エスメラルダが兵士たちを倒してから、約三時間後――。

 ユリシア第一王女は、エルフを取り逃がしたという兵士二名からの報告を受けていた。

「――え~、以上のことから」

 ぶほほほっ。

「エスメラルダ殿下は」

 ぶほほほほほっ。

「ユリシア王女殿下を目の仇にしている可能性が」

 ぶほほほほほほっ。

「非常に高く……」

 びっふぃ――っ。

「ま、待ちなさい!」

 いてもたってもいられず、ユリシアは屁をこき続けている兵士を制止した。

「いったいどういうつもりですか! 栄えある王城で、こんな――」

 ぶほほへへっほ!

 兵士たちが同時に特大のおならをあげ、ユリシアの怒声はかき消された。

 ヴェフェルド王城にある、ユリシア第一王女の私室。

 次期国王として一番有力な候補であることから、そこは他の王族と比べても豪勢な部屋だった。エスメラルダと比べれば部屋の大きさも二倍ほどあるし、清掃も細部まで行き届いている。天井に掛けられたシャンデリアも、ユリシアが腰かけているソファも、何気なく口につけているマグカップも、なにもかもがユリシアの気に入った高級品だけで揃えていた。

 そんな第一王女の聖地ともいえる場所で――。

 ぶっほるげっげるげるぼっぺっぱー!

 という、あまりにもでかすぎるおならが響き続けていた。

「…………ぐぬぬ、あなたたち」

「ち、違うんです王女様! なぜかエルフを逃がしてから、これが止まらなくなって……!」

 ぶほほほほほっ!

 という軽快な音を尻から響かせている割に、当の本人たちの表情は青ざめていた。

「臭い、臭いですわ……!」

 室内に充満する悪臭に、ユリシアは思わずハンカチで鼻を覆う。

 聞いたところによれば、エルフの一部は、厄介な洗脳魔法を扱うことができるらしい。

 この兵士たちには新たなエルフの確保を依頼していたし――おおかた、それに毒されたんだろう。

 おならの音もなんだか現実離れしているので、これが男たちに課せられた〝エルフからの仕返し〟ということか。

 それにしては仕返しの内容がかなり低俗だが。

「王女殿下、少しよろしいですか」

 そう話しかけてきたのは、ユリシア王女の隣に立つ老年の執事だった。

「エルフの洗脳も気がかりですが、彼らが〝エスメラルダ〟の名を出していたことも気になりますな。なにかよからぬことが起きていそうです」

「ええ……そうね」

 第五王子エスメラルダ・ディア・ヴェフェルド。

 正妃の息子ではなく、さらには剣や魔法の才能を一切持たない無能者。

 本来なら取るに足らない相手だが、たしかに嫌な予感がするのは否めない。

 なぜか剣帝ミルアからも厚く信頼されていたようだし、これは警戒していたほうが良さそうか。

 いくら王位継承の望みが薄いとはいえ、現国王の血を引いている以上、その可能性がないとは言いきれない。

 もし万一にでも、ユリシアが裏でエルフを攫っていたことを公表されてしまったら――。

 表では聖女を気取っている自分の本性が、周囲の人々にバレてしまったら――。

 それこそ、文字通り取り返しのつかないことになる。

 ある程度なら悪評の揉み消しも可能だが、今のうちにどうにかしないといけないか。

 ユリシアがそこまで考えた、次の瞬間だった。

「我が姉……ユリシアよ。俺はエスメラルダ・ディア・ヴェフェルド。ヴェフェルド王国の第五王子である」

 ふと兵士の一人が立ち上がり、そう言いだした。

「あ、あれ? ち、違います。これは自分が言いたいんじゃなくて……!」

 そして案の定、兵士は顔面真っ青の状態だった。

 これもまた、エルフにかけられた洗脳魔法だろうか。

 ということはやはり、エルフとエスメラルダは手を組んでいるということか……?

「クックック……俺は知っているぞ。姉上が胸のなかに抱いている、誰にも言っていない秘密を。胸だけにな。クックック……」

「な……!?

 その言葉に、ユリシアはぎょっと目を見開いた。

 まさか。

 この堂々とした言葉選び……まさかエスメラルダ、本当に自分の悪事を知っているのか……!?

「私は知っているぞ。姉上はうまいこと外面を保っているが、しかしその胸はまんつくろわれていることを!」

「ぐ…………!」

 なぜかユリシアの胸部を指さしてそう宣言する兵士に、ユリシアは内心、動揺が収まらない。

 この言い方。

 やはりエスメラルダは、自分が隠れてエルフを誘拐していることを知っている……!?

「だが――まだ決定的なことは言わないでおいてやる。この秘密が公になった時……姉上は姉上のままでいられなくなる。それだけとくせいの高い情報だからな」

「…………」

「しばらくは震えて待つがいい。まあ、降参するというのならそれでもいいがな」

「く……!!

「それじゃあな。可哀相だからこいつらの言語能力を奪うのもここまでだ。処分は姉上に任せる。――それではな」

 そう言って、ばたりとその場から崩れ落ちる兵士。

「…………」

 本来なら王女に対してあまりにも無礼な言動だったが、今のユリシアにはとがめることができなかった。

 第五王子、エスメラルダ・ディア・ヴェフェルド。

 あのやる気のなさそうな弟が、手の付けられない怪物に思えてきたからだ。