七章 導きのシステム



 トージョーがアパートのベッドで眠っていると、デバイスの着信振動に妨げられた。

『……助けてくれ』

 壮年の男の声。通信越しでも脂汗の臭いが漂ってきそうなほどろうばいしていた。

「なにがあった?」

『ニュースを見てないのか! あれの関係者が殺されている! 次はきっとわたしだ!』

「ああ、見た。だが情報不足だ。あれがグリッチャーの仕業だとして、心当たりは?」

『知るか! 〈無二の規範〉の残党か、ライバル企業が雇った電賊かもしれん!』

「〈無二の規範〉は全滅したし、電賊はそんな殺しをやらない。おまえたちは〝善人〟だからだ。グリッチャーの仕業とはまだ決まっていない。おちつけ」

『おちつけだと! 会長は完全防備を敷いて本社に引きこもるほどおびえてる。わたしにはそんな権限もない。素っ裸だ! ……だがな、わたしが持っている権限もある』

「……〈安全器〉の権限だな?」

『忘れてないようでうれしいよ。さっさとわたしを守れ! 犯人を見つけて殺せ!』

「わたしはそちらの仕事中だ。不確かな危険のために〝メンテナンス中〟の〈テイルズ〉を勝手に動かしてみろ。確実に実在しているわたしが、おまえを殺す」

 丁寧な指摘が、相手の息を詰まらせる。怖がらせすぎたようだ。リヴィオと違い、さじ加減がわからない。トージョーはごまかすように口調を和らげた。

「近く、VRSNSで会おう。しかし今日は無理だ。なるべく早く時間を作る」

いまいましい電賊め。おまえの〈安全器〉をいますぐ押してやりたいよ』

「プラチドが恋しいか? あいにく、もう窓口はわたししか残っていない。また連絡する」

 トージョーは一方的に通信を切った。かんしやくを起こした相手が〈安全器〉を起動するかもしれなかったが、可能性は低い。そんなことをすれば、ヤツの勤め先がヤツを殺す。

 ──個人と組織で板挟み。務め人も大変だ。

 いや、だれもかれもそうか。だから、現実を忘れてVRSNSに没頭する。

 トージョーはベッドから起きあがると、通常通信で、ある女性に連絡した。

『はい、こちら〈星空の家〉イタリア本部です』

「トージョーだ。突然、すまないな」

『まあ、ミスター・トージョー。お電話してくれて嬉しいですわ』

「ひとつ相談、いや、提案があるのだが……今日、時間をとれるかな?」

『もちろん。みんな、あなたの〝提案〟をいつも待ちわびているのですから』



 今日のナオトは気分がよかった。マーリアにも慣れてきた。さきに起きて、彼女の緊急アプリを起動させないように静かに朝食を作り、起きた彼女と食べて、一緒に登校する。

 そのマーリアも、学校にめてきた。美術室で班員とジオラマ作りをしつつ様子をうかがうと、彼女はなんミキを経由する感じで、班員と交流できていた。

 ──安心した。いやいや、人の心配をしている場合ではない。

「ええとね、地面のでこぼこは、歯ブラシでたたいて表現するといいんだって」

 ナオトがパン屋店長の手法を紹介すると、なぜか、みんなげんそうな顔をした。

 まずい。たかが授業で張り切りすぎとあきれられた? 温度差を見誤った?

さー。なんか変わったよね」

 隣席のふみアヤがいうと、班でもう一人いる男子がうなずく。

「だなぁ。マーリアと絡むようになってから明るくなったっつーか、しやべるようになった」

 すると、もう一人のがねをかけた女子班員も同意した。

「ですよね? もしかして、日野くん。ポロヴェロージさんと付き合いはじめたの?」

「ち、違うよ! そんなんじゃないけど……」

「いーや、違わないな。くそっ、彼女持ちの余裕か。しかもマーリア。そりゃ自信つくわ」

「ああ、もう! 作業してよ! 粘土が乾くまえにやらなきゃダメなんだから!」

 みんな笑いながらも、ナオトのをして手伝ってくれる。

 しかし……たしかに自分は変わったと思う。こんなに自分の意見を主張できたことはなかった。ここ数日の騒動で、恐怖心がしたのだろうか?

 そこへ、うわさのマーリアがやってきた。

「ナオト。ブラウンのカラーパウダーが足りません。そちらの袋に入ってませんか?」

「えっ? ちょっとまって……あっ、あったあった。はい」

「よかった。──では、また後で」

 パウダーの箱を受け取ると、さつそうと去っていく。どうやら店員が入れ間違えたらしい。

 振り返ると、班員全員がぜんとしていた。

「お、おい、ナオト。マーリアと一緒に買い物したのか? マジでデートしたのかよ!」

「いや、同じ買い出し係だったから。デートなんかじゃないよ」

「じゃあ、買い出し係かわってくれ! ズルいぞ!」

「買い出し終わってるもん! ヘッドロックしないで!」

「ねえ、はり? 離したほうがいいよ? マーリア、見てる。めちゃ見てる」

 針谷が横を向くと、遠方からマーリアがこちらを見ていた。その右手には、刀身側を握った工作ナイフ。針谷は固い愛想笑いをマーリアへ返しつつ、ナオトを解放した。

「……こええ。マーリア、ちょうこええ。よく付き合おうと思ったな、ナオト?」

「だから、付き合ってないってば」

「いや、付き合ってるっしょ。なに、また後でって。きゃー言いたい、サラリと!」

「ポロヴェロージさんは隠す気ないみたいだし、くん、逆に失礼になると思うよ?」

 がねの女子がいうと、どこか楽しそうにマーリアの方を見た。

「でもポロヴェロージさんも変わったよね。ちょっと近づきやすくなったっていうか」

「だから、それは恋の力でしょ!」

「あのぅ。だからさ、おれとマーリア、付き合ってないからね?」

 ──うーん。会話って難しいなぁ。紙粘土が乾いちゃいそうだし。

「授業中ですよ?」

 いつの間にかそばにいたミドリ先生が、微笑ほほえみで四人全員をすくませ、去っていく。

 怖かった。しかし、これで作業に戻れるとナオトがあんしていると──。

「……ポロヴェロージさん? どうして、授業中にガムをんでいるの?」

「ガムではありません、ミドリ先生。茎ワカメです」

 つぎはナオトが気が気でなくなり、作業に集中できなくなった。



 放課後になると、例のごとくナオトはマーリアと帰っていた。

 マーリアはうつむき、その無表情を陰で曇らせていた。下校生が枝分かれする住宅街を抜けて、ひとのない川沿いの土手道までくると、ナオトはそっといた。

「ねえ、職員室に呼び出されたけど、だいじょうぶだった? その、色々と」

「……電賊が一般人にお宝を奪われ、捨てられた。これ以上の恥があるでしょうか」

「ええと、当然の結果だよね。だから、報復とか考えないでね?」

「しません。あの先生は危険です。これ以上の茎ワカメの損失は避けなければ」

「あっ、マーリアも先生が怖い? おれも最初は優しそうな人が担任だって喜んだけど」

 やはり、自分は変わったのだろう。気軽にしやべれるし、相手の顔も見られる。

 そのマーリアの横顔が、なにかを思い出したようにこちらを見た。

「ところでナオト。釣りは得意ですか?」

「へっ、釣り? うーん。何度かやったことあるけど……えっ、ワカメ、釣る気?」

「いえ、新たな茎ワカメはすでに注文済み。今日の予定が〝釣り〟なのです」

 ……なぜ、釣り? やはり、ナオトにとって会話はまだまだ難しそうだった。



 一時間後。ナオトはVRSNSテスラプネ・日本エリアにあるアミューズメント系コミュニティ・ゾーン前にログインしていた。

 にぎやかな場所だ。遊園地みたいにメリーゴーラウンドや観覧車、ジェットコースターがあり、ほかにもVRSNSならではの遊戯施設がたくさんある。

 なんの説明もなく例のレストランのVIP室から、マーリアとログインしたのだ。きょろきょろと左右をうかがうナオトはまるで迷子……いや、実質的に迷子だった。

「ねえ、マーリア。釣りって? あっ、ヴァーチャルの?」

「いいえ。釣るのは魚ではなく〝敵〟です。そして餌は、わたしたちです」

「へいっ……!

「今日のわたしたちは〝ストレスに耐え切れず、忠告を無視して遊びに出てしまったバカな子供たち〟です。捕食者から見れば絶好の獲物でしょう」

「で、でもでも、それって、すごい危ないんじゃ……!

「トージョーとその部下〈テイルズ〉が三時間ほど確保できたので、いま見張っています」

 いま? あたりを見回すが、楽しげな友人連れやカップル、家族しか見当たらない。

「探しても無駄かと。〈テイルズ〉はファミリーからも切り離された、プロの戦争屋です」

「そんな人たちが、おれたちを見守ってるの?」

「はい。現実側でもアーロンが我々の現実体を護衛中ですし、グリッチャー・モードに移行しなければすぐログアウトできます。──では、いきましょう」

 マーリアは入口でパスポートを二人分買い、ゲートをくぐってしまう。

 ナオトはあわてて追うが、マーリアはゲートのすぐ先で止まり、考えごとをしていた。

「失念していました。学生が友人と遊ぶときは、リード同期を行わなければ変ですね。さて、どちらがリード・オーナーになりますか?」

 リード同期。個々人のこうを読み取り、おススメの店舗や広告を示すリード機能を、他ユーザーと共有することだ。そうすれば同じ広告やリード店舗表を見られる。

「ええと、マーリアがオーナーを──」

「調べたところ、男がオーナーになるのが普通だそうです。ナオト、同期招待をください」

 マーリアが手を差し出すが、ナオトが硬直しているので首をかしげた。

 改めていうが、ナオトは男子だ。年齢制限ギリギリまで〝異性〟について調べることは健全のあかしであって、そしてリード機能はその履歴を覚えているわけで……。

「……? ナオト、シークレット・ウィンドウでなにを操作しているのですか?」

「えっ! いや、その、リード同期、はじめてだから、やり方わからなくてさ」

「あなたに友人がいないことはもう聞きました。隠すことでもないでしょうに」

 マーリアが手順を教えてくれるが、じつは、やり方は知っている。ナオトが調べていたのは、リード・メンバーに見せたくない履歴・広告を消すアプリや機能だ。

 アプリは有料で、公式設定も月額課金。三~五〇〇円なんて喜んでささげるが、設定法がややこしい。カンナにけば一発だろうが……女性に訊けるはずがない!

 ──ああ、神様。どうか、リード広告に水着姿のお姉さんとか出ませんように。

 ナオトは全霊で祈りつつ、同期招待を送った。



 その日、ナオトは神を見た。

「ナオトは、猫が好きなのですね」

 そこら中にあるリード広告を眺め、マーリアがそんな感想を述べた。まえのペット欲が燃えたときに調べまくったせいで、ほかの履歴が埋もれたらしい。広告は猫だらけだった。

 猫に感謝。猫、ばんざい。猫が世界を救う。

 しかしマーリアと遭遇してからマフィアや銃への対抗手段なども調べたせいか、ときおり、猫の広告にマフィア物の映画や射撃ゲームなど、物騒なものが紛れていた。

 そうして猫とマフィアが混ざるカオスなリード機能に導かれた結果……。

「「アウトロー・キャッツ……」」

 遊戯施設入口前のリード表にあがった文字を、二人は声をそろえて読みあげた。

 ──あなたは気高き一匹の猫。お家はあなたの城であり、敵である。さあ、その爪でお家を破壊し尽くせ! 邪魔者は猫パンチで退けろ!──

 ようするに猫となり、家で破壊可能オブジェクトを壊しまくるゲームらしい。

 いや、破壊とか退けろとか……。しかも勝利のヒントは、縄張りを守るために対戦プレイヤーを追い払うこと、そして高得点者から縄張りを奪うこと。猫パンチが当たったプレイヤーは、一度、家の外に出なければならず、時間ロスを食うわけだ。

 ……全年齢対象の複数人対戦ゲームなのに、ハードボイルドすぎる。

「ね、ねえ、マーリア。ほかの──」

「〈テイルズ〉へ。リード店舗に移動します。店名は【アウトロー・キャッツ】です」



 数分後、ナオトはきじねこになった。

 猫といっても、アバターは現実体から変更できない。ただ猫の着ぐるみを着ただけ。しかしそれには鋭い爪と、運動機能補強のスプリング装置などが搭載されていた。

 雉猫がいるのは、和室だった。舞台に日本の家が選ばれたらしく、平凡な四LDKといったところか。ただし、でかい。棚もふすまも、なにもかもが倍以上の大きさだ。

「……いや、おれが小さい設定なのかな。猫だし」

『気高き猫たちよ! 野生に帰る準備はできたか! 勝利した猫は次回も無料だ! 五連勝で豪華景品がもらえるぞ! さあ、開始まで三、二、一……スタート!』

 はじまった。とにかく、なにかかなくては。ナオトは床の間の床柱に爪を立て、切り下ろしてみる。するとくずと大量の『+2』という数字がポロポロ落ちた。

 視点左上には沢山の獲得ポイント。目前には、爪痕が刻まれた哀れな床柱。

 ……楽しい。こんどは両手でひっかいていく。その床柱がボロボロになると、つぎは畳に襲いかかり、『+1』とイグサを散らしていた。

 壊すものによって点数がちがうのか。なら、あの掛け軸は? 障子はどうだ?

『白猫マーリィがトイレットペーパーを全破壊! +五〇〇点。猫パンチを見舞え!』

 気になり、ふすまから廊下をのぞき見ると、奥のトイレらしいドアから小学生くらいの子猫が泣きながら出てきて、庭から外へ向かうところだった。

 ──自分はなにも見ていない。ふすまを閉じ、つぎは掛け軸をバリバリしていく。

 いや、ほんとうに楽しい。さて、こんどは障子でもと思ったところで──。

『掛け軸のソロ全破壊に成功! ポイント+一〇〇〇! 一位獲得!』

 うわっ、やっぱりすごかったんだなぁと感動した瞬間、脳内で警鐘が鳴った。

 マーリアがトイレットペーパーを破壊したとき、通知がきた。ということは……。

 バッと振り返ると、閉めたはずのふすまが少しだけ開いていた。そのまま視線を巡らせると、和室中央にある座卓の下で、青い瞳が輝いているのが見えた。

「わあっ!」

 座卓下から白い流れがはしり、その爪でナオトの足をごうとする。ナオトは着ぐるみのバネ強化でとっさに爪を飛び越え、座卓の上に着地して襲撃者へと振り返った。

「……やはり、あなたが最大の障害ですか、きじねこナーオ」

 こちらを見上げるのは、真っ白な長毛猫の着ぐるみを着たマーリア。

「ま、マー──白猫マーリィ!」

「わたしには優勝しかありえない。おとなしく猫パンチを食らってください」

「うん、うん! わかった! でも──」

 白猫マーリィが大跳躍し、鋭すぎる猫パンチを振り下ろす。

 ナオトは反射的に跳び退すさり、そのまま反転して走った。マーリアが、それを追う。

「話がちがいます、雉猫。あなたはわかったと言ったはずです」

「ちがっ、いや、ちがくないけど、怖い! もっと優しく──」

「反撃を許さぬ攻撃こそ肝要。そしておおかみは、つねにきようじを忘れません」

「いやいやいや、いま猫だし、白猫のファミリーも、そんな矜持いらないと思う!」

 グリッチャー・モードではないからケガはしないが、多くの人がこの恐怖に覚えがあるだろう。鬼ごっこで本気になった鬼役に追われる恐怖。あれだ。

 ナオトは茶菓子皿をひっくり返し、せんべいをぶちまけ、座卓を駆ける。肩越しに見ると、マーリアは時間を無駄にしないように、右手で座卓をひっかきながら追跡していた。

 卓上を削っていた白猫の爪が振りあげられ、背中に迫る。ナオトは寸前で座卓端から跳んで逃れ、正面にあったたんの引き手をつかんでとうはんしていった。

 ひいひい言いながら箪笥を登り切ったとき、マーリアは座卓上で両足をたわめていた。

 そして自前の筋力とアシスト機能を使い、一足で跳んでくる。

「ぴっ!」

 ナオトは落ちてくる二爪を横ローリングで回避し、飾られていた日本人形や熊の彫り物を蹴散らしながら棚端まで駆け、庭へ続く障子へと跳んだ。

 障子をぶちぬき、縁側に前転着地すると、マーリアも前方の障子を破ってこちらの行き道を阻む。ナオトは身と尾をひるがえして逃げ、洋風リビングへと駆けこみ、椅子をくぐり、カーペットの下を通り、夕飯が並べられているテーブルを走り回った。

 それをしつように追うマーリア。ほかのプレイヤーの子たちは「すごーい」「お姉ちゃんたち、がんばれー」と、完全に傍観者となっていた。

 やがてナオトはカーテンに爪を立てながら登っていき、カーテンレールの上に追い詰められた。だがマーリアはそれを追わず、床からこちらを見上げるだけだった。

「やりますね、きじねこ。わたしが登ったところで、カーテンを引き裂き落とす作戦ですか」

「そんな物騒なこと考えてないけど!」

「それなら証明として、降りてきてください」

「やだっ、絶対にトラウマ物の猫パンチするもん!」

 堂々と見上げる白猫と、高所で縮む雉猫。そのづらは完全にボス猫と弱小猫だが……。

『試合終了! 今回のデストロイヤーは雉猫ナーオ!』

「「あっ」」

 どうも、逃げるときに物を壊しすぎたらしい。



 ナオトはマーリアの好みらしいエキゾチックなカフェで一休みし、また遊びを繰り返した。だが彼女のスタミナは底なしで、ナオトはひとり外のベンチで休むことになった。

 ……けっこう楽しかった。しかし、すこし問題が残った。

「あー、雉猫のおねーちゃんだー。アタシたちてたよ、すごかったよー」

 小学校低学年くらいから中学生くらいまでの子たちが、ナオトを賞賛していく。そうなのだ。あの【アウトロー・キャッツ】の試合は放送されていたらしい。ナオトたちの試合は最近のベストバウトだったらしく、たくさんの子から声をかけられた。

 しかし。声をかけてくる子たちは多様な人種だが、同じ試合映像を見ていたということはリード同期しているらしい。みんなジャケットやブラウスの左肩に星空のワッペンをつけているし、どこかの学校のVR遠足か? 引率の先生らしい女性もいた。

 あのワッペンには見覚えがある。たしか……。

 思い出していると、ワンピースにそのワッペンをつけた少女がくいとナオトの袖を引っ張ってきた。少女といっても背丈は同じくらい。日系人で、すこし自分と似ていた。

「ねえ、わたしもおねーちゃんにみたいに優勝したいな。コツ、教えて?」

「えっ、あ、ええと。おれも、今日が初めてだったから、コツとかは──」

「……その人はお兄さんだ。それより、早くみんなのところに行きなさい。はぐれるぞ」

 歩いてきたスーツ姿の男に促され、少女は「はーい、ミスター」とナオトの袖を離した。

 ミスターと呼ばれた男は、左目が機械眼だった。

「と、トージョーさん?」

「実際に会うのは初めてだな。とはいっても、ここはVRSNSだが」

 電賊〈ウルヴズ〉の相談役にしてマーリアの師である男が、ナオトの横に腰かける。

 かれは、ナオトたちを餌に〝敵〟を待っていたはず。

「……ま、まさか〝敵〟が?」

「いや。〝敵〟はこない。いても、もう攻撃してこない。それなりの能力を有しているなら、わたしの顔も力も知っている。わなだと確信し、引き上げているころだろう」

 作戦を自分で台無しにした? なぜ?

 しかしトージョーは、まったく別の話をした。

「マーリアとの日常は、苦労が多いだろう? あれが殺しの技術ばかりで、常識に乏しいのはわたしのせいだ。すまなかったな」

「えっ、あ、その」

「遠慮せずともいい。わたしも同じ苦労を知っている。だが、きみの滑り出しは良好だ。まだ背中におお火傷やけどを負っていないし、胸も骨折していない。鼓膜だって無事だろう?」

「ええと、それ、日常の話ですよね。電賊の戦争の話ではなく?」

「極めて日常的な、マーリアとの平日の話だ」

 ──二人はしばらく共に暮らしていたと聞いたが、一体、どこの魔界にいたのだろう。

「ところで、そのマーリアの姿が見えないが?」

「え、えっと、五連勝するために、また猫になってます。いま、三勝目です」

 トージョーは機械眼をこすり、頭痛に堪えるような顔をする。

 それから通常通信ウィンドウを開き、だれかにつないだ。

「悪いが、子供たちにあのゲームをやらせるのは待ってくれ。知り合いが暴れている」

『わかりましたわ、ミスター・トージョー』

 クスクス笑って応えたのは、さきほど子供たちを引率していた女性だ。

 通信を切ってから、トージョーは目を丸くしているナオトに気付き、肩をすくめた。

「……あの子たちに、これ以上の悪夢を負わせるわけにもいかんだろう?」

「やっぱり。あれは〈星空の家〉のワッペンですか」

「知っていたか」

「はい。おれの両親が死んだとき、連絡をいただいたので」

〈星空の家〉は、児童福祉──主に孤児の保護・支援活動をしているNPO団体だ。十数年前にイタリアの〈星の家族〉と日本の〈空の家〉が合併し、巨大組織となった。

 叔母夫婦が名乗り出てくれなかったら、ナオトも世話になっていただろう。

「あのぅ、〈ウルヴズ〉は〈星空の家〉とどんな関係なんですか?」

「大口支援者。もちろん打算はある。我々があの子たちを助け、その善行のうわさが、我々を守る。……そして今日は、きみの信用を得る道具として使っている」

「じゃあ、〝敵〟を釣る作戦は──」

「ああ、うそだ。ほんとうは、きみと一対一で相談する時間が欲しかったのだ」

 トージョーの思惑が、なんとなくわかってきた。

 どうして、ナオトに〈星空の家〉の子たちを見せたのかも。

「……我々の問題を解決するすべがひとつある。〈ウルヴズ〉に入れ。先のミッチェル戦のデータをボスへ送ったところ、きみの能力を評価していた。待遇は悪くないだろう」

 ──やっぱり。

「電賊は悪党だ。ためらうのは当然。しかし、我々は悪辣な者からしか奪わない」

「いま、おれは脳を狙われているわけですが、おれも悪辣な者なんですか?」

「グリッチャーは、それだけで悪辣な者。あるいはその種。それが業界の常識だ」

 トージョーは言うが、自分自身、納得してない様子だ。

 ブレイン・イノセンス・エンジンの表現力は、やはりすごい。VRSNSで会うと、通信ではマシンのように見えた男から、大きな苦悩が感じられた。

「ソロ・グリッチャーはいずれ力に魅入られるという理屈だが、まんだ。時がてば組織はゆがむ。だれもが歪む。きみを殺せば、ファミリーの決定的なひずみとなるだろう」

「電賊になるのも、おれの人生にとって決定的なひずみになると思うんですけど」

「……いや。そちらに関しては、そうとも言い切れん」

 トージョーがなにかを視線で示す。街灯上の公式立体広告だ。

 ──あらゆる壁を超えて、あなたを運命の下に。

 VRSNSで様々な世界を渡り行き、リード機能で求めるモノやヒトと巡り合う。そんな意味合いの文句だが、トージョーはそれ以上の意味をいだしているようだった。

「先週のきみは、こんなことに巻き込まれるとは夢にも思わなかっただろう?」

「えっ? ええ、それは、まあ……」

「それがVRSNSだ。平和と裏社会の壁も、簡単に超える。そして急速に、その者と運命を結ぶ。きみの場合、R・O・O・Tとマーリアかもしれないな」

「運命……」

「詩的すぎたか? 受け売りの言葉だから、うまく伝えられたか不安だな」

 たしかに、自分はあの日にビルへ向かい、R・O・O・Tとマーリアに出会ってから、なにもかもが変わった。欠けていた歯車を得たような感覚だ。

 しかし……電賊の自分。現実的なシミュレートがまったくできない。

 それでも、いまのところ、〈ウルヴズ〉に殺されずに済む、たった一つの道だ。それに、さっきの〈星空の家〉の子たちの笑顔。自分も両親を失った身だ。立ち直り、笑えるようになるのはとても大変だった。自分が、それを支える一端になれるなら……。

 ──電賊になって、人を殺して?

「きみの悩みはわかる。きみは〝死〟というものをよく理解し、身近な恐怖として想像できる子だ。──その理由は、両親の事故死だろう?」

 心中を正確に見抜かれ、ナオトは驚いた。

「無礼に聞こえたか? 言い訳だが、わたしも幼くして親を失った身だ」

 それから、トージョーは皮肉げに微笑した。

「わたしは死を扱う。だから、わかる。きみは死を恐れている。きみ自身のだけではない。すべての死を。ひとつの死が、家族、親戚、友人……あの〈星空の家〉の子たちのように、多くの人を悲しみに突き落とすことを知っている。──だから、ミッチェルのような小物の命すら大切におもう。あれの死を悲しむ人が、どこかにいると知っているから」

 あまの死を見てきた右目と、命がない左の機械眼が、楽しそうに歩く家族を捉える。

「だが、すべての死を避けるのは不可能だ。〝敵〟を倒さねば殺される。〈ウルヴズ〉に入らなかったら、マーリアがきみを狩る。カンナくんは自分を責めるだろう。きみの叔母夫婦も。なにかを得たければ、なにかを諦めるしかない。きみは変わらなければならない」

「……変われますか、おれは」

「もちろん。きみは、なんでもできるグリッチャーだ」

 ナオトは口を結んだ。自分がどれほど追い詰められているか再確認させられると、混乱し、恐怖した。わずかでもいい。ヒントを求めた。

「あの。トージョーさんは、どうして電賊に?」

「わたしか? 参考とするには、あまり向かないと思うが……」

 ナオトがジッと見つめると、トージョーは諦め、ゆっくり語りはじめた。

「……わたしがこの道を選んだのは、まだ〈ウルヴズ〉どころか電賊という言葉すらなかったころだ。ある日、一人の男に出会った。リヴィオ・ピアッツェラと」


  十八年前


 フリー暗殺者であるトージョーは、二年前にリリースされたVRSNSの大型店で、手押しカートに品物を乗せていた。ネット・ショッピングとしては非効率だと思ったが、どうして企業も客もこの購買スタイルにこだわっているのかすぐ理解した。目当てのものを取ろうとした手が、あちらの品のほうがいいのではと、つい泳いでしまう。

 トージョーが二つのデータ・パッドをまえに迷い、結局、両方ともカートに乗せて進み始めると、仲介人から依頼メールがきて、すぐシークレット・ウィンドウで開いた。

 メールの写真に映るのは、気取ったスーツを着て、金髪を後ろで縛ったアーティスト然とした若者。マトの写真にしては、むやみに明るい笑顔を浮かべている。

 ──名はリヴィオ・ピアッツェラ。二十五歳。マフィアの下っ端だったが、去年、『自分のマフィアを一から作る』ために金庫番を殺してカネを奪い、現在も逃亡中。

 ずいぶん詳しい情報だ。カネを奪われたマフィアが各方面に流しているらしい。

 それでも、一年間も逃げおおせている。その理由をトージョーは推理できた。

 マトは、自分と同じ力を得たのだ。──グリッチャー・アプリを。

 メールには注意もあった。あちらも、トージョーを狙っているようだ。属していたヤクザの頭を殺してフリーになったかれも、賞金をかけられている。それが目当てだろう。

 ──世界で初めての、グリッチャー同士の戦いになるかもしれないな。

 しかし、裏切りの放浪者か。似たもの同士だ。

 と、メールに集中していると、T字路で向かいからきた男性のカートと自分のをぶつけてしまい、『強接触・注意』の警告を出してしまった。

 日本語とイタリア語で交わされる「失礼」の言葉。

 顔を向けると、メールの写真と同じ顔をした青年がいた。青年も手元で開いているらしいシークレット・ウィンドウを見て、またトージョーに視線を戻した。

 反応は、暗殺者のほうが速かった。カートから離れた右手が滑らかにスーツの懐へ収まった。青年も後ろ腰に右手をやろうとしたが、くうで止めるしかなかった。

 先手を制したトージョーは、懐の中で仮想拳銃を握りながら口を開く。

「「どうやって、おれを見つけた?」」

 またも声が重なり、目をしばたたく両者。

 そしておたがい、相手のカートに満載されたVRSNS用オモチャ・データパッドを見る。さきに納得し、悪態をいたのは青年──リヴィオ・ピアッツェラだった。

「なるほどね。子沢山ってわけじゃなけりゃ、そういうことか。ちきしょうめ」

「……意味がわからないが」

「頭の巡りが悪いな、〝断頭台〟。おたくも日頃からガキ向けのオモチャ屋や遊技場を調べまくってるだろ。リード機能のせいさ」

 なのか性格なのか、やたらしやべる。それからトージョーのカートを見てあざわらった。

「だが、言わせてもらうと、そのオモチャは流行遅れだ。VRSNSでボードゲームだって? センスを疑うぜ。時代はこっち。没入型対戦ゲームさ」

「それは十六歳以上と書いてある。みんなでは遊べない」

「対象年齢のオモチャで喜ぶガキなんていねーよ。おたくも覚えはー──いや、ねえか。……どうも、暗殺者になる前の記憶を全L・O・S・Tしたみたいだしな」

 L・O・S・Tという単語で、トージョーは気を引き締める。

 前代未聞の、グリッチャー同士の殺し合いが始まろうとしているのだ。

「……おっぱじめるか? この世界じゃ、頭に一発ではおしまいにならないぜ?」

「なら、十発撃つまでだ」

 大型遊具店のT字路で、グリッチャーたちがこうちやくする。

 その横を──。

「ママー、カードコーナーどこー」

「やだやだやだやだ、これ買ってくれないとやだー」

「走らないの! また転ぶわよ!」

「転んでも痛くないもーん」

 はしゃぐ子供たちと、それを叱る母が突風のように過ぎ去っていった。

「……よお、移動しねえか? 死ぬのもるのも、もっといい場所があるはずだろ?」

「同感だ。先にいけ。おれは用事が済んでから──」

『お客さまにご連絡です。これよりF・T社の大海原クリエイトセット【メイキング・ブルー】のクローズドβ・チケット配布をレジ前にて開始します』

 トージョーはすばやくカートをT字路の中に曲げてレジへ向かおうとするも、もう一つのカートが横並びになり、ガツッとぶつかって、棚の間でスタックした。

 トージョーが横目でリヴィオをにらむ。リヴィオもこちらを睨んでいた。

「……譲れよ、このスシ野郎。日本の現実にゃ、ほかにエンタメが山ほどあるだろ」

「そちらこそ、譲れ。死人には必要あるまい」

 小声の罵倒とカートを擦り合わせるグリッチャー二名。

「ねえ、お兄さんたち。道ふさいでるよー」

 後ろから幼い少年に叱られ、二人はまた顔を見合わせた。



 それから二人は場所を変えた。何度も、何度も。

 最後にいきついたのは、オモチャ屋が密集するエリアにあるカフェの屋外席だった。

 デバイスに収まりきらず紙袋に詰めたデータ・パッドを椅子の横に置き、リヴィオが鬱陶しそうにかみひもを外して金髪を広げた。

「ったく。おれは約束したんだぜ? 海を作るって。でも、この手の作業は苦手だからβ版でらしておこうって思ってたのに。ぶっつけ本番だぜ、くそっ」

 トージョーも同意する。あれから何件も店を回り、二人で情報共有までしたのだが、結局、β・チケットは得られなかった。

「……おれの方も、七夕であれが欲しいと書いた子がいたんだが」

「タナバタ? なんだそりゃ?」

「日本の風習だ。竹に願い事を書いた紙をるして──いや、そんなのはどうでもいい」

 トージョーはコーヒーをすする。リヴィオは背もたれに片腕を乗せて笑った。マカロニ・ウェスタンよろしく決闘する気はもうせたようで、警戒を解いていた。

「しっかし、こんどの刺客はユニークだな、ええ? オモチャで人を殺すのか? いったい、どんなヤツなんだか──いや、いや、応えなくていい。おれが当ててやろう」

 リヴィオが得意げに身を乗り出す。

「リュウイチロウ・トージョー。父は四歳の頃に失踪し、母と内縁の夫に虐待されながら育った。そして六歳になると、その二人をぶっ殺して路地裏生活をはじめた」

 トージョーはあきれた。そのくらいの情報、暗殺者以前の記憶を全L・O・S・Tした自分でも調べられた。

「そんで八歳でヤクザに拾われて鉄砲玉にされたが、おまえはいつも仕事をして戻ってきた。消耗品じゃなく、名刀だったんだ。だから重宝され、教育された。しかし十八のころ、そこのヤクザのボスをぶっ殺してフリーになった」

「カンペを熟読してきたらしいな。記憶力を褒めてもらいたいのか?」

「なら、母親たちを殺し、ヤクザを裏切った理由はどうだ。それは公表されてねえだろ?」

 リヴィオは、椅子の横に置かれた紙袋を指す。

「ガキのころ、おまえは自分みたいに虐待されて死ぬ子供たちをニュースでてきた。自分もそうなると思ったおまえは、やられる前にやったわけだ」

「……つづけろ」

「それが、おまえの根幹だ。殺しのテクと、ガキの無念だよ。だからヤクザを裏切った理由もそれ。ガキをマトにした仕事を任されたから、縁を切った。ちがうか?」

「ずいぶん自信満々にしやべるものだな」

「当たってるってことだな! ほらみろ!」

 手をたたき、それこそ子供のようにはしゃぐリヴィオ。

「じつのところ、おれの人生も似たモンだ。おれは──」

「違法しようふの子。十歳で母に捨てられ、ストリート・チルドレンを集めてギャング団を作るも、地元マフィアに吸収される。……そしてマフィアのカネに目がくらみ、使いつぶされていく同胞の子供たちを見て、裏切りを決意した」

「……当たってることにゃ驚かないね。おれたちは兄弟らしいからな。生い立ちも、一人ぼっちなのも、きたねー仕事に手を染めて、記憶をL・O・S・Tしても哀れなガキを放っておけないことも、まったく一緒だ」

 どうやら、この軽々しい男の目は評価しなければならないようだ。

「さて。当てたご褒美に教えてくれ、兄弟。……なんだって、買い物なんかしてた?」

「もうわかっているはずだ。おまえも同じだろう?」

「児童養護施設だかへの寄付ね。そりゃわかるさ。だが、なんで買い物? グリッチャーなら盗めばいいじゃねえか」

「おまえもグリッチャーで、買い物していただろう」

「いいから教えてくれよ」

 リヴィオの顔から笑顔が消え、さきほどよりも真剣な表情になっている。

 その真剣さにされ、トージョーの口から言葉がこぼれた。

「……グリッチャーになったのは半年前。そのあいだに、この力の強さを十分に知った。VRSNSの裏で無数の同類を見た。どいつもこいつも、自由に振舞っていた」

「おれも見たよ。グリッチャーは無敵だからな。カオスだね、ありゃ」

「だが、どんなカオスにも、いずれ自由と責任のエントロピーが形成される。裏社会と同じだ。おれもこの力を仕事に使うが、うかつにツケを膨らませたくない」

 パチンと手をたたく音が、トージョーの視線をあげさせる。

 リヴィオは満面の笑みをたたえ、両手で親指まで立てていた。

「……兄弟、おれたちが出会ったのは運命だ。運命の下、出会ったんだ」

「リード機能でたまたまマッチしただけと、自分で言っただろう?」

「そうさ、リード機能だ! あれは運命に導く力があるとおれは考えてた。それが──ちきしょ、言葉がでねえ。とにかく運命だよ! おまえが、おれの夢をかなえてくれる!」

「夢とは、自分のマフィアを作るというやつか?」

 リヴィオは、興奮をいくらか抑えて首を振った。

「ただのマフィアじゃねえ。きようじを持ったマフィアだ。クスリも人も売らねえ。悪党からだけ奪い、善なる者を助け、その尊敬をとりでとするマフィアだよ」

「ファシストと戦っていたころのような? 不可能だ」

「いいや、できる。グリッチャーの力と、その行く末を見通しているヤツが二人いればな」

 ……こいつは、L・O・S・Tに正気をわれたのではないか?

「おれのことを言っているらしいが、付き合う理由がない」

「あるね。おまえは自分を道具だと考えてる。だが、道具にもプライドがある。良い振るい手を望んでる。心の底ではな。否定するまえに自問しろ。なんで、おまえはすごうでなのにフリーを続けてる? 血も涙もない〝断頭台〟のくせに、子供たちを助けてる?」

 トージョーは反論の口を閉じる。そこへ、リヴィオが畳みかけてきた。

「なら現実的な面でいこう。おまえは孤児の支援をしてるが、なぜ、現ナマを送らない?」

「もう送った。しかし──」

「多額だとサツが動くし、資金洗浄の手法がわからない、だろ? おれもだが、解決法はある。プラチドって男だ。優秀な玉無し野郎。ちょっと小突けば願いをかなえてくれるぜ」

「だが、問題がある。そうだな?」

「ちょっとだけな。いま、ヤツは五人組のグリッチャーに飼われてる。こないだ三十人ほど殺したマヌケどもだ。まずそいつらを殺さなきゃ、話もできねえ」

「……なるほど。ちょっとだけの問題だな」

 トージョーは思考する。その五人組は、接触しないように自分も目を光らせていた。

「そいつらのメインカラーに【赤】はなかった。おそらく、もっとも戦闘的な属性だが」

「ああ。でも、おまえのメインカラーは【力の赤ポテレ・ロツサ】だ。れるだろ?」

「……【力の赤】? 【赤】ではなく? それに、なぜおれのカラーを?」

「観察の成果だ。おまえみたいなのは【赤】になる。でも【赤】じゃ味気ないから【力の赤】って呼ぶことにした。いずれ、世界中のグリッチャーがこの呼び名を使うぜ?」

 トージョーは、話にかれていることに気付いた。そして、リヴィオの自分の評価がおおむね正しいことにも。依頼のままに人を殺してきた自分の心臓が、高鳴っていた。

 それでも、道具のプライドというやつか。フリー暗殺者としての意識を通そうとした。

「ターゲットについて、ほかに情報は?」

「ずっとログインしっぱなし。仮想拠点は知ってるが、現実拠点も身元も割れなかった」

「……現実でるのは難しい。VRSNS上で戦うしかない、か」

 トージョーは視線でリヴィオをく。

「いま、グリッチャーたちは互いに衝突を避けている。この殺しは世界中のグリッチャーの意識を変えることになるぞ?」

「そのとおり。実際、プラチドはオマケだ。これはグリッチャーへのメッセージだよ。自分たちが無敵の透明人間じゃなく、食物連鎖内の獣だと発信する。──おまえが言ったように、ルールを敷くんだよ。おれたちでな」

 リヴィオの顔には、ひと欠片かけらの迷いも見当たらなかった。

 トージョーは、荷物をまとめて席を立つ。リヴィオも立った。

「……クローズドβだな。見込み違いなら、おまえを殺して依頼を達成する」

「それでいいさ、兄弟。どうせ製品版を買うことになる」

 そうして、二人は歩きはじめた。

 世界で初めて、グリッチャー同士の闘争をやるために。夢の一歩目を踏み出すために。