それから
そして、有り余る時間を使って精神統一も続けている。この精神統一の中、なんとなく手持ち
精神統一にしろ魔力の回転にしろ、なんとなくMNDが上がればいいなぁとか、なんとなく魔力の
「ふぅ……」
大きく息を
精神統一状態からゆっくり
「よし」
ベッドの上から立ち上がりストレッチをしながら
「やっぱり、なんか調子が良い気がする」
気のせいかもしれないけど、最近は精神統一&魔力遊びの後は気分が良い。気分だけでなく身体も軽くなって変な
……まぁ、気のせいかもしれないけど。
「よ~し、ちょっと運動してみるか」
ベッドの横の
「シオン、行くよ」
「キュ」
シオンと
そして槍を
特別に
その槍の感触と身体に
ヒュッという風を切る音が
昔は相手の人を想像しながらやっていたこの動作も、今じゃ多種多様なモンスターを想像しながら行うモノに変わっていた。
そしてグレートボア。
突進を避けつつ
続けて連打を浴びせ、後ろ脚、首筋、前脚、腹と斬って突いてダメージを
もっと、もっと強い
身体が熱を帯び、感覚が研ぎ
周囲の雑音が消えていく。
斬って突いて避け、石突で
スローになっていく世界の中、回転しながら
「!」
ゆっくりと流れる世界の中で、目の
それと同時に想像の中のグレートボアの首がズルリとズレて落ちていった。
「えっ!?」
少し
と、同時に周囲の音が
「今のは?」
「キュ?」
手に握る槍を
別段、変わった部分はない。
さっきの感覚を確かめるようにまた槍を振ってみる。
突いて、斬って、叩いて。基本の型をなぞるように槍を動かしていく。
「なにか、
その不思議な感覚をもう一度摑むために、予定を
◆ ◆ ◆
翌日。エレナとの魔法練習の場に向かう。そしていつものようにエレナに練習場で
所々、悪い部分なんかを
「はっ! えいっ!」
最初にやらせた時は本当にスライムにすら負けそうな感じだったけど、これまでの練習の成果か、今はなんとかゴブリン相手に熱い
「それじゃあ剣術はこれぐらいにしましょうか」
「はい!」
エレナが元気良く
エレナと初めて会った
健全な精神は健全な肉体に宿る、という言葉があるけど、その言葉通りの成果が出てきているのかもしれない。
「次は会議室に移動しましょう」
「分かりました!」
それぞれ適当にイスに
「どうぞ」
「失礼します」
ギルドの受付
そしてそのワゴンの中から黙々とティーセットを三人分用意し、もう一人の女性が各自の目の前に高そうなお
カップの一つ、お茶菓子一つ見ても高そうでヤバい。
当たり前だが冒険者ギルドにはこんなお貴族様のようなサービスは存在していない。仮にAランク冒険者が来てもこんなサービスが受けられるかは
初めて彼女らがなにも言わずにお茶を準備し始めた時は本当にビックリしたけど、もう何度も経験して慣れてしまった。慣れって
……怖いから
受付嬢らが退室した後、エレナが口を開いた。
「先生、今日も楽しかったです! 剣をおもいっきり振るのって楽しいですね!」
最初は口数も少なかった彼女がこうやって色々と話してくれるようになってきた。学校のこととか、家のこととか、
なんとなくだけど、ギルドマスターの本当の依頼内容は実際に回復魔法を使えるようにすることではなく、こちらが本質だったのではないか。そんな気がしてくる。
「じゃあ、精神統一をした後、また回復魔法にチャレンジしてみようか」
「……はい」
エレナが少し
一分か二分か、静かにそうした後、ゆっくりと目を開く。
「いきます。光よ、
これまで何度も繰り返してきたであろう
何度も繰り返されたからか、マリーサは特にそれには目を向けず、エレナの
が、そのマリーサが驚きのあまりお茶をこぼすような変化が次の
「で、出来ました! 成功です!」
「おぉ!」
エレナの手と手の間に小さな
それは
まだ小さいけど、確実に発動している。
「あちっ! っおっめでとうございます!」
マリーサがこぼしたお茶を
それに
「ありがとうございます!」
そう言ったエレナの目には光るモノがあり、僕もようやく実感が
ろした。

正直言ってこのやり方が正しいのかすら分からない中で続けていたことなので、ここで結果が出て本当に良かったと思う。もし、もう暫く続けても結果が出ない場合、マリーサからの視線に
アレを出したらエレナはもっと早く回復魔法を使えたかもしれないけど僕が余計な
「これで、依頼は達成かな」
依頼は『回復魔法を使えるようにしろ』だったはずで、発動出来るようになった以上、最低限の条件はクリアしているはずだ。
しかし、これまで何度も会い続け、ようやく仲良くなってきたのにこれでバイバイというのも
と思っているとエレナが最初に会った頃のように少しモジモジし始めた。
「あの……その……回復魔法は成功しましたけど、もう少しの間、指導してもらえますか?」
「えぇっと……それはいいけど──」
まさかそんなことを言われるとは思っておらず言葉に
マリーサは少し息を吐き、軽く笑いながら『しょうがない』という感じで
その態度に少し驚きつつ、僕も頷き返す。
マリーサとはあまり親しくなれた気がしなかったけど、なんだかんだありつつも認めてもらえたのかもしれないね。
「じゃあもう少し、練習しましょうか」
僕がそう言うと、エレナは笑顔を見せながら「よろしくお願いします!」と返し、シオンと
◆ ◆ ◆
「ん~……」
冒険者ギルドを出て
重要な依頼に一段落ついたし、長時間イスに座っていたのもあり、少し体をほぐして解放感を楽しんだ。
「じゃあ帰ってご飯にしようか」
「キュ!」
と歩き始めたところで大通りを馬車の一団が通り抜けていった。
人を乗せる馬車ではなく荷物を
あれだけ大規模な馬車の一団を見たのは雪が降るようになってから初めてだ。
「どうしたんだ?」
「キュ?」
方向からして町の外から来た馬車。
う~ん、冬は馬車の通行が不可能になるから乗合馬車が休止したんじゃなかった?
「まぁ、考えても分からないか」
と、不思議に思ったことを宿に戻って夕食を食べながらブライドンさんに聞いてみたら一発で答えが返ってきた。
「あぁ、それは隣のコット村と交易してきた馬車だろうな」
「えっ? 冬は馬車が通行出来ないのでは?」
「今みたいに寒くなって地面が
「大変なのに交易に出るんですか?」
そう聞くとブライドンさんは『おいおい』という顔をした。
「この町じゃほとんど食料が作れないんだぜ? お前は食わずに生きていけるってのか?」
「あぁ、そういえばそうでしたね」
「丁度、冬の時期に保存食が完成するからな。それを買ってこれなきゃこの町は大変なことになる。特に今年はアルッポのダンジョンが
そう言ってブライドンさんは包丁をドンッ! と振り下ろした。
アルッポのダンジョンの消滅、という言葉に一瞬ビクッとなる。
シオンも一瞬食べるのを止め、ブライドンさんの方を見た。
「ダンジョンの消滅……」
「あぁ、アレのおかげで食えなくなった冒険者が流れ込んでる。だから今年は例年以上に食料が厳しいはずだ」
「そうですか……」
「本当ならダンジョンの消滅は喜ばなきゃいけねぇ話なんだがよ。近くのダンジョンの消滅でここまで
ブライドンさんはまた包丁を振り下ろした。
その音にまたちょっとビクッとする。
「いや~、アルッポのダンジョンを消滅させたゴラントンの剣というカナディーラ共和国のグレスポ
「お前……やけに詳しいじゃねぇか」
ブライドンさんがジトッとした目でこちらを見る。
「いや、たまたまですね、そういう話を聞いただけですよ!」
「……まぁ、いいんだがよ。だが、本当にダンジョンの消滅には
そう言ったブライドンさんは遠くを見つめ、言葉を続けた。
「しかし、アレを作ったのが魔王だってんなら本当に
確かに、ダンジョンがただただ人類に不利益しか生まないモノなら全力で消滅させに行くだろう。でも、ダンジョンの中からは有用なモノが大量に出てくるから攻略が進まない側面もある。もし、教会が主張するようにダンジョンが人類を害するために作られたのならば、それは皮肉な話だよね。
◆ ◆ ◆
そして翌日。今日は朝から教会に向かう。
ついに、あの日が来たのだ。
教会に入ってまずお祈りをする。
自分なりに手を合わせ、いつもの
「今日は早いですな」
「はい。ちょっと先に来ておきたいと思いまして」
司祭様と軽い雑談をしながら少し寄付をした。
「いつもありがとうございます」
「いえ。……あぁ、そうだ。以前お話しした回復魔法の件。司祭様の助言のおかげで上手く練習出来ました、ありがとうございます」
「おぉ、そうですか。それは良かった。ステラ様もお喜びになるでしょうな」
ステラ様……。これまでなんとなく気になってはいたけど、聞かなかった話。このステラ教会のステラとはなんなのか。それがまた気になってきた。
「あの、ステラ様というのは、このステラ教会の名前の
「あぁ、ルークさんは他の町から来られたのでしたね。ステラ様はこの地で生まれた聖女様なのですよ。そしてこの場所で多くの人々をお救いになった。ステラ様は身分など関係なく多くの人々を救うことを望み、この場所で多くの
「凄い方だったのですね」
「えぇ、言い伝えによれば、戦いでは倒れた味方を回復魔法で癒やしながらユニコーンに
なにその脳筋バトルプリースト。ちょっと怖いんだが……と、思ったところで一つの疑問が思い浮かぶ。
そういえば大教会ってどうなんだ? と。ステラ様を
「……ちょっと気になってたんですけど。それではこの町の大教会、あれはなんなのですか?」
「大教会、ですか……」
司祭様は
ヤバい、やっぱり大教会の話題は禁句だったか……。
司祭様は光の神テスレイティアの像を見つめながら話を続けた。
「長い年月の間にステラ様の教えを忘れ、私利私欲に走った者
そう言った司祭様の横顔は寂しそうだった。
司祭様に礼を言い、教会を出る。
外は相変わらずのマッチョ&雪景色で、いつもと変わらない。
「なんか、色々とあるんだろうな……」
教会関係も一枚岩ではなく、色々としがらみとか
地面の雪をザクザクと
「……こんなしんみりした気分でやるのもどうかと思うけど」
今日の目的は武器の強化。ぶっちゃけそのために朝から教会に来たのだ。
武具強化について冒険者らに色々と聞いてみたのだけど、情報はそんなになかった。ただ、作ったばかりの武器なら一回二回ぐらいは
「そう聞いてもやっぱり緊張するな……」
まぁ、今はミスリル合金カジェルに続いてミスリルの槍も手に入れたし、もうこの
とにかく今は武具の強化以上にデータを取るために試行回数を
持っていた木の杖に強化スクロールを巻き付けていく。
そして念のために軽くムキムキポーズを一発二発かましておいて……。
「よしっ! いくぞ! 武具強化!」
強化スクロールが光を帯び、燃えるように
「成功、だ」
前回、一度成功してるから、この杖は二回目の強化に成功したことになる。
杖を握り直し、軽く魔法を使ってみる。
「光よ、
杖の先端に光が浮かぶ。
「う~ん……やっぱりあんまり変化が分からないな」
手で
一回目の時と同様、そんなに大きな変化はしてない気がするね。
「よしっ! もう一回、やってみよう!」
魔法袋から強化スクロールを取り出し、また強化。それから続けてもう一度、強化してみる。
これで合計四回目の強化になるが……。
「やっぱり変わらないな」
杖に変化があるようには見えない。魔法を使ってみても変化はない。
これはどうなってるのだろうか?
もしかして一回二回ではまったく変化はなくて、一〇回二〇回の単位でやんないと変化分からない感じなのか?
「だとしたら、コスパ的にどうなんだ?」
強化スクロール一〇枚で金貨一〇〇枚、二〇だと二〇〇枚だぞ。それならミスリルの槍がまた買えてしまう。
それだけやって
「う~ん……。分からないけど、もう一度やってみるか」
今回はデータを取るのが目的。少しでも変化が見える段階まではチャレンジしてみたい。
「武具強化!」
強化スクロールが光を帯び、燃えるように崩れながら杖の中に吸収──されようとした瞬間、杖の方も光の中でボロボロと崩れていく。
「あ……」
あっという間に全てが消え
失敗……。失敗した……。
地面には杖も強化スクロールも残っていない。全てのモノが無に消えていった。
失敗することは想定していたものの、なんとも言えない
「強化スクロールだけでも五枚……。金貨五〇枚分か……」
それが一瞬で消滅した。全て
「はぁ……」
虚無感に包まれながら地面を眺めていると、いつの間にか上半身
「少年よ」
「……」
「失敗は
マッチョは僕の
「悲しむことはない。筋肉は誰も裏切らないのだから。たとえ親兄弟に裏切られようとも、筋肉は我々の
「……」
「少年も訓練を続け、このような
マッチョは胸をピクピクさせながら続ける。
「
「……」
「ようこそ。筋肉に
マッチョは白い歯を見せ良い笑顔でそう言った後、どこかへ消えていった。
太陽の光はさんさんと降り注ぎ、地面の雪がそれを照り返す。冷たい風が
今日もこの世界は美しい。
まぁ……なんだ。
武具強化に失敗して杖を失ったし色々と考えたり思うこともあるけどだ。
いや、それ以前にだけどさ……。
「……誰?」
僕のその問いかけに答える者はどこにもいなかった。
◆ ◆ ◆
そんなこんながありつつ武具強化を終え、冒険者ギルドに向かった。
しかしギルドの職員はカウンターの中で
「すみません。なにかあったんですか?」
カウンターで受付嬢に聞いてみる。
「あぁ、ルークさん。実は今朝、ホーンラビットなどの肉の買取価格が引き上げられまして、皆さん急いで
「そうなんですか?」
受付嬢にお礼を言い、依頼が
「ホーンラビットの肉は……銀貨二枚、銀貨四枚、銀貨五枚、銀貨三枚……金貨一枚?」
いくつかの店から出された複数の依頼書を見る感じ、なんだか急に価格が上がって安定していない感じ。
他にもロックトータスの肉など、とにかく肉の価格が全体的に上がっている傾向にある。
「どうなってるんだ?」
この
「……美味しすぎるんだよなぁ」
なにか裏でもないと、そんな美味しい条件はありえない。
掲示板の中からホーンラビットの毛皮の依頼を探す。
「ホーンラビットの毛皮……銀貨一枚、銀貨二枚、銀貨一枚銅貨三枚、か」
肉の買取価格は上がっているのに毛皮の価格はそのまま。
「う~ん……」
カウンターに戻り、また受付嬢に聞いてみる。
「肉の買取価格が上がってる理由に心当たりはありませんか?」
「何分、今朝になって突然でしたので、ギルドの方でも現在調査中でして、まだ確実なことはなにも……」
ギルドですら
でも、商人が報酬を上げてでも大量に肉を手に入れたいと思っているなら、それでも
問題はその相手が誰で、どんな理由で高い値段でも買いたがるのかだ。
物資の買取価格が上がる。その
思い出すのはアルッポ。あそこでも情勢が不安定になってポーションの買取価格が上がったはず。
もう一度、掲示板の紙を確認し、依頼主の
「ラディン商会、か」
受付嬢のラディン商会について
「このラディン商会ってどんな店なんですか?」
「ラディン商会ですか? この町で様々な商品を取り扱ってる大きな商会ですよ。他の町にも支店を持ってますね」
受付嬢にラディン商会の場所を聞き、とりあえず様子を見るために向かってみることにする。
ホーンラビット狩りに参戦するか決めるのはそれからだ。
ラディン商会まで大通り沿いに進みながら道中にある店なんかを確認しつつ進む。
と、目の前の店からサンタクロースぐらい大きな布袋を
「なんだ?」
男が出てきた店を見る。
ここは冒険者向けのアイテムを取り扱っている店で、ロープとかマントとか冒険者の仕事に必要な物は大体
「ふむ……」
なにか
それがなにかは分からないけど、ちょっとした違和感だ。
男が出てきた店に入ってみる。
「いらっしゃい」
カウンターの裏にある
「すみません。さっき出ていった男ってなにをあんなに買っていったんですか?」
「おぉ、見てたのかい? よく分からないけど干し肉をあるだけ売ってくれってね。在庫全部持っていっちまったよ。あんなに買ってなにすんだろうね。大人数でどこかに
「干し肉?」
ちょっと待てよ。さっきの男は見た感じ冒険者ではなかった。服も普通の服だし武器も持ってない。
保存食をあんなに大量に買い込む必要があるとは思えない感じの人だ。
「すみません。干し肉って、まだ残ってますか?」
「もうないね。さっきの人が全部買っていっちまったよ」
「じゃあ、他の保存食はありますか?」
「今はないね。売れたのが全てさ」
店主に礼を言い店を出る。
「肉の買取価格が上がり、店から干し肉が消えた……」
これってひょっとすると……。
いや、現時点ではまだ結論は出せない。
急いで近くにある食料品店に向かい、中に入る。
しかし店の中は商品が少なく、あまり残ってはいなかった。
「すみません。残ってる食料ってこれだけですか?」
「あぁ、朝早くに大量の注文があって今はここにある物だけだな。夕方か明日の朝には仕入れられるはずだから、また来てくれや」
「仕入れの予定はあるんですね……」
「そりゃそうだろ。仕入れが出来なきゃ商売にならねぇよ」
仕入れの予定があるなら、なにも問題はないのか?
店を出てラディン商店へ向かうと、
その冒険者の列を不思議そうに見つめる他の住民はいるものの、町はいたって
「僕が考えすぎてるだけなのか?」
いや、もう少し他の店も調べてみよう。現時点ではまだ判断材料が少なすぎる。
自作の地図を取り出して食料品を売っている他の店に向かう。
そうして大通り沿いの他の店をいくつか調べたけど、やっぱり全体的に食料品が品薄で、裏道にある小さな雑貨店でようやく干し肉を発見することが出来た。
「この干し肉、どれぐらい在庫あります?」
「うち特製ホーンラビット干し肉が気に入ったのかい? 全部自家製だからそんなに数を作ってなくてね。そうさねぇ……今あるのは一〇束ってところかね」
ここの雑貨店ではまだ残ってるのか。
「じゃあそれ全て買います」
「一束が銀貨三枚だから全部で金貨三枚だよ」
お金を払い、干し肉を
「もっと数が必要なんだったら今から冒険者ギルドに依頼出して多めにホーンラビットの肉を仕入れるよ?」
「……いえ、とりあえずこれで足りてますので」
店を出て宿屋の方に向かいながら考える。
現時点で分かったのは、とにかく食料品が全体的に品薄ということだ。そして冒険者ギルドに出される肉の買取価格を
いくつか可能性は考えられるけど、確率が高そうなのは──
「突発的な食料不足、か」
理由は分からないけど、なんらかの原因でこの町の食料が足りなくなってきているのではないだろうか。
しかもその原因となる事象が昨日今日の短い時間に起こった。だからまだ多くの人々はその状況に気付けていない。
そして気付いている一部の人間が食料を買い
普通、食料不足があるとすると、突発的な災害や戦争があっていきなり食料の生産地が
「昨日、多くの人が知らない内に『ナニカ』が起きた、ってことなんだろうね」
そろそろ冒険者ギルドや他の商人らもこの状況に気付いてきたはず。とすると、混乱が始まるとしたら──
「これから、ってことか」
宿に入りブライドンさんに声をかける。
「おう、どうした?」
「
「かまわねぇが、今以上の割引はねぇし
「
「それで、どれぐらい延長するんだ?」
「そうですね……。三〇日分、お願いします」
金貨一五枚を払って自室に入る。
どれぐらいで春になるのかは分からないけど三〇日はいるはず。これから宿が値上げされる可能性は高そうだけど値下げされる可能性は少ないだろうし、損はしないはずだ。
とりあえず、これで当面の間の宿の心配はないだろう。
「はぁ……」
ベッドにシオンを置き、防寒具を
色々と考えることが多くて少し
でも、今は考えることがある。
「まだ分からないけど、もし今の状況が食料不足なのだとしたら、自力で食料を入手出来た方がいいよね?」
状況によってはお金を払っても食料を確保出来なくなるかもしれない。
冒険者としてはモンスターを狩って肉を手に入れるのが一番簡単な入手方法だろうけど……。
「あれだけ報酬が上がってしまうと狩り場はキャパオーバーになってるはず」
ただでさえ冬場はモンスターの数が少なくなるのに、冒険者ギルドから冒険者が消えるぐらい人が集まったら後はお察しだ。
「そうなると、やっぱりホーリーディメンション内で作物を育てられた方がいいよね」
「キュ?」
「いや、本格的に色々と育ててみるべきかなって思ってさ」
そう言いながらホーリーディメンションを開く。
光の扉の中には部屋の半分を
どの木も下の方の幹は五センチ程度にまで太くなり、高さは二メートル前後ある。そして枝葉もワサワサと大きく広がってきていて、ぶっちゃけちょっと邪魔だったりする。でも最近は生長が
ホーリーディメンション内に買ってきた干し肉を出しながら考える。
「とりあえずこのオランから実が採れればいいんだけど……」
オランの木は冬とは思えないぐらい青々と
「どうやったら実が出来るんだ?」
地球にある果樹と同じ性質ならまず花をつけて、それが実になるはず。でもまだ花が
とりあえず、これは放置するしかないのだろうか?
後は、他の作物になるけど……。
「やっぱりポタトかな?」
形も味もジャガイモに似たこの植物がジャガイモと似た性質なら比較的簡単に生産出来るし、リゼから
「でもまぁ、大量生産しても、それをどうやって使うんだって話か……」
宿の部屋の中でもホーリーディメンション内でも火を使うのは難しい。それに雪が積もった冬の世界で
じゃあ誰かに売ったりあげたりするのか? というと、それも難しい。今のこの状況で一人の普通の冒険者が宿屋の部屋からポタトの入った袋を背負って出てきて売り
まぁ、ミスリルの槍を買った後はミスリル合金カジェルと武器を切り
それはいいとして……。
「自分で食べるなら生でそのまま食べられるモノがいいのかな」
そうなると、現時点ではやっぱりオランが実ってくれるのが一番良い気がする。
「よしっ! とりあえずリゼに相談してみよう! わが呼び声に応え、道を示せ《サモンフェアリー》」
いつものように聖石を対価に立体魔法
「こんにちは!」
「こんにちは」
「キュ!」
リゼはホーリーディメンション内をクルクル飛び回り、オランの木の前で止まる。
「良い感じ!」
「ん?」
「キュ?」
良い感じ、とは?
「ちゃんと大きくなれて、もう準備はいいよって!」
「えっと……このオランの木が?」
「うん!」
準備はいい、とはどういう意味だろうか?
なんだか頭の中が謎だらけの中、リゼは手を大きく広げて天にかざす。
「いくよ~! それ~!」
その
「うわ……」
その
「えっ?」
「いっけぇ!」
「キュ!」
次の瞬間、オランの木の枝の様々な部分から
「どうなって……」
そう言いかけ、
目の前に広がるのは、白。白い花。
三本のオランの木が
これは、神の
そう思わざるを得ない光景がそこには広がっていた。
「ルーク。お水あげて~」

「ん? 水は今朝あげたばかりだけど?」
「
「なるほど」
まぁ、そういうこともあるか。
シオンに聖水を作ってもらい、それぞれの木にそれぞれの水をあげていく。
しかし、
……って、そんな簡単に
「これですぐにオランが食べられるね!」
「キュ!」
花を咲かせた理由は食い意地か!
いや、まぁいいけどさ。僕も助かるし。
とりあえず、これで食料問題はなんとかなる、のか?
「まぁ、今はこの花を
そうして僕はその場に
◆ ◆ ◆
夕方になって夕食を食べに食堂に行くと、今日はいつもより客が多くてザワザワしていた。
食料不足の件が
いつものカウンター席に座って注文しようとするとブライドンさんの方から話しかけてきた。
「お前、知ってたのか?」
「はい?」
「食料不足だよ。知ってたから今になって長期予約したんだろ?」
ブライドンさんはそう言いながら僕の目の前にごった
「あぁ……いや、知りませんでしたよ。可能性はあるとは思ってましたけど」
やっぱり食料不足になってたのか……。
「まったく、抜け目ねぇヤツだぜ。まぁうちは保存が利く食料は暖かい内にストックしてあるから当面は大丈夫なんだがよ。このままだったら先は分からねぇな」
「……食料不足になった原因って聞いてます?」
「あぁ……なんでもコット村との
「交渉に失敗? そんなこと、今までにもあったんですか?」
ブライドンは少し考える
「不作の年にはそんなこともあった気がするが……。だが今年は豊作ではなかったが例年並みだしよ、よく分からねぇな。……まぁ、その内また条件追加で交渉して買ってくるだろ」
ブライドンさんは「そうなったらどこかの誰かが三〇日分先払いした意味はなくなるな!」と続けた。
ごった煮を
意外と思ったより楽観的だ。事前に保存食をストックしてあるから大丈夫なんだろうか。
食料不足にはなってるけど町の住人が危機感を持つレベルではない、という感じ。いや、そこそこ普通の暮らしが出来ている中流層はまだ
そう考えながら寝て翌日。朝から町を歩きながら情報収集していく。
「やっぱり食料品はほとんど売ってないな」
大通り沿いの店を見てみても食料品なんかはほとんど売っていない。置いていても先日より倍近くに値上がりしている。
やっぱり食料不足自体は
冒険者ギルドに入って中を確認するも、やっぱり人は少ない。
掲示板を見ると、昨日は通常価格で買い取っていた他の店も買取価格を上げたようで全体的に高くなっていた。
少し残っていた冒険者をつかまえて話を聞いても──
「肉が高く売れるからな。儲かりまくってるぜ──」
と言う冒険者もいれば。
「いつもの宿がいきなり今日から値上げとか言いやがってよ──」
と不満を
現時点ではインフレの
冒険者ギルドを出て町の外に向かうため門の方へ歩いていると、それだけでもいつもとは違うことが見て取れた。まず門に近づくにつれ周囲の冒険者の数が激増していった。そして門の近くは人でごった返していて、冬とは思えない状況になっている。
外に出ようとする冒険者。その冒険者にいつもの数倍の値段で物資を売ろうとする
冬になってからは見なくなっていた
「安いよ! 干し肉、一束で金貨二枚だ!」
「ホーンラビットの肉、金貨一枚で買い取りだよ! 狩ったらこっちに持ってきてくれ!」
辺りでそんな声が飛び
「……これじゃ狩りなんて無理でしょ」
どこにこんな冒険者がいたんだ? ってぐらい数がいて、四方八方に散らばっている。
いや、よく見ると、マトモな装備を持たない
「おい! お前ら、ついてくるんじゃねぇよ!」
「なに言ってやがる! てめぇらこそ消えやがれ!」
人数が増えすぎると狩り場の争いも増えるようで、そこら中で言い争いが起きている。
「これは、ダメだな……」
狩りにならないし、いらぬ問題も起こりそうで怖い。
もう少し槍を実戦で慣らしていきたかったけど、今は無理そうだ。
──と思いつつ、マギロケーションでなんとか見付けたホーンラビットを一
そして教会に向かい、孤児院の方に顔を出した。
「あぁ! お兄ちゃん、久しぶり!」
「シオンだ!」
「遊ぼうよ!」
シオンを出して
「ジョンはいる?」
「部屋にいるよ~」
小さな女の子にそう教えてもらい、彼らの部屋に入る。
「兄貴!」
「元気にやってる?」
部屋の中にはいつものメンバー、ジョン、サム、ノエ、ブーセの四人がいて、ベッドに
「最近どう?」
「あまり良くないっすね。鉱山の仕事も減っちまって……。昨日は思いきってホーンラビット狩りに出たんすけど、人が多すぎて無理っす!」
「一匹も狩れなかったね……」
やっぱりランクの低い冒険者には難しい状況になっているようだ。
「鉱山の仕事ってまだ減ったままなの?」
「前より悪くなってるっすよ!」
「……理由は聞いた?」
「誰かが
掘っても売れない、ね……。
金属の需要が減ったのか、それとも……。
っと、忘れるところだった。
「このホーンラビット、孤児院で食べて」
ホーンラビットをジョンに渡した。
「あざっす! うちのチビらも喜ぶっすよ!」
部屋を出て、もみくちゃにされてるシオンを回収してから教会の方にも顔を出す。
そしていつものようにテスレイティア像の前で祈る。
膝を突き、手を合わせ、目を閉じて祈る。
しかしこの状況、本当に大丈夫なのだろうか?
様々な情報を総合して考えると、この町が良い方に向かっているとは思えない。
でも、それは僕がどうにかしなきゃいけないような問題でもないし、僕がどうにか出来る問題でもない。それでも、自分は関係ないからと座して待てばいい問題……とまで突き放して考えたくもない。
なんとも言えない、出来ない
目を開き、立ち上がる。
「なにかお
「悩み……」
司祭様の言葉に
これは悩み、なのだろうか?
答えに困り、逆に質問してしまう。
「司祭様は、この町の状況をどう見ていらっしゃるのですか?」
「そうですな。あまり良い状況ではないかもしれませぬな……」
そう言って司祭様はテスレイティア像を見上げる。
「しかしこの世の
分かったような分からないような……。
「各々が出来ること……」
「教会では毎年、冬になると
「炊き出し、ですか」
「えぇ、有志から寄付を
◆ ◆ ◆
それから数日後。今日も町はいつもと変わらないように見える。
少なくとも表面上は。
そして今日も今日とて冒険者ギルドの一室でエレナに回復魔法を教えていた。
──とはいっても僕がすることはあまりない。
「う~ん、こうかな~?」
色々と考えながら回復魔法を使っているエレナをたまに横目で確認しつつ、僕は僕でお茶を飲んだり本を読んだりしているだけだ。
今読んでいるのは冬場の
この本はザンツ王国内に生えている植物について色々と書かれていて参考にはなるけど、残念なことが一つある。それは植物の絵のクオリティがあまり良くないことだ。元の本を書いた人の絵のクオリティが微妙だったのか、はたまた写本を書いた人の絵の
まぁ、手書きからの写本というシステムで本を作ったり複製している以上、これは仕方がないのかもしれない。
「あっ! いい感じかも」
部屋の端にある
顔を上げると窓の外ではパラパラと舞い落ちる雪。それを眺めながら温かいお茶をすする。
壁に
「……」
まったりしてるな……。
冒険に出るでもなく。ダンジョンに入るでもなく。
膝の上で
これでいいのか?
……いや、別に悪いことはないのだろうけどさ。
司祭様の言葉がチラリと頭をよぎる。
本をパタリと閉じてエレナを見た。
そういえば、エレナってそこそこ身分が高い
「エレナさん、ちょっといい?」
「なんでしょう、先生」
「その……最近の食料不足について、なにか噂とか聞いてないかな?」
もしかするとエレナなら僕らより詳しい情報を知っているのではないかと思い聞いてみた。
が、その返答は予想とは違っていた。
「食料不足、ですか? いえ、そんな話は聞いておりませんが……。今は食料不足なのでしょうか?」
「うん。店の食料価格は上がりっぱなしだしね。お店の価格とか、見てない?」
「……申し訳ありません。いつも馬車で送り迎えしてもらっていますので……」
「あぁ、そうか……。そうだよね」
エレナが知らないとなると、まだ上流階級には食料不足が伝わっていない? それとも学生だから知らないだけなのだろうか。
「あの……食料不足なのだとしたら、皆様はどうされているのでしょうか?」
「あぁ、冒険者はそこそこ楽しくやってるみたいですよ。肉が高く売れるので。でも、そうやって稼げる人以外は大変かも……」
「そうなのですか……」
エレナが悲しそうに
こういう話はするべきじゃなかったかも……。
「あぁ、でも! ステラ教会の司祭様が貧しい人々のために炊き出しをするらしいし、大丈夫じゃないかな」
「……ステラ教会、ですか?」
「
「そんな場所があったのですね……」
そう言うとエレナは少し考え込むような顔をし、そして顔を上げた。
「先生! 私も炊き出しに参加したいです!」
「えっ……」
「先生も参加されるのですよね!?」
「あ~……まぁ、そうかな」
特に炊き出しに参加するかどうとは考えてなかったので返答に困る。
チラリと
しかしマリーサはエレナを見ながらウンウンと頷いている。
あぁ、これは誰も止める人がいない感じ?
「それでは、ステラ教会の場所を教えてください!」
「お、おう……」
◆ ◆ ◆
そんなこんなで時は過ぎて数日後。炊き出し当日となった。
場所は外壁の外、門の近く。そこに石のブロックで簡易的な
時間があれば僕も食材の調達を頑張ってみてもよかったんだけど、それを考えるには時間がなさすぎた。
オランの実もまだ出来てないし、他に育ててみようとした野菜も実験段階だ。流石に妖精の薬でも数日で作物を作ることは出来なかった。
なので金貨を数枚、事前に司祭様に渡しておいたのだけど──
「お待たせしました!」
エレナが馬車の中から出てきてそう
その後ろを走ってきた荷馬車から男達が出てきて木箱を降ろしていく。
エレナは食料を調達するアテがあると言っていたけど、本当に凄い
「エレナ様、ありがとうございます」
司祭様がそう言いながらエレナに深々と頭を下げた。そして僕の方にも頭を下げる。
エレナと司祭様を
「頭をお上げください。私はやりたいことをやっただけですから!」
エレナは少し慌てたように言ってからマリーサと僕の方に来た。
「先生! ついに始まりますね!」
「そうだね」
司祭様の指示で木箱の
既に周辺にはスラムなどから人が集まってきていて、そちらも準備
「それでは、始めましょう」
司祭様の言葉で皆が動き出した。
主に作業を担当するのはステラ教会周辺にお住まいのお……お姉様方で、それに孤児院の中からは年長組が参加しているようだ。
ジョンらのパーティも
「先生、私達も手伝いましょう!」
「そうだね……って、エレナさんは料理したことあるの?」
「……ないです」
これは料理させてはいけないパターン。
マリーサの方を見ると、こちらはなにも言わずに目を背けた。
やっぱりこれは料理させてはいけないパターン。
そもそも、身分が高いっぽい令嬢に冬の寒空の下で水仕事をさせるのはよろしくない気がするぞ。
「……じゃあ、エレナさんはシオンの面倒を見ていてください」
肩の上にいたシオンを抱き上げエレナに渡した。
「分かりました! シオン、遊びましょう!」
「キュ!」
とりあえず、こっちはこれでヨシとして……。
天幕の方に向かい、中の様子を確認する。
中ではお姉様方がポタトの皮を
「水は必要ですか?」
「なんだい、
「いえ、出すことが出来るので、それで」
「あんた、水属性持ちかい!?」
「いや……まぁ似たような感じです」
水属性持ちではないけど、説明が面倒なのでそう言っておく。
「でも、いいのかい? 魔法で作る水も売り物なんだろ?」
「今日は炊き出しのために来てるので、問題ないですよ」
なんでも魔法で作った水は薬やポーションなんかを作るのに使うと良いとされているらしく、水属性持ちは
「どこに出したらいいですか?」
「じゃあ、そこの
「分かりました。水よ、この手の中へ《水滴》」
ちょっと魔力多めに入れて水の量を増やそう。
普通に流れていく魔力にプラスし、多く魔力を込めていく。
すると丹田にある魔力がスルスルと抜け出してスムーズに腕を通って手からスルリと出てきた。
「ちょっと、どこまで大きくするんだい!」
「えっ……」
気が付くと水滴の魔法の玉の大きさが野球のボールからバスケットボールを通り越し、桶の直径を超えるぐらいに成長していた。
慌てて魔力を止め桶の中に水を落とすと、桶からバシャリと漏れる。
桶の周りの雪が水を吸い込み
「はぁ……あんた、凄腕の水魔法使いなんだね」
その言葉に
しかし、どうなっているのだろうか? レベルが上がって魔法の
単純に魔法が上手くなっているだけとか、そういう話なんだろうか。
天幕から出て考える。
もしかして攻撃魔法の威力も以前より上げられるようになっている?
確かめたいけど、いくら外とはいえここで魔法をぶっ放すわけにはいかない。
検証はまた今度……と思っている内に料理が完成したようで、お姉様方が周囲の人々を一列に並ばせていった。
「さぁ並んだ並んだ! 炊き出しのスープだよ!」
並んでいる人々はそれぞれお
並んでいる人は様々で、ボロボロの服を着たスラムから来たっぽい人もいれば、冒険者っぽい格好をした若い人もいるし、町で暮らしてそうな人もいる。
「……」
そして、
スラムから来た人も、そして冒険者も。
足を引きずっている人が特に目立った。
良くも悪くも食料が
冒険者ギルドで肉の買取価格が上がって以降、回復依頼の数が増えたことからも、それは間違いない。
皆、無茶をしてでもモンスターを倒したいのだ。
「先生……。怪我をしている人が多いですね」
いつの間にか僕の横に立っていたエレナがシオンを抱きながらそう言った。
僕は「そうだね」とだけ返した。
「私は、私が助けられる人がいるなら助けたいです」
エレナはそう言って、足を引きずっている若い冒険者に駆け寄った。
「その足、治療します!」
「えっ……」
「光よ、癒やせ《ヒール》」
光が男の足に集まって吸収されていった。
「どうでしょう?」
「あ……痛みがマシになった……かも?」
男は少し驚いた顔で足を確かめている。
「……」
やっぱり、残念ながら彼女のヒールではあの傷は完全には治らないんだ。
まだエレナの回復魔法は完全ではないから。
「そう、ですか……」
エレナは俯き、小さく声を吐き出した。
はぁ……。こういうのって冒険者の仕事ではない、というかね……。ここで無料で治療しちゃったら回復依頼の仕事がなくなるっていうか……。まぁ、でも、生徒がああやって頑張ってるんだし、やるっきゃないでしょ。今の僕は先生なんだからね。
冒険者に近づき魔法を発動する。
「強き光よ、癒やせ《ラージヒール》」
光が男の足に集まっていき、ゆっくりと吸収されていく。
「どうです?」
「えっ……。動きます!」
男は足を確認して驚きの声を上げた。
「あの怪我が治ったのか?」
「スゲーな、足が動かなくなってたのに」
同時に周囲からも驚きの声が上がる。
「次は冒険者ギルドで回復依頼、出してくださいよ」
「……はい。ありがとうございました!」
スープの
「やっぱり先生は凄いですね……。私も、もっと上手くなりたいです!」
「出来るさ。もっともっと練習していけば」
「はい! じゃあ、他の怪我してる人も治療します!」
「えっ? まだやるの?」
「はい!」
エレナはあっという間に次の怪我人を見付け、ヒールを使っている。
どうやら思う存分、実戦経験を積む気らしい。
「このままだと怪我人がいなくなるな……」
まぁ、それもエレナの経験になって良いか。
それに、僕が多少儲からなくなっても怪我人が減ることは良いことだしね。
◆ ◆ ◆
そうして暫くの時が
肉の価格が高騰した後、冒険者が無理をしてでも狩りをするようになったおかげで冒険者の怪我が増え、僕の仕事も順調に増えていた。まぁ、それが良いこととは言えないのだけど。
「光よ、癒やせ《ヒール》」
冒険者の
「おぉ! やっぱスゲェな、回復魔法ってのは!」
「治るからって無茶しないでくださいよ。当たりどころが悪かったら死ぬし、死んだら治せないんですよ」
「分かってるって」
若い男はそう言いつつ銀貨を五枚置いていった。
「お疲れ様です。今日の依頼人はこれで全てです」
「分かりました」
冒険者ギルドを出て宿に向かう。
相変わらず町の景気は良くないらしく、閉店したのか冬だから閉めてるのか知らないが、入り口に木材が打ち付けられ誰も入れないようにしてある店もちらほら見える。
そんな寂しい町を雪をギュギュと踏みしめながら進むと、町の広場に人だかりが出来ていた。
特に用事がなければ誰も出歩かない冬場に
近くにいたおばさんに話しかける。
「どうしたんです?」
「どうしたもないよ! 増税だってさ!」
「増税?」
人混みをかき分けて前に出ると、広場にあった掲示板に一枚の紙が貼り付けられていた。
それに近づいて紙に書かれた文言を読んでみる。
「えっと……税収の低下により国家運営が困難になったため、土地使用税を一律増額することを決定した。個別具体的な税率については商業ギルドに通達してあるので各々確認されたし。か……」
僕が知る限り、この世界の多くの国では土地を持っていると毎年税金を
「どうすんだよ……。そんな金ねーぞ!」
「ウチだって最近は売上が下がってきてるのに……」
「こんな急に言われても困るわ……」
全方位から不満が聞こえてくる。
僕は土地を持ってないから払う必要はないけど、土地にかかる税金である以上、その土地で商売をやっている人は商品に価格
「このタイミングで増税?」
タイミングが悪すぎないか?
これからどうなってしまうのだろうか。
嫌な空気になりつつある広場を後にして宿に向かい、いつものように精神統一をしながら魔力を動かしたり、シオンと遊んだりして過ごし、夕食になる。
「おい、知ってるか?」
ブライドンさんが僕の前にごった煮を出しながらそう言った。
「なんです、いきなり」
「最近、聖女様が現れたんだってよ」
「聖女……様?」
「あぁ、ステラ教会の炊き出しに現れて無料で多くの人々を救ったらしいぞ」
ステラ教会……。炊き出し……。それってもしかしなくてもアレだろ、アレ!
「いやぁ、スゲェもんだぜ。なんでも酷い状態の足を治したり、切れた腕をくっつけたり、死んだブルデン
「いや、それだと聖女じゃなくてネクロマンサーだから! というか、ブルデン爺さんは冒険者ギルドの酒場で毎日元気に飲んでますから死んでませんって」
ツッコミどころが多すぎるぞ……。まず酷い状態の足を治したのは恐らく僕だし、切れた腕をくっつける魔法なんて使えないしさ。なんだか元の話に
「そう言われたらそうか。どうやら誰かが話を盛ったんだな」
「それちゃんと
「あぁん? お前に関係あんのか?」
「まぁ、炊き出しにはちょっとね」
ごった煮の中から肉を取り出し、シオンに与える。
「それより聞きましたか? 増税の話」
「あぁ、今の状態で増税されちゃ、流石にウチも値上げしなきゃならねぇかもな」
「……マジですか」
「最近は色々と変なことが多すぎるぜ。いつからこの国はこんなおかしなことになっちまったんだろうな……」
ブライドンさんのその
◆ ◆ ◆
それからまた時が経ち。炊き出しも何度か行われ、僕は基本的にいつもと変わらない生活を送っていた。
良くも悪くも変わらない生活。
炊き出しが行われる
「若干、
エレナが治せないような怪我は僕が治してるし、僕もそれなりに
そんなことを考えながら冒険者ギルドへ出勤していると──
「道を開けろ!」
後ろからそんな声が聞こえて振り向くと、遠くに同じ格好をした一団が見えた。
道の端に避け、それを見送る。
「国軍だ」
「どこに行くんだろうな?」
「いつもの冬季演習だろ」
周囲の人々の噂で彼らがこの国の軍隊であることを知る。
数は三〇〇とか四〇〇ぐらいだろうか。馬に乗った騎士や荷馬車に乗った兵士が見える。
国軍の一団は僕の目の前を通り過ぎていき、そのまま外壁の門の方へ向かっていった。
「寒いのに大変だ」
こんな雪の中で野外演習なんて考えただけで
が、雪国だとそういった訓練も
そんなことを考えながら冒険者ギルドに向かい、今日も回復依頼をこなしていく。
いつもと変わらない日々。
それが変わったのは
