最終日

あっという間に楽しい時間は過ぎ、グリンデルバルド家の領地に来てから、六日が過ぎた。最終日の今日は生憎雨で、屋敷の中で各々好きに過ごすことになった。

何をしようかとしばらく悩んだけれど、まるで図書館のように広くて蔵書数のある書庫から、本を借りてきて部屋で読むことにした。

そのことを伝えると、アーサー様も読書をするつもりらしく、彼の部屋でお茶でも飲みながら一緒に過ごさないかと誘われた。わたしの部屋よりも日当たりもよく、ソファもふかふかだったのを思い出し、すぐに了承したのだけれど。

「…………っ」

何故か今わたしは、ソファの上でアーサー様に後ろから抱きしめられるようにして座っている。こんな状態で、本の内容など頭に入ってくるわけがない。先程から同じページの同じ行を、何度読んだかわからなかった。

もちろんアーサー様の手に本など無く、その手はわたしの腰へと回っている。わたしには絶対に理解の出来なさそうな分厚い本達は、テーブルの上に重ねられたままで。読書などする気がないというのがはっきり見て取れた。

「その本、面白い?」

そう言って、後ろからわたしの肩に顎を乗せたアーサー様に、思わず体が跳ねる。サラサラとした金髪が、耳やうなじに当たってくすぐったい。

「ち、近すぎます……!」

「俺にこうされるの、嫌?」

「嫌では、ないですけど」

「それなら良かった」

告白してからというもの、彼は前よりもかなり遠慮が無くなった気がする。

「王都に戻れば、次はいつ会えるか分からないんだ。今のうちに充電しておかないと」

アーサー様は二日後に王都で用事が出来たらしく、明日中に必ず帰らなくてはならなくなったのだ。そもそも明日帰る予定だったのではと尋ねれば、適当に理由をつけてわたしとまだ此処に居るつもりだったと、笑顔で言われてしまった。

……寂しい気持ちは、わたしにだってある。

この六日間、朝から晩まで一緒にいたのだ。たった数日なのに、それが当たり前のように思えてしまっていた。いつか彼と結婚したならば、こんな感じなのかと考えたりもした。

何の予定もないわたしと違って、アーサー様は王都へ戻れば忙しい日々を送るに違いない。そう考えると、次にいつ会えるかわからないというのはとても寂しかった。

それと同時に、あっという間に彼がわたしの中でとても大きな存在になっていることを実感する。

そっと読んでいた本を閉じてテーブルに置くと、自分の体に回っていたアーサー様の手に、自分の手を添えた。少しくらい、わたしからも甘えてみたい気持ちになったのだ。

「アリス?」

「……わたしも、帰りたくないです」

そう言った瞬間、視界がぐらりと傾いた。

「今のは、君が悪い」

ぼふりと柔らかいソファに背中から沈んでいく感触と、目の前にはひどく真剣な表情をしたアーサー様の顔。押し倒されているのだと理解するのに、かなりの時間を要した。

鼻と鼻が、くっつきそうな距離。あまりの恥ずかしさに、思わず顔を横に背けてしまう。

「アリス」

「………っ」

「よそ見しないで、俺を見て」

あまりに甘く切ないその声に視線を戻せば、焼け付くような瞳に囚われて。

「本当に、君が好きすぎておかしくなりそうなんだ」

心臓が、警鐘を鳴らす。顔に熱が集まっていく。

「嫌なら、言って」

「………え、」

「もし、いいなら。しばらく会えなくても耐えられる気がする」

流石の鈍いわたしでも、この雰囲気とその言葉から、アーサー様が何を言いたいのか理解してしまう。いつかはこういう日が来るとは思っていたけれど、まさかこんなにすぐだなんて。

なかなか反応出来ずにいるわたしを映す彼の瞳に、少しずつ不安の色が濃くなっていく。

緊張しているのはきっと、わたしだけではない。そう思うと、余計に彼が愛しく見えた。

「アーサー様、好きです」

返事の代わりにそう言えば、アーサー様はそれは反則だと、眉を下げて微笑んだ。

──好きだと自覚したのはつい先日なのに、今ではどうしようもなく彼のことを好きになっている自分がいる。この先、この気持ちはより大きくなっていくのだろう。

やがてアーサー様の顔が近づいてきて、わたしはそっと瞳を閉じたのだった。