五話 これが一番儲かりますのよ
「お薬」
「ええ。お薬ですわ」
「そのお薬ってのは、傷薬とか胃腸薬とかじゃないやつ?」
「ええ。チェスタが嗜んでるであろうやつですわ」
要は、使うとラリるやつですわ。エルゼマリンの裏通りでおなじみのやつですわね!
「お薬、お薬……ねえ。まあ、悪かぁないか。問題はお貴族様が『対魔』なんざ嗜んでくれるか、ってことだけど……」
ジョヴァンが早速、考え始めましたわね。ええ。『対魔』を最初に選ぶあたり、手慣れているかんじがありますわ。
この手のお薬って、大抵は二種類に分けられますの。
一つは、そういう効果を得られるように調合した魔法毒。魔法の力で組み上げられたものですから、生産技術も必要ですし、生産コストもかかる、とにかく大変なお薬ですわ。けれどその分、効果テキメンかつ安全、ということで、エルゼマリンの裏通りでは相当な高額で取引されますわね。
そしてもう一つは、もっと安価なお薬ですの。魔法に頼ることなく、植物が本来持っている効果をそのまま使うやつですわね。特定の葉っぱですとか、樹脂ですとか、キノコですとか、サボテンですとか。
……『対魔』っていうのは、そうした植物性お薬の代表格ですわ。ただ、えーと、本来、『対魔』はお薬目的の植物じゃありませんのよ。茎の表皮から取った繊維に魔法の力を防ぐ効果がありますのよね。ですから、対魔法装備の材料として栽培されていましたの。
……ただ、因果なことに、その植物の葉っぱや何かに含まれる樹脂成分に、こう、例の『ふわーっとしてぱやーっとするかんじの効果』がありますのよ。ですからその葉っぱを吸う目的で栽培されてしまって、そのせいでこの国では栽培が規制されることになりましたの。今では『対魔法装備用素材』として繊維だけが東の国から輸入されているだけですわ。
まあ、規制されたら規制の目から隠れて栽培する奴が居るのが世の常ですわね。そうしてエルゼマリンでは、その葉っぱが『対魔法装備用素材』の略……通称『対魔』として売られてますの。ま、さらにその隠語の『葉っぱ』で扱われることの方が多いですけど。おほほ。
「今から準備するとなると、『対魔』の栽培が一番手っ取り早いんじゃない?」
「まあ、そうですわねえ」
そんな『対魔』ですけれど、最も安価なお薬の一つである理由は、とにかく製造が簡単、というものですわ。
対魔自体には規制がかかっていますけれど、実は、種だけなら家禽の飼料として出回ってますのよね。勿論、そうした種には発芽しないように魔法処理がされていますけれど……百粒くらい蒔けば一粒くらい、魔法の掛かりが甘かったやつが発芽しますの。対魔はほっときゃグングン伸びる植物ですから、育てるのにも苦労はありませんし、それを適当に刈って葉っぱを乾燥させれば一丁上がり、ともなれば、チンピラのお小遣い稼ぎになる理由がお分かり頂けますでしょ?
「そもそも貴族はそういった
「あら、ドラン。案外貴族ってそういうのに興味がありますのよ? だってあいつら、享楽というものに対してとことん貪欲ですもの」
貴族って本来、民の上に立つことで民をより良く動かすためのものだと思いますけれど、この国の貴族連中は腐ってやがりますものね。娯楽享楽快楽に耽るだけのバカチンがいっぱいですの。
「成程な……そうした連中をより腐らせてやることで、貴族の腐敗を進めることもできるか」
家屋の木材が腐りきったらその家は倒壊しますわ。この国も貴族が腐りきったら倒壊待ったなしですわ! そのためにも薬漬けってのは悪くありませんわ! 考えれば考えるほどいいですわ!
「……ただね、お嬢さん。ちょいと申し訳ないんだが、俺は商人だけど、そういうお薬を主に扱ってるわけじゃないんでね。流通させるのにちょいとお時間を頂くぜ。まず、栽培するにしろ仕入れるにしろ、そこまではよくても、売るのが面倒だから……いや、入手も面倒か」
まあ、唯一の問題点はそこですわね。お薬を生産、流通させるのって結構面倒ですのよ。裏社会の縄張り争いがありますから、一回分二回分を売るだけならともかく、大々的に流通させるとなると面倒なんですのよね。そしてそれ以上に、葉っぱ畑を用意するだとか、魔法毒の
「あら、それは私の得意分野ですわ」
でも、私、もう解決策を見つけてますの。ええ。そう。ここは単純に……。
「私、葉っぱ畑をやってる貴族に心当たりがありますの。それを頂きましょう」
そう! 答えは単純ですわ! 無いなら奪えばよくってよッ!
「やり方は簡単ですわ。対魔栽培に手を出している貴族連中の家に強盗に入ればよくってよ。どうせそこに葉っぱ栽培場や顧客リストが置いてありますもの。それを頂きましょうね」
「真正面から行くのか」
「ええ。奪われたものがお薬関係ですわよ? なら憲兵にだって言い出せませんわよね?」
当然ですけど、お薬栽培も売買も犯罪ですわ。ですからお薬を奪われた、なんて憲兵に言い出せっこないのですわ! 言った瞬間、言ったそいつ自身がお縄でしてよ。
「それに、お薬業者を片っ端から潰していけば私達の寡占市場になりますわ。効率的ですわ」
そして何より、寡占市場って最高じゃありませんこと? 特にお薬のような商品を売る時にはとても効果的だと思いますのよ。
「つまり俺達は裏社会の連中から睨まれるってわけね?」
「そうだが、まあ、どうせ付くなら勝つ方に付くべきだな」
「成程ね。それもそうだ。サヨナラ裏社会の野郎共。俺はこのお嬢さんに付きます」
ドランもジョヴァンも覚悟を決めてくれたようですわ。チェスタについては意見を聞ける状態じゃありませんけど、どうせ反対しないと思いますわ! 薬中はお薬市場が自分達の寡占になったらどうせ喜びますわ!
「では早速、今晩にでも強盗に入りませんこと?」
「ああ、構わない。その頃にはチェスタも起きているだろう」
……チェスタについては心配ですけれど、できるだけ急ぎたいですもの。最悪、私とドランだけでもなんとかなると思いますわ。ドランだってドラゴンを素手で殴り殺せるバケモンですものねえ。
となれば、心残りは一つだけ、ですわ。
「ねえ、ジョヴァン。強盗するにあたって、一つお願いがあるのだけれど」
「麗しのお嬢さんからのお願いとあらば聞かないわけにはいきませんねえ。ま、叶えられるかどうかは話次第だけど。で、何?」
「注文していた『鞄』ですけれど、予定より早めに用意して頂くこと、できないかしら?」
『鞄』というと、私達の間でおなじみの『空間鞄』のことですわ。
空間鞄というのは、異空間が鞄の中に生成されている鞄ですの。要は、その鞄の容量を遥かに超える容量を持っている鞄、ということになるかしら。小さめの安物でもお部屋一つ分くらいの容量があったりしますし、軍用のものともなれば、お屋敷一つ分を超えるようなとんでもない容量ですのよ。
……つまり、出先で獲物を狩った時にも空間鞄さえあれば持ち運びが簡単なんですの。だから、魔物狩りを生業とする冒険者は皆が欲しがる代物ですし、これから強盗に入って貴族狩りをしたい私も欲しい代物なのですわ。実際、私、使ってましたわ。使ってた空間鞄は多分、国に没収されてますけれど。
ほら、休日の度に学園の寮を抜け出してエルゼマリン近郊の森まで狩りに出る時、弓と矢を運ぶのにも、狩った獲物の毛皮や牙を持ち帰るのにも、空間鞄がとっても便利なんですのよね。まあ、ボチボチもう少し大きめの容量のものが欲しくて、『ダスティローズ』で新しい鞄を注文していたのですけれど。
ただ……空間鞄って、お高いんですの。何故って、空間鞄が古代魔法の産物なのですわ。
空間鞄の古代魔法って、現代では魔法の仕組みが解明されていませんの。ですから意味も分からない魔法をただ複製して使っているんですのよね。分からないモンを正確に複製しなければならない以上、複製にはどえらい手間がかかりますし……そしてそもそも、下手に平民共に買われると、ガンガン転用されて国家転覆されかねませんもの。武器も食料も運び放題となれば、軍事的に圧倒的な利を得ることができますものね。
ま、そういう事情があって空間鞄は高級品で、かつ、入手が大変なのですわ。国の許可が無いと購入できない徹底ぶりでしてよ。
でも、裏通りに店を構える『ダスティローズ』でなら、非正規の空間鞄を仕入れてくれますの。だから私、注文していたのですけれど……いえ、でも、流石に、たった三日で空間鞄が手に入るわけはありませんわよねえ……。
「ああ、それなら、ちょいと店に行こうか、お嬢さん。……ドラン。お前も。ドラゴン素材一式、運んでくれる? チェスタに運ばせるよりお前に運ばせる方が早そうだ」
けれど、ジョヴァンはにやりと笑ってそう言ってくれましたわ。これには私もにやり、ですわね。
ジョヴァンの店までの道は、隠し通路の連続でしたわ。どうやら、街の表を歩かなくてもアジトと店を行き来できるようにしてあるようなんですの。勿論、アジトと店のつながりを大っぴらにしなくて済むように、道も複雑かつ途切れ途切れ、ですけど。
「はい、到着、っと。よっこいしょ」
そして地下道から特定の位置で天井の板をどかして、お店の裏側に入り込みましたわ。……ここ、客側の方から利用したことは何度もありましたけれど、店側の方に入るのは初めてですわね。当然ですけど。
この店で取り扱っている様々なもの……魔物の素材ですとか、人骨っぽい骨ですとか、干した薬草ですとか、ユニコーンの角ですとか、色々な液体の瓶詰めですとか……鞄やドレス、装飾品や剣やナイフや手斧、なんかも置いてありますわね。見ていてちょっぴり面白くってよ。
「ドラゴン素材はこのあたりに置けばいいか」
「ああ、適当に、かつ丁重に頼むぜ。で、お嬢さんの方は……よしよし、あったあった」
ジョヴァンは店の奥の方の棚をごそごそやって、そこから一つ、小ぶりな鞄を取り出しましたわ。
鞄の素材は、深い飴色の上質な革。それに黄金細工の留め金がついていて、実に良質な鞄、といった具合ですわ! 一目見て気に入りましたわ!
「あっ! これ、相当いいやつですわね!?」
「そりゃあね。素敵なお嬢さんからの注文だもの。特別上等なやつをご用意させて頂きました」
ジョヴァンの言葉に間違いはありませんわ。これ、特別上等なやつ、ですわ。
この小ぶりな見た目でありながら、容量は軍用の空間鞄と同じくらいあるんじゃないかしら。魔法の気配が、そんな具合ですわ……。
「じゃ、ご注文の品、ってことで。お受け取りくださいね」
ジョヴァンが鞄を手渡してくれますけれど……これ、前払いしてた分だと、足りませんわねえ。
「ありがとう、ジョヴァン。残りのお代金はドラゴン素材三匹分で足りますかしら?」
「ん? お代はもう頂いてるけど」
「これ、たかだか金貨百枚程度で手に入るものじゃないでしょう? それくらいの目利きはできるつもりですわ」
私がそう申し出ると、ジョヴァンはくつくつと笑って肩を震わせましたわ。
「それなら結構。俺から親愛なるお嬢さんへの脱獄祝い、ってことで。……それに加えて、うちのドランが世話になった礼、てことで、どお?」
あらまあ。太っ腹なことですわね。……まあ、これから私達、どうやら運命共同体になってしまいそうですものね。『友好の証』ということなら私もこれを受け取って、その分をお返しする気がございますもの。ここはありがたく、頂いておきますわ!
さて。こうして準備も整ったことで……いよいよ、夜。私達は強盗に入りますわ! 人員は私とドラン、そして正気に戻ったらしいチェスタ! この三名ですわ!
「あー……なあドラン。こいつ誰?」
そして早速これですわ! 私達初対面じゃーなくってよ! あなたはラリってましたけど!
「ヴァイオリアだ。手を組んだ」
「どうぞよろしくね、チェスタ。一緒に国家転覆を謀りましょう!」
「こっかてんぷく? なーんだ、どこの貴族かと思ったらヤベえ奴じゃん、こいつ。まあいいけど」
チェスタはケラケラ笑って失礼なことを言いますわね……。貴族ですわよ。私、貴族ですわよ! 没落してますけど! ムキーッ!
「……へー。お前、目玉、赤いんだな。珍しいじゃん」
しかも、チェスタは不躾に私の目を覗き込んできますのよ! 本当にこいつ無礼ですわねえ! ……まあ、視線にも表情にも、悪意が無くて純粋な興味しか見えませんから許しますけれど!
「血みてえな色! おもしれー」
……許してあげる内にその口閉じなさいなッ!
「さて、チェスタが正気に戻ったところで確認だが、俺達はこれからあの屋敷に盗みに入る。目的は対魔栽培場の情報と顧客リスト。主人が居たなら、そいつが対魔売買の管理者だ。積極的に殺せ」
ドランが情報伝達をする傍ら、チェスタもニヤニヤしながら落ち着いて聞いていますわね。まあ、つまりこいつら、こういうことを以前からやってきた連中、ってことですわねえ……。
「ではいくぞ。適当なところで屋敷は燃やして証拠を消す。撤退は急げ」
さあ、ワクワクして参りましたわねえ! 勿論、撤退前の放火は私の仕事ですわ! 燃やしますわ! 突然屋敷が燃えてここん
さあ、情報伝達も終わったところで、早速楽しい強盗のお時間ですわ!
「ごめんあそばせ!」
早速、窓をブチ破って侵入ですわ! ドランとチェスタもそれぞれ別の場所から侵入しているはずですの。ええ。ここの貴族が対魔売買に関わっている以上、使用人ならともかく貴族は逃がしてやる気は無くってよ! だからこその三方向同時攻略ですわ!
さて、まあ今は夜ですものね。大方寝室だろうと見当をつけて貴族と栽培場の情報と顧客リスト、全部まとめて探しに行きますわ!
私が屋敷の奥に潜り込む間に、遠くの方でガシャンガシャンと騒音が聞こえてきましたわ。大方、ドランかチェスタが見つかって騒ぎになっているんでしょうね。でもそれって好都合でしてよ。人の目を引き付けておいてくれればその分私がやりやすいですわ。
「あら、これ中々いいランプですわねえ。あらっ、こっちには中々いいワインがあるじゃありませんの! 頂いていきましょうね!」
そして屋敷の中で気に入ったものがあれば空間鞄に入れていきますわ。こういうことが躊躇なくできるから空間鞄って便利ですのよねえ。おほほほほ。
ということで、私はアッサリ主寝室まで到達しましたわ。そこのドアを蹴破って突入すれば……とっても好都合なことに、この屋敷の主人、私達が狙う野郎が何かの書類を纏めて逃げようとしていたところでしたのよ!
「ごきげんよう。その書類一式、こちらにお渡しなさいな」
「な、何者だ!」
「あなたに名乗るほど安い名じゃあなくってよ」
私が一歩踏み出せば、屋敷の主人が一歩下がりますの。そして……その代わりに一歩前に進み出た人間が居ましたわ。
「あら? あなた……魔法使い、ですわね?」
進み出てきた人間の気配を見て、すぐに分かりましたわ。小柄で華奢で、戦えそうにない体躯で、フードを目深にかぶっているせいで顔もよく分からない相手。……でも確かに、強者の匂い。ええ。こいつ、間違いなく魔法使いですわね? それも、ドラゴン狩りの時に助けてやったガキンチョみたいなのとは明らかに違う、『実戦慣れ』した魔法使いですわ。
「こ、ここは任せるぞ!」
「あら、あなた、ちょっとお待ちなさいな……あらあらあら」
私が止める間もなく、屋敷の主人は窓から逃げ始めましたわ。当然のように顧客リストなんかも持ち逃げされましたわ。これはちょっぴり困りますわねえ。
「さて……私、あいつを追いかけたいんですの。あなた、そこを
「……一応、商売相手だから。あいつに死なれるとこっちも困るんだよ」
魔法使いに聞いてみたら、涼やかな声が答えてくれましたわ。あんまり嬉しくない答えではありますけれど……まあよくってよ。
「そう! なら殺し合い、ですわねえ! よくってよ、かかってらっしゃい!」
私! どうせ戦うなら雑魚より強者と戦いたい
さて。今回の私の得物は弓ですわ。当然ですけれど、遠距離からの攻撃には向く一方で、室内かつ一対一の戦いには不向きですわね。圧倒的不利ですわ。でも関係なくってよ!
早速、弓に矢を番えて撃ちますわ。何故なら相手は魔法使いですもの。できる限り隙を与えないように立ち回らなければ……ほら、来ましたわ!
バチン、とはじける強い強い光。一瞬、部屋の中が青白く光り輝いて、目が眩みますわね! どうやらこの魔法使い、雷の魔法を使うようですわ。中々珍しい上に……ちょいと、対処が面倒ですわねえ。だって雷ですのよ? 来ると思ったらもう来てますし、避けても稲光で目が眩みますし。こうなったらもう、勘で避けるしかなくってよ! あんなん一発でも貰ったら痺れて動けなくなってチェックメイトですわ! これ、私の武器といい逃げ場の少ない室内という条件といい、相性最悪ですわねえ!?
「こっちからもいきますわよ! ほらほらほら!」
でも臆しませんわ。ここで臆するのは完全な悪手。私、避けながらひたすら、矢を放っていきますわ。魔法使いに直接当てるつもりはありませんけれど、足元や首の横スレスレは積極的に狙っていきたいところですわね。……けれど、相手も私が雷を撃たれたくない事情は分かっているのでしょうね。私の手数を減らそうと、雷だけじゃなくて投げナイフまで出してきましたわ! おかげで随分とヒヤヒヤさせられる場面がありましたけれど、それでも私は矢を放ち続けて、そして……。
「頂きましたわ!」
隙を見て、窓の外へ、矢を放ちましたわ。
狙いは魔法使いじゃなくって……逃げていく屋敷の主人! 私、こんな魔法使いとこんな狭い室内でマトモにやり合うほど馬鹿じゃあなくってよ!
「あっ」
魔法使いが気づいても、もう遅くってよ。私が放った矢は窓の外へ飛んで、奴のドタマぶち抜いて仕留めましたわ! おほほほほ! 護衛が居ても、護衛を無視して標的を狙うことくらい、私には訳のないことですわァーッ! 気分がよろしくてよーッ!
「さて、あなたの護衛対象、死にましたけれど。どうします? まだやりますこと? ちなみにこっちにはあと二人、仲間がおりますわ。もうじき追いついてきて、あなた、一対三になりますけど」
唖然としていた魔法使いに聞いてみますと、魔法使いはじりじりと後退していきますわ。まあ、賢明な判断ですわね。私が見守る中、魔法使いは、ぱっ、と身を翻して窓から逃げていきましたわ。私の矢を警戒してか、自分の背後にしっかり雷を落としていくあたり、手慣れてますわねえ。
……去り際にフードが外れて、隠れていた顔が見えましたわ。強い光で髪や瞳の色合いは判然としませんでしたけれど、中々に可愛らしい顔立ちでしたわね。……女の子、だったように見えますわ。だとすると、逃がしたのは少々惜しかったかしら……。
……ま、よくってよ。私はさっさと必要なモン回収して、この屋敷に放火するだけですわ!
そうして私達、脱出しましたわ。
「燃えてますわねえ……素敵」
私達の目の前には、燃え盛るお屋敷。ええ。燃えてますわ。当然ですわ。燃やしましたもの。
「そっかー、お前、放火が好きな奴かよ。ぶっ飛んでるじゃん。最高だな、おい」
「ええ。放火って、いいですわよねえ……」
薬中に同意されるのは複雑な気分ですけれど、それにしても、炎って、いいですわよねえ。焚火を見ていると落ち着きますし。こういう大きな焚火は気分が盛り上がりますし。やっぱり放火って最高ですわ! 早く王城も燃やしたいですわね!
「目的のものは手に入ったか」
「ええ。勿論。見たところ、栽培場の契約書と顧客リストが一揃い、かしら」
燃えるお屋敷を明かりにしつつ拾ってきた書類を確認すれば、お目当てのものが揃っているのが分かりましたわ。やりましたわね!
「そちらはどうでしたの?」
「地下金庫に金貨が入っていたのを頂いてきた」
「俺はなんか女がいる部屋のモン漁ってきた。結構色々あったぜ!」
「あら素敵。私はワインセラーの中身全部とその他諸々、それから、ケーキも収穫しましたわ!」
空間鞄からワインの瓶と厨房にあったケーキを出して見せると、ドランもチェスタもお酒の方にだけ反応を示しましたわ。……それじゃーいいですわ。ケーキは私が頂きますわぁ……。
ケーキの喜びを共有できない悲しみを抱えていたら、ふ、と横から手が伸びてきましたわ。
「あ、ヴァイオリア、お前、怪我してるじゃん」
そう言われて意識してみると……確かに私、腕に切り傷がありましたわ! いつの間に!? いえ、これ絶対、魔法使いの投げナイフでやっちまったやつですわー!
「触らないで頂戴」
ということで反射的に手を払いましたわ。……伸びてきたのはチェスタの義手でしたし、然程心配は要らなかったかもしれませんけれど。
「……私、怪我をしている時は特に、触れられたくありませんの。よろしくて?」
ちょいとチェスタを睨みつつそう言ってやれば、チェスタは『変なやつー』と不満げでしたけれど、これで不用意に私に触れようとはしないでしょう。
「ドラン? あなたも私が怪我をしている時には不用意に触れないようにお願いしますわね?」
「……ああ、分かった」
……ちょっと何か考えるように私を見ていたドランについては、見ないふり、ですわ。ええ……。
そうして野次馬が火事場を見に来る前に、私達は撤退しましたわ。地下道を通ってアジトへ帰れば、然程心配そうでもなかったジョヴァンがひらり、と手を振って出迎えてくれましたの。
「はいはい、お帰り。その顔を見る限り、上手くいったみたいね?」
「ええ。上出来ですわ。これ、あなたに預けますから適当に中を確認して頂戴。私は傷の手当てを先にさせて頂きますわね」
ジョヴァンに書類を預けたら、私はさっさと切り傷の処置、ですわ。血はもう止まってましたから、拭いて、傷口の保護のために薬を塗って、包帯を巻いておけばひとまずこれでよくってよ。
「よしよし。ちゃんと顧客リストも栽培場の契約書もある。栽培場から葉っぱを買い取ってた奴らに接触できれば、他の業者も叩けるんじゃない?」
「ジョヴァン。こっちも確認してくれ。俺とチェスタの戦利品だ」
ジョヴァンの横ではドランとチェスタが持ち帰った盗品を広げていましたわ。金貨の大袋に豪奢なドレス、宝飾品の数々……売り払えばそれなりの額になりそうですわねえ。こっちは副産物ですけれど、こっちもこっちで中々のモンですわぁ……。
「なあドラン。俺、これ貰っていい?」
そんな中、チェスタが手に取ったのは、豪奢なネックレス。血のような深い赤色の大粒ルビーが見事な品ですわね。さぞかし高値が付くものと思われますわ。
「ああ、構わない」
けど、薬中がネックレス、というのも不思議ですわね、と首を傾げていたら……。
「ヴァイオリア! これ、やるよ」
チェスタがネックレスを放ってきましたわ。難なくネックレスを空中で捕まえて……ええと。
「それ、お前の目玉みてえだからさ。似合うだろ、多分」
屈託のない笑顔でそんなことを言われましたのよ。ええ。ちょっとびっくりですわ。
「あー、ドラン。俺、そろそろ一発キメていい?」
「ああ、好きにしろ」
びっくりしてたらチェスタはもうお薬キメてましたわ。ゲタゲタ笑ってましたわ。もう完全に自分の世界に入っちゃってますわ。流石薬中、やることが違いますわぁ……。