甘い嫉妬
「今日も本当に綺麗だよ、アリス。女神のようだ」
「ありがとうございます」
そんなこちらが恥ずかしくなるような言葉を、アーサー様はお世辞ではなく本気でいつも言ってくれるのだ。わたしが女神に見えている彼の視点で、自分を見てみたいと常々思う。特殊なフィルターがかかっているに違いない。
そんな彼は、今日も驚く程に素敵だ。馬車を降りてからというもの、すれ違う女性達は皆彼に釘付けになっている。わたしに向けられるちくちくと刺さるような視線にも、大分慣れてきた。
今日は二人でオズバーン公爵家主催の舞踏会に参加する。ディラン殿下も参加するらしく、挨拶する予定だ。王家の方と話す機会など滅多にないため、少し緊張してしまう。
会場へ入り、まずは今日の舞踏会の主催者である公爵様に挨拶をする。それからは二人で挨拶回りをしていると、真っ赤なロングヘアの美女がアーサー様に声をかけた。
「あら、アーサーじゃない。久しぶりね」
「レリーナ殿下、お久しぶりです」
「可愛い婚約者だけじゃなく、たまには私とも踊って頂戴」
ディラン殿下と同じ髪と目の色をしたその女性は、第二王女のレリーナ様だった。アーサー様はわたしと一緒にいる時には基本的にダンスの誘いを断っているけれど、相手が王女様となってはそういう訳にもいかないだろう。
大丈夫だという意味を込めて微笑めば、アーサー様は笑顔を浮かべて彼女の手を取った。ホールの真ん中へと向かっていく二人を、グラス片手に見つめる。
そんな美男美女が完璧に踊る姿は、わたしだけでなく周りにいた人々も思わず溜息を漏らすくらいに素敵だった。
「初めまして、綺麗なお嬢さん」
「……はじめ、まして」
そう言って目の前に現れたのは、同い年くらいの男性で。突然口説き文句のようなものをぺらぺらと話し始めた彼に、わたしは驚いて固まってしまっていた。
思い返せば社交の場でこうして男性に声をかけられることなど、今まで無かったのだ。
アーサー様と婚約する前はグレイ様がずっと傍にいて、男性どころか他の令嬢とも話すことが出来なかった。彼は絶対にわたしから離れることはなかったし、どんなに声をかけられてもわたし以外と踊ることはなかった。
「もしかして、グリンデルバルド様が好みなの?」
「いえ、わたしは……」
彼がそう思ったのは、先程わたしがずっとアーサー様をずっと目で追っていたからだろう。どうやら目の前の彼は、わたしがアーサー様の婚約者だとは知らないらしい。
少し動揺してしまったものの、彼と来ているのだとはっきり言おうとした瞬間だった。
「残念だけど、彼には溺愛している婚約者がいると言うからね。その代わりと言っては何だけれど、よければ僕と踊、」
「よく知っているじゃないか」
気がつけばわたしと男性の間にはアーサー様が立ち塞がっていて、男性は「へ?」と間抜けな声を漏らしていた。
会場に流れる曲は変わっていて、レリーナ殿下とのダンスを終えたあと急いで来てくれたのが窺えた。先程までしっかりとセットされていた金色の髪が、少しだけ乱れている。
「君の言う、俺が溺愛している婚約者に何か用かな?」
「え、ええと……」
そこで初めてわたしがその婚約者だと気づいたらしく、男性は「すみません!」と言って、慌ててその場を離れて行った。
「ごめんね、アリス」
先程まで男性に向けていた冷ややかな笑顔とは打って変わって、蕩けるような笑顔を浮かべると、アーサー様はわたしの頬を長い指で撫でた。少しだけ、くすぐったい。
「……他の女性と踊っていた癖に、君が俺以外の男性と話したり踊ったりするのは許せないなんて、自分でも小さい男だと思うよ。それでも、嫌いにならないで欲しい」
「そんなこと、」
「本当に小さい男になったな、アーサー」
慌てて訂正しようとしたけれど、そんなわたしの声と被るように笑い声が聞こえてきて。
振り返れば、満面の笑みを浮かべたディラン殿下がそこにいた。
「……殿下」
「お前もそんな顔をするようになったのか」
楽しそうに笑うと、殿下はわたしに向き直った。二つ歳下とはいえ、わたしよりもその背は高く、レリーナ殿下とよく似た整った顔立ちをしている。
「初めまして、アリス嬢。ディラン・クロックフォードだ。よろしく頼む」
「お初にお目にかかります、アリス・コールマンです。こちらこそよろしくお願い致します」
「一緒に留学する仲なんだ、気楽にいこう」
殿下はわたしの手を取ると、軽く口付けて。笑顔を浮かべたままアーサー様をちらりと見た。
「という訳で、仲良くなる為に彼女と踊っても?」
「……俺は小さい男なので、了承しかねます」
「ははっ、本当に変わったな」
そう言うと、殿下は「私と踊ってくれますか? お姫様」なんて言って跪いた。わたしに断ることなど出来るはずもない。ちらりとアーサー様を見れば、困ったように笑っていた。
そのまま手を引かれ、ホールの中心へと躍り出る。あまりダンスは得意ではないけれど、殿下が上手くリードをしてくれているお蔭でとても踊りやすい。
「……アーサーとは付き合いは長いが、基本的にいつも嘘くさい笑顔を貼り付けていて、文句一つ言わない男だったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。だから君といるアーサーは新鮮で、面白い。より君達と行く留学が楽しみになった」
その話ぶりから、二人の仲の良さが窺える。軽快なステップを踏みながら、殿下は続けた。
「アーサーには過去、何度も助けられていてね。そんな彼が大切にしている君はもう、私にとっても大切な友人だ」
「殿下……」
「私と一緒に行くことで、気苦労をかけることも多々あるだろう。その代わりと言っては何だが、困った事があれば私の名前を出してくれて構わない。大抵の事は何とかなる筈だ」
「お気遣い、ありがとうございます。とても心強いです」
凛とした、第四王子の顔がそこにはあって。その気遣いはとても嬉しく、心強いものだった。
「アリス嬢、アーサーの顔を見てごらん」
「えっと、」
「ははっ、今にも止めに入りそうな顔をしてるな」
いつの間にか大人びているように見えた表情は、年相応の悪戯な笑顔に戻っている。そしてその視線は、こちらをじっと見つめているアーサー様へと向けられていた。
一見、アーサー様はいつもと変わらない笑顔を携えてはいるけれど、かなり苛立っているのが伝わってくる。
「本当に、楽しくなりそうだ」
殿下はアーサー様に向かってぺろりと舌を出すと、わたしの腰に手を回し、くるりと見事なターンを決めたのだった。
◇◇◇
舞踏会も終わり、アーサー様と共に馬車へ乗り込む。そうして彼の隣に腰掛けた瞬間、きつく抱きしめられた。
「思っていた以上に、余裕がない自分が嫌になる」
「……アーサー様?」
「アリスが他の男性に笑いかけたり、触れ合ったりするだけで嫉妬でおかしくなりそうになる。今日もダンスの相手が殿下でなければ、途中で止めに入っていたかもしれない」
そう言って、彼はわたしの肩に顔を埋めた。何だかその姿は子供みたいで、可愛く思えてしまう。
柔らかな金髪をそっと撫でると、アーサー様は少しだけ顔を上げて、上目遣いでわたしを見た。
「アリスは俺と同じくらい好きになってくれると前に言っていたけど、多分無理だよ」
「どうしてですか?」
「俺が君のことを好きすぎる」
「ふふ、なんですか。それ」
熱を帯びた、青い瞳が揺れる。このままその瞳に吸い込まれてしまいたいと思う程、彼のことが好きだというのに。なかなか本人には伝わらないものらしい。
「それに、レリーナ殿下と踊っている俺を見ても嫉妬をするどころか見とれている君にも、本当は少し腹が立った」
珍しく拗ねた雰囲気のアーサー様に、胸が高鳴る。
あまりにも可愛くて、抱きしめ返す手にぎゅっと力を込めた。
「それはアーサー様が他の女性に興味がないのだと、心の底から安心しきっているからですよ。それでも他の女性に笑顔を向けているだけで、嫉妬してしまう事もありますし」
「本当に?」
「はい。恥ずかしくて、あまり言えませんけど」
「今度から、そういう時はすぐに言って欲しい」
「ぜ、善処します」
「けれどアリスに他の女性と話さないで欲しいと言われたら、本当に一生そうしてしまうかもしれないな」
「そんなの、困ります…!」
本当に、甘やかされすぎていつか溶けてしまいそうだと思った。