「あれが、第五王子……」

「なぜこんなところに……」

 そして側近のエルフたちも、俺を見てはヒソヒソ話を繰り広げているな。

 さすがに悪口までは発していないようだが、エルフに嫌われまくっている人間のなかで、さらに嫌われ者の悪役王子だからな。悪い意味で注目を浴びるのも無理はない。

 だが――ここでくじけているようでは真の悪役にはなれない。

 たとえ嫌われているとしても、エルフたちの心をしようあくしてこそ本当の悪役王子といえるだろう。

「お母様、疑う気持ちはわかります。でもエスメラルダ様はすっごい良い人だから、どうか信じて……!」

「…………」

 ローフェミアにこんがんされて、クローフェ女王は一瞬だけ押し黙ると、

「ええ、そうですね」

 と言って頷いた。

「ローフェミアが強い信頼を置いているようですから、私もそこまで邪険にするつもりはありません。またエスメラルダ王太子も、この度は娘をお助けくださりありがとうございました」

 そう言って、小さく頭を下げるクローフェ女王。

 これまでの経緯については、すでにローフェミアが簡単に話してくれていた。

「ですが」

 女王クローフェの厳しい視線が、ひたとこちらに向けられる。

「三十。これが何の数を意味するかわかりますか?」

「…………」

「これまで連れ去られたエルフの数です。私たちも以前からヴェフェルド国王に異議を唱えてきましたが、しかし状況は一向に進展しておりません。国際社会に訴えても、与太話に過ぎないと一笑に付すばかりで……各国に根回しでもしているのでしょうか?」

「…………」

「さらには、こうしてローフェミアまでもが攫われかけたのです。エスメラルダ王太子には感謝しておりますが、人を嫌うエルフがいることもまた、仕方のないことではないでしょうか」

 ……まあ、やっぱり相当嫌われているな。

 大勢のエルフが迫害されているわけだし、対外的にも政治的にも、女王が人間を迎合できるわけがない。

 想定の範囲内とはいえ、面白くない展開だよな。

「ですから……申し訳ございませんが、ここでお引き取りください。今の状態で、あなたたち人間とお話しできることはありません」

 そう冷たく言い放つクローフェ女王。

 当然、このままではエルフ王国を自由に動き回ることなど到底不可能。

 悪のおっぱい王国を築くことも夢のまた夢だろう。

 しかし、俺は真なる悪役を目指す者。

 良識を持つ者なら引き下がる場面だろうが、ここで退散するつもりはない。

 周囲の気配を探ってみると、第三師団と思わしき怪しい気配があるからな。

 今か今かと次なるエルフを攫おうとしているようだが、ククク……エルフ王国に取り入るために、おまえらを使わせてもらうぞ。

「クローフェ女王。まずはあなたの心労、お察しします。私が言えたことではないですが、人に不信感を抱きつつも私を招き入れてくれたこと、心より感謝します」

 開口一番、俺はまず女王に同調を示す。

 当然こちらにも言いたいことは山ほどあるが、それだけに捉われてはいけない。

 自分の意見を抑えてでも、まずは相手の感情を尊重する――。この場を切り抜けるには、それが最適解だろう。

 クソ上司にいびられ続けてきた経験が、こんなところで活かされるとはな。

 クックック……今生こそは俺自身の意見を押し通させてもらうぞ。

「ひとつだけ言わせてもらうと、私も今のヴェフェルド国王にはへきえきしています。自身の利益を追うために、他者を蹴落とすこともいとわない……。そうした日々が嫌になった私が、無能呼ばわりされるまでそう時間はかかりませんでした」

「…………」

「ですから私が変えたいと思っているのですよ。汚い欲望にまみれてしまっている、今のヴェフェルド国王を」

 パチパチパチ。

 大真面目な話をしているにもかかわらず、剣帝ミルアが涙目で拍手をしている件について。

 おい、恥ずかしいからやめろ。

 ローフェミアも「さすがエスメラルダ様……!」と感動しているが、この二人はもう放っておこう。

「先にお伝えしておくと、エルフ誘拐を主導しているのはユリシア・リィ・ヴェフェルド第一王女です。私は関与しておりませんし、そもそも私とユリシアの仲は極めて険悪です」

「ええ、存じております」

 俺の言葉に、クローフェ女王はしゆこうして同意を示す。

「そうですね。私たちエルフを迫害しているのは、あくまで一部の人間だけ。エスメラルダ殿にまで冷たい態度を取るのは、普通なら筋違いかもしれません」

「そうですよ! エスメラルダ様は心の底から信じられるお方なんです!」

 ローフェミアが懸命に俺を擁護するが、

「しかしこれは〝ただの人間関係〟で終わる話ではありません。立派な外交問題なのです」

 しかしクローフェ女王は冷然とした態度を崩さない。

「私は聞いております。くだんのユリシア殿が、次期国王として最有力候補であるということを。そんな者をはやしているのもまた、人間たちであると」

「…………」

「立ち去りなさい。今はまだ、私たちは馴れ合うべき時期ではないのです」

「クックック……」

 ひとつ、いつでもラスボスのような風格を漂わせていて、多少のことでは動じない。

 ひとつ、己の信ずることは曲げず、たとえ権威者であろうと意見に呑み込まれない。

 たとえクローフェ女王から突き放されようとも、俺はただ、悪のおっぱい王国建設のためにまいしんするだけだ。

「かような状態には私も胸を痛めておりますが――だからこそ、食い止めなければならぬと思うのです。ユリシアが本当に次期国王になったら、エルフたちは今後どうなりますでしょうか」

「…………」

「私ひとりの手では、さすがにヴェフェルド王国をひっくり返すことはできますまい。しかしそこに、巨大国家のひとつたるエルフ王国が加われば……その状態を、変えられるかもしれないのですよ。そうではありませんか?」

「ふむ……」

 ふっふっふ。

 いい感じに気持ちが揺らいでいるようだな。

 クソ上司どもに感謝するのは癪だが、社畜時代の苦労も無駄ではなかった。

 俺が勤めていた会社はとにかく超絶ブラックで、訪問販売によってロットの駄菓子を売りつけるという内容だった。もちろん菓子店だけじゃなくて、一般家庭や幼稚園など、とにかく売上を出すために色んなところに出向かされたんだよな。

 もちろん、そう簡単に売れるもんじゃない。

 ネットで調べれば、他業者で買ったほうが安いと誰でもわかるからな。

 じゃあどうするのかというと――相手の感情を揺さぶっていくわけだ。

「……だから、あなたがユリシア第一王女を止めるということですか。自国へ反旗を翻すために」

「ええ……。そういうことです」

「しかし失礼ながら、あなたがた人間は加害者の立場。そう簡単に信じることはできかねますが……」

「はい。ごもっともです」

 よく考えればわかることだ。

 いくら変装させているといっても、第一王女たるローフェミアを直々に派遣させるなんてちゃんちゃらおかしい話。それで仮に捕らわれることになってしまったら、それこそ取り返しのつかないことになるからな。

 つまりは自国の王女を派遣せざるをえないほど、エルフ王国が追い詰められていたのだと推察できる。

 しかしそのローフェミアは、王城に辿り着くことさえできず、道中で兵士たちに襲われてしまった。王族が危険地帯に飛び込むなんて絶対に機密事項なのに、内部情報が漏れていたとしか思えないよな。

 要するに、ここエルフ王国には……。

「――こそこそしてねえで出てこいよ、カス野郎」

 俺はある空間に向けて、炎属性の魔法ファイアボールを放つ。

 威力そのものは取るに足らない魔法だが、俺の予測が正しければ――。

「うおっ…………!!

 果たして、その何もなかった空間から突如男が現れ、慌てた様子でファイアボールを避ける。

 むろん、エルフなどではない。

 正真正銘の軍服を身に着けた、どこからどう見ても第三師団の人間だ。

 ――やはり、ビンゴだったようだな。

 ユリシア率いる第三師団の連中は、エルフを攫うためにここに潜入していた。

 王権争いと同じで、陰でコソコソとしょうもねえ連中だな。

「え……!?

「いつの間に……!?

 クローフェ女王はもちろん、場を見守っていたエルフたちも驚きの声を発する。

「これがユリシア王女のやり方ですよ。自分の立場だけは絶対に汚すことなく、それでいて確実に利益を貪れるように、こそこそと裏で画策をしている……。ふん、まったくが出ますね」

「…………」

「クローフェ女王。私を信じるのが難しければ、それはそれで構いません。ですが個人的にユリシア王女は嫌いなんでね……ここは私たちに出しゃばらせてください」

「エ、エスメラルダ……」

 ――決まった。

 俺の株を上げるためにわざと第三師団を利用させてもらったんだが、クローフェ女王もすっかり感動してしまっているな。

「くっ……。エスメラルダ王子殿下、いったいなにを……! 我らはユリシア王女に頼まれた身ですよ!」

 兵士が驚いた様子で剣を構える。

「だからなんだよ。てめえらは王子たる俺に剣を向けんのか?」

「ぐ……!!

「まあ、今更命乞いしようたってそうは許さねえ。覚悟するんだな」

「こ、しやくな! 誰が命乞いなどするものか……!」

 なるほど、逃げるのではなく立ち向かうつもりか。

 ここには剣帝ミルアもいるし、普通に戦っても勝ち目はないはずなんだが――察するに、他にも大勢隠れているということだろう。

「ミルア、そしてローフェミア。おまえたちも俺を援護しろ」

「もちろんです! 剣帝ミルアの名にかけて、なにがなんでもこの場を切り抜けてみせます!」

「私も、どうかサポートはお任せください!!

 俺に呼びかけられ、ミルアは剣を、ローフェミアは杖を懐から取り出す。

 それぞれやる気充分なようだな。

「エスメラルダ殿下……私はやはり、あなたを誇りに思いますよ」

 しかもミルアに至っては、剣を構えながらも、俺にこうこつとした表情を向けていた。

「私はあなたに一生ついていきます。王子という立場に甘んじることなく、悪を正し正義をあらわす……。あなたこそが、エスメラルダ王子殿下こそが、この世界に必要なお方に違いありません」

「…………」

 ミルアはまた何か勘違いしているようだが、こいつはもう放っておこう。

 正義のために戦うつもりは毛頭ないし、あくまで俺は、悪のおっぱい王国を築きたいだけだけどな。

 使える手駒は最大限に使ったほうが、悪役っぽくてかっこいいというものだろう。

 ――かくして、俺たちと第三師団たちとの戦闘が始まるのだった。