四話 ごきげんよう裏の世界
エルゼマリンは風光明媚な観光都市で、貴族の別荘地でもありますわね。青い海に白い建物がよく映える、美しい景観が魅力ですの。その上、王立学園も大聖堂もあって、港がある分賑わって、色々な物品が行き交って……そして、裏通りに入れば悪党共の巣窟ですわ。
「この空気、久しぶりですわぁ……あら、でもよく考えたらつい三日前にもここ、来ましたわね」
学園が夏休みに入ってまだ一週間足らずですけれど、その間に色々ありましたのねえ……。
「それで、ドラン。まずは『ダスティローズ』へ向かえばいいのかしら?」
「ああ。さっさと荷物を下ろしたい」
ところでドランは大荷物ですわ。それもそのはず、結局ドラゴンの皮の良いところ五匹分に、選りすぐったとはいえ量の多い鱗と牙と骨を五匹分、それにドランが仕留めたドラゴン二匹分の心臓とお肉を持てるだけ。……そんな大荷物を運んでますもの。素手で持って運ぶ量じゃあなくってよ。つくづくこいつ、バケモンですわぁ……。私は私が狩ったドラゴンのお肉少々とゴマタノオロチの皮を例のご令嬢から頂いた鞄に詰めて運ぶだけで精一杯ですもの。
まあ、ドランの筋力と体力がバケモンなのはさておき、私達は慣れた道を歩いて、馴染みのお店『ダスティローズ』へ向かいましたわ。そしていつものように、ドアを開けて……。
「あらっ?」
「開いていないのか」
ドアには鍵が掛かっていますわね。どうやら開店していないようですわ。ううーん、ドアぶち破って入るのもアレですわねえ。どうしようかしら。
「……なら、先にアジトへ戻るか」
けれど、困っていたらドランがそう、言いましたのよ。アジト、アジト……ですの? 素敵な響きですわよねえ、アジト、って!
「アジトなんてあるんですのね」
「まあ、俺も追われる身だからな。後ろ暗いこともやっている。表通りには居を構えられん」
ははあ、成程。まあ、ムショ入りしてたぐらいですものねえ。元々が表に居られない奴なら、アジトが裏にあったって、何もおかしくなくってよ。
……それにしても、悪党のアジトってどんなところなのかしら。ふふ、ちょっぴりワクワクしますわねえ……。
エルゼマリンは港町で、かつ、水の都ですわ。街中には水路が走っていて、荷物を積んだ小舟が行き交っていますの。そしてそんな水路の一つ……貴族街と商店街を隔てるように走る水路の、そこにかかる橋の下。水路の側面にあたるレンガ壁に、不思議なものがあったのですわ。
「あら、こんなところに扉が」
ドランがさっとその扉の中に入っていくのを見て、私も後に続きますわ。
「元々は地下水道の整備のための通路だったらしい」
成程。確かにそういう風情ですわね。……橋の下の扉の先は、地下水道。古くは下水処理に使っていたらしいですけれど、今は新しく浄化槽を通る下水道が整備されて、ここは貴族街の雨水や増水した時の他の水路の水を排出する先として使われているようですわ。まあ、定期的に雨水だの海水だのが通っていくおかげで、下水道らしい臭いが無いのが幸いですわね。
通路は細くて、人がすれ違うのに少々不安があるくらいですわ。すぐ横がもう、水路ですの。うっかり水ポチャしないように気を付けながら、苔むしたレンガ壁を横目に歩いていきますわ。
「ここ、明かりが無いと何も見えませんわね……」
今、私が火の魔法を使って明かりを灯していますけれど、これが無かったら何も見えないくらいの真っ暗闇ですわねえ……。
「一応入ってすぐ右のレンガの窪みに、予備の蝋燭と
「あなたは普段どうしてますの? まさかこの暗闇でも目が利くんですの?」
「ああ、いや……道を覚えているからな、明かりが無くても歩ける」
えっ、覚えてるだけで歩けるモンですの? こいつ、つくづくバケモンですわねえ……。見えない道、それも、うっかり足を踏み外したら水ポチャ一直線の水路脇を歩くなんて、私は御免ですわよ。もしかしてドランって、本当に暗闇でも目が見えるのかしら? だとしたら益々バケモンですわぁ……。
「着いたぞ。ここまでの道は覚えているか?」
「ええ。三つ目の分岐で右に曲がって、それから丁字路を左。十字路を右。覚えましたわ」
これからお世話になるアジトですもの。道順はしっかり覚えておかなければね。……覚えちゃったということは、もう後戻りできないってことですけれどね! ええ! アジトの場所を知られた以上、ドランは今後、私が離反したら私を殺して口封じせざるを得ないってことですものね!
水路の先にあったその扉を開くと、そこは地下室でしたわ。元は水路の管理のために道具が置いてあったりしたんでしょうけれど、今は特に何も無くて……でも、ここの空気は乾いていますのよ。
「これかしら?」
「勘がいいな」
何も無い、と思ってしまえばそれまでですわ。でも、何かある、と分かった上で探るなら……何かの気配のするレンガを一つ、くい、と押し込んでみることも、そう難しくなくってよ。
私が壁のレンガを一つ押すと、レンガ壁がゆっくりと動いて、その先を見せるようになりますの。レンガ壁の向こうに隠れていた扉をまた開けば……。
「……あら、素敵」
そこには、地下水道の中とは思えないほどちゃんとした、居住空間があったのですわ!
壁は漆喰で覆われていて、苔むしたレンガ壁の気配はありませんわね。所々、漆喰が剥げた箇所があるのはご愛敬、といったところかしら。天井からぶら下がるランプは、魔石を用いた最上級のもの。敷かれた絨毯もいい品ですわね。
家具も悪くなくってよ。ゆったり座れそうな大きな長ソファや、飴色の木材のテーブル。あり合わせらしい木材と鉄板で作られた棚には、お酒やジャムやピクルスの瓶が並んでいますわね。
統一感は然程無い空間ですけれど、それが粗野でありながらしっくりとまとまっていて、悪党のアジトにぴったりですわ。
……そして。
「あー、はいはいはい。やっぱりうちの大将、脱獄してきたってわけね。で、ドラン。そちらの弓を持ったお嬢さんはどちら様?」
ソファに座っていた男が、こちらを見て『あーやっぱり』みたいな表情を浮かべていましたわ。……ああー、成程。分かりましたわ。分かっちゃいましたわ。
「ごきげんよう、『ダスティローズ』の店主さん」
……目の前にいる男、ほとんど骸骨ですわね。身長はドランより少し高いかしら。でも横幅はドランの三割……いえ、四割引きぐらいに見えますわね。そしてその手に見覚えがありますのよ。
骨の浮き出た、指の長い手。私、この手と何度も『ダスティローズ』で取引してましたのよ。ちなみに年齢は見ても分かりませんわ。白銀の髪が元々の色なのか白髪なのか分かりませんし。皮膚にハリはあるように見えますけど、少々骨の目立つ顔からは年齢が読み取りづらいですわね。
「ごきげんよう。私、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。国家転覆をこちらのドランに手伝って頂くために一緒に脱獄して参りましたの。これ、つまらないものですけれど」
「あ、こりゃご丁寧にどうも……ってうわあ、ゴマタノオロチの皮じゃないのよこれ……ん? 随分、傷が少ないのね、これ。良い腕してるじゃあないの、お嬢さん」
ご挨拶の品代わりにゴマタノオロチの皮を鞄から取り出してプレゼントしましたわ。今後もお世話になる相手になりそうですし、このくらいは贈っていいと思いましたの。
「……で、何だって? 俺の耳が確かなら、なんかとんでもない言葉が聞こえた気がしたけど?」