翌日、俺が昼を食べようとアトリエから戻るとその侍は居間に上がり座っていた。

俺は思わず戸を閉め、背を向けて気のせいだと己の頭に暗示をかけてアトリエに足を戻す。

「よし、あの侍は気のせいだ。鞘の装飾を考えよう」

「何をしている、早く入れ」

「ぐえっ」

……俺は気のせいだと思い込もうとしたのに侍の手により家の中に入れられた。侍に首根っこを掴まれた俺はまるで猫のようだ。

いつの間に俺お手製の藁座布団を見つけたのかそこに俺を下ろすと、侍はもう一つ見つけてきて俺の目の前に座る。

「お前が俺を助けてくれたんだってな? 感謝する」

「顔上げてください……、お侍さま」

「ん? 俺を知らぬのか?」

頭を下げる侍に顔を上げてくれと言ったが、侍は俺を見て首をかしげていた。

あ、何かまずいことしたか……? どっかの偉い人だったかぁ……。知らないとまずいか。なんて誤魔化そう……。

「あー……申し訳ありません。俺は他所から来たものなので、あまり領主様やお侍様の顔を知らぬのです」

「なんと、そうだったか」

嘘はついてない。知らないのは本当だからな。

しかし、ちょいちょい若者と話すような話し方してるなぁ……パラレルワールドであるから文化も少し違うのかもなぁ……。

「まぁ、座って話をしよう!! お前に色々聞きたいことがあるからな」

此処俺ん家。って今は俺が歳が下だし、地位は農民と同じだしなぁ……。これがきっかけで村の人以外と話すのがもっと嫌になりそう……。

「はぁ……、どのようなことをお尋ねで?」

「まず、お前の名前を聞きたい。お前なんて呼び方はあまり良くないからな」

まぁ確かに。でも俺はお侍さんの名前知らないからね。

「あ、俺は月ヶ原義晴だ。で、お前の名前は?」

「……天野宗助です」

先手を打たれたので名乗り返すと片眉が一瞬ピクリと動いた気がしたが、たぶん気のせいだろう。

ん? 待て……月ヶ原? 月ヶ原ってこの国を治めている領主じゃないか!!! 俺は急いで頭を下げる。

「りょ、領主様でございましたか……! これはご無礼を致しました……!!

「よい、顔を上げろ。さて次の質問だ。天野宗助、お前があの村の建物の造り方を教えた者だな?」

「(ビクゥッ!!!)」

いきなり声の圧が変わったので肩がびくりと大きく動く、ゆっくりと顔を上げれば、そこにはまるで獲物を見つけた獅子のような目で俺を見ている月ヶ原様がいた。

その目が嘘は許さない、沈黙は許さないと語っている。俺は背中がぐっしょりと汗で濡れるのを感じながら、なんとか返答した。

「そう、です……」

「……そうか!」

「っ」

鋭い目から一変し、へらりと笑う月ヶ原様に俺は体の力が抜けて思わず床に手をついて足を崩してしまうが、月ヶ原様が俺の両肩を支えた。しかしこれで俺はこの人から距離を空けれなくなってしまったことにすぐに気づいた。

ゆっくりと前を向けばそこには整った顔の月ヶ原様の笑顔があった。女子であれば嬉しいだろうが、今の俺には悪魔の笑顔だ。後ろへ体を動かそうとするとがしりと掴まれてびくともしない。

「最後だが、この刀らを作ったのはお前か?」

「はい、そうです……」

「ほう……よくできているな……試し斬りいいか?」

俺でですか? と思わず聞かなかった俺を褒めてほしい。

月ヶ原様は俺の返事を待たずに壁に掛けた今まで作ってきた刀の一つ……打刀を持ち出すと調理場においてある薪を宙に投げて刀を振り落とした。

その薪は綺麗に真っ二つに切れている……。よほど腕前がいいのだろう。

月ヶ原様は刀を見てニヤァと、俺にとっては悪い顔をしながらこちらに振り向き歩いてくる。

あぁ、次は俺の番かと覚悟を決めたが、逆にぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。何が起きたと目を丸くさせれば月ヶ原様は満足そうに笑っていた。

まるで玩具を見つけた子供のような、いややめようこの状況だと玩具は俺のことだ。

「この刀気に入った! 貰っていいか?」

「あ、はい、どうぞ……」

「うむ!」

しかし素人が作った刀のどこを気に入ったのやら……まぁ命が助かるなら一本くらいいいか。月ヶ原様はそのあと昼を共に食べて、本当に刀を持って帰られた。

……嵐のような人だった。


月ヶ原様が帰られた後、俺はあの人の相手をしたことで変に疲れたので寝ていたが、おゆきと太郎の泣き出す声に飛び起きた。

訳を聞くと月ヶ原様はおゆきと太郎に案内させて俺の家まで来たらしく、戻ってきた月ヶ原様が俺の作った刀を持っていたので二人は俺が斬り殺されたのではと急いで来れば俺が倒れていたので、月ヶ原様を連れてきた己のせいで死んでしまったと泣いていたらしい。

とりあえず二人を泣き止ませた俺は釣った魚を分けてやり、二人を村に帰した。

清条国、楚那村近辺の道にて……。

刀を宗助から貰った月ヶ原義晴は城への帰りの途中に木の陰で休むと、木の根本に黒い影が落ちる。

「三九郎、彼はどうだ?」

「……正体不明にございます。七年前に山賊に襲われたらしく楚那村の村長が保護したとの情報しか出てきません」

「ほう、何処の国の者かはわからない、か」

「さようです」

月ヶ原義晴は忍び……名は三九郎と共に宗助を調べに来ていたのだ。

忍びから報告を聞いた月ヶ原義晴は貰った刀を抜いて製作者である宗助の家を思い出す。

しっかりとした木造の家に、宗助が作った壁にかけられていた刀を。

「木材のみではあるがしっかりとしていた。刀も見たことのない作りのものや面白い刃の刀があったな……ただの武家の落胤らくいんが逃げてきたと思ったが何か訳ありか……」

「ほかにも茶器がありました……若、こちらが形を写したものですが……」

「なんだこの妙ちきりんな器は?」

三九郎は宗助が月ヶ原義晴の相手をしている隙にアトリエを調査していた。現物を持っていく訳には行かないため紙に写していたのだが……。

そこに描かれていたものは普通の茶器から義晴が見たこともないものまであった。

ちなみに義晴が見たものはマグカップとワンプレートの皿である。

「この蛇みたいなものがくっついている器はなんだ? これで何を飲むのか? こっちは皿か? 変なくぼみがあるぞ」

「ほかにも作りかけの刀にやけに大きい刀と短刀がございました」

「そういえばあの村の娘が今は刀作りに集中していると言っていたな……その二振りという訳か、村の者には嘘を言ってはいない、と……」

三九郎は懐から巻物を取り出すと月ヶ原義晴に渡す。巻物を開けば中には宗助の近辺の関係者と主な一日の行動が書かれていた。

「ふむ。接触しているのは村人のみ……商人や旅人がいない時だけ山から下りて村に来ているな。刀や茶器の材料集めに山を歩いているが、ほとんど山に引き籠っている……と」

「職人は山に入り何かを作りますが、ここまで引き籠ることはしません。調査を続けたいのですが……」

「許す、いや待て、俺が度々行けば何かわかるかもなぁ!!

「…………」

三九郎は絶対に義晴が訓練をさぼる口実であると察し、口実を与えてしまったと内心愚痴りお腹を摩るのであった。

「それに……宗助は面白そうだからなぁ。知識もあり技術もある……三九郎、宗助をこの国から逃がすなよ」

「御意。それにしましてもなぜそのような刀を……その刀は普通の刀に見えますが……」

「普通に見えるが……よくつばを見ていろ」

宗助から貰った刀の鍔の中には龍がおり、ぐるりと刀を己の体を使って囲い、尾をくわえてしがみついているように見える。中々に凝った作りの鍔である。

月ヶ原義晴は刀を三九郎に構えさせて鍔をぶつけるように斬りかかる。三九郎は長年月ヶ原義晴に仕えた忍び、すぐに主が怪我をしないように体勢を変えた。

「何をなさいますか!?

「鍔を見ろ」

主人に再度言われ鍔を見た三九郎の目は、信じられないと何度も月ヶ原義晴と鍔に目線を動かす。

月ヶ原義晴は鍔を見て口角が上がるのを抑えられなかった。そして、驚愕し口を開けている三九郎の様子を見てさらにくっくっくっと笑いをこらえきれず口から漏らす。

「どうだ? 面白いだろう?」

「面白いも何もこれはありえないことです!! 鍔の中の龍が動いているではありませんか!!

そう月ヶ原義晴が刀を欲した理由はこの鍔にあったのだ。

三九郎が見た時の鍔は、尾を咥えて丸まるように刀にしがみつく龍だった。しかし今の鍔の龍は尾から口を離し、今まさに鍔から飛び出さんと構えているような姿勢を取っている。先ほどと姿が違うのだ。

月ヶ原義晴は刀を鞘に納めると鍔を見て笑みを深める。鞘に入ると鍔の龍は先ほどのように丸まり、目を閉ざして眠りについたのだ。まるで興ざめだと言わんばかりに。

「若はこの鍔についていつ……」

「薪で試し斬りした時だ。俺が最初に見た時は目を閉じて眠っていたが薪を切った時に目を開けてこちらを見ていたからな……俺を見極めてるのかと思ったよ」

「信じられません……しかし、目の前で起こったことが何よりの真実……あの者について調べねばならぬことが増えましたな……」

「だからこの国から逃がすなと言っている。こんな面白い刀を作るのだ。他のも見たい」

「(やれやれ若の面白いもの好きが始まったか……また俺の仕事が増えるなぁ……)」

「三九郎、部下に宗助を見張らせて作りかけの刀が出来たら報告しろ。次も見に行くぞ」

「……御意」

鍔を日の光に透かすように見る月ヶ原義晴。

刀を空に掲げて楽しげに笑うその姿は、まるで狩りを楽しむ獅子のようであると三九郎は見張り対象である宗助に心の中で合掌した。

「俺を楽しませろよ、天野宗助」


宗助は知らなかった。組み込み式の鍔失敗したわーと思っていた刀がとんでもない評価を受けてしまっていたことに。

そして少し違うが異世界転移をしていたことにより、変な能力を身に付けていたことに。