幼き日の願い
「あの二人、二年に一回はあんな感じになるから、そんなに気にしなくてもいいと思うよ」
ライリー様はそう言ったけれど、目の前で起こっている上に自分が話題の中心であっては、気にしない訳にもいかない。
「アリスが傷つくくらいなら、嫌われた方がマシだ」
「だから、お前は極端すぎるんだよ」
変わらず二人は口論を続けている。ライリー様はため息をつくと、じっとわたしを見た。
「アリスちゃん自身はどうしたいの? ずっとここに居たいの?」
「……わたし、は、」
「嫌だって言わないことは、優しさじゃないよ」
彼のその言葉は、まるでわたしの気持ちを全て見透かしているようだった。
わたしは、どうしたいのか。思ったことを口にするのは少しだけ怖い。うまく伝えられるかも分からない。
思い返せば、今まで生きてきて何かを嫌だと言ったことなんて、数えられるほどしかなかった。このままでは駄目なことも、わかっている。わたしは小さく深呼吸した後、口を開いた。
「アーサー様」
そう名前を呼べば、彼はノア様に向けていた視線をわたしへと移した。ノア様もまた、黙ってわたしを見ている。
「わたしは、アーサー様と学食でお昼を食べて、お喋りをして過ごす時間が好きです」
「……アリス?」
「また舞台も見に行きたいです。一緒にカフェにも行きたいし、お買い物にも行きたい」
──彼がわたしのせいでひどく不安になってしまったことも、誰よりも心配してくれていることもわかっていた。わたしのために、色々と気を遣ってくれたのも知っている。
「心配をかけてしまってごめんなさい。わたしを守ろうとしてくれて、本当に嬉しいです」
「……………」
「でもわたしはまだ、アーサー様と一緒に行きたい場所も、見てみたい物も沢山あるんです。それに、家族にも友達にも会いたい。学園にも行きたいです」
アーサー様が誰よりもわたしのことを想い大切にしてくれていることは、痛いほどにわかっていた。彼のそんなところが大好きだった。それでも。
「ですから、ずっとここにいるのは嫌です」
はっきりとそう言い、アーサー様を見つめた。彼の瞳は、悲しそうに揺れている。
「これからは、アーサー様に心配をかけないようにもっと気をつけます。だから、」
そこまで言ったところで、遮るようにしてアーサー様に抱きしめられた。
「……少し、考えさせてくれないか」
その言葉に頷くと、抱きしめる腕に力がこもったのがわかった。きっと、アーサー様ならわかってくれる。わたしはそう信じている。
「アリスちゃんにここまで言わせてこのままだったら僕、アーサーと友達やめちゃうからね」
「同感だ」
「それにしてもアリスちゃん、可愛いこと言うね。アーサーなんてやめて僕にしない?」
「……ライリー、本気で追い出すぞ」
いつの間にか、その場の雰囲気も少し和らいでいた。
◇◇◇
夕食後、アーサー様に呼び出されたわたしは、彼の部屋を訪れていた。ソファに腰掛けている彼の隣に座るよう言われ、そこに腰を下ろした。
やがて肩に温かな重みを感じ、彼がわたしの肩に頭を預けていることに気づく。サラサラとした綺麗な髪が首筋に当たって、少しだけこそばゆい。
「……俺はずっと、公爵家の人間として冷静であろうと思って生きてきた。気が付けば、周りにも、そう言われる事が多くなっていた」
アーサー様は、静かに言葉を紡ぎ始めた。
彼と出会う前にはそんな噂をよく聞いていた。アーサー・グリンデルバルドという人はいつも冷静沈着で、完璧そのものだと。まるで機械のようだと言っている人もいた。
「けれど、アリスのこととなると駄目なんだ。自分が自分でなくなるみたいに、感情の抑えが利かなくなる」
けれど今わたしの隣にいる彼は、とてもそんな風には見えない。誰よりも人間らしいとさえ思う。
「アリスのことを考えるだけで、胸が苦しいんだ。君に何かあったらと思うと息も出来なくなる。君が傷ついてから此処に来るまでの間、まともに眠れず食事も喉を通らなかった」
「…………っ」
「出来るなら一生、ここにいて欲しい。本気で君をずっと閉じ込めておきたいと思ってる」
──彼の言っていることは間違いなく、普通ではない。
一生閉じ込められるなんて、もちろん嫌だった。けれどその気持ちを重たいとか、嫌だと思えないわたしもきっともう、普通ではないのかもしれない。
「……けれど君が、一緒に行きたい場所も、見てみたい物も沢山あると言ってくれた時、思い出したんだ」
そう言うと、彼はそっとわたしの手を握った。
「十年前の俺は、君と同じ世界で生きたいと思った。だからこそ、手術を決意したんだ。その時の気持ちが、まさにそれだった。君と色々な場所に行って、同じものを見たいと思った」
「アーサー様……」
「それなのに俺は、君の気持ちも過去の自分の気持ちも全て、踏み
幼き日の彼が同じことを思ってくれていたと思うと、嬉しくて、切なくて。涙腺が緩んだ。
「許して、くれるだろうか」
アーサー様は透き通るような美しい青い瞳で、わたしを見つめた。彼がいつもわたしに向ける、まるで好きだと言っているようなまっすぐな視線が、とても好きだった。
その問いに対し深く頷けば、彼は今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。