一話 あいつら全員皆殺しですわ


 ごきげんよう! 私、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアと申しますわ。

 自己紹介するならば、成金貴族と巷で有名なフォルテシア家の娘、と言えばいいかしら。

 勿論、成金といえども貴族は貴族。それなりの能力と品格は兼ね備えているつもりでしてよ。家門の古さの上に胡坐あぐらをかいている上流貴族なんかに負けないよう、日々、精進しておりますの。その甲斐あって、私、王立エルゼマリン学園の夏季期末考査では堂々の学年一位を獲得しましたのよ。おほほほほ。

 ……さて。そんな私が通う王立エルゼマリン学園は昨日から夏休みに入り、私は港町エルゼマリンから王都に向けて帰省中ですの。


 私、毎回の長期休暇には必ず帰省しておりますのよ。大好きなお父様お母様、そしてお兄様と一緒に過ごせる大切な時間ですもの。勿論、学期内もお手紙でやり取りはしていますわ。ついこの間も『今年のワインは中々出来がいい』ですとか、『買った鉱山のおかげで例の商品開発が好調だ』ですとか、『武術大会の優勝おめでとう。これで七連覇だな』ですとか……そうしたお手紙を頂いたばかりですのよ。でもやっぱり、手紙のやり取りだけでは足りませんわね。お会いしてお話ししたいこと、山ほどございますの。

 ……それから、休暇中は婚約者であるダクター・フィーラ・オーケスタ様とお会いできる貴重な時間でもありますわね。

 ダクター様は私の婚約者。でも、身分違いの婚約ですわ。何といってもダクター様は王族。そして一方、私の家……フォルテシア家は所詮、成金貴族ですのよ。

 フォルテシア家が貴族になったのは、私が幼い頃。お父様がお様の事業を引き継いで大当たりして、そのお金で爵位を買いましたの。

 生粋の貴族でもない娘が王子と婚約なんて、と顔をしかめる貴族も多いですわ。……まあ、誰が口を出すまでも無く、こんなものは愛の無い政略結婚ですわね。ええ、私も重々承知の上ですわ。けれど、ダクター様もこの婚約には乗り気でらっしゃるの。私ではなく私の家の財力が魅力的だと思ったにせよ、王子の方から私をめて婚約の申し出をなさったのがこの婚約のきっかけよ。

 財政が傾きかけている王家はフォルテシア家の財力が欲しいのでしょうね。そしてフォルテシア家は王家との婚姻によって成金貴族の地位を脱却。これはどちらにとっても旨味のある結婚ですの。

 そしてこの婚約は実態がどうであれ、表面上は王子自らが望んだ婚約ですから、周りが何を言おうが盤石! フォルテシア家の繁栄は間違いないものなのですわ!

 ……というのは置いておいて。


「屋敷が燃えていますわ」

 ……帰省したら、屋敷が燃えてましたわ。

 ええ。屋敷が、燃えてますのよ!

 燃えてますわ。めっちゃ燃えてますわ。屋敷って燃えるんですのねえ……いえ、燃やせば大抵のものは燃えるわけですけれど、それにしても、屋敷が、燃え……まるで現実味がありませんわ。

 自分の育った家、家族との団欒の場、数々の思い出と財産の保管場所である屋敷が燃えている、というのは、あまりにも、現実味がありませんのよ。

 私の家族は、どうしたのかしら。お父様もお母様も、おそらくお兄様も、屋敷にいらっしゃったはずよ。その屋敷が燃えている、ということは……いえ、私の家族が死ぬはずありませんわ。こんなことで死ぬはずありませんの。家族の無事を信じて……でも、財産は間違いなく致命傷、ですわ。

 ……そして、まるで現実を呑み込めていない私に追い打ちをかけるように、王家の兵士達が近づいて参りましたの。どう見ても、『ダクター王子の婚約者を助けるため駆けつけた』というようには、見えませんわ。

 私が警戒していると……兵士達は、冷たい顔を私に向けて、言いましたのよ。

「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア。貴様には第七王子ダクター・フィーラ・オーケスタ殿下暗殺未遂の容疑が掛かっている。城まで同行してもらう」


 はい。ということで、私、そのまま王城まで連れていかれましたわ。そうしてあれよあれよという間に玉座の間へと引き立てられて参りましたの。

 玉座の間には人がたくさんいますわね。私の婚約者である第七王子ダクター様と、私の義父となるはずの国王陛下。若くして貴族院の総裁となったクリス・ベイ・クラリノ様。……後は、無能な貴族がたくさんと、私に槍を向けている兵士がたくさん、ですわね。

「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア! この度はよくも、ダクターを殺そうとしてくれたな!」

 そして、国王陛下が早速、声を張り上げましたわ。でも、ここでそれを受け入れるわけには参りませんのよ。兵士の槍にも怯まず、私、弁明しますわ。

「お言葉ながら、陛下。それは誤解でございます。誓ってそのようなことはしておりません」

「とぼけるな! 貴様がダクターに贈った香水瓶! そこから強い毒が検出されたのだぞ!」

 国王陛下は兵士の一人に香水瓶を持ってこさせていますけれど……見覚えのない瓶ですわ。細工を見ても、安物ですわね。こんな安物、この私が婚約者に贈るはずがなくってよ。

「陛下。私がダクター様の今年のお誕生日にお贈りしたものは、白金象嵌の万年筆でしたわ。そのような香水瓶をお贈りしたことはございませんの。ねえ、そうでしょう? ダクター様」

 一応、一応ですけれど、ダクター様にも確認を取りますわ。私、彼の婚約者として、節目節目のお祝いの品を欠かしたことはございませんのよ。愛の無い政略結婚を維持するためでもありますし……愛の無い政略結婚の中でも愛や思いやりを育む余地はあると思いましたもの。ですから、品の選定に手を抜いたこともございませんの。何をお贈りしたかも覚えていますわ。

 ……でも。

「い、いや! 今年、贈られたのはこの香水瓶だ! 間違いない!」

 ……ダクター様は噓をついて、国王陛下の側に、つきましたのよ。


 私、不覚ながらちょっぴり呆然としてしまいましたわ。

 ええ、空しいものですわね。私、王子の妻として隣に立つために十分な能力を磨いてきたつもりですわ。そして何より、ダクター様とのやり取りに手を抜いたこともありませんでしたの。愛し愛される努力を怠ったことは、ありませんでしたわ。本当に。

 ……それでも、裏切られるんですのねえ。こんなに、あっさりと。

「そういうことだ、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ! おお、なんと嘆かわしいことだ! まさか、婚約者を殺そうとするとは! やはり、フォルテシアのような新興貴族を王子の婚約者にするのは間違っていたか……」

 まるで意味の分からないことに、国王陛下は大仰に嘆く様子をお見せになられていますし、貴族達はひそひそと『これだから尊い血の流れていない成金は』だの『やはり新興貴族などに貴族面をさせてはいけないな』だの、好き勝手言っておられますわね。

 そしてダクター様は愛しい婚約者である私が濡れ衣を着せられているというのに、まるで反論しませんわ。まごまごしながら適当に相槌を打っているばかりですわ。……まあ、庇ってくれるなんて期待はしていませんけれど。

「静粛に! ……大罪人、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ! 王族暗殺未遂の罪で、お前を国外追放とする!」

 裁判も無しに私の処分が決まりましたわ。法治国家の名が泣きますわね。ふざけてましてよ。

「陛下、お待ちください」

 ……と思ったら、声が上がりましたわ。

 進み出てきたのは、金髪に碧眼、そして高い身長に引き締まった体躯の男性。……貴族院総裁のクリス・ベイ・クラリノ様ですわね。

 クリス様は新興貴族を嫌う貴族院の総裁ですけれど、上流貴族にしては珍しく、能力の高いお方であられますのよ。

「ふむ、クリス・ベイ・クラリノ。どうした」

 クリス様の登場に、場がざわめきますわね。私、ちょっぴり期待して、クリス様の発言を待ちますわ。……そして。

「それでは民に示しがつきません。尊い王族を狙ったこの蛮行に相応しいのは、死のみかと」

 クリス様は、そう、はっきり言いましたわね!

 アーッ! 裏切られましたわ! 見事に期待を裏切られましたわーッ! 減刑嘆願かと思ったら逆ですわ! こいつ、こいつ……国外追放に飽き足らず、死刑を! 重ねてきましたわーッ!

「成程、確かにそうだな。死刑こそが相応しい!」

「貴い血筋でもない者が貴族を名乗った天罰だ」

「新興貴族はやはり信用できないな!」

 ……ああ、クリス・ベイ・クラリノのとんでもない進言と、それに賛同して頷く貴族の面々。『ざまあみろ』と言わんばかりの、下卑た好奇の目……すべては仕組まれたことで、筋書き通り、なのでしょうね。

 つまり、ここは劇場。私が贈ったことにされている香水瓶も、証拠などではなくて、所詮は舞台の小道具。ここの貴族達は皆、新興貴族であるフォルテシア家を良く思っていない、歴史と血だけが取り柄の貴族達。彼らによって私は、罪人役を演じるように仕向けられた、ということ。

 ……そう! 私は、陰謀に巻き込まれたのですわ!


 この陰謀の目的はただ一つ。『フォルテシア家に冤罪を掛けて取り潰すこと』。

 フォルテシアを犠牲にするだけで、フォルテシアが所有していた財産をすべて没収して国庫に入れることができますし、『成り上がりの新興貴族』が気に食わない貴族達のご機嫌取りもできますわね。ホント法治国家の名が泣きますわよ。

 ……ああ愚かですこと。こんなことをするくらいなら、私と王子の婚約を進めたのかしら。

 そもそもこの婚約自体、王家の恥でしたわね。『金しかないが金だけはある』フォルテシア家と王家との婚姻。これは事実上の、『名誉をくれてやるから金を寄越せ』という王家からの援助要請でしたもの。

 そう。この国、財政が傾きかけていますの。埃をかぶった血と歴史しか持ち合わせていない無能な貴族達が浪費するだけ浪費して、全く生産しないものですからね!

 だからこそ……新興貴族として。新たにこの国を牽引し、より良い方へ導くための力として、フォルテシア家は王家との婚約を受け入れたのですわ。

 この腐った国を、それでも良くしようと。王家がフォルテシアの財産に寄生しようとしていることは分かった上で、それを利用してくやって、この国をより良く、と。

 ……それなのに。

「ねえ、ダクター様。あなた、私との婚約を覚えてらっしゃって?」

「ああ、覚えているとも! だから……僕、ダクター・フィーラ・オーケスタは、大罪人ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアとの婚約を破棄する! 異論は無いな!」

 そう、ダクター様は仰いましたのよ。

 ……それを聞いた途端、私の中で何かがプッツンいきましてよ。


「ええ! 異論はございませんわね!」

 私を取り押さえようとした兵士のみぞおちに靴のヒールを叩き込んで、私はその場に立ちましたわ。ごめんあそばせ。もうこうべを垂れてやる義理は無くってよ! そして文句を垂れるのを我慢してやる義理もございませんわ!

「あなたが私の救いの手を振り払うというのであれば、私も異論はございませんわ! この、自分の脳みそで物事を考えられない人形!」

 私がそう言ってやれば、ダクター様は随分と衝撃を受けたお顔をされてらっしゃいますわねえ! それもそのはず、私、今まで只々ダクター様に尽くす令嬢でしたもの。こんなお行儀の悪いことはしたことがなくってよ! でも私、お行儀の悪いことができないわけじゃーありませんのよッ!

「す、救いの手? 木偶人形……?」

「ええ、実に滑稽な木偶人形ですわ! 国王もあなたも、ここにいる腐れ貴族の野郎共も!」

 会場をぐるりと一周、見回してやりますわ。ここにいる連中の顔を全部覚えてやりましてよ。

「今まで散々見下して馬鹿にしてきた新興貴族に縋り付くしか金策が取れなくて、しかもそれさえも投げ捨てるおつもりなんですもの! これで上手くやったおつもりかしら?」

 腐れ貴族共がどよめいていますわね。ついでに文句も喚き始めましたけれど、ええ、豚みたいに喚いてりゃよくってよ。所詮こいつらは豚ってことですわ。

「貴様、無礼だぞ! 大罪を犯した上、このようにこの国を侮辱するとは!」

 唯一、まともに人間の言葉を喋ったのは、クリス・ベイ・クラリノですわ。貴族院総裁ともなれば、人間の言葉が喋れますのねえ。

「お黙りなさいな。……クリス・ベイ・クラリノ。あなたなら、もうちょっとは上手くやる能力があったでしょうに」

 けれども、私が心の底からの『がっかり』を込めて睨んでやったら、クリスの青い瞳が動揺に揺れましたわね。

 ……ええ。正直、ダクター様より、クリスの方がガッカリですのよ。

 ダクター様は父王の判断に従うしかありませんけれど、クリスは自分で貴族院を動かせる立場。そして能力も十分にあったでしょうに……賢くない奴は、私、嫌いよ。

「わざわざこんなつまらないやり方を取るなんて。随分とがっかりさせてくださいましたわね。フォルテシアから金を巻き上げるにしても、もうちょっと上手くおやりなさいな」

 若く麗しい貴族院総裁殿に苦言を呈してやったなら、もう、私が言うべきことはそう多くありませんわね。

「ねえ、ダクター様」

 ですから私、最後にダクター様に向き直りますわ。愛し愛される努力を積み重ねてきた婚約者は、私の視線を受けて、明らかにビビッてやがりますけれど。

 ……ええ。私、もう後戻りはできなくってよ。でも構わないわ。所詮フォルテシア家は成金貴族。そして私はもう家を無くした没落秒読み令嬢ですものね!

 ならば、安い芝居の料金にフォルテシアの財産と私の命を持っていこうとするような銭ゲバ野郎共に遠慮は不要ですわ! たとえそれが原因でマジモンの没落令嬢になったとしても!


「ねえ、ダクター様。私とダクター様との婚約は所詮、政略結婚。愛なんて無いと、承知の上です。けれどそこに『政略』があったことは確かな事実。……この婚約破棄、高くつきましてよ」

 ダクター様はたじろぎますわねえ。大事に囲われて育てられた王子様だもの。こうして真っ向から誰かに敵意をぶつけられることなんて初めてなのでしょうね。自分が敵意を振りまくことはするくせに随分と甘ったれですこと!

「ねえ、ダクター様? もう一度、仰ってくださいな。『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアとの婚約を破棄することにより、王家は破滅の道を歩むことを選ぶ』と!」

 だからちょっと脅かしてやろうと思ってそう言ってみたら、面白いほど怯みますのね。流石さすがは根性無しの金魚の糞と名高い第七王子ですわ。クソ野郎の名に相応しいビビりっぷりでしてよ!

「ダクターよ! 所詮は逆賊の苦し紛れの捨て台詞ぜりふだ! 動揺するな!」

 あまりに威厳の無い息子の姿に何か思ったか、国王が口をはさんできましたわねえ。もう、それすらしくって仕方がありませんけれど。

「な、何度でも言おう! 僕はヴァイオリア・ニコ・フォルテシアとの婚約を破棄する! 僕を殺そうとする賊などと婚姻を結ぶことなんてできない!」

 そうしてダクター様は、ビビりながらも国王や貴族達に後押しされて、立派に二度目の婚約破棄を宣言しましたわ。……これが最後のチャンスだったとも、気づかずに。