14
私――ローフェミア・ミュ・アウストリアにとって、目前で繰り広げられている激闘は文字通り異次元だった。
伝説上の生き物、ブラッドデスドラゴン。
そして親愛なる王子殿下、エスメラルダ・ディア・ヴェフェルド様。
超速で動き回る両者を私は視認することができず、改めて自分の力不足を思い知らされた。本当は加勢しにいきたいが、自分では足手まといになってしまう。
だからこうして遠間から、
「頑張って、エスメラルダ様!」
と応援することしかできなかった。
ここまで距離が離れてしまっていては、支援魔法などで援護することも難しいだろう。
理屈ではわかっているのだ。
ブラッドデスドラゴンはあまりにも強い。
ここに残るよりも、とっとと身を隠したほうが絶対に安全だと。
けれど。
――気にするな。ブラッドデスドラゴンくらい、俺ひとりで倒してやるよ。おまえらエルフのためにな――
あのエスメラルダ様は、私たちエルフのために命を賭けて戦ってくれている。
考えてみれば、彼がブラッドデスドラゴンと戦うメリットなんてないはずなのに。
むしろこのままでは、彼が危険に晒されてしまう可能性が高いはずなのに。
それでも
だから私も、腹を
「えっ……?」
エスメラルダ様はなんと、伝説上の怪物とされるブラッドデスドラゴン二体を
それはまるで、ブラッドデスドラゴンが次にどんな動きをするのかが完璧にわかっているかのように。
それはまるで、ブラッドデスドラゴンがどんな攻撃を弱点としているのかがわかっているかのように。
エスメラルダ様は必要最小限の動きで敵の攻撃を避けて、的確な反撃をドラゴンに見舞っている。
本当にすごい。
私たちエルフが束になっても苦戦するブラッドデスドラゴン二体と、互角以上に渡り合うなんて。
スタミナが切れつつあるのか、ブラッドデスドラゴンの動きは徐々に鈍りつつある。
反してエスメラルダ様はまだまだ余裕そうなので、このままいけばエスメラルダ様の勝利か……?
「おらぁぁああああ!」
「ギュアアアアアアア!!」
エスメラルダ様が見舞った
残るはもう一体のみ。
私もこの調子ならきっと勝てると思った、次の瞬間だった。
「すごいお兄ちゃん、ほんとに倒しちゃったよ!」
なんとパーティー会場の扉から、エルフの子どもが飛び出してきたのである。
たしかいたずら好きの子で、名前をレルベンといったはずだ。
「あ…………!」
私は思わず
まずい。
レルベンが現れた位置は、ブラッドデスドラゴンのすぐ傍。
このままでは……!
「グオ…………?」
そして知能の高いブラッドデスドラゴンが、この好機を逃すはずもなかった。
「え、あっ……!」
「グオオオオオオオ……!」
その場で尻餅をつくレルベンに向けて、その大きな口を開き始めるブラッドデスドラゴン。エスメラルダ様の心優しさを狙って、動揺を狙ったのだろう。
「…………っ」
いったいなにを思ったのだろう、エスメラルダ様は一瞬だけ魔剣に視線を向けた。
だがこのままでは間に合わないと判断したか、なんとブラッドデスドラゴンへ突撃していくではないか。
今まで絶対に当たるまいと攻撃を避け続けてきた火炎放射へ、みずから突っ込んでいく。
「エ、エスメラルダ様――っ!」
気づいたとき、私は絶叫をあげていた。
世界最強のエスメラルダ様が死ぬとは思えない。
いつも私たちを導いてくださるエスメラルダ様が、誰かに負けるとは思えない。
けれど――それでも、嫌な予感を抱かずにいられなかった。
エスメラルダ様は、死ぬ気だ…………!!
数秒後。
「へっ…………セコい真似してくれんじゃねえかよ、クソモンスターがよ……」
レルベンを強く抱きしめていたエスメラルダ様は、黒煙のなかでいつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。
けれど、身体のほうはまったく無事じゃない。
その全身はブルブルと震えてしまっているし、身体の各所が傷だらけ。上述の不敵な笑みにも、どこかぎこちなさがあった。
「おい、無事かよガキ……」
「う、うん、うん……!」
胸のなかで泣きじゃくる子どもを見て、エスメラルダ様がふっと笑みを浮かべる。
「ならよかった。――せめておまえだけは、無事に生きて帰れ」
エスメラルダ様は震える手で、隙の生じたブラッドデスドラゴンに光魔法を打ちこむ。
それは上級魔法の《
対象者に向けて、数え尽くせないほどの光の聖剣を突き刺していく高威力の魔法だ。
いくら強敵たるブラッドデスドラゴンであろうとも、ここまでの戦いで疲弊した今、さすがに致命傷は免れないだろう。
「ギュアアアアアアアア……!」
という悲鳴をあげて、二体目のブラッドデスドラゴンも地面に伏せた。
でも――私はまったく勝利の喜びを味わえなかった。
「エスメラルダ様! エスメラルダ様ぁ――――!」
そのままがっくりと意識をなくしたエスメラルダ様に、私は全力で駆け寄っていった。