変わらないもの
アーサー様の話を全て聞き終えたわたしの瞳からは、止めどなく涙が溢れていた。
そして、今までの全てのことに納得がいった。突然あんな形で婚約を申し込んで、すぐに受け入れて貰えた理由も、アーサー様がこんなにもわたしに甘い理由も、何もかも。
こんなにも過去の自分が彼の救いになっていて、こんなにも長い間愛されていたんだと思うと、涙が止まらなかった。
「アリス。遅くなったけれど、俺のことを救ってくれてありがとう。そんな君を傷つけて、本当にすまなかった」
「わたしは、そんな……」
……そうだ。そもそも最初はお祖母様のお見舞いの帰り、病院内で迷った末に見つけた彼に、興味本位で声をかけた。そしてあんな狭い部屋に一人でいる彼に、子供なりに同情したのだ。とても寂しそうで、可哀想だと思った。だから、また遊びに来ると約束した。
けれど会いに行くうちに、いつの間にか彼に会いたいと思い病院に行くようになっていた。当時、まともに友人がいなかったわたしにとって、彼はとても大切な友人になっていたのだ。
彼はいつも、わたしの面白くもないであろう日常のありふれた話を、それはそれは嬉しそうに聞いてくれた。包帯から覗く綺麗な瞳が嬉しそうに細められると、わたしも嬉しくなった。毎日、嬉しいことや楽しいことがあると、彼に話そうとメモをとっていたのを思い出す。
全てわたしが好きでやっていたことで、感謝されるようなことではない。それにあの日追い返された時だって、彼の手術の方が心配でさほど気にしていなかった。
けれど彼の方はこんなにも気にしていたのだと思うと、胸が痛んだ。
「多分俺は、アリスが思ってるよりも重い男だと思う」
「……はい、」
「本当に、この十年間ずっと君だけを想っていた」
「………っ」
「君があの日俺に声をかけてくれて、今は俺を好きだと言ってくれている。俺にとっては全て、奇跡なんだ。この先君が俺の事を嫌いになったとしても、もう離してあげられない」
そっと手を握られ、縋るような瞳で見つめられる。
……あの日、もしも違う人に声をかけていたなら、きっとわたしは今ここにいない。アーサー様とも、あのまま関わらずに終わっていたかもしれない。それだってきっと、奇跡だ。
そのお蔭で、わたしは今こうして幸せだと思えている。
「すぐに、追いつきますから」
「えっ?」
「すぐにアーサー様と同じくらい、わたしも貴方のことを好きになります。いいえ、超えてしまうかもしれません」
きっと彼の十年に渡る想いは、わたしが思っているよりも、深くて、大きいものだと思う。けれどわたしは、本気でそう思っている。
こんなにも優しくて素敵で、誰よりもわたしのことを想ってくれている彼を、わたしはこれからも好きになり続けるだろう。そしていつか、彼の想いを追い越す日だって来るかもしれない。
そんなわたしの言葉に、アーサー様は一瞬、驚いたような表情を浮かべたけれど。
「……やっぱり今も昔も、本当に君が好きだ」
そう言って、泣きそうな顔で微笑んだのだった。
◇◇◇
「おはよう、アリス。元気だった?」
「リリー、久しぶり。先日はどうもありがとう」
翌日。長いようであっという間だった夏期休暇を終え、わたしは久しぶりに学園へと来ていた。馬車を頂いたというのに今後も毎日迎えに来るとアーサー様は譲らず、結局お言葉に甘えて一緒に登校した。リリーに会うのは彼女の誕生日パーティ以来だった。
「アーサー様とは相変わらずみたいね。今朝も窓から見ていたけど、貴女達をみんな見てたわよ」
「達、というより、ほとんどはアーサー様だけでしょうね」
そんないつも通りの会話をしていたけれど、突然リリーは真剣な顔でわたしに向き直った。
「ねえ、アリス」
「なあに?」
「最近グレイ様と交流はない、わよね?」
「ほとんどないけれど、どうかした?」
わたしがそう言うと、リリーは辺りを見回し、わたしの耳元でそっと囁いた。
「最近、ゴールディング家のいい噂を聞かないの。お父様も、あの家とは絶対に関わらない方が良いって言ってたわ」
「ゴールディング家、が」
リリーのお父様は、一代で彼女の家の商売の規模を数倍にまで伸ばした人だ。そんな彼がそう言うのだから、本当なのだろう。それにあの家がいい噂を聞かないというのも、妙に納得してしまっていた自分がいた。
「せっかくアーサー様と幸せになったんだもの。アリスにはこのままでいて欲しいわ。だから、友人としてのお願いよ。絶対にあの家とは関わらないようにして」
「わかった。リリー、本当にありがとう」
今までの付き合いをいきなりゼロにすることは難しいかもしれない。けれど、リリーがここまで言ってくれているのだ。両親にも何か適当な理由を付けてしばらく関わらないよう、本気で頼もうと心に決めた。
──一瞬、あの日のグレイ様の縋るような赤い瞳が頭を過ぎったけれど。
わたしは気付かないふりをして、リリーとの話に意識を戻したのだった。