己に向かい手を伸ばして歩く姿の幼さと愛らしさに沢野木は迎えるように手を広げて受け入れてしまったのだ。

迎えていると分かった鳥はペタペタと歩む速さを上げて、その飛べそうにない翼で沢野木の膝へ触れると、目を細め笑うように嘴を開けた。

「うむうむ、よくやったなぁ……」

《きゅい!》

赤子を撫でるようにふわふわと綿毛のような柔らかい鳥の頭を優しく撫でれば、もっとと強請るように手に擦りよる、その仕草に沢野木は銃で胸を撃ち抜かれる感覚に襲われ思わず床に手をついてしまう。

そんな沢野木に鳥は首を傾げて見上げ、心配するように膝を撫でていた。

「あぁ、大丈夫、大丈夫だ……ん? どうした?」

《きゅーい》

鳥は沢野木の後ろに回り、背を沢野木の腰にもたれかかるようにして座る。

さらに、その様子をじっと見ていた沢野木の目の前で、片方の翼を机の上の書類に向ける。

まるで仕事の邪魔をしないよ、お仕事していいよ、と言うように。

静かに己の腰を背もたれにして座る鳥に沢野木は不思議と居心地の良さを感じ、また鳥の頭を撫でて彼は執務をするためにその視線を机へと向けたのだった。

「そういえば、今日は随分と涼しいな……風鈴のおかげか?」

《きゅーい》

沢野木の言葉に、鳥が満足げに鳴いた声であったとは彼は知らない。

「沢野木殿、殿がお呼びで、寒っ!?

「おぉ、どうした」

入ってきたのは義虎の側近の陸奥川むつのかわ鼓太郎こたろう

陸奥川は腕を摩りながら沢野木の部屋に入ると信じられないという表情で沢野木を見た。

「沢野木殿!? この部屋薄ら寒いですよ!?

「うん? そうか? なんだか今日は涼しいとは思うが……」

「涼しい!? 見てくださいよ、この汗! 今日は日差しもきつく風もぬるいのですよ!?

沢野木が陸奥川を見ればびっしょりとした汗が顔や首をしたたり落ち、着物も体に張り付いている。

それは外を走った程度の汗ではないのが分かる。

それに比べ、沢野木は顔や首には汗一つ無く、服もさらりとした肌触りのままであった。

また体調もすこぶる良かった。普段は暑さがひどいほどふらふらとして日陰で休まねばならないほどなのに対し、この日は眩暈やだるさもない。

「まぁあなたが健康なのは私も喜ばしいのですが……、何をされたのです? こんなに寒いなんて普通ではありません」

「儂は何も……今日は若から風鈴を頂いたくらいだろうか……まさかな」

「風鈴? あぁ、これですか……また涼しげな風鈴ですね」

「天野宗助殿に若がご依頼して作らせたらしい、若の部屋にもあるそうだ」

陸奥川は風鈴にむけていたその視線を再び沢野木に向けた。

「それはともかく……殿がお呼びです、次の戦の事で相談があると」

「わかった、すぐに向かおう……すぐ戻るからな」

《きゅい》

鳥? の頭を撫でてから部屋を出た沢野木は陸奥川と少し歩くと、むわっとした湿気を含む暑さに顔をしかめる。

先ほどまでとは違う暑さに、沢野木は思わずこれは暑いと小さく言葉を溢した。

「暑いな」

「でしょう? ……先ほど誰と話されていたのです?」

「ん? あぁ、儂の部屋に可愛いらしい鳥が来てなぁ……人に馴れているのか儂に寄って来たのが愛らしいのだ……先ほど儂の傍にいただろう?」

「沢野木殿……」

隣を歩いていた陸奥川が立ち止まったので、沢野木は何があったかと振り向けば陸奥川は顔を真っ青にして、首を横に振っていた。

「あなたの傍には誰もいませんでしたよ、鳥も……あの部屋にはあなた一人でした」

「……何?」


殿との話し合いが終わり、部屋に戻った沢野木はその涼しさと待っていた鳥の姿に顔が緩む。

沢野木が帰ってきたと分かった鳥はすぐに彼の足に抱き着く。おかえりなさいと幼子が迎えるような仕草で彼を迎えた鳥に沢野木は抱き上げて答えた。

《きゅるるる……》

「おぉ、よしよし、寂しくなかったか?」

《きゅ!》

抱き上げられ、嬉しいと感情を出して、胸元へ擦りより甘える鳥に沢野木は頬が緩む。

沢野木の顔は今まで誰も見たことないほど優しく、親しい者がいれば緩るみきった顔と言われるほどの笑みを浮かべていた。

《ちりーん》

「…………」

ふと音を鳴らす風鈴に沢野木は先ほど陸奥川が言った言葉を思い出す。〝部屋には沢野木以外、誰もいなかった〟と。

しかし、今胸元ですりすりと甘えている鳥に触れられ、〝存在している〟のが分かる。

が、生き物が持つ心臓の鼓動は感じない。それはこの鳥は〝生き物〟ではないということだった。

そしてそんな鳥がなぜ現れたか、なぜ今なのか、沢野木はすぐにその答えを導きだした。

沢野木は鳥を抱いたまま今日この部屋に新たに追加されたものに近づいた。

「……お前はもしかしてこの風鈴の精なのか」

《きゅい!!

鳥がそうだと頷いた。そう、風鈴だった。

自分の主の息子、義晴から頂いた風鈴。不思議な刀を作った職人の手により出来た風鈴が普通の物ではないと、沢野木は鳥自身が肯定したことで確信した。

「涼しくしてくれているのもお前だろ?」

《きゅい、きゅーい……》

「ん? なんだ……そうか、これがお前なのか」

鳥は静かに風鈴の白い鳥のような模様を翼で指した。その姿形は同じで鳥はこの風鈴なのだと伝えていた。

そして、どこかおびえたような目で沢野木を見上げる。幼子が不安そうに見ている姿によく似ていて沢野木は抱き上げている腕と反対の手で頭を優しく撫でた。

「お前が、この風鈴がなんであれ、これは儂の風鈴じゃ、これからもよろしくな」

《きゅーい!》

「そうなると鳥呼びはだめだな……」

《ちりーん》

沢野木は風鈴を見ていればその漢字を思い出す。

そして、鳥を見ると、まん丸の顔からそれを連想させた。

「お前は今日から鈴だ、そして、この風鈴を〝友鈴〟と名付けよう、どうだ? 鈴?」

《きゅー!!

鈴は気に入ったと沢野木の首に抱き着くように翼を首に回したのであった。


この日から沢野木伝六が夏に元気溌剌はつらつと若者をしごく姿が城内で見られ、夏の間だけ、彼の部屋がとても涼しくなった。

そして沢野木の傍らに鳥の姿をした何かがいたという噂も出た。

突然の変化に周りの者は不思議に思ったが沢野木が元気ならそれでいいと思う者が多かった事と、沢野木自身が笑い飛ばしていたことから誰も理由は聞かなかった。