「アリス、そろそろお友達のところへ行っておいで。きっとあなたのことを待っているもの」
「はい、お祖母様。また遊びにきますね」
「ありがとう。楽しみにしているわ」
お祖母様はそう言って、唯一動く右手でわたしの頭をやさしく撫でると、柔らかく目を細めて微笑んだ。
お祖母様は、樹変症という病気だ。そのためずっと病院に入院していて、わたしは時間があればいつも遊びに来て、お祖母様とお喋りをする日々を過ごしていたのだけれど。
実は先日、ここでお友達が出来たのだ。最近はお祖母様とお話しした後、彼の元へ寄るのが日課になっている。ぎゅうっと硬くなったお祖母様の身体に抱きついたあと、わたしは病室を出て、彼の元へと向かった。
少し奥にある、広くて大きな病室。かなりの上位貴族や偉い人でなければ入れないと知ったのは、つい最近だ。けれどわたしはその事を、彼に尋ねることはない。
「アリスです」
そう言ってノックをすれば、すぐに「どうぞ」と優しい声が返ってくる。ドアを開ければ、眩しいくらいに輝く金色が視界に飛び込んできた。
「アスラン、こんにちは!」
「こんにちは、アリス。来てくれてありがとう」
わたしはいつものように、彼が横たわるベッドの側にある椅子に腰かけた。そして少しだけ冷たい彼の手を握る。こうしてお喋りをするのが、当たり前になっていた。
するとアスランは嬉しそうにふわりと微笑み、今日もそっとわたしの手を握り返してくれた。
「今日は天気がいいから、ここに来る前にね、メイドのハンナと庭を散歩してきたの」
「そうなんだ」
「とは言っても、あまり綺麗なお花はもうないんだけど」
最近では、お祖母様の治療費に沢山のお金がかかっているらしく、庭師を雇うお金もなくなったようで。時々、わたしも手入れを手伝っている。
「アリスはどんな花が好きなの?」
「わたしはね、────」
元々、お喋りが得意ではないわたしの、こんななんの変哲もない話を、アスランは笑顔で楽しそうに聞いてくれる。だからこそわたしは嬉しくなって、つい話し続けてしまう。
「あっ、ごめんね。ずっと喋っちゃってたみたい」
「ううん。もっと聞きたいな」
「本当?」
「うん。僕はアリスの話も、アリスの声も好きだから」
「ありがとう。アスランは優しいね」
アスランといると、とても楽しい。自分らしくいられる気がする。だからこそ、時間があっという間に過ぎていく。
時計を見れば思ったよりも時間が経っていて、わたしはそろそろ帰るね、と彼に声を掛けた。
「今度はお花を持ってくるわ。またね」
そうして、再び彼の手をぎゅっと握りしめる。
「うん。今日もありがとう、アリス」
アスランは変わらずに笑顔を浮かべていたけれど、その瞳は寂しげに揺れていた。けれど彼は絶対に「またね」とは返してくれない。
優しい彼が、わたしに負担をかけまいとそうしてくれていることに気が付いたのは、いつだっただろう。
わたしはまたすぐに来ることを誓い、病室を後にしたのだった。
◇◇◇
「最近よく出掛けているらしいが、何をしている?」
毎月開かれるゴールディング家でのお茶会に招かれたわたしは、行きたくないという気持ちを押さえつけ、今日も重い足取りでグレイ様の元へとやって来ていた。
その上、彼は顔を合わせるなりそんなことを尋ねてきたものだから、余計に気が重くなる。それに、どうしてそれを知っているのだろう。
「あの、お祖母様のお見舞いに行っています」
「本当か?」
「はい、本当です」
なぜ、そんなことまで責めるように尋ねられなければならないのだろうか。本当だと言っても、グレイ様は疑うような視線を向けて来て、落ち着かない。
「他の人間に会っているわけじゃないよな」
「……本当に、お祖母様の病院に行っているだけです」
「ならいい」
アスランに会っていることがバレれば、間違いなくグレイ様は怒るだろう。彼は何故か、わたしがほかの人と会話をするだけでも怒り狂うのだ。だからこそわたしには、まともに友人と呼べる存在は居なくなっていた。
だからこそ、ようやくできた優しくて大切な友人であるアスランに、迷惑はかけたくない。絶対にバレないようにしなければ。
「お前は、俺以外と関わりを持つなよ」
「……はい」
彼の機嫌を損ねたくないわたしは、大人しく頷く。それからはいつもと変わらず、暴言を吐かれ振り回され続けた。わたしはただ「ごめんなさい」と繰り返し、彼の言う通りにすることしか出来ない。心がすり減っていくような気がした。
そんな中でふと、アスランの優しい笑顔や声を思い出せば、胸が温かくなって。彼に会いたいと、心の底から思った。
◇◇◇
「こんにちは、アスラン」
結局、ゴールディング家を出たあと、わたしは病院へと来てしまった。お祖母様は今は眠っているようで、わたしはまっすぐアスランの部屋へとやって来ていた。
「アリス、こんにちは。今日は会えると思っていなかったから、とても嬉しいな」
「アスランにどうしても会いたくて、来ちゃったの」
すると彼は、驚いたように美しい空色の瞳を見開いた。
「……本当に?」
「ええ」
「本当に、僕に会いたいと思ってくれたの?」
「そうよ。こんな時間に来て、迷惑じゃなかった?」
そう言って、いつものように彼の手を握る。すると彼は優しく握り返してくれて、今日一日感じていた緊張感がふっと解けていくような気がした。
「もちろん迷惑なんかじゃないよ。本当に本当に嬉しい。今までの人生の中で、一番嬉しいかもしれない」
「ふふ、アスランは大袈裟ね」
「ううん、僕は本気だよ」
思わず笑みが溢れたわたしを見て、彼もまた、つられたように柔らかい笑みを浮かべた。彼が笑ってくれると、何よりも嬉しくなる。
「アリス、いつもありがとう。本当に、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
お礼を言いたいのは、わたしの方で。ありのままのわたしを受け入れてくれる彼に、どれほど救われているかわからない。
どうかこの先もずっと、アスランと一緒にいられますように。そう祈りながら、わたしは大好きな彼の手を握りしめた。