第五章 獣型根付 梟番
「すまない……! 本当にすまない……!!」
「いや、別にいいんだが……」
それはある日の事だった……突然朝早くに家の戸を乱暴に開けた村長が俺に向かって頭を下げてきた。
眠気と闘いながら話を聞けば、俺があげた根付(木でできた俺特製のやつ)を無くしたらしい。
酒を飲んでいたようで酔って落としたのだろうと言った村長の後ろで村長を連れて来たおゆきと太郎が村長を見下ろしている、般若を後ろに従えて立つ二人の表情からすごく怒っているのがよーく分かる。
「村長、本当になにやってんだよ」
「宗助ちゃんが作ってくれた根付を無くして! しかも酔っぱらって落としたなんて……情けないっ!」
「すまん宗助……!! わしが
「村長顔上げてくれ……」
怒りを露わにする二人にビビりながら村長はさらに地面に頭を擦り付けるように俺へ謝罪する。
根付などまた作ればいいからと、村長の顔を上げさせようとすれば、二人の怒りの眼差しは俺へと向けられ、
「「村長を甘やかさない!!」」
……と怒られた。これには俺も口を閉ざさねばならず村長には悪いが二人の気が済むまで頭を下げてもらうことになりそうだ……。
だが、二人がこんなにも怒るのにはもちろん理由がある。
根付自体はこの時代では高給取りの武将や大名が多く身に着けており、庶民に広まったのは江戸時代からだ。いわば根付は今の時代では高級品に近い。
しかし、それを無くしたからと言って、ここまで怒られることはない。
原因は根付の製作段階での事件が理由だ。
これは俺が動物の根付を作りたいと木彫りをしている最中に手元が狂い手のひらに深めの傷を作ってしまったことから始まる。
傷の場所が悪かったのか血が止まらず、泉のように血が傷口から溢れた。
血を止めるために布を求めて本殿へ行こうとアトリエから出た俺を……タイミング悪く遊びに来た太郎に見られ、血をダラダラと流す俺をすぐさま太郎は顔面蒼白で肩に担いで山を下り、そのまま村へと運んだ。
俺のそんな姿を見た村の者は、それはもう驚いた。太郎が泣きながら俺を担いで村へ駆け込んだと思ったら手からダラダラと血を垂れ流している俺(血が勢いよく出たので服や顔にも血がついている)を抱えていたのだから。
おゆきは悲鳴を上げて俺の手を止血しようと布で押さえ続け、村の中でも若い衆(若いといっても俺よりは十と数年は年が上)は宗助が大怪我したと騒ぎ、爺さん婆さん方は俺の名を呼んで、泣き叫ぶほどの大騒ぎ。
そして仕舞には……。
「今度は何をし……何があった!!」
と忍びの仕事で来ていたのだろう三九郎さんまで参戦したのだからもう大変。なんとか治療するも血が出すぎたせいなのか左手が痺れるような感覚があったため少しの間だけ村にいることとなったのだ。
作品を作りたい、道具を取りに行きたいと言えば太郎とおゆきが鬼の形相でダメと怒ったため俺は静養をしていたが頭の中ではアイデアが浮かぶ。しかし作ることが出来ない事に俺は苦しんだ。
仕方ないので気を紛らわす為に外で地面に落書きしていれば、三九郎さんがどこからともなく現れて俺を村長の家の中に戻すと、何故か紙と筆をくれたのでその紙に根付の完成図を描いて過ごしていた。
ちなみにその描いた紙はどこかに持っていかれたが頭の中に構想はあるので問題はない。
二、三日経つと傷がふさがりかけ、手の痺れもなくなったのでようやく二人から許可を貰って山の自宅で作品の続きを製作していれば義晴様から手紙が届いた。
三九郎さんから俺の事を聞いて、俺を心配しているという内容で手紙と共に高そうな塗り薬が入っていた。
俺は届けてくれた忍びの人に俺の怪我はひどくないと伝えてほしいと頼み、共に出来たばかりの獅子の根付をお礼代わりに渡すように頼んだ。
その数日後、すべての根付を作り終えた時に義晴様が家に来た。
しかも大きな荷物を抱えて来たので何事かと出迎えれば……俺は笑顔の義晴様にまるで赤子を高い高いするように両脇に手を入れられて、高く持ち上げられた。
補足しておくが俺と義晴様の身長の差は頭一つ分、俺の目線が義晴様の肩になるほどの差だ。
これは義晴様の腕の力が大層なだけである。……と思いたい。俺は標準の体重のはずだ。
「宗助! 嬉しかったぞ!! あの根付とても気に入った! 大事に使わせてもらう!!」
そういって輝かしい笑顔でくるくると空中でそのまま回され、目を回した俺を助けたのは三九郎さんであったのは言うまでもない。
下ろされた俺に、義晴様は献上した根付を大変気に入ってくれたことを告げた。
刀や風鈴のこともあり、お礼をしたいと今回は訪れたらしい。
そう、あの抱えていた荷物は、反物と作品の材料になるであろう鉱石や木の塊なのである。
正直な話、俺は
反物は服に使えるし、鉱石や木はここでは採れにくい物だったのだ。
俺の頭の中には次の作品のイメージ図が出来始めているが、そんな俺の頭の中を把握しているのだろうか、義晴様は頂いた物をじっと見ていた俺の顔を掴み、苦笑した顔ですこし強引に自分の方へ向けさせた。
「あれはお前のだ、また好きに作ればよい……それで? 怪我をしてつくったものは出来たか?」
「はい、先ほど全て作り終えたところです。ご覧になられますか?」
「うむ、拝見しよう! だが俺はもう貰った。ゆえに見るだけでよい……が、今回はその傷で済んだものの無茶はするな……お前が怪我をしたと聞いた時は肝が冷えたぞ」
「手の怪我で大袈裟では「大袈裟ではない!!」……そうでしょうか」
その後、根付を見て帰られた義晴様を見送り、いくつかの根付を持って村まで下りて、太郎には熊、おゆきには兎、他の村の者にも根付をあげた。
その中には勿論村長の分もあり、本人からの希望で梟の根付を渡したのだ。
以上の件があったため二人は俺が血を流して作った根付を無くしたことに大変怒っている、という訳である。
……だが、そろそろ二人には怒りを静めてもらおう……村長が可哀想だ。
「あれくらいまた作るから、そろそろ村長許してやって」
「……もう怪我、しないでね」
「今度怪我したら強制的にしばらく村に居させるからな……」
ひどい脅しだ。
なんとか二人の怒りを静めた俺は根付とは別の作品の構想を先にまとめ、紙に書きだす作業を始めた。
◇
清条国の隣の国、
その中の女の一人、お琴も攫われた女であり、十三を超えたばかりであった。
二つ年が離れた妹と村外れの原っぱで草刈りをしていたところ攫われた。
(ああ、どうして私はこんなところに……でも、妹は逃げられたのだし……無事なら、それで……)
お琴にとって救いなのは己を囮にして妹だけでも逃がせたことだった。
「おい、お琴! 早く酒持ってこい!!」
「は、はい!」
「……でよう、今日は清条まで行ってきたんだが、いい獲物だったぜぇ~なんせ、酒で酔っぱらった爺なんだ」
「そりゃあいい、楽だったろう」
「あぁ、こくりこくりと寝そうだったからそっと懐を拝借したのよ!」
(……今日もまた、どこかの誰かから盗んだのだろう、あぁ、聞きたくない……! でも、聞かねば、あとでひどい目にあう……)
お琴はお酌をしながら話を聞いていた。
すると突然、獲物を自慢していた山賊がお琴の顔へと何かを投げつけた。顔にあたり、地面へ転がったのは木の根付であった。
「きゃっ!?」
「それやるよ、値打ちなさそうだから邪魔だ」
「よかったなぁ、お琴」
「……はい、ありがとうございます」
投げつけられた物を拾い、礼をいうお琴。
しかし、内心ではくやしさにあふれていた。
(いらない……! 盗んだものなんて……いらないから、投げつけられたものなんて……!)
その後、お琴は酌を続け、山賊が飲み散らかしたものを攫われた他の女性と共に片付けると、寝床にと女達に与えられた岩場に座りようやく一息ついた。
一息ついた後、お琴は懐から投げつけられた根付を取り出し月明かりの中照らした。
「……あの山賊の目は節穴ね、こんなに素敵な根付を値打ちが無いなんて」
家族を思い出し、逃げ出せる日まで頑張ろうという気持ちが湧き、不思議と笑みがお琴の顔に浮かんだ。
「元の持ち主の所に返してやりたいけど、でももう少しだけ私の傍にいて……必ず、この地獄を終えられるその日まで、私を勇気づけて……なんてね」
両手で包み、眠りにつくため寝そべるお琴。
明日も頑張ろう、希望は捨てないと心に決めた彼女は疲れから瞼が閉じていく。
『ほー』
『ホー』
(……梟が鳴いてる)
ふと聞こえた梟の声を聞きながらお琴は眠りについた。
『ほー』
『ホー』
二羽の梟がお琴のすぐそばにいたことも知らずに……。
翌日。
「なに、これ……」
「え、お琴がしたんじゃないのかい?」
お琴は誰かに揺すられ、起きるとお琴の近くに木の実が大量に置かれていた。
お琴が夜に出て集めたのだと思い、山賊に知られる前にみんなで食べようと採ってきたお琴に礼と共に食べさせるため起こしたのだという……が、お琴は知らないと首を振った。
「でも、あんたのすぐ近くに……いや、今は神様の助けと思っていただこう! みんなも腹は減っているもの」
「えぇ……あ、梟がない!?」
お琴は梟の根付が手に無いことに気づき、急いで捜せば木の実の山のすぐ近くにあった。
慌てて手に取り傷等はないか確認し、何も変わってないことを確認するとお琴は安堵の息をついた。
たった一日であったが、お琴にとってこの梟の根付は心の拠り所になっていたのだ。
「あ、それって昨日顔に投げつけられていたやつ……」
「うん、でも気に入っているの……あの山賊、目利きできないのね」
「どれどれ……まぁ、随分精巧な作りじゃない……それに、なんて穏やかな顔した梟なのかしら、こっちまで笑ってしまいそう」
お琴は手の中で転がしながら他の者に根付を見せれば、やはりいいものだという。
木の実を食べながら投げつけた山賊に節穴、目利きができないと内心で悪態をつき、腹を満たし、穏やかな気持ちで朝を過ごせたことを神様に感謝した。
今日も山賊達の世話をして、日が暮れたので就寝……しようとしたお琴を山賊の一人が無理やり手を引いて森の中に連れて行った。
すぐにお琴は何をされるか理解してしまい、抵抗するが殴られ、服を引き裂かれてしまう。
「いやっ、離して!! だれか、誰かぁ!!」
「うるせぇ! 黙れ!!」
「っ、うぅ……っ!!」
殴られ、懐に入れていた根付も放り出され、彼女はこの後を考え絶望し、目を閉じる。
(あぁ、今日の朝の事は私への慈悲だったんだわ……これが起こるから、神様は私に優しくしたのよ……おとう、おかあ……ごめんなさい、おきよ……帰れなくてごめんなさい、お琴は天にかえります……)
山賊に腹を触られ、全身を撫でられたお琴は意を決し、舌を噛み切ろうと口を開けた。
その時だった。彼女を撫でる手は離れ、山賊の悲鳴があがる。
『ホー!!』
バサバサバサバサッ!!!
瞼を開けたお琴が目にしたのは激しい羽音と共に山賊に襲い掛かる梟だった。
袖を引かれる感覚に目を向ければ、お琴の近くで襲いかかっている梟よりも小さな梟がお琴の袖を引いている。
『ほー!!』
「あ、逃げなきゃ……!!」
山賊から離れるよう袖を引く梟にお琴はすぐさま立ち上がり、その方向へ走った。すぐに山賊はお琴に気づくが梟が邪魔して追いかけられない。
お琴が森の中を死にもの狂いで走ると、袖を引いた梟が先導するように前に飛んだ。
ただ何も考えずお琴は梟の先導するままに走った。
夜の暗闇から恐怖で足がすくみそうになると梟が勇気づけるように急かすように鳴くので、お琴は必死に足を動かし続けた。
夜が更けて、月明かりも通さない森の中、梟の声を頼りに走るお琴。
その少し後ろから山賊の声が聞こえ、近づく音が聞こえる。
どこまで走ったかは分からない、が止まれば死ぬと必死に走った。
走って。
走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って。
お琴は森をずっと走った。
しばらくすると走った先に明かりが見え、その明かりに向かいお琴は飛び込んだ。
「っ……?」
お琴は地面への衝撃が来ないことを不審に思い、目を開ければ……。
「お、おい大丈夫か……?」
目を丸くしてお琴を見つめる侍の顔がすぐ近くにあった。
お琴が飛び出した先には侍がおり、侍は森から飛び出したお琴を咄嗟に受け止めたのである。
その侍の傍には
「お主、どこから……というか、その恰好はどうした?」
「あ、その……あ! 申し訳「見つけたぞ!!」ひっ!」
「てめぇ、ふざけ……あ?」
「……なるほどこの男から逃げていたのか、捕らえよ!!」
提灯を持った侍達はすぐさま山賊を囲い、手慣れたように地面にねじ伏せると縄で捕縛した。
あっという間の出来事にお琴が呆然としていれば、彼女を受け止めた侍がお琴の肩に優しく羽織を被せた。
「これを着なさい……大丈夫か? 怪我はないか?」
「は、はい……っ! この山の中腹にまだ山賊がいて、捕らわれているものがいます! どうか彼女たちを助けてください!!」
お琴は侍に山賊の事を話す、これで攫われた女性を助けられればという考えだ。
侍はすぐに山の方を見て彼女が言ったことに目を見開いた。
「なんと、それは本当か!? ……伝助! 夜が明け次第、討伐隊と共にこの山を捜索し山賊を捕らえよ! 件の人さらいだ!」
「御意、その者はどうされますか」
「夜も更けておる故一時屋敷に連れ帰る、それにどこの村の出のものかと事情を聴きたい」
お琴を受け止めた侍はそばに控えた男に指示を飛ばすと、お琴を馬に乗せる。
何が起きたか分からずオロオロとしているお琴に気づき、優しい笑みを浮かべた。
「あぁ、そうだ、君の名前を聞いていなかったな、俺は
「あ、お琴……
「そうか、お琴さんもう大丈夫だぞ、捕らわれた者もすぐに助けよう……夜も更けているから明日、君を村まで送るよ」
「っ、わたし……帰れ……ありがとうございます! この御恩は必ず……!」
お琴は涙を流しながら礼を言う、あの山賊から逃げることが出来、他の女性も助かり、村へ、家族の元へ帰れるという安堵から今まで張っていた緊張の糸が切れ、涙が溢れた。
早紀野守はその涙の理由を察し、優しく背を摩る。
『ほー』
『ホー』
突如頭上から梟の声が聞こえ、お琴が顔を上げると同時にお琴の手の中にポトリと何かが落ちる。
「え?」
「ん? ……なんだこれは?」
それは山賊に襲われた時に落とした梟の根付だった。
二匹の梟の根付に傷はなく、お琴が落とした時のままの姿であった。
「どうして……もしかして、助けてくれたのは……!」
「おぉ、いい根付じゃないか……お、おい、なんでまた泣いて」
「ありがとう……私を助けてくれたのは、貴方達なのね……! ありがとう……!」
根付を握りしめ祈るように涙を流し続けながら礼を言うお琴に早紀野守は泣き止ませようとしばらく慌てていたのであった。
『ほー』
『ホー』
彼女の手の中で二匹の梟が満足げな顔をしていたことを彼らは知らない。
そしてこの日の出来事からお琴の人生が大きく変わったのであるが、それはまた別のお話。