初めてのデート

「あの、アーサー様」

「うん?」

「わたしではなく、舞台の方を見てください」

わたし達は今、一体いくらするのかと考えるだけで恐ろしい特等席で、王都で大人気のオペラを観劇している。それにも拘わらず、アーサー様の視線が舞台の方へと向くことはない。

常に隣から感じる熱い視線のせいで、オペラの中身など全然頭に入ってこなかった。

「アーサー様、エミリーが出てきましたよ! わあ……綺麗……! さすがこの国で一番と言われている美人ですね」

「そう? 俺はアリスの方が綺麗だと思うけど」

「……アーサー様が言うと、余計に嫌味に聞こえます」

何を言っても無駄な気がしてきたわたしは、せっかくの機会を無駄にすまいと気合いを入れ直し、舞台の方へと向き直ったのだった。

◇◇◇

先週のとある昼休み。毎日昼食をご馳走になっていたわたしは、なにかお礼をしたいとアーサー様に申し出た。そして一瞬、きょとんとした後に彼が出した答えは、休日にデートがしたいというものだった。そんなことでいいのならとすぐに了承すると、彼は子供のような笑顔を浮かべて喜んでいて、わたしまで嬉しくなった。

日にちを決め、どこへ行くかを話し合う。なんだかそのやりとりだけでも楽しくて、胸が躍る。その結果、わたしの人生初のデートは流行りのオペラを見てお茶をする、ということに決まった。


当日。わたし以上に気合いの入っているハンナは、とても可愛く髪を結い化粧を施してくれた。アーサー様に頂いた淡い桃色のドレスを着た鏡の中のわたしは、とても女の子らしい雰囲気で。

「……天使かと思った」

そんなわたしを見て、アーサー様は今日も期待を裏切らない反応をしてくれた。

いざ会場に着いても、「俺のためにこんなに可愛く着飾ってくれたアリスを、誰にも見せたくない」なんて言い出して、しばらく降りようとしなかったくらいに。

全体的に黒でまとめた服装で、光の束を集めたような金髪を片耳にかけていた彼は、目眩がするほどの色気が溢れ出ている。誰もがすれ違いざまに彼を見、すれ違った後もまた振り返っていた。正直、わたしも数えきれない程、彼に見とれてしまっていた。


オペラを見終え、興奮覚めやらぬまま馬車へと乗り込む。行き先は、デートスポットで有名なお洒落なカフェだった。オペラのあとはわたしが何かご馳走したいと言っても、アーサー様は気にしなくていい、行きつけのレストランに連れていきたいと言って譲らない。

けれど、「恋人同士が良く行くという場所に、アーサー様と行ってみたい」と言ったところ、何故か即座にOKが出た。そういう場所に無縁だったわたしは、以前クラスメートの女の子達が話しているのを聞いて以来、ずっと行ってみたかったのだ。

白を基調とした高級感のあるカフェへと入り、案内された席に座る。近くの席の女性達は皆、男性連れであるにも拘わらず、その視線は全てアーサー様に注がれていた。

「こういう場所は初めてですか?」

「もちろん。君は?」

「実はわたしも初めてで、アーサー様と来られて嬉しいです」

「アリスは、俺を喜ばせるのが上手いね」

そう言ってアーサー様が花のように微笑むと、隣からガシャン! と勢いよくグラスを落とす音がした。……本当に、罪な人だと思う。

「それにしても、素晴らしいオペラでしたね」

「そうだね、思ったよりも楽しめたよ」

運ばれてきた可愛らしいケーキを食べながら、取り留めのない話をする。それだけで、なんだかとてもデートっぽい。向かいに座るアーサー様は、紅茶とアップルパイを頼んでいた。子供の頃からアップルパイが好きなのだと、少し照れくさそうに言っていた彼に思わず笑顔が零れる。

「ラストシーンは思わず涙ぐんでしまいました。あんなに好きでやっと結ばれたのに、ヒロインの幸せのために身を退くなんて……」

「確かに、あのシーンの主人公には尊敬したな」

「尊敬、ですか?」

「ああ。仮に幸せのためだとしても、俺はもうアリスを手放してあげられそうにない」

その甘い言葉と、憂いを帯びたアーサー様の表情のあまりの破壊力に、今度はわたしが危うくグラスを落としかけた。目の前のケーキの比じゃないくらいに甘い。甘すぎる。それと同時に、ずっとわたしの方を見ていたように思ったけれど、一応舞台も見ていたんだと少し安心した。

あまりの甘すぎる空気に動揺してしまったわたしは、無理やり話を変えることにした。

「し、主人公役のエイダンもとても素敵でしたね」

「君は、ああいう男が好みなの?」

「好みではないですけど、格好いいとは思います」

今回の主人公役であり人気歌手のエイダンは、歌も上手く見目も良いことで、今やあちこちの舞台に引っ張りだこだった。リリーもそんな彼の大ファンだ。

「そうなんだ。それなら、アリスはどんな見た目が好き?」

「好み、ですか」

「うん。少しでも君の好みに近づけたらなと思って」

もしや彼は、鏡を見たことがないのだろうか。

「アーサー様は、今のままで十分です。十分すぎます」

「そうかな? アリスは俺の顔が好き?」

「は、はい」

「そうなんだ。とても嬉しいな」

そう言って眩しい笑顔を浮かべたアーサー様は、かなり上機嫌だった。それにしても、好みのタイプというのはこちらも気になる話だった。わたしも負けじと質問することにした。

「では、アーサー様の好みのタイプを教えてください」

「アリスだよ」

即答だった。その上、彼は何故そんな当たり前のことを聞くのだとでも言いたげな顔をしている。

「もう、本気で答えてください」

「本当に、アリス以外何も思いつかないんだ。君以外の女性を、異性だと思えたことがない」

アーサー様はさらりとそう言ったけれど、何だかものすごいことを言われた気がした。

「そ、それは、どういう……」

「言葉通りの意味だよ」

「女性のことを綺麗だとか、素敵だと思うことはありますよね? ええと、例えばスカーレット様なんて、お人形のように美しいじゃないですか」

「スカーレット? ……ああ、侯爵家の娘か。言われてみれば左右対称の、整った顔はしているかもしれない」

つい名前が出てきたのがスカーレット様だったのは失敗だったけれど、彼の答えはなんとも無機質なものだった。いまいち納得出来ていないのが顔に出ていたのだろう、彼は再び口を開いた。

「アリスは身の回りに可愛い犬や猫がいたとして、恋人にしたいと思う?」

「思いません、けど」

「俺にとっては君以外、全部そんな感覚なんだ」

まるで子供に言い聞かせるような、そんな優しい声だった。

彼の話に妙に納得してしまったわたしは多少の違和感を感じながらも、アーサー様は少し変わっている人なのだと思うことにした。

──そして、彼がわたしに向ける愛情が人よりも重いという事に気づくのは、もう少し先の話。