星に願いを
「あ、二人ともおかえりー。心配したよ」
目いっぱい泣いた後、ようやく落ち着いたわたしはアーサー様と手を繋ぎ、湖へと戻った。けれどそこにはもう誰もおらず、そのまま屋敷へ向かう。
突然居なくなったにも拘わらず、広間にいた二人は怒るどころか「ラブラブできた?」なんて言って笑っていた。本当に、優しい人たちだと思う。
「俺らは良いんだけどさ、クロエちゃんがな……」
「超怖かったよ! 二人が居なくなった後ずっとぶつぶつ言っててさあ、こんなのおかしいとか、アーサー様は騙されてるとか」
「普通じゃなかったよな、あれ」
「……クロエは?」
「しばらくしたら、一人で帰っていっちゃった」
アーサー様はしばらく何か考え込んでいたけれど、やがていつも通りの笑顔を浮かべると、お茶でも飲もうかとメイドを呼んだ。
クロエ様は予定通り明日帰るらしく、しばらく会うことはないだろうと思うと、少しほっとした。彼女の様子がおかしかったという話は少し気がかりだったけれど、この時のわたしはアーサー様の告白に浮かれていて、それ以上深く考えることはなかった。
……この時、彼女がアーサー様へと向ける想いの歪みに気づいていたなら。
後に起こる事件は未然に防げたのかもしれないと、わたしは後悔することになる。
◇◇◇
「……眠れない」
日付が変わる頃。心身ともに疲れているはずなのに、わたしの目は完全に冴えていた。
アーサー様のことを思い出す度に、心臓がうるさく跳ねて仕方ない。彼に言われた「好き」という言葉が頭から離れないのだ。嬉しくて恥ずかしくて、少し苦しい。そんな感情を抑えきれないわたしは、ころころとベッドの上を転がっていた。
まだまだ寝付けそうに無く、水でも飲もうと食堂へと向かう。すると食堂前の廊下で、アーサー様にばったりと出くわした。
「アリス、どうかした?」
「寝付けなくて、お水を頂こうかと……。アーサー様は?」
「俺は少し、やらなくてはいけないことがあってね。そのうちに小腹がすいてきたから、何か食べようと思って」
休暇中と雖も、こんな時間までやることがあるなんて。かなり忙しいはずなのに、彼は忙しい様子も疲れた様子もおくびにも出さない。
それでいて、いつも優しい笑顔を浮かべているアーサー様が時々心配になる。
「わたし、キッチンを見てきますね。アーサー様はお部屋で待っていてください」
「ありがとう、お言葉に甘えることにするよ」
そうしてアーサー様と別れ、キッチンへと向かう。色々と見てみたけれど、あるのはたくさんの食材だけで、今すぐに食べれそうなものはナッツくらいしかない。流石にそれだけでは小腹も満たせないだろうと思い、簡単なものを作ることにした。
ささっと作ったサンドイッチとスープをトレイに載せ、アーサー様の部屋へと向かう。ハンナによくお菓子作りや料理を教えてもらっていたとはいえ、彼の口に合うかはとても不安だった。
「アーサー様、アリスです」
「ありがとう、丁度一段落着いたところなんだ。お茶でも飲んでいってくれないか」
「はい、ぜひ」
アーサー様はわたしに椅子を勧めると、冷やしてあったティーポットから飲み物を注ぎ、出してくれた。一口飲むと、爽やかな甘さが広がる。異国の珍しいお茶らしい。
わたしの向かいに座ったアーサー様も、「早速いただくよ、ありがとう」と言ってサンドイッチに手を伸ばした。一緒に昼食をとりながらいつも思っていたことだけれど、アーサー様は食べる仕草までとても綺麗だ。彼にできないことなど存在するのだろうか。
「美味しい。このソースは初めてだけど、好みの味だ」
「本当ですか? よかったです。そのソースは我が家のメイドの出身地のものなんですけど、わたしもとても好きで」
「えっ? まさかこれ、」
「はい、わたしが作ったんです」
その瞬間、アーサー様は固まり、やがてはっとしたように片手で口元を覆った。
「……こんなにしっかりしたものが出てくるとは思わなかったから、誰か使用人が起きていたのかと思ったんだ」
「すぐに食べられそうなものがなかったので、勝手ながら作らせて頂きました」
「アリスが俺のために作ってくれたものなんて、一口一口噛み締めて味わうべきだったのに……! 数口何気なく食べてしまった、有り得ない失態だ」
そう言ったアーサー様は、本気でへこんでいるように見えた。
「本当は食べるのも勿体ないくらいだよ。一生記念にとっておきたい」
「ふふ、そんなことをしたら腐ってしまいますよ。このくらいでよければ何時でも作りますから、気にせず食べてください」
「本当に、また作ってくれる?」
「はい、本当です。宜しければ今度はアップルパイを作ってきます。以前、お好きだと言ってましたよね」
「ありがとう。……こんなにも幸せで、いいんだろうか」
そうして再び食べ始めた彼は、一口食べるごとにとても美味しい、アリスは天才だと褒めてくれるものだから、思わず笑ってしまう。わたしも幸せだと、心から思った。
「わあ、綺麗ですね」
何気なく窓の外へと視線を移せば、満天の星空がそこにあった。此処は王都よりも、星がよく見えるらしい。
「確かに、今日は星がよく見えるね」
「わたし、星を見るのが好きなんです」
「それならいい場所がある。食べ終わったら行こうか」
アーサー様はサンドイッチもスープも綺麗に完食した後、再び丁寧にお礼を言ってくれた。
夜空がよく見える場所があるらしく、彼に手を引かれ長い階段を上がっていく。やがて着いたのは、小さな屋根裏部屋だった。夜中だということもあって、なんだかワクワクしてしまう。
部屋の中は天井の半分以上が窓になっていて、見上げればまるで外にいるかのように夜空が広がっていた。あまりの美しさに、思わず感嘆の声が漏れる。
部屋の中は狭く天井も低いため、二人で肩を寄せあって窓の下に座った。アーサー様は何も言わずに、羽織っていたジャケットをそっと肩にかけてくれた。彼の、こういう所も好きだった。
「こんなに綺麗な夜空を見たのは、生まれて初めてです」
「本当に? 良かった」
「あっ、流れ星! アーサー様もお願い事しましょう!」