嵐の前の
「アーサー様、おはようございます」
毎日のように顔を合わせているというのに、今日もアリスの笑顔を見るだけであきれるほどに胸が高鳴る。
彼女の家の馬車が壊れたのを口実に、毎日登下校を一緒にするようになった。正直、俺は元々暇ではない。我が家は当主自ら代々領地経営に深く関わっているため、学ぶべきことは尽きなかった。
その結果、学園がある日の睡眠時間は二時間以上減ったけれど、アリスと過ごす時間のためだと思えば、少しも苦にならなかった。
──最近、どんどんと欲深くなっていく自分が恐ろしくなる時がある。
そしてその原因は彼女にもあった。アリスの様子を見ていると、俺のことを多少なりとも良く思ってくれている節があるのだ。先日、パーティの帰りに彼女の方から手を繋ぎたいと言われた時には、いよいよ妄想と現実の区別がつかなくなったのかと本気で思った。
そうしたことに後押しされ、彼女に嫌われたくないと自制していた部分が、じわじわと溢れ出してくるのを感じていた。
「そういえば、もうすぐ夏期休暇ですね。アーサー様はどちらで過ごされるんですか?」
「丁度そのことを話そうと思っていたんだ。毎年一週間ほど、避暑に適した領地で過ごしているんだけど、君さえ良ければ一緒に行かないだろうか」
「わたしも、ですか?」
「ああ。今年はノアとライリーも一緒だし、両親に会うこともないから気を遣う必要もない。使用人も大勢いるから、快適に過ごせると思うよ」
いずれ我が家に嫁ぐとなれば、領地へは遅かれ早かれ行くことになる。毎年避暑に行く場所は俺自身気に入っている土地で、彼女を連れて行きたいというのが表向きの理由で。単に彼女と旅行がしたい、少しでも一緒に居たいというのが一番の理由だった。
二ヶ月弱ある夏期休暇に入れば、こうして毎日のように会うのは難しくなる。一週間ほどとは言ったものの、何かしら理由をつけて延泊するのもいいかもしれないとさえ考えていた。
「ご迷惑でなければ、ぜひ行きたいです」
その言葉に胸をほっと撫で下ろし微笑むと、アリスもつられたように笑顔を浮かべた。
当初は緊張した様子でよそよそしかった彼女も、最近ではよく笑顔を見せてくれるようになった。そのあまりに可愛さに、ぐちゃぐちゃにして食べてしまいたいと思うことすらある。
彼女への愛情は、衰えるどころか日々増していくばかりだった。
「アリスちゃんも来てくれるのか、よかったな」
「ああ、安心したよ」
「俺らも居るんだし、変なことはするなよ」
「お前と一緒にしないでくれ」
「まあ、今回はバッチリ二人の応援するから任せてよね」
「そうだな、俺らにして欲しいことがあれば言ってくれ」
アリスも避暑に来られることになったとノアとライリーに伝えれば、二人は突然そんなことを言い出した。そんな彼らに多少の違和感を覚えつつも、二人が自分よりも恋愛経験が豊富なのもまた事実で。たまには、頼ってみるのもいいかもしれない。
「それなら、どうすればアリスが俺を好きになってくれるのか、一緒に考えて欲しい」
「「は?」」
そう言った瞬間、見事に二人の声が重なった。
「ちょ、ちょっと待て。そもそもアリスちゃんって、お前のこと好きじゃないのか?」
「最近、嫌われてはいないと確信した」
そう答えると、二人は信じられないものを見るような目で俺を見た。やがてその視線は、哀れみのようなものへと変わる。
「……僕、てっきりいい雰囲気になったら二人きりにして欲しいとか、そういうレベルかと思ってたんだけど」
「俺だってまさか、こんな感じだとは思わなかった」
何やらこそこそと話していた二人は、突然何か決心したような表情を浮かべ、俺に向き直った。
「ごめんね、アーサー。本当は少し冷やかしてやろうと思って、応援するなんて言ったんだ。でも今は本気で応援したいと思ってる」
「今回の旅行中に、絶対にいい雰囲気にさせてみせるよ」
そう言って俺の肩に手を置いたノアとライリーは、やけに真剣な表情をしていたけれど。
この時心強く見えた友人達が、全く役に立たないと言うことを俺はまだ知らない。