序章 戦国時代へ
俺は天野宗助。男、三十六歳、独身。
ごく一般のサラリーマンであり、趣味はたくさんあるが……今のところ資格を取るのが一番の趣味だな。
俺を一言で言うなら平凡だ。どこがと言われれば全部だ。今までも大きな事件もなく就職、仕事も普通のどこにでもいるサラリーマ「嘘つけ!! お前みたいなサラリーマンいるか!!」
おい中学の頃からの友人で同僚の田中、人の自己紹介の間に入るな、というかなぜ俺の心の中の自己紹介を聞いている。
「俺の説明ありがとう!! いや声に出してたし、どこが平凡だ! お前一般人どころか逸脱した人、所謂逸般人って呼ばれる男だよ」
「いやいや田中こそ何を言っているんだ、容姿は普通、業績も性格も普通な俺のどこにそんな要素があるんだ?」
「どこに材料さえあれば数週間で家を造れるサラリーマンがいるんだよ!! 大工の
「流石にナイフは欲しい」
「例えだよ! 本気にするな!!」
なんだいきなり失礼な奴め、まあ確かに普通の人に比べれば出来ることが変に多い人間であろう。
俺は先ほど言ったが資格を取るのが趣味だ、趣味程度のものから国家資格まで手を出している。
どのような資格かについては家を建てられたり船を動かせたりできる資格を持っているぐらいの認識でいいと思う。
なぜこんなにできるようになったか、それは俺の幼少時代にまで
何? そこまでは聞いていない? だが語ろう、語ったほうが話が分かりやすいからな。
それは俺が小学校に入る前のことだった。ほかのことは曖昧だがそのことはよく覚えている、何せ己の夢を決めたのだからな。
俺の入学祝いに親戚一同が集まり宴会を開いていた時のことだった。当時俺が親戚の中で一番慕っていたのが叔父だった。
優しく、人に好かれ、穏やかな性格の持ち主であった叔父を当時の俺は大人の見本として見ていたし、傍にいてとても居心地のいい人物であったからだ。
その日も叔父の隣で話をしながら楽しく食事をしていた。
その際に叔父は俺に夢はあるかと聞いたのだ。当時なりたいものが多すぎて決められない俺に叔父はお酒が入っていたこともあるがこう言った。
「まあどうせ若い時の夢なんて叶わないもんさ、夢を見るなら老後のセカンドライフに夢をみるね」
勿論俺は何故かと聞いた、子供はなぜと聞くものだし何よりあの叔父が夢も希望も無いことを言ったのだから。
叔父がいつも俺に向ける顔は優しく、酒が入っているのかふにゃりとした笑顔でこう返した。
「若い頃の夢が叶うなら叔父さん社長になってた、でも課長で止まっているだろう? なにより若い時の短い時間で夢を叶えるより、老後を夢見て準備したほうが確実だもん。お金も準備できるし、老い先短いと多少のことでも反対されないし、夢を見るならセカンドライフってな!!」
俺はこのとき衝撃を受けた。実は親戚の中でも優秀で仕事もうまくいっているのが叔父だったのだ。
有名大企業で働き、部下に慕われ、友人にも恵まれていた人生順風満帆な叔父のこの発言が今の俺の始まりだった。
勿論話を聞いていた親戚達は叔父を批難していた。特に父は叔父を殴って怒っていた。
「子供になんてこと言うんだ!! 宗助、あいつの言ったことは気にするな、あいつ最近仕事で失敗してへこんでるだけだからな! 大人になるのは悪いことじゃないんだぞ!? な!?」
その後は叔父の発言による衝撃に固まり呆然としていた俺を父が激しく揺すり、母が泣きながら夢を見るのはいいものだと必死に説いて、四つ年が上の姉は焦点の合っていない俺に危機感を覚えて背中を
翌日、酒が抜けた叔父は謝罪してきた。が、しっかりとあの発言は俺に影響を与えており、その日から俺は老後のセカンドライフに何をするか考えた。
そして、土地や預金のやりくりはともかく、老後に様々なものを作りたいと親に頼みこんでいろいろな経験をさせてもらった俺は、中学に入るころには家庭科・工作は職人レベルのものとなっていた(姉曰くであるが)。
中学にて資格の存在を知ったが、親に様々な体験のためお金を使わせているのに資格取得にまで払わせるわけにはいかないと高校からバイトをしながら資格取得のためのお金を稼いでいたが、バイト先も運搬の仕事からアクセサリーのデザインまで幅広くやっていたな。
その当時激務だったがまだ若かったからなぁ、なんとか体は耐えていたが今は無理だろう。
今思えばアクセサリー店の店長は俺にアクセサリーのデザインを好きに描かせてくれた。作るのはまだ早いと言われて出来なかったが、是非ともうちに来てほしいと言われていたな、申し訳ないことをしたもんだ……。
「まぁ、普通だろ。若者が夢に向かって突っ走るのと同じ同じ」
「同じ同じじゃねえよ! 部署が違うがお前がこの会社にいたのを見つけた時の俺がどんなに驚いたか……!! 絶対に職人になるんだと思ってたからな!! しかも就職のときも老後のこと言ってたそうじゃねぇか!! 高橋専務が笑ってたらしいからいいが……、まぁ、逆に気に入られたか」
田中の言う高橋専務は俺の直属の上司に当たる営業課の専務であり、俺を採用してくれた人だ。
俺を可愛がってくれて、趣味に関してよく話す仲である。
「高橋専務は俺の老後計画仲間でもあるぞ、奥さんと老後は田舎でカフェを営む計画を立てているんだ。奥さんも大喜びで賛成してるぞ。ずっと夢だったそうだしな」
「高橋専務……」
田中には言わないが高橋専務夫妻の老後の計画はばっちり立て終わり、今実現に動き出しているのだ。
店と住居に畑、資産など、俺と釣り友の税理士や同じくハイキング仲間な建築家に依頼をしているから、俺のサポートもいらないほどことが進んでいるしな。
ちなみに専務は還暦退社の予定であり、専務から老後の予定の話を聞いた社長も老後の計画を立て始めて、俺に相談に来ていたのは田中には内緒だ。
「あ、そうだ田中、昼は外でいいか? 姉と甥っ子が近くまで来ていてな、昼をともに食べようと誘われているんだ」
「お、いいぞ! 俺も久しぶりに空太君に会いたい」
田中は子供に大らかで爽やかな性格で好かれやすいから、甥っ子の空太も田中によく懐いている。
昼休憩の時間になりすぐに会社を出ると姉と甥っ子がいた。
「叔父さぁぁん!! 田中ぁぁぁぁ!!」
「おい、呼び捨てやめろ! さんをつけろ!!」
田中を呼び捨てにしているのが空太。五歳だ。呼びやすいので田中と呼び捨てで呼んでいるらしい。
空太の後ろにいる少し派手なワンピースを着た女性が姉だ。
「田中諦めろ。姉さん久しぶり、元気そうで何よりだ」
「宗助は相変わらず社畜ねぇ……、あんた本当にカウンセリング来なさいってば、弟だから金取らないでやってあげるから」
「俺は普通だよ。社畜って深夜残業当たり前、休日勤務、会社のために命かける人でしょ? 俺そこまで魂売る気はないよ。俺、老後のために働いてるだけだし」
「それ社畜というよりブラック企業よ。いいから来なさい。ちょっとはあんたの考え変わるかもしれないし」
姉は心理カウンセラーだ。今は店を持ち、様々な職業相手のカウンセリングを行っている。
姉の職業がカウンセラーになった原因は俺らしく、あんたみたいなのを減らすのが私の使命よ! と高校生になったばかりの姉は俺に宣言していた。
その時俺の手にはいつか自作したいと溶鉱炉の資料があったのも原因かもしれない。
「店はどこにするか決まったの? まだなら俺の行きつけのイタリアンに案内するよ」
「あら、イタリアンなんておしゃれな店知ってるのね」
「老後のためにそこの店の手作りのピザと石窯の工夫について観察と話をしていたら店主と仲良くなって……痛い!!」
「あんたはどこでも老後の計画に話を持っていくのはやめなさい!!」
イタリアンでパスタを食べて二人を会社近くのバス停まで送ろうと歩いていた。
お腹一杯でご機嫌な空太はうろちょろと走るので姉と俺が手を引いたりして注意はしていたが、子供は元気なもので手を振りほどいてまた走り出す。
一応自転車や、周りに注意はしているようなので大丈夫だろう。
「今日はありがと、おいしい店だったわ」
「あんないい店があったなんてなぁ、また食べに行きてぇや」
「それはよかった」
「そうね、また食べに行きたいな、今度はあんたの嫁さんと一緒に」
姉の言葉に俺は顔をしかめてしまうが仕方のないことだ。
俺は今まで恋人などいたこともない。望み薄なのだから。
「ったく、資格とか家とかはすぐに造ったり取ったりできる癖に彼女は全然出来ないんだもの……」
「その言葉、田中にも言ってくれ」
「なんでだよ!」
楽しく話しながらもうすぐバス停に着くところで周りがやけに騒がしいのに気付いた。後ろを振り向けばトラックが迫っていたのだ。
周りは逃げろと言っていたのだ。田中に姉を頼むと空太を捕まえて近くにいた大学生くらいのカップルに投げ渡した。
なぜ空太を投げ渡したのかはわからない。もしかしたらこのままでは二人とも
「おじさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
「宗助ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
二人の声が聞こえた瞬間、体に衝撃がきて、視界が高くなるのがわかった。
どうやらトラックにはねられて空を舞ったらしい。意外なことだが人間危なくなると客観的になるのだろうか?
地面に体が戻ると涙で顔がくしゃくしゃになった姉が俺を上に向かせて何か話しかけているが聞こえない。耳をやられたらしい。
視界の下の方で怒鳴っているのだろうか、大きく口を開けて必死の形相の田中が俺の腹であろう箇所を着ていたスーツで押さえているのが見える。そうかそこに傷があるのか、痛みなどわからないから何も感じないなぁ……。
空太は無事かと目で捜せば先ほど渡したカップルが顔を真っ青にさせながらも泣きじゃくる空太に話しかけている。どうやら守ってくれたようだ。
「よかった」
そう思えば一気に力が抜け、目が重くなる。
姉が頬を叩いて首を横に振っているのが見えたが……だめだ、目を開けられない。
そうか、これが死か。
◇
死を感じて、これから
そう思っていた俺の頬をさわさわと何かが触れる。いや頬だけじゃない手や足にもさわさわとした何かが触れるのを感じて俺は飛び起きた。
飛び起きるとそこは木々に囲まれた湖だった。ふさふさと生える草の上にいた俺はさわさわの正体は草であると分かった。風で揺れていたようである。
「ここは……天国か? 地獄にしては綺麗だしな……」
俺は立ち上がり場所を確かめるために辺りを散策することにした。
どこかの山の中だろうか……まさか死体遺棄か? いや、俺は死体ではないので違うか。それにトラックでの事故で、人通りのあるオフィス街で死んだのだから多くの人目がある中でこっそり死体を運び出すなんて無理だろう。
なんとか広い道を見つけて山の外に出ると、そこは田んぼだらけの場所だった。
どこの田舎に俺はいるんだ。ここは何県だと一人で考えていると、とても大きい牛を引いたこれまたえらく背のでかいお爺さんがやってきた。
「あんれ、お前さん変な恰好……血が出てるじゃねぇべか!? 大丈夫か!?」
昔の農民の衣装と笠をかぶったお爺さんは俺の服を見て目を飛び出さんとばかりに驚いていた。よくみると、シャツの腹の部分が血に染まっている。おそらくあのトラックでの怪我だ。
牛も俺の血の臭いに目を心配そうにして俺を見ている、優しい牛さんなようだ。
「あ、いやお爺さん俺聞きたいことが」「話は後だぁ!! すぐ来るべ!!」
お爺さんに手を引かれて連れて来られたのはまた、戦国時代の農民が住んでいそうな集落……。
お爺さんと共にいる俺に気づき集落の人間が顔を家からのぞかせたり、爺さんに並んで歩き話をしている。
「およだの爺さんその子どうしただ、って血が出てるでねぇか!? おおい!! 怪我人だ! 薬師の爺さん呼んできてくれぇ!!」
遠くからわかったと返事が聞こえる。いや待て、俺は今どういう状況だ? 映画の撮影現場に来てるのか? 偶然迷い込んだのか!?
というか此処の人も身長デカイな。俺は一応は一八〇はあったが、その俺の目線が腰くらいの高さだぞ!?
「変な格好じゃが……どうした?
「いや、その気づいたら山にいて……」
「山賊にやられたか!! こんな子供を襲いおって!! なんて奴らだ!!」
ん? 子供? 周りの爺さんや婆さん達は俺を囲んで頭や背を撫でているが撫で方がかなり優しい。
「可哀想に……まだ太郎くらいの子供だべ……」
「大丈夫か? 怖かっただろうなぁ……」
「親はどうした? まさか……山賊に」
「おやめなさいよ! この子の前で言うのは!!」
ちょっと待て、なにを言ってるんだ? 俺は三十路をとうに過ぎたおっさんだぞ?
子供になんて見える訳……丁度歩く先に池があるから確認しよう。
だが現実は残酷だった。覗き込んだ池に映ってるのは、爺さんに手を引かれている八歳くらいの子供だった。
村人が先ほどから言っている子供は俺だったのだ。
爺さんの家に連れて来られた俺は奥さんのお婆さんに手当てを受けていた。
「可哀想にねぇ……こんな小さな子が山賊に、よく逃げて来られたねぇ……」
「ほら新しい着替えだべ、こんなに細く傷だらけで……頑張って逃げたんだなぁ……」
「およだの爺さん、この子どうするべ? 村には子供は少ねぇが置いてやれる家なんて……」
そりゃそうだ、どう見ても貧困な集落っぽいし……見ず知らずの子供を置くのは難しいだろう、ここが何県か聞いて集落を出よう。国道に出れば警察、まではいける……が周りの服装や建物からして嫌な予感がする。
「大丈夫です。此処の場所が分かれば集落を出ますので問題はな、いっ!?」
「田吾作! お前はなんてことを!! こんな小さい子に出てけなんて……!!」
「そうじゃぞ!! 怪我も治ってない子供に……!! しかもこの子に言わせるなど……!!!」
お婆さんが俺を抱きしめて少し苦しい。お婆さんの腕の中から様子を見るとおそらく田吾作であろう人物が顔を青くさせており、爺さんが逆に顔を真っ赤にしている。
しかも家の中を覗いていた村人や薬をくれた爺さんも田吾作を睨んでいる。
俺は出ていくと意思を伝えたが、お婆さんが反対しただけではなく外から様子を見ていたおばちゃんやお姉さんまでも俺に詰め寄り反対だと告げる。
先程医者を連れてこいと言った男が田吾作の胸倉を掴んでおり、周りの男衆がそれを止めている。
どうしよう、俺のせいでこんなことに……。
俺は最悪子供の姿であることを利用して、泣いてでもこの騒ぎを止めねばと考えていると家の戸から今までの村人とは違い風格のある体格のいい男が入ってきたのが見え、また騒ぎが大きくなるのではと不安を過らせたが、その不安はすぐに消えた。
なぜならばその男はこの騒ぎに目を向けると。
「静まれぇぇぇぇい!!!」
と一喝してこの場を静めたのだ。
「村長……」
「話は聞いたが田吾作、よそ者とはいえ怪我をした子供じゃ、いらぬ心配をするな。坊主騒がせてすまなかったのう。話は聞いた。怪我が治るまで儂のところに住みなさい」
村長は異議は許さぬと俺を見つめていたので俺は頷いた。
すると村長は俺を抱き上げて、家を出た。村長の家に向かうらしく、ぞろぞろと村人たちがついてくる。
「そういえば名前を聞いとらんかったな。儂は虎八須じゃ」
「天野……天野宗助」
「! 苗字持ちか……事情は分からぬがよく来たな宗助。この村が今からお前の住む村だ」
虎八須さんは村の中では高い丘の上の家に住んでいて家から村を見渡せる。いい家に住んでいるようだ。
「さっき場所がわからないと言っていたな、ここは清条の国じゃ、領主様は月ヶ原様じゃよ」
「清条…………? 月ヶ原?」
「なんじゃ知らぬのか? 月ヶ原様を知らぬとは随分遠くから来たんじゃのう…………月ヶ原様はいつか天下を取られる立派なお方じゃよ」
ちょっと待て。清条とはどこだ? 月ヶ原って誰だ? 天下を取ったのは豊臣だろう?
そもそもここはやはり時代が違うのか、天下を……ということは恐らくは戦国時代の最中だろう。
ということは、俺は過去の戦国時代……しかも、俺の知る歴史とは違う別世界……所謂パラレルワールドの戦国時代に来てしまったのか!?