瞳に宿る

「ねえミーティア。どう思う?」

ベッドの上で寝転がりながら、同じくベッドの上に横たわっているぬいぐるみの彼女に、そう問いかけた。公爵様に会ってからというもの、あの日聞いた話が頭から離れない。

このミーティアは、お祖母様がまだ元気だった頃に作ってくれたものだった。幼い頃からのわたしの宝物だ。

──わたしのお祖母様は、樹変症だった。

十万人に一人の奇病と言われているそれは、皮膚が茶色く固く変色していき、いずれは動かなくなっていくものだ。治療薬はごく僅かしか生産できず、値段は高騰していた上、使用したところで進行を遅らせることしかできない。

唯一の完治させる方法は、手術だけだった。それにも莫大なお金はかかる上、それが出来る医者も病院も限られている。お祖母様の場合は手術をする費用も、年齢のせいでそれに耐えうる体力もなかった。ただ大金を払い、進行を遅らせることしか出来なかったのだ。手術をしたところで当時の成功率はとても低かった記憶がある。

……そして彼も、お祖母様と同じ病だった。

お祖母様の入院する病院で、わたしは彼に出会った。子供は老人に比べて進行が遅く、すぐに命に関わるようなものではない。けれど彼の手足や顔の半分以上が包帯に巻かれていたことから、かなり進行していたんだろうと今更ながらに思う。

アーサー様に直接聞いてみたい気持ちはある。けれど彼の方からこの話をしてこないということは、隠しておきたい過去なのかもしれない。そもそも、この仮説が合っているとは限らないのだ。

もし事実だとしても、向こうから話してくれるのを待つべきだろう。

そんな事を考えながら、わたしはミーティアを抱きしめ、深い眠りに落ちていった。

◇◇◇

「ゴールディング家のお茶会、ですか」

「ええ、奥様が是非アリスにも来てほしいって。婚約をお断りした後で少し気まずいかも知れないけど、私も居るから安心して」

「……わかりました」

数日後。お茶会のお誘いの手紙を片手に、お母様が部屋へとやってきた。定期的に開かれているそのお茶会にはお母様は毎回参加していて、わたしはたまに顔を出す程度だった。

全く気が進まないけれど、我が家が長い間ゴールディング家に援助して貰っていたという事実は変わらない。ここで断ることが出来るなら、今まで散々な苦労はしていないのだ。

奥様であるミランダ様は、元々グレイ様とわたしの婚約について反対していたようだし、正直気まずさはない。ミランダ様は噂好きで自慢好きで、そして何よりも目立ちたがり屋な女性だった。今回わたしに声をかけてきたのも、公爵家の婚約者となったわたしとの繋がりを周りにアピールしたいだけだろう。

ミランダ様のお茶会は女性だけの集まりで、グレイ様やキース様が顔を出すことはない。とにかく話を合わせ、時間が過ぎるのを待とうと心に決めたのだった。


そして当日。案の定わたしは、『貧乏な伯爵家の娘ながらアーサー様に見初められ、グリンデルバルド家の婚約者になった、令嬢の中の令嬢』として紹介されていた。

「彼女の素晴らしさについては昔から気付いていて、自分は昔から目をかけていた。いずれこんな日が来ると思っていた」なんてことを、ミランダ様は自慢気に触れ回っていた。

周りも「流石ミランダ様、先見の明がおありで!」ともてはやしていて、わたしはただ苦笑いを浮かべることしか出来ない。

「アリス、疲れたでしょう? 少し席をはずしたら?」

「はい、ありがとうございます」

気疲れしていたわたしを、お母様が気遣ってくれたようで。お言葉に甘え、少しテーブルから離れることにした。ミランダ様の自慢のこの広く美しい庭は、子供の頃からよく来ていて、今や目を瞑っても歩けるくらいだった。

「わあ、綺麗……!」

少し奥の方にわたしの一番好きな花が咲き誇っているのを見つけ、思わず近寄り足を止める。とても甘くて、やさしい良い香りがした。この花は育てるのも大変で、優秀な庭師がいないと育たないのだ。もちろん、我が家の庭にはない。

「……アリス?」

突然聞こえてきた自分の名を呼ぶ声に、びくりと身体が跳ねた。

……どうして彼がここにいるのだろう。挨拶するのが面倒だからと言って、ミランダ様のお茶会の時間には、この辺りにはいつも絶対に近づかないはずなのに。

そう思っていると、視界に大きな金色が飛び込んできた。

「リック!」

ハッハッと舌を出しながらわたしにすり寄るのは、ゴールディング家の愛犬のリックだった。

美しい金色の毛並みをした大型犬のリックは子供の頃からよく一緒に遊んでいて、わたしにとても懐いてくれていた。

「ふふ、かわいい。あ、そんなに飛びついちゃ、きゃっ!」

久しぶりに会えて喜んでくれているのか、かなり興奮している様子だった。ものすごい勢いで飛び付いてくるものだから、思わずスカートを踏んでしまい、バランスが崩れる。

間違いなく転ぶ、と思ったわたしは目をきつく閉じた。……けれど、いつまでも衝撃はこない。

恐る恐る目を開ければ、グレイ様によってしっかりと抱きとめられていた。

「す、すみません……! ありがとう、ございます」

本当に、わたしは馬鹿だ。きっと彼もそう思っているに違いない。とりあえずお礼を言い、彼の腕の中から出ようとしたけれど、その腕はぴくりとも動かなかった。

「……った」

「えっ?」

「会いたかった」

そして、よりきつくきつく、抱きしめられる。

……思い返せば、昔から何かと理由をつけられてはグレイ様とこまめに顔を合わせていて、彼とこんなにも会わないのは初めてだった。婚約者がいるわたしを、グレイ様が個人的に呼び出すことはもう出来ないからだ。

とにかく、婚約者がいる身でいつまでもこんな体勢でいるわけにはいかない。わたし自身、アーサー様以外にこうして抱きしめられるのは嫌だった。

「グレイ様、離してください」

「嫌だ」

「ふざけるのもいい加減に、」

「俺はふざけてなどいない!」

勇気をだして少し強く言えば、更に強い語気で返される。

やがて肩を掴まれゆっくりと身体を離されると、燃えるようなルビー色の瞳と目が合った。

『俺は、お前が嫌いだなんて一度も言ったことはない』

『あいつは子供の頃からずっと君との婚約を頼み込んでいたのに……』

頭の中で、そんな声が響く。今まで散々酷いことをしてきた癖に、急に優しくなったり、悲しそうな顔をしたり。本当に、グレイ様という人がわからない。

──もしかしたらわたしは、わかりたくないのかもしれない。

けれどこの熱っぽい、縋るような瞳をわたしは知っている。

「……アリス、俺は」

その瞳は、アーサー様がわたしへ向けるものと同じだった。