「お邪魔します」

「どうぞ。そのソファに座ろうか」

アーサー様と婚約して数ヶ月が経ったある日、わたしは彼に招かれ、グリンデルバルド公爵家へとやって来ていた。今日は祝日が重なった、四連休の最終日でもある。

三日ぶりに会った彼は、わたしの顔を見るなり「かわいい」「会いたかった」「好きだよ」と甘すぎる言葉を次々と紡いでくれて、今日も一日心臓が持つか不安になってしまったくらいだ。

公爵家に着いてからはまっすぐにアーサー様の部屋に案内され、腕を引かれるままにソファに腰を下ろす。それと同時にきつく抱きしめられ、また心臓が大きく跳ねた。

「本当に、会いたかった。たった三日間がこんなにも長いと思ったのは初めてだ」

「わたしも、会いたかったです」

「本当に? 嬉しいな」

未だに彼に抱きしめられるだけで、顔から指の先まで熱くなってしまう。アーサー様はやがて身体を離すと、真っ赤になっているであろうわたしの顔を見て、本日何度目かわからない「かわいい」という言葉を口にした。

「飲み物は温かいものと冷たいもの、どちらがいい?」

「温かいものがいいです」

「わかった」

そう言って立ち上がると、アーサー様はメイドを呼びテーブルの上にたくさんのお菓子を用意させた。どれもわたしの好きなものばかりだ。

そしてティーセットを置いておくよう言うと、メイド達に出て行くよう指示し、彼が手ずから紅茶を淹れ始めた。

「あの、どうしてアーサー様が淹れてくださるんですか?」

「少しでも早く、アリスと二人きりになりたかったから」

「えっ?」

「本当だよ」

そんなことをさらりと言われてしまい、余計に落ち着かなくなる。やがて目の前にティーカップが置かれ、ほっとするような紅茶のいい香りが鼻をくすぐった。

「アリスが好きだと言っていたものを、取り寄せたんだ」

「ありがとうございます、嬉しいです。いただきます」

それからは、彼が淹れてくれた美味しいお茶を頂きながらお喋りを楽しんでいたのだけれど。ふとソファの端に、茶色い毛のようなものを見つけてしまった。

「……茶色の、髪?」

髪の毛はしては短いし、柔らかそうだ。不思議に思っていると、アーサー様はわたしの視線を辿ったらしく「ああ、ごめんね」と呟いた。

「ついさっきまで、猫がいたんだ」

「猫、ですか?」

「母が飼っている猫が、ドアを開けた隙に入ってきてしまってね。アリスが来てくれるまでに、掃除をさせる暇もなくて」

最近、公爵夫人が飼い始めたらしいその猫は、まだ赤ちゃんなんだとか。その可愛らしさを想像しただけで、胸がきゅんとする。実はわたしは猫が大好きなのだ。子供の頃から自宅の庭でよく野良猫に餌やりをしては、時間を忘れて遊んだりもしていた。

それが表情に出てしまっていたのだろう。アーサー様はくすっと笑うと「良かったら、連れてこようか?」と言ってくれた。

「いいんですか……?」

「もちろん。少し待っていて」

そうして部屋を出ていき、数分後戻ってきたアーサー様の腕の中には、可愛らしい子猫がいて。あまりの可愛さに、わたしは思わず口元を両手で覆い、声にならない声が漏れた。

「生後三ヶ月だそうだ。名前はミミア」

「か、かわいすぎます……!」

アーサー様がそっと床へと下ろすと、ミミアちゃんはぴょこぴょことこちらへとやって来て、わたしの手にすり、と頬ずりをしてくれた。その様子は涙が出そうなくらいに可愛くて、胸がぎゅっと締め付けられる。

「ふふ、甘えんぼうね」

それからはつい夢中になってしまい、抱っこをして撫でたり、服の袖をひらひらさせて遊んでみたり。

そしていつの間にか、思っていたよりも時間が経ってしまっていたようで。突然視界がぶれたかと思うと、気がつけばわたしは、アーサー様に後ろから抱きしめられていた。

「ねえ、アリス」

「……アーサー、様?」

「もう少し、俺のことも見て欲しいな」

彼は耳元でそう囁くと、わたしを抱きしめる腕に力を込めた。

「俺は学園が休みの3日間、アリスに会えなくて辛い思いをしていたんだよ。それなのに、やっと会えた君は猫ばかり構って、俺に見向きもしてくれない」

「あ、あの、わたし」

「妬けるな」

そんな言葉に、申し訳ないと思いながらもつい、ときめいてしまう。ごめんなさいと謝るわたしに、彼は「ううん、いいんだ」と微笑んだ。

「そもそも、ミミアを連れて来たのは俺だしね。その分、今度は俺が可愛がらせてもらうから」

「…………?」

彼の言葉の意味がよく分からないまま、とりあえずこくりと頷く。すると突然ふわりと身体が浮き、アーサー様に抱き上げられて、わたしはそのまま彼の膝の上に乗せられて。

そして彼は、先程わたしがミミアちゃんにしていたように、わたしの頭を撫で始めた。

「ア、アーサー様……?」

「今度は俺が可愛がるって言ったよね?」

「えっ」

まさか先程の言葉が、わたしを可愛がるという意味だなんて。そんなことを想像すらしていなかったわたしは、戸惑いを隠せない。

「かわいい」

音を立てて、髪や頬に口付けられ、甘すぎる雰囲気にくらくらしてしまう。それにこんなこと、わたしはミミアちゃんにはしていないのに。

「アーサー様、もう、恥ずかしいです……」

「まだ足りないな。アリスはもっと長い時間ミミアと遊んでいたのに、不公平だと思わない?」

「ご、ごめんなさい……!」

そう言われてしまえば、返す言葉がなくなってしまう。やがて唇にまで何度も口付けられ、もう色々と限界だったわたしを見て、アーサー様は満足げに微笑んだ。

「意地悪してごめんね。アリスがあまりにも可愛くて」

「…………っ」

アーサー様はそう言うと、ようやくわたしを膝の上から下ろしてくれた。心臓はひどく早鐘を打ち、顔は火が出そうなくらいに熱い。

やがてアーサー様は眉尻を下げ、何故か困ったような表情を浮かべた。

「……こんなにかわいい猫には、首輪をつけて閉じ込めておきたくなるな」

「えっ?」

「逃げ出したり、誰かに捕まったりしては困るだろう?」

ここ数ヶ月一緒にいて思ったことだけれど、アーサー様はかなりの心配性だ。こんな冗談のような話でも、彼は本気で言っているように見えた。

「ふふ、わたしは逃げ出したりしませんよ」

「良かった。もしもアリスに逃げられてしまったら、俺は生きていけないから」


わたしが大好きなアーサー様から逃げるなんてこと、絶対にありえない。それにしても生きていけないだなんて、やっぱり彼は大袈裟だなんて思いながらも、こんなにも愛されているのだと実感し、幸せを感じてしまう。

「……そもそも、もう逃がしてなんてあげないんだけどね」

アーサー様はそう言うと、わたしの首元を愛おしげに撫で、柔らかく微笑んだ。