「随分なご挨拶だな」
……そして黒髪の隙間から、ぎろり、とグレーの目が私を睨んでいましたわ!
「まあ、素敵!」
これには私、満面の笑みですわ! ニッコニコですわよ! 見つけましたわ! この私に相応しい仲間を! ついに! 見つけましたわ!
私の飛び蹴りを受け止めた野郎は、筋肉の塊みたいな奴でしたわ。それなりにタッパありますし、そこにガッチガチの筋肉がガッツリついてるんですのよ。しかもこれ、見せかけの筋肉じゃーありませんわね。実用目的ですわ。こいつ、間違いなく戦うことを生業としているか、あるいは、生業でもないのに戦いまくってるタイプの奴でしてよ! これは益々期待が持てますわねえ!
素敵な仲間候補を見つけたところで、私、早速もう一発蹴りをお見舞いしますわ。私は無手ですけれど相手も無手。
私が蹴ったら相手はそれを受け止めて、そして私の頭部めがけて拳を振りぬきましたのよ。その速さったら、ギリギリで
「まだやるのか?」
「あら、私ったら嬉しくってつい」
ついでにもう一発延髄に回し蹴りでも、と思ったのですけれど、言われてみれば時間が無いんでしたわ。うっかりですわ。
「一体何が目的だ」
そして相手にはめっちゃ訝しまれてますわ。そりゃそうですわ。牢屋の扉が開いたと思ったらいきなり蹴りつけられたんですものねえ……。でも、そんな状況でも怯えが
「ねえ、あなた。私と一緒に来ませんこと?」
ということで早速勧誘ですわ。善は急げというやつですわ。まあ私、間違いなくこれから善よりは悪の道に進むことになると思いますけど! おほほほほ! 悪だって急いだ方がよくってよ!
「お前と……?」
「ええ。私、この国をぶっ潰すことにいたしましたの。けれど一人では何かと手が回らないでしょう? ですから、協力者が欲しいと思っておりましたの。いかがかしら? あなた、これだけの能力があるのにこんなムショにぶち込まれてるんですもの。ワケアリでらっしゃるんじゃなくって?」
用件をサッサと言ってしまえば、黒髪の筋肉野郎はグレーの目を少々眇めて、じっと私を見つめましたわ。
「……牢を開けて回っているところを見る限り、本気らしいな」
「ええ。当然。マジですわよ。私、やると決めたことは絶対にやる性分ですの」
筋肉野郎の目をまっすぐ見上げてそう言ってやれば、筋肉野郎と一秒見つめ合うことになり……そして、一秒後、筋肉野郎はにやりと笑いましたわ。
「ドラン・パルクだ。お前は」
「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアと申しますの。どうぞよろしくね」
「分かった。ひとまず利害が一致しそうだ。手を組もう」
私たちは握手して、交渉成立、ですわ! やりましたわ! 私、いいかんじの仲間を手に入れましたわ! ……まあ、ムショにぶち込まれてた野郎ですから、絶対にヤバい奴でしょうけど! まあ実力が伴うなら多少ヤバくてもこの際もう気にしませんわ! おほほほほほ!
ドラン・パルクと私は二人で早速、地下牢獄を抜け出すことにしましたわ。……とはいっても、難しいことはありませんわね。向かってくる奴が居たら倒して、階段を上がって、上がって、そして王城から脱出すればいいだけですわ。
……まあ、そこまでに王城の兵士がわんさか湧いてきますから、それを払いのけるのが中々に面倒ですけれど。でも、私達以外の囚人もガンガン脱獄してる最中ですもの。兵士の手が回りきらないのが救いですわね。流石の私でも、兵士全員を相手にする自信はありませんわぁ……。
「無手は苦手か」
「ええ、まあ……槍の一本くらいは欲しいところですわねえ。あなたは無手が得意そうですけど」
「そうだな。武器を使うことがあっても、大抵は使い捨てだ」
ドランは早速、私の戦い方を観察しているようですわね。まあ、手を組む相手の戦い方くらいは知っておくべきでしょうし、観察されることに文句はございませんわ。尤も、手の内全部明かす気はサラサラありませんけど。でもそれはドランだって同じことでしょうしね。
「使え。無いよりはマシだろう」
「あら、ありがとう」
ドランが兵士の一人から奪った槍を放って寄越しましたわ。ですのでありがたく、それを使うことにしますわよ。
「一気に抜けますわ! 王城の正門から堂々と出てやりますからついてらっしゃい!」
「分かった」
私が武器を手にして数撃分。何人か兵士をその辺に転がしてやれば、残った兵士も、明らかに怯みましたわねえ。私の実力はもう分かった、ということですわ。怯むのは当然ね。こういう風に怯んでくれるからこそ、腕の見せ甲斐があるってモンですのよ。
そして怯んでる相手を撒くのはそう難しいことじゃありませんの。露払いをドランに任せつつ勢いで突っ込んでいって、とにかく道を拓くのですわ。後から続いてくる囚人集団が兵士の足止めをしてくれますから、私はとにかく先へ進むことを意識して……そうしてついに、私、王城から脱出したのですわー!
王城からわらわらと囚人達が出てきますわ。どうやら、私が開けた牢から出てきた連中が私達に続いて脱獄してきたみたいですわね。まあ、よくってよ。後は野となれ山となれ、ですわ。私の知ったこっちゃーありませんわ!
さて、人の心配より自分の心配ですわね。勿論、王城から出たってまだまだ追手は来ましてよ。ひとまず王都の外に出ないことにはどうしようもありませんわね。
ということでまずは、馬を盗みましたわ。正面玄関に馬車なんか停めてる方が悪くってよ。
「あなたたちだってボンクラ貴族共に使われるより私を乗せる栄誉に与る方がいいでしょう?」
お馬さん達はいい子ですわぁ。よく躾けられて、賢そうですもの。脱出の足にするには丁度いいんじゃなくって? ま、最悪馬刺しにして食べてもいいわけですし、遠慮なく頂いていきますわね!
「あなた、乗馬はできまして?」
「ああ。俺を乗せると重いらしいがな」
……あっ、ドランを乗せたお馬さんが『重いんだけど』みたいな顔してますわ。まあ辛抱して走ってくださいまし! ここでとっ捕まったら私達に馬刺しにされる前に馬刺し待ったナシですわよ!
「じゃあ飛ばして参りますわよ! ……それでは皆様、ごきげんよう! おほほほほ!」
ということで、私達は王城前の兵士達にご挨拶して、さっさとオサラバしますわー!
*
ガンガン警鐘の鳴る王都を馬で駆け抜けますわ。馬は足の速い良い馬でしたし、王都の門を守っていた見張りは馬上から私が投げた槍でアッサリでしたし、そのまま門を突っ切って王都を出ていくことに成功したのですわ!
そのまま王都を出たら、ひとまず南西に向けて走っていきますわ。王都の南西の方は野盗だの山賊だのが出て非常に治安が悪いんですの。シャバに出て一発目に向かう方面としては悪くなくってよ。
「エルゼマリンの方へ向かうのか」
そして、馬を走らせる途中、ドランがそう、聞いてきましたわ。……そうですわねえ。王都を出て南西に向かっていくと、海に行き当たりますわ。そして、そこにこの国最大の港町であるエルゼマリンがありますのよ。
エルゼマリンといえば、私の第二の故郷ですわね。屋敷は王都ですけれど、私が在籍する王立学園はエルゼマリンにありますの。寮生活してる私は当然、エルゼマリンに住んでいるようなものなのですわ。
エルゼマリンは、王立学園や大聖堂を有する風光明媚な港町。海と空の青に街並みや大聖堂の白がよく映えて、それはそれは美しい景観ですの。私、あの景色がとっても好きなのですわ。
……そして景色だけがエルゼマリンの良いところじゃあなくってよ。エルゼマリンは……裏通りを、有していますの。
「ああ、エルゼマリンに行くのも悪くありませんわね。私、王立学園に在学しておりますの。エルゼマリンのことはよく知っていますわ」
「知っている、か。どの程度知っている?」
ドランは私がエルゼマリンの表の顔しか知らないんじゃないかと危惧していたようですけれど、甘くってよ。私、エルゼマリンのことは表も裏も知り尽くしておりますの。
「あそこは悪党の溜まり場ですし、カツアゲする貴族にも困りませんわね。そういう認識ですわ」
エルゼマリンの裏通りは、私もよく知る場所ですわ。ええ。あそこ、カツアゲに困らないんですのよ。特にこちらが麗しの貴族令嬢と見えると、あいつらゴロゴロ寄ってきますもの。返り討ちにして『ちょっとそこで跳ねてごらんなさいな』とやれば連中のお財布を頂けますのよねえ……。お小遣い稼ぎには丁度よくってよ。
「……お前、貴族の令嬢ではなかったか?」
「貴族令嬢がカツアゲしてはいけない理由がございますの?」
ドランはなんだか微妙な顔をしてますけれど、私、胸を張って答えますわよ。ふふん。
「……なら、裏通りも分かるか? エルゼマリンの裏通りに『ダスティローズ』という店がある」
「ああ、存じておりますわ。私、あそこの常連ですの」
『ダスティローズ』なら知っていますわ。エルゼマリンから王都へ帰ってくる前に魔物素材を売ったお店ですわね。……またドランが微妙な顔してますわ! 失礼ですわね!
「お前、本当に貴族の令嬢か……?」
「貴族の令嬢が闇市で取引していたら、何か問題でもありましてェー?」
そう。エルゼマリンの『ダスティローズ』といえば、そっちの方面でちょいと有名な買取屋ですわ。私、休日の度に学園を抜け出して、エルゼマリン近郊の森で魔物を狩ってはその毛皮や牙を獲って、それを売ってお小遣いを稼いでおりましたの。表の市場で売るより裏の市場に流した方がよっぽどお金になりますのよねえ……。それに、捕まえて羽むしった妖精だの、学園に通う貴族の子女の醜聞だの弱味だのを買ってくれるのは裏市場だけですもの。おほほほほ。
……まあ、そういう風にお世話になっているお店ですから、多少は知っていてよ。多分あの店、店主が中々に切れ者なんですのよ。そうじゃなきゃ、あの界隈で商売なんてやってられないはずですわ。だからあそこの店主なら、多少、信用が置けるかしら。勿論、顔は見たことありませんけれど。おほほ。
……そりゃそうですわ。表でできない取引をする店なら、当然、お互いの顔が見えないようにして取引しますものねえ。ですから『ダスティローズ』の店主については、ただ、手が大きくて骨ばっていて肉が少なくて……その、骸骨みたいな手、という印象しか、ありませんわぁ……。あの手、不気味なもんだから印象に残ってますのよ……。
「あそこの店主のジョヴァンは俺の仲間だ。これから何をするにも基盤は必要だろう。異論がなければそこへ向かうが」
「なるほどね。まあ、よくってよ」
「もし俺に何かあっても、ドランの紹介だと言ってくれれば中に通されるはずだ」
ジョヴァン、ジョヴァンね。覚えましたわ。あそこの骸骨店主、そういうお名前でしたの。……当然知りませんでしたわ! 知らないに限りますもの! 裏社会の情報って、そういうモンでしてよ! 知っちゃった以上、私はこれから裏社会入りですわねーッ!
「ついでにもう一人……まあ、戦える奴が居る。役に立たないこともないだろう」
なんですのその歯切れの悪さは。私、無能とつるむ趣味は無くってよ!
でもまあ、ムショ入りしてた奴のお仲間なんて、どうせそいつもヤバい奴なのは間違いありませんものねえ……生活の基盤が手に入るならこれ以上の文句は言いませんわ。ええ……。
「当面の予定はそれでいきましょう。エルゼマリンの『ダスティローズ』へ向かう。それでよろしくて?」
「ああ。それでいこう」
ま、これで予定は決まりましたわね。ムショを出てきちゃった私達は当然、お尋ね者ですわ。当面、姿を隠しておける場所が欲しいですし、その点、エルゼマリンにドランの知り合い、かつ私が知らないわけじゃない相手が居て、そこに転がり込める、っていうのは非常に幸運ですわねえ。
「さて。そうと決まれば、早速、エルゼマリンへ向かう準備をしなくてはね」
「準備?」
「ええ。あなた、囚人服を着たままエルゼマリンに入る気ですの?」
当然、エルゼマリンでも検問がありますわ。というか、港町という都合上、下手したら王都よりキッチリした検問ですわ。つまり、そこに返り血まみれの兵士の鎧着た私と、返り血まみれの囚人服野郎が連れ立っていったら……間違いなく二回目のムショ入りとなるのですわッ!
「……そう言われてみればそうだな」
ドランも自分の恰好を見て、げんなりした顔してますわ。私もげんなりしたいですわ!
「王都からエルゼマリンまで、警戒しながらでも馬を飛ばせば二日で十分ですわね。食べ物は道中で狩ればよくってよ。ああ、でもそうなるとあなたはともかく、私は武器の一つくらいは持っておきたいところですわね。それに加えて、服と、あと、多少の先立つものが欲しくってよ」
ドランの口ぶりだと、エルゼマリンに到着しさえすれば多少のお金や装備は融通してもらえそうですけれど、私、他人に借りは作りたくない主義ですの。ましてやどう考えてもヤバい奴らに借りなんて作らないに限りますわ!
「まあ、幸い、この街道は貴族がよく通りますもの。……適当に追い剥ぎしましょうね」
そう。服も武器もお金も、奪えばよくってよ。おほほほほ。
*
「有り金と装備、そして服も全て置いていって頂きますわ!」
ということで早速、追い剥ぎしてますわ。丁度いい具合に通りかかった貴族の馬車の前に飛び出していって、馬が驚いて止まったところで御者台に飛び蹴りかまして御者を叩き落としますわ。その間にドランが馬車の中に突入して、中にいた護衛らしい奴をぶん殴って粉砕。こうなれば後は、戦えもしない貴族だけが残ることになりますの。簡単なお仕事ですわね。おほほほほ。
「きゃあー! 助けてぇー!」
ドランが踏み入った馬車の中から、ご令嬢のものらしき悲鳴が聞こえてきますわね。順調なようでしてよ。さて、私も嬉々として馬車の中に突入しますわ!
「さあさあさあ! 命が惜しかったら有り金と装備と服を置いていきなさい!」
けれども、私も馬車の中に突入したところで、その中にいたご令嬢が目を見開きましたし、私もちょっと、既視感を覚えましたわ。
「……あら? あなたどこかで見た顔ね」
「あ、あなたは……!」
……ええ。そう。どっかで見たことあるツラではありますのよ。この、今一つ品のない顔つきといい、いかにも学の無さそうな振る舞いといい、甘ったれた喋り方も、どことなく、聞き覚えがありますのよねえ……。
「フォルテシアのご令嬢じゃないですかぁ! 覚えてないんですかぁ!?」
……ええ。相手は私のことが分かるようですわね。そして私も、このご令嬢に見覚えはありますのよ。記憶には引っかかってますの! でも思い出せませんわねえ! 私が記憶を手繰りつつ悩んでいると……。
「ほら、入学した時からずっと、学園で同じクラスじゃないですかぁ!」
「あっ、思い出しましたわ。学園の入学式の後、『フォルテシアは所詮、成金の汚らわしい一族ですよねぇ! 身の程をわきまえてくださぁい!』とか言いながら私の鞄に水ぶちまけてくださったご令嬢ですわね!」
ヒントをもらったこともあって、思い出せましたわ! 思い出せてスッキリでしてよ!
まあ、多分このご令嬢はそこまで思い出してほしくなかったと思いますけれど。でもしっかり思い出しましたわ。
ええ。そうですの。こいつ、いけ好かないアマですわ。フォルテシアの名を侮辱した上に私の教科書全部駄目にしてくれやがった奴でしたわ!
「なら手加減する必要はございませんわね! 身ぐるみ剥ぎますわ!」
「そ、そんなぁ! 私達、同級生じゃないですかぁ!」
「ゴタゴタうるさくってよ。鼻の骨叩き折られたくなかったら、大人しく身ぐるみ剥がされなさいな」
この世は弱肉強食かつ因果応報ですのよ。教科書に水ぶっかけた奴は身ぐるみ剥がされたって文句言えませんわねえ! それでも文句を言いたいなら私に追い剥ぎされない強さを身につけてからになさいな! おほほほほほ!
ということで身ぐるみ剥ぎましたわ。私、知っている相手だからって遠慮はしませんわよ。する意味がありませんわ。馬車の外にご令嬢を叩き出して差し上げたら、さめざめと泣いてますわ。気にせず私は馬車の中でお着替えしましたわ。……ご令嬢の持ち合わせのドレスを着たのですけれど、ちょいとバストがきつくてよ! でもウエストは緩いですわね! まあしょうがなくってよ!
「終わったか」
「ええ。これでエルゼマリンに入れる恰好になりましたわね」
ドランはドランで、適当に護衛の服を剥いで着替えたらしいですわ。これで私達、貴族令嬢とその護衛、といった風貌になったかしらね。
「武器は……あら素敵! 弓がありますわねえ!」
そして最高なことに、ドランが殴り倒した護衛の得物は弓だったようなんですの! 嬉しいですわ! 嬉しいですわ! 私、武器の中では弓が二番目に好きなんですの!
「だが、食料が無いな。……そうか、貴族連中は野営などしないんだな」
まあ、そうですのよねえ……。食料は元々、期待してなくってよ。貴族連中は旅中でも高級宿に泊まる生活を送りますもの。食事を持ち運ぶような真似はしませんのよね。
まあ問題なくってよ。私、そこらの貴族連中とは違いますの。ディナーが出てくるまで呆けて待ってるような真似はいたしませんわ。
「当初の予定通り、適当に狩りで今夜のディナーを用意することにしましょう」
私、自分のディナーは自分で狩りに行きますのよ。だって狩りは貴族の嗜みですもの。おほほほ。