六話 裏市場は私が独占してますわ
ということで実験してますわ。実験動物にはお薬業者を適当に使いますわ。情報を出させるために空間鞄の中に放り込んでスライム漬けにしておいたんですけど、全身をスライムが這い回り続けるのって精神にクるらしくて、皆さんスンナリお喋りしてくださいましたのよね。そして、お喋りすることがなくなったらもう用済みですから、実験動物におなりなさいな、ってわけですの。おほほほほ。
「まあ、十倍希釈くらいだと当然ダメだろうし……そーね、一万倍希釈でいってみる?」
「ええー、薄めすぎじゃあありませんこと?」
「ま、それで駄目だったらもうちょい濃い目にして試せばいいじゃない」
ジョヴァンが早速、私の血を薄めて一万倍希釈にしましたわ。もうこれ、血じゃなくってよ。赤っぽいこともなく、ただただ、普通に、水ですわ。見た目は本当に、水ですわ。
「じゃ、試しに……ほら、飲めっての」
そうして、一万倍希釈の私の血液を一匙、麻薬業者のチンピラに与えましたわ。……すると。
「……死んだね」
「死にましたわね」
死にましたわ。アッサリ、死にましたわ。
「えっ、おいおいおい、一万倍希釈だぜ? それをほんの一匙……えっ、どうなってんの」
どうなってんのも何もありませんわ。こうなってんですわ! 私だってびっくりでしてよ!
「いやね、一応俺は頭脳労働担当としてちゃーんと計算したんですよ? まず、今回お嬢さんが仕留めてきたドラゴンの体重が人間の百倍ぐらいだろ? それが血一匙で死ぬ量を百倍に薄めて、さらに人間のためにそれを百倍に薄めなおして一万倍希釈だ! ……それでもダメなのね」
「ああー、私、古代種のでっかいドラゴンも矢一本で倒したこと、ありますわ」
「それ先に言って。……いや、でもおかしい。それでも体重は精々、人間の三百倍……それが一撃死した分量からさらに三十倍以上に薄めても死ぬ、ってことでしょ? うわあ……うわあ……」
ジョヴァンが慄いてますわ。私もちょっぴり慄いてましてよ。つまり私、私の血を百倍に薄めたブツを使っても並のドラゴンなら一撃で仕留められそうってことですし、古代種ドラゴンの三十倍くらいデカいバケモンが居ても血の原液の矢一本で仕留められそうってことですわ!
「今までドラゴン達には随分と大盤振る舞いしてしまっていましたわねえ……」
「そうみたいね……」
……ジョヴァンが『次、何倍でいくかな』とボヤいてますわ。ちょっと遠い目してますわ。私もそういう気分ですわッ!
……結局。答えは百万倍でしたわ。
「百万倍希釈にすればラリれる、って……お前の血、どうなってんの? すげえな」
「私が聞きたいですわぁ……」
チェスタがしげしげ眺めてる瓶の中には、ほぼ水が入ってますわ。でもそれ飲むとラリるんですのよ。そして飲みすぎると死にますわ。マジありえなくってよ。
「ま、あとはどれぐらいこれの毒性が日持ちするか、ってとこまで調べ終えたらいよいよ商品化しましょうかね」
「日持ちかあ。永遠に日持ちするといいけどなあー」
「良くなくってよッ! 永遠に毒性が続くようなことがあったら、つまりそれって私の血が零れた場所は未来永劫死の大地ってことですわッ!」
今まで私、血が床に零れるようなことがあったら水拭きしてましたけれど、拭いただけで床に残った血が百万倍以上薄くなっていたかはちょいと自信が無くってよ! そういう場所が未来永劫毒性を持ち続けるってのは怖すぎますわ!
「ヴァイオリアが川に飛び込んで自死したら、その下流の町が全滅しそうだな」
流石にそこまでのことにはならないと思いたいですけれど、でも、それもあり得そうで怖いんですのよねえ! 私、おちおち下手な死に方できませんわーッ!
「で、これ、どうやって売るんだよ。量り売り?」
私の心配なんてまるで気にしていないチェスタが、ひょい、とジョヴァンの手から瓶を取り上げて、中身をしげしげ見つめていますわぁ……。こいつ、世界中が私の血で汚染されてもラリって幸せにゲラゲラ笑ってそうですわねえ……。
「いやいや、そんな油や安酒みたいな売り方するわけないじゃない」
ジョヴァンがひょい、とチェスタからまた瓶を取り返して、なんともにんまり嬉しそうに、骨みたいな指を一本立てて、くりくりと空気をかき混ぜるように振りつつ話し始めますわね。
「乙女の生き血から生まれた最高級魔法薬。他に類を見ない複雑な魔法毒の生成法により、従来の品とは一線を画したトクベツなお薬をご提供……もうこれは貴族向けに高級路線で売るべきでしょうよ。当然、売り方は個包装! 大売りなんてしない! 高級感溢れる小瓶にでも詰めてロマンティックに売り捌くしかないね!」
ロマンかどうかは知りませんけど、まあ、確かにそれが妥当でしょうねえ。元々、魔法毒って生産・開発がものすごくめんどくさいですから、魔法毒由来のお薬は高級品なんですの。ですから、貴族向けに高級路線で売り捌く、ってのは悪くない判断ですわ。元々、私達の標的は貴族ですものね。貴族に売りつけるなら、いかにも安心安全の高級品、ってツラさせたお薬を売るべきですわ。
「はァ? 大体、ヴァイオリアの血で作った薬がどういう効果かなんて分かってねえだろ。最高級かどうかなんて」
「んじゃあお前には先に味わわせてやろう。ほらよ」
「んあっ!?」
……そしてジョヴァンの手によって、チェスタの口に百万倍希釈の私の血がぶち込まれましたわ。そして五分もすればチェスタはカンペキにラリりましたわ。幸せそうですわねえ……これなら最高級のお薬を名乗ってもよさそうですわ!
「じゃ、お嬢さん。早速だけど、これ、透き通った赤いガラスの小瓶に詰めて売るってのはどうですかね? 一見香水瓶みたいなかんじにして。どお?」
「悪くありませんわねえ。あっ、でしたら蓋もちょいと凝りたいですわ! 流石に金細工にするのは馬鹿馬鹿しいですけど、封蝋で固めて紋章を押すのはいかがかしら?」
「おっ、いいねえいいねえ! じゃあ、その封蝋は黄金色にしましょうかね。お嬢さんにも黄金のアクセサリーがよく似合うし、丁度いいんじゃない?」
ああでもないこうでもない、とジョヴァンと話し合いつつ、次第に私の血百万倍希釈の商品化が進んでいきましたわ! こういうのって案外、楽しいんですのねえ!
……ちなみに、正気に戻ったチェスタに私の血の感想を聞いてみたら『すげえよかった……お前とヤる奴はちんこもげても本望かもな……』って返ってきましたわ。幸せそうで何よりですわッ!
*
さて。そうして私謹製の血液百万倍希釈液『ミスティックルビー』が完成しましたわ。
ジョヴァンと私の実験によって、このミスティックルビー、ちゃんとラリれるのは製造から大体二週間くらいまでということが分かりましたの。一か月も間を置いたら、多分、ただの水になりますわ。安心ですわ! 私のせいで死の大地が生まれることはなさそうですわ!
使用期限があるってことは、当然、流通がちょいと面倒になりますわね。けれど同時に、転売を減らせるってことでもありますから、丁度よくってよ。
ミスティックルビーの瓶の蓋には封蝋が垂らしてあって、そこに印章と使用期限の日付とが押してありますわ。未使用であること、ないしは品質の証明にもなりますし、やっぱり封蝋を使うのは良い案でしたわね。
さて、完成したなら早速、動かなくては! この素晴らしいお薬を売りますわよ!
貴族相手にお薬を売るなら、場所は決まってますわ。そういう目的のサロンがありますもの。
ということで、やってきたのはエルゼマリンの裏通りの中でも特異的に小綺麗な一角。そこにある地味ながら金のかかっていそうな建物に、そっと入り込みましたわ。
「……いらっしゃい」
そこに居たのは、なんとも覇気のない店主。ま、そうでしょうね。お薬の製造元が潰れに潰れて、こういうところにまでお薬が入ってこなくなっているんでしょうから、商売あがったりですわね。
ええ。私達、お薬の製造元や、その元締めは手あたり次第全部潰しましたけれど、こういう、比較的ちゃんとした流通・販売の場は潰していませんの。何故なら、今日みたいに……『宣伝』に使うため、ですわ。
「チェリーのケーキをお願い。それに合うワインを見繕ってグラスでつけて頂戴ね」
店主に言づけたら、私はさっさとサロンの奥へ入りますわ。そして私の後ろにはドランとチェスタが控えていますわ。ドランは精悍な顔立ちの中の目が明らかに裏社会の鋭さを持ち合わせている上でタッパがあって筋肉の塊ですから威圧感がありますし、チェスタもナイフ仕込みの義手の物々しさとチンピラの見た目がありますから威圧感がありますわね。つまり威圧感がありますわ。
「ごきげんよう。ねえ、皆様」
というところで、私、サロンの一角に陣取る貴族の子女集団へ近づきますわ。湿気た葉っぱをみみっちく燻らせていた連中は、私達を見て警戒しましたわね。まあ、こちらは物々しい護衛付きですものね……。
でも、私、さっさとミスティックルビーの入った箱を取り出してやりますの。ジュエリーボックスめいた箱の留め金をぱちん、と外せば、中に並んでいるのは、私の瞳にも似た深紅のガラスの小瓶。男はともかく、女は皆、『まあ、綺麗』と感嘆の声を漏らしますわね。
「最高級の、魔法毒由来のお薬ですわ。ぶっ飛び具合と安全性は保証しましてよ。お一つ、いかがかしら?」
……貴族連中でお薬を嗜む奴らは皆、もう古い対魔の残りカスじゃあ満足できないはずですわ。そもそもこういうサロンに通ってる時点で、そうですわね。
ですからこちらが不審だろうが何だろうが、新しくもたらされたお薬を前にして、奴らはすぐ、その警戒を解くしかありませんでしたのよ。おほほほほ。まいどあり、ですわ!
ということで早速使って早速ラリり始めた貴族連中を横目に、私は甘口ワインとチェリーのケーキを頂くことにしましたわ。何を間違ったのか三人前届きましたから三人前、私が食べますわよ。野郎共に食べさせるケーキなんざ無くってよ。……チェスタが物欲しそうな顔してますけどあげませんわよ!
「上手くいきそうか」
「ええ。後は、ミスティックルビーがもっと欲しければ『ダスティローズ』を訪ねるように、と伝えてやれば、勝手に口コミで広がりますわ」
ちょいと不安ですけれど、ミスティックルビーの販売は、ジョヴァンの店で行うのがいいかと思いますのよね。そうすれば在庫管理もできますし。新たに店を用意するのは面倒ですもの。
「なー、一口! 一口寄越せって! 腹減ってんだよ、俺も!」
こっちが真面目に話してるのに、チェスタは私のケーキをつつこうとし始めますわ。危機感の無い奴ですわねえ! 流石は薬中ですけれど……。
「……このケーキ、麻痺毒が入ってますけれど。それでもよろしくてぇ?」
……そう告げると、チェスタは途端に、ピタッと大人しくなりましたわ。
「麻痺毒……お前は大丈夫なのか」
「ええ、勿論。毒物の
今も少々、舌にぴりりと来る感覚があるだけですわねえ。この刺激が案外、スパイシーな風味の甘口ワインに合いますわ。美味ですわ!
「毒を盛られた、ということは……来るか」
ただ……私にとっては調味料でも、毒は毒。これを盛ってきた相手の意図は、推して知るべし、ですわね。
「そうね。チェスタ、そろそろ構えておいて頂戴」
「はー、喧嘩かよ。まあいいけど、終わったらミスティックルビー、寄越せよ?」
「はいはい、どうぞご勝手になさいな」
チェスタの義手から、ジャキン、とナイフが飛び出して、ドランが静かに身構える中……サロンの奥からぞろぞろと、チンピラ共が現れましたのよ。
「なっ……何故、動ける!」
「お生憎様。対処済み、というわけですのよ」
間抜けなサロン店主にフォークを放ってやれば、フォークがしっかり右腕に突き刺さりましたわね。そしてそれを合図に、チンピラ達が身構えますけれど……。
「まさか一発目でこういう連中にお会いできるとは思ってませんでしたけれど。……あら?」
そのチンピラ達の中に、明らかに異質な気配を纏った小柄な人影が一つ。
「あらあら……お久しぶりね、雷使いさん?」
……そう。例の、可愛いお顔立ちの魔法使いですわ。
「知り合いか」
「最初に強盗に入った屋敷でお会いしましたの。取引相手だったみたいですわ」
あの魔法使いがここに居るってことは、最初の屋敷の主人の取引相手がこのサロンを経営してた、ってことなんでしょうね。運がいいというか、悪いというか……。
「……今度は、逃がさないからな」
魔法使いは早速、魔法の気配を漂わせながらじっと私を睨みつけてきますけれど、可愛いお顔でそんなことしたって怖くなくってよ。……でも私、強者へ払う敬意は持ち合わせておりますの!
「ええ。私も今度は全力でお相手して差し上げますわ。……歯ァ食いしばりなさいなッ!」
啖呵を切って、ドレスの裾に隠しておいた細身の剣を抜きますわ! さあ! いつまで持ちこたえられるかしらね!
……さて。
私、二番目に好きな武器は、弓ですわ。遠くから一方的に相手を殺してやるあの感覚が嫌いではありませんの。ドラゴン一撃死ができる爽快感もありますし、矢を放つあの一瞬の集中も悪くなくってよ。
でも、一番はやっぱり、剣ですわ。
そう。剣。私、一番好きで一番得意な武器は剣なんですの。
視線がしっかりぶつかり合うような距離で鍔迫り合いするのも好きですし、相手の一撃を躱しながら自分の剣の間合いまで潜り込むあの攻防も好きですし、そして何より、
「まずは一人!」
早速、剣で相手のチンピラを刺してやりますわ。
「二人目もすぐですわねえ!」
振り返り様、適当に、でも速く強く剣を振ってやれば、背後から飛び掛かろうとしていたチンピラに丁度剣が当たりましたわねえ。ばっ、と
「やっべ、全部ヴァイオリアに獲られちまう」
横を見てみれば、チェスタが義手から飛び出たナイフを振りかざし、チンピラ共の真っただ中に飛び込んでいくところでしたわ。……チェスタって、恐怖心がぶっ飛んでるからこそ、相手の懐に容赦なく潜り込んでいけますのねえ。そして、相手が攻撃してくる前に殺してしまえば反撃を食らうことも無い、ということですわ。ううーん、薬中ならではの刹那的で暴力的な戦い方ですわね。嫌いじゃなくってよ。
「楽しそうだな、俺も交ぜろ」
……そしてドランはドランですわ。ええ。もう言うことないですわ。ドラゴンと素手で戦える男が人間相手に戦ったらどうなるかなんて、すぐ分かりますものね。ええ。瞬殺ですわ。人間がぽんぽん宙を舞ってますわ。現場からは以上ですわ。
「……さて」
私もついでにもう一人刺して、剣に付いた血を振って払って……改めて、魔法使いに向き直りますわ。
もう、魔法使いの周りに護衛のチンピラは居ませんわ。私達が全員、瞬時に片付けましたもの。大方、私達をチンピラが止めている間に魔法を準備しようとしたのでしょうけれど……剣の達人たる私と、躊躇うことを知らない薬中と、そしてバケモン並みの筋肉野郎との三人にかかれば、魔法を用意するより先にチンピラ全員片付けるくらい、わけのないことでしてよ!
「いよいよあなたの番ですわねッ!」
ということで私、一瞬で魔法使いに向かって距離を詰めに行きますわ! 魔法使いはそれを見て雷の魔法をようやく放ってきましたけれど……。
「甘くってよ!」
私、剣を投げましたわ。すると雷は、私が投げた剣の方へ軌道を逸らされて、そのまま壁の燭台や何やらに伝播していって終わりましたわね!
「なっ……」
「これで終わりですわねェーッ!」
そして剣を投げて身軽になった私は、魔法使いへ素手で迫って……奴がナイフを構えて目をぎらつかせているところにも臆さず突っ込んでいきますわ! 捨て身の突きを躱して! 足払いをかけてコケさせて! そのまま! 首絞めて! 落としますわーッ!
……少ししたら、魔法使いは意識を失ってぐったりと私の腕の中へ。これにて終了、ですわ! おほほほほほ!
「く、くそ、お前ら一体……」
護衛が全員やられた、となって、サロンの店主は蹲りながら恐怖と痛みに震えていましたわ。フォークぶっ刺しちゃいましたものねえ。よっぽど怖かったのかしら。
「ねえ、店主さん。一つ、提案がありますの」
でも私、優しく丁寧に、店主に持ち掛けてやりますの。店主も、まさかここで殺される以外の道が提示されるなんて思ってなかったのでしょうね。その希望に縋りつくように顔を上げて……。
「この子、私にくださいな!」
「……へっ?」
ぽかん、とする店主の前で魔法使いちゃんの頬をするり、と撫でれば、予想通りのすべすべの手触りですわ! 気絶しっぱなしで目は開いていませんけれど、それでもこの長い睫毛と整った容姿は分かりますわ! とっても可愛らしくってよ!
「私! この子、気に入りましたの! くださいな! くださいな!」
ということで私、この子を頂くことにしましたわ!
頂くのは簡単ですわ。だってこの子、『奴隷』のようですもの。
『奴隷』っていうのは、まあ、簡単ですわね。奴隷ですわ。言うこと聞かされて働かされる立場の人間ですわ。この国では『敵国の人間は奴隷にしていい』っていう前時代極まりない素敵な法律がありますの。ですからその法律に乗じて、『この人間は敵国の人間でした!』ってことにしといてそこらへんから攫ってきた人間を奴隷にする商売がまかり通ってますのよねえ……。
今、魔法使いちゃんの首には重たげな奴隷の首輪がくっついてますわ。これがくっついてると、主人の命令に違反できなかったり、主人から一定以上離れられなかったりするように魔法が働きますの。奴隷が奴隷だっていう証明にもなりますし、まあ、便利な首輪でしてよ。
そして! この首輪がついてる以上、この魔法使いちゃんは奴隷! このサロンの店主の『持ち物』ですから、譲渡だってできるはず、ということですのよ! ですから頂きますわ! この子、頂きますわ!
「……そいつを拾うのか。役に立つようには見えんがな」
私が意気込んでいたら、ドランが不思議そうに私達を見下ろしてきましたわ。どうやら彼、私と魔法使いちゃんの戦いの様子を観察していたようですわね。……まあ、チンピラが倒されるまでに魔法を用意できなかったことといい、私に絞め落とされる前に一撃も入れられなかったことといい、確かに役に立たなそうに見えますわ。……今は、ね。
「あら。それはここの環境が劣悪だからでしょう。ちゃんとご飯を与えてゆっくり寝かせれば、役立つ魔法使いになると思いますわ」
私の見立てでは、この子……栄養と休眠が足りてなくってよ。すべすべのお肌に整った容姿ではありますけれど、目の下には隈ができていますし、唇も乾いていますわ。勿体なくってよ!
「……この子、出るとこどこも出てなくってよ。私一人でも十分に支えられるくらい、体も軽いですわ。まるでジョヴァンですもの、これはまずくってよ」
「言ってやるな。あいつのアレは体質だ」
まあ、ジョヴァンがガリガリの骨野郎なのはどうでもよくってよ。でもこの子がガリガリなのはよくないですわ!
「ということで私、この子を拾って育てますわ。魔法使いでしたら大規模な攻撃だってお手の物ですし、雷使いなら天災に見せかけた攻撃だってできますもの。便利そうじゃありませんこと?」
魔法って貴重ですのよね。使える者が限られますもの。武術に優れた家柄の貴族ですと、大抵使えるモンですけれど、それ以外の貴族だのそもそもの平民だのだと、ほとんど魔法使いなんて居ませんわ。
更に、そんな稀有な才能がありながらもこんな悪徳業者に捕まって働かされてる魔法使いなんて、本当に本当に、居ませんわッ! 一緒に悪事を働いてくれそうな魔法使いはものすごく、ものすごーく、貴重ですのよ! 逃がしませんわ! 絶対に! 逃がしませんわ!
「それにこの容姿! 可愛らしい顔立ちにサラサラの黒髪! これだけでも十分な価値がありますわよ! 上手く育てれば潜入捜査にだって使えますわ! それに、私のお話相手にも!」
そして何より! この子の容姿! 私、気に入りましたわ! 整った容姿はそれだけで使い出がありますし、それ以上に! 私が! 気に入った! それが一番の理由でしてよーッ!
「まあ、俺は構わん。チェスタ、お前はどうだ」
「どうでもいいや。ヴァイオリアの好きなようにしろよ」
仲間の同意も得られたところで、私、改めてサロンの主人に聞きますわ。
「もしこの子を頂けるなら、あなたにミスティックルビーを卸して差し上げてもよくってよ。ついでに……そうね。あたり一帯の生産元は全て潰しましたし、流通もある程度潰しましたけれど、更に、売人も片っ端から潰してやってよくってよ。そうなればあなた達の専売ね」
「……え?」
ええ。持ち掛けてやるのは、好条件。お薬が枯渇したこの市場で安定してお薬を……それも、最高級のお薬を調達できる保証! しかも、独占的に、なんていう、お薬の売人からしてみたら喉から手が出るほど欲しい好条件ですわ!
「いかがかしら? 勿論、あなたが嫌だというのなら、あなたを殺してあの魔法使いちゃんを頂きますけれど」
……さらに命もかかっている、となれば、もう、従わないわけにはいきませんものね! サロンの店主は、喜んで私達と契約してくれましたわ! よかったですわ!
……私としては、お薬を売り捌くのは切り捨ててもいい末端にやらせた方がリスクが少なくて嬉しいですもの。多少の利益減には目を瞑ってやりますわ。だって元々の目的は稼ぐことじゃあなくって、貴族共に出費させることですし、そもそも、多少の利益減なんて気にならないくらい、ミスティックルビーは売れるはずですもの。はした金程度、関係なくってよ! おほほほほ!
「へへへ、じゃあ仕事も終わったことだし、早速ミスティックルビーくれよ!」
「ちょ、お待ちなさいな! 原液は流石に死にますわよッ! このバカチンッ!」
契約成立してホクホクしてた私にチェスタがナイフ持って近づいてきましたから蹴り飛ばしましたわッ! 流石薬中はやることが違いますわねえ!
……チェスタは『ぜってー原液の方がトベるじゃねえか! いつかやってやるからな!』とか言ってましたわ。やるなら私に迷惑かけないところでやって死んでくださいなッ!
……ということで。
「改めて、私達のアジトへようこそ、キーブちゃん! これから仲良くしましょうね!」
私達は可愛い魔法使い、キーブちゃんをアジトへ連れて帰りましたわ! ええ、この子、キーブちゃんって言うらしいんですの。お名前は奴隷の権利の譲渡に伴って、例のサロンの店主から聞いてきましたわ。
ちなみに、奴隷の権利の譲渡っていうのは、奴隷の首輪の魔法を書き換えて主人の登録を行う、っていう一連の手続きですわ。これをやらないと奴隷の前の主人が奴隷を魔法で縛れちゃいますものね。
「……は?」
そしてキーブちゃんったら、目が覚めて真っ先にコレでしたから、ちょっと混乱してるみたいですわねえ……。ええ、首絞めて落としちゃったもんだから、そのまま気絶してる内に運んできましたの。そしてその間に奴隷の権利の譲渡も済ませちゃいましたわ。逃がしませんわよ。おほほほほ。
「ああ、ごめんなさいね。私、あなたのこと、とっても気に入りましたの。ですからあなたのことをあのサロンの店主から買い取ってきてしまいましたわ。あなたの意思も聞かずにごめんなさいね」
私が説明すると、キーブちゃんは周囲を見回して、それから頭の中を整理し終えたみたいですわね。はあ、とため息を
「……それで。何を期待して買い取ったの?」
そして、妙に疑わし気な目でこちらを探るように見つめてきますのよ。何を期待して、なんて、分かりきったモンでしょうに……あらっ、もしかして、自分の価値に気づいていないのかしら?
「そうね。まずはあなたの魔法の才能に期待しているわ」
「……あんた達に負けたのに?」
「ええ。勿論、今のままじゃ使い物になりませんわね。でも私、磨かれていない宝石の原石を、今光ってないからって見逃すほど甘くありませんのよ」
疑わし気な目のキーブをまっすぐ見つめ返して、私、言ってやりますのよ。この子の価値を!
「あなたは磨けば光りますわ。間違いなく。国一番の魔法使いにだってなれますわ! あなた、満足に食べていないでしょう? なら、ちゃーんと食事と睡眠を与えられて、魔法の先生がついて、そうして訓練したなら……あなた、もっと伸びますの。いえ、伸ばしますわ。私が、あなたを伸ばしますわ! だってあなた、才能がありますもの!」
私、この子を磨いて、世界一の宝石にしてやりたいんですの! ああ、考えるだけでワクワクしますわねえ! そしてこの子の才能に気づいていない世間にちょいとばかり怒りを覚えますわ!
「才能? そんなもん、どこに」
「あなた、魔法を躱されて距離を詰められても、まだ、戦うことを諦めなかったじゃありませんの」
尚も疑わし気な、それでいてちょっぴり不安そうなキーブに、教えてあげますわ。魔法使いが戦う上で、一番必要な才能のこと。
「あなた、戦うのが嫌いじゃないでしょう?」
……先程のことですもの。すぐ思い出せましてよ。キーブは、私が雷を回避して迫るその瞬間にも、ナイフを構えて私を狙ってきましたのよ。
目をぎらつかせて、捨て身の突進。……あれができるのは、本当に戦える奴だけですわ。そういう根性、そういう性格、そういう魂、というのかしら。とにかく、キーブはそういう素質を持っているのですわ。戦うことを躊躇わないだけの、そういう覚悟が下地として、ちゃんとできてますの。
「私が欲しいのは、共に戦う仲間ですわ。ついてこられない奴は不要ですの。その点、あなたは共に戦えるくらいの肝っ玉がありそうですものね」
……これ、ある種の狂気なのかもしれませんわ。戦うことを躊躇わない精神は、常軌を逸脱している精神、とも呼べるでしょう。でも、それが必要なんだから仕方ありませんわねえ。
「成程な、そういうことなら俺も歓迎しよう」
キーブがまごまごしてるところに、ドランもにやりと笑って入ってきましたわ。
「戦える魔法使いはそう多くない。お前のような目をしている奴はより少ない。俺達の仲間には最適だな」
「ええ、ええ! そうなんですのよ! 私、この子のそういう……可愛い顔して泥臭く狂気じみて戦えるところに、すごーく、惹かれますのよ!」
我が意を得たり、ということで、私、ついついはしゃいでしまいますわねえ。キーブはぽかん、としてますけど……まあ、それはよくってよ。自分の価値は追々、自覚してくれれば、ね。
「それから二つ目に、あなたの容姿が気に入りましたわ!」
「は?」
続いて大事な二つ目の理由に入ると、キーブの目が明らかに困惑の色を帯びましたわぁ……。
「こんなに可愛い女の子が仲間になってくれたら、私、きっと楽しいだろうと思いましたのよ! 一緒に戦える女の子のお友達って、とっても素敵じゃなくって?」
「……は?」
……話を進めたら、その、なんか、キーブの困惑の色が、変わりましたわねえ……? あら? どちらかというと、これは、照れとかじゃなくて、呆れ、かしら。『こいつは何を言ってるんだ』みたいな、そういうお顔ですわねえ……?
「……僕、男だけど」
そしてキーブったらそういう冗談を言うんですのよ。
「……男?」
「何? 僕、女に見えたの?」
見えますわ。女ですわ。この子絶対、女の子でしてよ。
「ほら、見ろよ」
……キーブがローブの上を開けて上半身を見せてくれましたけど、つるん、ぺたん、ですわ。何も無くってよ。虚無ですわ。あと……目立たないですけど、喉仏がちょっと出てたり、肩の骨がちゃんとしてたりしますわねえ……。
「女の子……? あら? ちょっと骨太で、つるんぺたんです、わねえ……?」
「いや、だから! どこからどう見ても男だろ!」
「いいえ! どっからどう見てもあなた、女の子ですわよ! こんなに可愛いのに男なんてありえなくってよ!」
「か、可愛くない! 男だから! 僕、男だから!」
「あんまりですわァーッ! 騙されましたわァーッ!」
ほらァーッ! ちょっと恥じらいつつ怒る姿も女の子のソレなのに! なのに男なんて! 絶対にありえませんわーッ! 何かの間違いですわーッ! あんまりですわァーッ!
「はい、お嬢さんが落ち着くまでに五分かかりました」
「落ち着きましたわ」
しょうがないから落ち着きましたわ。私、逆に考えましたの。『男の子でもいいですわ』って考えましたわ。こんなに可愛いんですもの。もういいですわ。もういいことにしましたわ!
「……で? 僕が男だったわけだけど、それでも僕を買うの?」
「当然ですわよ。あなたが女の子だったら嬉しかったですけど、あなたの戦ってる時の姿に惹かれて拾いたくなったんですもの。それはもうどっちでもいいですわぁー……」
女の子だったら嬉しかったですけど。女の子だったら嬉しかったですけど! でも、もういいですわ……。男の子だって、こんなに可愛いんですもの。もういいですわ……。
「元気出せよ、ヴァイオリア。葉っぱ吸う?」
「だから、私、毒が全部効かない以上、薬も効きませんのよぉ……」
こんな気分ですけど、私の体質じゃあ酒や薬に逃げることだってできませんわ!
「ですから美味しいもの食べて元気出しますわ……キーブのご飯も必要ですものね」
しょうがないから食事の支度を始めますわ。ドラゴン肉の残りがまだありますものね。はあよっこいしょ……。
ということで、ドラゴン肉を暖炉でローストして、それにあり合わせでパンやチーズをつけて、お食事にしますわ。相変わらずドラゴン肉は美味しくってよ。今日はワインもありますから最高ですわねえ。はあ、うっとり……。
「……ドラゴン肉、初めて食べた」
そしてキーブも、この美味しさには目を瞠っていますわねえ。ええ、そうでしょうとも。ドラゴンって美味しいお肉なんですのよ! 一度食べちゃうと、もう、空飛んでるドラゴンは全部美味しそうに見えますのよ!
「まあ、ドラゴン肉がポンポン出てくるってのは、まずありえないよなー」
「いや、そもそも僕、肉自体、あんまり貰わなかったし……」
チェスタがケラケラ笑ってたら、キーブがなんだか笑えないことを言い出しましてよ! まあそりゃそうですわよね! 奴隷ですものね! 奴隷にお肉食べさせる奴なんて普通、居ませんわよねえ! キーブが細っこいわけですわ!
「……なら、いっぱい食っとけよ。遠慮とか要らねえから。な?」
そっ、とチェスタがキーブのお皿に焼けたお肉を載せましたわ。
「肉は体を作る基本だ。魔法使いだろうと、体は資本だろう。食っておけ」
ごそっ、とドランがキーブのお皿に焼けたお肉を載せましたわ。
「ま、肉ばっかってのもアレだから、お野菜も食べときなさいね。はい」
そしてジョヴァンが焼いたお野菜をキーブのお皿に載せていきますわ。……キーブのお皿が大変なことになっていますわ。
「ああ、キーブ。食べ終わったらあなたのお部屋を作りましょうね。お手伝いしますから、一緒にやりましょう。ああ、丁度いいベッドがありますのよ。それをあなたにプレゼントしますわ」
私までキーブのお皿に物を載せたらキーブのお腹が大変なことになりそうですからやめときますわ。代わりに私はキーブの睡眠を助けることにしましょうね。
「……なんで、僕にものをくれるの?」
キーブはなんだかちょっぴり不安そうな顔をしてますけれど……答えは簡単ですわ。
「不安に思うならね、キーブ。たくさん食べてたくさん眠って、強くおなりなさい。そして私の期待に応えて頂戴。……期待してますわ。いっぱい、ね」
サラサラの黒髪を撫でつつそう言ってみたら、キーブはなんだか困ったような、むにゅむにゅした顔でそっぽ向いちゃいましたわ。あらあら、可愛らしいこと。
「……まあ、解放されたとしても他に行き場もないし、当面は、ここに居るけど」
とりあえずキーブもここに居ついてくれそうですし、一件落着、ですわね。ふふ、この魔法使いの卵をあっためて孵すのが、もう、楽しみで楽しみで……うふふふふ。
「ま、俺としてはこれからの収入に期待が持てるもんだからね。いやあ、楽しみだ!」
そしてジョヴァンも楽しみなようですわ。まあ、そうですわねえ。お薬業者を悉く潰した上での、お薬の販売。儲からないわけが無くってよ。莫大な資金を貴族共から巻き上げる仕組みが手に入ったのですから、ま、こっちも楽しみですわねえ。貴族連中がどんどん身を持ち崩していくのを高みの見物、といきましょうね!
「私も楽しみですわ! キーブを磨きますわ! 磨きますわ!」
それにやっぱり、魔法使いの仲間が手に入ったのはとっても幸運でしたわ! 魔法があればとにかく色んな事ができるようになりますものね。これからキーブを育てて、最高の魔法使いにしてみせますわ! 楽しみですわ! 楽しみですわ!
……まあ、女の子じゃなかったのは残念ですけど! ムキーッ!
*
さて。それから二週間。キーブのお部屋を地下道に作ったり、お薬業者の残党狩りをしたり、そのついでにお薬売買の元締めをやっていた貴族の家に押し入ったり、更にそのついでに家具を頂いてきてキーブのお部屋を充実させたりして過ごしましたわ。
そして、その間にもミスティックルビーが貴族界のお薬市場を塗り替えていきましたのよ。
ミスティックルビーのお薬らしくない外見は、お薬に手を出したことのない層の獲得にも繋がりましたの。綺麗で高級感溢れる見た目は、貴族の警戒心を緩めるのに役立ちますのよねえ。
そして一回でも使ってしまえばこっちのモンですわ。後はどんどん溺れてくれるのを待つだけ。やっぱり薬って、ボロい商売ですのねえ! おほほほほ!
……ただ、ちょーっぴり、問題も、出てきましてよ。
「あー……ドラン。悪い。ちょっと手ェ貸してくれる?」
ある日。アジトでキーブに魔法理論を教えていたら、血まみれのジョヴァンが帰ってきましたわ。……ええ。血まみれ、ですわぁ……。
「えっ、あなたどうしたんですの!?」
「あーあーあー、お嬢さんはそのままで。大した怪我じゃあないの。ちょいと見た目がハデになっちまっただけで」
ジョヴァンはそう言いますけど、死にそうな顔してますわよ!? 本当にコレ大丈夫ですの!?
ま、まあ、こういう時、私にできることってほとんど無くってよ。何せ私の体の中にはとんでもない毒が流れてますもの。私の体に小さな傷が一つでもあったなら、そこからジョヴァンの傷に毒が入り込んでコロッといく可能性が十分にありますわ!
「成程な、派手にやったか」
「あー、はいはい。派手にやりました、と……あーくそ、一張羅が血まみれ。どうしてくれんの、これ」
ドランが肩を貸してやったらジョヴァンはすっかりぐってりしつつ、なんとかそこらへんの椅子に座りましたわ。座る時に顔を顰めていたところを見ると、どこか傷が痛んだのでしょうけれど、大丈夫かしら。
「傷はどうだ」
「あー、どうかしらね。俺、頭、切れてるんじゃない? 目に血が入りやがってね、今、碌に何も見えてないの。……俺、どうなってんの?」
「血まみれだな」
「それは分かってんだよこちとら」
珍しくささくれ立った様子のジョヴァンがジャケットを脱いで、ついでにシャツも脱ぎにかかりますわね。まるきり私への配慮がありませんわ。まあ緊急事態ですから文句言いませんけど。
「二の腕と背中がやられている。これはナイフだな。頭は軽く切れているが、こっちは酒瓶か」
ドランは一通り、外傷の確認をしたみたいですわね。私も後ろから傷を覗き込んでみたら、まあ、よくあるナイフのよくある手口、ってかんじでしたわね。
「あー……ごめんなさいね、お嬢さん。見苦しいモンお見せして」
「これくらいでガタガタ言いませんわよ。でも手当てはそちらでなさってくださいな。私が下手に触って血が付いたらあなた死にかねませんもの」
「あら残念。じゃ、お嬢さんには俺がベッドに入った後に傍で見守る係をお願いするとして……」
勝手に役割を決められましたわ。これは遺憾ですわ。
「俺を襲った連中については、ここで話しとこうかね。今後の俺達の活動に関わりそうだし」
でもジョヴァンがそういう話をするなら文句も言ってられませんわね。……ええ。これ、結構危機的な状況ですのよ。何せ、うちの非戦闘員を狙った犯行かもしれませんし、だとしたら私は喧嘩を売られているってことですものね。
「どうも、うちの売り上げを狙ってきたらしいんだけどね。ただ、うちのカウンターの中にミスティックルビーの瓶があるのを見つけた奴が、金よりそっちに行ったのが引っかかっててね……どうも連中、薬中だったらしいのよ」
……ええ。これ、本当に結構、深刻なお話ですわねえ……。
現在のエルゼマリンの裏通りは、お薬が供給不足な状況にありますわ。
というのも、私達が片っ端からお薬業者を潰しまくったからですわね。売人連中はまだ生き残っているのでしょうけれど、生産されなくなったら売人だけ居たって意味が無くってよ。
ですから、前々からエルゼマリンの裏通りに居たお薬ジャンキー共は今、古い対魔をちびちびやるか、大金を出して貴族向けのミスティックルビーを買ってくるかのどちらかしかありませんの。
そして、ミスティックルビーには使用期限がありますから、一瓶を何回かに分けてチビチビ、ってことができませんのよねえ……。
……となると、富裕層でもない、浮浪者一歩手前のお薬ジャンキー共が取れる方法は、二つだけですわ。一つは、お薬からスッパリ足を洗うこと。そしてもう一つは……ミスティックルビーを買うための金を、誰かから奪うこと、ですわね。
まあ、連中がどっちを選ぶかなんて、分かりきってますわね。お薬ってやめられないからこそ、売ったら儲かるんですもの。当然、連中がお薬とサヨナラバイバイするわきゃーないのですわ!
そう! 私達、エルゼマリンからお薬という、ある種の害悪を取り除いたのですけれど……それによってエルゼマリンの裏通りって、以前よりもずっと治安の悪い状況になっちまいましたのよ!
皮肉なものですわねえ。憲兵も大聖堂も、こぞってお薬を取り締まりたがりますけれど、取り締まると結果がコレですのよ……。まあ、私達は憲兵でも大聖堂関係者でもありませんから、知ったこっちゃーないのですけど。おほほほ。
ただ、まあ、エルゼマリンがどうなろうとどうでもいい、とはいえ、治安がいいに越したことはありませんわ。治安が悪いと貴族が寄り付きませんし、そうなるとミスティックルビーの売り上げが落ちて、バカ貴族連中から金を巻き上げるのが遅くなりますもの!
それに……まあ、今、ドランとキーブに薬を塗られたり包帯を巻かれたり、何か薬を飲んだりしているジョヴァンを見るだけでも、これはなんとかしないと、と思いますわよねえ……。うちの頭脳労働担当がこれ以上襲われたらたまったもんじゃーなくってよ。
「ところでジョヴァン。あなた、よく襲われて逃げられましたわね」
「え? ……あー、まあね。うん。そのあたりは抜かりなし、っていうか……うん」
そう。ジョヴァンは非戦闘員で、戦えないんですもの。襲われたら逃げるのだって難しい、はず、なのですけれど……あらぁ? 妙に、答えを渋りますわねえ……。
「ま、手の内はナイショにさせて。秘密があった方が魅力的に見えるでしょ? ってことで」
そして結局、そんなん言われましたわ。……まあ、何か隠している手札があるのでしょうけれど、どのみちそれって緊急事態の時の備えなんでしょうし、アテにはしないでおきますわね。
さて。ということで、私達、ちょいと考えますわよ。ちなみにジョヴァンは結局、ベッドに入らずに会議に参加してますわ。『頭脳担当抜きで方針を決められる方が怖い!』とのことでしたわ。
「裏通りからチンピラを全て排除する、ってわけにはいきませんものねえ」
「そうだな。現実的じゃない」
まず、いわゆる『正攻法』はナシですわ。ええ。私達に襲い掛かりそうなチンピラを全滅させるのって、正直なところ現実的じゃあありませんのよねえ。だってチンピラって無限に湧いてきますもの。ウジ虫みたいなモンですわ。おほほ。
「それに、下手にそういう連中が居なくなっちまうと、裏通りにまで表の連中が入ってきかねないからね。俺の商売相手が居なくなっちまうんで、裏通りの大掃除はご勘弁願いたいね」
そして何より、チンピラ共って金蔓でもありますのよ。特にジョヴァンの。ですから、まあ……この時点で方針は大体、決まりますのよねえ……。
「となると、飼い慣らす方針、かしら。廉価なお薬を用意することになりますわねえ……」
「おー、いいじゃん。葉っぱ作ろうぜ!」
「作りませんわよ。どうやって葉っぱ農場を経営するんですの? 経営の手間とリスクを考えたら、葉っぱなんざやってられませんわ!」
チェスタは対魔栽培に目を輝かせていますけど、私はゴメンですわ!
何といっても、対魔って育てる場所と時間が必要で、更に、それを収穫して加工する手間が必要なんですのよ? 当然、私達が直接やるなんて馬鹿らしくってよ!
その点、ミスティックルビーのいいところって、製造の手間がほとんど無いことですのよ。だって、私がスプーン一杯分の血を出せば、それで百万本のミスティックルビーができるんですのよ? 改めて、ボロい商売ですわね、これ。
「じゃあ、ミスティックルビーをもっと薄めて売ったら? 手間はかからないんじゃない?」
キーブからも意見が出ましたわ。まあ、これが妥当なところだと思いますわよ。何といっても手間がかかりませんもの。……ただ。
「それにしたって、葉っぱはあった方がいいだろ? じゃねーと流石にバレるって!」
そう。チェスタの言う通り、バレますのよ。
ただでさえ、魔法毒由来のお薬なんて珍しいんですの。それが、貴族にだけ流通しているのであったり、或いは、葉っぱだのキノコだの、他のお薬もたっぷり出回ってる状況で流通しているのであれば、まあ、そこまで不審に思われないと思いますわ。……でも、流石に、貴族も平民もこぞって全員が魔法毒由来のお薬ばっかり使ってたら、流石に、バレますわね!
そして、『この町のお薬の生産元がバラバラな状態だから取り締まりが難しい』と諦めていた憲兵や大聖堂の連中が、もし、『全てのお薬が一か所から出回っている』なんて嗅ぎつけてしまったら……いよいよ、大事になりかねませんわね! 私が取り締まられますわ! 冤罪死刑囚で脱獄犯なのに、更にお薬売買の罪まで吹っ掛けられて捜索されたら、流石にやってられませんわねえ!
「な? やっぱり葉っぱ作ろうぜー。アレはアレでイイんだよ」
薬中にとっての葉っぱの使い心地なんざ知ったこっちゃありませんけど……知ったこっちゃ、ありませんけど……でも、ここは素直に、葉っぱ栽培した方が、よさそうですわぁ……。ムキーッ!