思い出に変わっていく

「ねえ、ハンナ。招待状は届いていない?」

「夜会やお茶会の招待状は沢山届いていますよ。今、整理されますか?」

「ううん、それはまた後でお願い。ええと、ゴールディング家からは何も?」

「はい。届いていないかと」

「そう、ありがとう」

この時期になると毎年必ず届いていたグレイ様の誕生日パーティの招待状が、今年は届かないままで。朝から晩まで彼に振り回されていたあの憂鬱なパーティが今年は無いのだと思うと、不思議な気分だった。

……誕生日当日の朝、「誕生日おめでとうございます」と花を渡してお祝いの言葉を伝えると、いつも無表情だった彼が少しだけ笑みを零していたのを思い出す。

「ゴールディング家にお花を贈っておいて」

「かしこまりました」

彼もまた、毎年わたしに花を贈ってくれていて。今年の誕生日にも大きな花束が届いていた。だからこそ、お返しとして贈るようハンナに一応頼んだけれど。

花が届く頃にはもう、彼はあの家にいないような気がした。

◇◇◇

あっという間に時間は過ぎ、無事に卒業前の試験も終えて。昼休みにアーサー様と二人で学食へ来るのも、今日で最後になっていた。

目の前には、初めて一緒に来た日と同じくサンドイッチのランチセットが並んでいる。

「……なんだか、寂しいです」

そう呟くと、向かいに座っているアーサー様も「俺もだよ」と眉を下げて笑みを浮かべた。

彼に婚約を申し込んだ後、初めてちゃんと話をしたのもこの場所で。それからは毎日二人で昼食をとるようになり、少しずつ距離が縮まっていった。

そしていつの間にか、昼休みに学食で彼に会えるのが何よりも楽しみになっていた。だからこそ、この時間がなくなると思うとひどく寂しい。

「君が初めて俺の名前を呼んでくれたのも、此処だったね」

「ふふ、懐かしいですね」

「本当に、泣きたくなるくらい嬉しかったんだ。学食じゃなかったら、我慢できずに抱きしめてしまっていたと思う」

アーサー様は少し照れ臭そうに微笑んだ。

『あの、アーサー様』

『………っ』

『どうかされました?』

『……もう一度、名前を呼んでくれないか』

『アーサー様?』

わたしはその笑顔を見つめながら、そんなやり取りがあったことを思い出していた。一年も経っていないはずなのに、遠い昔のように感じてしまう。

初めて二人でここに来た日は、あのアーサー・グリンデルバルド様が目の前にいること、そして周りから物凄く注目されてしまったことで、食べた物の味すらわからなかった記憶がある。

懐かしくて、思わず笑みが零れた。

「卒業パーティも来週ですし、ようやく卒業するんだという実感が湧いてきました」

「パーティと言えば、ノアは大変そうだったな」

「同じクラスの子たちも皆、当たって砕けるなんて言って、お誘いしようとしていましたから」

ノア様にはまだ婚約者が決まっていないらしく、彼を同伴相手にと望む女の子達が猛アタックをしているようだった。ただの学園内のパーティと雖も、そこから親密になる人も少なくない。だからこそ、皆必死なのだ。

ライリー様は早々に、昔から付き合いがあるらしいスカーレット様との同伴を決めていた。お互い面倒事を避ける為だとか。意外な組み合わせだけれど、美男美女の二人はさぞ目立つことだろう。

「アリスと参加出来て、本当に良かった」

「こちらこそ。アーサー様にエスコートして頂けるなんて、わたしは幸せ者です」

「……君と関わらないまま過ごして、学園生活の最後に他の男性にエスコートされている姿を見たら、流石に立ち直れなかったかもしれない。今更になってそう思うよ」

「アーサー様とでなければ、ひとりで参加して友人達と過ごしていたと思います」

元々、学園生活の大半を男子生徒とほとんど関わらずに過ごしてきたのだ。そんなわたしが、万一誰かに誘われたとしても了承するとは思えない。

「卒業パーティ用に贈っていただいたドレスもとても素敵ですし、本当に楽しみです」

「早くそのドレスを着た君が見たいな。アリスはどんどん綺麗になっていくから、少し妬けるよ」

「アーサー様に比べたら、全然です」

アーサー様とわたしでは釣り合わないと、陰で言う人達が未だに沢山いることも知っている。けれどそれは腹も立たないくらいに、間違いのない事実だった。

それでも彼と出会ってからは沢山の人に変わったと、綺麗になったと言って貰えるようになった。これからも彼に見合う人間になれるよう、努力していきたいと思う。

「そういえば、卒業前だからとアーサー様に告白をする方もいると聞きました」

「ああ、そんなこともあったね。俺はアリスのものなのに、くだらない事をする人間もいるんだと驚いた」

「わ、わたしのもの、ですか」

卒業を前に告白する人は多いと聞いていたけれど、婚約者がいると知った上でするなんて。場合によっては大事になるというのに、怖いもの知らずな人もいるらしい。わたしが舐められている証拠だと、リリーはとても怒っていた。

その話を聞いた時は少しモヤモヤしてしまったけれど、彼は気に留めていないようで安心した。

「うん、だから好きにしていいよ」

「す、好きに……?」

「アリスにされて嫌なことなんて、一つもないから」

アーサー様はさも当たり前のようにそう言うと、こちらが溶けてしまうような甘い笑顔を浮かべていて。そんな彼のせいで、最後の学食のサンドイッチの味もやっぱり、わからなかった。