数時間後、正座から解放されたが日は沈んでいたため今日も義晴様はうちに泊まることとなった。ちなみに太郎とおゆきは既に村へ帰った。
「全く、作るのもいいが程々にといっただろう! お前はまだ若いが無茶はだめだ……ところで何か作ろうとしていたみたいだがもう何か作るのか?」
「アシガイタイ……いいえ実はあの鏡の嫁ぎ先が決まりまして、贈る用に箱を作っていたんです……」
「……誰かにやるのか?」
ん? なんか今、義晴様の目が据えられて顔が怖かった気が……?
でも俺が見ているのに気付いたのかにっこりとした顔になった。……気のせいにしておこう。これ以上の正座は嫌だ。
「誰にやるんだ?」
「え、あ、隣村の村長の娘さんだそうです……気が弱いらしくて鏡で自信をつけてほしいからと村長が贈りたいと」
「なるほどな(三九郎に目を向ける)」
「(頷くと外に出た)」
あれ、三九郎さんがどこかに……。
目で追っていたら膝に亀太郎が乗ろうとしてきたので慌てて支えてやった。いつの間に脱走していたんだ。
「おぉ、あの亀が元気になったのか! 甲羅が治ってよかったな」
「はい、元気に庭を歩いたりしていますがあの桶を気に入っているのか出ていかず棲んでいます……亀太郎と名前をつけました」
「そうかそうか! 亀太郎は宗助を随分気に入ったのだな!」
カラカラと笑う義晴様に俺は亀太郎の頭を撫でながら箱の設計図を頭に思い浮かべていた。
◇
清条の国
程よく栄えたその土地の商家花衣屋。着物や簪を主に売るこの店の次男坊の嫁になったのはある村の村長の娘だったお咲という娘であった。
次男坊である菊太郎は偶然買い物に来ていたお咲に一目ぼれをし、ある村の村長の娘と知るが次男坊であることやお咲が働き者で心優しい人物であったために自分が婿入りしてもいいというほどお咲に惚れて彼女と婚姻を結ぶこととなった。
しかし、老舗というには年は古くもなければ新しくもないものの商家として成功しているこの店の家の女達は気性が少々荒く、プライドも高かった故に村長の娘というお咲が気に食わなかった。
お咲はふぅと一息つくが一息つくとまた手を動かして仕事をする。
嫁いだ家には意地悪な義姉と義妹がおり、義理の母は昼夜問わずいじめてきて、仕事や家事は全て押し付けられていたがそれぞれの夫や兄には隠してやっていたのだ。
勿論小姓のもの達にも口を出さぬように言いつけ、黙らせた。
しかし、お咲は菊太郎を愛していたし隠れて店で働くもの達が優しくしてくれること、また彼女も女であることから綺麗な着物や装飾を見れることから楽しく仕事をしていたので気にしなかった。
だが……ここ最近全くこたえていないお咲に嫁いびりがどんどんひどくなってきたのだ。
旦那にすぐバレることから傷がつくような暴力はうけていないが髪を引っ張ったり、食事に虫を入れたり、わざとお咲の服を汚したり等が増えた。
流石に楽しく仕事し、愛する旦那や優しい人といることが好きなお咲も少し嫌になるが……彼女は菊太郎のため、笑顔で送り出してくれた村の者や両親のためを考えると何も言えず我慢していた。
そもそもお咲には誰かに逆らったり、文句を言うほどの度胸はなく惚れられたとはいえ農村の娘だった自分が商家の人間に口を出せることなどない。
「大丈夫、私は、まだ大丈夫……」
いつか終わることを祈りながら日々を過ごしていたある日のこと。お咲の父親が彼女を訪ねてやってきた。
久々の親子の語らいだと菊太郎や義理の父親は気をきかせて部屋を用意し、沢山話しておいでとお咲を送り出す。
お咲は久々の父親に喜び、笑顔で日々が楽しいと語るが……お咲の父親は眉間に皺を寄せて彼女を抱きしめた。
「もういい、そんな嘘をいわんでも……」
「嘘なんて」
「ここの大旦那様から全て聞いた、よく頑張ったなぁお咲」
「え?」
先日、この家の小姓の一人がお咲の育った村にやってきてお咲のことを父親に話したのだ、またその小姓は義理の父親であるこの店の大旦那からの指示で来たと告げ、大旦那様が何もできないことを謝罪したという。
自分や息子は気づいていたが、お咲を守れば彼女達は
勿論旦那である菊太郎はすぐにでもお咲を連れて出ようとしたそうだが、義母は菊太郎を溺愛しているために彼女を殺せば戻るなどの危ない発想になりかねないと推測した大旦那により夜に共にいることでお咲を守っていたそうだ。
しかし彼女につらい思いをさせてしまっていることを、大事な娘を嫁がせてくれたのに守れなかったことを申し訳なく思いお咲の両親と村人達に謝罪の文を出したのだという。
「そんな大旦那様や菊太郎さんが……私、知らなかった……」
「……今日はこれをお前に渡すためにきたんだ、隣村の虎八須を覚えとるか? そいつに息子みたいなのがいるそうで色々作る職人らしい」
「あの虎のおじさま?」
「あぁ、虎八須がいうにはその息子の作るものには何かが起こるらしい、だからこれをお前が持っていればきっと何かが起こると……」
父親が持っていた風呂敷を開くと立葵が彫られた立派な箱があり、お咲に差し出す。
お咲はすぐに箱の作りと彫刻から高価なものと判断し、首を横に振るが父親はお咲の手を箱に乗せた。
「この中には鏡が入っている……きっと何かが変わる、儂もそう思うんだ……この鏡を見た瞬間にそう確信した」
「おとう……」
「お咲この鏡はお前を美しく映すじゃろう、自信を持ちなさい」
お咲は父親が帰った後に夫婦の部屋へ贈られたものを持って運ぶ。その際に高価そうな箱を持っていることに気づいた義妹が奪おうとするが……。
足を踏み出した瞬間に何かに足をすくわれるように転んでしまい大きな音を立てたことで店の者たちが集まり、大旦那である義父も来たことで強奪は失敗した。
が、お咲はそんな騒動も知らず部屋に戻るのであった。
部屋に戻り障子を閉めたお咲は早速箱を開けて中身を手に取る。
両手で持つ大きさで立葵の装飾が美しいが鏡となる部分がない。
仕掛けがあるのかと鏡を持ち上げれば鏡の下に紙があり、開き方が書いてあるので見ながら開閉部分を押すと開いて鏡が現れたがそこには疲れた顔をした女の顔があった。
「まぁ……私、こんな顔していたなんて……おとうが心配するはずだわ……」
《随分と疲れた顔をしておるわ……こんな顔をしていたらいじめてくださいと言うておるものよなぁ》
「本当にそうよね……え?」
今自分は誰と会話をしていた? この部屋には自分だけで、外には人影もなければ気配らしき音もない。
お咲が辺りを見回しているとくすくすとした笑い声が響き渡る。
《お主の手の中を見よ、娘》
「え……な、なんで……」
《ふふふ、
手の中のもの、それはお咲が手にする鏡のみ。そっと視線を鏡に戻したお咲の目に映るのは楽しげにこちらを見て微笑み手を振る己の姿であった。
自分が映っているのに全く違う行動をしている鏡の自分にお咲は声をあげずに驚いた。
《初めましてご主人殿、わらわは鏡に映るもう一人のそなたじゃ》
「なんで話して……」
そう問いかけたお咲に、鏡に映るもう一人の自分は胸をはり得意げに笑う。その顔は
《本来鏡は喋らぬのは勿論理解しておるぞ、しかしわらわは特別なのじゃ! さて早速じゃがご主人いやお咲! そなたは情けないと思わぬか!?》
「え、なにを」
《あんな見た目もそこまでよくない、中身は
「おとうとおかあが……!!」
顔を赤くして怒るもう一人の自分から知らされた事実にお咲は口に手を当てて必死に涙をこらえるが鏡の中のお咲は止まらない。
両親だけでなく村の者も心配していた、また自分が贈られた経緯に込められた願いも全て怒りとともに鏡の中のお咲は伝えたのであった。
全て聞いたお咲は拳を畳に叩きつけた、今までにない感情の高ぶりにお咲はどうすればいいのかわからず畳にぶつけたのである。
「私……全然そんなこと知らなかった……!! 私が我慢すればなんて甘い考えで周りが傷ついていたなんて……!!」
《お咲、そなたの我慢は決して無駄ではない、それはお主が旦那殿や大旦那殿に迷惑をかけないようにした気遣いを二人だけでなくこの店の小姓達も知っていたから彼らも協力してくれたのじゃ……じゃからこそ今からが変わる時! あの醜女達よりも美しく、強くなるのじゃ! あんな陰湿なものに力で立ち向かうなど同じ穴の
《高貴な姫となれ、見た目だけでない中身も美しい高貴なものになり、周りに愚かなことをさせぬ存在になるのじゃ、何もしないで相手を怯えさせるくらいにな》
そう告げる鏡の中のお咲は力強い眼差しと勝気な笑みを浮かべているがどこか高貴な美しさと優しさが見えた。同じ自分とは思えぬほど強く美しかったその顔にお咲は見惚れたのであった。
その日からお咲は鏡を常に持ち、鏡の中のお咲に助言をもらいながら努力した。
《まずは形から! 背筋を伸ばし話し方を変えるのじゃ……まずは語尾を柔らかくし相手が自分と思いながら話すのじゃ、それだけで印象が変わるぞ》
早速お咲は姿勢をよくして、話し方を少し変えた。
それだけで客からの評判がよくなり農村の者とは思えぬほど気品があると上客達が噂をする。
《次は健康と身だしなみに気を付けねばならぬ! 疲れた顔などもってのほかじゃ!》
次に食事や髪に気をつかい、また流行や色使いなどを勉強し客に提案をする。
すると売り上げがどんどん上がっていった。
健康的な顔色と美しい髪は清潔感もあり、元々美しい顔であったお咲はその美貌を遺憾なく発揮して商品を薦めれば、そんな彼女に男女問わず好感を持ち商品を手に取った。
また彼女自身目利きの能力は大変高く、お客によく似合う色等を見つけることから女性からすぐに支持され、彼女に相談をするためよく店を訪れるようになったのだ。
《どんな時も笑顔じゃ! 心に余裕のある女は強いぞ! 一手二手先を読み軍師となれ!》
これはお咲はよく分からなかったが、実は何を言われてもあまり気にしないようになり、いじめにあってもすぐさま対応できるようになっていったことで並大抵のことでは動揺をすることはなくなっていた。
だが鏡の中のお咲の言う通り先に行動を予測するようにしたことでなんと義母と義姉妹達のいじめを完封出来るようになっていたのだ。これによりお咲は自信を付けていった。
こうして笑顔で苦を口にすることなく働くお咲は店一番の稼ぎ頭となり、花衣屋にとってなくてはならない存在となった。
この時代ではこのような女性は珍しく、また彼女自身の存在感や鍛えられた精神から出る気品と旦那との良好の仲、美しい見た目、仕事も上々……まさに出来る女となったお咲に義母と義姉妹だけでなく農村の娘と馬鹿にしていた者達は怖気づき手を出すことはなくなった。
それどころか親衛隊がつくられ、義母と義姉妹達もその親衛隊に入隊し、隊員達に今日のお咲の活躍を報告してはキャッキャと話し合うほどにお咲の虜になったのでお咲の
このことからお咲は常和の地にて一番の女という称号を得たのだった。
またこの成果に鏡の中のお咲は満足そうに笑うのであった。
数日後の楚那村にて、久々に山から下りた俺は村長の家に行こうとしたが隣村の村長がやってきたらしいので客人との会談は邪魔してはいけないと行くのをやめて、およだの夫妻の所で畑作業の手伝いをしていたのだが太郎が走ってきて俺を突然担ぎ上げて、村長の家に運ばれることとなった。
村長の家には村長と知らない人、多分隣村の村長がいたのだが……隣村の村長は俺を見て村長に確認を取ると深々と頭を下げてきた。
「この度は大変お世話になりました!!」
「はい?」
「あー……前に鏡をやっただろう、そのお礼にきたらしい」
「あぁ、あの自信のないっていう娘さんの……?」
「そうです! 宗助さんのおかげで娘は見違えて変わりました! 今回そのお礼をしに参った次第です!」
頭を下げまくる隣村の村長の話が分からない俺に村長が経緯を説明してくれた。
で、村長曰く娘さんが鏡を使い始めてから見違えるように変わったそうだ。
変わったのは見た目だけでなく話し方や立ち姿に気品が出て、しかもとんでもなく仕事が出来て店一番どころか住んでいる常和という場所で一番の売り上げをたたき出した女商人になったらしい。
またそれだけでなくそんな働く姿に女達から憧れられてお姉様と呼ばれ、常和の男達はその娘さんのことを姐さんと呼んで慕い、親衛隊が出来るほどの人気を持ったらしい。
その中には武家のものやどうやら大きな商家の人もいるようでまさに現代でいうファンクラブを設立させるほどの人気ぶり……これにより周りを味方につけた娘さんに手を出せなくなった。
それどころか、領主の月ヶ原家(義晴様の従妹がお忍びでいらして娘さんをすごく気に入ったらしい)にまで認められた女に手を出すなんて出来るはずもなく大人しくなったらしい。
それどころかファンになって親衛隊に入ってしまったそうだ。
ちなみに旦那さんはさらに娘さんに惚れ込んだそうな。仲がいいのはいいことだ。
「本当になんてお礼を言えばよいか!!」
「いや、俺はなにも……」
「娘はあの日から変わり見違えましたぞ!! 本当に儂らの娘かと疑いたくなるほどに!!」
「いや、儂も驚いた……まさかあんなに変わるとは……」
そういえば一度村長は街に行っていたな。その時に見てきたのか……ってすごい顔してるぞ村長、そんなに変わっていたのか。
しかし、聞く限り娘さんは俺の時代でいうバリバリのキャリアウーマンで出来る女になったってことだよな? 気弱な娘さんが超有能なキャリアウーマンになり周りから尊敬されるまでになって姑問題解決なんてすごい話だ。
「鏡のおかげじゃないと思うがねぇ……」
「ならなんだっていうんだ? どうみてもお前の鏡で変わったぞ」
「鏡程度にそんな力はないだろ……多分娘さんの素質だと思うぞ」
鏡の力なんていうが、俺はその娘さんの元々のものだろうと思った。鏡を贈る前から働きもので向上心のある性格をしていたのだろうが……鏡を持ったことで見た目を気にしてそれが顕著になったのだと思う。
まぁ何はともあれ、鏡がきっかけで娘さんが変わったのなら俺としても贈ってよかったなぁ。
なんて思っている俺は村長がやはりわかってないとため息をはいたのに気付かなかった。
◇
一方そのころの月川城、義晴は自身の部屋にて三九郎からの報告を聞いていた。
「なるほど……そうなったのか」
「はい、花衣屋のお咲は今や別人になっています……やはりどうみても」
「宗助の鏡だなぁ、あいつは一人の女の人生も変えてしまうとは……とんでもないな」
義晴は今回の件について三九郎に調査をさせており、その結果を聞いていたのだが困ったような口調とは違いその顔は楽しくて仕方ないという顔で笑っていた。
宗助の作品がもたらした影響は予想よりも素晴らしい結果となったことに驚きながらも、宗助に感心をしていた。
その時、突然声がした。
「まさかその懇意にしている職人の作品を確かめるために私を使うとは……呆れてものが言えませぬ」
突然の声に義晴は驚きも慌てもせず、声の主を三九郎に中へ入れさせる。
それは彼の従妹であり、今回件の鏡を持つ娘のいる店へわざわざお忍びをさせてまでいかせた小春姫であった。その顔は
「なんだ小春か」
「……わざわざお忍びであなたの依頼を行ったのになんですかその返答は、まぁ私も今回のことでお気に入りの店を増やせましたので文句等は言いませんが」
ちらりと義晴の背後にかけられている刀、刃龍を見て目を細める。
義晴は姫の目線の先に気づきにやりと笑う。宗助が見れば悪魔の笑みと心の中で称する笑みを。
「いい刀だろ?」
「あなたがそこまで〝もの〟に対して執着するなんて初めてでしょう……この私まで使って調べたものは素晴らしかったかしら?」
「あぁ、予想以上にな……それに今回のことで少し考えも変えた。今までは己が所持することであいつの作品の価値を見出そうとしたが……あの鏡は恐らく俺では真価を発揮しなかっただろう……それでは宝の持ち腐れよ」
刃龍を手に取る義晴の目に刃龍の鍔にいる龍はじっと彼を見ながら笑っていた。まるで妹弟はお前の手には余ると嘲笑っているようでもあった。
そんな刃龍を指で弾きながら義晴はくくっと笑う。
「全ての作品の所持はあきらめる、があれの作るものは影響がとんでもない……一人の女の人生だけですまなくなる可能性はある」
「大げさでは? そこまでの影響のあるものなど……いや、あなたがすでにそうですわね、影響を受けているもの」
「きっととんでもないものがこのあと生まれる可能性がある、作品の所在だけでも把握しておくほうがいい……何よりあいつが作ったものがどれだけの常識をひっくり返すか……楽しみで仕方ない!!」
目をギラギラとさせて笑う義晴に三九郎と小春姫はブルリと震える。
今までにないほどに楽しげに笑う彼に小春姫は冷や汗をかくが動揺をみせまいと拳を握り耐えた。
何よりあの忍びである三九郎が顔を青くさせ小さく震え始めている。そんな家臣を守るべきだと姫としての使命感から小春姫は口を開く。
「……まるで悪童の権化みたいな笑顔ね」