第六章 手鏡 葵姫

夏の厳しい日差しが少し和らいできた今日この頃。

俺は床に寝転がって亀とたわむれていた。

「亀太郎は元気だなー」

声を掛けられ嬉しそうに顔を上げている亀。

亀太郎は山の泉にて甲羅が割れていて弱っていたところを見つけて保護した亀だ。手のひらよりわずかに大きい程度の大きさだったので家に運び入れて、甲羅の傷を布で巻いて塞いで応急処置をした。

現代ならば菌が入らないようにするのにいいものが沢山あるだろうが、この時代ではこれが精一杯だ。

治療後に桶の中に簡易的な家を用意して中に入れてやると意外にも素直に大きめの石の上で眠り始めたので、相当弱っていたらしい亀を俺は治るまではと面倒を見ていた。

前は亀と呼んでいたが、おゆきからちゃんと名前をつけなさいと怒られたので俺はその亀を亀太郎と名付けたのだった。

俺の畑の小松菜を好み、甲羅を指で撫でれば甘えるように頭を手にこすりつけてくる亀太郎に俺はすっかり情が湧いてしまい甲羅が治った後もそのまま家に住まわせていた。

もちろん太郎とおゆきも亀太郎を可愛がっており亀太郎の家となっている桶の掃除や庭の散歩にまで付き合ってくれた。

「さて、亀太郎は家に戻して……あれの仕上げをしようか」

少し名残惜しげにしながらも言われた通り桶に向かう亀太郎。

「こらこらちゃんと入れてやるから急いでいかなくてもいいぞ」

亀太郎を桶に戻し、俺はある小さなものの仕上げをする。

……これは女性が使うものだから花がいい。どうせなら使う人に幸せになってほしい。

そんな願いを込めてこの花を装飾として刻んでみよう。

そんな作業をする俺を亀太郎は桶の中からじっと見ていたのであった。


作品を作り終えた数日後、村長からある相談を受けた。

それは作り終えた作品を贈り物としてある人物に渡したいというものだった。

「……鏡をか?」

そう、俺が作ったものは鏡だ。

手鏡は両手で持つ大きさではあるがコンパクト式の手鏡。立葵の装飾をあしらった手鏡は自分でいうのもなんだが何処か気品のある代物だ。

「隣の村の村長の娘、なんだが……別嬪べっぴんさんで、働き者で気の利くいい娘ではあるのだがなぁ、ただ気が弱くてなぁ、嫁ぎ先でいじめられてるそうだ……だからその鏡でも持って自信つけてもらいてぇんだよ」

「まぁ鏡は女が使うものだから贈り物にはいいな……どうせなら贈る用に箱も作って鏡をいれるか」

「すまんな宗助、まぁ急がんでええぞ」

いや、早めに贈ってそのまま使ってもらおう。

女の身なりを整えるのに使えるだろう。

というわけで急遽の依頼だが木で箱を作る。

箱を作るならこだわって鏡と同じ立葵の花をあしらうのもいいな。渡すときに少しでも見栄えもよくしたほうがいいだろうし。

「宗助ちゃん、あんまり無茶しちゃだめよ……また二日経つから」

「この鏡綺麗だな、でもまた飯を食べ忘れたら怒るぞ」

「……鏡は磨きが重要なんだぞ」

……鏡を作るには磨きの作業が必須だ。しかも青銅で作るとなるとその作業は夏にやるものではない。

現代では磨くのに最適なものは沢山あり子供の力でも短時間で作れるがこの時代では繊維の粗い布と研磨材なので時間がかかる。

そのため半日以上の時間を使い満足のいく鏡を作ったのだが、その時には飯を食べることを忘れたことと疲労困憊ひろうこんぱいにより磨き終えた直後に爆睡。

その後、様子を見に来た太郎により寝床に寝かされたが……翌日になっても目を覚まさず、太郎とおゆきは病気かと心配していたそうだが俺はその翌日の朝……つまり二日経ってから普通に起きたので大事にはならなかった。

「寿命が縮むから心配させないでくれ」

「もしまたあんなことになったら月ヶ原様をお呼びするわよ」

「それはやめてくれ、本当にやめてくれ」

義晴様は何故か最近俺を弟みたいに思っているのか分からないが健康にまで口をだしてきたから疲れて一日中寝ていたなんてしれたら確実に説教される。

それを二人もわかっているのかたまに飯を食べてないことを報告しているのを俺は知っているからな!!

「ややこしいことになるからやめてくれ」

「ややこしいこととはどんなことだ?」

「長い説教はいや……あ」

いるはずのない声と二人が俺の後ろに目線を向けていることからあの人が後ろにいることが分かる。

きっと三九郎さんもいるんだろうが義晴様の気配が分からない俺に忍者の気配なぞ分かるわけない。

そっと静かに後ろに下がっていく太郎とおゆきを見ながら夏なのにひんやりとしてきた背中に震えていると、肩が太く逞しい手にガシリと掴まれる。

「ほう……ながーい説教をされるようなことをしたんだな? なにしたんだー? 例えば飯も抜くほどに鏡を磨いて、疲れて寝たら二日経っていたー……とか?」

バレてる。口調は穏やかだが声色はどんどん低くなっていくので俺は逃げようと動けばグッと肩をつかまれたままくるりと回されて正面で向かいあったその顔は笑顔だったが目が笑ってなかったし、額に青筋を立てていた。

その顔に俺は血の気がひき、三九郎さんが俺の手から作業道具を抜き取り、俺に向かい合掌したことで俺は確信する。

「(あ、俺終わった)」

このあと無茶苦茶説教された。