音楽祭

「音楽祭に、わたしが?」

音楽祭。毎年この学園で秋に開催されるそれは、最終学年の各クラスの代表が、楽器の演奏や歌を披露する場だ。生徒だけでなく保護者や関係者等も集まるそれは、毎年ハイレベルなもので。高額を払ってでもチケットを手に入れたいという人もいる程の人気イベントだった。

そしてその音楽祭に代表として出ないかと、突然わたしに声がかかったのだ。

「ええ、アリス様しかいないと皆も言っております」

「そんな、わたしなんて」

「良かったら、一緒に頑張りませんか?」

そう言って、委員長の後ろから現れたのは、同じクラスのフィン・レイノルズ様だった。伯爵家の子息である彼とはほとんど話したことはないけれど、クラスの女の子達からの評価は高く、よく話には聞いていた。

「アリス様のピアノとレイノルズ様のバイオリンで、二重奏を是非やって頂きたいのです」

音楽祭は何人で参加してもいい事にはなっているけれど、大抵は一人か二人だ。特にピアノとバイオリンの組み合わせが一番多い。

急な誘いにわたしは戸惑いを隠せないでいた。大勢の前に出ることがそもそも得意ではないのだ。ピアノに関してはお母様がプロ並みの腕前で、幼少期からずっと教え込まれていた。正直、自分で言うのも何だけれど、上手い方ではあると思う。

けれど音楽祭で自分が弾くなど、想像したことすらなかった。

「音楽の授業で何度かお聞きしましたが、アリス様のピアノは本当に素晴らしいですよ。それに、音楽祭に出ることで学園内での評価も上がりますし、悪い事ではないと思うんです」

「学園内での、評価……」

──もしも音楽祭に出て結果を残せば、アーサー様の婚約者として少しは周りから認めてもらえるだろうか。ふと、そんなことを思ってしまった。

傍から見ればわたしは、貧乏伯爵家の何の変哲もない娘だ。どう考えてもアーサー様とは釣り合わない。きっと学園中、いや社交界中の誰もが思っていることだろう。そんな中で、少しでも自分の評価を上げるチャンスがあるならば、やってみるべきなのではないか。

「わかりました、是非やらせてください」

「ありがとうございます、とても楽しみですわ! お二人共、よろしくお願いします」

「コールマン様、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ」

レイノルズ様に差し出された手を握り返せば、その手はとても温かくて。アーサー様の少しだけ冷たい手を思い出し、彼が恋しくなった。

◇◇◇

「アリスも音楽祭に出るんだね。君の演奏を聞くのが楽しみだ」

「も、ということはアーサー様もですか?」

「ああ、俺はバイオリンで出るよ」

帰り道の馬車の中で、わたしは早速アーサー様に音楽祭に出ることを報告していた。

アーサー様に、バイオリン。あまりにも似合いすぎるその組み合わせに、胸が高鳴る。彼がバイオリンを奏でる姿は、誰よりも素敵に違いない。音楽祭がより楽しみになった。

「明日から放課後に練習することになったので、しばらくは一人で帰りますね」

「家で練習するのではなく?」

「はい。クラスメートの方と二人で」

「それって、男?」

「はい、レイノルズ伯爵家の方です」

わたしがそう答えると、アーサー様は深い溜め息をついた。

「一緒に帰れなくなる上に、これから毎日男と密室で二人きりだなんて」

「そ、そんな……ただ練習するだけですから! それに委員長も付き添ってくれることになっていますので」

慌ててそう言ったものの、彼の表情は晴れないままで。

「本当に練習するだけです。それに、」

「それに?」

「わ、わたしは、アーサー様しか見えてませんから」

彼を不安にさせまいと、なんとも恥ずかしいことを言ってしまった。

けれど、効果は抜群だったらしい。

「……そんな可愛いことを言われたら、何も言えなくなるな」

アーサー様はそう言ってわたしを抱きしめると、髪に軽くキスを落とした。そんな彼の行動に未だに慣れることはなく、一気に心臓がうるさくなる。

「アーサー様はお一人で?」

「いや、クラスメートと二人だよ」

「相手は女性の方ですか?」

「うん。ヴァレンタイン家の令嬢と」

「ヴァレンタイン……スカーレット様ですか」

アーサー様のお相手はスカーレット・ヴァレンタイン様だった。以前、デートの時に彼女の名前を出してしまった時にも、彼は全く興味のない素振りをしていた。

とは言っても、彼女は学園一の美女なのだ。少しだけ、胸の奥がざわついた。

「俺は練習なんてほとんど要らないし、そのうち数回合わせて終わりにする予定だよ」

「さ、流石ですね……」

溢れ出るその余裕がとても羨ましい。わたしは既にプレッシャーに押し潰されそうで、今日から寝る間も惜しんで練習する予定だと言うのに。

「登校時と昼休みにはこれまで通り会えるんだし、音楽祭が終わるまで我慢するよ」

「はい。わたし、頑張りますから!」

「ははっ、なんだかアリスはすごいやる気だね。俺も見習わないと」

──アーサー様の婚約者として、完璧な演奏をしよう。

その思いを胸に、わたしはやる気に満ちていたのだった。