三話 狩りは貴族の嗜みですわ
ということで私達、狩りに出ましたわ。王都からエルゼマリンまでは街道が整備されていますけれど、少し横道に逸れて山に入ればいくらでも魔物が居ますの。そして魔物の中には美味な獲物もいますのよ。
「よしッ! 仕留めましたわ!」
そして、
「……ジョヴァンの言っていた『狩りの女神』はもしやお前のことか」
「は? なんか今仰いましたかしら?」
「いや……いい弓の腕だ」
ドランの私を見る目が少々変わりましたわね。大方、見積もっていた私の戦闘能力を上方修正したのでしょう。それもそのはず、私が放った矢はゴマタノオロチの目玉に深々と刺さっているのですわ。ゴマタノオロチの頭は五つありますから、矢が五本、それぞれの目玉にぶっ刺さってることになりますわね。……こうすることで革に一切の傷をつけずに獲物を仕留めることができますの。腕のいい狩人はこうやって獲物を狩るものですわ。
「わざわざ獲物の値段を下げてやる趣味はありませんの」
「成程な……これだけいい腕なら、傷のない皮がいくらでも獲れるわけだ」
おほほほほ! そりゃーそうですわ! 私、学園の狩猟大会でも優勝を譲ったことが無くってよ! 幼い頃から磨いてきた弓の腕、そうそう右に出る者はいないでしょうね!
「さて、早速皮を剥ぎますわよ。ふふふ……」
さてさて、今晩はヘビ肉でディナーかしら。……いえ、でも、ゴマタノオロチは肉にも毒があるんでしたわ。となると、ちょいと、今宵のディナーには不向き、ですわねえ。いえ、でも、折角仕留めちゃいましたものねえ……食べようかしら?
「おい」
……なんて思っていたら、ふと、大きな影が横切りましたわ。はっとして上を見れば……。
「……ドラゴン」
大空を悠々と飛ぶドラゴンの姿がありましたの。
「ドラゴン、ですわねえ……」
私、ドラゴンが飛んでいくのを見送って、大体どのあたりに着陸したかを確認して……そして、ドランに向き直りますのよ。
「ねえ、ドラン。ドラゴン肉ってとっても美味しいですわよねえ」
「そうだな。どうせ食うならアレがいい」
ドランが私をわざわざ呼び止めてドラゴンを確認させた以上、ドランもその気、ってことですわね。ええ。ドラゴン狩りに慄かないのだから、中々いい仲間を選べたようですわ。私ったら幸運ね。
「エルゼマリンのあなたのお仲間にはドラゴンの皮と鱗と牙、ついでにお肉もお
「そうだな。……楽しみだ」
ということで、狩りますわ。ドラゴン狩りますわ! 今宵はドラゴン肉のステーキですわよ!
*
ドラゴンの巣まで到着したら、もう日暮れですわ。明け方にムショを出てきてからずっと休みなしですものね。ちょっと疲れましたわぁ……。でも私、ドラゴン肉を今宵のディナーにともう心に決めておりますの。今更夕食を抜かす気は無くってよ! つまり! この巣のドラゴン、今すぐに狩りますわッ! そして捌きますわッ! そしてそして、焼いて食べてしまいましょうね!
「……ん?」
私が闘志に燃えていたところ、ドランがドラゴンの巣を覗き込んで、怪訝な顔をしましたわ。
「ドラゴンの気配ではないものが混じっているようだが」
……言われてみると、確かにそうですわねえ。魔力、それも、割と稚拙な……そういう魔法の残り香のようなものが、ここに残っている、ようですわねえ……。しかも、この魔法の残り香、結構、新しくってよ。それこそ、ついさっき、ここで誰かが魔法を使ったような……と、いうことは……。
「た、大変ですわーッ! 急ぎましょう! 誰かがこのドラゴンの巣に入ったということですわ!」
「この稚拙な魔法の様子だと、先にドラゴンを仕留められることはなさそうだが」
「んなこた分かってますわッ! 私が心配してるのはドラゴンがその人間を食べちゃう可能性ですのよ! 人間食った後のドラゴンって、お味が落ちるんですの!」
「それはまずいな」
ええ、二重の意味でね! まずいんですのよ! まずいし
「ということで突入ッ!」
私、大急ぎでドラゴンの巣へ突っ込んでいきますわ! 一刻を争う事態ですもの! なりふり構ってられませんわよ!
……ええ。勿論、ドラゴンに人が殺されてしまうかも、なんて心配はしていませんわ。というか、死んでなかったら殺しますわ。ドラゴン肉もドラゴン皮も、私のものですわーッ!
ドラゴンの巣は洞窟になっていますの。岩肌の表面が焼け溶けたようになっているのを見る限り、ドラゴンが自前のブレスで岩を焼き溶かして作った洞窟のようですわね。ドラゴンが焼き溶かした石も採掘して持って帰ればちょっとしたお小遣いくらいになりますけれど……そんなもんどうでもよくってよ。私が狙うのは最奥に居るであろうドラゴンのみ。ドラゴンの皮も牙も鱗も肉も、ドラゴンブレス石なんか霞むくらいのお値段が付きますもの。
「……なんか聞こえますわねぇ」
そして、ドラゴンの巣の奥へ奥へと入っていけば、何やらドラゴンの鳴き声ではないものが聞こえてくるんですのよ。どうも、人間の、女の声……いえ、子供の声……?
私とドランは気配を消しながらドラゴンの巣の最奥、ドラゴンが居るであろうそこを覗き込んで……絶句しましたわ。
「あ、あああああ! 神よ、どうか、どうかお助けください……!」
そこに居たのは、杖をたった今ドラゴンにへし折られた魔法使い風の……ガキンチョですわ! 明らかに羽振りのいいかんじの! 貴族っぽい! そういうガキンチョが……ドラゴン五匹に、囲まれてますわァーッ!
「貴族なんざ食べたらドラゴン肉のお味が落ちますわーッ!」
私、すぐさま矢を取り出して……鏃に指を滑らせますの。鋭い鏃は私の肌を裂いて血を滲ませて、私は鏃に血をたっぷり塗り付けて、すぐさま、弓に矢をつがえて……。
……狙うのは、一瞬。ドラゴンが貴族のガキンチョを食らおうと口を開けた、その瞬間!
「うわああああああ!」
「頂きましたわ!」
そして、貴族のガキンチョが悲鳴を上げる中、ドラゴンがぐわりと開いたその口の中へ、私の矢が飛んでいきましたのよ!
私の矢が口内に刺さったドラゴンは、そこで一旦、口を閉じましたわ。そして……たっぷり一秒後、もがき苦しみ始めましたのよ!
それを見る前から私は二発目の矢を用意して、こちらに気づいたドラゴン一匹の目玉へ、矢をぶち込んでやりますわ。そうすれば二体目のドラゴンも仕留めることができますわね。
その間にドランはドラゴンの中へ突っ込んでいきましたわ。貴族のガキンチョを回収してきたのね。何も言わずに安全圏にガキンチョを放り投げて転がして、ドランはすぐさま戻っていきますわ。
「ドラン! 一匹引き付けておいてくださる!?」
「ああ。こっち二匹は任せろ」
そしてドランは……なんと! あろうことか! ドラゴンのしっぽを捕まえたかと思うと……ぶん回して、放り投げましたのよ!
……ドラゴンって、当然、重いですわ。牛にして六頭から八頭分ぐらいは余裕でありますわ。それを、今、ドランは、ぶん投げましたわ。……ば、バケモンですわねェー! あいつマジで人間ですの!? ありえなくってよ! ありえなくってよ!
「よし、一匹」
そして一匹ぶん投げた直後、もう一匹の方に飛び掛かっていって……ドラゴンの頭を、ぶん殴りましたわ。それだけでドラゴンの頭蓋がメキョッと凹んで、そのままそのドラゴン、死にましたわ。
……やっぱりあいつ、バケモンですわァーッ!
私は私でもう一匹のドラゴンの目に矢をぶち込んで仕留めましたわ。その間にドランはさっきぶん投げた方のドラゴンの首の骨を殴ってへし折って仕留めてましたわ。バケモンですわ。
「五匹も居たのは僥倖ですわね。これ、当面はお金に困らないんじゃなくって?」
「全部売ったら値崩れしそうだがな」
……まあ、そういうわけで、綺麗なドラゴンの死体が五つ、並ぶことになりましたの。ええ。私が殺した三匹は当然、皮に一切の傷をつけない位置を矢で射抜いていますし、ドランが殺した方は頭が潰れてるだけですから、やっぱり皮に傷が無くってよ。……私、素手で撲殺されたドラゴン、初めて見ましたわぁ……。
「本当にいい腕だな。ドラゴンが矢一発で死ぬなんて聞いたことが無い」
「血を使った魔術で矢を強化しましたの。……それは置いておいて、あなたはあなたでバケモンですわねえ。ぶん投げられるドラゴンなんて初めて見ましたもの。あなた本当に人間ですの?」
……一応、ドランの方のタネは多少、分かりましたのよ。恐らく、身体強化の魔法で持ち前の筋肉をガッチガチに強化したんだと思いますわ。そういう単純な戦い方でしたもの。
ただ、身体強化の魔法がここまで強い例を他に見たことがありませんのよ。ドランが規格外ということか、或いは、他にも何かタネがあるのか……。
「……ひとまず捌くか。皮全てを持ち帰るのは難しそうだが、皮に包んで質のいい牙と心臓くらいは持ち帰れるだろう」
「そうですわねえ。今日のディナーの準備もしないと、いいお時間ですし……」
まあ、お互いの手の内を探るのはここまでにして、早速ドラゴンでディナーですわ! わくわくしますわねえ!
ということで早速、洞窟を出たところで火を熾しますわ。そして適当に石を組んで
ドラゴン肉ってただそのまま焼いただけでもとっても良いお味なんですの。ドラゴンの血のスパイスめいた重厚な香りと、肉の濃厚な旨味! そして脂の蕩けるような甘さ! 赤ワインがよく合う素敵なお味なんですのよ! まあ、残念ながら今ここに赤ワイン、無いんですけど……でも、そこらの湧き水がワインに感じられるくらい、ドラゴン肉は美味しいのですわ! 脱獄の日のディナーを最高のものにしてくれること間違いなしなんですのよ!
「あ、あの……」
……そんなウキウキの私に、話しかけてくる声が一つ。そうですわ。私、こいつをすっかり忘れてましたわ。ドラゴン肉を前にしてガキンチョのことなんざ覚えてられませんもの。
「助けて頂き、本当にありがとうございます!」
「別に、あなたを助けたわけじゃーなくってよ」
サラサラの金髪の丸っこい頭が、ぴょこん、と元気に深くお辞儀しましたわ。礼儀正しいガキンチョですこと。こういういい子ちゃんは、私、あんまり反りが合いませんのよねえ……。
「いいえ! それでも僕は、あなた達のおかげで助かったんです! リタル・ピア・クラリノ、このご恩は決して忘れません!」
そして……きらきらの空色お目目で私とドランを見上げるガキンチョの、その名乗りを聞いて、私……私……気が、遠くなって参りましたわ。
こいつ、『クラリノ』と名乗りましたわね。ええ。聞き間違いじゃなければ、『クラリノ』ですわ。そう。『クラリノ』。つまり……!
「あなた、クリス・ベイ・クラリノの親類ですの……?」
「え? ええ、そうです。クリス兄様は、僕の兄ですが……」
……こいつ! よりによって! 私が殺すべき相手の、弟! でしたわァーッ!
*
「とってもおいしいです! 助けて頂いた上に、ドラゴンのお肉までご馳走になって……」
「どうせドラゴン五匹分、食いきれないからな」
ということで、何故か、何故か……例のガキンチョ、リタルは私達と一緒にドラゴン肉を食うことになりましたわ。
……ここで殺すことも考えましたけれど、ここでこのガキ一人殺しても特に利益が無いんですのよねえ……。だって一人、しかも碌に魔法も使えないひよっこの癖に身の程もわきまえずドラゴンの巣に突っ込む無謀っぷりを発揮した脳ミソお花畑ちゃんですのよ? こんな無能一人いなくなったところで、むしろクリス・ベイ・クラリノが動きやすくなるだけですわねッ!
それに、このリタル。妙に、妙に……ほっとけないんですのよ! あんまりにもヨワヨワで!
そもそも私、憎い奴や強者を仕留めにかかるのには心躍りますけれど、特に憎くもなく強くもない奴を殺したって楽しくないのですわぁ……。リタル自身は一昨日の夜から家を出ているようで、王都で何が起きたか、そして目の前にいる二人が脱獄犯であることさえ、知らないみたいなんですもの……。
「次、焼くか」
「あっ、焼くならあなたが仕留めた奴にして頂戴な! そっちは私の獲物ですわよ!」
ドランが私の仕留めた方のドラゴンから肉を取ろうとしていたのを止めましたわ。私、ここんとこにはこだわりますわよ!
「ああ、ヴァイオリア様も、ドラン様も、とてもお強くて、お優しくて……尊敬します」
ドランが次の肉を焼き始めたのを見ながら、リタルはきらきらした目で私達を見つめてきますわ! 居心地が悪いったらありゃーしませんわねッ! こちとら脱獄犯ですのよ!? 頭お花畑も大概になさいなッ!
「……僕もあなた達みたいになれたらなあ。そうしたら、きっと、兄様も……」
……けれど、ちょっと寂しげな笑みを浮かべて俯くリタルを見れば、おおよそ、何を考えているのか分かりますわねえ。
それからリタルは、ぽつぽつと勝手に喋り始めましたわ。
一族の中で自分だけ体が弱いこと。剣など扱えず、多少才能のあった魔法についても碌な成果を挙げられていないこと。そのせいで、実の家族どころか傍系にすら侮られていること。自分のせいで実兄のクリス・ベイ・クラリノまで悪く言われないように、公的な場所に出ないように命じられていること。
……まあ、大方予想はついたことですわ。噂に聞いたことくらいは、ありましたもの。
クラリノ家は騎士の家系でしたわ。王家の忠臣としての立場で代々武勲を挙げて地位を高めて高めて……今や貴族界の頂点に立っている、というわけですの。
ですから、クラリノ家って一族郎党、それなりの武力を備えていますのよね。クラリノ家の男子は皆、騎士の家系らしくタッパのある引き締まった体をしていますわ。
でも目の前のリタルは、随分とおチビちゃんですし、線も細くて、ほっぺなんて如何にも柔らかそうですわ。くりんとした空色のお目目も、サラサラの金髪も、逞しさからほど遠くってよ。もう、雰囲気からして明らかに『戦えない』奴ですわ。
そんな『クラリノ家の出来損ない』の話は、私、社交界で小耳に挟んだことがありましてよ。ほとんど表に出てこない、クリス・ベイ・クラリノの実弟。ほとんど語られることも無く、ほとんど実態なんて知りませんでしたわ。……でも、こうして実際に見てみれば色々と納得がいきますわね。
ええ。リタルはさぞかし肩身が狭いことでしょう。名誉しか重んじない貴族の頂点、名誉たっぷり騎士の家系のクラリノ家、ですもの。そんなクラリノ家で剣を持たない男子なんて、存在するだけで恥とされてもおかしくありませんものね。
だから、単身、家出同然に……或いは自殺同然に、ドラゴン狩りに出てきてしまう気持ちも、分からないでもなくってよ。
「私のように強くなりたいのならば修練なさいな。見たところあなた、あんまりにも実戦経験が無いようですわね」
……まあ、クラリノ家のガキンチョなんざ、ほっといてもいいんですけれど。むしろ、ほっといた方がいいんでしょうけれど。でも、このままリタルをほっとくのも寝覚めが悪いですわ。ちょいと発破をかけてみましょうね。
「実戦……」
「そうよ。実戦は試験じゃありませんの。教科書通りの魔法なんざ役に立ちませんわ」
ぽかん、としつつも食い入るように聞くリタルを前に、私はリタルの杖を示しますわ。ドラゴンにへし折られたやつですけれど……魔法の試験で使うような杖ですわね。癖が無くてとっても従順。そんな杖ですから、このリタルにはちょいと大人しすぎましてよ。頼りない術者が大人しい杖使ったってヨワヨワに決まってますもの。
「お綺麗な魔法を撃つならあの杖でもいいでしょうけれど、あなた、もうちょっとまともに戦いたいならもう少し攻撃的な杖をお使いなさいな。例えば……」
私が仕留めたドラゴンに近寄って、ドラゴンの口の中から牙を一本、折り取りましたわ。ついでに整った形の鱗も取ってきて、それから、肉を取る都合で取り除かれた骨の中から適当なのを一本選んで持ってきて……骨の先端に鱗と牙が来るように、適当にそこらへんの木の蔓で括り付けますの。はい、これで簡易的ながら杖の完成ですわ。
「使ってごらんなさい。加工も碌にしていませんけれど、さっきの杖よりはマシじゃあなくって?」
「え? は、はい……いきます!」
リタルはこんな雑なつくりの杖を使ったことなんてなかったんでしょうけれど、戸惑いながらも杖を構えて、集中して……そして、大きな水玉を宙に浮かべましたの。人間一人くらい、余裕をもって閉じ込められそうなやつですわねえ。
「わあ……!」
リタルは歓声を上げて、自分が生み出した水玉を見上げていましたわ。どうせ、こんな大きさの水玉、見たこともなかったんでしょう。……まあ、水玉を生み出す魔法は上手く運用できれば相手を地上で溺死させられるものですから、そう悪くなくってよ。でもなんか、ぽよぽよふわふわしててリタルっぽいですわね……。
ま、まあ、これだけの魔法が使えるんですから、リタルの魔法の才能はそれなりにある、っていうことなんでしょうけれど……十分、胸を張れる程度だと思うのですけれど……でも、それにしても、ぽよぽよふわふわですわあ……。
「すごい! ヴァイオリア様、僕、こんなに強い魔法が使えたの、初めてです!」
「雑なつくりの杖もどきだからこそ、あなた自身がしっかりしないと魔法が使えないものね。……そう、あなた、あんまりいい子ちゃんすぎる杖は合わなくってよ。魔法の先生ではなく、冒険者やそこらに杖を選んでもらった方がいいんじゃなくって?」
リタルは初めてまともに使えた魔法を目の前に、目をキラキラさせて……そして適当なところで制御を失った水玉が落ちてきて炸裂しましたわ。ええ。仮ごしらえの杖で、経験も碌にないガキンチョがあんな水玉、制御し続けられるわけがありませんものね! どーせこうなるだろうと思ってた私はもう退避済みですわ! びしょ濡れになるようなどんくさい真似はしませんわよ!
「すごい……すごい……」
リタルは、自分がびしょ濡れになったことなんて気にならない様子で、ただ、自分の手と手の中の杖とを、見つめていましたわ。
「僕……僕も、クリス兄様の半分でもいいから、戦えるように、なるでしょうか……」
不安と、不安をかき消すくらいの期待。そんなものを滲ませて、リタルの目がじっと、私を見上げてきますのよね。
「大丈夫。あなたには確かに、魔法の才能があるようですもの。正しい指導と実戦経験、そして多少攻撃的なやる気を身につけられれば、もうちょっとはマシな戦士になれますわよ。……ですから、自信をもってお励みなさいな」
そんなリタルに言ってやれば、リタルは目に涙を滲ませながら、笑って頷きましたわ。
……びしょ濡れになったリタルはほっといたら風邪ひきそうでしたから、私の手持ちの服を一晩貸してやりましたわ。まあ、私の手持ちの服って、ご令嬢から追い剥ぎした荷物の中にあったものですから女物ですけれど。おほほほほ。……でもリタルは生まれて初めてマトモな魔法を使った興奮で、女装していることになんか気づいてない様子ですわ。……大丈夫かしら、この子。
そしてお目目きらきら大興奮のリタルは、疲れが出たのか糸が切れた人形のように眠ってしまいましたの。私達もドラゴン肉でおなかいっぱいになったら眠くなって参りましたし、そのままドラゴンの巣の中で野営、ということにしましたわ。おやすみなさいまし!
そうして眠って、夜が明けて……けれど、私、ちょいと予定より早く、目が覚めましたのよ。ええ。何故って、外に……気配があるから、ですわ。
「ドラン、ドラン! ヤバくってよ! 洞窟を出てすぐの崖下、追手がうろついてますわ!」
私が起こすまでもなく、ドランはもう起きてましたわ。殺気立った気配に敏感なようで、まあ、共に行動する仲間としては中々よろしくってよ。
二人でドラゴンの巣の外にちょいと出て崖下の様子を窺ってみると……まあ、居ますわねえ。兵士が。
「あれは王家の兵士か?」
「或いは、貴族院の私兵か。……ちらっと見たかんじ、ちょっと後者っぽいですわねえ」
まあどっちにしろ、私達は見つかったらヤバくってよ。ううーん、やっぱり夜のうちに出発しておくべきだったかしら……。
「……まあ、連中の目くらましになるものは手元にあるな」
悩んでいたら、ドランがあっさりとそう言って……未だすやすや夢の中のリタルを示しましたわ。
「あいつを使うぞ」
「ほら、起きなさいな」
「ふえ? ……わ、わわわ、もう朝だ」
ということで早速、リタルを叩き起こしますわ。寝具代わりに貸していた服を剥ぎ取ってころんころんと転がしてやれば流石に目が覚めたようですわね。
「支度をなさい。あなたの迎えが来ているようですわ」
「え? 迎え?」
きょとん、としていたリタルですけれど、自分が出奔同然に家を出てきた自覚でもあるのか、ようやく、『自分が捜索されているのでは?』ということに思い当たったようですわねえ……。よくってよ。リタルの捜索でも脱獄犯の捜索でも、リタルを見つけて保護させられたら一旦
「私達は一緒に行けませんから、あなた一人でお行きなさい。まっすぐ下っていけばすぐ、あなたのお迎えに行き会うはずですわ」
早速、リタルに身支度させますわ。女物のブラウス姿ってわけにはいきませんものね。おほほ。
「よろしくて? くれぐれも、私達に会ったことは言ってはいけませんわ。絶対に私達の名前は出すんじゃありませんわよ。そうなればあなたの立場が危うくなりますわ!」
「えっ……あ、は、はい」
リタルは困惑してましたけど、まあ、そうなんですのよ。あなたが家出同然にお家を出た後に王都ではフォルテシアの屋敷が燃え、私が冤罪を掛けられ、ムショに入れられ、そして脱獄したんですの。ええ。リタルはまるきり知らないわけですけれど!
「あの、ヴァイオリア様、ドラン様……その、お礼をしたいのですが、一緒に、屋敷へ……」
「駄目よ。私達、急ぐんですの」
「でも、このままお礼もせずにただお別れするわけには」
何も知らないリタルはもじもじしながらそんなこと言ってますけど、お礼っていうなら今すぐ解散したいところですわぁ……。
……このままリタルを振り切って逃げることもできますけれど、それも後味があんまり良くなくってよ。しょうがないですから、私、リタルの目を見て言ってやりますの。
「なら、強くおなりなさい」
リタルはきょとん、としていましたわ。でも、お礼っていうならこれくらいが丁度よくってよ。
「強くなって、人々を助けられるようにおなりなさい。そして、いつか私が困った時、力を貸して頂戴な」
リタルはしばらく、ぽかん、としていましたわ。……でも、みるみるうちにその目が憧れと尊敬でキラキラし始めましたわ。
「ドラゴンの鱗と牙と骨は、いずれ強くなる戦士への餞別にくれてやりますわ。杖屋に持ち込んで加工してもらえばよくってよ。……さあ、もうお行きなさい」
リタルの肩をそっと押せば、リタルは一歩、捜索の兵士の方へ踏み出して……それから振り返って、私達へ、深々と頭を下げましたわ。
「ヴァイオリア様! ドラン様! 僕、僕……必ず強くなります! この御恩は忘れません!」
そして、ぴょこん、と頭を上げたら、もう一度だけ、しっかりとした視線で私達を見て……それから、ぱたぱたと駆けていきましたわ。
……随分と懐かれたもんですわねえ。やりづらいったらなくってよ。ドランもなんとなく居心地の悪そうな顔ですわね。元々、子供に好かれそうな奴じゃあありませんものね。
……まあ、リタルともこれでおさらばですもの。あんまり気にしないことにしますわ。ええ。元々『強くなって帰ってくる』なんて期待してませんわ。ただ、ガキンチョは健やかに生きてりゃそれでよくってよ。
少し待つと、リタルを見つけたらしい兵士達がざわめき始めましたわね。それにつられて、兵士達が皆、そちらに移動していきますわ。
「よしっ、今のうちですわ!」
兵士の目がリタルへ向いている間に出発ですわ! リタルも少しは役に立ちましたわね!
意気揚々と私達が向かう先は、エルゼマリン! 血沸き肉躍る、悪党のための町ですわ!