「これはユリシア王女殿下。いらしていたのですか」

 そう答えたのは剣帝ミルア。

「ええ。稽古にしてはいささか派手な音が聞こえたものですから、つい気になりまして」

「それは大変失礼しました」

 そう言ってぺこりと頭を下げる剣帝ミルア。

「実は、しばらく見ないうちにエスメラルダ殿下が急成長していらっしゃいまして……。なんとこの私から一本取ってみせたのですよ」

「はい……? エスメラルダが?」

 さすがにげんに思ったのか、片眉をぴくりと動かすユリシア。

 その際、俺には視線を向けようともしない。

 彼女が俺を――いや、次期国王の座を奪いかねない兄妹すべてを敵視していることがわかる反応だった。

「……ふふ、そうですか。そうして王家の者を気遣える懐の広さもまた、あなたが剣帝と呼ばれる所以ゆえんでもあるのでしょう」

「…………? いえ、気遣っているのではなく、本当にエスメラルダ殿下が……」

「それでは、私はこちらで失礼致します。ミルア殿も、接待に飽きましたらいつでも稽古を打ち切って結構ですので」

 そう言って小さくしやくをすると、やってきた扉の中へ引き返していくユリシア。

「…………」

 さすがに驚いたのか、ミルアもその扉を見つめたまま身じろぎもしない。

 言葉遣いこそ丁寧だったが、あからさまに俺へ悪意を放っていたからな。たしかゲームの設定でも血みどろの王権争いが起きているということだったから、そのあたりに起因しているのだろう。

 たしかにこの家庭環境では、エスメラルダの精神が崩壊してもおかしくはないな。

 第五王子だし正妃の子でもないし、そもそもからして国王の座につける可能性はほとんどない。

 なのにこんなクソしょうもない権力争いに巻き込まれて、周囲には味方が誰もいなくて……。

 怠惰な性格となってしまうのも、はっきり言って無理からぬことだろう。

「ふふふ……はははは……」

 だからこそ俺は、込み上げてくる笑いを止めることができない。

 暴虐の限りを尽くす、悪役王子エスメラルダ・ディア・ヴェフェルド。

 王族からも国民からも見放され、王位継承とも関係のない第五王子。

 言わば大きな〝権力〟を持つ一方、〝責任〟をほとんど持たない立場であるというわけだ。

 この環境であれば、望み通り好き勝手に生きていくことができるだろう。

 好きな時に起き、好きなものを食べ、気に入った女を傍に置き、欲しいものをほしいままに手にしていく生活。

 ああ、悪くないじゃないか。

 少なくとも前世のクソみたいな毎日と比べれば、もはや天国みたいなものだ。

 これを愉快と言わず、なんと言う。

「…………ん」

 そんなふうに一人で笑っていると、ふいにミルアに見つめられていることに気づいた。

「どうした。もう稽古は終わっただろう。さっさと帰ったらどうだ」

「いえ……。このような状況になってもなお、王子殿下は動揺する素振りさえ見せず……むしろたいぜんじやくとしておられると思いまして」

「は……?」

「私は思うのです。真の剣帝たる者、いついかなる時でも動じることなく、泰然自若としているべきであると。……さっきの剣捌きといい、エスメラルダ殿下は私をとうに超えているのやもしれません」

「なにを言っている。俺はただ――」

「ならばこそ、どうか見届けさせてほしいのです。私に隠れて特訓していたエスメラルダ殿下が、これからいったい何をなそうとしていらっしゃるのかを」

 なんだ。

 特訓なんかしてないってのに、こいつは何を言っているんだ。

 しかもなんだかミルアの奴、目を輝かせている始末だぞ。

 いつもはぼうじやくじんで、他人のことなんかまるで眼中にないとまで言われているのに。