十一章 Crepi!



 マフィアの処刑法は色々あるが、今回は、効率が重視された。

「アーロンが裏切者なら、R・O・O・Tは〝敵〟の手に落ちたと考えるべきでしょう。我々は、あれの対策を発見しなければならない」

 フィルマンのそんな提案に、ボス・フォルナーラも同意した。

「影響を受けたマーリアの脳を回収したいが、アーロンは見過ごさないだろう。せめてアバターから、可能な限りR・O・O・Tの被害データを手に入れる」

 そうして、リンカをリーダーとし、近くの実験場へマーリアを連行するように命じた。

 ファスト・トラベルも座標指定ログインも、逃亡の恐れがある。厳重監視が必要だ。

 いまのマーリアは、ファミリーが知っている〝お嬢〟ではないからだ。

 リンカはマーリアを五人乗りクロスカントリー・ビークルに押しこむと、同型の五台に警備メンバーを詰め、らせんじようの山道を出発した。トージョーも同行すると言い、意外にもボスは承諾した。野放しにするより、安全だと思ったのだろう。

 エリア時刻は午前五時。すれ違う車はない。マーリアは車列二番目の車の後部席に乗せられ、左右を見張りに固められていた。

 しかしマーリアに逃げる気はない。さっさと生を終わらせ、死の底で忘れ去られるのを待ちたかった。あまの死が積み重なる奥底は、きっと静かで、心地良いだろう。

 そんなへいたんな心境を、リンカからの通信が乱してきた。

『ねねっ、マーリィ、外みて、外! きれーだよー』

 つられて、マーリアは外を眺めた。たしかにれいだ。緑に包まれた山々の間で霧がわだかまり、顔を出しはじめた朝日に照らされて黄金の川のようにゆっくり流れている。

 綺麗だ。それを、どこからでも、だれとでも共有できるのがVRSNSだった。

「一緒に、見たかったですね……」

 マーリアはつぶやき、困惑した。だれと? いまの自分に、なにが、だれが残っている?

 自問していると、運転手がとつぜん怒声を放った。

「先頭車両から報告! 正面からグリッチャーがくる! 速いぞ!」

 どうでもよかった。そのはずだった。自分は電賊ですらなくなったのだから。

 それなのに、首を伸ばし、フロントウィンドウの先を見た。

 深紅の毛皮。新緑色の宝石尾とかぶときらめかせ、そして右前足に大剣を握ったが、正面から車列に突進してくる。その背には、小柄な人影がしがみついていた。

 口元を覆った黒マフラーの両端を、たなびかせながら。

「リオニ・アラディコだと? 対象だ! よせ、攻撃するな、命令をまて!」

 リオニは衝撃波コード〈証明の渦〉を足裏から発して道路を陥没させ、反作用で高々と跳んだ。全員が、頭上を飛び越えていくリオニを見送った。リオニは車両隊後方に着地すると、再び〈証明の渦〉で道路を破壊。身をひねって止まった。前後の道を壊された車両隊がうねりながらまると、武装したメンバーたちが飛び出し、横列を作り獅子と相対した。

 車内に残されたマーリアは、口と目を真円にしていた。

「ナオト……?」



 まにあった! ナオトは歓喜した。銃を持ったいかつい大人たちの壁が間にあるが、その向こうの車内には、こちらを見るマーリアの姿がたしかにあった。

「はいはーい、ちょっとごめんー、通してー」

 大人たちの壁をき分けて、一人の少女が前に出てくる。黒髪黒瞳の、同い年くらいのゴスロリ風日系少女。マーリアが言った、ボスの直弟子だろう。

「やほー、アタシはリンカ。いま、R・O・O・Tを破壊しろって命令されたんだー。でも、そのまえに確認があるんだってー。ナオトくん、なんできたのー?」

「マーリアと話をするためだ」

「やーん、情熱的ー。アタシ、そういうの好きー。けどー、ねー、トージョーさーん?」

 呼ばれ、集団の中からせきがんの男が出てきてリンカの横に並ぶ。

「これって、マーリィを使ったハニー・トラップ? それとも、別の思惑があったり?」

 トージョーは右目でリンカを見下ろす。リンカは小首をかしげたまま、返答を待った。

 歴戦のおおかみが、静かに言った。

「……〈テイルズ〉、行動開始だ」

「あっ、やっぱそーゆーこと?」

 刹那、二人は互いに逆回転し、ポーチ窓から抜いたナイフと長刀をぶつけあった。

 同時に、道路の上斜面にある山林で二〇のログイン光柱が生まれた。

「ログイン奇襲だ!」

 光柱たちがコンバットスーツを着けたアバターを形作るまえに〈ウルヴズ〉の面々が連射する。ログインした男はなにもできないまま弾幕を浴び、茂みに倒れた。もう一人も殺された。しかし残る十八名はログインに成功し、すばやく木立の陰に隠れつつポーチ窓から銃を出したり、L・O・S・T具体化光を発生させたりしていた。

 そして銃弾やりゆうだん、ヒグマや巨大カマキリのL・O・S・Tが逆落としに車両隊へ襲いかかった。〈ウルヴズ〉も車両の裏に飛びこみ、応戦した。

 リンカがつばり合う長刀の峰にタックルをかまし、ナイフごとトージョーを退ける。

「やー、トージョーさん、やっぱ裏切ったかー。でもさー……」

 リーダーから離れたことにより、〈テイルズ〉の照準がリンカへ集まる。

 天に突き付けられた長刀の周囲に、黄の粒子が発生していく。

 魔法のステッキのように刀を回すリンカ。その笑顔は、無邪気で、血なまぐさかった。

「全盛期が過ぎた身で、アタシに勝てんの? ──おいで、カガイ・ソウキュウ」

 黄光が凝縮し、一滴のしずくのようなものがリンカの肩に落ちた。小さなイナゴだ。てのひらサイズで、青色外殻に黄のはねまとった姿は、ブローチみたいに愛らしい。

 拍子抜けだが、〈テイルズ〉は遠慮せず、リンカに集中砲火を浴びせた。

 しかし彼女の周囲に無数の黄線が描かれると、金属音が連続した。イナゴが超高速で射線に割りこみ、外殻で弾丸を跳ね返したらしい。トージョーが眉をひそめた。

「高レベル対ひしよう体マクロか。L・O・S・Tで制圧しろ」

「了解。スティール・ブリッツ!」

 赤い巨大カマキリが坂を駆け下りる。その大鎌がリンカの頭を捉える前に、ソウキュウが光線となってカマキリの眉間を破り、鎌を振り上げた姿勢のまま停止させた。

 L・O・S・Tを攻撃に使った。いまがチャンスと〈テイルズ〉の一人がリンカを再捕捉するも、肩に違和感を覚え、そちらを見てきようがくした。

 こう青甲のイナゴが、右肩に留まっていたのだ。

 兵士がそれを払うまえに、イナゴが自爆した。カットシステムが破砕し、爆熱でただれた兵士の顔に外殻片が突き刺さる。仲間が倒れた兵士を木陰へ引きずりつつ、驚きを叫んだ。

「あのスペックで群体型だと!」

「ちがう! いますぐそいつを手放せ!」

 トージョーが警告したとき、負傷した〈テイルズ〉が仲間に引っ張られながら激しくせき込み、もだえた。その見開かれた眼球を押しやり、イナゴたちがあふれ出てくる。負傷者を引っ張っていた兵士はライフルを連射するが、死体からい出るイナゴたちに飛び掛かられると、その塊と羽音のなかで、悲鳴も発砲音もすぐ絶えた。

 イナゴたちが離れると、二人の痕跡は骨すらなく、かわりにイナゴの数が倍化していた。

 イナゴ群がひしようし、巨大カマキリを内側から食い破って出てきた大群と合流すると、暗い朝空を覆うように広がっていく。

 ふるくから神罰と畏れられたこうがいが、ここに再現された。

〈テイルズ〉たちが銃口を上に向けるが、リンカのバカげた戦闘力に戦慄するばかり。

「──こい、ムカン・ササガニ」

 リンカへ走るトージョーが具体化したのは、赤い外殻を持つ人間大の。八本の脚先には青のかぎづめきらめき、頭部にある八つ目は、機械のセンサー装置のようだ。

 それがトージョーの背に飛びつき、四本脚をかれの胸前で交差させて身を固定する。

「むむっ? ソウキュウー、目標をトージョーさんに変更ー」

 そして残りの四本脚がひらめき、襲来してきたイナゴたちを青鉤爪で次々と両断。死んだソウキュウたちは体内でめていた熱圧力を断面から噴射し、無軌道に散っていった。

 リンカが手を振り、カマキリの頭内から最初の一匹を呼び戻す。

 その一匹が無尽に飛翔し、蜘蛛の四本脚と連続で激突する。咲き乱れる火花の中、トージョーはリンカ自身が突き出してきた長刀をナイフの峰で受け、またこうちやくした。

「……【成長の青クーシタ・ブル】〈原始の覚え〉。L・O・S・Tやアバターを擬体へ書き変えるコードか。それを【自由の黄ジヤーロ・リベルタ】熱量コード〈憤怒の発散〉で自爆させるとは……厄介だな」

「へへー。元々、トージョーさんとマーリィを殺すために鍛えられたしねー」

 会話の間にも、トージョーはナイフと長刀をきしらせつつ、四方から集まってくるイナゴ擬体たちを蜘蛛の四脚で切り払っている。そのうえで、無音通信まで開いていた。

(いまだ、ナオトくん。いけ)



 トージョーがリンカを止めたことで、増殖したカガイ・ソウキュウの統制が乱れた。入れ替わりに、斜面上山林の〈テイルズ〉と車両を盾にした〈ウルヴズ〉の戦いが激化した。

 ナオトに注意を向ける暇人はいない。いまのうちにリオニとふく前進で道路の破損部を渡り、車両隊のほうへ近づいていた。

 目前の道路に流れ弾がミシン目みたいな弾痕を作っても、イナゴに群がられた〈テイルズ〉メンバーが転がり落ちてきても、ナオトは止まらない。着実に進み、たどり着いた。

 マーリアが乗る車両側面には二人の〈ウルヴズ〉が隠れ、忙しく弾倉交換をしていた。

「〈反感でん〉!」

 そこへ、少年と剣士が襲いかかった。一人は宝石かぶとの頭突きを胸に、もう一人は獅子の腕力を宿した拳を腹とあごらい、どちらもカットシステムを砕いて失神した。

 ほかの〈ウルヴズ〉にはられていない。ナオトはすばやく車の後部ドアを開けた。

「マーリア、ケガはない?」

「どうして、あなたがここに?」

 声も顔もうつろで、車を降りる素振りもない。いまの彼女には行動動機がないのだ。【力の赤ポテレ・ロツサ】で認めさせる相手はおらず、【信頼の緑フイドーチヤ・ヴエルテ】でつながりを強くしたい組織もない。

 それがトージョーの予測で、かれが送ってきた救出作戦最大の障害だった。

 ほうこう。ヒグマと巨大ギツネがみ合いながら坂を転がってきて、前の車両に激突する。その車両の裏にいた〈ウルヴズ〉たちが動いた車体に突き飛ばされ、もんぜつしていた。

 急がねば。ナオトはむりやりマーリアを車外へ引っ張り出した。

「どこへ行く気ですか? わたしは……」

「話はあとで。──トージョーさん、マーリアと合流できました!」

(よし。ここでログアウトは難しい。例のポイントへ向かえ。そこで次の計画に移る)

 ナオトはリオニの背にマーリアを乗せると、自身もその前に乗った。

 リオニはそばのガードレールを飛び越え、山林の斜面を駆け降りる。気付いた〈ウルヴズ〉の一人が叫んでいたが、その声はすぐ〈テイルズ〉の支援射撃にかき消された。

 例のポイントまで約三〇〇メートル。リオニの足ならすぐだ。しかし……。

(くそっ。リンカに振り切られた。そちらへ向かうぞ。予測保有コードを送る)

 トージョーの報告と共に、左右から低い羽音が聞こえた。樹冠に寸断された朝日を浴びて、霊魂のように輝く青黄の光。L・O・S・Tカガイ・ソウキュウの擬体たちだ。

 七匹いる。しかしイナゴたちは並走するばかりで、距離を維持していた。

 L・O・S・Tのこういう動きには、覚えがある。

「リオニ、防御に集中!」

 ナオトの悲鳴と雷鳴じみた銃声が重なる。リオニは飛来してきた大口径弾を大剣で受け止めたものの、体勢を崩して坂を転がり、ナオトたちも背から放り飛ばされた。

 ナオトは宙でマーリアを横抱きし、土を両膝でえぐるように着地する。腹の傷にさわったらしくマーリアがうめくが、とにかく大樹の裏へ隠れ、毒づいて、すぐそこから飛び出した。

 また銃声がとどろき、いちど身を隠した大樹に大穴が穿うがたれた。

 やはり、あのトンボのグリッチャーと同じテクニック──L・O・S・T観測射撃だ。

「〈証明の渦・ワイド〉!」

 リオニが大剣をいつせんすると、広域衝撃波が坂を駆けあがっていく。だが、外したらしい。応射が、ナオトのそばで土柱をあげた。あわてて、ナオトは近くの小岩の陰へマーリアと飛び込み、身を縮めた。

 観測役のイナゴたちをどうにかしなければ。しかし、方々に散っている。

 うかつにリオニを使い、ダメージを負えばそこで終わりだ。となると──。

「マーリア、武器を貸して! なんでもいいから!」

「……? あなたに扱えるとは思えませんが」

 マーリアはたじろぎつつも、ポーチ窓からいつもの装備を出す。ナオトは岩陰でもがくようにナイフさやを腰に差し、予備弾を懐に押しこんでから、あおけでリボルバーを構えた。

 狙いは約二〇メートル先。樹皮に留まり、ナオトたちを観察している一匹のソウキュウ。

 銃口が火を噴く。反動は〈反感でん〉で抑えたが、散弾は樹皮の端を削ったのみ。

「やばっ、外した!」

 観測役のイナゴ七匹が四方からこちらへ飛んできた。自爆コードの兆候だ。

 パニックが頭で膨れあがった瞬間、リボルバーを握る左手が純白に輝いた。

 ──オブジェクト確認。管理者系コード〈追憶〉実行。記録のインポート完了──

 リボルバーが五連続でえ、イナゴ五匹が爆砕。ナオトはリロードしようと左手をポケットへ突っ込もうとするが、まにあわない。左手の行き先を腰のナイフへ替えた。

 左から迫る一匹を抜き打ちで斬り、転がりつつ逆方向からきた一匹を裂く。

 ソウキュウの残骸が熱を吐いて飛び回る中、マーリアはぼうぜんとしていた。

「それは、わたしの動き……?」

「た、たぶん! なんかR・O・O・Tが、教えてくれたみたい!」

 ナオト自身が戸惑っている間にも、両手はスピードローダーを出し、リボルバーを再装填していた。R・O・O・Tが盗むのは、L・O・S・Tだけではないらしい。

 仮想兵器からも記憶──使用履歴を読み取り、その情報を与えてくれるのだ。

 これで戦力はリオニだけではなくなった。だが、それはリンカにも知られたはず。

「リオニ!」

 剣士がこちらへ走りつつ、大剣を頭上に掲げる。そして負い紐でバカでかいライフルを背にり、長刀ごと樹上から降ってきたリンカの一撃を受け止めた。

「あら、防がれた。──っとぉ?」

 リンカがリオニのかぶとを蹴って跳び、あぎとから放たれる衝撃波を回避する。彼女はマーリアを殺す訓練を受けている。リオニは通用しない。この拳銃術もナイフ術も、通用しない。

 リンカは助走をつけるように、自分の周りでオリジナル・ソウキュウを旋回させている。

 ──情報を読み解け。相手の考えすら読み、先を読め。すべてを変えるために。

「具体化解除!」

 リオニが赤いちりに転じ、光矢となったオリジナル・ソウキュウがそれを貫く。こちらの行動を読み違えたリンカは反撃を予想し、すぐにソウキュウを呼び戻した。

 しかしナオトは、マーリアの手を引いて逃走していた。

 マーリアと真逆のことをすれば、リンカは混乱する。当たりだった。

 さらに、こちらには絶大な切り札がある。ナオトは走りながら叫んだ。

「R・O・O・Tよ、カガイ・ソウキュウを食べちゃえ!」

「うひゃ!」

 追撃してきたソウキュウが急上昇で逃げていく。だが、ナオトは左手を向けていなかった。かわりにマーリアを前へ突き放すと、両手でリボルバーを一発撃った。

 散弾は遠くのリンカの胸に当たった。カットシステムの光がノーダメージを表すが、負い紐が千切れ、ライフルが地に落ちる。リンカがそれを拾おうとし、横へ転がる。次の散弾がライフルに当たり、金属片を散らした。ナオトはまたマーリアの手を引いて走りはじめた。もうL・O・S・T擬体はなく、ライフルも壊した。

 ──ソウキュウ本体がきたら、こんどこそR・O・O・Tで食べてやる。

「あー、やっぱちやだよー。擬体の大半をあっちに回しつつ闘うなんてさー」

 リンカは追跡を諦めたように、いじけ顔で左前腕に留めたソウキュウをでていた。

「もーいーや。カットシステム解除ー」

 戦闘中ではありえない口頭コマンドに、ナオトは足を止めてしまう。

 リンカは懐から革バンドを出すと、右手と歯を使い、左の二の腕をきつく縛っていた。

「んでもってー……あーあ、半年はリハビリだろなー。ソウキュウー?」

 ガブリと、イナゴがリンカの左前腕にみついた。肉をえぐり、穴を開け、体内へもぐりこんでいく。飛び散った血がリンカの顔に当たるが、彼女はニコニコしていた。

「おっし、完了。【成長の青クーシタ・ブル】〈原始の覚え〉ー」

うそでしょ……!

 リンカの左前腕がぜると十匹の擬体ソウキュウが拡散し、時間差をつけて追ってきた。

 ナオトは迫る一匹を銃撃しようとしたが、発砲前に自爆され、爆風と外殻片に全身をたたかれた。殺傷範囲外で、カットシステムを破壊するほどではない。低空飛行していた一匹もまた範囲外で爆発し、足場の土ごとナオトたちをひっくり返した。

 降ってくる土やこずえを浴びつつ、ナオトはおびえた。恐ろしい仮想負傷をこらえて作った疑体を、隙を作るためだけに惜しみなく使う恐怖の戦術に。

「ナオト、逃げてください。わたしに命を懸ける〝価値〟など──」

 しかしナオトはマーリアに肩を貸し、両足に力を込めて立ちあがった。

 また爆発に背を叩かれ、膝を突くが、すぐにまた走る。カットシステムが弱ってきた。

 再度の爆発に押されるようにやぶを抜けると、とつぜん、視界が開けた。森内の広場。VRハンティング小屋だ。納屋前には〈テイルズ〉メンバーが二名いる。例のポイントだ。

「納屋に移動系コードを用意してある! 急げ!」

〈テイルズ〉たちは叫ぶと、森の中を掃射する。思わぬ伏兵にソウキュウたちが散開した。

 ナオトはマーリアの腕をつかみ直し、納屋の木扉をタックルで開いた。

 その中央で輝いていたのは、黄色のポータル。【自由の黄ジヤーロ・リベルタ】コード〈こうかつな通路〉。二点をつなぐ短距離ワープゲートで、〈テイルズ〉が用意してくれていた脱出路だ。

 ナオトはマーリアを連れ、それに飛びこんだ。



 ナオトの視界をモニターしていたカンナは、緊張を吐息にした。グリッチャーが入り混じっていたせいで映像がぼやけまくっていたが、無事に脱出できたらしい。

 窮地が去ると、先を思う余裕が生まれ、それが一筋の恐怖を呼んだ。

 トージョーの〈テイルズ〉は〈ウルヴズ〉の下部組織だ。戦力差は歴然だろう。

 だが、かれはそれをくつがえす手札を持っているはず。とても強力で、おそろしい手札を。

「……お悩みか、相棒?」

 驚きのあまり声を詰まらせる。玄関に、がねの巨漢が立っていたのだ。戦術ベストを着て、背に登山バッグを負っている。そして右手にはサブ・マシンガンを握っていた。

「アーロン……」

「選択のときだ。おれと契約を結ぶかどうか、いますぐ決めてくれ」



 黄色のゲートを抜けた先は、牛と鯨の合唱のような機械音に満たされていた。

 機械製造工場のメインフロアだろうか。左右では冷却し終えた鋳型盤や3Dプリンターから運搬ロボが部品を取り出し、背部ボックスに詰めている。その数は多く、見えるだけでも数十機いる。太い鳥形四脚と、その二メートルほど上の胴体上にあるアイカメラとひもじようマニピュレーターを駆使し、荷物をガラス壁に仕切られた各ブロックへ運んでいた。

 手の込んだVR工場だ。頭上でも、キャットウォークや配管がびっしり交錯していた。

 近くに監督部屋があり、マーリアと入る。そこの制御盤に『完全オート』と表示されていたから、ここは無人らしい。ナオトはホッとし、椅子にマーリアを座らせた。

「マーリア、平気? ここ、どこだろうね? 位置情報検索しても出てこないんだけど」

「……どうして、きたのですか?」

 のろのろとへきがんが持ちあげられ、泥だらけすすだらけのナオトを見つめる。

「最後のチャンスを捨ててまで助けた者がどういう人間か、理解しているのですか?」

「うん、教えてもらった。……〝消された少女〟って言葉の意味も」

 マーリアが失笑する。

「なるほど。それで、わたしを助けた理由は? 同情ですか?」

「うん、そうだよ。これはきっと、同情だ」

 碧眼が鋭くなる。

 ナオトは、真正面からその視線を受けていた。

「おれ、リオニを奪ってから、マーリアがL・O・S・T化した記憶を見てたんだ。……ご両親の研究所で起きたことは、恐ろしいことだった。そのあとの出来事も」

「それで? わたしをあわれんだというわけですか。捨てられた子犬みたいに?」

「うん。でもさ、同情って悪いことなの?」

 ナオトは片膝をつき、椅子に座るマーリアを見あげる。

「思いやれる人になりなさい。父さんと母さんの口癖だった。同情は、その一歩だと思う」

「……ご両親は、殺し屋も愛せと?」

「難しい話はわからない。けど、おれはグリッチャーだ。組織にも自分自身にも背いておれを助けようとしてくれたともだちのためなら、なんでもできる。すべてを変える」

 マーリアはわらう気力も失ったようにうなだれる。そこで、通信が入った。トージョーからだ。かれも戦場から離脱できたらしく、ここにきて、今後の予定を話すらしい。

「わかりました。──リオニ、マーリアを守ってて。絶対だよ」

 通信を終えると、ナオトはリオニを具体化する。剣士は厳命に応えるようにうなった。

 ナオトは監督室を出ると、深呼吸した。世界をつなぐVRSNSに感謝した。マーリアと出会わせてくれたネットワークに感謝した。たとえ、闇がうごめくネットワークでも。

 だから、この出会いを悲劇なんかで終わらせない。

 やがてフロア中央に〈こうかつな通路〉の黄色渦門が現れ、トージョーを吐き出した。かれも死地を越えてきたらしく、背広の所々が破れている。しかしプロらしく落ち着いていた。

「マーリアは?」

「無事です。……〈ウルヴズ〉のほうは?」

「〈テイルズ〉が食い止めている。立て直す時間くらいは稼げるだろう」

 トージョーは、休むことなく何かを作っている工場を見回す。

「ここは敵対関係にあったころ、電賊〈ブリトリャーニン銃砲店〉から〈テイルズ〉が独自に奪った工場だ。面目もあってヤツらは公表していないから、〈ウルヴズ〉も知らない」

 ひとつ懸念が消え、ナオトはあんする。

 しかし、それは無数にある懸念の一つに過ぎない。

「これから、どうすればいいんでしょうか。このままじゃ……」

「解決策はひとつ。〈ウルヴズ〉を乗っ取ることだ」

 トージョーはそっけなく言い、ナオトを驚かせる。

「逃走こそ無謀だ。〈ウルヴズ〉は巨大すぎる。この混乱を逃せば、次のチャンスはない」

「チャンス?」

「ボス・フォルナーラに不満を覚えている幹部やメンバーは多い。それらを懐柔して彼女を倒せば、〈ウルヴズ〉はマーリアにかまっているどころではなくなる」

「可能、なんですか? メンバーは千人近くいるって聞きましたが」

「きみのR・O・O・Tを使い、何人かを殺せばな」

 トージョーの右目が、試すような視線を向けてくる。

「……ダメです。やっぱり、おれには、人は殺せません」

「いま〈ウルヴズ〉も〈テイルズ〉も死者を出した。わたしときみの計画でだ。きみ自身は殺さなかっただろうが、大勢が死んだ。それから目を背けるのはひきようではないか?」

「だれかが危害を加えるなら、マーリアを助けます、絶対に。でも、人は殺しません」

 まるでのような主張だ。しかし、自己嫌悪も、臆面もなく言えた。

 トージョーも、うなずくだけだった。

「そうか。それなら、それでいい」

「……怒らないんですか?」

「もとは我々の内輪もめだ。きみを頼ろうとした身勝手さこそ、責められるべきだろう」

「それじゃ、ほかに計画が? その、マーリアを守るための」

 トージョーはうなずき、運搬ロボたちの間を抜けて、ガラス壁に区切られた一区画へナオトを招く。そこでは、この巨大な工場で作られた完成品がラックに並べられていた。

「これは……銃?」

「そう、仮想兵器だ。ここは仮想兵器工場なのだ」

 除染光で真っ白に染まった部屋の壁を埋めつくす、拳銃、自動小銃、大砲、レーザー銃。そしてその弾薬やバッテリー、触媒宝石。ほかの区画には軍用ドローンまであった。

 トージョーが操作盤をいじると、室内のマシンアームが拳銃と弾薬をつかみ、ガラス壁横にある受取口から差し出してくる。ナオトはそれを取り、れいな金属フレームを見つめた。

「……これで〈ウルヴズ〉と戦うのですか?」

「電賊〈ブリトリャーニン銃砲店〉は、その名のとおり仮想兵器の大手だ。当然、ヤツらから奪ったこの工場の武器も一級品。しかし──」

 トージョーはナオトの手から拳銃と弾薬を取ると、スライドの動きを確かめた。

「これを使っても戦力差を埋められない。一工夫しなければな」

 一工夫とは、どうする気だろう。ただ、多くの血が流れる。それは確実だ。

 しかし戦いを拒否した自分に、それをとがめる資格はあるのだろうか?

 ナオトはガラス壁の向こうにある仮想兵器──人殺しのデータ群を眺めた。



 妥当な結末か。ガラス壁に張り付く少年を後ろから見て、トージョーは思った。

 かれは普通の少年だ。普通の感性の持ち主だった。

 グリッチャーになった者は、大なり小なり優越感に溺れる。それに飢える。

 ナオトは違った。普通の感性を持ち、外的な力で己を満たそうとしなかった。

 そして、唯一、かれに欠けていたモノ──勇気を得てしまった。マーリアから。

 そうして、戦況はトージョーにとって困難なプランBへと到達した。

 しかし、そんなナオトだから、マーリアにあれほど人間性を与えられたのだろう。自分が何年かけてもできなかったことを、わずか数日で成し遂げたのだ。

 ──ままならぬものだな。

 トージョーは拳銃に弾倉を差しこむと、スライドを静かに引き、初弾を薬室へ送る。

 責任を果たすため、罪を重ねる。引き金がひどく重く感じた。あの夜のように。

 それでも、カットシステムと脊椎を砕くために、少年の背を狙って撃った。