それはまるで奇跡のような

──わたしが彼を好きになることが、彼にとって「本当に夢みたいなもの」なのだろうか。

にわかには信じがたいけれど、目の前のアーサー様の顔はひどく真剣で、どうやら本気でそう思っているらしかった。

そんなことを考えているうちに、わたしが黙ってしまったのを気にしたのだろう、彼は慌てたように口を開いた。

「ごめんね、アリス。そんなこと有り得るはずがないのに」

「アーサー様、」

「一緒に居られるだけでよかったのに、欲に駆られて変なことを言ってしまった。本当に気にしないでほしい。これからはちゃんと、」

「アーサー様。聞いてください」

言い訳のようなものを並べ立てる彼に、話を聞いて欲しくて少しだけ語気を強めれば、ようやく目が合った。その瞳は、不安の色に揺れている。

どうして彼は、わたしに対してこんなにも自信が無いのだろう。

まるでわたしが彼のことを好きになるなど、ありえない事だと思い込んでいるように見えた。

アーサー様のような素敵な人に優しくされて、大事にされて、好意を伝えられて。好きにならない方が難しいというのに。

「有り得ないことなんかじゃ、ありません」

「……え?」

先程自覚したばかりのこの気持ちは、まだ伝えるには早いかもしれない。それでも目の前の彼に、これ以上不安そうな表情をして欲しくなかった。

……初めてアーサー様を間近で見た時にはもう、少なからず惹かれていたと思う。

そして彼のことを知っていくうちに、想いは日々募っていった。

この気持ちに、間違いはない。そして今、伝えるべきだと思った。

「わたし、アーサー様のことが好きです」

それは、生まれてはじめての告白だった。

そうしてしばらく、黙ってしまったアーサー様を、不安になりながらも見つめていたけれど。

やがて彼の瞳からは、ぽたりと涙が零れ落ちたのだった。

◇◇◇

「わたし、アーサー様のことが好きです」

目の前の彼女は、頬を赤く染めて、俺の目を真っ直ぐに見て、そう言った。

頭の中が真っ白になる。一度でも彼女に好きだと言われたんだ、例え夢でもいいと思った。

──ずっと、ずっと好きだった。

十年以上、ずっと彼女のことを想って生きてきた。幼かった俺にとっての彼女は救いだった。どんなに辛い事も、いつもアリスと過ごした日々を糧にして乗り越えてきた。幼い彼女の笑顔を思い出すだけで、胸が温かくなった。

彼女が同じ世界に生きているというだけで、此処は俺にとって生きる価値のある世界だった。

学園に入学し、数年ぶりに彼女を見た時には、その場で泣き出したくなった。

本当に嬉しくて、可愛くて、苦しくて。それだけで十分だった。あの頃と変わらない、可愛らしい笑顔を友人に向けているのを見るだけで、胸が締め付けられた。廊下で彼女とすれ違うだけで、緊張して呼吸の仕方さえ分からなくなった。

人が多い場所でアリスを探すのが日課になった。いつしか、彼女を見つけるのが上手くなった。


そんな、ずっと見ているだけだった彼女がいつしか俺の名を呼び、笑いかけ、毎日一緒に過ごすようになった。数ヶ月前の俺にとっては、本当にありえない夢のような日々だった。当時の自分にこの話をしたのなら、いよいよ気が狂ったと言うに違いない。

これ以上ないくらいに彼女を想っていたはずなのに、日々彼女への想いは増していく。

遠目で見ているだけで十分だったというのに、いつしか彼女に愛されたいと思うようになっていた。けれど、それが現実になるなんて夢にも思わなかった。

彼女が目の前にいて笑いかけてくれる、ただそれだけで、奇跡のようなものだったのに。

気が付けば、涙が零れていた。

「アーサー、様?」

「…………っ」

沢山言いたいことがあるのに言葉が出てこない。込み上げてくる感情は嬉しいとか幸せだとか、そんな言葉で言い表せるようなものではなかった。これはもっと、汚くて、重い。

「……ずっと、」

「はい」

「ずっと、好きだった」

「はい、」

「っ本当に、好きなんだ」

「わたしも、アーサー様が好きです」

──長くて、苦しくて、辛くて、幸せだったこの十年間の全てが、報われた瞬間だった。