第二章 精霊に会える酒 水清酒
俺があの侍こと月ヶ原義晴に刀をやってから十日経った。
あの後、おゆきと太郎から話を聞いた村長が俺の家に飛び込んできて月ヶ原義晴に粗相はしていないか、粗末なものをやってないかと言われた。
普通の刀と言えばどの刀をやったのか分かったのだろう、何とも言えない微妙な顔をされた。
が、お咎めもなく今日も刀作り……ではなく、今日は熟成させていた酒が初めてにしては美味く出来たので、俺は酒好きの村長にもあげようと俺特製の酒瓶に入れて山を下りて村に向かっていた。ちなみにこの酒の原材料は村の皆がくれた米だ。
去年、俺が教えた新しい農具や改良した肥料で米がいっぱいとれたそうだ。
なので、米が傷む前に自分で食べる分以外は酒の材料に使って酒を造り、去年の秋に熟成させたお酒が完成したのである。
昔酒造工場に見学に行った際の知識を意外にも覚えていたので助かった。
そして、出来た酒は俺が初めて造ったお酒だから自慢をしたい。
村に行けば村の者に迎えられる。おゆきと太郎が俺が来たと聞いたのか走ってくるのが見えた。
二人にもお土産として俺が作った
「宗助ちゃん逃げて!!」
「義晴様いるぞ!!」
「げ」
俺は二人の口から出た名前にすぐさま踵を返して村の外に向かって走るが突然黒い忍装束を着た男に行く手を阻まれ、肩に担ぎ上げられる。ひょいっと抱えられただけでなく、俺がじたばたとあがいてもびくともしないので俺は流石にマズイと汗をかいた。
「宗助ちゃん……!!」
「てめぇ、宗助を離せぇ!!!」
太郎が俺を抱える忍者に体当たりを仕掛けるが、忍者は軽く片手で太郎を受け流して俺を村長の家まで運ぶ。
村の者は、堂々と村の中を歩く忍者に驚くが俺が担ぎ上げられていることに驚き、中にはわざわざ
「おとなしくしとけ、悪いようにはしない……たぶん」
「忍者のお兄さん、今多分って言ったな?」
「気のせい気のせい」
暴れても敵う気がしないのでおとなしくしてたが、嫌がらせにドナドナ(戦国Ver)を歌ってた。
子牛を子供に変えたりとこの時代でも通じる言葉に替え歌したこのドナドナ(戦国Ver)は大変この状況に似合っていたと我ながら思う。
「あぁぁぁぁぁ!!! 宗助ちゃぁぁぁぁん!!!」
「宗助ちゃんが……!! 宗助ちゃぁぁぁぁん……!!!」
「売らせねぇ!! 宗助ちゃんは売らせねぇぞ!!!」
「いやぁぁぁぁ……!!! 宗助ちゃぁぁぁん……!!!」
ただ村の婆さん達が誤解した。
村の婆さん達が泣き出してしまい、俺がこの忍者に売られると勘違いしてしまったので歌うのは忍者に禁止された。
「本当にやめろ、婆さんの一人が鎌持ってたじゃねぇか……!! しかもついてきてるのも誤解したぞ」
それはお留の婆さんだ。鎌を片手にキェェェェェと声を出しながら突っ込んできた時は俺も驚いた。
そこは反省している。後ろでおゆきや太郎も勘違いして泣いているしな。
太郎はもう泣き止め、お前は男とか大人とか以前に背が大きいから変に目立つ。
その時、この騒ぎに気付いたのか村長の家から男が出てきて忍者に声をかけたが、その人物は俺からすると今、すごーく会いたくない男だったので、思わず顔がひきつる。
「三九郎連れてき……お前村の奴泣かすなよ」
あぁ、やっぱりこの人だったよ……。
やっぱりこの人の忍者だったよ。
「オヒサシブリデス月ヶ原サマ……」
「おう、なんか話し方おかしいが、まぁいいだろう」
村長の家から出てきた月ヶ原義晴は俺を見てあの悪魔の笑顔を作る。(俺にとってはだけどな)
忍者は俺を下ろすと月ヶ原義晴の傍に控えた。それを確認すると月ヶ原義晴は俺に近寄った。
「お前から貰った刀は父上も気に入るほど素晴らしかったぞ」
「はぁ、ありがとうございます」
「して、その酒瓶はなんだ? 昼間から酒か?」
あ、目ざとく酒瓶に気づきやがった。目を輝かせているがこれは村長にやるものだ、渡すわけにはいかない……が、変に誤魔化すと後が怖い気がするので正直に言おう。
「これは私が造った酒です。初めて造ったものですが美味く出来たので村長におすそ分けにきました」
「ほう、作るのは刀だけではないのか」
「いろいろ作っております……あの、この酒は美味く出来ましたがまだ改良中ですので……」
「ふむ、しかし美味く出来たのだろう?」
「そうですが……まだ舌ざわりとか、後味が……」
「美味いのだろう?」
「……はい」
俺が観念した声を出せば村長がすぐに察して家から小さい杯(俺作)を出してきてくれたので酒瓶の中の酒を注ぐと、その酒を月ヶ原義晴と忍者は食い入るように見つめている……失敬な、毒なんざ入れてねぇよ。
「なんと……(なんて透明な酒だ……こんなに美しい酒は見たことがない)」
「これは……(香りも素晴らしい……飲んではならぬ、耐えねばならぬのは分かっているが……恐ろしい酒だ……!!)」
……あともう少し濁りを落としたいなぁ。香りはいいけど果実も少し入れて甘くしたい。
俺は強いのは飲めるけど味は甘いのが好きだからなぁ……甘くて弱めのお酒なら、おゆきやおよだの婆さんでも飲めるだろうし。
しかし、何を震えてるんだこの二人は。毒は入ってないってのに。
杯を持つ手がプルプルしてるぞ、このままじゃ零れそうだなぁ……。仕方ない。
「あの、早くお飲みにならないと零れます……」
「! あぁ! そうだな! ではいただくぞ……!!」
グイッと一気に飲んだ月ヶ原義晴は目をカッと開いて動かなくなった。
目の焦点も合っておらず遠くを見ている。
忍者の男が肩を揺するが動かない。そしてこちらを睨み
「ここは……どこだ……?」
義晴は宗助の酒を飲んだと思ったら何故か泉の前にいた。
どこかの山の中であろう泉は澄んでいて美しく木々が泉の周りを守るように囲んで生えている。
「そうだ俺は天野宗助の酒を飲んで……ん?」
〈クスクス……〉
クスクスと笑う声に義晴は耳を澄ませば、泉の縁に美しい女が座って彼を見ていた。
水を思わせる水色の美しい長い髪と瞳、白魚のような美しい手足、しかし手足の
「お前は妖怪、いや、泉の精霊なのか……?」
〈クスクス……〉
泉の精霊は口に手を添えて上品に笑うと義晴の腰を指さした。
そこにあるのは宗助から貰った刀。名を「刃龍」と名付けた刀があった。
義晴が刀を腰から抜けば刃龍はカタカタと動く、泉の精霊はその音に笑みを深めて美しく微笑んだ。
〈にいさま……〉
「え?」
泉の精霊はスゥッと消えると刃龍の前に同じように姿を現して鍔に細く美しい手を滑らせた。
まるで再会を喜ぶように優しく、愛おしむように。
〈ととさまによろしく……つばのりゅう、にいさま〉
《カタカタカタ……》
別れを惜しむように話す泉の精霊と音を鳴らす刃龍。
義晴はようやくわかった。このもの達は天野宗助の手に作られた全く種類が違う兄妹であると、刀の兄と酒の妹であると。
泉の精霊は別れの挨拶が済んだのだろう、刃龍から顔を上げて義晴の頬に両手を添える。
〈にいさまと、ととさまを……おねがい〉
その声と共に霧が義晴を包み目の前から泉の精霊が消える。
〈どうか、わたしたちの、だいすきなととさまと……なかよく、ね〉
俺が毒を仕込んだのではと忍者が俺の上に乗り、首に苦無を突き立てようとする。
だれが村長にやる酒に毒なんかいれるか!! と言いたくても喉を押さえられているため声が出せない。
ここで終わりかと目を瞑れば俺の上から鈍い音がして重みが消えて、村長の呼ぶ声が聞こえる。
「三九郎!! 何をしているか!!」
「若!! 正気に戻られたのですか!!」
「何をしていると聞いている……!! 宗助を殺そうなど……!!!」
村長に起こされた俺の前には月ヶ原義晴、そして離れたところであの忍者が地面に腰を付けて座っている。
どうやら月ヶ原義晴が殴って助けてくれたようだ。
「ですが若!! あの者は若に毒を……!!」
「毒など入っておらぬわ!! 宗助安心しろお前の酒は大変美味であった、美しい幻を見るほどにな」
彼は何を言ってるんだ?
酒で幻覚など見れんだろう……もしかして酒に弱いのかこの人?
なんて思っているのが分かったのだろうか俺の頭を叩き、ジト目でこちらを見ている。
「今お前、俺の言うことを疑っただろう……?」
「……いいえ」
「おい、その間なんだ……まぁいいか、三九郎とにかくこの酒に毒は入っていない、お前も飲め! そうすればわかるだろう」
月ヶ原義晴は俺が持ってた酒を忍者に飲ませようとしているが、そんなに美味いのかと思ってしまう。
確かに美味い酒だ、山の水は美味しかったからいい酒だろう。
しかし幻を見るほど美味いかと聞かれるとそうではない。というより幻を見るなんてやっぱり酔っぱらってるのではないかこの人。
俺はそんな失礼なことを考えながら、また明日にでも酒を持ってくるというと目を輝かせて頷く村長に苦笑し、この状況で作りかけの刀をどう装飾しようかと現実逃避をしていた。
その後、造った酒をくれと言われた宗助は村長にやる分をなんとか残してもらうが造った分(
◇
清条国 月川城 城主の間。
持ち帰った酒を酒瓶に入れて、義晴は父である
酒を義虎に渡せば、早速と盃に注ぐ父に思わず義晴は笑みが零れた。
「ふむ、刀だけではなく酒もまた奇妙とは……して味はどうだ?」
「大変美味だったぜ。俺と三九郎が精霊の幻をみるほどの美味さだ」
「精霊の幻とな? 三九郎までもか?」
義晴は見た精霊を思い出す。
この世のものとは思えぬほどの美しい容姿と少々舌足らずな言葉を話す鈴を転がすような声は、義晴が今まで出会った女性の中でも一番と断言出来るほどの美しさであったと。
「まことに美しい精霊にございました。俺は天野宗助が作ったこの「刃龍」を持っていたこともあり、こいつを頼むと言われましたが……三九郎は俺が精霊に会っている間に天野宗助を殺そうとしたので、精霊に親の仇と言わんばかりに頬を強く叩かれたそうです」
「はっはっはっ……!!! 美人は怒らせると恐いからな……ではいただくとするか、っ!?」
父親が酒を飲んでピクリとも動かなくなったことを確認すると、義晴はもう一度あの酒を飲むが今度は精霊に会えない。
どうやら一度飲むとだめなのかと少し残念そうに肩をすくめる義晴を
義晴が刃龍を腰から抜いて鍔を見れば、目を開き笑うように口を開ける龍がいた。
「なんだ? そう簡単に妹と会えるもんかって笑っているのか? 刃龍、この酒の名は「水清酒」でどうだ? 清冽な水の精霊の酒という意味だ」
《カタカタカタ……!》
「そうか、気に入ったか」
一度上を向いてまた刃龍に目線を戻せば、目を細めて笑うように動く龍……。
そして、美しい泉の精霊に会える酒……。
この世になかったものを作り出す男の姿を思い出し、義晴は口角を上げて盃に入れた酒を一飲みで飲み干す。
「いい酒だ……たった二つ、たった二つでここまでの物とは……さて、次に行く時が楽しみだ」
◇
草木も眠る
宗助が寝室で眠る中、アトリエに置かれた作りかけの二振りの大太刀と短刀が月の光を浴びてほんのりと淡く光っていた。
その傍に置いてある、同じように淡く光る「欠けた隕石」と共に。