5
一方その頃。
ヴェフェルド王国の第一王女――ユリシア・リィ・ヴェフェルドは、寝室のベッドのなかでうなされていた。
――クックック……俺は知っているぞ。姉上が胸のなかに抱いている、誰にも言っていない秘密を。胸だけにな。クックック……――
――私は知っているぞ。姉上はうまいこと外面を保っているが、しかしその胸は欺瞞で取り繕われていることを!――
――だが、まだ決定的なことは言わないでおいてやる。この秘密が公になったとき……姉上は姉上のままでいられなくなる。それだけ秘匿性の高い情報だからな――
あの時兵士が言わされていた言葉を、いまだに忘れることができない。
エスメラルダはいったい、今後なにをするつもりなのか。
そしてそもそも、彼は何をどこまで知っているのか。
ユリシアが主導となってエルフを攫っていること、裏で第三師団と手を組んでいること、そしてこれが玉座に座るための〝とっておきの切り札〟になっていること。
それらすべてを知っているのだとしたら、さすがにまずいことになる。
エルフは人間と比べて魔力が格段に高いため、その血を原料にして秘薬を服用すれば、エルフと同格の魔力を手に入れることができる……。
ユリシアがそんな情報を仕入れたのは、古くから王城に眠る書物からだ。
最初は半信半疑だったが、試しにエルフを攫わせて秘薬を飲んでみたところ、たしかに自分の魔力が劇的に高まった。
ユリシアは元来まったく魔法を扱えないにもかかわらず、中級魔術師とひけを取らないほどの力を手に入れたのだ。
これを大勢の兵士に飲ませれば――国力をより増強することができる。
以前から侵略を目論んでいた他国も容易に制圧できるだろうし、自分に対する評価もうなぎ
これまで極秘裏に集めてきた情報から、その国の《正確な戦力》はだいたい推察できている。
あとは適当な理由をでっちあげて侵略を開始し、その領土をヴェフェルド王国のものとすることができれば、ユリシアの支持は激増。王権争いにも勝利し、多くの人民を束ねる王として世界を支配できるだろう。
だが――もちろん、この作戦は公にはできない。
エルフを犠牲にして国力を増強するなど、国際世論の
そして当然……ユリシアの地位も
国王はなんとなくユリシアの策に気づいているのか、エルフ王国からの抗議を今のところはスルーしてくれているが……しかしそれさえも不可能なほどに世論の声が高まってしまえば、さすがに味方をしてくれなくなるだろう。
国王もなかなかに冷酷な男だ。
ユリシアの策が、ヴェフェルド王国の利になると考えているうちは協力してくれる。
しかしそうでないと判断したならば、なんの
だからユリシアとしても、この作戦を秘密裏に進めないといけないのに――。
コンコン、と。
扉が叩かれる音がして、ユリシアは顔をあげた。
「執事のハマスです。お開けしてもよろしいでしょうか」
「……いいわよ」
「ありがとうございます」
そんな声とともに姿を現したのは、老年の執事ハマス。
ユリシアにとって、気を許すことのできる数少ない相手だった。
「……で、どう? 調査の結果は」
「おりませんね。剣帝ミルア殿との稽古以来、エスメラルダ王子殿下は姿をくらましております」
「そう……」
困った。
つい最近まで、何もやる気のない無能男だったのに。
王権争いの脅威としてまったく感じないくらい、視界にも入っていない男だったのに。
急にこんなに厄介な相手になるなんて、想定外にもほどがある。
彼はなにを知っているのか。
彼はなにを企んでいるのか。
剣帝より強くなったのは本当なのか。
よもやエルフと手を組み始めているのか。
本心では
考えれば考えるほどドツボにはまってしまい、なにもわからなくなっていた。
もしかすると最近まで無能王子と呼ばれていたことさえ、計略のうちだったというのか。だとしたらさすがに勝ち目がなさすぎる……。
「それから王女殿下、大変申し上げにくいのですが……」
そんなふうに思い悩んでいると、再び執事のハマスが口を開いた。
「エルフ王国に潜ませていた五人の兵士たちとの連絡が、取れなくなっています」
「な、なんですって……!?」
思わず目を見開くユリシア。
「グルボアは!? グルボアはどうしたの!? まさか……」
「ええ。同じく、音信不通の状態です」
「そんな……」
――第三偵察隊隊長、グルボア・ヴァルリオ。
彼には特例として、エルフの秘薬のさらに上位にあたる、身体能力をも高まる薬を与えていた。
これもまた古書に書かれていた製造方法で試したところ、うまく成功した形である。
はっきり言ってしまえば、師団長が束になっても勝てないほどの力を手にしていたのに――。
まさかそんな彼でさえ、やられてしまったというのか……!!
「ハマス。これもエスメラルダの仕業だと思う?」
「……そうですね。確証は持てませんが、その可能性は高いと見ています」
「く…………!!」
まずい。これは非常にまずい。
このまま彼を放っておけば、玉座に座るどころか、自分自身の地位が
「ハマス……悪いけど、一人にさせて……」
「かしこまりました」
その後、ひとりでめちゃくちゃ泣いた。