視線の先

わたしはアーサー様の隣に座り、向かいにはヘレナとロニーが並んで座っている。ヘレナは先程の表情が嘘のように、柔らかい笑みを浮かべてアーサー様を見つめていた。

「婚約者のアーサー・グリンデルバルド様よ。アーサー様、従姉弟のヘレナとロニーです」

「初めまして、これからよろしく」

そう言って微笑む彼に対して、ヘレナもにっこりと笑顔を浮かべる。その愛らしさは、同性のわたしでもどきりとしてしまうくらいだった。

「お初にお目にかかります、ヘレナ・オルティスと申します。素敵な方とは聞いておりましたが、想像以上ですわ」

「ロニー・オルティスです。よろしくお願いいたします」

あの睨むような表情を見た後だ。彼女が失礼な態度をとらないかと少し不安だったけれど、むしろ好意的な雰囲気でほっとする。

「アーサー様、とお呼びしてもよろしいですか?」

「ああ、構わないよ」

「ありがとうございます。私のことは是非ヘレナと」

それからと言うもの、ヘレナはずっとアーサー様に話しかけ続けていた。失礼なのではないかと言うくらい、質問をし続けている彼女に冷や汗をかいたけれど、アーサー様は全く気にしていない様子で、終始にこやかだった。

「素敵な方ですね、グリンデルバルド様は」

「うん、本当にわたしには勿体ないくらい」

「何より、アリス姉様が幸せそうでよかった」

「ロニー……」

そう言って心から嬉しそうに微笑むロニーに、じわりと涙腺が緩んだ。わたしは昔から、彼の優しさや気遣いに何度も救われていた。

ヘレナがわたしにちくちくと嫌味を言っていた時も、「どうか、ヘレナ姉様を嫌いにならないでください」といつも彼は眉を下げて言っていたことを思い出す。

そんなロニーにも、もうすぐ彼の両親によって婚約者が決められるという。どうか素敵な方でありますようにと、わたしは祈らずにはいられなかった。


それからは屋敷の中を案内する時も、少しだけ外を散歩する時も、夕飯の時も。ずっとヘレナはアーサー様とわたしにぴったりくっついていた。

「アリスはブロッコリーがとても苦手なんですのよ」

「本当に? それは知らなかった」

「ヘレナ、恥ずかしいからあまりそういう事は言わないで」

「今度から俺が食べてあげるよ」

「じ、自分で食べられます……!」

そして彼女はよく、わたしの話をした。好きな物や嫌いな物、苦手なことなど、彼女が知るありったけの情報を。流石にこの歳になれば、苦手なものも笑顔で食べているから、アーサー様が知らないのも当然だ。

彼はそんなヘレナの話を、とても嬉しそうに聞いては「覚えておくよ」「気をつけるようにする」と言ってくれて。恥ずかしくもあったけれど、胸の中が温かくなった。


夕食後、ヘレナの目を掻い潜ってアーサー様の部屋をこっそり訪れたことで、ようやく二人きりになることができた。

「今日はヘレナが騒がしくて、すみません」

「いや、大丈夫だよ。俺は彼女みたいな子は好きだから」

「…………?」

どう考えても彼女の言動は褒められるものではない気がするのだけれど、アーサー様は本気でそう言っているようだった。彼が女性をこんな風に言うのは珍しい。

「あの、アーサー様」

「うん?」

「えっと……その、」

そしてわたしは今、アーサー様とテーブルを挟んで向かい合っているけれど、内心もう少し彼に近づきたいと思っていた。久しぶりに会えたというのに、今日一日皆で過ごしていたことで、話も十分に出来ていないのだ。

けれど、恥ずかしくて近くへ行くどころか、その気持ちを伝えることもできない。ちらりと彼を見れば、二週間ぶりに会ったせいもあってか、いつも以上に眩しくて。見ているだけで精一杯だ。

そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、アーサー様は自身が座っているソファの隣の辺りをぽんぽんと叩くと、その綺麗な顔を花のように綻ばせた。

「おいで」

──もしかして、顔や態度に出てしまっていたのだろうか。

そう思うと恥ずかしいけれど、こうしてきっかけを与えてもらえたわたしはおずおずとアーサー様の隣に座る。そんなわたしを、彼は「かわいい」と言って、ぎゅっと抱き寄せた。

「本当に、会いたかった」

「わたしもです」

彼の体温と大好きな匂いに包まれて、わたしは心の底から満たされていくのを感じていた。

◇◇◇

翌日の昼。今日も変わらず、ヘレナは朝からわたし達にくっついて行動していた。アーサー様もまた、嫌な素振り一つ見せることもなく笑顔でヘレナに対応してくれている。

そうして午後からは、わたしの部屋でお茶をしようということになった。

……今こそ、特訓の成果を発揮する場だ。

「わたしがお茶を用意してもいいでしょうか?」

「アリスが?」

過去に何度か、アーサー様が手ずからお茶を淹れてくださることがあったのだけれど、それがとても美味しくて。そんな彼のようになりたいと思い、わたしもこの休みを利用してメイドに教えてもらいながら練習していたのだ。

その事を話すと、アーサー様は「ぜひ飲みたいな」と微笑んでくれた。

「では、準備をして来ますね」

「僕も手伝います」

「ありがとう」

手伝いを申し出てくれたロニーと共に、キッチンへと向かう。そこでアーサー様がお土産として持ってきてくれた物の中に、たくさんの茶葉があったことを思い出した。

「何を飲むか聞いてくるから、待っていて」

淹れ方は練習したものの、茶葉についての知識はまだまだ足りない。しかも彼から頂いたものは全てかなりの高級品らしく、見たことすらないものばかりなのだ。彼のおすすめや今の気分にあったものを聞こうと思い、二人が待つ部屋へと戻って来た時だった。

「君には感謝しているんだ」

突然聞こえてきたそんなアーサー様の声に、わたしは思わずドアにかけた手を止める。

「俺も君と同じ気持ちだから、すぐにわかったよ」

「アーサー様……」

「だからこそ、安心して欲しい」

一体、何の話だろうか。人の話を立ち聞きするなどよくないと思いつつも、足が動かない。

そうしてしばらく無言が続き、聞こえてきたのは。

「君は、アリスが心配なんだね」

そんな、アーサー様のひどく優しい声だった。