従姉妹

あっという間に季節は変わり、王都ではちらほらと雪が降り始めていた。肌寒い日々が続く中、わたしは今日も変わらずアーサー様の隣で、馬車に揺られている。

学期末の試験を終え、手応えのあったわたしは上機嫌だった。アーサー様には遠く及ばないけれど、順位にもかなり期待出来そうだ。そんなわたしの報告を聞き、彼は嬉しそうに微笑んでいた。アーサー様はどうでしたか、なんて野暮な質問は勿論していない。

「アリスは冬期休暇はどう過ごすの?」

「わたしは毎年、領地で過ごしています」

再来週には冬期休暇が始まるけれど、二ヶ月弱あった夏期休暇とは違い、三週間程とかなり短い。その三週間のほとんどを、わたしは例年家族と共に領地で過ごしていた。

王都から少し離れた場所にあるコールマン家の領地は、夏はジメジメとして暑いけれど、冬になると雪は少なく比較的寒さも控えめで、とても過ごしやすい。

毎年、寒さの厳しい地域に住む歳の近い従姉妹達もまた、我が家の領地へ一週間ほど遊びに来る。その同い年の従姉妹のヘレナに会うのが、わたしは少しだけ憂鬱だった。

幼い頃はとても仲が良かったのに、突然ちくちくと嫌味を言ってくるようになったのだ。彼女の家は子爵家で、コールマン家より家格は低いものの、我が家とは比べ物にならない程裕福だ。その上、ヘレナは誰もが認める美人だった。

だからこそ、そんな彼女がわたしなんかに一々突っかかってくるのが本当に不思議で仕方ない。

けれど、ヘレナのことは別に嫌いではなかった。嫌味と言っても可愛らしいもので大概聞き流せるし、いい加減に慣れてしまった。とは言っても、彼女は常にわたしを見張るようにして付いて回る上に、何をするにも口を出してくるから気が休まらないけれど。

「アーサー様はどう過ごされるんですか?」

「冬の間は毎年、王都に居るよ」

「そうなんですね」

アーサー様と会えないのは寂しいけれど、たった三週間だ。意外とあっという間かもしれないと思っていると、アーサー様は少し考え込む素振りをした後、口を開いた。

「コールマン伯爵領に、遊びに行っては駄目かな」

「ア、アーサー様がですか?」

「ああ。そちらの都合が良ければ、二日程度だけど」

予想外のその申し出に、間が抜けた声が出る。

本来なら、あんな場所までアーサー様がわざわざ出向いて下さるなんて喜ばしいことだ。けれど彼に来て貰ったところで、満足なもてなしが出来るかと言われるとかなり不安だった。屋敷も広いだけで、使用人も多くない。

その上、もしヘレナが来る日と被ったりなんてすれば、間違いなく面倒なことになる。

「本当に、本当に何も無い所なんです」

「俺はアリスがいるだけで十分だよ」

そう言われてしまっては、断るなんてもう無理だった。夏期休暇の際には、グリンデルバルド家の領地へとお邪魔してしまったから尚更だ。

結局、冬期休暇の間もアーサー様に会いたい気持ちもあったわたしは、わかりましたと返事をしてしまうのだった。

◇◇◇

「アリス、ヘレナちゃんとロニーくんがいらっしゃったわ」

「……今、行きます」

お母様にそう返事をすると、わたしはそっと栞を挟み読んでいた本を閉じた。

冬期休暇三日目の今日、早速従姉弟たちは朝から我が家へとやって来たらしい。わたしは自室を出て広間へと向かう。

ドアを開けるとすぐに、ヘレナとばっちり目が合った。

「あらアリス、相変わら、ず……」

早速、今年も恒例の嫌味が始まるかと思ったけれど、彼女の言葉はそこでぷつんと途切れた。その瞳は驚いたように見開かれている。

思い返せば、彼女の挨拶はいつも「あらアリス、相変わらず辛気臭い顔に、野暮ったいドレスねえ」なんてものだった。けれど今のわたしはしっかりと化粧をし、ドレスも先日アーサー様が冬用にと送って下さった、最新の高級品を着ている。どうやら見た目を貶すのには失敗したようだった。

「久しぶり。ヘレナもロニーも元気だった?」

「え、ええ……。アリスも元気そうね」

「アリス姉様、お久しぶりです」

ヘレナはわたしからぱっと目を逸らすと、目の前に置かれたティーカップに口をつけた。美しいブロンドヘアに、エメラルドのような色の切れ長の瞳。小さな顔の中で、整ったパーツたちが正しい位置に並んでいる。彼女は相変わらず綺麗だった。

わたしの一つ歳下のロニーもまた美少年で、ヘレナとは違い穏やかな優しい子だ。とても可愛くて、昔から彼とは仲がいい。

彼女たちと向かい合うようにしてソファに腰かけると、紅茶を啜る。その間も常にこちらを窺うようなヘレナの視線を、痛い程に感じていた。

「ねえ、公爵家の長男と婚約したって本当なの?」

「ええ」

「そ、そう。相手も余程見る目がないのね」

「わたしのことはいいけれど、婚約者のことを悪くいうのはやめて」

「なっ……」

珍しく言い返したせいか、ヘレナは大きな瞳を更に見開いた。わたしのことを悪く言われたところで気にはしないけれど、アーサー様のことを悪く言うことだけは許せなかった。

けれどここで、怒るどころか少しへこんだような態度を見せるのがヘレナなのだ。今もしょんぼりとした顔をしている。だからこそわたしは、彼女のことが嫌いになれなかった。まるで小さな子供のようで。

「ヘレナも婚約が決まったって聞いたわ、おめでとう」

「そ、そうなの! とても素敵な方なのよ」

「それは良かった、安心したわ」

「アリスにも早く紹介したいと思っていたの」

そう言ったヘレナは頬をバラ色に染めて、照れたような表情を浮かべていた。お相手は裕福な伯爵家の跡取りで、かなりの美男子らしい。

幸せそうな彼女を見ると、わたしまで嬉しくなった。

◇◇◇

それから数日が経った。初日以来、ヘレナは全くわたしに嫌味を言わないどころか、常にくっついて来ては笑顔で話しかけてくるのだ。こんな彼女は何年ぶりだろうか。

何か悪いものでも食べたのではないかと、不安になるくらいで。正直気味が悪いけれど、嬉しくもあった。

「聞いたわよ、アリス! もうすぐあなたの婚約者が此処に来るそうじゃない。どうして教えてくれなかったの?」

「……ヘレナ、ノックくらいして」

そんな四日目の朝、ドタバタという騒がしい音と共に、わたしの部屋へと駆け込んできたのもヘレナだった。外では誰よりも淑女らしい振る舞いをする癖に、家の中では未だに子供のようだ。

「一週間後らしいわね。その日まで私、帰らないから」

「えっ? ちょっと、それは」

「絶対に! 帰らないからね! ちなみに今日の朝食のサンドイッチ、とても美味しいから早く起きてきなさい」

そう言うと、嵐のように彼女は去っていく。彼女のおかげで眠気は吹き飛んでいた。使用人にもしっかりと口止めをしておくべきだったと後悔しつつ、支度をする。

ちなみに、朝食のサンドイッチは本当に美味しかった。


それから更に一週間後、アーサー様が我が家へとやって来る日になった。

結局ヘレナはまだ我が家にいるものの、相変わらず嫌味一つ言わない。そんな彼女は、絶対にわたしの婚約者を見るまで帰らないと譲らなかった。

昼前になり、使用人によってアーサー様の来訪を知らされる。わたしよりも早くヘレナは玄関へ向かっていた。どれだけわたしの婚約者が気になるんだろうか。

「アリス、久しぶり。会えて嬉しいよ」

「わたしもお会いできて嬉しいです。ようこそいらっしゃいました」

ドアを開けた先には、いつもと変わらずに穏やかな笑みを浮かべるアーサー様がいて。思わず浮かれてしまう気持ちを抑えつつ、彼を屋敷の中に通して広間へと案内する。

その途中で、やけにヘレナが静かで不安になり振り返ると、彼女は何故か睨み付けるような表情で、アーサー様を見つめていたのだった。