私はミューラ・カーフェス。

 コーネリアス大統領の新米秘書官を務めている女だ。

 今日は三大国代表会談に参加するため、ヴェフェルド王国の地に降り立った。

 言うまでもなく、これはバージニア帝国の未来を左右する重要な会談。自国の未来を背負う者の一人として、気持ちを入れて参加しようと考えていた。

 なぜならば、それこそが私の使命だから。

 遊びも恋愛も興味はない。

 友人も恋人もいらない。

 各国の情勢が揺らいでいる今、そんなものに現を抜かしているほうがおかしいからだ。

 だから幼少期より必死になって勉強してきたし、両親もそんな私に大きな期待を寄せている。いつかは大統領の座について、多くの功績を残してほしいと。

 ゆえに――私はその期待に応えなければならない。

 帝国ではまだ女性が大統領の地位を獲得したことはないが、私ならできる。

 いや、それこそが私の使命なのだ。

 今日の会談はきっと、帝国の未来を左右する重要な位置づけとなるだろう。

 私も大統領を精一杯サポートし、自国の発展に貢献していきたいと考えたのだが――。

 その会談室にて、なんとテロリストが姿を現した。

 しかも彼らは、帝国で悪名高い《帝国神聖党》。

 当然、連中は真っ先にコーネリアス大統領を狙ってきた。その傍に控えていた私もまた、大統領への攻撃に巻き込まれるはずだった。

 魔導銃の口をこちらに向けられた時、死を覚悟した。

 けれど。


 ――――危ない! 逃げろ!


 ふいにそんな声が響き渡って、ある方が私を守ってくれた。

 ヴェフェルド王国の第五王子、エスメラルダ・ディア・ヴェフェルド。

 その時胸がキュンと高鳴った感覚を、私は一生忘れないだろう。

 あのたくましい身体つきに、ちょっと悪そうな表情。それでいて心根はとても優しくて、身を挺してまで私を守ってくれた。

 この気持ちはなんだろう。

 男に興味を持ってはいけないはずなのに、どうして私は彼を凝視してしまうのだろう。

 奇妙な点はそれだけではない。

 エスメラルダもやはり男なので、さりげなく私の胸に視線を向けていた。

 いつもなら、ここは嫌悪感を抱く場面だ。

 本当に男というのは汚らわしい。

 初対面の女に興味を持つなんて心底気持ち悪いと、普段なら思っていたはずだが――。

 なぜだか、彼にはもっと見てほしいと思ってしまった。

 むしろ彼の手で、私のおっぱいに触れてほしいとさえ考えるようになっていた。それどころか、そのたくましい両腕で抱きしめられて、いい子いい子されることも……。

 はっ、いけないいけない。

 私はなんてしょうもないことを考えているのだ。

 いい大人が〝いい子いい子されたい〟なんて、その考えこそが汚らわしい。そんな考えは捨てなくては。

 テロリストが現れたことで、会場は危険地帯へと化した。


 ――さっさと逃げろ。死にたくはあるまい――


 私はエスメラルダに言われるがまま、クローフェ女王に従って会場から避難した。

 おかげで安全な場所へと身を移すことができたものの……果たしてこれでいいのかと思い始めた。

 だって、彼は今でも私たちのために戦ってくれている。

 本当はバージニア帝国の問題であるはずなのに、みずから犠牲になってくれている。

 それを放っておくことなど、どうしてできるだろうか。

「その心配そうな表情……。あなたのお気持ち、とてもとてもとてもとてもとてもわかります」

 別室で避難していると、クローフェ女王が急にそう話しかけてきた。

「はい……? どういうことでしょうか?」

「あなたもまた、エスメラルダ様が心配なのですよね。顔に出ていらっしゃいますよ」

「な、なにを……。そんなわけないじゃないですか」

「ふふ、強がることはありません。エスメラルダ様も、あなたには多少なりとも好意を抱いてそうでしたし――少しだけなら、エスメラルダ様を見守ってもいいのではないでしょうか」

 は? なにを言っているんだこの女王は。

 戦場へ戻るのを許可するって、正気の沙汰ではないが……。

「女王として、こんな軽率なことを言えるものではありませんが……同じ女として、気持ちはわかるのです。あとはあなたにお任せしますよ」

「わ、わかりました……」

 なのに、どうしてだろう。

 戻ってはならない。

 戦場に行ってもなんのメリットにもならないし、むしろ足手まといにしかならない。

 それはわかっているはずなのに、私の足は勝手に会談室へ向かっていた。

 本当に調子が狂う。

 どうしてこんなにも、彼のことを考えてしまうのだろう。


 そうして私は現在、彼の戦いを遠くで見つめているのだが――。

 やばい。

 やばすぎる。

 バージニア帝国でもまったく手をつけられなかったザレックス・エフォートと、彼は互角以上の戦いを繰り広げているのだ。

 エスメラルダ様が剣を振るうだけで衝撃波が発生し。

 エスメラルダ様が気合いを入れるだけで地震が発生する。

 正直なところ、戦車同士の戦いよりも激しい光景が、目の前に広がっていた。

 彼は巷で「無能王子」「怠惰者」などと言われているが、そんなことは全然ない。むしろかっこよくて優しい、本物の男なんじゃないか……。

 そう思うようになっていた。

 もっと傍で、彼を見たい。

 もっと彼の近くに行きたい。

 そんな気持ちがたかぶるあまり、さすがに出すぎた行動をしてしまったかもしれない。もっと近くで彼が見たくなって、じりじりと戦場へと近づいて行ってしまったのだ。

 ――それが仇になった。

 ズドォォォォォォオオン! と。

 ザレックスの放った剣撃によって、こちらへと衝撃波が放出され。

 私の真上にある、シャンデリアを吊るしている金具が破壊されてしまったのだ。

「あ…………」

 あと数秒もすれば、シャンデリアが私の身体を押しつぶすだろう。

 それでも――私は動けなかった。

 完全に腰が引けてしまって、次の行動がとれなかった。

 情けない話だ。

 自国の繁栄のため、今まで必死に勉強してきたのに。

 せっかく、二十にして大統領秘書官という地位についたのに。

 私の人生は、ここまでか……!

 そう思ってぎゅっと目を閉じた時――。

 ふわり。

 再び優しい感触が私を包み込んで、思わず目を見開いてしまった。

 そう。

 あのエスメラルダ様が、また私を抱きかかえていたのだ。

 もちろんシャンデリアとは離れた位置に着地なさったので、私にもエスメラルダ様にも傷はない。

「おい、無事か……!?

 慌てたようにそう聞いてくるエスメラルダ様。

 まさか私の身を案じてくださっているのだろうか。

「は、はい……。なんとか無事です……」

 胸の高鳴りがやばすぎて、そっちのほうは無事ではなかったけど。

 そう答えた私に、エスメラルダ様は心なしか安堵したご様子だった。

「まったく……。逃げろと言っていたはずなんだがな」

「すみません。私ったら、とんだご迷惑を……」

「仕方ない。そこで待ってろ、すぐに決着をつけてくる」

「…………」

 やばい。やばいやばいやばいやばい。

 かっこいい。

 かっこよすぎる。

 やっぱり私の胸に視線がいっているが、むしろそれが嬉しかった。そのたくましい手で、私の身体を触ってほしかった。

 けれどやはり、今はそれが許される状況ではない。

 そのことが、私の胸をぎゅうと締め付けるのだった。

「――ばぶばぶ」

「は?」

「ばぶなぶばぶ」

「な、なにをしてるんだいきなり」

 頭がぐちゃぐちゃになって急に抱き着いてしまったが、これも初めてのことだった。今まで男性を好きになったことはなかったのに、彼だけは違った。

「とにかく、ここは危険だ。どこでもいいから、適当なところに隠れていろ」

「はい、もちろんでしゅ、大好きなパパ……!」

 いつしか私は、彼の従順なる下僕になっていた。