十四章 あらゆる壁を超えて



 ナオトは肘をついて身体からだを起こそうとするも、顔から赤いしずくが落ち、胸と腰にも激痛が走って倒れた。顔下半分に巻いたマフラーも、血でぐっしょりだ。

 ここは、ドローン区画らしい。マシンアームが組み立てているのは、下半身が履帯で、上半身は重装甲のヒューマノイド型、両腕の肘先はガトリング銃の軍用だ。壁際には、完成品が十数機並んでいた。

 そのうちの一機が起動し、頭部カメラでナオトを捕捉すると、履帯を動かして近づいてきた。ナオトはどうにか立つと、よろよろと逃げはじめた。

『終わりだ、ナオトくん』

 ドローンの音声器からトージョーの声が聞こえたが、ナオトは振り返りもせず、逃げた。亀すらあきれそうな速度で。それが、トージョーの好奇心に触ったらしい。

『まだ諦めないか。試みにこう。なにが、きみをそうさせる?』

 砕けたガラス壁から出ていこうとする。しかし縁につま先をひっかけて転び、悲鳴をあげた。それでもメインフロアの床をう。ドローンが履帯を動かして追ってきた。

 ドローンの音声器から嘆息が、両腕のガトリングから回転音が聞こえてきた。

『……まあいい。目標達成だ。両足を消し飛ばし、それから止血する』

 二門の重火器が鉄と火を放つ。だが、撃たれたはずの足は痛くない。銃声もしない。

 頭をあげると、自分を中心として弾丸が円状に床を砕いていた。

 弾丸を受けてちりとなる床片が、ナオトを守るように展開された不可視のドームを灰色に塗っていく。このドームが弾丸と銃声を──衝撃をらしていたのだ。

『慣性変更コード〈屈服させる闘志〉だと? まさか……』

 軍用ドローンの上に、大きな影が飛びかかる。その影──獣は右手の緑大剣でガトリング銃の右腕部を切り落とし、左前足の爪でもう片方のガトリングも握りつぶす。そしてかぶと下から伸びる緑牙をドローンの頭頂に突き立て、頭をもぎとった。

「……リオニ?」

 剣士はドローンから降りると、〈屈服させる闘志〉を解除してほうこうとどろかせる。

「ひどい様ですね、ナオト。……もっとも、先のわたしよりはマシですが」

 工場に、涼やかな声が響く。ついで、カツカツとヒールの音が近づいてきた。

 黒いドレスとポニーテールの金髪を揺らし、モデルのように美女が歩いてきた。

 マーリアはナオトの横に立つと、いつもの眠たげな目でナオトを見下ろした。

 ワイヤー付きかぎづめが超高速で飛んでくるも、リオニが尾で打ち返す。

 爪が引き戻され、メインフロアに戻っていたトージョーの背にある腕へ連結される。

「……L・O・S・Tを返還したのか? いや、ナオトくんのことだ。返せるならとうに返していたはず。R・O・O・Tは、リオニ・アラディコになにかしていたのだな?」

 そして師であり両親のかたきは、右目を細めてマーリアとたいした。

「見せてみろ、マーリア。おまえがR・O・O・Tから得たものを」

「得たものはない。ただ、取り戻しただけです。失ってはいけないものを、拾って、返してもらった。そして、どれほど大切なものなのかを教えてもらったのです」

 それからマーリアは、ナオトをチラと見た。

「……ログアウトしろと言っても、しませんよね?」

「もちろん。置いてけないよ。ともだちだもん」

 マーリアはひとつ微笑ほほえむと、敵に向かって前傾姿勢を取る。おりが開いた獣のように。



 マーリアとトージョー。奪われた者と仇は、同じような顔付きでにらみ合っていた。

「……兄弟。だから、わたしは言ったのだ」

 トージョーは吐息交じりにつぶやくと、背のササガニが絶叫を放つ。すると、そこら中でマシンたちの呼応するような駆動音が聞こえ始めた。

 トージョーのメインカラーは【力の赤ポテレ・ロツサ】。しかしサブカラーの【成長の青クーシタ・ブル】コードも同レベルで操る。中でも厄介なのが、BOTやマシンを手駒とするウィルス系コードだ。そして、ここには操れる武器が山ほどある。

 さらに、あと二分で決着しなければ、世界中に仮想兵器がかれる。長期戦は、ない。

「さあ、どうするマーリア。わたしは地の利を得ているぞ?」

 トージョーが片手を掲げると、そこら中から運搬ロボが集まり、マーリアを扇状に囲む。

 その手が振り下ろされると、ロボたちが包囲網を絞るように突貫してきた。自分を囲む敵意の群れ。まるで両親が死んだ直後のニュース・サイトのコメントだ。

 だが、いまのマーリアには、それらをへいげいする気概があった。

 ──L・O・S・T領域と自我の接続、確認──

 剣士リオニ・アラディコがえると、その身体からだを赤の粒子へと崩した。

「具体化解除か? いや、これは……」

 トージョーの前で、マーリアのアバターがリオニの粒子を吸い込んでいく。

 そして、マーリアは変わっていった。金髪は赤色となり、質感も、獣の毛皮のような高質さを帯びていく。変容に耐えきれずかみひもが千切れ、ばっと、髪がとげとげしく広がった。その髪をきわけるように、頭頂から、第三、第四の獣の耳が伸びていく。

 ──自分は忘れることで逃げた。だが、かれは逃げなかった。だから、かれは強い。

 なら、それを参考にすればいい。

「ぅうああああああああっ!」

 マーリアが胸を反らして絶叫すると、アバター変化が爆発的に加速し、完了した。

 トージョーは機械と生の目で、ぼうぜんと〝それ〟を眺めていた。

 四足の獣だった。背を覆うとげとげしい赤髪を逆立て、四肢は、腕こそ緑の爪が伸びた程度だが、両足は獣毛に覆われてネコ科骨格になっている。赤髪の隙間からのぞく顔にはマーリアの面影が残っていたが、深紅に染まった瞳では瞳孔が縦に鋭くなり、長い緑尾を振りながら獲物を見定めている。ドレスの残骸をまとう、たけだけしい獣だった。

 運搬ロボの群れが、それをじゆうりんしようと集まってくる。

 マーリアは変形した両足を折り曲げ、ふとももを膨らませた。

「シっ!」

 足元の床が破裂した瞬間、彼女が消えた。つぎにロボたちが彼女を捕捉したのは、先陣の頭上で逆さまになっている姿だった。その右手に、具体化した緑大剣を握りしめ。

 足裏から指向性衝撃波〈証明の渦〉が放たれ、マーリアが落雷となる。大剣に宿した【力の赤ポテレ・ロツサ】コード〈戦意の震え〉による微細高速振動で運搬ロボの胴を串刺しにし、踏みつけると再度〈証明の渦〉を足裏から放ってロボを潰しつつ跳躍した。

 ロボ群を越え、トージョー本人を強襲。トージョーは交差させた四つの腕で大剣を受ける。同じく〈戦意の震え〉を宿した蜘蛛脚と剣がみあい、火花をいた。

「L・O・S・Tとの同化。なるほど、それならコードの速度も精度も段違いになる。直感的に行えるわけだからな。……しかし、純粋なアップグレードとは言いがたい」

 蜘蛛腕を圧して大剣が顔に迫っているというのに、トージョーは冷静だった。

「グリッチャーが記憶をL・O・S・Tとし、自我と切り離すのには訳がある。たいがいがえがたい記憶だからだ。いまのおまえはどうだ? 理性を保てているか?」

 トージョーはマーリアの内面を見抜いていた。力と共に、あの日に抱いた怒りが脳を焦がしている。のごとき激怒が意識を支配しようとしている。

「……そんなものでは、到底、グリッチャー戦などできはしない」

 トージョーの右手が横に伸ばされ、指がくいと曲げられる。すると右方面の区画からガラス壁を割り、ブーメラン形の小型飛行ドローンがジェットエンジンを噴いて飛んできた。

「っ!」

 マーリアはバックステップするが、下に重機関銃を備えたチタン翼に胴をひっかけられ、カットシステムをスパークさせながらフロア端まで転がった。

 その隙に運搬ロボたちがトージョーの前でスクラムを組み、襲いかかってきた。

「ぉぉおおおおあアアアアあああっ!」

 左手の五爪を振り、〈証明の渦・エッジ〉を放つ。やいば状の衝撃波は迫りくる運搬ロボ五機を破壊するが、その遺骸を踏み、続々と後続が襲ってくる。

「そのアバターもまずい。自身と異なる姿のアバターは、自我を損なう危険がある」

 マーリアは運搬ロボの群れへ大剣を向け、らせんじよう衝撃波コード〈力のしるし・ライド〉を実行し、自身を竜巻のやじりとする。トージョーへと一直線に走ったが、間のロボの数が多すぎた。人工筋肉と装甲の壁は厚く、〈力の標〉ごと群れの途上で止まってしまった。

 機械片の吹雪ふぶきの中、全周から運搬ロボが猛襲してくる。マーリアはロボの蹴足を剣で切り飛ばし、ワイヤー状マニピュレーターを爪で裂き、尾でタックルをはじき返す。

 そのマシンの間隙からトージョーが見えたとき、マーリアは寒気にとらわれた。かれの背でササガニが最前腕を伸ばし、頭上に戻ってきた飛行ドローンを捕らえていたのだ。

 その翼下機関銃にちようをもぎ、上部二本の腕に接続していく。【成長の青クーシタ・ブル】〈知の借用〉。他者のモジュールを奪ってコンバートを行い、自身の兵装とするコードだ。

 マーリアはすぐ〈屈服させる闘志〉のバリアを展開するが、トージョーがさらなるコードを施しているのを見た瞬間、足元のロボの死骸を蹴りあげて左手でつかみ、盾とした。

 瞬間、同コード〈屈服させる闘志・バレル〉を付与した機関銃が絶叫した。発射ガスを追加砲身となった筒状慣性変更フィールドで収束させた銃撃は、数十発でこちらのバリアを停止させ、盾にした運搬ロボをスクラップへ変えていく。

 マーリアは左手から〈証明の渦〉の衝撃波を放ち、盾にしていたロボを前方へふっ飛ばす。トージョーは弾幕を中断し、半身を下げてそのジャンク砲弾をけた。

 続いてマーリアは突撃しようとしたが、後ろから運搬ロボに蹴り倒された。

 容赦なき攻撃が殺到した。マーリアは転がって頭を踏みつぶそうとするロボ脚を回避。〈証明の渦〉を放とうとした左腕が、横手から伸びてきたマニピュレーターに縛られる。そして正面の機体がマーリアをね、ついにカットシステムを停止させて彼女はかつけつした。

「……眠る時間だ、マーリア」

 マーリアはたけびを返し、剣と尾で運搬ロボたちをぎ払う。

 そして、自らを傷つけるようにマシンの潮の中で暴風となった。



 マーリアの暴走ともいうべき戦い方が、トージョーの注意をいている。

 ナオトは胸を抑えていた。深く呼吸できない。右腰の感覚もおかしく、力が入らない。

 かすみゆく意識の中で、ナオトは考えた。自分に、なにができるかを。

 コード〈理解〉はもう使ってしまった。仮想兵器から技術を吸う〈追憶〉はあるが……借りた拳銃もナイフも失くした。工場内には武器が沢山あるが、どれも新品だ。

 それでも、どうにかしなければならない。しかし使用履歴のある武器など……。

 ──あった。いや、確信はないが、試す価値はある。

 起きあがり、一歩を歩いた瞬間、右腰に激痛が走る。だが、ナオトは悲鳴をこらえた。

 マーリアはロボの群れと戦っている。倒され、立ちあがって剣で斬り、突進を受けてよろめき、衝撃波で消し飛ばす。トージョーは動くこともなく彼女を圧倒していた。

 格が違う。だが、弱点はある。

 ナオトの移動に気付いていないこと──マーリアに執着しすぎていることだ。

「マーリアが、自分が不完全である、ただの象徴? ……うそつき」

 そんなテストの問題みたいなモノに、あれほど固執するはずがない。

 かれにとって、マーリアは、もっともっと大きなモノなのだ。

 そこに希望がある。しかし、この苦痛を越えなければ、賭けの卓にもあがれない。

 進む途中、先ほどのトージョーの問いをはんすうした。『なにが、きみをそうさせる?』

 答えは簡単。ナオトは、普通の人間だからだ。

 この星に生息するどんな生命よりもずるく、貪欲な生物だからだ。

 死ぬのは嫌だ。ともだちも失いたくない。悲劇も見たくない。

 すべてを得たい。しかし、なにひとつ諦めたくない。

 平凡な強欲を燃料として監督室に到着すると、制御盤に寄りかかった。眩暈めまいがする。血圧も酸素も不足している脳は、この賭けにえられるか? 期待どおりの結果になるか?

「……イン・ボッカ・アル・ルーポ」

 ナオトはつぶやくと、R・O・O・Tを宿した左手を制御盤に押し当てた。



 マーリアはロボたちを延々と破壊し、鉄のざんを築いていた。

 それでも、トージョーにたどり着けない。自身を囲むロボも減らない。

 L・O・S・Tとの融合は強力だが、リスクも大きかった。コードを即時発動できるが、それを処理するハードウェア──脳は変わらない。超過負荷域はとうに超えている。

 ロボの激流の中で、獣耳がガトリングの駆動音を察知。右後方二〇メートル弱。軍用ドローンだ。大剣の腹で弾雨を受けるが、ショックで突き飛ばされ、背中を後ろの運搬ロボにぶつける。そいつが反応するまえに、振り向きざまの唐竹割りでたたき斬った。

 切断面から左右に分かれていく運搬ロボ。その隙間から、青いかぎづめが飛んできた。マーリアは剣ではじこうとするが、鉤爪はワイヤーを大剣に絡ませた。

 そのワイヤーを巻きつつ、トージョーが飛んでくる。

 マーリアは大剣を手放して頭を下げる。トージョーは鎌のように曲げたの一肢で金髪を数本切ると、マーリアの頭上を越して後ろに着地した。

 両者が振り返る。マーリアは右手を後ろに伸ばし、二つに分かれた運搬ロボの片方の前脚を握る。トージョーは大剣を彼方かなたへ放るとワイヤーを巻いてかぎあしを再接続していた。

「うぅああアアアあっ!」

 ゴウと、半分になったロボが縦半弧を描いてトージョーの頭に振り下ろされるが、ササガニの四本腕に解体された。その脚の右二つがマーリアの左ふとももと脇腹を突き刺し、体勢を崩させる。マーリアは突いた左膝を支点に横回転し、尾でトージョーの足を払おうとするが、跳躍でけられ、おまけに上側脚二つに両肩を刺され、右膝まで突かされた。

 トージョーの右目は、マーリアと対照的に冷ややかだった。

「二面戦争は避けろと教えたはずだ。まして、わたしと戦いながら過去と闘うなど」

 トージョーのいうとおりだった。戦っているあいだ、両親との思い出、そして暗殺者として過ごしてきた記憶が、心から血を流させていた。

『仮想兵器の転送まで、残り一分。五十九、五十八、五十七──』

「おまえにわたしは殺せない。収まらないだろうが……救いもある」

 機械音声のカウントの中で、トージョーは口調を僅かに和らげた。

「わたしには目的がある。しかしその途中で、わたしも早々に死ぬだろう」

「なら、あなたは……」

 黙るトージョーのかわりに、背で大蜘蛛ムカン・ササガニが顎肢を鳴らし、トージョーの胸前でクロスさせている四脚を締める。まるで、かれを絞め殺そうとするように。

 ムカン・ササガニは、リオニよりもはるかに強い。それにモチーフは蜘蛛──家を紡ぐ者だ。トージョーは両親を殺し、ヤクザを殺し、〈ウルヴズ〉にも牙をいた。その歩んできた道の暗さだけ強い。だから、トージョーは強い。

 だからマーリアの両親を殺せた。だから、いま、このようなテロを起こせる。

『四十二、四十一、四十──緊急連絡。軍用ドローン、アサルト・フォートの起動開始』

「なんだと?」

 だから、かれの計画にはいつも立ちはだかるものがある。人の、意思だ。



 ここはVRSNS。工場だって、オブジェクトだ。

 そしていくらオート化工場といえども、メンテナンスや設定を組むのは人間だ。

 ──管理者系コード〈追憶〉完了──

 監督室の制御盤に左手を当てると、設計者や監督の操作記録をインストールできた。パスワードにテスト方法、目標設定……。それで、軍用ドローンを四つ起動させた。

 たった四機。もっと用意するべきだろうが、つぎの予定があるし、十分だろう。

 彼女は、けっして隙を逃さないから。



 マーリアの獣耳は、遠くの区画から新たに軍用ドローン四機が起動するのを聞き逃さなかった。ウィルス系コード〈制御からの脱却〉による起動ではないと確信していた。

 戦っているあいだ、ナオトが必死に監督室へ向かっているのに気付いていたからだ。

 フロアに出てきたドローン四機が横列を作り、ガトリング銃をトージョーへ構える。

「ナオトかっ!」

 ガトリング銃が一斉放火を開始。トージョーは脚をひるがえして弾幕を跳ね返すが、対弾マクロの限界に達すると判断し、周囲の運搬ロボたちを前に立たせて壁とする。ロボの壁もみるみる崩壊していくが、そのうちに〈屈服させる闘志〉の慣性変更ドームを形成した。

 懐へもぐりこんだ、マーリアを内包して。

 突き出された緑大剣をナイフの柄で受け流そうとするが、砕け、切っ先が肩口に当たる。カットシステムは一撃で停止し、左腕の付け根を深く斬り裂いた。

「まだだっ! おれはまだ終われないっ!」

 トージョーがえ、マーリアのあごを蹴りあげる。竿さおちになった彼女の胴へさらに前蹴りを加えて倒すと、慣性変更ドームを解除。ムカン・ササガニが絶叫をあげてウィルス系コード〈制御からの脱却〉を放ち、ドローン四機をかくらん・停止させた。

 そして右腕でポーチ窓から予備拳銃を抜き、剣をつえに立とうとするマーリアを狙った。

「おまえが立ちはだかるなら、おれは、おまえを殺してみせる!」

 黒いせきがんと、青のそうぼうが視線を交錯させる。

 銃声が響いた。

 ムカン・ササガニが対ひしよう体マクロを起動させ、横から飛んできた散弾を四本足ではじき返す。トージョーが銃声のほうを見ると、マシンの残骸の中で再びマズルフラッシュが輝き、ササガニが防御した。

 ナオトは、トージョーが落としたリボルバーを輝く左手で握り、伏射姿勢でまた撃った。

 何発撃とうがササガニの前には無力だ。しかし、それは決定的な要素となった。

 トージョーの相手は、何度コケようが、隙をついて食らいつく。そう教わったから。

 全身の傷から血を流しつつも、マーリアは立ちあがり、緑大剣を小脇に構え直していた。

 そして、刺突かららせんじよう衝撃波コード〈力のしるし・デュアル〉が発動した。

 二重螺旋衝撃波が慣性変更ドームを内部から突き破ると、ロボや残骸を巻き取って無数の鉄刃としつつ、トージョーをさらう。その威力は奥の区画のガラス壁を砕くにとどまらず、工場外壁にも大穴を開け、施設を震わせてパイプや通路の破片を雨と降らせた。

 破壊の嵐が過ぎたあと、マーリアはぺたんとその場で座ってしまった。

『二十七、二十六、二十五……工場システム、リブート。全作業を中断します』

 終幕を告げるように、工場から音が消えた。



『リブート、完了。全作業をマニュアルで再開させてください』

 ナオトはマフラーを下げて立ちあがると、マシンの残骸の中でアヒル座りになっている獣人娘のほうへ急いだ。

 マーリアが振り返ると、獣の目で微笑ほほえみを作った。

「助かりました。……仮想兵器の発信は、止められたのですね?」

「う、うん。でも、あれは……」

 そこへ、アーロンからの通信が開かれた。

『やったな、おい! 〈テイルズ〉の現実攻撃チームが引きあげてったぞ!』

『それより、二人ともすぐログアウトして! バイタルがめちゃくちゃよ!』

 割り込んできたカンナの怒声に、アーロンも『そ、そうだな』と興奮を抑えた。

『やっとボスと連絡がついた。〈ウルヴズ〉の支援がくるから、はやくログアウトを──』

「いえ。まだ仕事が残っています」

 マーリアは通信を切ると、アバター形態を金髪の女性へ戻す。それから、ナオトの左手からそっとトージョーのリボルバーを取った。その残弾を確認し、ナオトに振り返る。

「肩を貸してくれませんか? ……わたしも、まだ一人では歩けないようです」

「うん」

 ナオトは右肩でマーリアを支えると、行き先を聞くまえに歩きはじめた。コード〈力のしるし〉が作った床の大溝をたどり、壁穴の方へと。

 外壁穴をくぐると、工場は〈ウルヴズ〉襲撃地点からそう遠くない場所だとわかった。山腹を掘って作ったらしい。入口は林に隠れ、山裾にわだかまる朝霧が視界を一層に悪くしていた。

「……そうだ。各員、予定した手順で撤収。現実部隊にも連絡しろ」

 声と石畳にいた血を追って歩いていくと、大量の無人トラックがまる駐車場に出た。

 その一台のタイヤに、トージョーは背を預けて座っていた。

 凄惨な姿だった。胸に無数の鉄片が刺さり、左腕は肘から先が消し飛んでいる。

 トージョーは二人に気付いたが、通信を続けていた。

「これまでの記録は抹消しろ。集合し、命令を待て。──以上だ」

 通信を終えると、トージョーは二人へ言った。

「安心しろ。ただの撤退指示だ」

「ですが、あなたは逃げられない」

「しかり。おまえたちは勝利し、わたしは敗北した」

 そこで初めてトージョーは切断された左腕をチラと見て、細く息を吐いた。

「さて、マーリア。この出血だ。急がねば、時間にかたきを奪われるぞ?」

 マーリアは右手のリボルバーの照門越しに、トージョーをジッと見つめる。

 ナオトは口を開き、そして閉じる。その閉じた口が、笑みを作った。

 マーリアが、拳銃を下げたのだ。

「わたしはあなたを許せませんが、殺しません」

「……この数年で情が芽生えたというのなら、最低の弟子だと評価するしかない。わたしが生き延びたら? ふたたびナオトくんを狙う。そんなこともわからんのか」

「そんなことは関係ありません」

 トージョーの叱責を、マーリアはたたき切る。

「もちろん、わたしの料理で貸家が爆破し、助けにきたあなたがおお火傷やけどした過去も。職務質問されたとき、あなたが殺し屋だとわたしが答えたせいでカーチェイスになり、あなたがわたしをかばって胸の骨を折ったことも、関係ありません」

「……いのしし狩りへ連れていったとき、わたしの顔のそばで銃を撃って鼓膜を破ったことが抜けているぞ。それも関係ないはずだ」

 二人がしばし口を閉じ、見つめ合う。〝関係ない過去〟をみしめるように。

 トージョーは吐息を漏らすと、頭上を仰いだ。

「ストックホルム症候群でないなら、わたしを殺さない理由はなんだ?」

「あなただけではない。わたしはもう二度と、人を殺しません」

 力強く言うと、マーリアはナオトを横目で見る。

「わたしは電賊を抜ける。正しい人になる。その正誤は、電賊ではなく、ほんとうのわたしを見てくれる人に決めてもらう。天国のパパとママ、ナオトのような人に」

 マーリアが、傷ついた身体からだをナオトに預ける。ケガをして、おまけに身長で負けているので大変だったが、それでもナオトは支えた。

「……そしてわたしのために火傷し、骨折し、鼓膜を破った人に」

 その言葉は、孤高の暗殺者から、不器用ながら父であろうとした男の顔を引きだした。

 しかしトージョーはすぐに、その顔を無表情で覆い隠した。

「記憶と感情が復旧しても、増幅した精神欲求は戻らんらしいな。……だが、難しいぞ?」

「生きることは困難です。死ぬことよりも、ずっと」

「……そのとおりだな」

 トージョーは両足に力をこめ、立ちあがる。そして、二人に背を向けて歩きはじめた。

「どこへ行くつもりですか?」

「言ったはずだ。わたしは生きている限り、役目を全うせねばならん」

 そして、トージョーは朝霧の向こうへと消えていった。

「わかりません」

 トージョーが去ったあと、マーリアがぽつりと言った。

「かれは、わたしを撃てた。しかし撃たなかった。理由はわかります。〝子供の無念〟。かれは子供を殺せない。それを超えようと、自分に言い聞かせていた。でも、できなかった。──では、なぜ、仮想兵器発信を? 多くの子供が巻き込まれるはずでした」

「……うそだった。工場の制御にアクセスしたとき、わかった。あれは嘘だった」

「嘘、とは?」

「音声再生だけだった。あの人にテロを起こす気なんか、なかったんだ」

「それなら、どうして、六年前にわたしの両親を? あれでも多くの子供が死にました」

 ナオトは首を振る。そこまではわからない。ただ、トージョーは傷つき、疲れ果てていた。ずっと。弱った人の心をみ取れる、ナオトの感覚にひっかかるほどに。

 なにが、かれを傷つけた? なにが、それでもかれを動かしている?

「おれもわからない。世の中、わからないことだらけだ。……でもさ」

 仮想の太陽が、東の山裾を超えて朝日を向けてきた。わだかまっていた霧が黄金色に染まり、輝く風となる。れいだった。とても、綺麗だった。

 むごい戦いと、その戦場を包む美しい光風。仮想も現実も、こんな感じに混濁している気がする。善悪も。嘘も真実も。壁を超えて。

 そう。ナオトに断言できることは少ない。だから、その少ない真実を口にした。

「おれ、マーリアとまたお話できてよかった」

「わたしもです、ナオト」

 二人はポータルが完成するまで、幻想的で暴力的な景色を一緒に眺めていた。