七話 畑が無いなら村を焼けばよくってよ
「ということで葉っぱ農場やりますわぁ……」
しょうがないので葉っぱ栽培しますわ。これ以上の面倒ごとは御免ですわ!
「農場やるったってね、お嬢さん。場所が無い! 人手も無い! ……どうすんのよ」
「そこなんですわあ……問題はそこなんですのよぉ……」
まあ、そうですわねえ……。葉っぱ農場をやるにあたって、私達が自ら葉っぱを育てるなんてめんどくさいことはナシですわ。となると、葉っぱ農夫を雇わなきゃなりませんのよね。そして、その葉っぱ農場を作る土地を工面する必要があるのですけれど、それなりの広さと、憲兵共に見つからない好い立地が条件ですわ。そんな土地あるかしら……。
「まあ、葉っぱの乾燥だけは、この鞄の中でやればいいかと思いますのよねえ……」
ただ、唯一の救いは、葉っぱの加工だけなら、目立たず空間鞄でできる、ということですわね。
「え? 空間鞄? 空間鞄って、中のもの、時間が止まるんじゃないの? 対魔を入れておいても乾燥しないんじゃ」
「あ、それは大丈夫ですのよ、キーブ。この空間鞄、改造しましたの。中で時間は流れますし、生き物も入れておけますわ。ほらね」
そう。この空間鞄は違法改造したブツですもの。葉っぱの乾燥くらいできますのよ。
中からスライムを一匹摘まみ出して見せたら、キーブの目が如何にも興味深げに輝きましたわ。あら、この子、こういうのも好きなのかしら。これは本当にいい人材を拾ってしまいましたわねえ。
「どこでこんなの、学んだの? 貸してもらった本には古代魔法の改造なんて書いてなかったけど」
「お兄様から教えていただきましたの。お兄様は鞄の中でお酒を密造してこっそり飲むために使いたかったらしいですわ」
そう。本来、空間鞄の中には生物が入れませんから、微生物も入れませんのよ。となると酵母の働きも止まってしまいますから、鞄の中では当然、お酒が造れませんのよねえ……。
「酒を鞄の中で作る、か……」
あら、ドランも鞄密造酒に興味があるのかしら、なんて思って、悩むドランを見ていたら……。
「改造した空間鞄を使えば、鞄の中で薬を作ることもできるのか?」
……それは、盲点、でしたわねえ。
確かに、良質な空間鞄の中でしたら、お屋敷くらいの大きさがありますわ。そしてその中で畑を作って葉っぱ畑を作れるならば……誰にも見つからず、そして持ち運びもできる、とっても便利な葉っぱ農場が出来あがりますわねえ!
「よし。そうと決まれば、空間鞄、店にある分持ってくるぜ」
「いえ、明日にしましょう。ねえ、ジョヴァン。流石にあなた、顔色が悪くってよ」
……まあ、急ぐ気持ちは私にもありますけれど。でも、ジョヴァンは怪我人ですものね。今日のところはこれで一旦、お開きにすべきですわ。ええ。私、怪我人に無理を強いるほど非情じゃあなくってよ。
「あら、そ? じゃ、お言葉に甘えて、俺はちょいと仮眠させてもらうかな」
ということで、ジョヴァンが仮眠室に向かうのについていきますわ。
……けれど、仮眠室に入ったところで、ジョヴァンが怪訝な顔して振り返りやがりましたのよ。
「えっ、あの、お嬢さん、どしたの? 一緒に寝る? 俺は歓迎するけど」
「は? あなたさっき、私はベッドの傍で見守る係だとか言ってたじゃーありませんの」
ジョヴァンったら『マジで?』って顔してますわねえ……。あれ、本気じゃありませんでしたの? ちょいと腹立ちますわぁ……。ちょいと腹立ちついでに、もうちょっと喋りますわね。
「……私、小さい頃にワイバーンと戦って怪我をしたんですの」
「あの、お嬢さん。普通は小さい頃にはワイバーンと戦わないはずなんだけど」
まあそうかもしれませんわね。けれどフォルテシア家ではそれが普通ですの。おほほほほ。
「その時の怪我、本当に大したことのないものでしたわ。今のあなたの怪我よりも更に軽傷でしたの。……でもその時、お兄様やお母様が交代でベッドの傍に居てくださったんですの。それがとっても心強かったのを覚えていますわ」
思い出すのは、大好きな家族のことですわ。私が寝込むことなんて、そうそうありませんでしたけれど、それでも偶にそういったことがあると、いつも傍に居てくれましたのよ。
……あったかかったですわ。とっても。
「あー……そういうもんなの? 生憎、俺はそういう記憶、無いもんでね」
ジョヴァンはちょいとばかり及び腰ですけど、私、退く気は気は無くってよ。
「あら。じゃあ今日から覚えなさいな。……それにあなた、傷口から毒が入ってるんじゃーなくって? なら、容体が急に不安定になるかもしれませんし、やっぱり傍に誰かいた方がよくってよ」
何といっても、ジョヴァンの切り傷。酒瓶でやられた方じゃなくて、ナイフの方。……傷口を見る限り、どうも、毒を塗ったナイフだったように見えましたのよねえ。ええ、私、毒物についてはそこらの学者や毒物辞典よりよっぽど詳しくってよ!
「げっ、お嬢さん、随分と博識でらっしゃいますね……?」
「まああなた、毒物への耐性がなんでかちょっぴりあるように見えますし、そんなに心配は要らないんでしょうけど……」
「あの、お嬢さん? そういうのも分かっちゃうモンなの? それとも、俺、話しましたっけ?」
まあ、毒物に関してはある程度見りゃ分かりますわ。ですから、あのナイフの傷の毒を受けても自力で逃げ帰ってこられる程度には毒の耐性があることも分かってますし、解毒剤と痛み止めを服用してたことも分かってますのよ。おほほほほ。
「はい、つべこべ言わずにお休みなさいましッ!」
ということでさっさとジョヴァンをベッドに押し込みますわ! そしてそのまま丁寧に毛布を掛けて、ぽふぽふ、と胸のあたりを軽く叩いてやれば、ジョヴァンったら、猫の集会に間違えて紛れ込んじゃった狐みたいな顔しましたわ。ちょっぴり面白くってよ。
「うわあ……ねえ、お嬢さん。これ、お高くつきます?」
「ええ。起きたらミッチリ働いてもらいますわ。それから、解毒剤を別途調合しておいて差し上げますから、起きたら服用なさいね」
ジョヴァンったら『うわあ……うわあ……』とか言って戦慄してましたけど、その内寝ましたわ。ま、毒を食らった時には解毒剤を飲んで眠っておくのが一番ですわ。なんだかんだ、睡眠って人間を回復させる有効な手段ですもの。
様子を見に来たドランにお願いして、ジョヴァンの店にあったあれこれを持ってきてもらうことにして、それが届いたらフォルテシア謹製解毒剤の調合に取り掛かりますわ。私の境地にまで達すると、傷口を見るだけで毒の種類が分かりますし、その毒に合った解毒剤も分かりますのよ。なんでって、全部自分の体で試したことがあるからですわ! おほほほほ!
ま、ドランが材料を持ってくるまでは、ジョヴァンを眺めてますわ。……あ、骸骨男って寝てたらただの死体に見えますわねえ。ま、穏やかな死に顔の死体、ってとこですわ。おほほ。
*
さて。翌日の夕方、ジョヴァンの店から空間鞄を持ってきましたわ。ジョヴァンはまだ動かすのが心配な体調に見えましたから、私が行って取ってきましたのよ。そうして空間鞄が三つほど、ここに集まったというわけですわ。……空間鞄って高級品ですから集めるのも大変なはずですけれど、やっぱりジョヴァンって腕のいい商人ですのね。
ジョヴァンが集めておいてくれた空間鞄の内の一つは、軍用のものでしたわ。こんなんどこから仕入れてきたのかしら。まあ大方、軍内部にこれを横領して売り捌いたバカチンが居るってことでしょうけど、ま、私達にとっては好都合ですわね。軍用の空間鞄はとにかくでっかくて、中に農場を作るのに最適ですわ!
「では早速ですけれど、鞄の中に畑を作って参りましょうね。畑は……ああ、元々あるものをそのまましまえばいいかしら?」
さて。ここに土を運び入れて種を蒔いて、なんてやってたら大変ですわ。こういう時はもう、元々ある農場をそのまま空間鞄の中に収納すれば楽ですわ。……本来ならそういう収納方法、空間鞄にはできないのですけど。そこはまあ、違法改造でチョチョイ、ですのよ。
「そういうことなら、あいつらが隠してた対魔農園に一つ心当たりがあるけど」
「あらっ! 早速キーブあなた、働き者ですわねえ! よくってよ! ならそこを頂きましょう!」
私はキーブを褒めて撫でて、ちょいと嫌な顔をされましたわ。キーブったら、中々素直になってくれないものですから、褒めると照れてしかめっ面になりますし、撫でるとまた恥ずかしがってむくれた顔になっちゃいますの! これがまた可愛らしいんですけれどね。おほほ。
……ちなみに、これから出発するにあたって、面子は私とドランとキーブの三名ですわ。チェスタはラリってますからお休みで、ジョヴァンは病休ですわね。
そして、ジョヴァンが居ない以上、私達はエルゼマリンの町の検問を、抜けられませんのよ!
検問があって門を抜けられないなら、逆に考えるのですわ。門なんか通らなくったっていいさ、と考えるのですわ。
ということで私達、地下道を掘ることにしましたの。
「このあたりでいいかしら」
「そうだな。このあたりは丁度、エルゼマリンの外のはずだ」
私達のアジトがある地下水道は、辿っていけば当然、街のあちこちに繋がっていますわ。そして当然、その端っこの更に先は、街の外、というわけですの。
今回はエルゼマリンの北側……森だの山だのがある方に向けて、道を掘ることにしましたわ。より万全を期して、海の方に出て船で街を離れることも考えたのですけれど、まあ、使い勝手を考えると陸路に繋がっていた方がやりやすいんですのよねえ……。
「本当に掘るの?」
「まあ、今後も使う道だろうからな」
キーブはちょっと驚いていましたけれど、仕方ありませんわ。脱獄囚二人が一緒の道中は穴掘りと共にありますの。ごめんあそばせ。おほほほほ。
「じゃ、私がツルハシでレンガ壁を崩しますから、ドラン、あなた、崩れたところからどんどん掘ってくださる? キーブは出た土やレンガを空間鞄で回収しておいてくださいな!」
「ああ、分かった」
「本当に掘るんだ……」
ということで早速、掘り始めますわ! これからもきっと私達がお世話になる道ですもの! 気合入れて掘りますわよっ!
それから私達、トンネルを作りましたわ。ええ。案外ちゃんとしたものができましたの。ドランという筋肉お化けにスコップとツルハシ持たせておいたらすごい勢いで地面を削ることができましたし、出た土は空間鞄があれば簡単に処理できますのよね。そして、掘りぬいた穴の側面は、私の火の魔法とキーブの雷の魔法とで焼き溶かして固めて仕上げますわ。こうしておけば多少は頑丈になりますわね。ついでにキーブの魔法の練習にもなって、丁度よかったですわ。
さて、トンネルができたら早速、街の外に出ましたわ。エルゼマリン近郊の森の中、ですわね。この森はエルゼマリンの人間達のお出かけスポットになっていますわね。森の中を散策すると気分転換になりますし、学園の寮を抜け出して、私もよく来ていましたわ。
ただ、この森の奥の方って、魔物が出るんですのよ。ですから、一定以上の深さのところにはぐるりと柵が設けてあって、それより向こうには立ち入り禁止、となっていますのよね。まあ私、全く気にせず中に入って魔物狩りしてましたけど……。
「あらっ、丁度いいところに出たんじゃなくって?」
「立ち入り禁止区画の中か」
……こうしてトンネルの出口が立ち入り禁止区画の中なら、人目に付かなくてとってもいいんじゃありませんこと?
「一応、魔物避けに蓋をしておくか……」
「ああ、そうですわね……」
まあ、私達が出入りするには丁度いいんですけれど、魔物までこのトンネルを出入りされると地下水道の中が魔物の巣になりかねませんものね。ええ。一応、ちゃんと魔除けを施した蓋をトンネルの口にかぶせておくことにしましたわ。魔除けの仕組みは簡単でしてよ。私の血で魔除けの紋を描いておくだけですわ。こうしておくと紋の魔法の効果と私の血の効果が合わさって、害虫害獣が通ろうとすると死ぬ素敵な魔除けができますの。とっても便利でしてよ。おほほほほ。
折角ですから、その日は森の中で野営しましたわ。トンネルを通ってまたアジトに戻ってもよかったのですけれど、折角ですもの。私、野生のベリーを摘んでおやつにしたり、魔物を狩って焼いて食べたりするのが好きなんですのよ。
立ち入り禁止区画の中とあって、ベリーの
「これ、こんなに摘んでどうすんのさ」
「あら。こうしたベリーはお砂糖と一緒に煮てパイに詰めると美味しいんですのよ」
私はキーブと一緒にベリーを摘んでいますわ。ベリーの爽やかな甘い香りって、最高ですわ。そして何より、自分で摘んだものがおやつになるのって、いいですわよねえ。
「あれ、ヴァイオリアって、貴族じゃなかったの? 貴族もそういうこと、するの?」
「ええ。フォルテシア家は成金貴族ですもの。私、小さい頃にはまだ貴族じゃありませんでしたのよ。ですから、お母様と一緒にベリーを摘んでパイを焼いたこともありますの」
貴族というと、料理は下々の仕事だからやらない、という者が多くってよ。まあ、それはそれでいいと思いますわ。分業するということは効率化につながりますもの。本来、貴族には貴族が
でも、まあ、私は出自が出自ですし、お料理もそう嫌いじゃないのですわ。まあ、嗜む程度に、というところかしら。
「それに、やっぱり、色々なことが自力でできた方が楽しくってよ。あなたはどうかしら?」
キーブにそう聞いてみたら、キーブはベリーを籠に入れながら、少し考えているようでしたわ。けれど、少しして、ちょっとだけ笑って、頷きましたの。ふふふ、それは何より、ですわね!
「あっ、そうですわ! ねえ、キーブ? 今度一緒にケーキ、焼いてみますこと? お砂糖漬けのベリーを入れたバターケーキ、簡単なのに美味しいんですのよ」
「まあ、付き合ってもいいけど……」
そして
「……ヴァイオリアって、案外、普通なんだね」
「エッ!? そんなん初めて言われましたわ……!」
浮かれてたら何だかとんでもないこと言われましたわ! 私、『普通じゃない』とか『正気じゃない』とか、そういうのはよく言われますけど、『案外普通』って言われるのは初めてですわ……。
それから私達、ディナーと相成りましたわ。
メインディッシュは、じっくりこんがりと焼き上げたお肉。それに野草のソテーと、野生芋のスープが付いて、デザートはよく陽の当たる位置の枝で完熟した、甘酸っぱい林檎ですわ!
毒草という毒草を食べ尽くした私は、逆に食べられる野草を見つけるのが得意ですし、ドランに任せておくと獲物が簡単にお肉になりますし、キーブは雷の魔法の制御が上達して、高い木の枝の林檎を落とせるようになりましたし……まあ、皆のおかげで野営にしては実に豪華なディナーになりましたわね! やはりディナーはこうでなくてはね!
「さて、明日も早いですし、今日は早めに休みましょうね」
そして、食後のお茶を楽しんだら、早めに寝床を出しますわ。今日の寝床は天蓋付きのベッドですわ。空間鞄から出しますわ。ええ、空間鞄があると、野営の時でもベッドで寝られますの。
「見張りは? 僕、やろうか?」
「ああ、大丈夫よ。このあたりの魔物は私を襲いには来ませんし、ドランも襲われないでしょうし。私とドランの間でお眠りなさいな」
そしてこの面子なら、まあ、夜の間に魔物に襲われる、ということもありませんわね。
「……なんで僕だけ襲われるんだよ」
キーブはちょいと不服そうでしたけれど、これは仕方ありませんわねえ。
「私はここ二、三年ずっとここの魔物を殺しまくって恐れられてるからですわ。そしてドランは、さっきお肉を量産したから同じく、ですわねえ」
ちなみにドランはさっき、この森で最強の魔物と名高いステゴロザウルスと素手で殴り合って勝ってますわ。ステゴロザウルスの死体がそこらへんに放ってありますから、それを見た魔物は絶対に襲い掛かってきませんわねえ。この森の魔物、賢いんですのよ。助かりますわぁ。おほほほほ。
「……やっぱり普通じゃないな」
「え? ごめんなさい、キーブ。今何か仰いましたこと?」
キーブが悟りを開いたような顔をしてますわねえ……。ちょっと心配ですわあ。一緒のベッドで寝てあげた方が安心するかしら……。
……結局、キーブはキーブでベッド出して寝ましたわ。私はちょっぴり寂しかったですわあ……。
何はともあれ、そうして魔物の巣窟の中心でぐっすり眠って朝を迎えた私達は、そのまま葉っぱ農園へ向かうことにしますわ。
「はい、ここ。僕が買われてた組織が作った対魔農場」
そうして辿り着いた農園は、エルゼマリン近郊の山の中。獣道としか思えない道を辿った先にありましたの。キーブの案内が無かったら絶対に見つけられませんでしたわねえ……。やっぱりキーブを拾ってきたのは大正解でしたわ!
「……ところで、ここを奪っていったら、ここで対魔を栽培していた連中はどうなる?」
「は? ここの対魔を買ってた組織はもうあんた達が潰しちゃっただろ。買う奴が居なくなったんだから、栽培人が残ってる訳ない」
あっ、成程。私達、手あたり次第に元締めを潰しまくってましたけど、そうなると売る先がなくなるわけですから、栽培してた連中もトンズラこくに決まってますわねえ!
「なら遠慮なく畑を頂きますわね!」
「まだ栽培してた奴らが居たら遠慮したの?」
「遠慮するわけありませんわね!」
まあどのみち遠慮なんてしませんわ。違法行為は違法行為によって潰されるもんでしてよ。だから楽しく葉っぱ畑を鞄の中に入れていきますわ。
「……ねえ、この鞄の改造方法も教えて」
「ええ、よくってよ。いくらでも教えてあげますわ」
キーブは作業しながらも空間鞄に興味を示していましたわ。魔法に興味がある魔法使いって、いいですわねえ。伸ばし甲斐があってよ!
さて、鞄の改造や収納作業は、キーブがたくさん手伝ってくれましたわ。私がエルゼマリンの王立学園で学んだ魔法理論を話しながらの作業でしたけれど、それがキーブのお気に召したみたいですの。彼、学ぶことに対して結構貪欲で居てくれるので、私としてもやり甲斐がありますわね。
今までのキーブは魔法使いなのに学べる環境になかったようですし、新鮮に感じているんだと思いますわ。それからきっと、今まで自分の才能が燻っている感覚があったのでしょうね。
ええ、キーブは本当に、磨けば光る原石でしてよ。葉っぱ畑の収納作業を行う傍ら、ちょちょい、と教えただけの情報でもキーブは魔法を上達させましたのよ。戯れに放った水玉の、制御の正確さといったら! 私、本当にいい拾い物をしましたわぁ……。
「魔法を操るには感性がとっても重要ですわ。けれど、理論を知っておいた方が効率よく魔法を使うことができますのよね」
「うん。またちょっと分かった。……今まですごく無駄な使い方してたんだな、ってかんじ」
キーブはほんのり頬を紅潮させて喜んでいますわ。ええ、素晴らしいですわね。学び、強くなることを喜べる魔法使いって、やっぱり最高ですのよ!
「僕、本当にこの国一番の魔法使いになっちゃうかもね」
「ええ、当然ですわ! 私の目に間違いは無くってよ!」
ちょっと照れたように、嬉しそうにしているキーブを見ていると、私も嬉しくなって参りますわね。ええ、私、必ずやキーブをこの国一番の魔法使いに育て上げてみせますわよ!
……ということで、話しながら作業を進めて、私達、鞄の中にしっかりと葉っぱ畑を収めましたの。ええ。収めましたわ。そこそこの範囲に広がっていた葉っぱ畑は全て、鞄の中に入りましたわ。これだから空間鞄って素敵ですわね。おほほほ。
「じゃあちょいと確認してきますわね」
「えっ……ヴァイオリアが鞄に、入るの?」
「ええ。ちゃんとこの目で確認しなくてはね。あ、ドラン。五分経っても出てこなかったら引っ張り出して頂戴な」
早速、鞄の中の葉っぱ畑がどうなったか、確認しましょうね。私も鞄の中に入って、と……。
「……暗くってよ」
まあ、打ち合わせ通り鞄の中ですものね。当然と言えば当然なのですけど、暗いですわね。しょうがないから火の魔法を使って周囲を照らしますわ。こういう時、ほぼ唯一使える魔法が火の魔法でよかったって思いますわぁ……。
「でも広さは十分ですわねえ……」
そうして照らされた空間は、相当に大きな畑を丸ごと収めたにもかかわらず、まだまだ隙間があるような状況ですの。普通の家でしたら余裕で数軒建てられますし、他にも畑を作れそうなくらいですわね。
まあ、ここまで分かったので早速、出ますわ。
……ええ。出たいんですのよ。鞄から。でもね。
「出口が分かりませんわぁ……」
鞄の内側からは、どっちが出口か分かりませんのね。まあ、多分出口は鞄の口の方……つまり、上空なんでしょうけれど。
「届きませんわぁ……」
私の身体強化魔法程度じゃ到底届かない位置が出口、ということになりますわね! これはドランの救助待ちですわ!
「死ぬかと思いましたわぁ……」
「そうか。不用意に鞄に入ると危険だな」
まあ、五分経ったらドランが手を突っ込んでくれましたから、私はそれに掴まって、なんとか脱出できましたわ。鞄の中って、下手に入ったら一生出られませんのねぇ……。一度入ってしまったが最後、出口は遥か上空、となりますもの。
「あっ、でも鞄を横に倒しておけば、歩いていくだけで脱出できますわね! ちょっとやってみますわ!」
逆に言えば、出口を上空じゃなくって横方向にしておけば、ただ歩いていくだけで脱出できますのよねえ。まあ、出入りにはこれが便利そうですわ。
「鞄を横に倒しても中身はぐちゃぐちゃにならないの?」
「ええ。そこは大丈夫ですわ。空間鞄の中の空間は向きが固定されてますのよ。あくまでも出入口の問題は、空間ではなく鞄の問題なのですわ」
こういうところがまた、空間鞄の便利さですわね。まあ尤も、違法改造した空間鞄は中に生き物が入る都合で、多少、他の鞄よりものが崩れやすいですけれどね……。ま、誤差ですわ、誤差。
「それで、中はどうだった?」
「そうね。結構場所が空いていてよ。これをそのままにしておくのは勿体ないんじゃあないかしら」
さて、問題はここからですわ。空間鞄の中の畑は、場所が余っている、そして暗い、出入り口が不明……。明かりはまあ何とでもなるでしょうし、出入り口についてもまあ、ある種の利点かもしれませんわね。つまり問題は、空いている場所をどう使うか、というところで……。
「なら他の場所も探して、畑、もっと追加する?」
キーブはそう提案してくれますけれど、私、頭の中に考えが一つ、閃きましてよ。
恐らく、ここの分だけで葉っぱは十分だと思いますわ。これ以上の葉っぱを流通させたら間違いなく値崩れが起こりますし、私達の管理から外れそうですもの。ですから、空いている場所に追加すべきは、葉っぱ畑じゃなくて……。
「家ですわ」
「……家?」
「それから、葉っぱ以外の作物を育てる畑も必要ですわね」
私の頭の中に、どんどんと計画が組み上がっていきますわ。そう。この鞄は、葉っぱの栽培を行う場。そしてできれば、収穫と加工までできればもっと便利ですわね。
……ならば、そこに必要なのは、『労働力』じゃなくって?
「決めましたわ。これ、鞄畑じゃなくて、鞄村にしましょう」
*
ということでエルゼマリンのアジトに戻った私達は、早速、動き始めましたわ。
鞄の中に、葉っぱだけじゃなくて人間も生育できる環境を整える必要がありますものね。まあ、小さな村をそのまま鞄の中に移植する、っていう方針で参りますわ。ただし、効率化のために器具や設備は最新のものを用意しますわよ。古臭いチンケな村のやり方じゃあ私が満足できる効率は出せませんものね。おほほほ。
「鞄の中は常に葉っぱにとって最高の生育環境としますわ。太陽の石で日照を確保して、空絹を空間上部に張り巡らせて空らしくして……」
さて。これから私が行うのは、鞄の中にミニチュアの環境を整えることですわ。材料はジョヴァンが店から持ってきてくれましたの。何でもありますわねえ、あの店……。
まずは太陽が必要ですわね。村の中心には街灯のように棒を一本立てて、そのてっぺんに太陽の石を詰めたランプを据えましたわ。太陽の石は、太陽の光を放つ不思議な石ですの。日当たり良好な鉱山でよく採れますわね。この光、あったかくって私、大好きですのよ。
日光と変わらない光を放つランプの周りには、闇硝子の覆いを用意しましたわ。これはキーブが上手くやって、時計と連動させてくれましたの。夜になると自動的に硝子の覆いが被さって、日光はすっかり隠れてしまいますの。よくできてますでしょ? ……出来栄えを褒めたら、キーブがちょっと照れましたわ。可愛いですわぁ……。
それから、鞄の空間上部には空絹を張り巡らせましたわ。空絹というのは、数年前に大流行した布ですの。空をそのまま紡いで織り上げた、と謳われる通り、昼には空色、夕方には茜色になって、夜には漆黒に星をちりばめたような色柄になる、という不思議な魔法布ですのよ。数年前は淑女のドレスはこぞってコレでしたわねえ……。まあ、特定の風魔法をぶつけるとスケスケ透明になる破廉恥な仕様だということが判明して以来、衣類に使われることは無くなりましたけど。おほほ。まあ、こういう空間に疑似的な空を生み出すには最適な緞帳となりますのよね。
……他にも、風の金細工を太陽の街灯の周りに飾り付けて、葉っぱの生育に良いそよ風が吹く環境にしたり、水の水晶をそこに組み合わせて定期的に雨が降るようにしたり、太陽の街灯を調整して丁度いい気温を維持できるようにしたり……無事、鞄の中には葉っぱを最高効率で育てる環境が整いましたのよ。
「さて、後は家と人か」
環境が整ったとなれば、いよいよ入植ですわね。家は葉っぱの売人や栽培人が使っていた家をそのまま拝借してくればよくってよ。食料の供給も、自給自足できるようになるまではこちらから適宜差し入れてやれば済む話ですわね。ただ……。
「人はどうやって用意するの? 奴隷を買う?」
キーブの言う通り、人を用意するなら一番手っ取り早いのは奴隷を買うことですわね。奴隷は例の首輪のせいで、ある程度動作に制限が掛けられますもの。脱走の禁止、秘密の口外の禁止、とかが有名どころかしら。まあ、そういうわけで奴隷って確かに便利なのですけれど……高いんですのよねえ、奴隷のお値段って。それこそ、葉っぱ農園を回せるだけの人員を確保しようとしたら、ちょいと嫌になる額ですわ。
……ですからやっぱり、人は無料で頂いてくるのが一番ですわね。ええ。簡単な話ですわ。人がここで自主的に働きたくなるような環境を整えてやれば、それで十分なはずですもの。
「村を焼きますわ」
ということで、私、村を焼きますわ。
翌日。私達はまず、キーブを連れて奴隷市に向かいましたわ。
「……本当にいいの?」
「ええ。今後あなたの容姿を有効利用するためにも、あなたには奴隷身分から解放されてもらった方がよくってよ」
私達が行うのは、キーブの奴隷身分の返上。まあ、要は、今まで奴隷だったキーブから奴隷の証である首輪を外して、一般市民階級にする、という手続きですわね。少々お金がかかりますけれど、キーブにはそれ以上の働きを期待しますわ。
「……僕、逃げるかもしれないけど」
「あら。あなたが逃げる気なんて起こさないくらいの待遇を今後も約束しますわよ?」
……当然、キーブを奴隷ではなくすることで、彼に逃げられる可能性も生まれますわね。首輪が無ければ、彼が私達の言うことを聞く義理は無くってよ。
でも、今後はそんなの不要ですわ。キーブを繋ぎ留めるのに首輪なんて必要ありませんわ。自発的に私の傍に居たくなるくらいの良い待遇と楽しい革命計画があれば十分でしてよ! というか、その程度の待遇も約束できないほど、私、無能じゃありませんのよッ!
「それともあなた、逃げたいのかしら?」
「……もうしばらくはここに居てやってもいいけど。どうせ
ね? キーブったらそっぽ向きながらもこの反応ですわ! 本当に可愛いですわねえ、この子!
……ということでキーブの首から首輪が外れたら、今度はお着替えでしてよ。
キーブには、貴族のお坊ちゃんがお忍びで狩りに出ている時のような服を着せますわ。品がよくて動きやすい服で、かつ、キーブに似合うような、そういうものをね。
そして私とドランは、鎧ですわ。……フルフェイスの兜って、脱獄囚が外を歩く時に持ってこいの恰好ですのよねえ!
「キーブ。あなた、馬には乗れて?」
「いや、乗ったことないけど……」
「ならあなたは私と相乗りしましょうね。ドランは一人でお乗りなさいな」
「そうしよう。俺一人の重さでも馬が辛そうだからな……」
そうして、私達が潰した葉っぱ農場に放置されていた馬を拝借してきて、それに乗って準備完了ですわ! これで私達は、貴族のお坊ちゃんの狩りに付き合うお付きの騎士二人組、といったところかしら! この恰好ならばまず間違いなく、警戒はされないことでしょう!
……ということで! 村を! 焼きますわ!
「キーブ。あなたやっぱり優秀ですわよ」
「あっそ。……まあ、ありがと」
その日、適当な村が燃えましたわ。簡単ですわ。適当な村を見つけたら、適当に農民が出払っていそうな頃にキーブが雷の魔法を落として家屋や納屋に火を付けて、そのまま畑やら何やら、全部燃やしていけば済む話ですもの。キーブの魔法は雷ですから、自然災害に見せかけてこういうことするのにピッタリですわねえ。それから、燃やす前に備蓄の麦は全て頂きましたわ。どうせ燃えるんですもの、誤差ですわ。
「焼け出されてきたな。数も丁度よさそうだ」
「ですわねえ。僥倖、僥倖……このまま夕方まで待ちましょうね」
雷で火が付いた村からは、どんどん村人達が逃げ出してきますわね。おほほほほ、これなら鞄村への勧誘も簡単ですわ!
夕方。すべてが灰燼に帰して途方に暮れている村人達のもとへ、私達が到着しますわ。
「あの……これは一体、何があったんですか?」
そして、キーブが村人の一人にそう、尋ねますのよ。村人は少々気分がささくれ立っているらしく、キーブを振り返って睨みましたけれど……当のキーブは、絶世の美少年。更に、貴族らしい良い服を着ていて、品のいい立ち居振る舞いをしていて……まあ、そんな相手に辛く当たる気は、削がれますわよね。
「雷が落ちたんだ。それでこの村、焼けちまってね」
「ああ、そんな……」
雷を落とした張本人のキーブは見事な演技力で、村人に同情しつつショックを受けているような、そういう表情を浮かべましたわ。この子、いい役者ですわね! 益々気に入っちゃいますわ!
「くそ、これからどうすればいいんだ……」
そうして途方に暮れるばかりとなった村人を見て、キーブは……村人達へ、提案しますのよ。
「あの、でしたら……皆さん、僕の家の農場に、お越しいただけませんか?」
鞄村への、入植を!
「僕の家では今、畑で作物を育ててくださる方を募集しているんです。来年の春までに必要な分を、王家が横取りする形で仕入れてしまって、それで、僕の家に卸してもらえなくて……」
キーブは強者でありながら弱者の気持ちも分かるような話を適当にでっち上げて、村人達に聞かせますわ。王家に虐げられて苦悩する美少年の姿に、村人達の警戒はどんどん消えていきますわね。
「必要なものは幸い、成長の速い植物なんです。今から育てれば、間に合うかもしれない。……ただ、生育に最適な環境は用意できたのですが、働き手が見つからないんです。できるなら元々農業に携わっていて、農業が得意な方の手が欲しくて……皆さん、もしよかったら、うちで働いてはいただけませんか?」
キーブが必死にお願いすれば、村人達はすっかりその気になりますわねえ。当然ですわ。住む場所が無くて困ってるってところに、住む場所と働く場所を提供されるんですものね。
「働くったって……確かに俺達は、作物を育てるのは得意だが……だが、無償でってわけには」
「当然、お給料はお支払いします。自給自足ができるようになるまでは、食料の供給もします。ええと、お給料は……作物の豊作不作に関係なく、月に金貨二十枚で、いかがですか?」
そして、キーブが給料に言及した途端、村人達が大いにざわめきましたわ! それもそのはず! こういうところの農民なんて、精々月給換算して金貨十枚の稼ぎが得られれば御の字、ってところですもの! 天候が悪くて不作ならそれ以下の稼ぎになりますわ。それが、金貨二十枚を保証されるとなれば、少々旨すぎるお話、ということになりますわねえ!
「若様! それでは利益が出ませんよ!」
さて、旨すぎる話は、私達、お付きの騎士が諫めることで『旨すぎ』なかんじを減らしますわ。
「構わない。これは初期投資だ。ここに居る皆さんが働いてくださって、高品質な商品が出来上がったなら、今年は赤字だったとしても、来年以降、十分黒字が見込める! 生産者は財産だ! この縁を買うなら、金貨二十枚だって申し訳ないくらいだよ!」
キーブの熱弁に、私とドラン、お付きの騎士二人は少々たじろぎますわ。同時に『うちのお坊ちゃまが我儘を言い出したからもう止められない……』ぐらいの反応を見せておくことで、村人達に『旨すぎる話だ』なんて思われないように細工をするというわけですの。
……まあ、キーブの今の熱弁で、また多くの村人が心動かされたようですけれどね。王都の職人ならまだしも、鄙びた農村の村人程度なら『生産者は財産だ』なんて言われたことないでしょうし。
「お、俺は決めたぞ! 俺はあんたに雇われる!」
そうして村人の一人がこの旨い話に乗ってくれましたわ。
「俺も! 俺も雇ってくれ!」
「私達の家は男手が無いんですけれど……お給料は半額でいいから、どうか雇ってください!」
一人名乗り出れば、次々に全員が名乗りを上げて、遂に、村人は全員、雇われることに同意しましたのよ!
「ああ……ありがとう、皆さん! 是非、一緒に頑張りましょう!」
そしてキーブが感涙しながら笑みを浮かべてお礼を言えば、金貨二十枚だって遥かに超える価値が生まれますものね。もう、村人達も満面の笑みで、これからの希望に胸を躍らせて、鞄村に入植してくれる、というわけですわ! これにて一丁上がりでしてよ! おほほほほほ!
……ということで、鞄村が動き出しましたわ。
村人達には、鞄の中に入る、という不信感を持たれないように、鞄の外にカーテンを掛けておきましたわ。『カーテンを開けて入口をくぐったら、もう鞄村』というように細工してしまえば、村人は『王都の金持ちの技術はすごいなあ』ぐらいの感想しか持ちませんのよねえ。無知ってホント怖くってよ。
「ここが入植地です。今はまだ、目的の作物しかありませんが……横の方の畑は、皆さんが自由に使ってください。それから、食料はこちらです」