も、一対一の戦いになるなら、負ける気はありませんわ。けれど、いくら雑魚でも、数があったら流石に厳しくってよ。……それに、会談には間違いなくクリス・ベイ・クラリノが来ますもの」

「へー、強いのかよ、そいつ」

「まあ、アイツが貴族界随一の強さですわねえ。私なら一対一で勝てる可能性がボチボチありますけれど」

 武装した大量の兵士の警備に加えて、クリス・ベイ・クラリノと戦う羽目になったら、流石にちょいと負ける気がしますわねえ……。そうでなくとも、人の目が大量にあるような場所で誘拐は厳しくってよ。何せ、聖女様には生死不明になってもらわなきゃいけませんもの。

 ……そうして私達、一頻り悩んでいたのですけれど。

「あのさ、人攫いって、どうやって人を攫うか、知ってる?」

 ふと、キーブがそう、話し始めましたのよ。

 私達がキーブを見守る中、キーブはちょっと気まずげに、続けますわ。

「大水が出たり、火事になったり、地割れで酷いことになったりした場所があったら、そこに駆けつけるんだ。それで、逃げてる内にはぐれた奴を攫う。そうすれば、村の他の奴らは『ああ、アイツは死んだんだろうな』って判断するから」

 ……もしかすると、キーブ自身、そういう風にして攫われて奴隷になったのかもしれませんわね。でも、まあ、そういうことなら説得力のあるお話でしてよ。それに、おかげでとってもいい案が浮かびましたわ!


「成程、災害、もしくは大規模な事故、ですわね! なら、会場を爆破しましょう!」

 災害に紛れて人攫いをするのが一番なら! 災害を引き起こすのが! 得策! ですわぁーッ!


 ということで、決まりましたわ。爆破しますわ。

 私達、聖女様が居る会場を爆破して、そこで多数の死傷者を出しながら聖女様を誘拐しますの。そうすれば聖女の生死は不明となりますし、大規模な爆発なんてあったらそっちの処理で貴族院は手一杯になるはずですものね。貴族院の仕事が増えれば貴族院が動く余地が益々少なくなりますわ! 国家転覆に向けての一石二鳥でしてよ!

 さて。ということは……。

「じゃあ、まずは貴族院の会議場を爆破して……そこで聖女様が生き残ることを期待しますわ!」

 こういうことですわね! ……ただ、これを言った途端、皆から何とも言えない顔で見られましたわぁ……。遺憾ですわぁ……。

「待て。攫ってから爆破しろ」

「だって、流石に爆破でも起きない限り、貴族連中の警備は薄れませんわよ? 侵入できませんわ」

 ……理想を言えば、ドランの言う通り『攫ってから爆破』なんですのよ。けれど、流石に、貴族院の会議場に忍び込んで、聖女様を攫って、そして爆破しながら逃げおおせる、っていうのは難しくってよ。

「あー……それなんだけど、俺からも一つ、いい?」

 と、思っていたらジョヴァンがなんとも言えない顔で手を挙げましたわね。

「建国祭の催しでさ、ほら、あるじゃない。顔を隠して入れる場所、ってのがさ。……仮面舞踏会、っていう」

 ……あー、ありますわね。貴族の道楽ですけど。よくご存じだこと。

「で、少なくとも今、俺とチェスタは貴族位を買ってる。じゃ、あと三名分貴族位を買っちまえば、そこに潜入できない?」

 あら。それは悪くなくってよ。……貴族であるはずの私がまた貴族位を買わなきゃいけないってことについては深く考えませんわ。身分の偽造のためにも必要なことですものね。ええ……。

「悪くないな。だが、仮面舞踏会に聖女が来るか?」

「建国祭の仮面舞踏会なら、貴族院の主催でしょ。非公式の場とはいえ、聖女様は招待されるはず。で、招待さえされてるなら……」

「招待状に偽の返信を出して、出席することにできる、と」

 ドランとジョヴァンが顔を見合わせてにやりと笑ってるのを見る限り、こいつら、似たようなこと前にもやったことあるんでしょうね……。まあ、深くは聞きませんけれど。

「なら、早速準備に取り掛かりますわよ! 聖女様を仮面舞踏会に出席させて! 私達も会場に潜入して! 聖女様を攫って! 会場を爆破して死傷者多数にした後! 逃げますわ!」

「ははは。派手でいいじゃんいいじゃん! 俺も乗った!」

「ねえ。こういう作戦だと、雷って使い勝手がいいんじゃない? 僕も使えば?」

 チェスタとキーブの賛同も得られましたし、私も目標がハッキリして元気になって参りましたわ! さあ、早速準備を……まずは、招待状と爆薬の準備から始めましょうね!


 


 それから二週間ほど、私達、随分と忙しく動き回りましたわ。

 まず、ジョヴァン。彼が一番忙しかったと思いますけれど……全員分の貴族位を買い揃えましたわ。勿論、私とドランは偽名で、ですわ。私の偽名は『アイル・カノーネ』となっておりますの。ドランは『エド・ハウデス』という名前で貴族位を取ったようですわね。ま、どうせそう使わない偽名でしょうけど……。

 他にも舞踏会用の衣裳に、爆薬の調達に、と、ジョヴァンはあれこれ頑張ってくれましたわ。あまりにも頑張ってくれたものですから、私、貴族のワイナリーで頂いてきた最高級ワインを彼にプレゼントしましたわ。おほほ。

 そして私は暇潰しに、貴族のワイン蔵を潰して回っていましたわ。アメジストスライムは空間鞄の中でたっぷり増えて、ミッチミチになってましたの。それをワイン蔵の傍で行ってらっしゃいまししてやれば、ぞろぞろとワイン蔵へ向かっていって、そこに貯蔵されているワインを悉く飲み干してくれますのよねえ……。スライムを鞄一つでこんなに大量に輸送できるなんて考える人は居ませんから、私の犯行だとバレることもなく、ただこれは『不幸な自然災害』として片付けられましたわ! スライムって本当に便利ですこと! おほほほほ!

 チェスタは私と同じように動いていましたわね。もう一つ、空間鞄をアメジストスライムでミッチミチにしておきましたから、それで他のワイン蔵を潰してくれたはずですわ。……本人もワイン蔵に侵入したらしくて、帰ってきた時にべろんべろんに酔っぱらってたこともありましたけど。なんですの? チェスタってアメジストスライムでしたの?

 ドランはというと、大聖堂から貴族院へ向かう書簡をこっそり奪う、という大仕事をやってくれましたわ。そして、聖女様からの『仮面舞踏会には欠席します』の返信を見つけて、キーブが上手く『仮面舞踏会に出席します』の返信を作ってくれましたの。後は、それを貴族院へ届けさせればよくってよ。

 ……少しした頃から、大聖堂がちょっとバタバタする様子が見られましたわね。まあ、多分、『欠席にしたつもりが出席にしてしまったらしい! こちらの間違いだから、今更突っぱねるわけにもいかない! 急いで舞踏会の準備をしなければ!』とかやってるんだと思いますわ。

 何しろ、聖女様の出席は、聖女様と一刻も早く繋がりを持ちたい貴族院の連中からしても好都合なはずですもの。この『ミス』を貴族は大いに喜んで、今更聖女様が『やっぱり欠席で』なんて言えないように裏から手を回しまくってくれたのでしょうね。ええ。ここまで織り込み済みですわ!

 ……というように、準備は着々と整って参りましたのよ。

 聖女様は舞踏会へ参加を余儀なくされて、貴族連中はそれを歓迎。私達は爆薬を準備して、貴族位も買い揃えて、後は会場へ乗り込むだけ……。

 ……となったところで、一つ、問題が発覚しましたの。

「ところでこの面子って男女比に偏りがあるけど、どうしましょうかね、お嬢さん」

 そうですの。……舞踏会なんですから、男女同伴で行くのが一番怪しまれませんわ。でも、この面子、私以外全員、野郎ですのよ。……どう足掻いても、男女同伴は一組分しか作れませんわッ!


「なら、潜入は私ともう一人、ということにすべきかしら……?」

「どのみち、外で爆薬をどうにかする奴が一人は必要だからな。会場の外に残る奴が居るのはいい。だが……手が必要なのはむしろ、会場の中、だろうな」

 そう。そうなんですのよ! 今回はとにかく早さが命ですわ! 仮面舞踏会ですから、全員顔は隠れてますの。だから私達も聖女様に接近できるわけですけれど……その聖女様を探すのが一苦労、というわけなのですわ!

 ですからそこは人海戦術がいいかと思いましたのよ。目が増えればその分、より早く聖女様を見つけて鞄に詰めることができますものね。

 ……だからこそ、二人しか会場の中に入れない、というのは、すごーく、嫌なのですけれど……。

「まあ、しょうがないんじゃない? あるいは、俺くらい面の皮が厚けりゃ、一人でフラッと会場に入れるかもしれないけど」

「不審ですわよ、どう見ても」

 ……ま、まあ、何故かジョヴァンって立ち居振る舞いがそれなりに洗練されてますし、本人の言う通り『面の皮が厚い』ですから、一人で会場に入っても然程怪しまれないかもしれませんけれど……他はちょいと、難しいでしょうね。ええ。

「できれば、会場にはキーブを連れていきたかったんですのよねえ……」

「じゃあ、僕がヴァイオリアをエスコートしていく、ってこと? ……できるかな」

「でも、実働としてはドランの力が欲しいところなんですのよ。荒事になったらドランが居た方がよくってよ。それに、人攫いならジョヴァンの目利きもあると助かると思っていましたの」

 まあ、要は、中に連れていきたい人員が結構多いんですのよねえ。皆それぞれにできることが違いますもの。……チェスタが『俺は?』って顔してますけど、薬中は躊躇なく爆薬に着火する係が一番向いてますわッ!

「はあ、キーブが女の子でしたらよかったのにぃ……」

「ま、まだそれ言うの?」

 言いますわよ。だって、こんなにお肌すべすべで、お目目ぱっちりで、睫毛も長くって髪の毛サラサラで……女の子の恰好してなくたって女の子に見えるくらいなんですもの。女の子じゃないのが惜しまれ……。

「……そうですわ」

 私、閃きましたわ。そうですわよね。女の子じゃなくったっていいやって、考えるのですわ。

「キーブ。あなた、女装なさい」

 男の子だって、女の子にすればよくってよ!


「は、はあああ!? 嫌だけど!?

 案の定、キーブは顔を真っ赤にして嫌がりますわね! 知ってましたわ!

「そこをなんとか!」

「嫌だ! 絶対嫌だ!」

「ご褒美いっぱい出しますわ! ね、ね! お願いですわー!」

「だ、大体、なんで僕が……だったらジョヴァンが女装すればいいだろ!」

「悪いな、キーブ。俺も流石に似合わない女装で舞踏会に行けるほどには面の皮が厚くないんでね」

 ジョヴァンが悟りを開いたような顔してますけど、そりゃそうですわ。物事には限度ってモンがありましてよ。ジョヴァンが女装したってバケモンができるだけですわ。

「キーブ! あなたなら会場一の美少女になれますわ!」

「嬉しくない!」

「……なら、逆に聞きますわね」

 キーブがぷんぷん怒ってるところで、私、ちょいとやり方を変えますわよ。

「あなた、どういう条件なら、女装して舞踏会に行ってくれるかしら?」

 ええ。私だって、キーブが望まないことはさせたくありませんわ。ですから、そこはちゃんと対価を払う所存ですのよ。キーブが納得できる対価を私が出せるなら、それがお互いにとって一番いい形ですわね。

「え、ええと……」

 ……あっ、キーブが悩み始めましたわ。ということはこれ、望みはゼロじゃありませんのね?

「……なんでもいいの?」

「ええ。私に出せるものでしたら、何でもよくってよ!」

 期待を込めてキーブを見つめ返すと、キーブはまた少し、考えて……。

「最高級ドラゴン革の手袋とブーツと鞄。あと、魔導士用の長杖。僕に合うやつ」

 あら。結構ちゃんと吹っ掛けてきましたわね。

 ドラゴン革の手袋とブーツと鞄、となれば、金貨にして三百枚ほどになるかしら。葉っぱ農場の農民十五か月分ですわね。それから、魔導士用の杖、となると、これも素材によっては高くつきますわ。今、キーブに与えている杖は肘から指先くらいの長さのもので、黒檀と魔銀に夜空水晶、というちょいとお高い組み合わせのやつですけれど……長杖となると、さらにいいお値段するでしょうね。ま、よくってよ。

「分かりましたわ。それで、これだけでいいんですの? 他にもっと欲しいものは無くって?」

「えっ? ……まだ、いいの?」

 キーブは少し警戒しながらこちらの様子を窺っていますわね。多分、相当吹っ掛けた自覚があるんでしょうけれど、甘くってよ。私にとってドラゴン革なんてお肉のオマケに付いてくる安いものですし、キーブが強くなるために杖を買い与えるのはむしろ当然のことですものね。

「ええ、よくってよ。だってあなたにはそれだけの価値があるんですもの」

 それに、キーブの価値を安く見積もるようなことはしたくありませんもの。バンバン吹っ掛けてもらいたいものですわね。

 なんだか嬉しくてにこにこしてたら、キーブはなんだかまごまごして……。

「……じゃあ、魔導書。先生付きで」

 迷った後に、そう、言いましたの。

「あら、つまり私を先生にご所望かしら?」

「そう! ヴァイオリアがちゃんと教えて! あと……ケーキ! ケーキ焼いて!」

「ええ! いくらでも教えますし、もう、あなたのために何台だってケーキ焼きますわー!」

 ああ、ああ、嬉しいですわ! キーブが女の子になってくれることも嬉しいですけれど、それ以上に、ちゃんとものをねだってくれるのが嬉しくってよ! それに……私! ケーキを一緒に食べる仲間ができますのね!? ああ、とってもとっても嬉しくってよ!

 ……ということで、数日後。ちょっと怒って見せながらもケーキを食べてご機嫌な様子で魔導書のページを捲るキーブの姿が見られましたわ。とっても可愛いですわ! とっても可愛いですわ!