かん ぼうけんしやは大移動する



 時は冬の初めにさかのぼる。


「なんだと! それは本当か!?

 イスペップ村戦士団のメンバーが聞いた情報はにわかには信じられないモノだった。

 なんとアルッポのダンジョンがこうりやくされ、しようめつしたというのだ。

 イスペップ村戦士団はザンツ王国サリオールはくしやく領内にあるイスペップ村をきよてんとし、村の警備を行っている冒険者パーティだ。団員も代々村出身者のあとり以外で構成され、だんは村から出ることは少ない。しかしモンスターのしゆうげきが少ない冬の間は仕事がなくなるため、お金をかせぐために別の町に働きに出ることが慣例となっていた。そして、イスペップ村では長い間、冬はアルッポのダンジョンに行くというのが当たり前になっており、別の場所に行くという考えはだれにも、頭のすみにすら存在していなかった。

「落ち着いてください。これは事実です。先日、確かにアルッポのダンジョンは消滅しました。このギルドでもかくにん済みです」

「そんな……」

 受付じようにそう言われてしまうと信じるしかない。

 しかしアルッポのダンジョンが消滅するなどかれらの想像力の外の話であり、次にどうすればいいのかなんて考えられなかった。

「どうするんだよ、おい! 今から他探すって無理だぞ!」

「だから言っただろ! 遊んでないでもっと早く動こうって!」

 他のメンバーがさけぶ。しかし良案は出ない。

「クソッ! 誰だよアルッポのダンジョンをクリアしちまったヤツはよ!」

 リーダーは叫び、いらまぎれにカウンターテーブルをダンッとたたいた。

 そうして彼ら三人は答えが出ないまま酒場に移動し、時間もないのにどうしゆを飲みながら話し合いを始めた。

「どうすんだよ」

「どうするったって、今から行ける場所なんざ決まってるだろ」

「ここにとどまるか、村に帰るか──王都に行くか……」

 そこで全員の言葉が止まる。

 しばらくのちんもくの後、一人が口を開いた。

おれはイヤだぞ。王都なんてな」

「あぁ、俺だってイヤだぜ。なにより物が高すぎる」

「じゃあどうするんだ? ここにいても金になんねぇし、村にもどりゃかたせまい。そうだろ?」

 また全員がだまむ。

 全員、分かっているのだ。せんたくはないと。

 その日は酒場で飲み明かした三人は翌日最初の馬車で王都を目指した。

 なんだかんだありつつ王都にとうちやくした三人は人の多さにおどろき、物価の高さにも驚き、冒険者の多さにもっと驚きつつ、冒険者ギルドで情報収集を始めた。

「ちょっといいか? 安い宿とか知らねぇか? こっちに出てきたばかりでよく分からなくてよ」

「今年はどこも高いんじゃねぇか。周辺から冒険者が大量に集まってきてやがるからな」

「そう、なのか?」

「今年は過去一だぜ。金が出せねぇならスラムで空き家でも探すっきゃねぇな」

 そうして彼らは宿にまることはあきらめ、スラムの空き家を探すことにしたのだった。


◆    ◆    ◆



閑話 鉱山管理人のゆううつ



 日の差さない鉱山の中のほこりっぽい部屋。

 鉱山管理人の男は手紙を読み、スラリと立つ若い商人風の男にいかりをぶちまけた。

「ふざけてるのか!? 鉱石の買い取りをめるだと!」

 鉱山管理人は机をドカッとなぐりつけ、そのまま殴りかかりそうな勢いのまま手紙を持ってきた男をにらんだ。

「いえ『買い取りを止める』などとは申しておりませんよ。我々は『一時的に中断したい』とお願いしているのです」

「どちらでも同じだ! けいやくを破ると言っているのには変わりないからな!」

 商人風の男は苦笑いをかべる。

めつそうもない。契約を破るなど考えたこともございません。ゆえにこうしてお願いに参上しております」

「そんな『お願い』とやらが聞き届けられるとでも思ったか! 鉱業は国営事業……この国の主幹産業だぞ! 国がそんなことを許すわけがない!」

 二人の論戦は平行線を辿たどる。

 が、商人風の男がじようきようを打開出来る言葉をく。

「ご心配にはおよびません。この件についてはすでに王太子殿でんからりようしようを得ております。アルッポのダンジョンの消滅により鉱石のじゆようが減っていることをご説明したところ、かいだくしていただけましたよ。もちろんこうしやく閣下にもです。後は管理人のあなたに承認していただければすべてが丸く収まります──さあ、こちらが殿下からの証書です」

「ぐっ……」

 机の上に置かれた手紙には王家のもんしようでシーリングされていて、それがほぼ確実に王家の誰かからの手紙だと分かった。

 王太子と公爵が出てきた以上、既に商人とは裏で取引が終わっているはず。つまり、ここで鉱山管理人がゴネたところで結果は変わらない。ただ意のままに動かない鉱山管理人がクビになるか、『なんらかの事情』で仕事が出来なくなるか──とにかくきよする意味はなかった。

 そのことに気付きながら、鉱山管理人は王太子からの手紙を確認した。

「……はぁ」

 そして引き出しの中から紙を取り出して、なにやら書き込んでから印をすと、雑に机のおくへとすべらせる。

 商人風の男はそれを受け取り、中を一読してジャケットの内側に収めた。

「ご理解いただけたようで、あるじも喜びます」

 それだけ言って商人風の男は足早に部屋から出ていく。

 鉱山管理人はその背中に「私は、どうなっても知らんからな」と言葉を投げる。

 商人風の男がそれを聞いていたのかは分からなかった。

 暫くして鉱山管理人は部下を呼び、次の命令を出した。

やとう鉱山労働者の数を減らせ。それから倉庫がまんぱいになりだい、鉱山の操業を停止する」

 そうして数日後、王都にある鉱山の操業が全て停止した。これによって後に大きな変化がおとずれるとは、この時まだ誰も気付いてはいなかった。


◆    ◆    ◆



閑話 デフレスパイラル



 ゴォォォッで火が燃える。

 赤く赤く燃える。

 しかしその炉に投下するのは鉄でも銅でもミスリルでもなく、水の入ったヤカンである。

「はぁ……」

 の親方はため息をく。

 このところ、めっきり注文が減り、ついに武具を打つことがなくなった。

 まったく仕事がないのだ。

 いつからどうしてこうなったのか、まったく分からないが、いつの間にかこんな状況に追い込まれていた。

 鍛冶師ギルドの他の面々も同じ状況で、そろそろギルドとしてなんらかの対策を打つことになるのかもしれない。

 親方はらした布でヤカンを取り出してカップに注ぎ、それをグイッと飲む。

 炉の前は落ち着いた。どこにいるより落ち着いた。

 鍛冶師としてのさがなのか、仕事がなくても炉の前にすわり、火を入れ、それをながめていた。

「親方!」

 とびらが開け放たれ、店番をしていたが飛び込んできた。

「注文です! 親方!」

「本当か!?

 親方は立ち上がり、急いで店の方の扉を開く。

 するとそこには、まだまだ若い少年が立っていた。

 親方は少しらくたんする。これではあまり大きな仕事にはならないかもしれないからだ。

 しかしそれを見せずに親方は話しかけた。

「注文だって? なにを作るんだ?」

やりしいです」

「素材は? どんな槍にするんだ?」

 気がいて次々と口から質問が飛び出てくる。

 親方の頭の中には素材ごとの槍の作り方や大きさや形などによる仕様のちがいが浮かんでいく。

 しかし少年の次の言葉でズッコケそうになった。

「ロックトータスをつらぬける槍を!」

「無茶を言うな! そんなモン、オリハルコン製の槍でも貫けねぇだろ。それがしたいならみずからの技量でなんとかしろ」

「えっ? オリハルコン製でも無理なんですか?」

 そう聞かれて親方は少し困る。

 自身でもオリハルコンなんてあつかったことはなく、本当はどうなのか実際には分からなかったからだ。

「いや、俺もオリハルコンなんざさわったことはねぇけどよ。いくらオリハルコンつっても結局はただの金属だろ? 槍にすればそりゃかたいだろうしれ味は最高だろうが、それだけでロックトータスが貫けるわけじゃないだろ? まぁ属性武器とかほう武器、アーティファクトならロックトータスぐらい貫ける武器もあるだろうぜ。俺は専門外だけどな」

 そうしてひまなこともあり、少年と長々と立ち話を続けてしまったが、ハッと気付いて「で、どうすんだ?」と聞いた。

「作ります! じようで魔力の通りが良い槍を」

 丈夫で魔力の通りが良い槍、と聞いて様々な素材や作り方が親方の頭の中に思い浮かんでいく。

「長さはこれぐらいで、さきはこんな感じ」

「なるほど、じゃあいしづきは──」

 親方は少年と槍のしようさいめ、槍の形を頭の中で作り上げていった。

「で、値段なんだが──」

 親方は考える。

 最近、か鉱石の価格が異常なぐらい下がってきている。それに炭や他の素材の価格も下落けいこうだ。鍛冶屋の仕事もなくなってきているから仕事があるだけでうれしい。今なら質の良いミスリルを使っても採算は合うだろう。

 木工職人にも良い素材を用意させよう。あいつらも仕事が出来て喜ぶだろう。

 色々と考えて親方は値決めをした。

「金貨一〇〇枚ってところだな」

「分かりました」

 少年は値切りもせず、すぐにうなずいた。

 しんらいされているのか、と考え親方は気分が良くなり話がはずんだ。

 そうして大体の形が出来上がったころ、親方は暇なこともあって少年の持つ武器に興味がいた。

「ところでお前さんが持ってるその棒、ちょっと見せてくれねぇか?」

「これですか?」

 その武器はミスリルと他の金属の混ぜ物で造られており、無骨な金属の棒のような形で異質だった。

 そのめずらしさもあって話は弾み、久しりに良いモノが作れる嬉しさに心が湧き立ち、親方はいつの間にかこう言っていた。

「良いモノ作ってやるよ」

 親方の心から出た言葉だった。

 少年は「期待してます」とだけ言い残して去っていった。

 こうして、とある鍛冶屋は久し振りの仕事にありついた。


◆    ◆    ◆



閑話 コット村の決断



 その日、ラディン商会の行商人はコット村への冬季行商に向かっていた。

「まったく、びんぼうくじもいいところだぜ」

 コット村への冬季行商は食料の買い付けがメインで、売上はほとんどない。つまり商人個人の評価にはほとんどつながらなかった。しかし買い付ける食料は王都では必要不可欠なため、外すことの出来ない重要な仕事であって止められない。結果的にこの仕事は商会の中では貧乏くじ扱いになり『そういうヤツ』が行かされる仕事になっていた。

 それに真冬の移動は寒さも厳しく、場合によっては命の危険もあり、人気のない仕事だった。

 彼らの内心はともかく、馬車は順調に進み、予定通りコット村へ到着。しかし村の門はざされたままで、一向に開く気配はない。

 行商人は馬車から降り、門の前まで歩いていった。

「おおぉい、ラディン商会の者だ、今年も行商に来た。門を開けろぉい」

 そう叫ぶと、門のそばに立っている物見台に人が登って叫び返してきた。

「断る! 今年の行商は受け入れない!」

「えっ?」

 想像もしていなかった言葉に行商人は言葉をなくす。

 この行商は毎年同じように行われていて、ただ決まったことをり返すだけの単純な仕事だったはずなのに、それが断られて理解が追いつかなかった。

「バ、バカなことを言うな! 断るなんかありえないだろ! 今すぐ門を開けろ!」

「断る! 帰れ!」

 取り付く島もない言葉に商人も苛立ちがかくせない。

「いいか、よく聞け! これはお前らごときの一存で決められるような軽い話じゃない! 下手をすれば国とお前らのサリオール伯爵との問題になるんだぞ!? 分かったらさっさと門を開けろ!」

「断る! サリオール伯爵様もご理解くださるはずだ!」

 サリオール伯爵が理解してくれる。

 この言葉に行商人はなにかを感じ、考える。

 そして彼らが拒否する理由について興味を持った。

「そもそも理由はなんだ! これまで問題なくくやってきたじゃないか!」

「上手くやってきた、だと……」

 物見台の男の声がふるえる。

 その震えが寒さから来たものでないことは行商人にも理解出来、少しされてしまう。

「理由など、自分の胸に聞けぃ! もうお前らの横暴に付き合うのはウンザリじゃ!」

「なにを──」

 その後も話し合いは平行線を辿り、結局、行商人は村に入れず王都に戻ることになった。

 帰りの馬車では誰もが無言だった。

 簡単に成功するはずの行商を失敗した責任だとか、これから起こるであろうこととか、様々なことで頭が一杯になる。

 とにかく──

「大至急、このことを上に報告しないとな……」

 馬車は王都に向けて走った。


◆    ◆    ◆



閑話 組織の男



 暗い暗い部屋の中、机に置かれた一つのランプの明かりだけが周囲を照らす。

 そのテーブルにりようひじき、なにかを考えているように見える男が一人。

 そんな沈黙とくらやみが支配する部屋にドアをノックする音がひびいた。

「入りなさい」

 男がそう言うと、ドアが開いて白いローブの人物が入ってくる。

 その人物は軽く一礼した後、一言も発さない。

「実験体を入手しなさい。分かっているとは思いますが、町とはかかわりのうすいスラムの新参者にするのですよ」

 男がそう言うと白いローブの人物は一礼し、すぐに部屋から退出していく──が、それを男が「そうだ──」と引き留めた。

 男は言葉を続ける。

「例のキノコも採取してきてください。アレもそろそろなくなりそうです」

 白いローブの人物はかたしに振り返りながらその言葉を聞き、軽く頷くと部屋から出ていった。

「……」

 またその部屋にせいじやくが戻ってくる。

 ランプの中でジジッと油がねる音だけが響く。

 男は立ち上がり、ランプの火をき消してじゆもんえいしようした。

「光よ、我が道を照らせ《光源》」

 魔法の光が宙にい、部屋全体を明るく照らす。

 男は白いローブの人物とは違う扉から出ていき、光源の光の玉と共に消えていった。

 今度こそ、その部屋は沈黙と暗闇を取り戻した。


◆    ◆    ◆



閑話 密談



 大きくごうな会議室の中、これまた大きく長いじゆうこうなテーブルの一席に男が座っている。

 その男は上質そうなコートを身にまとい、ゆうにお茶を飲みながら誰かを待っていた。

 暫くすると大きな扉がコンコンとノックされ、大きな男が入ってくる。

 その男はこしに立派なけんを差し、背中に上質な布で作られたマントをなびかせ、その大きくきんこつりゆう

りゆうな体で周囲を制するように力強く歩いて、座っている男の反対側の席に着いた。

「待たせたな、ないきよう殿どの

「こちらも来たばかりですよ、将軍閣下」

 おたがいありきたりなあいさつもそこそこに、すぐに本題に入っていく。

「王太子殿下がまたやらかしたそうだな」

「えぇ……本当に頭が痛いことです」

 ラディン商会による鉱石の買い取り延期の許可。

 国営事業として国の財政を支えている鉱石のはんばいを延期するという暴挙により国の財政はひつぱくしていた。

 そして鉱山の停止により鉱石の在庫は積み上がり、多くの失業者が生まれたことで国の経済はどん底状態である。

「それを追認した公爵閣下も、また問題であるな」

おう殿下の兄で王太子殿下のという立場を最大限活用されているようで……。大方、ラディン商会と裏で色々とあったのでしょう」

 重大な問題が起こっているというのに二人の顔には切迫したあせりの色はない。むしろ二人共にゆうすら見える。

「だが、その状況も、やりようによっては上手く使える、か」

「えぇ、その通りです」

 二人は顔を見合わせ、口のはしり上げた。

 内務卿は言葉を続ける。

「減った予算は増税で補いましょう。そして争いの空気を演出することで……金属の需要を高める」

「うむ。古来、金属の価格が高まるのは戦時であるからな」

「そうすれば鉱山が再開されないじゆは回復し、軍の重要性が見直されて──」

「軍事費増強案が通りやすくなる、か」

「いいえ、通してみせますよ。将軍閣下にご協力いただけるなら、ですが」

 二人はまた口の端を吊り上げる。

「問題はどこに火種を作るか、だが……」

「今は万が一にでも外に敵は作りたくありませんよ」

「分かっているとも。つつくのは内部……サリオール伯爵領にする。最近、あそこの村でラディン商会が食料の買い取りに失敗してな。これは明確な反逆こうだろう?」

「なるほど……それなら軍を動かす名分も立ちましょう。そのうえ……食料不足の今ラディン商会が得るはずだった食料を別の商会に流してやればラディン商会を弱体化させることが出来、ひいてはそれをする公爵閣下のばつを弱体化させられると」

「うむ。一石二鳥というヤツだな」

「それに──」

 内務卿は将軍の言葉にかぶせるように言葉を続けた。

「その流してやる商会を将軍閣下と近しい商会にすれば、将軍閣下のふところも大層温かくなるのでしょうね。一石三鳥とでも言うのでしょうか」

「うん? ……まぁ、そういうこともあるかもしれんな」

 二人は顔だけで笑い、相手の目を強く見つめ合う。

「ところで、サリオール伯爵が今回の作戦の後にも事を起こさないと将軍閣下は確信されておられるのですか?」

「ん? あぁ、アレは起こさぬだろう。あの家には昔からそんな度胸などない。それが出来るのなら我が国へのへいごうなど許さず戦い、とっくの昔にほろぼされていただろう」

「なるほど……」

「それに、サリオールの子もまだ学院にいるのだろう?」

「えぇ、ざいせきしてますね」

ひとじちがいて反旗をひるがえせるようなばんゆうなど、あの家の者は持ち合わせておらんわ。せいぜいかんの意を伝える手紙が届いて終わりよ!」

 将軍は小さく笑った。

「それにだ。仮にサリオール家が反旗を翻したとして、それがなんだ。しよせん田舎いなか貴族。物の数ではない! 王都にちゆうりゆうするだんだけでひねつぶしてくれるわ!」

 そう言ってごうかいに笑う将軍に対し、内務卿は『その田舎貴族に食料の大部分をたよっているのが我が国なのだがな』と思いながら、小さく「それはたのもしいですね……」と返した。

「……後は、王太子殿下をつついてみるのもおもしろいかもしれませんね」

「ほう?」

き付けてやればめ事を起こして火種を少し大きくしてくれるかもしれません」

「確かに、面白いかもしれんな」

 そうして二人の密談は続き、作戦の細部が詰められていった。

「それでは将軍閣下、計画通りよろしくお願いしますよ」

「あぁ、内務卿殿も軍事費増強の件、期待しているからな」

 二人は固くあくしゆわす。そして並んで部屋から出ていくのだった。


◆    ◆    ◆



閑話 酒場の三人



「最近、どうだ?」

「聞くなよ、そんなもん。分かるだろ」

 酒場のかたすみで気のけたラガーをチビチビとめるように飲んでいた男らが話をしていた。

「鉱山が止まってから客も減っちまったしよ」

「そこに増税だもんな」

「なに考えてんだ! って話だよな」

 一人が熱くなって勢いでテーブルを叩く。

 すると近くを歩いていた女性のホールスタッフがいつかつした。

「ちょっと! 暴れるんなら叩き出すからね!」

「わ、悪かったよジニー……」

 男は、今度は小さくなり、ラガーに口をつけてごまかした。

「まったく……カップ一杯で長居するのを大目に見てあげるのはウチくらいなんだからね。たまにはもう少し注文してよ」

「感謝してるって。な?」

「あぁ、勿論だ!」

「聖なる白馬ていはこの町最高の店だぜ!」

 そう言って男らはまたエールをチビチビ舐める。

「はぁ……まったく」

「それぐらいにしとけ、ジニー」

「お父さん……」

「今日も寄らせてもらってます! ブライドンさん!」

 ブライドンは手に持っていた皿を男らのテーブルに置いた。

「俺からのおごりだ。残り物だがよ」

「マジっすか! いただきます!」

流石さすが、ブライドンさんっす!」

うまい!」

 男らはモグモグとすごい勢いで食べていく。

 さっきまでチビチビ飲んでいたのとは別人のようだ。

「もう……そこまでしなくていいのに」

「ジニーのおさなじみなんだ、大事にしないとな」

 大きな町では区画ごとに同年代の子供が集まるようになり、必然的に仲良くなっていく。

 そうして誰もが大人になっていき、地域に仲間意識と団結力が育まれていくのだ。

「それに困った時はお互い様だろ? こいつらだって好きでこうしてるわけじゃない。このきようで家業がかたむいて仕事がないからこうしてるだけだ」

「それは、分かってるけど……」

「まぁ聞け。この『聖なる白馬亭』はな、聖女ステラ様とその愛馬のユニコーンにあやかって付けられた名前だ。聖女様のようには無理かもしれねぇが、人々に希望をあたえられるような店にしたいという意味が込められているんだぜ」

「もう……それは何度も聞いたし」

「そうだったな……。でもよ、一皿のくしきで人々に希望を与えられるなら、安いモンだと思わねぇか?」

 となりでモグモグ食べてた男らが「確かに希望はもらいましたぜ!」とか「希望GETだぜ!」とか「ヒャッハー!」とか叫んでいる。

 しかしジニーがキッと睨むとスッと大人しくなった。

「確かに、そう、かもね」

「だろ? 希望なんて案外そこらに転がってるもんなんだぜ」

 希望とは、たとえそれが小さくても、あるのとないのとでは大違いなのだ。

 ブライドンはそれをむすめに覚えておいてもらいたかった。

 自分の後をぐであろう娘に、その『聖なる白馬亭』の理念だけは受け継いでもらいたかった。

「ブライドンさん、お客さんが来てますよ」

「あぁ、今行く」

 宿の店番をしていた店員に呼ばれ、ブライドンは宿の入り口に向かっていく。

 それを見送り、ジニーは少し考えていた。

「人々の希望、ユニコーンか……」

 自分にも、そんな希望を与えられるような店が作れるだろうか。

 不安に思いながらトレーをきしめる。しかし答えは出てこない。

「おっ? どうした?」

「ハグの練習か?」

「えっ! ジニー、もしかして好きな人でも出来たのか?」

 相変わらず隣の幼馴染らは口が減らず、ジニーはトレーを振り上げたのだった。


◆    ◆    ◆



閑話 ふん



「大変ですっ!」

 一人の秘書見習いが伯爵のいるしつしつの扉を勢いよく開け、息を切らしながら部屋の中に飛び込んできた。

「ノックもせずに無礼ですよ」

「す、すみません! でも、それどころじゃないんです!」

 執事長におこられあやまりながらもひるまず、手に持ったクシャクシャな手紙をおのれの主がいる執務机の上に置いた。

「手紙もこんなにヨレて……こんなモノを伯爵様に出すなど──」

「まぁよい、執事長。それで、なにがあった?」

 伯爵は秘書見習いにたずねながらクシャクシャな手紙のふうを小さなナイフで切った。

「はいっ! 伝令の者が申すには、昨日、コット村が襲撃を受けました!」

「なんですと!」

 執事長は驚きの声をあげ、伯爵の方を見る。

 伯爵はクシャクシャになった手紙を読みながら、静かに「続けろ」と言った。

「はいっ! おそったのは所属不明の国軍、とのこと……」

「所属不明ですと? 誰の軍がやったのかつかませないつもりですか……」

「……」

 伯爵は無言で前を向いたまま、手紙を執事長の方に差し出した。

「失礼……」

 執事長は手紙を受け取って中を確認していく。

 届けられた手紙は二枚あり、一枚目にはがい状況が記されていた。

 執事長の顔がくもる。

 死者数名。負傷者多数。家屋とうかいにより村はかいめつ状態。そして村長死亡によりむすあとを継いだ、と。

 続く二枚目。

「こちらは、ひつせきが違いますな」

「あぁ、コット村の村長……今は前村長の字だろう」

 伯爵はそう言ってうつむき、まるでざんでもするように組んだ指に額をのせる。

 二枚目の手紙の内容はかくと謝罪。さながらそれは遺書と呼んでもおかしくないモノだった。

 その内容を要約すると以下になる。

 王都の者にあなどられるのはまんしよう。しかしサリオール伯爵様のご息女に対する仕打ちは到底、許せるモノではない。よって『ささやかなこうの意』を表すことにした。が、それによって今回の事態を招いたのは全て自身の責任であり、サリオール伯爵様と全ての村民に対し、最後まで先頭に立って戦うことで謝罪としたい。

 そしてサリオール伯爵に対しての『後のことはよろしくお願いいたします』という言葉で手紙はめられていた。

 手紙を読み終わった伯爵はイスの背もたれに体を預ける。

「あいつとは、学院でいつしよだった」

 サリオール伯爵はそうつぶやくように発した。

ねんれいはあいつの方が上だったが、気が合ってな。昔はよく話したもんだ」

「平民ながら学院に行くとは、さぞゆうしゆうだったのでしょうな」

「あぁ、私のみぎうでにするつもりだったが、家を継いでコット村の村長になってしまってな」

 サリオール伯爵は立ち上がり、窓の方を向いた。

 外はまだ雪景色が残っているが奥に見える大通りには人が行きっていて、そこには日常があった。

 伯爵は語り始める。

「私がじよくされることはよい。それは耳をふさいで聞かなかったことにしてやろう。我が娘がないがしろにされひどい仕打ちを受けても、それはサリオール家に生まれた者の務め。たみあんねいのためならなみだんで目をつむろう。サリオール家がめいを着せられたとしても、口を閉ざし笑ってやろう」

 サリオール伯爵の手は力強くにぎりしめられ、小刻みに震えている。

 そして振り向き、高らかに叫ぶ。

「しかしやつらは我が領民に手を出した! それは絶対に! 絶対に許しはしない!」

 執事長、秘書見習い、護衛の従士、メイド。その場にいた全ての人がその言葉に頷いた。

「コット村にきゆうえんを送れ! 準備出来だいすぐにしゆつたつせよ!」

「分かりました!」

 秘書見習いがれい欠片かけらもなく部屋からすっ飛んでいった。

「それから……領内の全軍を、集結させろ!」

「はい」

 執事長は一礼し、すぐに部屋の外に向かおうとする。

 伯爵の顔には怒りと様々な感情が浮かんでは消える。

 憤怒一色から始まったその感情はいくつかの異なる感情を経てわずかな『迷い』という感情を呼び起こし、扉の向こうに消えていこうとする背中を呼び止めた。

「執事長──」

 その言葉をさえぎるように、執事長は「伯爵様」と言った。

 執事長は扉の前で振り返る。

「伯爵様のご決断。そしてコット村前村長の行動につきましても、この領内に批判するようなやからは一人もおりませぬ。我らサリオールの民も、そろそろ我慢の限界という言葉が頭にチラつくようになっておりましてな」

「そう、か……」

 伯爵はばしかけてた手を下ろし、静かに執事長を見た。

 執事長はそれを真正面から受け止める。

「あなたは我々サリオールの民の柱。そしてお嬢様はサリオールの民の宝です。それを傷付けようとする者を黙って見過ごすような者はサリオールの民にはおりませぬ!」

 いつも冷静な執事長がオーガのような顔をり付け叫び、護衛の従士すらされてしまう。

 執事長は言葉を続ける。

「伯爵様、思うがままにお進みください。我々も共に進みますぞ」

 執事長は一礼し、部屋から退出していった。

 沈黙が部屋中を包む。しかし熱気は残ったまま。

 部屋の外ではあわただしく人々が走り回る音が聞こえる。

 もう暫くすれば町の住人にも話が伝わり、町中が慌ただしくなるのかもしれない。

 伯爵は大きく深呼吸し、ガッと目を見開いた。

「私のよろいと剣を準備しろ!」

「はい!」

 メイドが部屋の外に走っていく。

 それを見送ってから伯爵は次の指令を出す。

かん中の『ねずみ』を全てらえよ。一ぴきのがすな」

「はっ!」

 従士が部屋の外に出ていき、一人になった部屋で伯爵は呟く。

「はやまりおって……」

 伯爵はしばし昔を思い出しながら外の景色を眺めた。


◆    ◆    ◆



閑話 こんやくされて追放されましたが、なぜか聖女と呼ばれてます

~回復魔法が凄すぎて人生変わりました~



「よいしょっと!」

 エレナは干し肉の入ったふくろを持ち上げ、なべの横のテーブルに置いた。

「聖女様、そんな雑用はしなくても大丈夫ですよ!」

「あの、何度も言っていますが、私は聖女様ではないですからね!」

 そう言ってエレナはき出しの準備を続けていく。

 もう何度も行っている炊き出しなので、エレナも慣れたものだ。

「エレナ、そろそろ」

「あっ! そうだったね」

 マリーサに呼ばれ、スラムの住人が集まっている方に行く。

 そして深呼吸して、声を張り上げた。

「それではをしている方、集まってくださ~い」

 炊き出しの時、エレナはいつもりようを行っていた。

 貧しい人でも怪我を治せるように、無料でだ。

「聖女様! お願いします!」

「この子、昨日から調子が悪くて──」

「俺は足を怪我しちまってさ……」

 続々と集まってくる怪我人をマリーサが一列に並べていく。

「私は聖女様ではないですよ!」

「ちゃんと並んでくれ! でないと治療出来ないぞ!」

 なぜか最近『聖女様』と呼ばれるようになってしまったけど、本人としてはおそれ多いしこんわくするだけだ。何度もていせいしているけど誰も聞き入れてくれなくて、エレナも半分諦めている状態。

 エレナは小さく「よしっ!」と呟き、自分に気合いを入れる。

 いつもはかのじよの先生が一緒に治療してくれて、彼女が治せないような大きな怪我をしたかんじやも彼が治してくれていた。でも、今日は一人で全ての患者をなければならない。先生は別の仕事で来られなかったからだ。

「しっかりしないと、ね……」

 少しきんちようしながらも順番に治療していく。

 一人、二人、三人。列は長く、まだまだ終わらない。

 ちゆう、炊き出しのスープが完成しても、エレナは魔力ポーションを飲みながら治療し続けた。

「エレナ、そろそろきゆうけいしよう」

 マリーサが良いタイミングで休憩を入れる。

 エレナは額にあせを浮かべ、その顔にはろうの色が見えていた。

「……うん」

「悪いが暫く休憩する。少しこのまま待っていてくれ」

 マリーサがエレナを仮設テントの方に連れて行こうとする。

 やはり一人でこの全ての患者を診るのは難しかったのかもしれない。

 思い返してみると、いつもは先生が治療の大部分を引き受けてくれていた。だからこそ、この炊き出しでの無料しんりようが成り立っていた。そのことを改めて思い知らされ、エレナはちょっぴり落ち込んだ。でも──

「うん! よしっ!」

「エレナ?」

 それでもすぐに切りえ、前を向く。

 これが最近、エレナが大きく変わったところだった。

 以前のように後ろ向きで、すぐにマイナス思考になるのではなく、とにかくがんって一生けんめいに前を向こうとする姿勢。それはエレナが先生とのしゆぎようによって得た変化だった。

 その変化に気付き、マリーサは「フフッ」と笑う。

「どうしたの?」

「いや……。エレナは変わったな、と思ってね」

 それも、良い方向に。

 最初は若すぎるし少しあやしいと思ったけど、エレナの先生はエレナにキッチリと回復魔法を覚えさせ、こうしてエレナを変えた。もう、認めるしかない。

 マリーサは自身もしっかりと前を向き、未来を考えようと思った。

 しかし、そんな彼女らに、あまり聞きたくない声が近づいてきたのだ。

じやだ! どけっ!」

「道を開けろ!」

 冒険者にしては上品な鎧を着た男らがスラムの住人らをらしてエレナに近づいてくる。

 マリーサはエレナの前に立ち、険しい顔を見せる。

 周囲の人々は困惑の表情を浮かべながら見守っている。

「久し振りだな、エレナ。……いや、エレナリア・サリオール」

 そうして現れた男の顔を見て、エレナの顔が曇る。

「イラ様……」

 同じ学院の生徒であり、元のパーティメンバーでもあり、エレナのかつての婚約者で、それを破棄した男。

 その周囲には、いつもの取り巻きと、スミカと名乗ったいつぞやの少女もいた。

 エレナの顔はこわり、マリーサの服のすそを握りしめている。

 そのエレナの昔のくせを背中に感じ、マリーサはエレナを守るためにもう半歩、前に出た。

「最近、派手にやってるそうだな」

「……どういうことでしょう」

 質問のような言葉にエレナはしんちように答える。

「聖女だなんだと名乗り、こうやってひんみん共にほどこしを与えているのだろう?」

「……聖女と名乗ってはおりません」

「おいおい、とぼけるなよ。お前が聖女と呼ばれて調子に乗っていることぐらい、調べがついてるんだぜ」

「そんなことは──」

 取り巻きAの言葉にエレナが反論しようとした言葉を遮りながらイラが言葉を放つ。

「まぁそれはどうでもいい。とにかくその力、我々が上手く使用してやることにした。ついてこい」

「ど、どういうことです?」

 エレナが困惑の表情を浮かべている間に取り巻きの一人がえんりよにズカズカと近寄ってきてエレナの腕を摑んだ。

「痛ッ!」

「おいっ! 止めろ! どういうことだ」

 マリーサが剣を抜こうとするのをエレナが押しとどめる。

「どうもこうもない。お前とまた婚約するなどお断りだが、その力は使ってやるというのだ。行くぞ」

 イラがそう言うと、エレナの腕を摑んでいた取り巻きがグイッと遠慮なくエレナの腕を引っ張り、ごういんに連れて行こうとする。

 無理に引っ張られたエレナが痛みで顔をゆがめる。

 異様な光景に周囲の人々は理解が追いつかない。

 そんな中、その無茶苦茶なやり方に我慢の限界に達したマリーサが怒りの表情で剣のロックを親指でピンッと外す。そして覚悟を決めた。

 ここで剣を抜けば、しゆうなら一人は斬れる。二人目もいけるかもしれない。しかし三人目は分からない。四人目については絶望的だ。

 そして仮に全てが上手くいったとしても、ここで剣を抜けば──死はまぬがれない。

 ここで剣を抜けば間違いなく重罪人になる。上手くこの場を逃れても、いずれどこかでしよけいされることになるだろう。しかしそれでも、ここで引くわけにはいかなかった。

 ここでエレナをわたしてしまえば、どんな扱いをされるか分からない。

 マリーサは昔のおくを走馬灯のように思い出していく。

 子供の頃、初めてエレナに会った日のこと。最初は彼女の年の近い友人としてあてがわれたが、いつしかエレナのことを本気で守りたいと思うようになり、魔法の才能がなかったので剣の道に入ることにした。執事の子が剣の道に進むことを両親は反対したけど、マリーサは絶対にゆずらなかった。

 そして心配しながらも応援してくれたエレナの顔。二人で一緒に祝った誕生日。学院で無二の親友を見付けたというエレナの父の言葉を聞き、二人で学院に夢をいだいていたあの頃。……学院での絶望感。

 もう二度とエレナにはあんな顔はさせないとちかったのに、今ここでその顔と震える手を見ているなさ。

 全てのおもいを胸にめ、マリーサはカッと目を見開く。

 そしてエレナとその家族にるいが及ばないよういのりながら右手に全力で力を込めた。

 次のしゆんかん──

「気安く聖女様に触ってんじゃ! ねぇぞ!」

 横から飛び込んできた男がエレナを摑んでいる取り巻きをぶん殴った。

 ほうり出されて体勢をくずしたエレナをマリーサが慌てて引き寄せる。

「俺はこの足を聖女様に治してもらったおかげで今がある。どこぞのえらいさんのクソボンボンかは知らないが、聖女様に乱暴するヤツはこの俺が許さんからな!」

「あなたは……」

 エレナはその男になんとなく見覚えがあった。

 その男はエレナが炊き出しを始めて最初に治療した冒険者だった。

 ただ、この場にエレナの先生がいたのなら『いや、あの怪我はエレナでは治せなかったからぼくが治したよね!?』とするどいツッコミを入れたはずだが、この場にはそんな空気の読めない男はいなかったので話はそのまま進んでいく。

「そうだ! 聖女様になにしやがる!」

「ふざけんじゃないわよ!」

「とっととせやがれ!」

 固まっていた周囲の人々も男の勇気に動かされたのか、口々にせいを浴びせていった。

 その勢いに取り巻きらが少し怯んで後退する。が、勢い付く人々を黙らせる男がいた。

「お前ら……俺様を誰だと思っている! 俺はこの国の王太子、イラジャイ・ソルマズだぞ!」

 イラが苛立ちながらそう言った瞬間、周囲の人々にどうようが走る。

「王太子……」

「王太子って本当なのか……?」

「お、おい。どうすんだ?」

 人々にさきほどまでの勢いは消え失せていく。

「まったく、このいやしい貧民共が……。おいっ! ざわりだ、殺せ」

「はっ!」

 イラの後ろにひかえていた護衛が剣を抜き、取り巻きを殴った冒険者に斬りかかった。

「は?」

 飛び散るせんけつたおれていく体。

 彼は剣を抜く間もなくけに斬り捨てられた。

「俺に逆らい、貴族に暴行を加えた罪をその命でつぐなえ」

「あぁ!」

 エレナが倒れた冒険者にけ寄り、両手をかざす。

「今治しますから! 光よ、やせ《ヒール》」

「聖女……様……」

 冒険者はゴプリと黒い血を吐き、手を震わせる。

「どうして!? どうしてこんなことを! 彼だってあなたの──この国の民ではないですか!」

 エレナは叫んだ。

「民、だと? こいつらがか?」

 イラはのどの奥でククッと笑う。

「こんなめに住むゴミなど税金もはらいやしない役立たずの虫けらだろう? 民などではないわ!」

「そんな!」

 その言葉に多くの人々が俯き、体を震わせた。

 それは怒りから来る震えなのか。それともきようなのか、情けなさなのか。分からないが、誰もその場を動けなかった。

「傷が塞がらない! どうして!?

 エレナは涙を浮かべながら懸命に治療しようとする。

 しかし、残念ながらその傷はエレナの魔法で治せるモノではなかったのだ。

 それでもエレナは一生懸命、治療しようとする。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 エレナは懺悔をするように、おおつぶの涙を流しながら治療を続ける。

「聖女、様……いいんだ……もう、いいんだ……」

「よくない! よくないよ! お願い! 治って!」

 エレナのけんめいな治療にもかかわらず、男の動きは次第ににぶっていく。

「茶番はもういいだろ。おいっ! 早く来い!」

「とっとと立てよ!」

 取り巻きがまたエレナの腕を摑もうとした時、今度こそマリーサは覚悟の剣を抜き放ち、切っ先を取り巻きに向けた。

「いい加減にしろ! エレナはどこにも行かん! お前達の好き勝手にはさせんぞ!」

「マリーサ! !」

 エレナが止めようとするが、もうおそい。

 王族に剣を向けた以上、マリーサのしよばつは免れないのだ。

「ほう……貴様、俺に剣を向けることがどういうことか、分かっているんだろうな! 国家反逆罪だぞ!」

 国家反逆罪。その言葉に周囲の人々に動揺が走る。

 しかしマリーサは覚悟を決めた顔でまっすぐに前を見る。

「だったらどうした! ここで主を守れなければ、騎士失格だ!」

 そして友達としても失格だ、とマリーサは強く思った。

 マリーサは言葉を続ける。

「ここで諦めたら、一生エレナの顔をまっすぐに見られなくなるんだよ!」

 マリーサのその叫びに、周囲の民衆の中にも顔色を変える者達がいた。

 いつもは聖女聖女と呼んでいたのに、ここでなにもせずに見過ごしたら次にエレナと会った時その顔をマトモに見られるのかと。

 そんな彼らのかつとうに、マリーサと護衛のせんとうが始まる。

 護衛の剣を受け、流し、け、反撃する。

 それはじんのような強さで、学院の生徒のレベルでは到底なく、一流の剣士の剣だった。

 しかし、王太子であるイラの護衛とは近衛このえ騎士団の一員であり、近衛騎士団とは王国一のを集めた集団である。いくら学院で優秀であっても、そもそも学院の生徒と近衛騎士団では格が違いすぎたのだ。

 次第にマリーサの体に傷が増え始め、押されていき、剣をさばききれなくなってきて──

「ぐふっ……」

 マリーサの胸に剣が吸い込まれた。

「マリーサ!」

 マリーサの耳にエレナの叫び声だけが響く。

 剣が引き抜かれ、マリーサはゆっくりと後ろに倒れていく。

 世界がスローモーションになっていく。

 そんなゆったりとした世界の中で目のはしに映るエレナを見て、マリーサは自分が『守れなかった』ことを思い知る。

「あぁ……」

 その絶望感がけんたい感によって打ち消されていく。

 生ぬるい安らぎ。

 体から力が抜け、そのままエレナの腕の中に飛び込み、その温かさを知る。

「駄目! 駄目だよ! マリーサ! 光よ、癒やせ《ヒール》」

 しかしマリーサを貫いた深い傷は治らない。

 ヒールにはそこまでの能力はない。

 必死に治療しながら、腕の中でゆっくりかんしていくマリーサを感じ、エレナは絶望の足音を聞く。

「なんだ、それも治せないのか。聖女などと呼ばれているのに使えんな。やはり無能は無能。我々には必要ない、か」

「だから私は最初からそう言っているじゃないですかぁ」

 スミカがイラにしなだれかかりながら言う。

「そうだったな。内務卿が聖女だなんだと言うから来てみたが、とんだあしだ」

「もう帰りましょう。私、そろそろお茶にしたいです!」

「そうだな」

 一行は何事もなかったかのようにきびすを返す。そしてティータイムをいろどちやの話題について語っている。

 しかしエレナはそれどころではなかった。ただただ必死にヒールをかけ続ける。

「あぁ……駄目だよ……」

 大粒の涙を流し続けながら、必死に、必死にマリーサを治そうとする。

 エレナにとっては最初の友達で、一番の親友。失うわけにはいかない大切な人。

 しかし、治らない。治せない。エレナでは、治せない。

 こんな時に先生がいたら治せたのだろうか、とエレナは思う。でも、先生はここにはいない。今は自分でなんとかするしかない。

「マリーサ! お願い! マリーサ!」

 エレナの叫び声が響く。

 その声に一人の男が顔を上げる。

「ふ、ふざけ、るなよ!」

 男は民衆の中から一歩二歩と進み出て腰の剣に手を伸ばす。

「なにが王太子だ! 聖女様にこんな酷い仕打ちをしやがって! ここで黙ってちゃ一生お日様の下を歩けねぇ! 仲間や娘に合わせる顔がねぇんだよ!」

 そう言って剣を抜き放ち、切っ先を王太子に向けた。

 すると、それに続く者が現れる。

「……そうだ、な。このままお前らをタダで返しちゃ、俺は一生こうかいする。そんなのはごめんだぜ!」

「あぁ、ここでなにもしなきゃ男がすたるってもんよ!」

「ゴミだの虫けらだの好き勝手言いやがって! お前らなんぞが治める国なんざ、こっちから願い下げだ!」

 一人の男の言葉が伝染していき、大きなうねりになっていく。

 やがてそれが群衆ぜんぱんに伝染し、スラムの住人だけでなくさわぎを聞きつけて遠巻きに集まってきていた町の住人にも広がっていく。

 これまでの国に対する不満が、出口を見付けたかのように口から飛び出してくる。

「お前らが増税したせいで、うちの店は……」

「こんな不景気なのに、のんきにお茶だと? ふざけやがって!」

「俺は知ってるぜ! ラディン商会から金貰って鉱山を止めたのはこの王太子だってな!」

「それは本当か!?

 人々の敵意が広まって、王太子一行を包んでいく。

 そのふんに少し圧され、イラはり声を上げた。

「黙れ下民が! お前ら一族ろうとう、国家反逆罪でけいにされたいのか!」

 護衛が一気にばつけんし、イラを囲むように広がって民衆に剣を向けた。

 それに民衆がたじろいで半歩下がり、こうちやく状態が生まれる。

「どいつもこいつも国に逆らいやがって! おいっ! 見せしめに数人殺せ!」

 その言葉で護衛が前に出てターゲットを探し、一人の女性の前に進み出た。

 それは、エレナと一緒に炊き出しに協力していた女性だった。

「な、なんだい! 私を殺そうってのかい!」

 女性は持っていた料理用のこんぼうをギュッと握りしめ、剣のように前に出した。

「女だからって舐めんじゃないよ! こちとら人生のいもあまいも経験してるんだい! 人の後ろに隠れるしか能のないそこのボンクラより度胸はあるんだからね!」

 女性はそう言いながらシュッシュッとスイングをし、王太子を睨む。

「なんだと! 王族じよくざいだ! そいつを殺せ!」

「はっ!」

 護衛が剣を振り上げる。

 周囲の誰もが息を吞んだ。

 そして剣が振り下ろされようとした瞬間──せきが起きた。

「ん?」

 どこからともなく聞こえてくる馬のひづめの音。

 そうして民衆や建物を飛び越え、白いかげが舞い降りた。

「あれは!」

「ユ、ユニコーン……」

「ユニコーンだ! ユニコーンが現れた!」

 白い体に額から一本の角を生やした馬、ユニコーン。それが民衆の真ん中に降り立ち、エレナの顔を見つめていた。

「ユニコーン……」

 エレナはその名を呼ぶ。

 ユニコーンはエレナの方に近づいていき、エレナに顔を寄せる。

「お願い、ユニコーン! 助けて! お願い……」

「……」

 エレナは大粒の涙を流し続けながらすがるように頭を下げた。

 ユニコーンはなにも言わずにそれを聞き、頭を落として角をマリーサの方に向けた。

 次の瞬間、暖かい光が角から発せられ、マリーサの体を包んでいく。

 すると青白くなってきていたマリーサの顔に赤みが戻り、マリーサが「ゴホッ、ゴホッ」とせきをして目を覚ました。

「私は……どうして?」

 不思議そうな顔で目覚め、そうして目の前の白い馬を見て「ユニコーン……」と呟く。

 その後ろでは、最初に斬られた冒険者の男もついでに復活し、ムクリと起き上がって「ここはどこだ?」と周囲を見回している。

「マリーサ!」

「エレナ? 私は助かったのか?」

 エレナがマリーサに抱きついた。

 群衆はそれを見て言葉を失っている。

 そして、抱き合う二人とついでの男一人を見ていた人々の中から、どこからともなくポツポツとある言葉が発せられていった。

「奇跡──」

 奇跡。その言葉が群衆の中に広まるのに時間はかからなかった。

 それはどんどん広がって、やがて街中にでんしていった。

「なにをしている! ユニコーンがなんだ! 早く殺せ!」

「いや、しかし……」

 王太子一行はうちめを始める。

 この国でユニコーンとは『聖女と共にある神の使つかい』である。聖女ステラが残した伝説のおかげでこの国にはそのイメージが民衆のすみずみまでしんとうしているのだ。なのでユニコーンに剣を向けるなど不敬であり自殺行為に近かった。

「ユニコーンは聖女と共にある……」

「ユニコーンは神の御使い……」

「神のお告げ……しんたく──」

 人々の中に『神託』という言葉が広まっていく。

 止めどなく広がっていく。

 その中心であるユニコーンは、炊き出しで配られるはずだったオランの実をモグモグ食べている。

 そして一人の男が叫んだ。

「テスレイティア様は聖女様をお見捨てにはならなかった! ユニコーンをここにつかわし、我らを導いてくださっている! なにをおそれる必要があるのか!」

 群衆の中から「確かに!」とか「神のご意志だ」など男に同意する言葉が発せられる。

 男はもっと声を大きくし、叫んだ。

「天意は聖女様にある!」

 その言葉に周囲から「オォォオオオオオ!」という地響きのような声が上がる。

 周囲の誰もが武器を取り、武器がない者は石でも鍋でも丸太でも手近な物を摑み頭上にかかげて叫んだ。

「聖女様を守れ! 神は我らにお味方くださる!」

「王太子を叩き潰せ! 絶対に許すな!」

「全員、俺に続け! 突っ込めぇぇぇ!

「オォォォォォ!

 地響きのような音と共に群衆が鬼神のように突っ込んでいく。

 その姿は圧巻で、その場にいた誰しもが血湧き肉おどった。

「殿下! ここはもうちません! いつたん、王城へ退たいきやくしましょう!」

「なにを言っている! 下民ごとき全員りにしろ!」

「無理です! 数が違いすぎる!」

 護衛の一人が王太子を引っ摑み、剣を振り回してとつこうを作り城の方に退却していった。


◆    ◆    ◆



閑話 教会の不正



 地下にある部屋の中、ステラ教会の司祭であるサディクは、立ったまま机の上にある書類をアレコレさぐり、そのおぞましき内容を確かめていた。

「なんと……」

 サディクはほんだなにあった本もばやくめくり、その内容をざっと読み取っていく。

 読めば読むほどサディクの顔は険しくなっていき、その内容が好ましいモノではないと見て取れた。

 そうしている内、部屋の外でコツコツと足音が響いてきて、それが扉の前で止まる。そしてギイィと音を立てて扉が開いた。

「……」

 扉を開けたのはローブで全身をおおった仮面の人物。

 その仮面の人物は部屋の中にいたサディクに気付くなりつえを構えて戦闘態勢を取る。

 しかしそれに動じず、サディクは本を読みながら口を開いた。

「まさか大教会の地下でこんな実験をしているとは……想像すら出来なかった」

「……どうしてここにいる」

 仮面の人物が低くくぐもった声で問う。

「私もかつてはこの大教会でそれなりの役職を持っていた身。地下の隠し通路ぐらいあくしておるよ」

「……なぜ気付いた」

 仮面の男は部屋の中に一歩み込みながらまた問う。

「相変わらず質問が多い男だ……。そうだろう? メンデス。いや、今はメンデス教会長と呼ぶべきですかな」

「……」

 メンデスと呼ばれた男は暫く沈黙した後、ゆっくりと仮面を外した。

「久し振りだな」

「えぇ。こんな形で再会するとは思いもしなかったがね」

 サディクは本を閉じ、それを机に置いた。そして言葉を続ける。

「我々は時に忘れそうになる……神からいただいたおんちようをね。そうは思わんか?」

「……」

 サディクはてんじよう付近にゆうしていた光源の魔法の玉を降下させ、右手の上に移動させる。

「我々、教会に属する者は当たり前に使っているこの光源の魔法も一般社会では使える者が少ない、それなりに珍しいモノなのだ。我々はこれが当たり前すぎて時にそのことを忘れてしまう」

「……なにが言いたい」

「見た者がいるのだよ。仮面の怪しい人物が色々と動いているのをね。そしてその怪しい者達は光源の魔法を当然のように使っていたという。いくつか証言を得たが、みなが口をそろえてそう言うのだよ」

「……」

「私は光属性持ちが集まる場所を一つしか知らない。そして、そんな人らが人知れずわるだくみをするとしたらこの地下の隠し通路しかないと考え、ここに来てみた。それだけのことだよ」

「そうか……」

 サディクは光源の魔法の玉を天井に戻し、メンデスに向き直る。

「さて、そろそろこちらの質問に答えてもらう番だろう」

 サディクは一冊の本を机から取り、それをメンデスに見えるように持った。

「人造聖女計画……。これはなんだ?」

「……」

「人には聞くだけ聞いて、自分は答えないつもりか?」

 メンデスは息を吐き、持っている杖の石突で地面をカツンと突いた。

 そしてせきを切ったようにしやべり始める。

「聖女ステラのい立ちはとくしゆだった。スラムに生まれ落ち、ごくひんの中で育ち、いつの間にか強大な力を持ち、人には成し得ないような功績を上げ、気が付けば聖女としてかくせいされていた。そんなことはほとんど後世には伝えられておらず、口伝やこういった禁書にしか残されていないがな」

 メンデスは近くにある本棚を指し示した。

「私は考えたのだ。もし、聖女ステラの覚醒がその特殊な生い立ちにより成されたモノだとしたら、とな」

「バカなことを……。そのようなこと、あろうはずもない」

「本当にそうかな?」

 メンデスは部屋の中を進み、サディクの横を通り過ぎて部屋の奥にある扉の前に立った。

「聖女ステラが幼少期に毎日のように食べていたモノがある。それはこの地では安価で手に入り腹を満たせるが、軽度の毒性があり食べ過ぎると精神に異常をきたす。だが、それを大量に食べ続けていたはずの聖女ステラに異常は見られない。私はそこに秘密があるのではないかと考えた」

 メンデスは扉を開き、中をサディクに見せる。

「そして長い実験の結果、私は見付けたのだ。クラクラだけの中に回復魔法の効果を増強出来る成分があることをな!」

 部屋の中にあったのは手術台のようなベッドとおり

 檻の中には生気のない顔の人間が転がっていた。

「回復魔法にえいきようする成分が出てきた以上、これは間違いなく聖女を創り出すための重要な要素の一つなのだ!」

「……お前は、なにも分かっておらんのだな」

「なに?」

 あきれたような、あわれみを帯びたような声を出したサディクにメンデスは苛立ちを覚えた。

「聖女とはそのようなモノではないのだ。回復魔法がどうとか、そういう問題ではない。あれは我々の知る回復魔法──光魔法とは完全に別物の存在。仮に一般的な回復魔法の効果を上げる効能がそれにあったとしても、そこに関連性はないのだよ……」

「なにを意味不明なことを──」

「それに、もしその話が本当だったとして、それがなんだ? このような悪事に手を染めて聖女を創り出したとて、それがなんになるのだ?」

 メンデスはあざけるように鼻で笑う。

「甘いことを……。多くの人々を救うには多少のせいが必要な場合もある。スラムの人間が多少犠牲になるだけですうこうな研究が進むなら安いモノだろう? 実際、スラムで数人消えても誰も気にしなかったしな」

「スラムの人々が消えていたのはお前のわざだったのか……」

「だとしたらどうするんだ?」

「決まっておろう。ここで止めるしかあるまい」

 サディクは持っていた杖を構える。

 それを見てメンデスは天井からぶら下がっていたひもを引っ張った。

 するとメンデスの後ろ側から仮面の男らがゾロゾロ出てきた。

 彼らはその手に様々な武器を握っている。

「私にはそれなりに賛同者がいてね。……久し振りに研究について話せて楽しかった。礼を言うぞ」

「大教会がそこまでくさっているとは……。だが、私がただ闇雲に一人で乗り込んできたと思っているのか? もう出てきていいぞ」

 サディクがそう言うと、サディクの後ろの扉から二人の人間が入ってきた。

「お前は……てつけんのフービオ、それに鮮血のブライドンか」

「教会長様に二つ名まで覚えてもらえてるとは、光栄だな」

「俺もまだまだ捨てたもんじゃねぇな!」

 冒険者ギルドのギルドマスターであるフービオと、今は宿屋のオーナーであるブライドン。冒険者は引退したがきよかんの二人が入ってくるだけであつ感が増した。

「大人しく投降しろ。痛い思いはしたくないだろう」

「お断りだ。こんなところで崇高な研究を終わらせるわけにはいかんのでな」

「そうかい。じゃあ仕方ねぇな……」

 そうして言葉のやり取りが終わり、静かに両者が戦闘態勢に入っていく。

 広くもない部屋の中でお互いがジリジリときよを詰め──げきとつした。


◆    ◆    ◆



閑話 ニック



「ふ~……今日も酒が旨い!」

 ニックは今日も冒険者ギルドにへいせつされた酒場のカウンターにじんり、しく酒を飲んでいた。

「それぐらいにしとけよ。ちょっとペースが速いぞ」

「わぁってるよ!」

 マスターの小言に返し、また「もう一杯!」と注文した。

 冬場、それなりに稼ぎが安定した冒険者は二通りの行動を取る。一つは冬場でも働ける場所を見付け、冬の仕事をこなす。もう一つが、冬場の仕事を諦めて秋にたくわえたモノで英気を養う。どちらが正しいとはいちがいには言えないが、それなりに若くて上を目指す冒険者ならどんどん功績を上げる方を選ぶ傾向にあるだろう。

 問題はそれなりにとしを食った冒険者だ。

 自分の力量や限界が見えてきて、頑張ってもがみの祝福が与えられなくなり、全てにおいてていたいしてくる。そうなると無理して頑張っても上はねらえないのだから無理はせずに安定的な仕事しかしなくなってくる。冬場なんかは余計に無理して働く気がなくなるものだし、ゆったりと一日を過ごしたりする。

 それを人は『老い』と関連付けたりもするのだが、それもまた一つの冒険者の生き方であるし、そういった冒険者にも重要な役割があったりする。

「よう! ニックのだん。今日も朝からさけびたりかい?」

「うるせぇぞぞう。一流の冒険者は冬には仕事はしないもんだ」

「ははっ! 相変わらずだな! ……実はな、最近ちょっと困ってることがあって──」

「あぁ? まぁ……それなら町の西にある──」

 若い冒険者の相談に乗る。

 誰が決めたわけでもないが、そういう役割もあるものだ。

 若い冒険者は彼らから話を聞き、成長していき。情報や経験といった形のないモノも受け継がれ、時代は続いていく。

「大変だ!」

 若い冒険者が冒険者ギルドに飛び込んできて叫んだ。

 その様子がじんじようではなく、ニックは席から立ち上がって男の方に歩み寄って話を聞く。

「どうした? けんでもあったのか?」

「そんなもんじゃねぇ! 門の……門の前で戦闘が始まってる!」

 その言葉に周囲の冒険者らがざわつき、周囲に緊張が走った。

 ニックの表情が少し曇る。

 場合によっては町中にも大きな被害が出るかもしれない。こういう場合、どう動くにしても素早く状況を判断してじんそくに次の行動の方向性を決めなければならない。

 対処出来る状況ならさつきゆうに対処した方がいいし、最悪の場合は町からげることも選択肢の一つになる。ここの判断を間違えたり遅かったりすると、この世界では生き残れないのだ。

「モンスターか? それともどっかの軍か?」

「モンスターじゃない! 貴族? かなんかが町の人間とやり合ってんだよ!」

「は?」

 ニックは状況がまったく摑めなかった。

 貴族が揉め事を起こすことはある。しかしおおそうどうに発展することはあまりない。貴族と争っても良いことはないし、どこかの段階で騒動は大きくならずに終わるモノだ。しかし今回は『戦闘』が起こっているらしい。それはまったく意味が分からない状況である。

「どれぐらいの規模だ?」

「数人とかじゃない! 一〇〇人以上は確実にいた!」

 想像以上に大きな規模に、ニックは自分では判断しきれないと考え冒険者ギルドの受付を見た。

「ギルマスはいるか?」

「昨日の夜からお戻りになってません」

「どこにいる?」

「それが、分からないのです……」

 ギルドマスターがいないと冒険者全体を動かすような決定は出来ない。

 しかし時間は待ってくれない。

 となると、今は個人でなんとか状況をきわめて立ち回るしかないだろう。

「少し様子を見てくる」

 そう言ってニックは冒険者ギルドの外に出る。

 遠くに聞こえる騒ぎの音。

 周囲は人が普通に行き交っており、まだ混乱は起こっていない。しかし遠くで聞こえるけんそうに異常さを感じたのか、いつも以上に大通りに人が集まってきていた。

 とりあえず問題の中心地に向かおうと考え門の方に行きかけた時、そのげんきようらしき集団が門の方から現れた。

 上等な胸当てや剣に身を包んだ護衛らしき男らが貴族のていらしき子らを引き連れ、時に雪に足を取られながらも道を走ってきたのだ。

「どけっ! 邪魔だ!」

「道を開けろ!」

 彼らはそう叫び、なにかをけいかいしているのか剣を振り回して進行方向の人間を近づけさせないようにしている。

 その異常とも言える警戒度合いにニックは不信感を覚えた。

 その時──

「あっ……」

 騒ぎの見物にでも来たのだろうか、路地から走ってきた子供が大通りに飛び出してしまった。

 しかも、よりによって貴族の護衛の前に。

「近づくなと言っただろうが!」

 それに気付いた護衛の男が剣を振り上げ、振り下ろそうとする。

「なっ!」

 ニックはきようがくする。

 いくら貴族が特権を持っているとはいえ、いきなり子供に斬りかかるなどなかった。しかしそれが目の前で起きようとしている。

 そのせつ、ニックの心に様々な感情がうずき、頭の中ではほうかいしたコット村の映像が再生されていた。そして、ある冒険者から聞いた言葉をチラリと思い出す。

 その瞬間にはニックの体は勝手に動いていて、これまでに感じたことのない神速で相手に接近し、らいめいのような音を発しながらかみなりのような速度で抜剣して護衛の剣を受け止めていた。

「相手は子供だぞ! いきなり斬ろうとするヤツがあるか!」

「黙れ! 逆らう気か!」

 ギリギリときしむ剣。周囲の驚きの声。

 考える前に助けてしまったものの、この先どうすればいいのかニックにも分からない状況になってしまった。

 しかも間の悪いことに王城の方から兵士達が走ってくるのが目の端に映る。

 ニックは頭の中で舌打ちをし、打開策を考えようとするも、答えは出ない。

「なんの騒ぎだ!」

「我々は王太子殿下の護衛だ! 見ての通り殿下が暴徒に襲撃されている! 今すぐに暴徒をちんあつせよ!」

「はっ!」

 ニックは最悪中の最悪の状況に頭をかかえそうになるが、生憎あいにくと両手は使用中で頭は抱えられなかった。

「王太子……ばん休す、か」

 そう呟いた後、倒れている子供に「すぐに逃げろ」と言い、覚悟を決める。そして力任せに護衛の剣をねのけた。

 王太子一行相手に剣を抜いた時点で人生はほぼ終了と言っていい。

「まったく……いつからこんな国になっちまったんだろうな?」

 をこぼしながら剣を構える。

 何年も前からずっとマズそうなところはあった国だが、ここまでは酷くはなかった。

 思い返せばアルッポのダンジョンが消滅した頃から余計におかしくなった気もする。が、いつかいの冒険者でしかないニックにはくわしい因果関係は分からない。

 兵士達がニックを囲むように配置され、異常さに気付いた町人が逃げていく。

「あ~……あれ、なんだったか。確かモモクリサン……」

 さっきの瞬間、頭に浮かんだ言葉を思い出そうとする。

 冒険者ギルドでよく話す若い冒険者から聞いた言葉だった。

 若いくせにみように落ち着いた少年で変な深い知識も多く持っており、いつもとは逆に教わることもあって妙にニックの頭の中に残っていた言葉。それは『ももくり三年かき八年』であるが。

 ニックはその言葉を完全には思い出せなかったが、意味は思い出せた。

「確か、何事も成すまでにはそれなりの時間がかかる、とかそんな話だったな」

 ニックはこの絶体絶命の中で妙に落ち着いていた。

 なんだかもう吹っ切れたのかもしれない。

「成すまでに時間がかかるのなら、早く始めなきゃいつまでも変わらん、か」

「なにを意味不明なことを!」

 襲いかかってきた兵士の剣をはじき、り飛ばす。次の兵士の剣を捌いてどうらし、また蹴り飛ばす。

ていこうするか!」

「抵抗しなきゃ殺されるんでな」

 知らなかったとはいえ、王太子に剣を向けた時点で死罪である。抵抗しないだけ損だ。

 だが、多勢に無勢。抵抗してもどれだけ意味があるのか分からない。絶望的な状況に変わりはない。

 そうこうしているとニックの後ろで剣を抜く音が聞こえた。

「まったく……見ず知らずの子供を助けるために国に喧嘩売るたぁニックの旦那らしいぜ」

「だな」

「なんだかんだでおひとしなんだよね」

 さっきまで冒険者ギルドの中にいた冒険者らが武器を取り出し、ニックの横に並び立っていた。

「おい……お前ら、勝ち目のない戦いなんだぞ!」

「まぁ、旦那には世話になったしな」

「あんたにならこの命、預けても構わねぇ」

「私も最近のこの国には我慢ならなかったんでね。もう未練はないさ!」

 冒険者ギルドの中からゾロゾロと冒険者が出てくる。

「う~い……。なんだ? ワシの誕生日パーチーか?」

 ついでにブルデンじいさんもさかびんを持ったまま出てきた。

「お、お前ら! 冒険者が国に逆らってただで済むと思っているのか!」

 守備隊の隊長が剣をニックに向けながら叫ぶ。

 それに呼応するかのようにニックも叫んだ。

「お前らはコット村でぎやくさつを行い、ここでまた住民を殺そうとした! もう、うんざりしてんだよ!」

 その言葉に事情を知っている冒険者らは頷き、詳しい事情をまだ知らない一般人は驚いた顔をする。

「虐殺だって──」

「俺も聞いた。コット村はもう壊滅状態だと」

「流石にそれは──」

 民衆の中に様々な感情が広がっていく。

 その感情は様々なモノだったが、確実に国に対してはポジティブなモノではなかった。

 すると、民衆の中から一つの声が上がる。

「俺は知ってるぞ! そこにいる王太子がラディン商会からわいを受け取って、ラディン商会が鉱石を買わなくていいようにしたんだ! だから鉱山は停止したし、だから俺達は失業したんだ!」

 どこからともなく聞こえたその言葉に民衆の心はれる。

 この町の住人なら景気が悪い理由が鉱山の停止にあることは百も承知。それは大きな問題で大変なことではあるが、詳しい事情を知ることがない一般人には天災と同じで諦めるしかないことでもあった。しかし、その元凶が目の前にいて、しかもそれが自らの私腹を肥やすために行われたとしたらどう思うか。

「王太子が賄賂を受け取った……」

「賄賂を稼ぐために鉱山を止めたのかよ」

「増税もこいつのせいじゃないか!」

 言わずもがな、その場の全ての敵意が王太子に降り注ぐ。

 それまでただのぼうかんしやだった町の住民も、今にも襲いかかりそうな空気に包まれている。

 その時、門の方から王太子を追ってきた民衆が数を増やしながらなだれ込んできた。

「いたぞ!」

「王太子だ! やっちまえ!」

「国軍がなんだ! 調子に乗るんじゃねぇぞ!」

 ニックら冒険者を囲んでいた兵らが後ずさり、その大通りは次第に国軍と民衆の二つの勢力に分かれていった。

「お。俺は知らんぞ! 知らんからな! 守備隊! 早くなんとかしろ!」

 王太子が叫び、守備隊長が慌てて陣形を組み直すが、その場の形勢は完全に逆転していた。

「全隊、鎮圧せよ!」

 次の戦いが今始まる。

 門の外で始まった小さな騒動は、こうして火種をき散らしながら国を揺るがす大騒動になったのだった。


◆    ◆    ◆



閑話 そうして伝説へ…



「あれは……どうなっている!?

 エムレ・サリオール伯爵は王都ソルマールを望むおかの上でそう叫んだ。

 王都は何故か混乱しているようで、王城からはこくえんが上がっている。

「現在、調査中ですが、何者かが王城を襲撃していると思われます」

「反乱、か」

「恐らくは」

「天は我らを見放さなかった、か……」

 サリオール伯爵は空を見上げ、目を閉じる。

 サリオール伯爵の進軍は分が悪いけだった。軍の規模は王家の方が上であるし、人質は取られているし、しろめという本来なら不利な戦いを行うわけで、良い要素なんてほぼない状態。勿論、くつがえすための策は時間をかけて準備していたのだが、それをふくめても勝率はそこまで高くはなかった。

 なのに今、天に導かれたとしか思えない好機が目の前にある。その場にいた誰しもが神の見えざる手を感じざるを得なかったのだ。

 サリオール伯爵は後ろに控える自軍を振り返り、叫ぶ。

「見よ! 天はソルマズ王家の悪政をしっかり見ておられたのだ! 天意は我らにある! 全軍、進め!」

 その言葉に全ての兵士がたけびをあげ、王都に向けて進軍していった。

 そうして王都ソルマールに様々な目的や理由で剣を取った者が集まり、それぞれの信念のために戦った。

 後の世では『革命の日』や『ソルマズの落日』などと呼ばれたその日は、ザンツ王国にとっては歴史がり替わる大きなてんかん点となったのだ。

 しかし、この日の出来事にはしんな部分が多く、後世の歴史家の中には疑問視する声も多い。

 まず『聖女』と呼ばれたエレナリア・サリオールが王都のほとんどの住民や冒険者らを味方に付け、そこに父であるサリオール伯爵をも呼び、一日で大教会を断罪し、当時の王家を壊滅させたという話は流石に盛りすぎである、というのが大多数の歴史家の意見である。

 恐らく、サリオール伯爵が娘の影響力を上手く使い、民意を得て王家を滅ぼし、その後に大教会の改革を行ったが、王位さんだつの汚名を上手く薄めるために民衆にウケる劇的な展開のストーリーに歴史を修正したのではないか、というのが研究者の間でささやかれている話だ。

 だが、歴史というモノは人の数だけ存在し、歴史書では語られない真実があるもの。実際にどうだったのかは、その時に生きていた人にしか分からない。

 そう。別にあんやくするつもりはなかったのに何故か本人すら知らずに暗躍した感じになってしまう、という意味不明な状況に置かれた人物の話も歴史書には書かれない真実であるのだが、それはまた別の話として──

 こうして、伝説は生まれたのだ。