プロローグ 二〇二三年 天野宗助展 開催
二〇二三年 某月 東京の大江戸博物館。
大江戸博物館はそこそこ大きく、そこそこ人の入る博物館である。
その博物館の会議室にて、複数人の男女が集まり机を囲い会議をしていた。
彼らは博物館で働く者達であり、その会議は来年の特別展示を決める大事な会議である。
この特別展示の反響次第では来年の予算を多くもらえたり、知名度を上げることも出来るために大事な会議なのだ。
「やはりここは西洋の画家の物を……」
「いや、ここは中国文化のですな」
「それは二年前にやりましたぞ、もう少し新しいものを……」
「しかし、話題に
「と、いいましてもなぁ……」
あれやこれやと案を出すも会議は難航。どの展示もいまいちしっくりこないと悩む博物館の役人達の空気は重い。
今回も会議は長丁場になると覚悟をした館員達を救ったのは、会議を経験するためと入れられた一人の若き青年の案であった。
「あの……!」
今年、入った新人である彼は顔が緊張から引きつり、耐えるように震えながらもまっすぐと手を挙げていた。
一斉に視線を向けられたじろぐ若者だが、隣にいた高齢な役人が安心させるように背を撫でて落ち着かせる。その役人だけでなく他の役人の目も優しく若者を見ていた。
「いいんだよ、何か思いついたのだろう? 言ってごらん」
「そうよ、今私達は全然思いつかないもの、若いあなたの意見を聞きたいわ」
普段から大人しくあまり話さない若者が自ら手を挙げたのだ、是非聞きたいと彼を知る者達は思い、優しく声をかける。周りから言ってごらん、大丈夫だよと声をかけられるも緊張で固まる若者に館長も優しく声をかけた。
「君が勇気を出して手を挙げてくれたんだ、是非聞きたいなぁ」
優しく、心からの館長の言葉に若者は緊張した面持ちで席を立ちあがる。
発言をしようとする若者を優しく受けいれた先輩役人達はその若者の意見に耳を傾けようと静まり返った。
その様子を確認した若者は一度息を整えると少し裏返った声で案を発表した。
「あの、あ、天野宗助氏の作品を展示するのはいかがでしょうか!」
若者から出た案に一瞬しんと静まり返るも、広報担当の男からがははと豪快な笑いが会議室に響く。
この反応に若者はあぁ、やめておけばよかったと、泣きそうな顔を真っ赤にして必死にこらえた。こんな思いをするならば手をあげねば良かったと悔やむ中で広報担当の男は笑い終えると立ち上がり、くしゃりとした泣きそうな顔をする若者の傍まで歩むと、若者の頭を豪快な笑いと同様な手つきで撫でた。
「お前! 随分渋い趣味してんだなぁ! 天野宗助が出るなんてなぁ!」
「驚いたなぁ、まさか若い子から天野宗助の名前がでるなんて……でもいいかもしれない! ちょうど展示予定の年は彼の没後四五〇年になるじゃないか! 記念の展示としていいよ!」
若者の提案を聞いた役人達はおおっと声を上げ、頷きあう。
そして頭の中で構想が練り上がっていった彼らは意気揚々と提案した若者の頭や肩を撫でる。
その先輩たちからの反応にポカンとした若者は今度は恥ずかしさから顔を真っ赤に染めた。
「よくやった! すごくいい案じゃないか!」
「その、今、歴史物のゲームが人気で天野宗助氏も知られています……! 関心度は高いかと思いまして……!」
「あぁ、話には聞いたけどゲームの……うん、確かに話題性もあるね」
「それに天野宗助の作品はどれも逸話を多く持ちます、歴史好きにはたまりませんぞ!」
「なんせ現存しているほとんどの作品が国宝・名品ばかり! 見る価値も高いですよ!」
水を得た魚のように意気揚々とあぁしよう、こうしようと案を出す館員達に挟まれた若者はオロオロと辺りを見回している。意見を出して褒められたものの、話の会話の速度から全く追いつけていなかったのだ。
パンッ! パンッ! と手をたたく音が会議室に響く。
「はい、お静かに」
興奮気味に話し、騒がしくなる会議室に対して発案者の若者が置いてきぼりになっていることに気付いた館長が見るに見かねて、手を叩き静かにさせると、役人たちは慌てて自分の席へと戻った。
その様子を見守っていた館長は最後の一人が席に着くとにっこりと笑顔を浮かべる。
「さて、決まりましたね。次回の特別展示は天野宗助の没後四五〇年記念の特別展示とします。反対意見は……ありませんね。では準備を始めますよ」
「「「「「はい!」」」」」
その展示会の情報は博物館が発表するとすぐにニュースになった。没後四五〇年を記念した天野宗助の特別展示を行うと。
《大江戸博物館にて没後四五〇年を記念した戦国時代の職人天野宗助の特別展示を行うと発表されSNSなどで大きな話題となっています》
《天野宗助は戦国時代にて活躍した職人であり、天下人の
このニュースに多くの人が沸き上がった。
それは彼の作品が多くの有名な武将や伝説を生んできたからであり、戦国時代以降の時代劇もしくは大河ドラマには必ず一つは登場するのだから知名度は高かった。
とある擬人化ゲームのキャラを推しにしている者達はそのニュースに黄色い歓声をあげた。
「ねぇ知ってる!? 大江戸博物館で天野宗助の作品が展示されるんだって!」
「マジ!? じゃあ、星海宗助を見れるの!?」
「やばい! 流星宗助もいるのかなぁ!?」
「昴も来るのかなぁ~! 星の刃みたい~!」
「展示されるなら推しを見るチャンスだよ! 絶対に行かないと!!」
「待って! サイト見たらコラボ決定ってあるから確定じゃん!!」
「「「行かなきゃ!!」」」
天野宗助の作品の展示のニュースは歴史好きな者にも歓喜の声を上げさせた。
「ひゃあ~、天野宗助の作品展示とかやばいなぁ……! あの名品、名画を一気にとかすげぇ……!」
「見ろよ! 作品展示まだ交渉中のもあるけど! ここの展示確定欄に白百合の
「あれは京都の守護のための物だから無理だろ」
「ってやべぇよこれ! 始まりの掛け軸あるじゃねぇか! これは個人所有のやつだから滅多に見られないぞ」
「ひぃぃ! 星刀剣三振りも展示確定してるからチケット戦争やばそうなのになぁ……」
「でも一度は生で見たいだろ! 頑張るしかねぇって!」
とある老夫婦はテレビのニュースを見て展示の事を知った。
「ほぉ! 天野宗助展か!」
「まぁ、確か歴史に名高い職人さんでしたねぇ」
「うちのご先祖様がお世話になったそうじゃよ、……婆さん、展示する博物館は都内じゃし、デートで行ってみるか」
「えぇ、勿論。お爺さんとならどこへでも行きますよ」
「儂も婆さんとならどこでも行けるよ、おぉ! そういえばうちにも家宝の一つに天野宗助の作品があったなぁ! 良ければ展示をしてもらおう!」
「あら! すてきですねぇ!」
「チケットは孫にどうやってとるのか聞いてみるか」
「博物館の電話番号はどこかしらねぇ」
とある環境大臣はそのニュースを新聞で知った。
「杉野大臣、新聞です」
「あぁ、ありがとう……ほう、天野宗助展か」
「えぇ、名品や国宝を一堂に集めるとかでSNSでもテレビでも大きく取り上げられています……あ、そういえば……我々の庁には天野宗助の作品が引き継がれていましたよね、確か……風鈴でしたか?」
「あぁ、そうだ……そうか天野宗助展か、夏ではないし……特別展示で貸してみるか」
「では、連絡を致します」
「頼む……きっと喜ぶだろうなぁ……」
そして時は流れて展示会当日……。
報道、歴史ファン達が殺到し、数多くの人が開館を待つ姿は博物館の敷地外まで列をつくっていた。
《見てください! 今日からの展示にこんなに多くの人が集まっています! 今日の目当ての展示物はあるか並んでいる人に聞いてみましょう! おはようございます! 天野宗助展で目当ての展示はありますか?》
《はい! 星刀剣三振りの刀見たくて……》
博物館の展示のために集まった多くの人をテレビが報じる。
それだけ期待の大きい展示があるという事でそれを見ていた博物館の館員達は思わず声が
「ひえええ……!! すごい人だぁ……!!」
「これはすごいな、ゲームの影響もあるんだろうが……ご年配も大勢いるぞ」
「そりゃあ天野宗助の作品は大河ドラマでもよく出るもの……それを生で見れるなんて知ったら、一度は見たいと思うわよ」
「私だって館員だから事前に見せてもらったけど興奮したからねぇ……中々無いチャンスだから皆見に来るよ」
この展示のために博物館はすべての天野宗助の作品を所蔵する博物館、個人で所有する家に電話をし交渉を重ね、一部を除いた作品が博物館に集まった。
また、展示の事を知った一部の所有者から貸し出しでの展示希望を頂いたこともあり、数多くの作品を展示することが出来たのである。
そして、博物館の広報課は話題を集めるため有名ゲームにて天野宗助を演じた声優による音声案内や、作品を擬人化したキャラが描かれた看板やクリアファイルの配布などを宣伝したりした。
その結果、話題を呼び多くの人が集まったのである。
「広報が頑張ったから女の人もおおいけど……やっぱり天野宗助の作品ですもの、報道も歴史好きも集まるわよねぇ……」
「そりゃあそうだろう、あの天下人・月ヶ原義晴を
「……まぁ、すごい数の予約があるわ……特にオランダから」
予約チケット、団体予約の表を見た館員の女性は様々な国からの予約に目を丸くしながらもオランダからの予約の多さについ数を数える。
それを後ろから見た男はその多さに納得するように笑った。
「向こうでは『神が遣わした鍛冶職人』として有名だしなぁ……なにより『海導の首飾り』が今回特別に展示される、あのアラン提督の一番の宝だからな…………今回、よくオランダ政府から展示許可貰えたもんだ」
「それは向こうの方々が天野宗助の大型展示だっていうと喜んで貸し出し許可をくれたんだ……まぁ、簡単に貸し出しはまずいから色々出来る範囲での厳しい条件付けて、だけどね……」
オランダのある有名な提督が所持する首飾り、それが天野宗助作であることを日本が知ったのは実は近年の事であった。
天野宗助の作品、関連の品、生涯等を展示した博物館にオランダからの観光客が押し寄せるようにやってきただけでなく、学校の団体予約が毎年入ることからあるテレビ局が調べ、オランダで有名な提督と天野宗助の繋がりが明らかとなったのだ。
「条件の中にオランダ王族と首相がこの展示を必ず見れるように手配する事も含まれてるし……本当に向こうでも有名で好かれている偉人だよ、天野宗助殿は」
「……天皇陛下もご覧になる予定、なのよねぇ」
「当たり前だろ、写しとはいえ、御物の刀である〝金獅子〟を展示するのだから」
「……まぁ、帝ともご関係あったし、陛下でなくても見たいよな」
第一〇七代天皇
一部では彼は影武者であったのでは? 実は没落した血族では? 一説では実は帝の血筋だったのでは等、多くの推測も立てられるが未だ正確なことは判明していない。
しかし、両者は大変良好な仲であったことから今も子孫同士の交友は続いている。
「こらこら、お客さんの多さにびっくりしてないで配置について……開館の時間だよ」
「「「「はい!」」」」
慌てて配置へと急ぎ駆けていく館員達を、声をかけた館長が見送る。
見送ったあと、マスコミへの対応のため入口に向かいながら窓から見える展示を見ようと殺到する人達を見て感慨深げに息を一つついた。
「……昔も今も、天野宗助の作品は人を惹きつけ、魅了するんだねぇ」
展示室を通り抜けた館長が立ち去った後、展示品達がカタカタと動いたことは、誰も知らない。