記憶の中の

「……格好悪い所を、見せてしまったね」

アーサー様は赤い目で、少し照れたように笑う。

「そんなことないです。むしろ、嬉しいというか」

「嬉しい?」

「アーサー様はいつも、辛いことも悲しいことも全て隠しているような気がしていたので」

「そんな風に思ってくれていたんだね。でも、好きな女性の前では格好つけたいものだよ」

今ので台無しだけどね、と苦笑いしながら言った彼は、やがてわたしの顔をじっと見つめた。睫毛の数すら数えられそうな近距離で、そんなにも見られると恥ずかしい。

「……俺のこと、好き?」

すると突然、彼は潤んだ瞳でわたしを見つめながら、そんなことを尋ねたのだ。母性本能をくすぐるようなその可愛らしい様子に、わたしの心臓は悲鳴をあげていた。

好きという言葉は何度口に出しても、その気恥ずかしさは無くなりそうにない。それでも、俯きながら「好きです」と答えれば、アーサー様はわたしを思い切り抱きしめた。

「ああ、可愛い。可愛すぎる。好きだ」

「ア、アーサー様、」

「本当に、好きだよ」

あまりにも甘すぎる雰囲気に、クラクラする。本当にこのまま溶けてしまいそうだった。

「ねえ、アリス」

「はい」

「一生、俺のこと好きでいてくれるよね? 俺はもう、君がいないと生きていけそうにない」

本当に、アーサー様は大袈裟だ。そう思いながらも、彼からの好意が伝わってきて嬉しくなる。

わたしは「はい」と答えてそっと手を伸ばすと、彼のことを抱きしめ返したのだった。

◇◇◇

翌日。朝一番にバーベキューがしたい! と突然ライリー様が言い出したことで、今日の予定は決まった。アーサー様は使用人に準備を頼もうとしたけれど、自分達でやるのも楽しみの一つだとライリー様は譲らない。貴族の子息子女のみで本当に準備出来るのかと不安になったけれど、アーサー様はライリー様に無理やり連れて行かれ、森へと向かって行った。

「今日のアーサー、やけにアリスちゃんに近くなかった? もしかして何かあった?」

ノア様と二人で屋敷の前のベンチで待っていると、不意にそんなことを聞かれ、顔が熱くなった。

昨日好きだと伝えたせいか、アーサー様との距離がいつも以上に近いのだ。彼はわたしの隣から離れず、常に体のどこかに触れているような状態で。わたしは常に真っ赤だったに違いない。

「……昨日、アーサー様に好きだと、伝えたんです」

「えっ、おめでとう! それはアーサーも浮かれるよなあ。あいつは本当に君が好きだから」

「は、はい」

「まあ、あんな奴に追いかけ回されて、好きにならない方が難しいよ。だいぶ粘った方じゃないか」

そう言ってノア様は笑った。わたしも、心の底からそう思う。

そんな話をしていると、豪華な馬車が屋敷の前に停まり、中から人が降りてくるのが見えた。

「おや、こんにちは」

「こんにちは」

そうしてこちらへやって来たのは、四十代位の男性だった。その身なりから、彼が高位貴族だということが窺える。整った顔立ちと、優しそうな笑顔や声色が印象的だった。

「アーサーはいるかい?」

「アーサー様は少し出かけていまして、もうそろそろ戻って来るかと思います」

「そうか。もしかして君が、アーサーの婚約者?」

「はい、アリス・コールマンと申します」

そう言うと彼は嬉しそうに微笑み、わたしに向かって手を差し出した。

「会えて嬉しいよ、私はアーサーの叔父のアスランだ」

「アーサー様の……! こちらこそ、お会いできて嬉しいです」

「ありがとう。君はアーサーの友人かい?」

「はい、ノア・メンデンホールと申します」

「メンデンホール家のご子息か。アーサーからも話は聞いているよ、とても良い友人だとね」

そう言って笑う彼からは、アーサー様のことを本当に大事に思っているのが伝わってくる。

「顔だけ見るつもりで来たから、本当に時間が無くてね。もう行くことにするよ。慌ただしくてすまない、またゆっくり話せると嬉しい」

「こちらこそ。アーサー様に、アスラン様がいらっしゃったとお伝えしておきますね」

「いや、あの子は気を遣うだろうから言わないでほしい。近いうち機会を見つけて会いに来るさ」

そう言うと、アスラン様は帽子を深く被り直した。

「君たちに会えただけで大収穫だ。アーサーのこと、よろしくね。あの子は本当にいい子だから」

「はい、ありがとうございます」

「お気をつけて」

そうして彼は、柔らかな笑顔を浮かべると馬車へと戻って行った。すぐに馬車は出発し、見えなくなる。本当に時間が無い中で、アーサー様に会いに来たのだろう。

それにしても、素敵な方だった。少し話しただけでも、彼の人の好さが伝わってきた。

「アーサーも会いたかっただろうな」

「そうですね。……アスラン様、か」

「何かあった?」

「いえ、子供の頃の大切な友達と同じ名前だな、と思いまして」

「珍しい名前でもないもんな。その友達は今何してるんだ?」

「わからないんです。もうずっと会えてなくて」

──最後にアスランに会ったのは、何時だっただろう。

喧嘩のようなものをしてから、会えなくなった記憶がある。ぼんやりとしか思い出せないけれど、彼と過ごした時間はとても大切なものだったように思う。

「そうなんだ。元気だといいね」

「はい。本当に、そう思います」

彼は今、元気にしているだろうか。知っているのはアスランという名前だけで、見た目についてもあまり記憶はないから、多分大人になった彼に会ってもわからないだろう。

記憶の中の彼は、たくさんの管に繋がれた包帯だらけの小さな男の子だった。穏やかで優しい子だった記憶がある。

……それなのに、どうして喧嘩したんだっけ。

いくら考えても思い出せず、なんだか落ち着かない。そんなことを考えているうちに、沢山の薪を抱えたアーサー様とライリー様が見えた。ライリー様は気合いを入れて持ちすぎたせいか、明らかにフラフラしていて、思わず笑みがこぼれる。

そうして久しぶりに思い出した彼のことは、いつの間にか頭から消えていたのだった。