「フンッ! フフンッ!」

「ハッ! ヘアッ!」

「……」

 教会の話を聞いた翌日、どんな場所かかくにんするため、ステラ教会にやってきた。

 教会のしきは大教会と比べられるような大きさではないけどつうの宿屋よりは大きい。が、建物は木製だがかべいたなんかはかんそうしてボロボロになっており、ろうきゆうが進んでいることが見て取れた。

「フォォォ! アイィィ!」

「ホアアアア! ホイポイッ!」

「……」

 やはり教会の位置が町の外周沿いでスラムに近いこともあり、お金がないのだろうか? それにしたって大教会の方はあんなに立派なのに、こっちのステラ教会がこの状態で放置されているのは意味不明ではある。

「ホッ! ハッ! 武具強化! いけっ!」

「いくぞぉぉぉ! 筋肉! 武具強化!」

「……」

 いや……もう見えないフリはめよう……。

 かは分からないけど、この教会ではきんこつりゆうりゆうはんの男たちが変なポーズをキメてから武具強化をしているのだ。

 まったく意味が分からないよ!

「あぁぁぁぁぁ! おれのミスリルソードがぁぁぁぁ!

「おい! 止めろ! 燃えるな! ああああああああ……」

「……」

 そして失敗。

 上半身はだかのムッキムキな男達がボディビルダーのようなムキムキポーズをキメながら泣きくずれている。

 どうやら高価な武具を燃やしてしまったらしい。

「う~ん……」

 思わず声がれる。

 他の地域の教会でも武具強化にチャレンジする男達と、そして失敗してしようてんしかける男達はたくさん見てきたけど、ここの教会はちょっとじようきようちがう。気合いの入り方が違うというか……なんだか全体的にムキムキマッチョな武具強化なのだ。

 それについて色々と話を聞いてみたい気もするけど、それが許されるようなふんでもないのでかれらの横を通り過ぎて教会の方に向かった。

「すみません」

 ギシギシときしとびらを開けて教会に入る。

 中はキレイに整えられてはいるものの、長や柱に年季を感じるし、ガラス窓もないので全体的にうすぐらい。

「教会内での武具強化はお断りしておりますよ」

 教会のおくにあるさいだんらしき場所にいた初老の男性がそう言った。

「あぁ、いえ。おいのりをさせていただければと思いまして」

「そうでしたか。お若いのにらしいことです──こちらへ」

 彼はそう言ってテスレイティア像の前にぼくを導いた。

 そこに進みかたひざき、両手を合わせる。

 光の神である最高神テスレイティア。四属性の神々。そしてここに加えてもよいのか分からない名もなきやみ属性っぽい神。さらに例の転生時に出会ったなぞの神。それらの神々をおもいながら祈りをささげる。

「フンッ! アチョォ!」

「ハイィ! ホイッ!」

「……」

 教会の壁がボロくてすきが多いせいか、外から男共のたけだけしい声がひびいてくる。

 おごそかな雰囲気がいつしゆんでマッスルパラダイスに変わっていく。

「……ダメだ、集中出来ない」

「そうでしょうな」

 僕のとなりまで歩いてきた司祭様がそう言った。

「どうしてこのようなことになってしまったのでしょうな……。すべてはあの伝説が始まりなのでしょうが、それにしても……」

「伝説? って、あの『祝福を受ければ強化に成功する』的なヤツですよね?」

「? いえ、確か『きたかれた体を神に示せば強化は成功する』とか、そういう感じのうわさらしいですよ」

「えっ?」

 ちょっと待てよ。なんだか前に聞いた話と少し違うぞ。

 確か、教会で祝福を受けた男が武具強化に成功しまくってたからする人が増えたけど、くいかなくて教会がうらみを買ってしまって事件に発展したから祝福をあたえなくなった。みたいな話だったはずだけど……。

 もしかすると、伝説が伝わる過程でひれが付いて別のモノに変質してしまったのだろうか? その場合、どちらが元でどちらが変質したモノなのかが重要になるけど、そうなると両方が尾ひれが付いた話で真実は別にある可能性も否定出来なくなる。

 それに両方共に正解である可能性も捨てきれない。武具強化を成功させる方法が複数ある可能性もあるからだ。

 ……まぁ、はっきり言ってしまうと両方共にただの話でしかない可能性もかなり高いと思うのだけどね。

「そのような噂を信じ教会であのような姿をさらすなど、実になげかわしい……」

「そうですよね」

 僕も自分の家の前で毎日毎日マッスルお兄さんがフンッフンッ! やり続けたら流石さすがに気がると思うし、それは嘆かわしいよね。

 それから司祭様と少し話をして、教会を出た。

「さて……」

 せっかく教会に来たのだし、ついでに記念すべき初武具強化をやってみよう!

「となると、なにを強化するべきか、だけど……」

 今回の強化はおためしだ。とりあえず武具強化がどういうモノなのかを確かめるためのモノ。だから失敗しても問題のないアイテムで試したい。しかしゴブリンのナイフみたいな、仮にしようめつしてもどうでもいい二束三文のアイテムを強化するのもちょっともったいない。金貨一〇枚もするアイテムをそんなモノに使いたくはない。

 となると多少でも使う可能性があるアイテムで試したいのだけど……。

「使う可能性があって、消えても最悪どうにかなるアイテム……となると最初に持ってたつえとか、闇すいしようのナイフ、ミスリル合金カジェルも……まぁギリなんとかなりそうかな?」

 そう考え、手に持っていたミスリル合金カジェルをながめる。

 そしてこしほうぶくろから強化スクロールを取り出した。

「……」

 強化スクロールをミスリル合金カジェルに巻き付け、地面に置く。

 あとは強化スクロールをさわりながら『強化』と言えば強化スクロールが発動するはず。

 そうすれば武器が強化されるか──もしくは消滅するか……。

 成功すれば強化されてハッピー。……でも万が一、失敗してしまうと消えてしまう。

 消えてしまう。消えて、しまう。消滅してしまう……。消滅してしまうと、また新しい武器を買わないといけないし、メイン武器がなくなるからしばらく大変になる。

 二つに一つ。……いや、そんな単純なフィフティーフィフティーなモノじゃない。成功率によってはもっと楽観視してもいいかもしれないし、悲観的なモノかもしれないし──

「あぁぁ……ダメだ。ミスリル合金カジェルではチャレンジ出来ない」

 失敗した場合のことを考えるとちょっと決断出来なかった。

 強化スクロールを回収し、教会のかげでこっそりと魔法袋の中から木の杖を取り出していく。

 こっちなら最悪、消滅しても問題ないし気分的にもだいじようそうだ。

「よしっ! やるか!」

 強化スクロールを巻き付けて発動──の前に……。

「まぁ……とりあえずやっとくか」

 いや、ここでは全員がやってるらしいしさ。かみだのみ程度かもしれないけど、やるだけならタダだし。

 周囲を見回し、変に注目が集まっていないことを確認し、安心してササッと「フンッ! フフンッ!」とボディビルポーズを見様見真似でやっておく。

 うん……。別に見られてるわけじゃないけど、やっぱりちょっとずかしい……。

「今度こそいくぞ! 強化!」

 そして強化スクロールを発動。

 するとスクロールがホロホロ解けて光のりゆうとなり、杖を包みんだ。

 そしてすぐに光が収まって、それまでとまったく変わった様子のない杖が現れた。

「成功……した?」

 おそる恐る杖を触ってみて、持ち上げてペタペタ触って確認していく。

「強化前と違いは……ない?」

 ない? そんなことあるのか? なにかが変わってないとおかしいというか、リスクリターンが合ってないというか、フンッフンッやり損というか……。

 う~ん、そもそもだけど、強化をしたことで具体的にどういった要素が強化されるのか、どういったことが起こるのか、完全にはあくしきれてないんだよね。

「これは、ちゃんと調査していかないと見えてこないか」


◆    ◆    ◆


「で、武具強化とは、なんなのですか?」

「なんだ? やぶから棒に……武具強化は武具強化だっつーの」

 夜に宿の食堂にいたブライドンさんに気になることをぶつけてみた。

「いや、そうではなく、具体的に武具強化をしたら武具がどうなるのか知りたくて」

「どう……って、そりゃ強化されんだよ、強化」

 う~ん……ちょっと上手く伝わらない。

 もう一度、考えを整理して最初から説明していこう。

「実は杖を一回、強化してみたのですが、なにが変わったのか分からなくて……」

「強化したのは一回だけか?」

「そうです」

「なら変わらなくてもおかしくないぞ。武具強化は一回や二回じゃ大した変化がないことも多いからよ」

 一回や二回では変わらない? 武具強化って何度も重ねがけひつなシステムなのか?

「何度も武具強化したら違いが出てくるってことですか?」

「あぁ、一回でも強化はされてるのかもしれねぇが、常人に見分けがつくような差じゃねぇよ。三回……五回と重ねていけばだれでも分かるぐらい元の武具とは違ってくる。それに──」

「それに?」

「もっと何度も何度も強化を重ねていくと、変わるんだ。それこそ別物にな」

「別物? とは?」

「そのままだ。別の物に変わっちまう。そうなると元の武具とは比べ物にならねぇりよくだからよ……。あれを経験しちまうと、もう武具強化を止められなくなっちまうんだよな……」

 ブライドンさんは食器をキュキュっとみがきながら遠い目をする。

 なにそれこわい。

 ……これ、なんだかギャンブルみたいになってないか?

「それは、見た目が変わったりするんですか? それとも性能が一気に上がるとか?」

「どっちもあるぜ。見た目からして、こう……なんて言うんだ? グワーっとしたモノになることもあるしよ、切れ味だけ一気に上がったこともあったな」

 なにそれ怖い。

 グワーってなんだ……きようりゆうかな?

「それって、具体的にどれぐらいの回数でそうなるんです?」

「分かるわけねぇ。それが分かったら苦労しねぇよ」

「いやそうですけど、目安というか『大体はこれぐらい』みたいなモノってあるんじゃないですか?」

「一回でそうなることもあれば、七回八回と重ねてもダメな時はダメだ。そもそも自分の武器がどれだけ強化されてるかなんざ正確には分からねぇだろ」

「自分が強化した回数が強化数じゃないんですか?」

「前の持ち主が強化したかもしれねぇだろ? 良い武具ほど人の手をわたってくるんだからよ」

「あぁ……」

 武器の見た目が強化数によって変化しない以上、その武器が過去にどれだけ強化されてきたのか正確に把握することは不可能、と。

 ゲームとかならアイテムの正確な情報が表示されたりするから分かりやすいけど、そんなモノがない以上、正確なデータを取ることが難しいってことか……。

「ただ、俺の経験上、良い武具は成功しやすい……とは思ってるぜ。確証なんてねぇけどな」

「なるほど」

 う~ん……。こういうのって正確なデータはなくても大体のけいこうみたいなモノが長い年月の中で見えてきて伝わっていくモノだと思うのだけど、それがあんまりないってことはランダム要素が強かったり不確定要素が多かったりするのだろうか。

 ……いや、一つだけしっかり伝わっているモノがあったな。

 例のアレ……教会でフンッフンッすることだけがしっかり伝わっているのが謎すぎるが……。とにかく、まだまだ情報収集は必要そうだ。


◆    ◆    ◆


 翌日。カタカタと鳴る木窓の音で目が覚める。

 ベッドから立ち上がり木窓を開けると冷たい風が雪と共に流れ込んできた。

「本格的に降ってきたか」

 隣の建物の屋根がうつすらと白くなっている。

 今日はちょっと寒くなりそうだ。

「シオン、行こうか」

「キュ」

 宿から出ると地面にも雪が薄く積もっていた。

 それをキュッキュッとみしめながらぼうけんしやギルドへ向かう。

 雪が降っても毎日出勤。これ、真冬になったらもっと大変になるよね? そうなったら仕事なんてせずに宿屋に引きこもってようかな。

 とか考えている間に冒険者ギルドに着く。

 いつものようにけいばんを軽く確認し、受付に向かう。

「あっ、ルークさん」

「おはようございます。回復らいはありますか?」

「今日もありませんね。でも、別の指名依頼が入ってますよ」

「指名依頼ですか?」

「はい。はいこうの調査依頼がギルドから出ております」

「廃坑の調査依頼……」

 調査? 調査ってなにをすればいいんだ? そもそも、どうしてそんな依頼がギルドから僕に来るんだろう。

「指定された廃坑に向かい、中に異常がないか調査してください。もしモンスターを確認した場合、とうばつしていただければ追加でほうしゆうが出ますので」

「……中にモンスターがいたかどうか、どうやって証明するんです?」

「討伐証明部位は持ち帰っていただきますが、基本的にはルークさんの自己申告で大丈夫ですよ」

「それってうその申告が可能なんじゃないですか?」

「そうですね。なのでこれは一定以上、しんらい出来ると認められた冒険者にしか依頼されません」

 信頼出来る冒険者? 僕がそうなのか?

 いや、信頼されるのはうれしいのだけど、まだこの町に来てから日が浅い僕がそこまで信頼された理由が分からない。

 と考えていると、それを察したのか受付じようが言葉を続けた。

「疑問に思われているようですね。私も全てを把握しているわけではないのですが、ルークさんが回復依頼を問題なく達成していることを上は高く評価しているようです。それに私達ギルド職員との接し方を見ても人となりは問題ないと感じますし」

「って人となりも評価基準に入ってるんですか?」

もちろんです。高ランクになれば身分の高い方々とも接する機会が増えますから、じかに接している我々が受ける印象も重要なんですよ」

 なるほど……。いや、確かにそう言われてみたら当然というか。冒険者ギルドって言うなればけん業みたいな側面もあるし、心証のよろしくない人間に重要な仕事を回すわけにはいかないか。

 そう考えると冒険者というのも完全に実力で判断される自由な仕事というわけではないのかもね。上に行くと、それなりにそれなりのモノも求められていくのだろう。

 なんかちょっとサラリーマンっぽさが出てきたな……。

「それと、今回の依頼に関しましては、いつもこの依頼を受けていただいている冒険者の方がたまたま別の依頼で不在でして。それならランクアップをご希望のルークさんに任せてみて様子を見よう、という上の判断があったとかなかったとか……」

 と、受付嬢さんが少し小声で続けた。

「なるほど……」

 となると、この依頼はあまり断るべきではない感じなんだろうね。

 実質的に僕のランクアップ評価にもかかわってくる部分があるのだろう。

「分かりました。やります」

「ありがとうございます」

 それから細かい情報などを確認し、ギルドを出た。

 そして町を出て西側に向かい、パラパラと降ってくる雪の中を歩いていく。

「えーっと……向かうのは四号こうどうね」

 ギルドの受付で借りた地図を確認する。

 地図によるとかくてき町から近い場所にある廃坑で、中もそんなに深くなく、内部の地図まで用意されている。至れりくせりの仕事だ。

 今回の報酬は金貨二枚。高いのか安いのかみようなラインの気もするけど、単純に確認だけする仕事なら十分高い気もするし、アルッポのダンジョンなんかでCランク冒険者が受け取る報酬とかと比較すると安い気もする。でも、ダンジョンでの報酬と比べるのは間違っている気もする。

 色々と考えながら歩いていると、すぐに目的の四号坑道にとうちやくした。

 少し地面から盛り上がった小さなおかに穴があいていて、その入り口には木製の扉のようなモノのざんがいがあるが、すでちていて意味をなしていない。

「さて……」

 マギロケーションを意識しながら廃坑の中に足を踏み入れる。

 この依頼の主な目的は、実質的には内部になにか危険なモノがみ着いていないかの確認らしい。

 モンスターなんかが棲み着いてはんしよくする場合もあるし、冬になると夏場ではどうくつに棲み着かないようなモンスターでも寒さからのがれるために洞窟になんしてくる場合があるとかなんとか。

 じゃあそもそも、モンスターなんて入れないように入り口の扉をちゃんと修復しておけばいいじゃん! とは思ったけど、モンスターによっては扉ぐらい簡単にかいしてしまうこともあるらしく、あんまり費用対効果的によろしくないらしい。

 じゃあもうそんな廃坑なんてめちゃえばいいじゃん! とも思ったけど、そうもいかない事情もあるらしく──

「おっ」

 廃坑の奥から声が聞こえてきて、マギロケーションでも人の形を確認した。

 しんちように、しかし足音は消さずに近づいていく。

「ん?」

「あっ! 誰かと思ったら兄貴じゃないっすか!」

 その声を聞いて内心ホッとあんする。

 そこにいたのはジョンとパーティメンバーの三人だった。

「ここにいるってことは、兄貴もクラクラだけっすか? これ、中々イケますよね!」

「それはない」

しくないよ!」

「好んで食べてるのはアンタぐらいだから!」

 ジョンの言葉に残りの三人がそく反論する。

「そうか? 食べるとちょっとクラクラするけど、それも慣れるとヤミツキに──」

「いや、それ毒キノコだよね?」

 思わずツッコミを入れてしまう。

 そうなのだ。ここいらの廃坑にはキノコが生えていて、それがスラムの住人らの貴重な食料源になっているらしい。なので廃坑をふうすることは不可能、というのが廃坑を埋めたりしない一番の要因なのだとか。

 ただ、このクラクラ茸は味も悪く、命に関わるようなモノではないにしろ毒がある。なのでスラムの住人でも積極的には食べないらしく──しかしそれが逆に最後のライフラインという位置付けにこのクラクラ茸を持っていったらしく、余計に廃坑の封鎖が難しくなった、というけいがあるらしい。

「クラクラ茸が目的じゃないってことは廃坑の調査依頼っすか?」

「まぁ、そうだね」

「兄貴、流石っすね! そのとしで調査依頼を受けられるなんて、ギルドからの信頼が厚い!」

 ワイワイさわいでいる四人を見ながら考える。

 まだ初冬のこの時期に彼らがクラクラ茸を採りに来ている理由。それを考えていくとあまり良い状況が思いかばなかった。

「ところで、鉱山労働の仕事はどうしたの? 今はまだやってる時間だよね?」

 鉱山労働の仕事があるなら最低限、食えてるはずだ。こんなところに来る必要はない。

「それが、今日はらないって、追い返されたんすよね。それで困っちゃって……」

「こんなこと、初めてだよな?」

「うん」

「どうなってんだろね?」

 四人の話を総合すると、いつものように鉱山に行ったら全ての作業員がもんぜんばらいをらったらしい。

「それって、もっと昔にもそんなことはなかったってこと?」

「近所のおっちゃんも、こんな晴れてる日に掘らないのは初めてだ、って」

「そうなんだ……」

 なんだかよく分からないけど、彼らの状況は良くないように感じる。

 以前、ジョンのを治した時に彼らの置かれている状況を受付嬢から少し聞いた。

 それを合わせて考えると、今の彼らの置かれている状況はもっと悪くなっているのだろう。

 知ってしまった以上、彼らとこのまま別れて知らぬ存ぜぬで過ごすのはなんとなく目覚めが悪くて、彼らに「この後、時間ある?」と聞いていた。

「時間ですか? 仕事がなくなったんで、いくらでもありますよ! なぁ?」

「うん!」

 ならば行こうか──ということでみなを連れて町にもどり、冒険者ギルドで報告をしたりした後で飯屋に入ってラガーの入ったカップを天高くかかげていた。

かんぱい!」

「乾杯!」

「ゴチになりますっ!」

 なんだかんだありつつ仕事を終えて町に戻り、四人に夕食をおごることになった。

 というか、毒キノコを夕食にしようとしている彼らを放ってはおけなかっただけなのだけど。

「まぁ、今日はえんりよせずに食べていいからさ」

「助かりますっ!」

「テーブルの上にこんなに料理がってるの、初めてかも……」

「うまうま……」

 彼ら──ソルマールの風というパーティで、ジョンとサム、それに女性二人のノエとブーセの四人なのだが、彼らがおすすめしてきた店はスラムに近い場所にあり、いかにも下町の店というか……悪く言えばボロい店だった。

 出てきた食事は内容的にも質より量という感じで、まぁ色々とお察しなモノではあったけど、彼らはそれを美味しそうにほおっている。

 僕的にはこの山盛りのでたポタトと具のないスープでは満足出来ないのだけど、しかし彼らを連れて普通の店に行ったらどれだけかかるか分からないし、仕方がないとあきらめておく。

「クラクラ茸を食べなくていいだけで幸せ……」

「アレ、食べるとすごいやな気分になるんだよね」

「そうそう。なんだか悪い方に悪い方に考えるようになっちまうんだよな……」

「そうか? 俺はまったくそんなことないぜ!」

 なにそれ、怖い。

 なにか精神にえいきようを与えるような毒でも入ってるのだろうか?

「あんたはクラクラ茸を食べ慣れすぎてんのよ!」

「慣れるまで食べるもんじゃないよ、アレは……」

 食べ続けると毒のたいせいが出来たりするの?

 なんとなくクラクラ茸に興味がいてきて色々と聞いてみる。

「クラクラ茸ってさ、どうやって食べるもんなの?」

「生でもイケるっすよ!」

「それはない」

「生だとキツすぎて無理だから」

「普通は焼いて食べるんです。焼くと副作用が少なくなってまだ食べやすいので」

 熱を入れると分解される系の毒ってことか。

「男はだまって生でかじって強くなるって、聖女様もそうしてたってブルデンじいさんが言ってたんだぜ!」

「あんた! またあの爺さんに酒奢ったの!?

「お前! まただまされたのか!」

 なんていう話をしながら食べたり飲んだりした後、彼らは帰っていった。

 クラクラ茸を残して……。

 ジョンからけんじようひん的な感じで渡され、断りきれなくて受け取ってしまったけど、ぶっちゃけどう処理したらいいのか分からない。

 まぁ、本当に食べる物がなくなった時の非常食にでもするか……。

 それはそうとして、なんとなく彼らと何度も関わっているし、関わってしまったから放ってはおけなくなってきている。

 ……どうやら彼らはステラ教会のいんに間借りしているらしいので、お祈りついでにたまには様子を見にいってみるのもいいかもしれない。


◆    ◆    ◆


 それからまたいくにちか過ぎた。

 毎日のように冒険者ギルドに顔を出し、回復依頼がある時は料金の大小に関係なく受け、廃坑の調査依頼も入ればキッチリこなす。あとは町中をたんさくしつつ本屋を探したり、武具の店を見たり、冒険者に話しかけて情報収集もがんっている。

 そしてたまに教会に顔を出して祈り、ついでにジョンらの様子を確認したり。

「どうぞ、ホンラビです」

「いつもすみませんな。ありがたくちようだいいたします」

 町の外に出てホーンラビットなんかがれた時は売ったりせず、こうして孤児院に寄付することにしている。

 ジョンの様子を確認した時、教会にりんせつしている孤児院も見てしまい……見て見ぬふりが出来なくなってしまったからだ。

「やった! 今夜はホンラビだ!」

「いえぇぇい!」

「おっしゃー! 楽しみっす!」

 子供達に交じってジョンらも大喜びしているけど……まぁそれはよしとしておこう。

ですが、どうぞ」

「ありがとうございます」

 席につき、司祭様が入れてくれた白湯に口をつける。

 冷えた体が少しずつ温まってきて、ホッと息をいた。

 今までどの町でも水を飲む習慣はなかった気がするけど、この町ではみずや湧き水を飲んだりするらしい。

 やっぱり山に近いだけあって水がキレイなんだろうか。

「最近、どうですか?」

 という感じのひねりのない言葉から世間話を始める。

「ほっほ……テスレイティア様のおかげで変わりなく過ごせておりますよ」

 テーブルをはさんで向かい側にすわる司祭様はそう言って白湯をズズッとすすった。

 隣の部屋からは小さな子供が遊んでいる声が聞こえ、台所の方からはダンダンダンッとホーンラビットをぶつ切りにしていく音が聞こえる。

 どうやらスープでも作っているらしい。

 こうやって司祭様と世間話をするのは何度目だろうか。司祭様のひとがらなのか、こうしていると凄く落ち着くような気がして、ついつい長居して世間話をしてしまうのだ。

「ただ、最近は鉱山が休業する日がありましてな。それが気がかりではありますが……」

「話は聞いてます」

「この町は鉱山の町。多くの住人が鉱山に関連する職にいております。そこが止まるとなると……。悪いことにならなければよいのですが」

「鉱山が停止する理由って、なんでしょうか?」

「さて……。このように町のはしに追いやられた老いぼれには、そんな情報は回ってきませんでな。……大教会の方では把握しておるかもしれませんが」

 そう言って司祭様は遠くを見た。

「大教会……」

「あちらは国の上層部とも関わりが深いのですよ」

「あの……そもそも大教会とこのステラ教会ってどんな違いがあるんですか?」

 聞いていいのか悪いのか分からなくて今まで遠慮してたけど、名前が出てきたので思い切って聞いてみた。

「違いなどありませんよ。本来はね」

「本来は?」

「我らは同じくテスレイティア様を信じ祈りを捧げる者。かつては私もあの教会におりました。しかし彼らは国からのえんという名目で──いや、よしましょう。いまさら言っても仕方のないことですね」

 なんとなく、それ以上は突っ込んだ話が出来ないような雰囲気になり、司祭様に礼を言い教会を後にした。

「う~ん……。まぁ、なんだろうな。この町にも色々とあるんだろうね」

「キュ?」

「大人の事情ってモノがあるってことさ」

 これだけ大きな町だし、簡単には語れない様々な事情があるんだろう。

 僕なんかが口を出してどうこうなる話でもないし、難しいよね。

 なんて考えながら冒険者ギルドを目指す。

 今日の仕事、廃坑の調査依頼のかんりよう報告をする必要がある。

 冒険者ギルドの中に入ると、夕方だからか人が多く混雑していて、冒険者ギルドと教会に行く順番を間違えたかと少しこうかいしながら受付の列に並び、ようやく自分の番になって完了報告をする。

「六号坑道、異常なしでした」

「あっ、ルークさん、調度良いタイミングです。実は至急、大事なお話があるのですが、これからお時間、大丈夫ですか? 大丈夫ですよね? ね?」

「えっ? まぁ別に時間は大丈夫ではありますけど……」

「ありがとうございます! それではこちらにお願いします」

「え? 分かりました」

 受付嬢が別の女性に窓口業務をたのみ、僕をカウンターの中に案内した。

 えっ? こっちのスタッフエリア? ちょっときんちようするんだけど……。

 そして部屋の奥にある扉の前に連れてこられた。

「こちらです」

 受付嬢はその扉をコンコンとノックする。

「入れ」

「失礼します」

 受付嬢が入室するのに続いて僕も部屋に入る。

 そこはしつしつのようになっていて、大きな執務机とソファーセットが置いてあり。執務机にはひげづらで大柄な男が、ソファーセットには少女が二人座っていた。

「ルークさんをお連れしました」

「そうか。ご苦労だった」

 受付嬢は執務机の男とそれだけ会話すると僕を残してさっさと部屋から出ていってしまう。

 そしてバタンと扉が閉められた。

 いや、ちょっと、なにか説明をですね……。

「悪いな、来てもらって。とりあえずそこに座ってくれ」

「えっ? はい……」

 執務机の男に言われるがままにソファーに座る。

 向かい側には二人の少女が座っていて、目が合ったので軽くしやくをすると少女らも返してきた。

 しかしこの二人はどこかで──

「俺はこのソルマールの冒険者ギルドのギルドマスターをしているフービオだ」

 ギルドマスター……まぁギルドの奥にある部屋だし、立派な机だし、受付嬢の態度もアレだし、そうなんだろうと思ったけど。

 フービオと名乗った男──ギルドマスターは執務机のイスから立ち上がり、一人がけのソファーに座り、言葉を続ける。

「今回、呼んだのは他でもない。実はお前に特別な依頼をしたいと思ってな」

「特別な依頼……」

「依頼ぬしは──まぁ俺でいいか。依頼内容はこのエレナに回復魔法を教えることだ」

 エレナ? 確かどこかで……。

 おくの中をさぐっていく。

 確か……えっと……あそこでもないし……。

 と、考えていき、目の前の少女を見て思いつく。

「あっ! 例のこんやく欲張りセッ──ゲフンゲフン……」

 エレナが小さく息をみ、隣に座っている少女のうでをギュッとにぎった。

 ヤバい! 失言だったか……。

「……お前もアレを見てたのか。……まぁそれなら話が早いか」

 ギルドマスターはりようひじを膝に突き腕を組み、話を続ける。

「このエレナには魔法の才能がある。光属性も持っている。だが回復魔法が上手く使えない。それもあって婚約破棄なんて──いや、それは大した問題じゃないが。とにかくエレナが自信を持てるようなんとか回復魔法だけでも使えるようにしてやりたい。出来るか?」

 エレナはソファーで下を向いて小さくなってしまっている。

「いや、出来るかと聞かれても、僕もどうやって回復魔法を使えているのかよく分からないですし……」

 ぶっちゃけこの世界の魔法の理論とか体系とかもよく分かっていないし、僕が魔法を使えているのもあの例の白い場所で魔法をせんたくしたからで、それがどう影響してるのかとか、どうすれば魔法が上手くなるのかもイマイチ理解出来ていない。

 人に教えるとか、そんなことが出来る気があまりしない。

「そもそもですけど、どうして僕なんです? 他にも回復魔法使いはいますよね? ギルドマスターならもっと高ランクの回復魔法使いとのぐらいあるのでは? それに回復魔法なら教会が専門ですし」

 少し気になっていることを聞いてみた。

「勿論、伝手はある。だが回復魔法を使ってもらうぐらいなら可能でも教師となると話は別だ。教師だとこうそく時間も長くなるから簡単じゃない。それに俺が親友から預かってるむすめを任せるんだ、ちゃんとした人間でないと安心出来ない。それと教会に関しては……色々と難しい問題がある」

「……評価していただけるのは嬉しいのですが、僕はまだこの町に来たばかりですよ?」

 まだこの町に来て日が浅い僕がここまで信用された理由が見えてこない。

「回復依頼などの仕事をかんぺきにこなしていると報告を受けている。それに受付からの評判も良い。かのじよらはただ受付業務をこなしているだけじゃない。日々のやり取りの中から冒険者一人一人の性格や人となりを観察して評価することも仕事の内だからな」

「なるほど……」

「それに、その若さでBランクをねらおうとする回復魔法使いだからな。日々のたんれんの方も違うんだろ? そのいつたんだけでもこの子に教えてやってくれたらいい。それでこの子が成長出来ればもうけもの。出来なくても……別に文句なんて言ったりしないから安心しろ」

「いや、別にそんな特別なことはしてないですけど……」

 なんか、変に過大評価されてない?

 いや、でも確かに今の僕の歳でBランクの選考に入るレベルとなると普通にゆうしゆうな冒険者というあつかいになるのだろうか? ……客観的に考えてみると、なるような気がしてきたぞ。

「それにだ。報酬の方もちゃんと考えてある。成功すればすいせんじようもらえるよう取り計らうからな」

「推薦状とは?」

「Bランクに上がるためのだ。ないんだろ?」

「ないですけど……。ってどこから推薦状を貰えるんです?」

「それは──」

 ギルドマスターの目が一瞬、エレナの方を向いた。

「それなりにえらい人からだ」

「そうですか」

 それで大体どこからの推薦状なのか推測は出来た。

 そしてエレナの身分的なところも大体の想像が出来てきた。というか、あんな大々的に破棄される婚約がある時点でそこそこの身分があるとは思ってたけども。

「ちなみに、推薦状があるのとないのとで、どんな違いがあるんです?」

「そりゃあ信用度がまったく違うからな。Bランクになるまでの時間も格段に短縮されるだろうぜ」

「なるほど」

 それはりよく的ではあるけど、そもそも僕に誰かを教えるとか出来るのだろうか?

「で、やってくれるよな?」

「それは──」


◆    ◆    ◆


「よろしく、お願いします……」

 エレナの小さな声を聞き、僕も「よろしく」と返した。

 今はギルドの裏手にある訓練場に僕とエレナとマリーサというもう一人の少女の三人で移動してきている。

 結局、依頼は受けることにした。断りにくかったのもあるけど、一番はメリットも大きかったからだ。

 エレナを観察する。

 彼女は今の僕より年下であろう見た目で、小柄で、学校の制服らしきローブを着ている。

 僕の視線を感じたのか、彼女は少しごこの悪そうな雰囲気をまといながら隣に立つマリーサのローブの端をギュッと握った。

 マリーサは僕と同じぐらいの身長で、歳も同じぐらいに見える。服はエレナと同じだけど腰からけんを下げていて、なんとなくエレナのっぽい感じだ。

「それで、僕は君をどう呼べば──」

 エレナの隣の女性、マリーサの目が怖いのでていせいする。

「──もとい、お呼びすればいいですか?」

「……普通に『エレナ』とお呼びください」

「ではエレナ──」

 またマリーサの目がキツくなる。

 ちょっと怖いよ!

「──さんについて、少し聞いてもいいかな?」

「勿論です、先生」

 先生、と呼ばれて少しずかしさを感じつつエレナに色々と聞いていった。

「まず、エレナさんは魔法が使えるんだよね?」

「はい」

「どの魔法を覚えてるのか、聞いてもいい?」

「光源とライトボール……それにヒールです」

「……ちょっと待って、ヒールは使えるの?」

 あれ? 確か依頼内容は『回復魔法が使えないから使えるようにしてくれ』とかそんな話じゃなかったっけ?

「覚えてます、けど、上手く使えなくて……」

「少し見せてもらってもいい?」

「はい。光よ、やせ《ヒール》」

 エレナの手の中に弱々しい小さな光が生まれ、一瞬で消えていった。

「やっぱり……ダメです」

「エレナ、大丈夫、大丈夫」

 目になみだを浮かべたエレナをマリーサがはげましている。

 回復魔法を覚えているけど上手く使えない……そんなことがあるのか……。

 いや、オリハルコンの指輪を使って魔法を覚えた時は僕も似たようなことになったけど、それとはまた少し違う気もする。

「じゃあ、他の魔法も使ってもらえます?」

「はい。光よ、が道を照らせ《光源》」

 エレナの手の中に光の玉が出現する。

 これは僕が使う魔法と大して変わらない。

「光よ、我が敵をて!《ライトボール》」

 次にエレナが発動したライトボールも、僕のと同じように発動し訓練場の端にある石壁にちよくげき。周囲の雪をい上げた。

「それも普通に使えるんだ」

「はい」

「ヒールだけが使えない……」

「はい……」

 エレナの声が小さくなった。

 腕を組みあごに手を当て考える。

 回復魔法だけが使えない。他の魔法は普通に発動する。つまり、同じ光属性でも魔法によって違いがある?

 う~ん……。

「そもそもの話だけど、回復魔法が使えないと、その……問題ってあるのかな? 学校で必要になる……とか? 自信をつける、ってことなら別に他のことでも──」

「なにを言っている?」

 マリーサが一歩こちらに進み出て口を開いた。

「光属性がこうげきに適さないのは光属性持ちの貴方あなたなら知っているはずだ」

「それは知ってるけど……」

「ならば貴重な光属性持ちが回復魔法に特化するよう期待されることも知っているだろう」

「えっ……」

 つまり、光属性持ちは回復魔法が使えないと評価されないとか?

 いや、今までそれなりに冒険者をやってきたけど、そこまであからさまな雰囲気はなかったはず。ということは、それは学校の中だけの話か、この国独特の考え方なのか、もしかすると貴族とか身分の高い人らの中だけの傾向なのか……。

 とりあえず、エレナには回復魔法がどうしても必要らしいということは間違いないらしい。

 これはちょっと想像以上に責任重大かもしれないぞ。失敗は出来ないな……。


◆    ◆    ◆


「ふ~」

 宿屋の部屋に戻ってベッドに突っした。

 この町に来たころは冬の間ずっとこの町で過ごしてたらひまになるんじゃないかと少し心配していたけど、なんだかんだで色々とやることが出来て凄くいそがしくなってしまった。

「これはこれで幸せなこと……なのかなぁ?」

「キュ?」

 不思議そうな顔をしているシオンをワシャワシャとする。

 まぁ、暇な人生よりはマシだよね。

「しかし、回復魔法か」

 まさか人に回復魔法を教えることになるなんて……。

 それは考えてなかった。

 いきなり教えろって言われてもね……。

「あっ! そういえば、専門家がいるじゃない! やっぱりもちは餅屋、だよね」

 ということで翌日。

 さつそく、朝からステラ教会へ司祭様に話を聞きに行った。

「おはようございます」

「おはようございます。今日は朝からお祈りですかな?」

「それもあるのですが、司祭様にお聞きしたいことがありまして。実は僕も光属性持ちなんですが、回復魔法のしゆぎようをどうすればいいのかなと、少し迷っていまして……。出来れば教会ではどんな練習をしているのかとか、可能なら教えていただければと」

「ふむ」

 とりあえずエレナのことは話さないでおいた。

「そうですな。まず心から神に祈りを捧げることです」

「はい」

 それは、まぁそういう話は出てくるだろうと想像はしていた。

「心を乱さず、ただ無心で祈るのです。雑念……外部の雑音に心を乱されてはなりませんぞ」

 教会の外から「フンッ! フンッ!」と冒険者のあらいきづかいが聞こえてくる。

 朝からご苦労なことだ。

「……コレですか」

「……まぁそうです。コレにも心を乱されてはなりません。心を鍛え、祈りを捧げるのです。さすればテスレイティア様は必ずおこたえくださります」

「心を鍛える……」

「祈りが届けば、おのずと回復魔法も強くなっていくのです」

 教会で祈った後、司祭様にお礼を言い、教会を後にする。

「祈り、か」

 腕を組み、考える。

 まぁ、この世界だけでなく宗教ってそういう感じなのは多いよね。祈りにはじやねんというかぼんのうを捨て去ることが大切で、それには強い心が必要、的な話。それは精神論的な話になってくる。

 でも、この世界だと魔法が存在していたり、ちようじようげんしよう的な存在やアイテムがあったり、神がもっと密接に関わってきたりしてるっぽい。そうなってくると精神的でちゆうしよう的な物事というより、もっと物理的で具体的な技術とか経験の話をふくんでいるような気もする。

 神に祈りを捧げることそのものが重要なのか。それとも心を鍛えることが重要なのか……。

「心……いや、待てよ」

 魔法袋の中からメモの束を引っ張り出してきて、この世界に来た初期に書いたメモを探す。

「あった! えっと、MNDは『精神に関する適性。魔力、精神力、魔法ぼうぎよ、回復魔法などに影響』と……」

 この世界に来る前、例の白い場所で見た能力値の説明。その『MND』のしよに書かれていた言葉。それを覚えている内に書き写したこのメモには確かに『回復魔法などに影響』と書かれてある。

「もしかして、MNDが低いから回復魔法が上手く使えない、とか?」

 あるんじゃないか? これ。

 MNDはつまり『精神』であるはず。精神が弱いから回復魔法の威力が上がらない。

 エレナのことを思い浮かべてみる。

 まだ彼女と出会って間もないけど、いつもオドオドしているし、隣のマリーサの腕やそでぐちをいつも握りしめているような印象があるし、どう見ても精神が強いようには思えない。

 次にPIEのこうもくを確かめてみる。

「PIEは『信心に関する適性。各種耐性、魔法成功率、補助魔法などに影響』ね」

 こちらには回復魔法についてのげんきゆうはない。勿論、最後に『など』という言葉があるから書かれている内容以外にも影響を与えているモノはあるのだろうけど。

 つまりPIE──しんこうしんは回復魔法にほぼ影響を与えない。そう考えることが出来るはず。

 となると、回復魔法に重要なのはMNDであって、祈りを捧げること自体はあまり関係がない。

「だとすると、精神を鍛えれば回復魔法が上手くなる?」

 そんな単純な話なんだろうか?

 いや、仮にそうだったとして、どうやって彼女の精神を鍛えればいいのだろうか。

 色々と考えながら冒険者ギルドに行き、回復依頼がないか確認した後、宿屋に戻る。

「今日はえらく早いじゃねぇか」

「ちょっと部屋で考え事でもしようかと思いましてね」

「おぉ、いっちょまえに学者のようなことを言うじゃねぇか」

「……学者より大変かもしれないことを考えるんですよ」

「お、おう」

 受付のブライドンさんに軽くあいさつして部屋に入る。

 荷物やシオンをベッドの上に置き、ベッドの上であぐらをかいた。

 現状、他に方法も思いつかないし、この仮説を元に少し考えてみよう。

「とりあえず、精神統一からかな?」

 うちの道場含め大体の武術の道場では精神統一の時間がある。

 それで精神を整えてからけいに入り、稽古終わりにも精神統一で心を落ち着ける。それが一つの決まりのようになっていてルーティン化していたので、僕は今でも体を動かす時はなんとなく精神統一するようになっている。

 精神統一で心が鍛えられるのかは分からないけど、心の安定を得るための一つの方法であることは間違いないはずだ。

「とりあえず、僕が知ってる方法を色々と試していって、良さそうなのを彼女にもやってもらうか」

 まずは精神統一からちょっと自分で試してみよう。

 目を閉じ、手をおなかの前で軽く組む。

 大きく息を吸い込み、吐き出すと同時に頭の中の雑念も吐き出していく。

 また大きく息を吸い込み、吐き出す。もう一度、大きく息を吸い込み、吐き出す。

 深呼吸を続けながらリラックスしていく。そして周囲の雑音が薄れてきて精神が研ぎまされてきた頃、たんでんにある魔力を大きく強く感じるようになってきた。

 地球では感じたことのないこの感覚にはまだ慣れない。慣れないからか、意識がそちらに引っ張られていく。

 なんとなく、丹田の中で魔力をゆっくりと回転させようとしてみる。すると魔力が不規則に不安定にゆっくりと回転を始めた。それに圧力を加え、自分の思うように回転させてみようと試みる。すると、油まみれの手でボールをつかんだ時のようにヌルッと力がはじかれ、また不規則な動きになってしまう。

 それを修正するようにまた圧力を加えてみる。失敗。もう一度。失敗──

「キュ」

「ん?」

 いつの間にかシオンが膝の上にいて、まえあしで僕の胸をテシテシたたいていた。

「ん~? あっ! もうお昼の時間?」

「キュ」

 集中している間にそこそこ長い時間がっていたようだ。

 ……って、なんだか体内魔力とたわむれることに集中してしまって本来の精神統一とは方向性が違ってしまった気もするけど……まぁいいか。それでも心を落ち着かせて集中することは出来たしね。


◆    ◆    ◆


 昼食後、今日は時間もあることだしリゼを呼んで遊ぶことにした。

 たまには息抜きの日があってもいいしね。

「わが呼び声に応え、道を示せ《サモンフェアリー》」

 いつものように光の立体魔法じんの中からリゼが現れた。

「こんにちは!」

「やあ!」

「キュ!」

「シオーン!」

 来て早々、リゼとシオンが部屋の中で追いかけっこしている。

 暫くそれを微笑ほほえましく見ていたけど、少し思い出したことがあったので魔法を発動させた。

「それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 ホーリーディメンションを部屋の壁に向けて発動させ、光の扉を出現させる。

「リゼ、ちょっとこれを見てほしいんだけど」

「なに?」

 ホーリーディメンション内にリゼを呼び、ゆかに置かれた皿の中にあるモノを指差した。

 それはオランの種から出た芽。実験は順調に続いていて、井戸水、魔法の水、聖水の三つの水で育てているオランは順調に育っていて、どれも指の先ぐらいの大きさまで育ってきている。

 じやつかん、聖水で育てている皿の生長が良い気もするけど、現時点ではまだ誤差のはんだろう。

「ほら、ここまで大きくなったよ」

「くさ?」

「オランの芽だね」

「ん~。どうしてこんなに小さいの?」

 リゼは少し不思議そうに首をかしげている。

 どうしてか? と聞かれて一瞬、答えに困る。

「……う~ん、まだ種をいたばかりだからかな」

「そうなんだ?」

 リゼはまだ不思議そうに腕を組んで首を傾げている。

 なんだ? 今のこの状況になにかおかしな部分でもあるのか? と、考えてみるけどかいもく見当がつかない。

 するとリゼがおかしなことを言い始める。

「あっ! お薬、使った?」

「えっ? 薬?」

 薬? なんだそれ? いや、待てよ……農業で薬……。そうか! 農薬だな! 果物は虫でダメになることが多いと聞くし、やっぱり農薬で虫対策しなきゃマズいよね!

 ……いやいやいや、果物に農薬の使用をオススメするようせいとかイヤすぎるよ! ファンタジーの世界ぶっこわれすぎる!

 ……なにか他に薬ってあったっけ? なにか……薬……。

「あっ!」

 思い付き、魔法袋の中をガサゴソとあさってそれを引き抜き、天に掲げる。

「前にリゼに貰った薬! 確かにあった!」

 そう。以前、シオンを助けた時にリゼからお礼として貰ったアイテム『謎のお薬』だ。

 じゆうじつした回復魔法もあって特に薬なんかにたよることもなかったから、貰ってそのまますっかり忘れてた!

「それ!」

「キュ!」

 リゼがビシッと指差し、よく理解出来てないはずのシオンも前脚でビシッと差した。

 どちらも凄く得意げな顔だ。

「……で、これがなんなの?」

「それを、ここに使うんだよ!」

 リゼが皿を指差しながら言う。

「この皿の中に入れたらいいの? それで、入れたらどうなるの?」

「ぶわっ! となるんだよ!」

 リゼは空中でびするような仕草をしながら「ぶわっ! ぶわっ!」と言っている。ついでにシオンも似たようなポーズでアピールしている。

「……つまり、これを入れた水で育てると、もっと大きくなるってこと?」

「そう!」

「キュ!」

 そんなこと、あるのか? そんなの完全に物理法則を無視して──いや、そもそも魔法がある世界だしな……考えるだけか。

「どれぐらい入れたらいいのかな?」

「ちょっとだけね。たーっくさん使ったら大変だよ!」

「キュ」

 シオンがうんうんうなずいているけど、本当に理解してるのだろうか?

 まぁとにかく、びんふたをキュポンと引き抜き、慎重に皿の中の方にかたむけた。

 瓶の中から少しねんのある液体がトロッと出てきて皿の中にピチョンと落ちる。

 とりあえず一てきだけにして様子を見よう。

 残りの皿にも同じようにお薬をたらし、少し待ってみる。

「……変わらないね」

「そんなすぐには変わらないよ!」

「キュ!」

 いや、シオンは本当に理解してるの……。まぁともかく、そんなにそつこうせいのあるお薬でもないようなので、とりあえず今日はここまで、ってところで時間がきてリゼが元の世界に戻っていき、僕らはホーリーディメンションから出てゆっくり過ごしたり、夕食を食べたりしてまったり過ごした。

 そして翌日。朝起きて、なんとなく気になってホーリーディメンションを使う。

「それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 光の扉の扉が現れ、中からいつものホーリーディメンションの部屋が──現れなかった。

「なんだこりゃ!」

 思わずさけんでしまう。

 隣の部屋から「朝からうるせぇぞ!」とり声が飛んでくる。

「すみません!」

 とあやまりつつも、心と目線は完全にホーリーディメンションの中。

 そこにあるのは、緑。

 三つのお皿を置いていた場所を中心に緑の葉っぱがワサワサと床をおおっていた。

 恐る恐るその中の一つの葉っぱをつまみ上げてみる。

 葉には細いくきがついていて、その先には直径が五ミリぐらいの太めの茎があり、根もついている。葉先から根まで全長は三〇センチぐらい。そんなモノが部屋の床に無数に転がっていた。

「そうか……」

 状況から考えて、リゼが言ったように昨日入れた薬のおかげでオランの芽が急生長した。でも皿の中に入れただけで土なんてないから自重を支える根を張れず、たおれて床に転がったと。

「まさかこんなに急生長するとは思ってなかったし、どうしよう……。まったく考えてなかったな……」

 リゼの謎の薬で大きく育ったのはいいとして、これからどうすればいいのか考えていく。

 確か発芽ぐらいまでは種の中の栄養素だけでも育つから水耕さいばいでもいけるけど、大きくなってきたらちゃんと栄養素を取り込ませないと上手く育たないはず。つまり肥料的なモノがないなら土が必要。

 となるとはちえにしなきゃいけないよね。

「よしっ! 植木鉢と、土を探しに行こう!」

「キュ!」

 そうして町にり出し、とうを売っている店で植木鉢になりそうなうつわを三つ買い、大きめのスコップも買った。

 あまりこういったモノは家を持たないことが多い普通の冒険者は買わないことが多いので今まで出来るだけ買わないようにはしていたけど、今はそうも言ってられない。早く植ええないとオランがれてしまう。

 そうしてスコップをかたかつぎ、植木鉢をわきかかえながら門を抜け、町の外に出た。

「さて、どっちに向かおうか」

 この周辺は岩がき出しで土がほぼない。けいしやもあったりして雨なんかで土が流されやすいのも一因なのだろうか。

 そして今の季節は雪がそこらに小さく山になっていて、まとまった土を探すのが余計に難しそうだ。

 とりあえず町の東側に適当に歩きながら土を探し、出てきたホーンラビットをスコップでなぐり倒し進む。

 そうして暫く歩いてようやく見付けた土まりの中にスコップを差し込んだ。

「う~ん、ちょっとぬかるんでるな」

 今は雪が降っては昼間の太陽で解け、それが夜にこおり、また朝に解けるというサイクルを繰り返すような時期で、土がドロドロな場所と凍ってる場所とシャーベットのようになっている場所があり、植木に使うには状態が良いとはいえない感じだ。

「土を焼くか」

 焼けば水分を飛ばせるし、土中のびようげんきんや虫も殺せるはず。

 昔、母が部屋の中で観葉植物を育てようとして適当に裏の林から採取してきた土を使ったおかげで大変なことになったことがあった。暖かくなってくると土中から謎の虫がして出てきて部屋中に飛び立ったのだ。

 あの時は観葉植物を育ててるのか害虫を育ててるのか分からなくなったよね……。

「思い出したくない嫌な記憶を思い出しちゃったよ……」

 頭を軽くって記憶をき飛ばし、おい袋の中からなべを取り出して中に土を入れる。

 こういう使い方をしたくないけど、他に方法がないので仕方がない。

 そうして周囲から適当な大きさの石を拾い集めてきてかまどを作り、火種の魔法で鍋の底から熱を加えていく。

 これも周辺に燃やせるような木がないから仕方がない。

 そんなこんなで苦労しながらも土を手に入れ、三つの植木鉢に土を盛った。

 後はオランのなえを植え替えるだけだけど……。

「ここなら、誰かに見られることもないか。それは新たなる世界。開け次元の扉《ホーリーディメンション》」

 目の前の空間に光の扉が現れた。

 ホーリーディメンションの中に入り、三つの皿それぞれから一番生育が良さそうな苗木を一つ選び、それを植木鉢に植え、残りの苗木を土溜まりの方に捨てる。ここまで大きくなってしまうとこれ以上ホーリーディメンション内で全ての苗木を育てきることは不可能だろうしさ。

 無理にこの本数をホーリーディメンション内で育てたらジャングルになっちゃうからね。


◆    ◆    ◆


 翌日、ホーリーディメンション内の三本の苗木にそれぞれお薬入りの三種類の水をやってから宿を出た。

 昨日は朝に一気に生長してたのでビックリしたけど、今日はそこまで大きな生長はなかった。生長がどんしたのか、それともそういう仕様なのかは不明だけど、暫くは様子を見ていきたいと思う。

「おっと」

 くつ裏がギュッと軽くすべり、転びそうになる。

 雪が解けたり凍ったりを繰り返したのか、地面がはんに凍って滑りやすい。これは気を付けて歩かないとね。

 大通りを歩きながら通り沿いの店を確認していく。

 ここ数日でせいせん食品系の店がいくつか閉店した。やっぱりそういう店は冬ごもりに入って商売をやらなくなるのだろうか。日本でも暖かい時期だけ農業をして冬は内職で着物やかさを作って春先に売りに行っていたという話を聞いた気がするし、そういう感じなんだろう。

 冒険者ギルドの扉を開けて中に入る。

 いつものように受付で回復依頼を確認し、それから酒場の方に向かう。

 と、カウンター席で飲んでいるニックさんを見付けた。

「おはようございます」

「よう。元気にやってるか」

「えぇ、変わりないですよ」

 なんていう言葉をかわしながら僕もカウンター席に座る。

「最近、ギルドマスターに可愛かわいがられてるらしいじゃないか」

「まぁ……そうなるんですかね?」

 良い仕事を振ってもらってはいるから、そういう認識になるのだろうか? まぁ、儲からない仕事もやってるから個人的には微妙な気分だけど。

「冬はかせぎの良い仕事が減るからな。高ランク冒険者は早い内に貴族のていの指南役になるか自己鍛錬に明け暮れたりで冬場はギルドに顔を出さなくなっちまう。ギルドマスターも動かせるこまを確保しておきたいのだろうさ」

「自己鍛錬って、どんなことをするんです?」

「剣のりに肉体作り……。この町じゃ冬は外での鍛錬が難しいからな」

 確かに雪で地面が滑りやすくて走り込みなんて出来ないだろうし、そもそも寒いと外に出て訓練とかする気にはならないか。

「だから一流冒険者の中には冬場は完全に休みにして春からの準備にてるヤツもいる。新しい武具を作ったり情報を集めたりな。暖かい時期には出来ないことも冬ならいくらでも時間が作れる」

「武具を作るって、どこで作ってもらえるんです?」

「なんだ、しようかいしてほしいのか?」

「お願いします!」

 そんな感じでニックさんから色々と話を聞き、他の冒険者からも情報収集したりして軽く昼飯をつまみ、昼過ぎに冒険者ギルドの受付に向かう。

 今日はエレナとの二回目の授業だ。

「すみません、例の依頼の件で」

「あぁ、はい。どうぞ」

「今日は上の会議室を使いたいんですけど、大丈夫ですか?」

「問題ないですよ」

「では、そちらで待っていますので」

「分かりました。先方がお着きだい、そちらにお通しします」

 それだけ簡単に用件を伝えると階段を上って二階の会議室に入る。

 イスに座り、シオンをフードから出して膝の上に置く。

「……エレナさんが来るまで、まだまだ時間かかるかもな」

 シオンをでながら、暇なので精神統一をしていく。

 目を閉じ、大きく深呼吸し、呼吸をゆっくりとしたペースに変えていき、頭を無にする。

 階下の冒険者の騒ぎ声。酒場から漏れた酒のにおい。膝上のシオンの温かさ。それらが薄くなってくると体内の魔力を強く感じるようになってきた。

 その魔力の大本である丹田の魔力の玉にげきを与え、回転させてみようとする。

 丹田の魔力がゆっくりと不規則に回転していくが、自分の思うように回転させようとするとヌルッと弾かれてしまう。

 色々と試行さくしながら何度も何度もチャレンジしていく。

 これになんの意味があるのか分からないし、それ以前に有益なのか無害なのか有害なのかすら分からないけど、暇な時に目の前にボールがあったら拾って触ってしまうように、ただなぐさみ的にやってしまっている。

 これは冬場の暇な時期にしかやらなかったことかもね。

 この世界に来てからは毎日のように冒険者活動でなにかをしてたし、常にやることがあったからひまつぶしをしようとは思わなかった。地球にいた頃は武術の練習やダンベルなんかでトレーニングをしていたけど、こちらに来てからは日常生活自体が実戦とトレーニングみたいなモノで、それもあまりしなくなっていた。

 冬の間は暇な時間も多いし体作りや武術の再確認など色々としてみてもいいかもしれないな。

 そんなことを考えていると、扉がコンコンとノックされエレナとマリーサが入ってきた。

「先生、今日もよろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

「キュ」

「あら……その子は?」

 フードの中から出てきて挨拶したシオンが気になったのか、エレナが反応する。

「この子はシオン。僕の──まぁ相棒みたいなものです。いてみますか?」

「いいのですか?」

「この子が嫌がらなければ」

 シオンを抱き上げてエレナに渡してみる。

 シオンは大人しく抱かれ、エレナの腕の中で丸くなった。

 エレナは暫くシオンをやさしく撫で、時に小さくがおを見せたりして癒やされているようだった。僕もそれを見て少し癒やされたのだけど、タイミングを見て今日の授業内容について声をかける。

「今日は精神統一をしてみようと思います」

「精神統一……ですか?」

「そうです。まず目を閉じて──」

 一通り精神統一のやり方を説明し、エレナに実際にやってもらう。

「目を閉じて。大きく息を吸って、吐いて。息を吸って、吐いて。頭の中から雑念を追い出して、気持ちを落ち着けて」

「はい」

 エレナは目を閉じ、なおに僕の指示に従った。

 正直なところ、彼女はビックリするぐらい本当に素直な人だと思う。

 長い金色のかみを纏うように垂らし、目を閉じて前を向く彼女は婚約破棄をされてしまうようなひどい人間には僕には見えなかった。

 一分、二分と時間が流れるが、彼女は微動だにせず、精神統一を続ける。

 と、しびれを切らしたのかマリーサが口を開いた。

「ルーク殿どの、これにはどんな意味が──」

 その言葉を「静かに」と言いながら手で制す。

 エレナがピクリと反応し、手を動かそうとした。

「エレナさんは続けて。周囲の雑音に耳を傾けないように」

 今度は目でマリーサを制し、シオンを撫でた。

 エレナは元の姿勢に戻り、また精神統一を続ける。

 それからせいじやくが一分、二分、三分と続き、どれだけの時間が流れたか分からなくなった頃、ていたシオンがクシュンとくしゃみをした。

「あっ……」

 その音でエレナが目を開けてしまう。

 そろそろ良い時間だろうか?

「精神統一はこれで終わりにしましょうか。次は訓練場でやるので移動しましょう」

 そう言いながら立ち上がり扉に向かう。

 と、マリーサがまた同じ質問をしてきた。

「それでルーク殿、この精神統一とやらにはどんな意味があるのです?」

 ……まぁ、そういう質問をされる気がしたけど、ぶっちゃけそれを聞かれると本当に困る。

 僕が持ってる様々な情報から考えて、MNDが回復魔法に大きな影響を与えているのは間違いないけど、MNDは精神のことっぽいから精神を鍛えれば回復魔法が使えるようになるんじゃないかというのは推測だし、精神統一をすれば精神が鍛えられるだろうというのも推測だ。つまり推測に推測を重ねた状態。

 まず、そもそものMNDの存在についてから説明出来ない時点でマトモな説明なんて出来ないんだけどね……。

 なので説明するとなると少々あいまいな話になってしまう。

「これは僕がやっている修練方法です。続ければ効果はあると思いますよ」

「……そうですか」

 完全にはなつとく出来ないけど回復魔法なんて門外漢だから納得するしかない、という感じだろうか。

 まぁこちらとしても、やれることをやれるようにするしかないわけで色々と仕方がないんですよね。

 二人を連れて訓練場に行き、エレナに練習用のぼつけんを「はい」と渡した。

「あの……これで、どうすればいいのでしょうか?」

「あの人形を思いっきり叩いてみてください」

 訓練場の端にある標的のカカシを指差しながら言った。

 次のメニューは武術の修行だ。健全なる精神は健全なる身体からだに宿る、とも言うし、心を鍛えるにはまず身体からと考え、とりあえず剣でも振らせてみようと思ったのだ。

「わかりまし──」

「ちょっと待ってくれ。ルーク殿、これにはどんな意味があるのです?」

 すぐに動こうとするエレナを止め、マリーサがそう聞いてきた。

「これは僕がやっている修練方法です。続ければ効果はあると──」

「いや、ちょっと待て。精神統一とやらはともかく、剣を振ることと回復魔法にどんな関係があるのだ?」

 マリーサの腰を見ると使い込まれたショートソードがあった。

 あっ、うん……こっちに関しては専門家なんだよね。そりゃごもっともな疑問か……。でも、納得してもらうしかないんだよなぁ。

「……ギルドマスターが言っていたように僕の修練方法の一端をエレナさんに体験してもらうしかないんです。これで納得出来ないなら残念ですけど、この依頼はなかったことにしてもらうしかないですね」

「……」

 少しのちんもくおとずれる。

 なにかを考えているような顔のマリーサ。

 その沈黙を破ったのはエレナだった。

「……マリーサ、私、なんでもやってみたい」

 エレナのその言葉にマリーサも「エレナがそう言うなら……」と引き下がった。

 ……マリーサも悪い子ではないんだろうけど、過保護なところがあるのかもしれない。

 まぁ、エレナを見てる感じ、過保護になってしまうのも分からないでもない。なんというか欲が湧いてくるような存在なのだ、エレナは。

「ええぇ~い!」

 トコトコと走っていったエレナがかわいらしい気合いと共に木剣を振り下ろし、カカシがポカッと軽い音をたてた。

 そして振り向いたエレナが「やりました!」と叫んだ。

「かわいいな……」

「そうだろう、そうだろう」

 マリーサがうんうんと頷いている。

 どうしてお前がそんなに得意げなんだ? というツッコミは入れないでおく。

 まぁ、色々とありつつ、とりあえずはなんとかやっていけそうかな?


◆    ◆    ◆


 翌日。朝から冒険者ギルドに顔を出す。

 が、いつものように掲示板を確認しようとするも、掲示板の周辺にはいつも以上の人だかりが出来ていて近づけない。

 近くにいた顔じみの冒険者に話を聞いてみる。

「なにかあったんですか?」

「あぁ、どうやら鉱山のしゆう人数が減らされたらしくてな。あぶれたやつらがこちらに殺到したらしいぞ」

「募集人数のさくげん? そんなこと、あるんですか?」

「さあな……。俺も聞いたことねぇよ」

 なにかあったのだろうか?

 受付に行き、回復依頼の確認ついでに聞いてみる。

「これ、どうなってるんです?」

「私共も完全には把握しておりません。ただ、鉱山労働者の募集が減っていることは間違いないようですね」

「そうですか……」

 ギルド側も状況を把握してない? いや、把握していても一人の冒険者にペラペラ話すことでもないのか。これがモンスターの情報とかなら話は別だろうけど。

 逆に言うと、問題の原因は冒険者ギルドがせんさくするような内容ではない──つまりモンスターがらみではないのかもしれないな。

 恐らく冒険者ギルドは冒険者と依頼者のちゆうかいやくでしかない。周辺モンスターの情報や周辺地域の情報など冒険者活動に有益そうな情報を冒険者に積極的に開示しても、町の政治や商業について関係しそうな内容を積極的に開示したりはしない印象がある。

 それも地域によってまちまちだし、ギルドマスターによっても方針が違いそうだし、状況によっても変わるっぽいけどね。

 まぁとにかく、これ以上ここではどうにも出来なそうだ。

「ルークさん。また廃坑の調査をお願いしたいのですが、大丈夫ですか?」

「あぁ、はい。行きます」

 調査依頼を受けることにして、冒険者ギルドを出て町の壁を目指して歩く。

 しかし調査依頼に行く前にニックさんに紹介してもらったを見ておきたい。

 お手製の簡易地図を見ながら大通りからわきみちに入り、暫く進んで道を曲がった先にその店はあった。店の中からトンテンカンとハンマーを振る音が漏れてきている。

「すみません」

 扉を開けて中を見ると、正面にカウンターがあり、そこで若い男の店員がカウンターにひじをついてうつらうつらしていた。

 どうやらこの店は鍛冶場と店がぶんされているようで、ハンマーの音は若い男の後ろにある扉の奥から聞こえているようだ。

 周囲を見回してみると、一面の壁に様々な武器や防具がちんれつされていた。

「すみません。ちょっといいですか? お~い!」

「んん……あぁん?」

「店内の武具、見てもいいですか?」

「あ~……あぁ、好きにしてくれ」

 店員に確認を取ってから店内の武具を見ていく。

 剣にやり、メイス、よろい、等々、様々な武具が置かれている。が、大体が鉄製か銅製でミスリルとか高そうなモノはないように見える。

 その中の一本の槍を手に取り、軽く振ってみた。

「いいね」

 手にむし重量バランスも悪くない。

 そろそろメインで使えるもの系武器がしいんだよね。例の白い場所で見た僕の才能的には槍が一番合ってたし槍が良さそうだ。アルッポでは打撃武器が効果を発揮するかんきようだったからこのミスリル合金カジェルを買ったけど、やっぱり打撃武器だけでは難しい場面も多いはず。前に戦ったロックトータスにしても、良い槍があれば引っ込んだ頭や手脚にごういんに槍を突き入れられたかもしれないし、もしかすると槍であのこうを一刀両断出来たかも! ……というのは難しいとしても、もう少しやれることは増えた気がする。

 でも、鉄の槍だと刃こぼれやゆがみが発生するから動物の骨とかかたいモノをけて攻撃する必要があって難しいんだよね。ロックトータスの甲羅相手には絶対に使えない。

 となると、もっと良い素材を使った武器がいいし、ホーリーディメンション内にはアルッポのダンジョンで倒したドラゴンゾンビの骨があるけど……。

「まだここでは怖いんだよね」

 アルッポのダンジョンにドラゴンゾンビが出たことは恐らくすぐに知れ渡る。僕が回収した素材の残りは誰かが持ち帰っただろうし、それがどう使われたか売られたかは知らないけど彼ら以外のルートからドラゴンゾンビ素材が持ち込まれたら、そりゃ気付かれる可能性が高いはず。特にこんなアルッポとは人の行き来が多くて経済的にもつながりが深そうなりんごくでは情報が伝わってしまう可能性が高い。もう少し遠くに行かないとドラゴンゾンビ素材は怖くて使えない。

「仕方がないか」

 槍を元に戻し、別の槍を摑む。

 並んでいる槍にもいくつかタイプがあって、短い物から長い物、さきぐなタイプからふたまたや三叉になっている物とか、おののようになっているハルバードタイプもある。

 が、やっぱり僕は真っ直ぐなタイプが使いやすく感じる。家での修練で使ってた木の槍がストレートだったからかもしれない。

 しかし、色々と展示品を見てきたけど、良い形はあるけど僕が求めているような良い素材製のモノがない。

 店員に話しかける。

「ミスリル製とかの槍って置いてないんですか?」

「ミスリル製なんか作り置きはねぇぞ。高い武具は使用者に合わせて作らなきゃ無駄が多すぎるからな。注文するのか?」

「そう……ですね。お願いします」

「ちょっと待ってろ」

 店員は後ろの扉を開け、そこから「親方! 注文です!」と叫んだ。

 暫くすると奥から中年男性が現れる。

「注文だって? なにを作るんだ?」

「槍が欲しいです」

「素材は? どんな槍にするんだ?」

 そう聞かれ、しばなやんでから答える。

「ロックトータスをつらぬける槍を!」

「無茶を言うな! そんなモン、オリハルコン製の槍でも貫けねぇだろ。それがしたいならみずからの技量でなんとかしろ」

「えっ? オリハルコン製でも無理なんですか?」

「いや、俺もオリハルコンなんざ触ったことはねぇけどよ。いくらオリハルコンつっても結局はただの金属だろ? 槍にすればそりゃ硬いだろうしれ味は最高だろうが、それだけでロックトータスが貫けるわけじゃないだろ?」

 う~ん……。なんかこう、ファンタジー的な凄い素材で作った武器ならなんとなく岩でも鉄でもとうみたいにスパスパ斬れるようなイメージがあったけど違うのか?

「まぁ属性武器とか魔法武器、アーティファクトならロックトータスぐらい貫ける武器もあるだろうぜ。俺は専門外だけどな」

 やっぱり最終的にはアーティファクトを探し求めるしかないのかな。

 ん? いや、待てよ。

「そういやさっき、自らの技量でなんとかしろって言ってましたけど、実際にロックトータスを貫けるような人っているんですか?」

「あぁ……いるんじゃねぇの。そんな話は聞くしな。すげぇ冒険者が大地を叩き割ったとか、どっかの国の騎士団長が鋼鉄の門をぶった斬ったとかよ。そういう奴らならロックトータスでも真っ二つなんだろうぜ」

「実際に見たことはないんですか?」

「おいおい、俺はここでつちを振るうだけの鍛冶師だぞ。そりゃ俺だってそれなりに凄いヤツらに剣を打ってるが、そいつらが本気で剣を振るうところなんざ見るこたぁねぇよ」

 まぁそうか。こんな店の中で武器を本気で振り回すなんてないか。

 しかし、なんとなく分かってきたのは、この世界でも物理武器でロックトータスを貫いたり鋼鉄の門を斬り飛ばしたりするのはせんとうをしないいつぱんじんからしたら異常だってこと。でも、一部の凄い人はそういったことが出来る能力を持っていると。それが単純にレベルを上げていってSTRを上げれば可能になるのか、アーティファクトのようなとくしゆな武器があれば可能になるのか、それ以外になにかあるのか、それは分からないけど。

 思えばAランク冒険者のゴルドさんの本気の戦いをチラッと見たけど鉄の鎧ぐらいは叩き斬っていたイメージだし、それぐらいの存在になると可能になるのだろうか。

「で、どうすんだ?」

「作ります! 丈夫で魔力の通りが良い槍を」

 とりあえず今は槍が欲しい。斬れ味が良くてがんじような槍が。鉄の槍のようにちょっと骨に当たっただけで刃こぼれするようだと強いモンスターと戦った時に心もとないし、魔法武器やアーティファクトを入手する伝手もないし。

「長さはこれぐらいで、穂先はこんな感じ」

「なるほど、じゃあいしづきは──」

 自分の理想とする槍のイメージを親方に伝えていき、親方からもフィードバックを貰ってイメージを修正していった。

 そして大体の形が決まった頃、親方が別の話をし始めた。

「ところでお前さんが持ってるその棒、ちょっと見せてくれねぇか?」

「これですか?」

 手に持ってるミスリル合金カジェルを親方に渡すと、彼はそれをゆっくりと確かめていった。

おもしろいモノを作ってやがるな。鉄にミスリルと……他にも金属を混ぜて軽量化しつつ強度を高めたんだな。これはアルッポで作られたんだろ?」

「分かるんですか?」

「ミスリルはアンデッドに効果が高い。打撃武器もアンデッド向きだ。だがこの金属量を必要とする武器にミスリルを使おうとするとかなり高くなっちまう。普通はこんな武器は作らねぇよ。あるとしたらアンデッドダンジョンがあったアルッポしか考えられねぇな」

「なるほど」

 やっぱり希少価値の高いミスリルを棒状にすると剣や槍なんかより多くの量を必要とするし、ぜいたくな使い方だよね。

「これ、いくらしたんだ?」

「確か……金貨一〇〇枚だったような」

「おいおい安すぎだろ……それじゃ赤字だぜ」

「あぁ、確か売れ残ってて、それで値引きしてくれたんじゃないですかね」

「よくやるな……」

 親方からミスリル合金カジェルを返してもらう。

「それで、槍はいつ出来るんです?」

「そうだな……。ここ数日は仕事も入ってねぇから暇だしよ、の発注先次第だが数日で出来るだろうな」

「じゃあ数日後に様子を見に来ますね。これは手付金の金貨三〇枚です。残りの七〇枚は完成後に」

「あぁ、良いモノ作ってやるよ」

「期待してます」

 鍛冶屋を出て調査依頼に向かう。

 来た道を戻り、門に向かい歩きながら周囲の店なんかを確認していく。

「開いてる店、減ってきたな」

 大通りでも以前より看板が外されている店が目立つようになってきた。

 最初この町に来た頃、大通りには人があふれ、全ての店が営業していてにぎわっていた。しかし今は人通りがまばらだし、馬車も走ってないし、店は閉まっている。

 空を見上げると雪がパラパラと舞い降りてきた。

 寒くなってきたから閉店してるのだろうか。

「まぁ、冬はそんなもんか」

 気持ちを切り替え門を出て廃坑を目指す。

 今日は以前にも確認した四号坑道だ。確かクラクラ茸が生えている場所だったはず。

 解けてみぞれになった雪をシャリシャリ踏みつぶしながら進む。

 そんな道を暫く歩いているとかわぐつの中に水が染み込んでくる。

「これは……早めに帰らないと危ないかも」

 やっぱり防水性能は現代日本の靴より弱いし仕方がないけど、下手をするととうしようとかになるかもしれない。ゆうのある冒険者が冬場に狩りをしない理由の一つはこれなのかも。

 少し急ぎながら目当ての廃坑に入り、サクサクと中を確認していく。

 廃坑調査は既に何度も経験しているし、この廃坑は前に調査した場所だから問題なく進んでいく──が、廃坑の奥、マギロケーションに反応を感じた。

「……人、か」

 この洞窟はクラクラ茸が生えているため採取しに来る人がいる──というか前回はジョンのパーティに会ったし、今回も人と会っても別におかしくはないのだけど。

「一人だけってのが少し気になるんだよね」

 比較的、町から近い場所だとはいえ外にある廃坑だし、ここのクラクラ茸を口にしなきゃ食っていけないようなレベル帯の人が一人で来るのは危険だ。普通はモンスターとそうぐうしても大丈夫なように複数人で採取に来るはず。つまり、この先にいるのは食いっぱぐれたスラムの人間ではない可能性がある。……まぁ、ただのボッチの可能性もあるけど。

「……どうするかな」

 気配を消して近づくか、堂々と近づくか……。

 こういった時は、こっそり近づくというこう自体が敵対行動と思われる可能性があるため、堂々と近づく方がいい場合もある。でも、ヤバい相手ならこっそり近づいて様子を見た方がいいかもしれない。

「まぁ、今回は気配を消しながら近づいてみるか。これもあるし──闇よ」

 光源を消して闇のローブの効果を発動した。

 暗闇の中、身体が周囲の闇と同化していく感覚があり、気配も薄くなった気がする。

 アルッポのダンジョンのボスだったリッチが装備していたこの闇のローブは高性能で、闇の中で効果を発動すると姿だけでなく音なんかもかなりカットしてくれる。その効果はリッチとの戦いの中で実感済みだ。

 ただ、明るい場所では効果が薄れるようで、昼間だと効果があまりない。

 マギロケーションを3Dレーダーのように使いながら慎重に人の気配の方に歩を進める。

 完全に気配を消せるわけではないので音を出来るだけ出さないようにする。

 暫く進むと曲がり角の奥からぼんやり光が見えてきた。

 ミスリル合金カジェルを握り直し、ゆっくりと近づいて曲がり角から顔だけ出してのぞいてみる。

「……」

 そこにいたのは、人。黒いローブを纏い、地面にかがみながらなにか作業をしている人。

 それを暫く観察。

 その人物は地面に大量に生えているクラクラ茸を採取し、品質を確認しているのか角度を変えて眺めたりした後、ふくろに入れていた。

 クラクラ茸を採取しに来た人らしい。どうやらボッチ説が正解だったか──と安心しかけた時、その人物が顔をこちらに少し傾け、その顔に張り付いている白い仮面が見えた。

 光に照らされた白い仮面が能面のように暗闇に浮かび上がる。

 なんだ? 仮面? どうしてそんなモノをする必要がある?

 普通に考えると正体をかくしたいから仮面をするはずだけど、そこまでしてクラクラ茸の採取を隠す理由も思いつかない。

 もっとよくその人物を観察してみる。

 よく見ると、その人物の着ている黒いローブは破れもなくキレイだし、黒い手袋なんかもしている。どうもスラムの住人には見えない。

「……」

 さて、どうするか。

 あやしいことこの上ないが、別にあの人物は悪いことをしているわけじゃない。クラクラ茸の採取は問題ないはず。食べると少々クラクラしちゃうクラクラ茸であってもこの世界では合法だ。危険薬物とりしまりほうなんてないのだから。つまり、あの人が怪しい格好でアレなキノコを採取していても文句を言う理由なんてないのだ。

 かと言ってあの人とここでせつしよくする気にもならない。

 それはそれで良くない感じがするし……。

 そうこう考えている内に仮面の男は別の場所に歩いていった。


◆    ◆    ◆


「すみません、依頼の報告なんですけど」

「調査依頼ですね。どうでしたか?」

「そのことで、ちょっといいですか?」

「……わかりました」

 受付嬢は後ろにいた別の職員に受付を任せると、カウンターから出てきて二階の会議室に僕を案内した。

「なにか問題でも?」

「問題、というほどの話でもないのですが、廃坑内で怪しい人物を見まして……」

「怪しい人物、ですか?」

 彼女に洞窟内で見たことをくわしく説明していく。

 勿論、闇のローブとかのことはせてだ。

「確かに、それは少し怪しいですね……。で、その人物とは接触しましたか?」

「いえ、気付かれてないと思います」

「それでいいと思います。これは調査依頼ですからね」

 元々の約束として、対処出来そうなモンスターなんかははいじよしていいけど、無理そうな相手とはぶつからず情報を持ち帰ることを優先するように言われていた。なのでこれで正解だったらしい。

 受付嬢は手元の紙に色々と書き込んだ後、イスから立ち上がる。

「分かりました。これは上に報告しておきます。状況によってはまたごれんらくすることになりますので、よろしくお願いしますね」

「分かりました」

 冒険者ギルドを出て空を見上げた。

 太陽はまだ高い位置にあり、日がしずむまで時間はありそうだ。

「そうだ、教会に行こう」

 あの廃坑にあんな変な人がいるとなると、クラクラ茸を目当てにあそこに出入りするジョンや孤児院の子らが少し心配だ。念のために忠告だけはしておいた方がいいかも。

 そう考え教会に向かった。

 そして雪が降る中、当たり前のように半裸でフンッフンッ鼻息荒い連中を気にしないように通り抜け、教会に入って司祭様に声をかける。

「こんにちは」

「おぉ、今日もお祈りですかな?」

「はい」

 いつものようにお祈りを済ませ、銀貨を数枚、寄付。

「いつもありがとうございます」

「ところで、クラクラ茸が採れる廃坑のことなんですが──」

 と、廃坑で見たしんしやの話をした。

「ふむ……不審者ですか」

 司祭様は少し考え込むようなりを見せた後、言葉を続けた。

「その不審者に、仮面とローブ以外に変わった部分はありましたか?」

「変わった部分ですか?」

「そうです。例えばそうしよくひんとか武器とかですね」

 思い出してみるけど不審者は全身がローブで覆われていて他の持ち物は確認出来ていない。

「いえ、全てローブで隠れていたので見てません」

「それではランプはどうですか? 廃坑の中なら明かりが必要なはずですから、あったはずです。とくちよう的な形だとか、もんしようが刻まれていたりしませんでしたかな?」

「明かり……」

 そう言われてみればそうだ。もう一度よく思い出してみる。

 確か不審者は地面に屈みながら作業をしていて、その手元を照らした明かりは──

「あぁ、確かてんじようの方にあった──あれは光源の魔法だった気がします」

「光源の魔法ですか……。ランプではなかったのですね」

 司祭様は少し考えた後「分かりました」と続けた。

 少し気になったので聞いてみる。

「明かりがランプだと、なにかあるのですか?」

「ふむ、そうですな。例えば形や装飾などで持ち主の身分が大体推測出来ますし、モノによっては職人を特定することも可能でしょうな。紋章なんかが入っていれば、どこの家の人間かが分かるかもしれませんぞ」

 なるほど……。

「凄い推理力ですね……」

「ほっほ……長く生きておれば色々とあるのですよ」

 そう言って司祭様は軽く微笑んだのだった。