十二章 悪辣な者、平凡な者



 ──分析率九一パーセント……緊急状況確認、意識継続──



 弾丸はどこかへひしようし、はるか彼方かなたで金属音を奏でた。

 発砲寸前に、振り返ったナオトが裏拳で拳銃をたたき飛ばしたからだ。

 至近距離で、ナオトとせきがんの男がにらみ合う。男は、右目に淡い感心を浮かべていた。

 そして動いた。ナオトの肩をつかんで横へ転がしつつ脇から大型リボルバーを抜くが、回転を片膝で止めたナオトも同型リボルバーを抜き、完璧なしつしや姿勢を取っていた。

 互いに拳銃を向けたまま、両者が静止する。

「いまの反応は、わたしの裏切りに気付いてなければできなかった。いつ、気付いた」

「確信はありませんでした。ただ、警戒していただけです」

「警戒。いい心がけだが、材料がなければできまい。きみが得た材料は?」

「……〝契約〟しませんか? まず、おれが質問に答える。つぎにあなたが」

 トージョーは意外に打たれた様子だったが、構えを解いた。

「いいだろう。では、答えてくれ」

「〝敵〟は、R・O・O・Tはプランターという人しか使えないと言っていた。おれがプランターだ。でも、あの日、おれとR・O・O・Tが接触したのは偶然じゃない。計画だった。それを成功させるには、あの場の全員を操らなきゃダメだ。普通は不可能だ。けれど〝敵〟とあのメールの送り主が〈テイルズ〉──あなたなら、可能です」

「……正解だが、飛躍しているな? 黒幕はだれとでも仮定できる。未知の勢力とかね」

「未知の勢力じゃ、マーリアの行動の確実な予測なんてできません」

 ピクリと、トージョーの片眉が跳ねる。

「グリッチャーだって人間だ。襲われたら途中でくじけるかもしれない。でも、あなたはマーリアを知ってる。彼女なら、かならずR・O・O・Tを届けると知っていた」

「たしかに。そこまでわかれば、警戒に値するな。……それで、きみの質問は」

 ナオトはいた。声は、怒りできしんでいた。

「……質問は二つ。どうして六年前、人類と、マーリアの両親を裏切ったんですか?」

 トージョーの表情は動かなかったが、左の機械眼が点滅した。



 ──爆発から、どれほど時間がったのだろうか。三〇分か、一時間か。

 ログイン・ポッドの円窓から見る合同研究室では、飛び散った可燃液がそこら中に張り付いて火を踊らせている。そのどこを探しても、父と母は見当たらなかった。

 外に出て探そうとすると、入口から三つの人影が現れ、少女はマイルズの下に隠れた。

『確認しろ』

 リーダーらしい者が言うと、二人の男が燃える室内に広がる。テロリストだ。戦闘スーツの上に防弾ベストをつけ、銃を胸前にるしている。顔はガスマスクで覆っていた。

『チーフ、これを』

 そのうちの一人が黒い棒状のものを床から取りあげ、それに付いていた焦げたリンクデバイスを掲げる。もうひとつ、同じものを見つけた。

『照合完了。ダヴィット・アレオッティと、その妻ガリーナ。入口の死体は同胞です』

『自爆で、いつ報いたか』

 チーフと呼ばれた男は言うと、レッグホルスターから大きなリボルバーを抜いた。

『〈蛇殺し〉は回収し、施設全員の死亡も確認した。最後の始末をつけよう』

『本気でやるんですか? いまの人工視覚では、ハードな前線に戻れなくなりますが』

『だからだ。我々は奮闘したが、力及ばなかった。そのシナリオに、説得力を与える』

 チーフはマスクを外し、黒髪と黒瞳をさらす。そして自分の左目の下──上顎骨にリボルバーの銃口を当て、射線を左目から額へ向くように固定した。それから、撃った。



 六年前のアレオッティ夫妻・研究チームの警備主任であり、テロリスト〈無二の規範〉を偽って彼らを殺した男は、ナオトの前で機械の左目をこすっていた。

「マーリアの失った記憶を閲覧したのか? ……いや、わたしが答える番だったな」

 トージョーは首を振ると、そっけなく言った。

「仕事だ。依頼人がかれらの死を望んだ。それを代行し、カネをもらうのが殺し屋だ。依頼人の名は言えない。しかし、きみが知りたい別のことを教えよう。それは──」

「……どうして〈ウルヴズ〉のおきてきようじに反する仕事をしたのか。善人を、殺したのか」

 ナオトの鋭い声に、トージョーは乾燥した笑みを浮かべる。

「わたしは道具だ。殺すための道具。殺されないための道具。だから〈ウルヴズ〉を強くすることが、わたしの義務。そのために、あの仕事でカネとパイプを得た」

「強く? 〈ウルヴズ〉は、もう世界最大の電賊のはずです」

「ああ。しかし、それはいつまで続く? VRSNSは、現実よりも過酷だぞ」

 罪の告白。それにしては平然としていて、ごとのような口振りだった。

「ここでは情報を武器とする。しかし現実の戦争より紳士的というわけではない。曖昧なソースで無数の命を奪える。核より危険で安価だが、抑止手段も法もない」

「あなたは、なにを──」

「一例を。なぜ【六・二〇】が成功したか。発端はせんどうだ。『自分の苦境は豊かな国のせいだ。報復しよう』。そんな文句がVRSNSに流れた。陳腐だが、ユーザーの〇・〇一パーセントでも信じ、その者たちへ〈ヴァイパー〉の作り方を伝えたら? そうして〈無二の規範〉は世界中に誕生した。四十八時間以内でな」

 歴史上、曖昧なうわさがきっかけで起きた大事件は無数にある。

 国家分裂、物価高騰、銀行破産。……そして、マリアンジェラ。

「VRSNSの正体は戦場だ。経済と人の心をみこんだことで、国家やVR企業ですら制御できなくなった戦場。そして戦争は、進歩を要求する。だが〈ウルヴズ〉は? おきてきようじ? そんなもの、進歩の妨げだ。電賊に次ぐ新たな組織が現れたとき、かならず負ける。──わたしに、それを受け入れる気などない」

「それがマーリアの両親を殺した理由ですか? テロ被害者を見殺しにした理由? 〈ウルヴズ〉を裏切った理由?」

「言っただろう? 依頼人が望んだと。ほかにもある。かれらの商売敵、真実を暴こうとしたジャーナリスト、敵対的理念を持った政治家。……〈テイルズ〉の手綱さえあれば苦のない仕事ばかりだったし、割の良い仕事だった」

 この男は、逸脱している。人道からだけでない。電賊のルール、〈ウルヴズ〉の矜持、あらゆる束縛から。となると……。

「まさか、先代のボス・リヴィオさんを殺したのも……?」

「……ああ。あれは、もっとも簡単な仕事の一つだったな」

「兄弟分じゃ、なかったんですか?」

「ヤツは、わたしという刀の振るい手に足らなかった。それだけの話だ」

 冷たく言い放つと、トージョーは思い直したように、一拍おいて首を振った。

「いや、わたしもそれほどの道具ではなかったか。わたしはきみを使い、ボスになろうとした。難しい仕事ではないと踏んでいたが……結果は、これだ」

 トージョーは人類を裏切り、〈ウルヴズ〉も裏切り、兄弟も殺した。すべては、殺されないように殺すために。命じられた行動を行い続けるマシンのように。

 だからこそ、一点の〝無駄〟が際立っていた。

「……あなたは、マーリアを地獄に落とした。でも、いまは救おうと必死だ。おれの拉致計画のときも、今日の戦いも。完璧な道具であるあなたが、どうして?」

「言ったはずだ。わたしは不完全だよ。マーリアは、その象徴だ」

 トージョーは自嘲しつつ、自分で吹き飛ばした左目の機械眼をこする。

「マーリアは両親と共に死ぬはずだった。しかし、見落とした。許されないミスだ。あとで始末するのは簡単だったが、わたしは、自身により重い罰を求めた。彼女の人生を修正する。……彼女と共に過ごしたきみなら、この苦難がわかるだろう?」

「いいえ。わかりません」

 突き放すように返すと、トージョーが目を細める。

「おれはマーリアといて楽しかった。だから、わからない。──でも、わかることもある。あなたはおれとの〝契約〟を守ってない。うそをついてる。なにを隠しているかわかりませんが。……おれは、あなたみたいな人の心がわかるんです」

「わたしのような人間とは?」

 神聖な〝契約〟を破った男に、それを教える義理はない。トージョーは待ったが、ナオトが沈黙を守っていると嘆息し、シークレット・ウィンドウがあるらしいくういちべつした。

「まあいい。いくら嘘を重ねようが、わたしがきみの脅威で、きみがわたしを許せない事実は変わるまい。話は終わりか? なら、きみを回収させてもらう」

「そう簡単に──」

「いくとは思っていない。……仮想世界ではな」

 背筋を、恐怖にでられた。しまった。〝敵〟──〈テイルズ〉の現実攻撃チームは、もうミドウ市内にいる。そしてトージョーは、ナオトの位置を知っている。

 ナオトが通信でカンナに逃げろと叫ぶまえに、トージョーが言った。

「──チーム・ガンドッグ1、回収を実行しろ」

『あー、残念ですがね。ガンドッグとやらは、いま空き部屋を捜索中ですよ』

 突然、目前展開したウィンドウから威勢のいい男の声が響き、絶望を吹き払った。



 ミドウ市は常に成長している。建設中の無人区画は多く、人目を避けるのに困らない。

 そんな新開発予定区の道路を、アーロンはワゴンで爆走していた。

「あなたが、正しかったのね」

 カンナが後部席でナオトとマーリア、そして彼女を刺した女子生徒を介抱しつつ言った。

「いいや。おれを信じた、きみが正しかったんだ」

 アーロンは、はじめから裏切者か情報漏れを疑い、動いていた。軍情報部にいたころの癖だ。マズいことが起きる原因の九割は、それだった。

 客観的に見れば、第一容疑者は自分だ。しかし、潔白を証明できるものがない。

 だから身を隠し、調べた。騒動の発端──幹部プラチドのデバイスを解析した。

 プラチドは保身に使えると思ったのだろう。デバイスには、すべてが残されていた。

 プラチドがR・O・O・Tを得ようとした理由も。〈ウルヴズ〉の歴史と〝呪い〟も。

 いま、トージョーが裏切った理由もだ。

『ログアウトしろ、ナオトくん。それでこの〝茶番〟はおしまいだ!』



「……まさか、スケープ・ゴートに逆襲されるとはな」

 トージョーが嘆いているあいだ、ナオトはドロップ・ポータルを脳内構築していた。この機は逃せない。マーリアを連れて、どうにかログアウトしてみせる。

 トージョーは右目を開くと、ナオトの横に現れた通信ウィンドウへく。

「アーロン。わたしの裏をかけたということは、すべてを知ったということか?」

『ええ。あなたたちの過去も、取引も、そして〈安全器〉のことも──』

「よせ」

 静かで短い声には、アーロンを絶句させるほどの迫力が込められていた。

「おまえならわかるはずだ。それを口にすれば全て終わる。──だれかに言ったか?」

『……ボス・フォルナーラにだけ』

 トージョーは吐息を漏らす。心底、安心しているようだった。

『トージョーさん。あなたの負けだ。ボスと話してください』

 ナオトは困惑した。まるでお願いだ。組織を、兄弟を、人類を裏切り、アーロン本人すら殺そうとした男へ? トージョーも苦笑している。だが、アーロンは重ねて言った。

『あなたはR・O・O・Tを逃した。勝ち目はない。ボスはそうめいです。話せば──』

「勘違いしているな、アーロン。わたしは、まだR・O・O・Tを失っていない」

 くらい右目が、ドロップ・ポータル構築を完了したナオトへと向けられる。

 その瞬間、工場中で警報音が鳴り響いた。

『──二四〇〇万のランダムなアドレスに仮想兵器の転送準備を開始。完了まで五分──』

「なっ……!

 がくぜんと辺りを見回すナオトへ、トージョーはなにを驚くかと微笑する。

「いまの〈テイルズ〉では〈ウルヴズ〉を倒せない。だから徴兵するのだ。仮想兵器を送られた者のうち、何人が試したい衝動に勝てる? そしてツケに気付き、逃げ道を探す。我々〈テイルズ〉が、その受け皿となってやるのだ。……新兵としてな」

「そんなことしたら、世界は大混乱になる。【六・二〇】を再現する気ですかっ!」

「まさしく。効果は実証済みだ」

 ナオトが応じるまえに、アーロンが通信で叫んだ。

『ダメだ、逃げろ、ナオトくん! 戦っても勝ち目はない!』

 だが、もし百人でもトージョーの思惑どおり動いたら?

 その惨劇を、いま、未然に止められるのは、世界でただ一人だけ。

「……やはり、きみは平凡だ。異常といえるほど。グリッチャーよりも、はるかにな」

 黒マフラーを鼻まで持ちあげるナオトを、トージョーはそう評した。

 そして、あと五分で世界にカオスをばらく工場で、戦いが始まった。