それからしばらくの日々は何事もなく、いつもと同じように過ぎていった。

 やりを受け取り、その槍を慣らし。教会に行っていのったりいんで子供と遊んだり、リゼやシオンと遊んだり。たまの回復らいや調査依頼をこなしながら過ごす日々。

 じやつかん退たいくつなところはあるけど、こちらの世界に来てから一番のんびりとした時間を楽しんでいる。

 そして、有り余る時間を使って精神統一も続けている。この精神統一の中、なんとなく手持ちというかひまだったので自然とやり始めたたんでんりよくを動かす遊びもけいぞく中だ。最初はぎこちなかった魔力の回転もかくてきスムーズに動かせるようになってきた。まぁ、それでなにが起こるって話ではないのだけど……。

 精神統一にしろ魔力の回転にしろ、なんとなくMNDが上がればいいなぁとか、なんとなく魔力のあつかいがくなればいいなぁ、と思ってはいるけど、実際に効果があるかは確かめようがない。もしかしたら一%とか二%とか上がってるかもしれないけど、分からないからね。自分の状態が分かるステータス画面のようなゲームチックなモノは存在しないのだから。

「ふぅ……」

 大きく息をき、ゆっくりと目を開ける。

 精神統一状態からゆっくりかくせいしていき、丹田の魔力に加えていた圧力もいていく。

「よし」

 ベッドの上から立ち上がりストレッチをしながら身体からだかくにん

「やっぱり、なんか調子が良い気がする」

 気のせいかもしれないけど、最近は精神統一&魔力遊びの後は気分が良い。気分だけでなく身体も軽くなって変なじゆうそく感というか、身体をすぐに動かしたくなるような気分になる。正直、これがあるからこの精神統一を今まで続けられてるんだよね。

 ……まぁ、気のせいかもしれないけど。

「よ~し、ちょっと運動してみるか」

 ベッドの横のかべに立てかけていたミスリルの槍を手に取り、宿のろうに出る。

「シオン、行くよ」

「キュ」

 シオンといつしよに宿の裏手にある庭に出る。

 そして槍をにぎり直す。

 特別にかたい木材で作ってもらったはツルリとしたかんしよくでよく手にんだ。

 その槍の感触と身体にみ付いた型を再確認するように、いて、はらって、って、たたく動作をり返していく。

 ヒュッという風を切る音がひびき、落ちてきた雪がクルクルとう。

 昔は相手の人を想像しながらやっていたこの動作も、今じゃ多種多様なモンスターを想像しながら行うモノに変わっていた。

 おそいかかってくるゴブリンの胸を一突き。とつしんしてくるエルシープをけつつ首をひとぎ。オークのパンチをいしづきで払い、そのまま回転しながら首を払う。

 そしてグレートボア。

 突進を避けつつさきり回してまえあしの付け根を斬る。しかし浅い。届かない。わたり三〇センチ程度ではグレートボアの太い脚を切り落とすまでは届かない。

 続けて連打を浴びせ、後ろ脚、首筋、前脚、腹と斬って突いてダメージをあたえていく。しかし想像の中のグレートボアはまだたおれない。ヤツは、強い。

 もっと、もっと強いいちげきしい。

 身体が熱を帯び、感覚が研ぎまされ、槍を振るう指に力が入る。

 周囲の雑音が消えていく。

 斬って突いて避け、石突でなぐる。突き、突き、突き、斬る。

 スローになっていく世界の中、回転しながらななめ横に振り払った槍の穂先のせんたんが舞い落ちたいつぺんの雪をかすめた。

「!」

 ゆっくりと流れる世界の中で、目のはしに映る雪の欠片かけらが二つに割れていく。

 それと同時に想像の中のグレートボアの首がズルリとズレて落ちていった。

「えっ!?

 少しおどろいて声を上げてしまう。

 と、同時に周囲の音がもどってきて、自分のいきづかいやちゆうぼうの音が耳に入るようになってくる。

「今のは?」

「キュ?」

 手に握る槍をながめる。

 別段、変わった部分はない。

 さっきの感覚を確かめるようにまた槍を振ってみる。

 突いて、斬って、叩いて。基本の型をなぞるように槍を動かしていく。

「なにか、つかめたような? そうでもないような?」

 さとりを開いた的ななにかがあったような気がするけど、そうでもない気もする。

 その不思議な感覚をもう一度摑むために、予定をえて夕食の時間までもくもくと槍を振り続けた。


◆    ◆    ◆


 翌日。エレナとの魔法練習の場に向かう。そしていつものようにエレナに練習場でけんを振ってもらう。

 所々、悪い部分なんかをてきするけどかのじよには思う存分、思いっきり標的をこうげきさせている。

「はっ! えいっ!」

 最初にやらせた時は本当にスライムにすら負けそうな感じだったけど、これまでの練習の成果か、今はなんとかゴブリン相手に熱いとうを演じることが出来そうなところまで成長した。最初を考えれば十分な成果だ。

「それじゃあ剣術はこれぐらいにしましょうか」

「はい!」

 エレナが元気良くこたえてこちらに戻ってくるとマリーサがハンカチでエレナの額にかぶあせぬぐってあげた。

 エレナと初めて会ったころに見たオドオドしたふんうすれていて、少しずつだけど年頃の少女らしいじやがおも見せるようになってきた。

 健全な精神は健全な肉体に宿る、という言葉があるけど、その言葉通りの成果が出てきているのかもしれない。

「次は会議室に移動しましょう」

「分かりました!」

 ぼうけんしやギルドの建物に入り、二階に上がって会議室の中へ。

 それぞれ適当にイスにすわって一息ついたところでドアがコンコンとノックされる。

「どうぞ」

「失礼します」

 ギルドの受付じようが二人、車輪の付いたワゴンをして会議室の中に入ってきた。

 そしてそのワゴンの中から黙々とティーセットを三人分用意し、もう一人の女性が各自の目の前に高そうなおちやを置いていく。

 カップの一つ、お茶菓子一つ見ても高そうでヤバい。

 当たり前だが冒険者ギルドにはこんなお貴族様のようなサービスは存在していない。仮にAランク冒険者が来てもこんなサービスが受けられるかはあやしいところだ。というか、健全ではん的な冒険者なら酒を要求しそうだから必要なさそうだけど。

 初めて彼女らがなにも言わずにお茶を準備し始めた時は本当にビックリしたけど、もう何度も経験して慣れてしまった。慣れってすごい。というか、最初からこのサービスを当たり前のこととして受け入れていたエレナとマリーサが慣れすぎていてこわい。やっぱり彼女らは良いところのお嬢様なんだろう。

 ……怖いからくわしくは聞いてないけど。

 受付嬢らが退室した後、エレナが口を開いた。

「先生、今日も楽しかったです! 剣をおもいっきり振るのって楽しいですね!」

 ひざに乗せたシオンをでながらうれしそうに笑う彼女を見ると、この練習をやって良かったと思えてくる。仮に回復魔法が覚えられなくてもだ。

 最初は口数も少なかった彼女がこうやって色々と話してくれるようになってきた。学校のこととか、家のこととか、すべてではないけど。おかげで彼女とは少し仲良くなれてきた気がする。

 なんとなくだけど、ギルドマスターの本当の依頼内容は実際に回復魔法を使えるようにすることではなく、こちらが本質だったのではないか。そんな気がしてくる。

「じゃあ、精神統一をした後、また回復魔法にチャレンジしてみようか」

「……はい」

 エレナが少しきんちようした顔になり、ゆっくりと目を閉じた。

 一分か二分か、静かにそうした後、ゆっくりと目を開く。

「いきます。光よ、やせ《ヒール》」

 これまで何度も繰り返してきたであろうじゆもん。そしてこの部屋でも何度も繰り返された光景。

 何度も繰り返されたからか、マリーサは特にそれには目を向けず、エレナのとなりゆうにお茶を飲んでいる。

 が、そのマリーサが驚きのあまりお茶をこぼすような変化が次のしゆんかん、起こった。

「で、出来ました! 成功です!」

「おぉ!」

 エレナの手と手の間に小さなかがやきがともる。

 それはまぎれもなく回復の光。ヒールの輝きだった。

 まだ小さいけど、確実に発動している。

「あちっ! っおっめでとうございます!」

 マリーサがこぼしたお茶をきながら言った。

 それにぼくも「おめでとう!」と続いた。

「ありがとうございます!」

 そう言ったエレナの目には光るモノがあり、僕もようやく実感がいてきて、ほっと胸を撫で下

ろした。

 正直言ってこのやり方が正しいのかすら分からない中で続けていたことなので、ここで結果が出て本当に良かったと思う。もし、もう暫く続けても結果が出ない場合、マリーサからの視線にえられなくなって最後の手段であるオリハルコンの指輪を出すしかなくなっていた。

 アレを出したらエレナはもっと早く回復魔法を使えたかもしれないけど僕が余計なめんどうに巻きまれる可能性もあったはずで、それはそれでもっと大変な状態になっていたかもしれないのだ。

「これで、依頼は達成かな」

 依頼は『回復魔法を使えるようにしろ』だったはずで、発動出来るようになった以上、最低限の条件はクリアしているはずだ。

 しかし、これまで何度も会い続け、ようやく仲良くなってきたのにこれでバイバイというのもさびしい気がするね……。でも彼女らとは住む世界がちがいすぎる。本来ならこんな依頼でもなければ会って親しく話すこともなかったはずだ。

 と思っているとエレナが最初に会った頃のように少しモジモジし始めた。

「あの……その……回復魔法は成功しましたけど、もう少しの間、指導してもらえますか?」

「えぇっと……それはいいけど──」

 まさかそんなことを言われるとは思っておらず言葉にまりながらマリーサの方を見る。

 マリーサは少し息を吐き、軽く笑いながら『しょうがない』という感じでうなずいた。

 その態度に少し驚きつつ、僕も頷き返す。

 マリーサとはあまり親しくなれた気がしなかったけど、なんだかんだありつつも認めてもらえたのかもしれないね。

「じゃあもう少し、練習しましょうか」

 僕がそう言うと、エレナは笑顔を見せながら「よろしくお願いします!」と返し、シオンとき合ったのだった。


◆    ◆    ◆


「ん~……」

 冒険者ギルドを出てびをする。

 重要な依頼に一段落ついたし、長時間イスに座っていたのもあり、少し体をほぐして解放感を楽しんだ。

「じゃあ帰ってご飯にしようか」

「キュ!」

 と歩き始めたところで大通りを馬車の一団が通り抜けていった。

 人を乗せる馬車ではなく荷物をせるような荷馬車。

 あれだけ大規模な馬車の一団を見たのは雪が降るようになってから初めてだ。

「どうしたんだ?」

「キュ?」

 方向からして町の外から来た馬車。

 う~ん、冬は馬車の通行が不可能になるから乗合馬車が休止したんじゃなかった?

「まぁ、考えても分からないか」

 と、不思議に思ったことを宿に戻って夕食を食べながらブライドンさんに聞いてみたら一発で答えが返ってきた。

「あぁ、それは隣のコット村と交易してきた馬車だろうな」

「えっ? 冬は馬車が通行出来ないのでは?」

「今みたいに寒くなって地面がこおれば通れなくもない。雪が積もると大変だがな」

「大変なのに交易に出るんですか?」

 そう聞くとブライドンさんは『おいおい』という顔をした。

「この町じゃほとんど食料が作れないんだぜ? お前は食わずに生きていけるってのか?」

「あぁ、そういえばそうでしたね」

「丁度、冬の時期に保存食が完成するからな。それを買ってこれなきゃこの町は大変なことになる。特に今年はアルッポのダンジョンがしようめつしたから、な!」

 そう言ってブライドンさんは包丁をドンッ! と振り下ろした。

 アルッポのダンジョンの消滅、という言葉に一瞬ビクッとなる。

 シオンも一瞬食べるのを止め、ブライドンさんの方を見た。

「ダンジョンの消滅……」

「あぁ、アレのおかげで食えなくなった冒険者が流れ込んでる。だから今年は例年以上に食料が厳しいはずだ」

「そうですか……」

「本当ならダンジョンの消滅は喜ばなきゃいけねぇ話なんだがよ。近くのダンジョンの消滅でここまでえいきようがあるとはな。経験してみなきゃ分からねぇもんだ、ぜ!」

 ブライドンさんはまた包丁を振り下ろした。

 その音にまたちょっとビクッとする。

「いや~、アルッポのダンジョンを消滅させたゴラントンの剣というカナディーラ共和国のグレスポこうしやくかかえのクランのやつらは本当に余計なことをしますよね!」

「お前……やけに詳しいじゃねぇか」

 ブライドンさんがジトッとした目でこちらを見る。

「いや、たまたまですね、そういう話を聞いただけですよ!」

「……まぁ、いいんだがよ。だが、本当にダンジョンの消滅にはみんな、喜んでるんだぜ。あれが良くないモノだってのはおれにでも分かるからな。ただその影響の大きさに混乱しているだけだ」

 そう言ったブライドンさんは遠くを見つめ、言葉を続けた。

「しかし、アレを作ったのが魔王だってんなら本当にいやなことを考えやがるぜ。ダンジョンに依存させるだけさせて、ダンジョン消滅をちゆうちよするよう人間の中に火種をまいたんだからな。まさに魔王のねらい通りってやつだ」

 確かに、ダンジョンがただただ人類に不利益しか生まないモノなら全力で消滅させに行くだろう。でも、ダンジョンの中からは有用なモノが大量に出てくるから攻略が進まない側面もある。もし、教会が主張するようにダンジョンが人類を害するために作られたのならば、それは皮肉な話だよね。


◆    ◆    ◆


 そして翌日。今日は朝から教会に向かう。

 ついに、あの日が来たのだ。

 教会に入ってまずお祈りをする。

 自分なりに手を合わせ、いつものなぞの神と光の神にとりあえず祈っておく。

「今日は早いですな」

「はい。ちょっと先に来ておきたいと思いまして」

 司祭様と軽い雑談をしながら少し寄付をした。

「いつもありがとうございます」

「いえ。……あぁ、そうだ。以前お話しした回復魔法の件。司祭様の助言のおかげで上手く練習出来ました、ありがとうございます」

「おぉ、そうですか。それは良かった。ステラ様もお喜びになるでしょうな」

 ステラ様……。これまでなんとなく気になってはいたけど、聞かなかった話。このステラ教会のステラとはなんなのか。それがまた気になってきた。

「あの、ステラ様というのは、このステラ教会の名前のえんになった方でしょうか?」

「あぁ、ルークさんは他の町から来られたのでしたね。ステラ様はこの地で生まれた聖女様なのですよ。そしてこの場所で多くの人々をお救いになった。ステラ様は身分など関係なく多くの人々を救うことを望み、この場所で多くのりようを育てられたのです。そんなステラ様なら、新たなる治療師の誕生をお喜びになるでしょうな」

「凄い方だったのですね」

「えぇ、言い伝えによれば、戦いでは倒れた味方を回復魔法で癒やしながらユニコーンにまたがり人々の先頭をけ、当時この地域に巣くっていたイエティの群れを全滅させたそうですぞ」

 なにその脳筋バトルプリースト。ちょっと怖いんだが……と、思ったところで一つの疑問が思い浮かぶ。

 そういえば大教会ってどうなんだ? と。ステラ様をしんこうしてそうなこっちの教会とどんな違いがあるんだろうかと。

「……ちょっと気になってたんですけど。それではこの町の大教会、あれはなんなのですか?」

「大教会、ですか……」

 司祭様はし目がちに下を向いた。

 ヤバい、やっぱり大教会の話題は禁句だったか……。

 司祭様は光の神テスレイティアの像を見つめながら話を続けた。

「長い年月の間にステラ様の教えを忘れ、私利私欲に走った者たちと言えばいいのか……。それはテスレイティア様の考えにもそむくはずであろうに……。いや、忘れてくだされ。年寄りのになってしまいましたな」

 そう言った司祭様の横顔は寂しそうだった。

 司祭様に礼を言い、教会を出る。

 外は相変わらずのマッチョ&雪景色で、いつもと変わらない。

「なんか、色々とあるんだろうな……」

 教会関係も一枚岩ではなく、色々としがらみとかばつとか考え方の違いとかあるんだろうね。

 地面の雪をザクザクとみ進みながら魔法ぶくろから強化スクロールを出す。

「……こんなしんみりした気分でやるのもどうかと思うけど」

 今日の目的は武器の強化。ぶっちゃけそのために朝から教会に来たのだ。

 武具強化について冒険者らに色々と聞いてみたのだけど、情報はそんなになかった。ただ、作ったばかりの武器なら一回二回ぐらいはつうに成功する的な話は何度も聞いた。

「そう聞いてもやっぱり緊張するな……」

 まぁ、今はミスリル合金カジェルに続いてミスリルの槍も手に入れたし、もうこのつえの出番はなさそうだから燃えてなくなっても問題はないんだけどね。

 とにかく今は武具の強化以上にデータを取るために試行回数をかせぎたい。何度かチャレンジして、ある程度のけいこうを見ないと。

 持っていた木の杖に強化スクロールを巻き付けていく。

 そして念のために軽くムキムキポーズを一発二発かましておいて……。

「よしっ! いくぞ! 武具強化!」

 強化スクロールが光を帯び、燃えるようにくずれていき、それが杖に吸収された。

「成功、だ」

 前回、一度成功してるから、この杖は二回目の強化に成功したことになる。

 杖を握り直し、軽く魔法を使ってみる。

「光よ、が道を照らせ《光源》」

 杖の先端に光が浮かぶ。

「う~ん……やっぱりあんまり変化が分からないな」

 手でさわったり振ったりした感覚も特に変化はない。

 一回目の時と同様、そんなに大きな変化はしてない気がするね。

「よしっ! もう一回、やってみよう!」

 魔法袋から強化スクロールを取り出し、また強化。それから続けてもう一度、強化してみる。

 これで合計四回目の強化になるが……。

「やっぱり変わらないな」

 杖に変化があるようには見えない。魔法を使ってみても変化はない。

 これはどうなってるのだろうか?

 もしかして一回二回ではまったく変化はなくて、一〇回二〇回の単位でやんないと変化分からない感じなのか?

「だとしたら、コスパ的にどうなんだ?」

 強化スクロール一〇枚で金貨一〇〇枚、二〇だと二〇〇枚だぞ。それならミスリルの槍がまた買えてしまう。

 それだけやってたる変化で、しかも武具消滅の可能性もあるって、それってやる価値あるのか?

「う~ん……。分からないけど、もう一度やってみるか」

 今回はデータを取るのが目的。少しでも変化が見える段階まではチャレンジしてみたい。

「武具強化!」

 強化スクロールが光を帯び、燃えるように崩れながら杖の中に吸収──されようとした瞬間、杖の方も光の中でボロボロと崩れていく。

「あ……」

 あっという間に全てが消えせ、地面には雪しか残っていない。

 失敗……。失敗した……。

 地面には杖も強化スクロールも残っていない。全てのモノが無に消えていった。

 失敗することは想定していたものの、なんとも言えないきよ感に襲われる。

「強化スクロールだけでも五枚……。金貨五〇枚分か……」

 それが一瞬で消滅した。全てになったのだ。いや、データは取れたから無駄ではない。……けど、無駄になった。

「はぁ……」

 虚無感に包まれながら地面を眺めていると、いつの間にか上半身はだかのマッチョが隣に立っていた。

「少年よ」

「……」

「失敗はだれにでもあるものだ。冒険者はそれを乗りえ明日へ進む」

 マッチョは僕のかたにポンッと手を置く。

「悲しむことはない。筋肉は誰も裏切らないのだから。たとえ親兄弟に裏切られようとも、筋肉は我々のしようがいの友だ」

「……」

「少年も訓練を続け、このようなはがねの肉体を手に入れることが出来たら、いつか成功の喜びを知る時が来るだろう」

 マッチョは胸をピクピクさせながら続ける。

おそれることはない。少年はまだこの世界のドアを開いたばかりなのだから」

「……」

「ようこそ。筋肉にいろどられた武具強化の世界へ」

 マッチョは白い歯を見せ良い笑顔でそう言った後、どこかへ消えていった。

 太陽の光はさんさんと降り注ぎ、地面の雪がそれを照り返す。冷たい風がほおを撫で、孤児院の子供達の声と武具強化の筋肉の声を運んでくる。

 今日もこの世界は美しい。

 まぁ……なんだ。

 武具強化に失敗して杖を失ったし色々と考えたり思うこともあるけどだ。

 いや、それ以前にだけどさ……。

「……誰?」

 僕のその問いかけに答える者はどこにもいなかった。


◆    ◆    ◆


 そんなこんながありつつ武具強化を終え、冒険者ギルドに向かった。

 とびらを開けて中に入り、いつものように依頼の確認をしようとしたが──建物内に冒険者がおらず、かんさんとしていた。

 しかしギルドの職員はカウンターの中であわただしく動き回っている。

「すみません。なにかあったんですか?」

 カウンターで受付嬢に聞いてみる。

「あぁ、ルークさん。実は今朝、ホーンラビットなどの肉の買取価格が引き上げられまして、皆さん急いでりに出かけられたようです」

「そうなんですか?」

 受付嬢にお礼を言い、依頼がってあるけいばんの方に向かう。

「ホーンラビットの肉は……銀貨二枚、銀貨四枚、銀貨五枚、銀貨三枚……金貨一枚?」

 いくつかの店から出された複数の依頼書を見る感じ、なんだか急に価格が上がって安定していない感じ。

 他にもロックトータスの肉など、とにかく肉の価格が全体的に上がっている傾向にある。

「どうなってるんだ?」

 このほうしゆうなら僕でも今すぐ狩りに行きたくなる額だ。しかも金貨一枚の依頼には『数量制限なし』という条件もついている。これが本当だとすると狩ってきたけど買い取ってもらえなかった的な話はないはず。狩れば狩るほど金になるしい仕事だろう。でも……。

「……美味しすぎるんだよなぁ」

 なにか裏でもないと、そんな美味しい条件はありえない。

 掲示板の中からホーンラビットの毛皮の依頼を探す。

「ホーンラビットの毛皮……銀貨一枚、銀貨二枚、銀貨一枚銅貨三枚、か」

 肉の買取価格は上がっているのに毛皮の価格はそのまま。

「う~ん……」

 カウンターに戻り、また受付嬢に聞いてみる。

「肉の買取価格が上がってる理由に心当たりはありませんか?」

「何分、今朝になって突然でしたので、ギルドの方でも現在調査中でして、まだ確実なことはなにも……」

 ギルドですらあくしていない理由でいきなり肉の価格が上がった? そんなことあるのか?

 でも、商人が報酬を上げてでも大量に肉を手に入れたいと思っているなら、それでもじゆようがあってもうかると思っているからだ。かれらは損になるような取引はしないだろう。つまり、高く買った商品を高くどこかに売るアテがあるはず。

 問題はその相手が誰で、どんな理由で高い値段でも買いたがるのかだ。

 物資の買取価格が上がる。そのじようきように少し嫌な予感を覚えた。

 思い出すのはアルッポ。あそこでも情勢が不安定になってポーションの買取価格が上がったはず。

 もう一度、掲示板の紙を確認し、依頼主のらんを見る。

「ラディン商会、か」

 受付嬢のラディン商会についてたずねてみる。

「このラディン商会ってどんな店なんですか?」

「ラディン商会ですか? この町で様々な商品を取り扱ってる大きな商会ですよ。他の町にも支店を持ってますね」

 受付嬢にラディン商会の場所を聞き、とりあえず様子を見るために向かってみることにする。

 ホーンラビット狩りに参戦するか決めるのはそれからだ。

 ラディン商会まで大通り沿いに進みながら道中にある店なんかを確認しつつ進む。

 と、目の前の店からサンタクロースぐらい大きな布袋をかついだ男が出てきて、すぐに走り去っていった。

「なんだ?」

 男が出てきた店を見る。

 ここは冒険者向けのアイテムを取り扱っている店で、ロープとかマントとか冒険者の仕事に必要な物は大体そろっているし、冒険者ギルドからも近いので利用する冒険者も多かったはずだ。

「ふむ……」

 なにか感がある。

 それがなにかは分からないけど、ちょっとした違和感だ。

 男が出てきた店に入ってみる。

「いらっしゃい」

 むかえた店主はいたって普通の中年男性で、前に来た時と変わらない。

 カウンターの裏にあるたなの商品を並べているだけで、変わった様子もない。

「すみません。さっき出ていった男ってなにをあんなに買っていったんですか?」

「おぉ、見てたのかい? よく分からないけど干し肉をあるだけ売ってくれってね。在庫全部持っていっちまったよ。あんなに買ってなにすんだろうね。大人数でどこかにえんせいでもすんのかね」

「干し肉?」

 ちょっと待てよ。さっきの男は見た感じ冒険者ではなかった。服も普通の服だし武器も持ってない。もちろん、貴族や階級って感じでもない。どこにでもいるような普通の町の男性だった。それに今は冬だし遠征をするような時期でもない。

 保存食をあんなに大量に買い込む必要があるとは思えない感じの人だ。

「すみません。干し肉って、まだ残ってますか?」

「もうないね。さっきの人が全部買っていっちまったよ」

「じゃあ、他の保存食はありますか?」

「今はないね。売れたのが全てさ」

 店主に礼を言い店を出る。

「肉の買取価格が上がり、店から干し肉が消えた……」

 これってひょっとすると……。

 いや、現時点ではまだ結論は出せない。

 急いで近くにある食料品店に向かい、中に入る。

 しかし店の中は商品が少なく、あまり残ってはいなかった。

「すみません。残ってる食料ってこれだけですか?」

「あぁ、朝早くに大量の注文があって今はここにある物だけだな。夕方か明日の朝には仕入れられるはずだから、また来てくれや」

「仕入れの予定はあるんですね……」

「そりゃそうだろ。仕入れが出来なきゃ商売にならねぇよ」

 仕入れの予定があるなら、なにも問題はないのか?

 店を出てラディン商店へ向かうと、すでに冒険者が列をなして納品待ちをしていた。

 その冒険者の列を不思議そうに見つめる他の住民はいるものの、町はいたってへいおんで、いつもと変わらない。

「僕が考えすぎてるだけなのか?」

 いや、もう少し他の店も調べてみよう。現時点ではまだ判断材料が少なすぎる。

 自作の地図を取り出して食料品を売っている他の店に向かう。

 そうして大通り沿いの他の店をいくつか調べたけど、やっぱり全体的に食料品が品薄で、裏道にある小さな雑貨店でようやく干し肉を発見することが出来た。

「この干し肉、どれぐらい在庫あります?」

「うち特製ホーンラビット干し肉が気に入ったのかい? 全部自家製だからそんなに数を作ってなくてね。そうさねぇ……今あるのは一〇束ってところかね」

 ここの雑貨店ではまだ残ってるのか。

「じゃあそれ全て買います」

「一束が銀貨三枚だから全部で金貨三枚だよ」

 お金を払い、干し肉をおい袋に入れていく。

「もっと数が必要なんだったら今から冒険者ギルドに依頼出して多めにホーンラビットの肉を仕入れるよ?」

「……いえ、とりあえずこれで足りてますので」

 店を出て宿屋の方に向かいながら考える。

 現時点で分かったのは、とにかく食料品が全体的に品薄ということだ。そして冒険者ギルドに出される肉の買取価格をおおはばに上げてきている店がある。しかしそれ以外の価格にはあまり変化がない。

 いくつか可能性は考えられるけど、確率が高そうなのは──

「突発的な食料不足、か」

 理由は分からないけど、なんらかの原因でこの町の食料が足りなくなってきているのではないだろうか。

 しかもその原因となる事象が昨日今日の短い時間に起こった。だからまだ多くの人々はその状況に気付けていない。

 そして気付いている一部の人間が食料を買いめている可能性がある……。

 普通、食料不足があるとすると、突発的な災害や戦争があっていきなり食料の生産地がかいされるようなケースを除けば基本的には事前にある程度の予測は出来ているはずで、それが早い段階で価格に反映されているはず。しかし今は大きな災害などは見えないのに突発的に食料不足が起きている……のかもしれない。

「昨日、多くの人が知らない内に『ナニカ』が起きた、ってことなんだろうね」

 そろそろ冒険者ギルドや他の商人らもこの状況に気付いてきたはず。とすると、混乱が始まるとしたら──

「これから、ってことか」

 宿に入りブライドンさんに声をかける。

「おう、どうした?」

宿しゆくはくを長期間、前払いで延長したいのですが、いけますか?」

「かまわねぇが、今以上の割引はねぇしちゆうで返金は出来ねぇぞ」

だいじようです」

「それで、どれぐらい延長するんだ?」

「そうですね……。三〇日分、お願いします」

 金貨一五枚を払って自室に入る。

 どれぐらいで春になるのかは分からないけど三〇日はいるはず。これから宿が値上げされる可能性は高そうだけど値下げされる可能性は少ないだろうし、損はしないはずだ。

 とりあえず、これで当面の間の宿の心配はないだろう。

「はぁ……」

 ベッドにシオンを置き、防寒具をぐ。

 色々と考えることが多くて少しつかれてしまった。

 でも、今は考えることがある。

「まだ分からないけど、もし今の状況が食料不足なのだとしたら、自力で食料を入手出来た方がいいよね?」

 状況によってはお金を払っても食料を確保出来なくなるかもしれない。

 冒険者としてはモンスターを狩って肉を手に入れるのが一番簡単な入手方法だろうけど……。

「あれだけ報酬が上がってしまうと狩り場はキャパオーバーになってるはず」

 ただでさえ冬場はモンスターの数が少なくなるのに、冒険者ギルドから冒険者が消えるぐらい人が集まったら後はお察しだ。

「そうなると、やっぱりホーリーディメンション内で作物を育てられた方がいいよね」

「キュ?」

「いや、本格的に色々と育ててみるべきかなって思ってさ」

 そう言いながらホーリーディメンションを開く。

 光の扉の中には部屋の半分をせんきよする三本のオランの木。

 どの木も下の方の幹は五センチ程度にまで太くなり、高さは二メートル前後ある。そして枝葉もワサワサと大きく広がってきていて、ぶっちゃけちょっと邪魔だったりする。でも最近は生長がどんしたのか大きくならなくなってきたのでギリギリ耐えられてるけど、状況によっては枝のせんていもやらなきゃいけないかもしれない。

 ホーリーディメンション内に買ってきた干し肉を出しながら考える。

「とりあえずこのオランから実が採れればいいんだけど……」

 オランの木は冬とは思えないぐらい青々としげってはいるけど、一向に実をつける気配がない。

「どうやったら実が出来るんだ?」

 地球にある果樹と同じ性質ならまず花をつけて、それが実になるはず。でもまだ花がく感じすらない。

 とりあえず、これは放置するしかないのだろうか?

 後は、他の作物になるけど……。

「やっぱりポタトかな?」

 形も味もジャガイモに似たこの植物がジャガイモと似た性質なら比較的簡単に生産出来るし、リゼからもらった薬を使えば大量生産も可能かもしれない。

「でもまぁ、大量生産しても、それをどうやって使うんだって話か……」

 宿の部屋の中でもホーリーディメンション内でも火を使うのは難しい。それに雪が積もった冬の世界でたきをするのも大変だ。

 じゃあ誰かに売ったりあげたりするのか? というと、それも難しい。今のこの状況で一人の普通の冒険者が宿屋の部屋からポタトの入った袋を背負って出てきて売りさばいてたら怪しすぎるしさ……。そんなモノ、一体どこから出してきたんだって話に絶対なる。最低でも魔法袋の所持は確定してしまうだろう。

 まぁ、ミスリルの槍を買った後はミスリル合金カジェルと武器を切りえることもあるから、注意して見られてたら既に気付かれてるだろうけど。

 それはいいとして……。

「自分で食べるなら生でそのまま食べられるモノがいいのかな」

 そうなると、現時点ではやっぱりオランが実ってくれるのが一番良い気がする。

「よしっ! とりあえずリゼに相談してみよう! わが呼び声に応え、道を示せ《サモンフェアリー》」

 いつものように聖石を対価に立体魔法じんが現れ、それからリゼがしようかんされた。

「こんにちは!」

「こんにちは」

「キュ!」

 リゼはホーリーディメンション内をクルクル飛び回り、オランの木の前で止まる。

「良い感じ!」

「ん?」

「キュ?」

 良い感じ、とは?

「ちゃんと大きくなれて、もう準備はいいよって!」

「えっと……このオランの木が?」

「うん!」

 準備はいい、とはどういう意味だろうか?

 なんだか頭の中が謎だらけの中、リゼは手を大きく広げて天にかざす。

「いくよ~! それ~!」

 そのけ声と共にリゼの全身からキラキラ光るなにかが発せられ、三本のオランの木に降り注いだ。

「うわ……」

 そのげんそう的な光景に見とれていると、風もないのにオランの木がザワザワし始め、一つの枝の先端がポンッとはじける。

「えっ?」

「いっけぇ!」

「キュ!」

 次の瞬間、オランの木の枝の様々な部分かられん的にポンポンポンと弾けていって、それが木全体に広がっていった。

「どうなって……」

 そう言いかけ、こうをくすぐるあまかおりに思わずむせそうになる。

 目の前に広がるのは、白。白い花。

 三本のオランの木がいつせいに花開き、ホーリーディメンション内がまるでだんのようだ。

 これは、神のせきか?

 そう思わざるを得ない光景がそこには広がっていた。

「ルーク。お水あげて~」

「ん? 水は今朝あげたばかりだけど?」

がんって花を咲かせたからのどかわいたって!」

「なるほど」

 まぁ、そういうこともあるか。

 シオンに聖水を作ってもらい、それぞれの木にそれぞれの水をあげていく。

 しかし、つぼみもなかったのに、いきなり花を咲かせられるのか……。流石さすがようせいだね!

 ……って、そんな簡単になつとくしてしまってもいい現象だったか? かなり凄いことが起こった気がするけど……。

「これですぐにオランが食べられるね!」

「キュ!」

 花を咲かせた理由は食い意地か!

 いや、まぁいいけどさ。僕も助かるし。

 とりあえず、これで食料問題はなんとかなる、のか?

「まぁ、今はこの花をなおに楽しみますかね」

 そうして僕はその場にころがり、満開の花を見上げた。


◆    ◆    ◆


 夕方になって夕食を食べに食堂に行くと、今日はいつもより客が多くてザワザワしていた。

 食料不足の件がうわさになってきているのかもしれない。

 いつものカウンター席に座って注文しようとするとブライドンさんの方から話しかけてきた。

「お前、知ってたのか?」

「はい?」

「食料不足だよ。知ってたから今になって長期予約したんだろ?」

 ブライドンさんはそう言いながら僕の目の前にごったを置いた。

「あぁ……いや、知りませんでしたよ。可能性はあるとは思ってましたけど」

 やっぱり食料不足になってたのか……。

「まったく、抜け目ねぇヤツだぜ。まぁうちは保存が利く食料は暖かい内にストックしてあるから当面は大丈夫なんだがよ。このままだったら先は分からねぇな」

「……食料不足になった原因って聞いてます?」

「あぁ……なんでもコット村とのこうしように失敗したんだとよ」

「交渉に失敗? そんなこと、今までにもあったんですか?」

 ブライドンは少し考えるりを見せる。

「不作の年にはそんなこともあった気がするが……。だが今年は豊作ではなかったが例年並みだしよ、よく分からねぇな。……まぁ、その内また条件追加で交渉して買ってくるだろ」

 ブライドンさんは「そうなったらどこかの誰かが三〇日分先払いした意味はなくなるな!」と続けた。

 ごった煮をほおりながら片手を振って適当にそれに応えておく。

 意外と思ったより楽観的だ。事前に保存食をストックしてあるから大丈夫なんだろうか。

 食料不足にはなってるけど町の住人が危機感を持つレベルではない、という感じ。いや、そこそこ普通の暮らしが出来ている中流層はまだゆうがあっても、その日暮らしの低ランク冒険者なんかには大きな問題になっている可能性はありそうだ。その辺り、少し調べてみるか。

 そう考えながら寝て翌日。朝から町を歩きながら情報収集していく。

「やっぱり食料品はほとんど売ってないな」

 大通り沿いの店を見てみても食料品なんかはほとんど売っていない。置いていても先日より倍近くに値上がりしている。

 やっぱり食料不足自体はひどい。これがインフレってやつなのかな?

 冒険者ギルドに入って中を確認するも、やっぱり人は少ない。

 掲示板を見ると、昨日は通常価格で買い取っていた他の店も買取価格を上げたようで全体的に高くなっていた。

 少し残っていた冒険者をつかまえて話を聞いても──

「肉が高く売れるからな。儲かりまくってるぜ──」

 と言う冒険者もいれば。

「いつもの宿がいきなり今日から値上げとか言いやがってよ──」

 と不満をらす冒険者もいた。

 現時点ではインフレのおんけいきようじゆしている冒険者もいれば、それを悪い方に受けている冒険者もいて、半々という感じだろうか。印象としてはCランクとか比較的高めのランクの冒険者にはメリットが大きいが、低いランクの冒険者には厳しくなっている感じか。

 冒険者ギルドを出て町の外に向かうため門の方へ歩いていると、それだけでもいつもとは違うことが見て取れた。まず門に近づくにつれ周囲の冒険者の数が激増していった。そして門の近くは人でごった返していて、冬とは思えない状況になっている。

 外に出ようとする冒険者。その冒険者にいつもの数倍の値段で物資を売ろうとするてん

 冬になってからは見なくなっていたにぎわいがそこにはあった。

「安いよ! 干し肉、一束で金貨二枚だ!」

「ホーンラビットの肉、金貨一枚で買い取りだよ! 狩ったらこっちに持ってきてくれ!」

 辺りでそんな声が飛びっていて、ダンジョン前のような状態になっている。

 ひとみをかき分けて門の外に出ると、そこにも人だらけでいつもの数倍はいた。

「……これじゃ狩りなんて無理でしょ」

 どこにこんな冒険者がいたんだ? ってぐらい数がいて、四方八方に散らばっている。

 いや、よく見ると、マトモな装備を持たないいつぱんじんっぽい人も参戦しているし、スラムから参戦してるっぽい人もいる。もう完全にお祭り状態だ。

「おい! お前ら、ついてくるんじゃねぇよ!」

「なに言ってやがる! てめぇらこそ消えやがれ!」

 人数が増えすぎると狩り場の争いも増えるようで、そこら中で言い争いが起きている。

「これは、ダメだな……」

 狩りにならないし、いらぬ問題も起こりそうで怖い。

 もう少し槍を実戦で慣らしていきたかったけど、今は無理そうだ。

 ──と思いつつ、マギロケーションでなんとか見付けたホーンラビットを一ぴきだけ狩り、町に戻る。

 そして教会に向かい、孤児院の方に顔を出した。

「あぁ! お兄ちゃん、久しぶり!」

「シオンだ!」

「遊ぼうよ!」

 シオンを出してゆかに置くと子供達が群がってきて、シオンを触ったり抱き上げたりワチャワチャしている。

「ジョンはいる?」

「部屋にいるよ~」

 小さな女の子にそう教えてもらい、彼らの部屋に入る。

「兄貴!」

「元気にやってる?」

 部屋の中にはいつものメンバー、ジョン、サム、ノエ、ブーセの四人がいて、ベッドにこしけたり寝転んだりしてダラダラやっていた。

「最近どう?」

「あまり良くないっすね。鉱山の仕事も減っちまって……。昨日は思いきってホーンラビット狩りに出たんすけど、人が多すぎて無理っす!」

「一匹も狩れなかったね……」

 やっぱりランクの低い冒険者には難しい状況になっているようだ。

「鉱山の仕事ってまだ減ったままなの?」

「前より悪くなってるっすよ!」

「……理由は聞いた?」

「誰かがっても売れないとか言ってたような……」


 掘っても売れない、ね……。

 金属の需要が減ったのか、それとも……。

 っと、忘れるところだった。

「このホーンラビット、孤児院で食べて」

 ホーンラビットをジョンに渡した。

「あざっす! うちのチビらも喜ぶっすよ!」

 部屋を出て、もみくちゃにされてるシオンを回収してから教会の方にも顔を出す。

 そしていつものようにテスレイティア像の前で祈る。

 膝を突き、手を合わせ、目を閉じて祈る。

 しかしこの状況、本当に大丈夫なのだろうか?

 様々な情報を総合して考えると、この町が良い方に向かっているとは思えない。

 でも、それは僕がどうにかしなきゃいけないような問題でもないし、僕がどうにか出来る問題でもない。それでも、自分は関係ないからと座して待てばいい問題……とまで突き放して考えたくもない。

 なんとも言えない、出来ないみような感じ。

 目を開き、立ち上がる。

「なにかおなやみですかな?」

「悩み……」

 司祭様の言葉にしばし考える。

 これは悩み、なのだろうか?

 答えに困り、逆に質問してしまう。

「司祭様は、この町の状況をどう見ていらっしゃるのですか?」

「そうですな。あまり良い状況ではないかもしれませぬな……」

 そう言って司祭様はテスレイティア像を見上げる。

「しかしこの世のせつは振り子のようなモノ。一方に強く振れるからこそ逆側に振れる力も強くなる。悪い方に振れるからこそ次に良い方にも振れるのです。我々はその振れの中でおのおのが出来ることをせいいつぱいやるのみですな」

 分かったような分からないような……。

「各々が出来ること……」

「教会では毎年、冬になるとき出しをしております。残念ながらそれだけでは多くの人々を救うことは出来ませぬが、それで救える人もいるのです。そういった小さな積み重ねで動くモノもあるのですぞ」

「炊き出し、ですか」

「えぇ、有志から寄付をつのって貧しい人々に炊き出しをするのです」


◆    ◆    ◆


 それから数日後。今日も町はいつもと変わらないように見える。

 少なくとも表面上は。

 そして今日も今日とて冒険者ギルドの一室でエレナに回復魔法を教えていた。

 ──とはいっても僕がすることはあまりない。

「う~ん、こうかな~?」

 色々と考えながら回復魔法を使っているエレナをたまに横目で確認しつつ、僕は僕でお茶を飲んだり本を読んだりしているだけだ。

 今読んでいるのは冬場のひまつぶしに書店でたまたま見付けた植物の本で、このザンツ王国で植物について詳しかったらしい人物が書いた本の『写本』のようだ。

 この本はザンツ王国内に生えている植物について色々と書かれていて参考にはなるけど、残念なことが一つある。それは植物の絵のクオリティがあまり良くないことだ。元の本を書いた人の絵のクオリティが微妙だったのか、はたまた写本を書いた人の絵のうでが微妙だったのかは分からないけど、これではかんとしてはあまり信用出来ないかもしれない。

 まぁ、手書きからの写本というシステムで本を作ったり複製している以上、これは仕方がないのかもしれない。

「あっ! いい感じかも」

 部屋の端にあるばちのようなだんのようなモノの中で炭がパチッと弾けた。

 顔を上げると窓の外ではパラパラと舞い落ちる雪。それを眺めながら温かいお茶をすする。

 壁にるされたランプのほのおが壁石をユラユラとオレンジに染める。

「……」

 まったりしてるな……。

 冒険に出るでもなく。ダンジョンに入るでもなく。しゆぎようをするでもなく。ただゆったりとした時間を過ごしている。

 膝の上でねむるシオンを撫でながら、ふと思う。

 これでいいのか?

 ……いや、別に悪いことはないのだろうけどさ。

 司祭様の言葉がチラリと頭をよぎる。

 本をパタリと閉じてエレナを見た。

 そういえば、エレナってそこそこ身分が高いいえがらだよね? 詳しくは聞いちゃマズそうだから聞いてないけどさ。

「エレナさん、ちょっといい?」

「なんでしょう、先生」

「その……最近の食料不足について、なにか噂とか聞いてないかな?」

 もしかするとエレナなら僕らより詳しい情報を知っているのではないかと思い聞いてみた。

 が、その返答は予想とは違っていた。

「食料不足、ですか? いえ、そんな話は聞いておりませんが……。今は食料不足なのでしょうか?」

「うん。店の食料価格は上がりっぱなしだしね。お店の価格とか、見てない?」

「……申し訳ありません。いつも馬車で送り迎えしてもらっていますので……」

「あぁ、そうか……。そうだよね」

 エレナが知らないとなると、まだ上流階級には食料不足が伝わっていない? それとも学生だから知らないだけなのだろうか。

「あの……食料不足なのだとしたら、皆様はどうされているのでしょうか?」

「あぁ、冒険者はそこそこ楽しくやってるみたいですよ。肉が高く売れるので。でも、そうやって稼げる人以外は大変かも……」

「そうなのですか……」

 エレナが悲しそうにうつむいた。

 こういう話はするべきじゃなかったかも……。

「あぁ、でも! ステラ教会の司祭様が貧しい人々のために炊き出しをするらしいし、大丈夫じゃないかな」

「……ステラ教会、ですか?」

がいへきの近くにある教会なんだけど、冬になると有志から寄付を募って炊き出しをするって」

「そんな場所があったのですね……」

 そう言うとエレナは少し考え込むような顔をし、そして顔を上げた。

「先生! 私も炊き出しに参加したいです!」

「えっ……」

「先生も参加されるのですよね!?

「あ~……まぁ、そうかな」

 特に炊き出しに参加するかどうとは考えてなかったので返答に困る。

 チラリとまどぎわに立つマリーサを見る。

 しかしマリーサはエレナを見ながらウンウンと頷いている。

 あぁ、これは誰も止める人がいない感じ?

「それでは、ステラ教会の場所を教えてください!」

「お、おう……」


◆    ◆    ◆


 そんなこんなで時は過ぎて数日後。炊き出し当日となった。

 場所は外壁の外、門の近く。そこに石のブロックで簡易的なかまどが作られ、その上には大きなてつなべ。周囲には天幕が張られ、キャンプ場のようになっている。

 時間があれば僕も食材の調達を頑張ってみてもよかったんだけど、それを考えるには時間がなさすぎた。

 オランの実もまだ出来てないし、他に育ててみようとした野菜も実験段階だ。流石に妖精の薬でも数日で作物を作ることは出来なかった。

 なので金貨を数枚、事前に司祭様に渡しておいたのだけど──

「お待たせしました!」

 エレナが馬車の中から出てきてそうさけんだ。

 その後ろを走ってきた荷馬車から男達が出てきて木箱を降ろしていく。

 エレナは食料を調達するアテがあると言っていたけど、本当に凄いがあるらしい。

「エレナ様、ありがとうございます」

 司祭様がそう言いながらエレナに深々と頭を下げた。そして僕の方にも頭を下げる。

 エレナと司祭様をつないだのが僕だからだろうか。

「頭をお上げください。私はやりたいことをやっただけですから!」

 エレナは少し慌てたように言ってからマリーサと僕の方に来た。

「先生! ついに始まりますね!」

「そうだね」

 司祭様の指示で木箱のふたが開けられ、食材が天幕の方に運び込まれていく。

 既に周辺にはスラムなどから人が集まってきていて、そちらも準備ばんたんという感じ。

「それでは、始めましょう」

 司祭様の言葉で皆が動き出した。

 主に作業を担当するのはステラ教会周辺にお住まいのお……お姉様方で、それに孤児院の中からは年長組が参加しているようだ。

 ジョンらのパーティもそうろうということで動員されたようで、お姉様方の指示でテキパキ動いている。

「先生、私達も手伝いましょう!」

「そうだね……って、エレナさんは料理したことあるの?」

「……ないです」

 これは料理させてはいけないパターン。

 マリーサの方を見ると、こちらはなにも言わずに目を背けた。

 やっぱりこれは料理させてはいけないパターン。

 そもそも、身分が高いっぽい令嬢に冬の寒空の下で水仕事をさせるのはよろしくない気がするぞ。

「……じゃあ、エレナさんはシオンの面倒を見ていてください」

 肩の上にいたシオンを抱き上げエレナに渡した。

「分かりました! シオン、遊びましょう!」

「キュ!」

 とりあえず、こっちはこれでヨシとして……。

 天幕の方に向かい、中の様子を確認する。

 中ではお姉様方がポタトの皮をいたり切ったりしていた。

「水は必要ですか?」

「なんだい、んできてくれるのかい?」

「いえ、出すことが出来るので、それで」

「あんた、水属性持ちかい!?

「いや……まぁ似たような感じです」

 水属性持ちではないけど、説明が面倒なのでそう言っておく。

「でも、いいのかい? 魔法で作る水も売り物なんだろ?」

「今日は炊き出しのために来てるので、問題ないですよ」

 なんでも魔法で作った水は薬やポーションなんかを作るのに使うと良いとされているらしく、水属性持ちはすいてきの魔法で作った水を売ったりする場合もあると聞いた。けど、そんなにお金になる仕事でもないらしいし、僕にはあまり関係がない。

「どこに出したらいいですか?」

「じゃあ、そこのおけたのむよ」

「分かりました。水よ、この手の中へ《水滴》」

 ちょっと魔力多めに入れて水の量を増やそう。

 普通に流れていく魔力にプラスし、多く魔力を込めていく。

 すると丹田にある魔力がスルスルと抜け出してスムーズに腕を通って手からスルリと出てきた。

「ちょっと、どこまで大きくするんだい!」

「えっ……」

 気が付くと水滴の魔法の玉の大きさが野球のボールからバスケットボールを通り越し、桶の直径を超えるぐらいに成長していた。

 慌てて魔力を止め桶の中に水を落とすと、桶からバシャリと漏れる。

 桶の周りの雪が水を吸い込みけていった。

「はぁ……あんた、凄腕の水魔法使いなんだね」

 その言葉にあいまいに笑って応え、いくつかの桶やたるに水を満たしていった。

 しかし、どうなっているのだろうか? レベルが上がって魔法のりよくも上がっていて、水滴の魔法で作れる水の量も増えてきていた。でも、前は魔力を多く入れてもここまでの大きさにはならなかったはず。

 単純に魔法が上手くなっているだけとか、そういう話なんだろうか。

 天幕から出て考える。

 もしかして攻撃魔法の威力も以前より上げられるようになっている?

 確かめたいけど、いくら外とはいえここで魔法をぶっ放すわけにはいかない。

 検証はまた今度……と思っている内に料理が完成したようで、お姉様方が周囲の人々を一列に並ばせていった。

「さぁ並んだ並んだ! 炊き出しのスープだよ!」

 並んでいる人々はそれぞれおわんを持参し、それにスープを入れてもらっている。

 並んでいる人は様々で、ボロボロの服を着たスラムから来たっぽい人もいれば、冒険者っぽい格好をした若い人もいるし、町で暮らしてそうな人もいる。

「……」

 そして、をしている人が目立つ。

 スラムから来た人も、そして冒険者も。

 足を引きずっている人が特に目立った。

 良くも悪くも食料がこうとうして無茶をする人が増えたからだろう。

 冒険者ギルドで肉の買取価格が上がって以降、回復依頼の数が増えたことからも、それは間違いない。

 皆、無茶をしてでもモンスターを倒したいのだ。

「先生……。怪我をしている人が多いですね」

 いつの間にか僕の横に立っていたエレナがシオンを抱きながらそう言った。

 僕は「そうだね」とだけ返した。

「私は、私が助けられる人がいるなら助けたいです」

 エレナはそう言って、足を引きずっている若い冒険者に駆け寄った。

「その足、治療します!」

「えっ……」

 こんわくしている冒険者を置いてきぼりにしながらエレナは魔法を使う。

「光よ、癒やせ《ヒール》」

 光が男の足に集まって吸収されていった。

「どうでしょう?」

「あ……痛みがマシになった……かも?」

 男は少し驚いた顔で足を確かめている。

「……」

 やっぱり、残念ながら彼女のヒールではあの傷は完全には治らないんだ。

 まだエレナの回復魔法は完全ではないから。

「そう、ですか……」

 エレナは俯き、小さく声を吐き出した。

 はぁ……。こういうのって冒険者の仕事ではない、というかね……。ここで無料で治療しちゃったら回復依頼の仕事がなくなるっていうか……。まぁ、でも、生徒がああやって頑張ってるんだし、やるっきゃないでしょ。今の僕は先生なんだからね。

 冒険者に近づき魔法を発動する。

「強き光よ、癒やせ《ラージヒール》」

 光が男の足に集まっていき、ゆっくりと吸収されていく。

「どうです?」

「えっ……。動きます!」

 男は足を確認して驚きの声を上げた。

「あの怪我が治ったのか?」

「スゲーな、足が動かなくなってたのに」

 同時に周囲からも驚きの声が上がる。

「次は冒険者ギルドで回復依頼、出してくださいよ」

「……はい。ありがとうございました!」

 スープのうつわを持って去っていく男を見送るとエレナがこちらを見ていた。

「やっぱり先生は凄いですね……。私も、もっと上手くなりたいです!」

「出来るさ。もっともっと練習していけば」

「はい! じゃあ、他の怪我してる人も治療します!」

「えっ? まだやるの?」

「はい!」

 エレナはあっという間に次の怪我人を見付け、ヒールを使っている。

 どうやら思う存分、実戦経験を積む気らしい。

「このままだと怪我人がいなくなるな……」

 まぁ、それもエレナの経験になって良いか。

 それに、僕が多少儲からなくなっても怪我人が減ることは良いことだしね。


◆    ◆    ◆


 そうして暫くの時がち、今日もいつものように冒険者ギルドで治療依頼をこなしていた。

 肉の価格が高騰した後、冒険者が無理をしてでも狩りをするようになったおかげで冒険者の怪我が増え、僕の仕事も順調に増えていた。まぁ、それが良いこととは言えないのだけど。

「光よ、癒やせ《ヒール》」

 冒険者のふとももを斬りいていた怪我が治っていく。

「おぉ! やっぱスゲェな、回復魔法ってのは!」

「治るからって無茶しないでくださいよ。当たりどころが悪かったら死ぬし、死んだら治せないんですよ」

「分かってるって」

 若い男はそう言いつつ銀貨を五枚置いていった。

「お疲れ様です。今日の依頼人はこれで全てです」

「分かりました」

 冒険者ギルドを出て宿に向かう。

 相変わらず町の景気は良くないらしく、閉店したのか冬だから閉めてるのか知らないが、入り口に木材が打ち付けられ誰も入れないようにしてある店もちらほら見える。

 そんな寂しい町を雪をギュギュと踏みしめながら進むと、町の広場に人だかりが出来ていた。

 特に用事がなければ誰も出歩かない冬場にめずらしいな。

 近くにいたおばさんに話しかける。

「どうしたんです?」

「どうしたもないよ! 増税だってさ!」

「増税?」

 人混みをかき分けて前に出ると、広場にあった掲示板に一枚の紙が貼り付けられていた。

 それに近づいて紙に書かれた文言を読んでみる。

「えっと……税収の低下により国家運営が困難になったため、土地使用税を一律増額することを決定した。個別具体的な税率については商業ギルドに通達してあるので各々確認されたし。か……」

 僕が知る限り、この世界の多くの国では土地を持っていると毎年税金をちようしゆうされるのが一般的らしいけど、それが上がるのか?

「どうすんだよ……。そんな金ねーぞ!」

「ウチだって最近は売上が下がってきてるのに……」

「こんな急に言われても困るわ……」

 全方位から不満が聞こえてくる。

 僕は土地を持ってないから払う必要はないけど、土地にかかる税金である以上、その土地で商売をやっている人は商品に価格てんするしかなくなるはず。つまり最終的には僕にもどこかで影響してくる──いや、この町に住む全ての人に影響してくるはずだ。

「このタイミングで増税?」

 タイミングが悪すぎないか?

 これからどうなってしまうのだろうか。

 嫌な空気になりつつある広場を後にして宿に向かい、いつものように精神統一をしながら魔力を動かしたり、シオンと遊んだりして過ごし、夕食になる。

「おい、知ってるか?」

 ブライドンさんが僕の前にごった煮を出しながらそう言った。

「なんです、いきなり」

「最近、聖女様が現れたんだってよ」

「聖女……様?」

「あぁ、ステラ教会の炊き出しに現れて無料で多くの人々を救ったらしいぞ」

 ステラ教会……。炊き出し……。それってもしかしなくてもアレだろ、アレ!

「いやぁ、スゲェもんだぜ。なんでも酷い状態の足を治したり、切れた腕をくっつけたり、死んだブルデンじいさんを墓場からよみがえらせたりしたらしいぜ!」

「いや、それだと聖女じゃなくてネクロマンサーだから! というか、ブルデン爺さんは冒険者ギルドの酒場で毎日元気に飲んでますから死んでませんって」

 ツッコミどころが多すぎるぞ……。まず酷い状態の足を治したのは恐らく僕だし、切れた腕をくっつける魔法なんて使えないしさ。なんだか元の話にヒレに背ビレに胸ビレがついてさらに手足まで生えて完全に別の謎生命体にまで進化しちゃってるんだが、大丈夫なのか、この噂……。

「そう言われたらそうか。どうやら誰かが話を盛ったんだな」

「それちゃんとていせいしといてくださいよ」

「あぁん? お前に関係あんのか?」

「まぁ、炊き出しにはちょっとね」

 ごった煮の中から肉を取り出し、シオンに与える。

「それより聞きましたか? 増税の話」

「あぁ、今の状態で増税されちゃ、流石にウチも値上げしなきゃならねぇかもな」

「……マジですか」

「最近は色々と変なことが多すぎるぜ。いつからこの国はこんなおかしなことになっちまったんだろうな……」

 ブライドンさんのそのつぶやきに、僕は答えることが出来なかった。


◆    ◆    ◆


 それからまた時が経ち。炊き出しも何度か行われ、僕は基本的にいつもと変わらない生活を送っていた。

 良くも悪くも変わらない生活。

 炊き出しが行われるたびにエレナが人々を治し、彼女が治せないような大きな怪我は僕が治していった。そうして『聖女』の噂は大きくなり、炊き出しに協力してくれる人も増えた。

「若干、しやくぜんとしないところはあるんだよなぁ」

 エレナが治せないような怪我は僕が治してるし、僕もそれなりにかつやくしているのに『聖女』の名前だけが独り歩きして……歩くどころか飛んでいく。いや、別にそこまで目立ちたいわけじゃないからまったく問題ないんだけど、なんだか不条理さを感じてしまう今日このごろ……。

 そんなことを考えながら冒険者ギルドへ出勤していると──

「道を開けろ!」

 後ろからそんな声が聞こえて振り向くと、遠くに同じ格好をした一団が見えた。

 道の端に避け、それを見送る。

「国軍だ」

「どこに行くんだろうな?」

「いつもの冬季演習だろ」

 周囲の人々の噂で彼らがこの国の軍隊であることを知る。

 数は三〇〇とか四〇〇ぐらいだろうか。馬に乗った騎士や荷馬車に乗った兵士が見える。

 国軍の一団は僕の目の前を通り過ぎていき、そのまま外壁の門の方へ向かっていった。

「寒いのに大変だ」

 こんな雪の中で野外演習なんて考えただけでふるえてくる。

 が、雪国だとそういった訓練もひつなんだろうなと思う。他国からめられたけど雪だから防衛出来ませんでした! じゃあ流石に笑えないしね。

 そんなことを考えながら冒険者ギルドに向かい、今日も回復依頼をこなしていく。

 いつもと変わらない日々。

 それが変わったのはよくよくじつのことだった。