月ヶ原家が治める地、清条国の城にて、部下の忍びである三九郎からの報告を受けていた月ヶ原家の次期当主である義晴は、報告にまとめられた書簡から顔を上げる。
「……他の村に比べて家の造りがおかしい、それに道が綺麗とな?」
「はい」
「俺は何故あの楚那村で米が豊作なのかを調べろと言ったのだがな」
義晴が見ていたのは楚那村に関する調査報告書だ。
近年の年貢は決して高いとは言えないが少なくもない量であるはずなのに、ある地域の村は安定して米を収穫出来ており必ず米を納めていることや、その米が大変美味であると城の中でも話が出るほどであったので何かあるのでは? と調べさせていたのである。
豊作の大本が農法の技術であるのならば他の地域の村にも広めて民を飢えさせることを減らせるのだ……が、それが禁止されている薬によるものであるならば取り締まらなければいけない。
なぜならば大抵のそういった薬は豊作をもたらした後に畑を駄目にする薬であることが多い。
特に今は戦時中であるため、もしかすると敵国がこういった方法で畑をつぶして兵糧を減らすといった策である可能性もなくはないのだ。
そうして行われた調査にて、その豊作の大本は農法を変えたことによる真っ当なものであり、その技術の伝来の始まりの地は楚那村であることが判明したのである。
義晴はすぐに楚那村を調査させたのだが……返ってきたのがこの結果であった。
「若、実はこの建物等の技術を持つ者は豊作を授けた人物と同じようなのです」
「建築も農業にも知識があるものが農民の中にいるだと? それはおかしい」
「えぇ、なので村の中にいる人間を調べたのですが……その知識の持ち主は村にはいませんでした」
「村には?」
「はい、楚那村には数年前に一人の子供が村の者に拾われたそうでして……奇妙な服を着ていた子なのですが大変賢い子であったと」
義晴は三九郎からの報告に黙って続けろと目で語れば、三九郎は別の紙を懐から出して渡す。
そこには〝天野宗助〟という名前の人物の調査結果が書いてあった。
「天野宗助と名乗った子供は山賊に襲われたのか、怪我をしていた所を村の者に発見されて村へ連れて来られ、怪我の治療後にそのまま村長が引き取り育てたそうなのですが、その恩に天野宗助は多くの知恵を村人に授けたそうです、ただ自身は村では暮らさず山に家を建てて暮らすようになったそうです」
「なぜだ?」
「……申し訳ありません、それ以上を聞くと村の者が一様に口を閉ざし警戒の色を見せたので詳しいことはわかりません」
三九郎があの村の者は全員で天野宗助を守ろうとしているように見えたと言えば義晴は頭をがりがりと掻き、天を仰ぎながら唸る。三九郎はいかがしましょうかと聞いた。
「それとあの村に商人として入り込むにはもう限界があります、ここ最近は儲けになり得るやもしれぬと様々な地から商人達が来ているようで村の者が怪しみだしました」
「余計な事を……天野宗助とやらは山にいるのだな?」
「はい、山に籠っては何かを作っているようです……最近では刀を作っている音が聞こえます」
「中は覗かなかったのか?」
三九郎は首を横に振り、実はと言いづらそうに訳を語る。
曰く三九郎だけでなく、他の忍びの部下が中に入ろうとすると天野宗助と親しい猟師の子がその度にこちらへ顔を向けてくるので家に入るに入れなかったのだ。
一度その視線を無視して家の天井裏に入った者がいたがずっと気配を追われ、終いには箒の柄で天井の板をついてきたのだという。
「……お前達、鼠と思われてないか?」
「……わかりません、しかし急にこちらへ顔を向けてくるので我々は肝を何度も冷やしました」
義晴は腕を摩る三九郎にそれは怖いなと苦笑いしつつも、その者がいなくなればいけるのではないか? と聞けば、その猟師の子は一度気配を察知すると天野宗助から離れず、その日は天野宗助の家に泊まってしまい帰らないのだとかで何度もあきらめる羽目になったという。
「ふむ、意外にも難敵だな……だがその者がいない日もあろう?」
「勿論離れている日も狙ったのですが……天野宗助と親しい村の娘が天井裏や軒下に鼠避けにと薬草を
「完全に鼠の扱いではないか!!」
義晴はあっはっはっはっ!! と腹を抱えて笑い転げ、その様子に三九郎は苦虫を噛み潰したような顔をする。
しばらくして笑いが治まってきたのか、ひぃひぃと息をしながら座りなおす義晴に三九郎は話を戻すように咳払いして、もう一度どうするのかと聞いた。
「はっきりと言えば農法の技術を他の地域の村にも教えるように、あの地域の村の者に言えば今回の事は解決しますよ」
「そうではあるのだが……気になる、すごく気になるぞ、天野宗助」
三九郎は何かを考えている様子の義晴にため息が出る。
物欲等はないのだが楽しそうなものには首を突っ込む悪い癖があるので、あまり深入りさせたくなかったのだ。
謎の人物が現れ、しかも中々に尻尾を掴めないとなると自身で捜査にいくと決まっていると。
「よし、俺が直々に出向くか」
三九郎はほら見たことかと顔をしかめた。
絶対に自分で行くと思ったと義晴の言葉に抗議の意味を込めて顔をしかめたが義晴はその顔を無視していそいそと目立ちにくい着物に着替え、部下に出てくると言伝を残すと自身の部屋を飛び出した。
馬に
横並びになり村についてどうするのかと聞けば、まずは天野宗助に関わりのある建築とやらを見たいと告げた。
「造りをみれば少なくともどこの生まれか判別は出来るやもしれぬ」
「なるほど、寒さか暑さのどちらに強い建物か分かれば西と東のどちらの土地の生まれかはわかりますね」
「そういうことだ、どちらでもなければ日ノ本の中間と予想も出来る!」
義晴の見解に三九郎は確かにその推測は可能だと同意した。
馬を駆けて半日も経たないほどの場所にある楚那村へついた義晴は、旅の浪人の〝春〟と身分を装って村を見て回る。
柱だけでなく組まれた枠組み等からも確かに強度がありそうな家であり、家の造りからして寒さにも暑さにも強いようだと見ていれば三九郎は家の屋根が瓦だと気づき、あの瓦に耐えられるのならば多少の雨風にも強い家のはずだと義晴に伝えた。
道も歩きやすいように何かで固めたのか整備されており、石を敷いている訳ではないその道は踏み固めたにしては綺麗で、少し土木技術をかじっている程度では出来ぬ事だ。これを教えたであろう天野宗助という男への関心は増した。
「春、あれをみてくれ」
「あれは農具か、だが見たことのないものだな」
「そうだな、鍬を見ろ……先が割れている、使い方は同じのはずだが……あぁそういうことか! あれで深く土が掘れるのか! 先が割れているのは硬い土も耕すためだな!」
「他にも見たことないのがあるな……これも件のやつの知恵か……」
先の割れた農具の仕組みを見ただけで読み取った三九郎に驚きつつも、少し遠くで草を焼いて灰を作りながら何かを混ぜている村人を見て、天野宗助は農具だけでなく肥料の知恵を授けたとみた。やはり天野宗助が住んでいるという山に早急に向かい本人と話をするべきだがどうしようかと思案する。
急いて行動すれば、すぐに村の者に勘づかれて天野宗助を隠されるかもしれないので行動は派手にしてはいけない。
義晴は村の者を懐柔するかもしくは信頼を得てから天野宗助に会うべきかと色々考えたが自身の立場から城を長く空けるのはまずく、あまり時間をかけることはできないので少し強引だがある策に出ることにした。
天野宗助が住むという山の中で義晴が行おうとしている作戦を聞き、三九郎は呆れた顔をした。
「本当にやる気ですか? はっきりと言えばまぬけな策ですよ」
「俺もそうは思っている。だがもうこれしか思いつかん……村の者に可愛がられているならば賢いだけでなく人望があるのだろう、そんな人物が行き倒れ等を見つければ放っておくとは思えない。故に天野宗助に行き倒れの俺を拾ってもらう」
「で、演技と見抜かれないように俺に若を殴れと?」
「そこまではいってない」
義晴の考えた作戦は行き倒れを装い天野宗助に拾ってもらうというものだった。
そのために三九郎に自身の意識を薄めさせることにしたのである。
はっきり言ってなんて馬鹿な事をする作戦だと三九郎は言うが、村の者の様子から変に仕込めば怪しまれると義晴は判断したのもあった。
天野宗助の家から遠くない所で義晴はその作戦を行うというと三九郎は呆れ半分、駄目なら自分が何とかしようという思いが半分で義晴の鳩尾に拳を入れた。
義晴は小さく呻き、やり方がもう少しあっただろうと三九郎を睨みつつも膝をつき倒れる。
三九郎は意識が完全には飛んでないことを確認すると、少し位置を調整して木の上へ跳んだ。
少し様子を見ていれば遠くから天野宗助と思われる気配がしたので義晴に矢羽根で伝え、他に誰も来ていないことを確認した。
「(さて天野宗助はどうするかねぇ)」
三九郎は、籠を背負い何かの素材でも探しているのだろう天野宗助が予想通りに義晴に向かっている事を見ているとあることに気付いた。
天野宗助は上を向いている、恐らく花を探しているのか目が茂みより上で下を見ていない。
あ、このままだとまずい、若が踏まれると気づき流石に止めるべきかと三九郎が一瞬悩んだときには……。
「あ」
「ぐえ」
「ん?」
天野宗助は義晴を踏んでいた。しかも鳩尾を。
これがとどめとなり義晴の意識は飛ぶ。そこは計算してなかったと少し慌てたが天野宗助が背負った籠を前に移動させて、慌てて義晴を背負って山を下り始めたので三九郎は一度天を仰いだ後に……。
「まぁ、天野宗助と接触出来たからいいか」
これを口実に会えばいいと前向きに考えることにした。彼は大変優秀な忍びではあるのだが、時たま全てを投げ出したかのように雑になることが義晴曰く彼の数少ない短所の一つである。
この後楚那村の村長の元へ運ばれた義晴は、天野宗助に行き倒れていた所を助けられたという名目で翌日、村の子供達に天野宗助の家に案内をさせて堂々と正面から入り、邂逅することになる。
だが、この経緯だけは絶対に義晴は表に出すことはない。
三九郎も月ヶ原家の恥になりかねないので、このことは墓にまで持っていくのであった。