誕生日
「思いがけない誕生日プレゼントだったよ」
照れ臭そうに微笑むアーサー様を前に、まさか聞かれているとは思わなかったわたしは、一気に顔に熱が集まっていくのを感じていた。
クロエ様もルイ様も、突然の彼の登場に驚いている。やがてアーサー様はわたしから離れると、クロエ様に向き直った。
「クロエ、すまなかった。俺のわがままで君を巻き込み、傷つけてしまった」
「…………っ」
「けれど俺はもう、彼女以外と婚約する気はない」
そうはっきりと言い切ったアーサー様に、嬉しさと安心感とで、胸が満たされていく。
一方で、クロエ様の大きな瞳には涙が溜まっていた。
「わたくしはずっと、貴方の事が……」
「……本当に、すまない」
「お顔を上げてください!」
そう言うと、アーサー様はクロエ様に向かって頭を下げた。クロエ様は勿論、周りにいたわたし達の誰もが予想し得なかった彼のその行動に、驚きを隠せない。
彼がどれだけ彼女に対して申し訳なく思っているのか、苦しいくらいに伝わってくる。
「本当に、本気、なんですのね……」
勿論、それは彼女にも伝わったのだろう。
クロエ様はそう呟くと、ドレスを翻し早足に去っていった。一瞬見えた彼女の横顔には涙が伝っていて、胸が痛んだ。
「アリス、すまない。遅くなってしまった」
「いえ、先程のお言葉、とても嬉しかったです。ルイ様も庇って下さり、ありがとうございました」
「僕は何も……。それよりも、あんなに怒っているクロエ姉様は初めて見ました」
「……本当に、クロエには申し訳ないことをした」
けれどたとえ家の為だとしても、君を諦めるのは無理だとアーサー様は眉を下げた。
「アリス様の先程のお言葉も、胸に響きました。愛し合うお二人は本当に素敵です」
「ル、ルイ様」
「俺も、もう一度聞きたいな」
「あまり、からかわないでください……!」
あの時は自然に口から出たけれど、今は思い出すだけで顔から火がでそうなくらい、恥ずかしい。そんなわたしの頭を撫でるアーサー様は、ひどく優しい笑みを浮かべていた。
「あちらで皆が待っているから、行こうか」
彼が示した先には、ノア様とライリー様がいて。目が合うと二人は笑顔で手を振ってくれる。
ルイ様に改めてお礼を言い、手を引かれながら彼らの元へと向かおうとした時だった。
「……俺も、愛してるよ」
不意に耳元で、そう甘く囁かれたわたしは、その場で腰が砕けそうになってしまったのだった。
◇◇◇
「今日は本当にありがとう、疲れただろう」
「いえ、こちらこそありがとうございました。一緒にお祝いする事ができて、嬉しかったです」
やがてパーティも終わりを迎え、わたしは近くの部屋でアーサー様と二人、お茶を飲みながら休んでいた。温かいお茶が身体に広がっていき、ほっと肩の力が抜けていく。
そしてプレゼントを渡すには今が絶好の機会だと思い、わたしは預けておいたを紙袋をアーサー様に手渡した。
「良かったら、受け取ってください」
「俺に?」
「はい、大したものでは無いんですけれど」
「……嬉しくて、泣きそうだ」
「アーサー様は、いつも大袈裟です」
開けてもいい? と聞かれ、頷けば彼は宝物を扱うかのように、丁寧に包装を開けていく。
まず出てきたのは、ペンだ。深い青色の高級感のあるそれは、アーサー様に似合うと思って選んだものだった。
「ありがとう、本当に嬉しい。一生大切に使うよ」
「喜んで貰えて良かったです」
「まだ、あるの?」
奥にあるもうひとつの箱をそっと開けた瞬間、彼は驚いたように中身とわたしを見比べた。
「これ、アリスが?」
「はい。わたしが縫いました」
「先日、ライリーに聞いたんだ。意中の男性に、自身の髪や瞳の色で刺繍したハンカチを贈るのが流行っていると。もしかして、それなんだろうか」
「……はい、お恥ずかしいですけれど。持ち歩いて頂けたら、とても嬉しいです」
「当たり前だろう。肌身離さず、一生持ち歩くよ。俺が死んだ後には一緒に墓に入れて欲しい」
「ふふ、本当に大袈裟です」
相変わらずの彼に思わず笑みがこぼれると同時に、幸福感に胸を締め付けられる。喜んで貰えたようで、本当に良かった。
アーサー様は何度もペンやハンカチを見ては、嬉しそうにしていたけれど。やがてそれらをテーブルにそっと置くと、彼はわたしを優しく抱き寄せた。
「本当に、本当に嬉しい。ありがとう。人生で一番幸せな誕生日だ」
「はい、お誕生日おめでとうございます。アーサー様」
お礼を言いたいのはこちらの方だ。わたしは沢山の物だけでは無く、数え切れないほどの幸せを彼から貰っている。
……生まれてきてくれて、ありがとうございます。
彼の腕の中で瞳を閉じながら、わたしは心の中でそう呟いた。