重なる面影
そして翌日の放課後。三人で練習室に集まり早速合わせてはみたものの、奏でられたそれはあまり耳に優しいものでは無かった。そもそも昨日の今日だ、個人でも完璧とは言えない。
その上、わたしもレイノルズ様も合奏をするのは初めてだった。当たり前ではあるけれど、先は長そうだと実感する。
けれど、彼のバイオリンの腕前はとても素晴らしいものだった。わたし次第で入賞も狙えるかもしれない。ちなみに、十二クラスある中で上位三クラスが表彰されることになっている。せっかく出るのだ、そのラインを狙いたい。
「こういうのって、まず俺たち自身が打ち解ける必要があると思うんです。良かったら、みんな敬語は無しにしませんか?」
「わたしは別に、構いませんが……」
「私は皆様よりも身分は下ですから、是非お二人だけで」
「気にしませんよ。クラスメートですし」
「そうです、わたしも委員長と仲良くなりたいです」
「アリス様、レイノルズ様……!」
わたしたちがそう言えば、委員長は感動したように瞳を潤ませた。わたしたちは伯爵家の生まれだが、彼女は子爵家だ。けれど学園内では、友人間での身分差はあまり気にしない人が多い。アーサー様と、ライリー様やノア様だってそうだ。
「これからは気楽に、友人として頑張ろう」
「う、うん。頑張ろう」
「ありがとう、皆で頑張ろうね!」
男性に対して敬語を使わないなんて、子供の頃以来だ。慣れない上に違和感もかなりある。
こうして、わたしたち三人の練習はスタートしたのだった。
それから二週間が経った頃には、毎日一緒に練習しているうちに完全に打ち解け、いつしかお互い名前で呼び合うようになっていた。
「うーん、アリス嬢はここのタイミングが苦手だね」
「確かにもう少し溜めてから入るべきだったかも。フィン様はここ、今よりも早めに入ってきてほしい」
「わかった、気をつけるよ」
その結果、お互い気楽に指摘し合えるようになり、演奏の質は大分上がってきたように思う。何より、こうして三人で放課後に練習するのが楽しいと思えるようになっていた。
「あと、フィン様は少しアリス様の方を見すぎよ」
「えっ、そうかな? ごめんね」
そんな委員長の言葉に、照れ臭そうにフィン様は笑った。艶のある薄い栗色の髪と瞳の彼は、とても整った顔をしている。その笑顔はとても柔らかくて、こちらが思わずほっとしてしまうほどだ。
そしてこの二週間で気づいたのは、彼が誰よりも優しい人だと言うことだった。わたしがどんなにミスをしても、怒るどころか喜んで指導してくれるのだ。クラスの女の子達に、彼が人気なのもわかる気がした。
◇◇◇
その翌日、アーサー様は昼休みしか練習室を借りられなかったらしく、わたしは久しぶりにリリーと共に学食へ向かっていた。途中やけに廊下が騒がしく、何だろうと人々の視線の先を辿ってみれば、練習室へと向かう途中であろうアーサー様とスカーレット様がいた。
二人が並んでいる様子はまるで絵のようで、皆が見とれてしまうのもわかる。そして何を話しているのは分からないけれど、アーサー様はとても楽しそうな笑顔を浮かべていて。自分以外の女性に、彼がそんな笑顔を浮かべているのを初めて見たわたしは、胸が締め付けられるような息苦しさを感じていた。
……毎日フィン様達と練習している自分のことを棚に上げて、女性と笑顔で話しているだけでこんな気持ちになるなんて。思っていたよりも自分の心が狭いことに気づいてしまい、余計にへこんでしまう。
学食に着き、そんなことを忘れるようにリリーとおしゃべりに花を咲かせていると、ふと隣から声をかけられた。
「あれ、今日はグリンデルバルド様と一緒じゃないんだ」
「アーサー様も、音楽祭の練習があるらしくて」
「あれくらいの人は何でも出来そうだよな。あ、良かったら俺たち隣のテーブルに座っていいかな」
リリーに断りを入れたあと、どうぞと答えればフィン様とご友人達は隣のテーブルに腰掛けた。
「レイノルズ様とアリス、最近仲良いわよね」
「ミリア委員長と三人で、毎日一緒に練習してるもの」
「アーサー様とスカーレット様も、二人きりで練習しているうちに親密になったりして」
「ひ、ひどい」
「冗談よ。あれだけアリスに一途なアーサー様だもの、いくらお美しいスカーレット様だとしても、他の女性に靡くとは思えないわ」
確かにリリーの言う通りだ。アーサー様が簡単に心変わりするとは思えない。それくらい彼に大切にされているし、愛されている自信はある。慢心も良くないとは思うけれど。
そんな会話をしていると、フィン様がこちらをじっと見ていることに気がついた。
「俺は、ヴァレンタイン様よりもアリス嬢の方が可愛いらしいと思うけどな」
「えっ?」
「アリス嬢を見ていると庇護欲が湧くんだよね。俺のい、」
「アリス、ここに居たんだ」
フィン様の言葉と被るようにして、突然わたしの肩に手を置いたのはアーサー様だった。練習室にスカーレット様といるものだと思っていたわたしは、驚きを隠せない。
「練習、もう終わったんですか?」
「ああ。昼休みは練習したい人が多いみたいで、前半だけ使って練習室を譲ってきたんだ」
「そうだったんですね。お疲れ様です」
「ありがとう。ここ、座っていいかな」
「はい、どうぞ」
笑顔のアーサー様は、フィン様とは反対側のわたしの隣に腰掛けた。スカーレット様との練習を終えるなり、すぐにわたしに会いに来てくれたんだと思うと、とても嬉しい。
「リリー嬢も、急にごめんね」
「いえ、今日も目の保養にさせて頂いています」
「ありがとう。……アリス、そちらは?」
「一緒に音楽祭に出る、クラスメートです」
「初めまして、フィン・レイノルズと申します」
「彼女の婚約者の、アーサー・グリンデルバルドだ。音楽祭まで、アリスをよろしく頼む」
「はい、一緒に頑張らせて頂きます」
そうして、アーサー様を交えて他愛ない会話をしているうちに、昼休みも終わりが近くなっていた。やがて教室に戻ると、フィン様は興奮気味にわたしの元へやってきて、前の席に腰掛けた。
「グリンデルバルド様って、本当にアリス嬢のことが好きなんだな。ずっと完璧でお堅い人のイメージだったけど、今日で親近感が湧いたよ。普通の人間なんだなって」
「どうして?」
「さっき、完全に俺に釘を刺してただろ? アリス嬢は俺の婚約者だからな、って。向かう所敵なしって感じなのに、君の前だと意外と余裕がないんだね」
「そ、そうなのかな」
もし、本当にそうだとしたら。フィン様にはなんだか申し訳ないけれど、嬉しいと思ってしまう。
「今後は君との距離感も気をつけるようにするよ。でも、アリス嬢って俺の妹に似ているんだよな」
「妹さんがいるの?」
「ああ。俺と君の髪色、似ているだろう? 妹も同じ色でね、雰囲気とか、笑った顔もすごく君に似ているんだ」
妹さんのことを話すフィン様は生き生きとしていて、とても可愛がっていることがわかる。わたしには兄妹がいないから、仲のいい兄妹というのは羨ましい。
「身体がとても弱くてほとんど寝たきりで、ずっと領地で静養しているんだけどね。妹に恋人が出来たりしたら、俺は多分死ぬと思う」
「……ええと、それは」
やけにフィン様が、わたしに優しい理由がわかった気がした。そして彼がかなりのシスターコンプレックスだと言うことも。
世の中には三人自分と同じ顔の人がいると言うけれど、誰かに似ているなんて初めて言われた気がする。いつかフィン様の妹さんに、会ってみたいと思った。